ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
嵐に捕まった島船とメルヴィユの島々。シキは鬼のような形相で天を睨み、握りしめた拳を震わせる。
言葉に表す事もできない程の怒り、屈辱、あらゆる負の感情が胸中で渦を巻き、獅子の如き金の髪を蠢かせる。
ふと、視界の端に赤い光が映り、シキはぎろりと鋭い目でそれを射抜き、吐き捨てる。
「しぶとい…………!!!」
「〝火拳〟!!!」
さっと自身を下に移動させ、向かってきた炎の拳撃を躱す。
降り注ぐ雨を蒸発させ、風向きをも歪める炎が通り過ぎる様を横目に、真下から飛来する二つの影を見据える。
「もう終わりだ!!!〝金獅子〟!!!」
雷撃鳥の背に立ち、傍らに白虎の天使を従え、エースが覇気を纏って吠える。
片や溺死しかけ、片や動けるはずもないほど弱り切った小童共が、まるで衰えぬ様子も見せず向かってくる姿に、ますます眉間のしわが深くなる。
二つの翼は高く舞い上がり、怒りに燃える狂った老人を遥か上空から見下ろし叫ぶ。
「工場も、王宮も、島船も!!! 何もかも破壊し尽くす!!! お前の計画はすべて水の泡になる!!!」
「ふざけるなァ〜〜〜〜〜!!!」
憎悪と憤怒に燃えながら、怒号を上げ両手を広げるシキ。
周囲に浮かぶ島々の岸壁が突然砕け、無数の鋭利に尖った岩石が作られ、それらが一斉に撃ち出される。
まるで地上からの砲撃。この場で確実に殺す事だけを考えた容赦のない攻撃で、自身を見下す二人と一羽を狙う。
「貴様らごとき若造に………このおれの20年の計画を潰せると思うなァ〜〜!!!」
低い風切り音と共に迫りくる岩石の矢や槍。周囲の島々の根元から削ぎ落として集めた砲弾を、四方八方に高速で撃ち放ち逃げ場を奪う。
エースと雷撃鳥、エレノアは迫りくる攻撃を躱しつつ、時に迎撃し砕きながら宙に赤と白の軌跡を描いて飛翔する。
突如、エレノアがぱんっと両掌を叩き合わせ、青い閃光を生み出す。
ばちばちと爆ぜ、弓矢の形を作り上げていくそれを構え―――シキではなく、飛翔する先に広がる黒雲に向けて放つ。
「〝
青い雷の矢が宙を裂き、一直線に天に向かう。矢の後ろには雷光が木の枝の様に細かな跡となって残り、ぱっと線香花火のように伸びる。
矢の進路上にいたシキは即座にそれを躱し、小馬鹿にした笑みをエレノアに向けた。
「こけおどしが………!!! もうそんな力しか残ってないか!!? あァ!!?」
然したる威力も感じない、目晦ましにも牽制にもならない微々たる一撃に、厭らしい笑みを浮かべて再び岩石を向かわせる。
エレノアもエースもそんな挑発に乗る事なく、その横を通り過ぎ天を目指す。
いつしか、黒雲はごろごろと不気味な音を轟かせ、時折青白い雷光を走らせ出す。エレノアの放った一矢により、雷雲が刺激されたのだという事に、シキはまだ気づいていない。
そしてやがて、雷鳴轟く黒雲の中にエースとエレノアは飛び込んだ。一瞬姿が見えなくなり、シキは鬱陶しそうに舌を鳴らす。
「死に損ないが………………雷に打たれて落ちろ!!!!」
「――落ちるのはてめェだ!!! シキ!!!」
シキの悪態に、雷雲の中からエースが吠える声が響く。
雲の中に逃げ込んでおいて何を宣うか、とシキが顔を顰めた時、雲の中から雷撃鳥が一羽だけ抜け出してくる……その、直後。
かっ!と雷雲の中を一際大きな光が照らし、その中心に飲まれる二人の姿を映し出した。
「ジハハハハ!!! バカがァ!!!」
威勢のいい言葉を並べ立てておいて、結局自滅した。雷光に包まれるエースとエレノアの姿を前にし、シキが哄笑し勝利を確信する。
げらげらと目を全開にし、盛大に声を上げて嗤うシキは、やがてその表情を一変させる。
黒雲の中から迸る光が、ばちっ!と一瞬輝いた後、その色を変えていく。
青白い閃光が、徐々に黄色く、そして赤く……やがて黒い雲を押し退け、呑み込み、巨大な光の球体が姿を現してくる。
まるで―――太陽のように。
「雷が……炎に!!?」
「〝大炎戒〟!!!〝炎帝〟!!!」
驚愕に目を剥くシキの頭上で、エースの声が響き渡る。
どんな化学変化を齎したのか、雷撃鳥の背中から宙へと跳躍したエースの隣で飛ぶエレノアが、自然の力を丸々変質させたらしい。
大気を灼き、焦がし、景色を真っ赤に染めながら、小さな太陽を頭上に掲げ雄叫びを上げる。
「てめェに…!!! 仲間も‼︎ 海も‼︎ 家族も!!! 好きにさせるかァァァァァァ!!!!」
自身を照らす、あまりにも巨大な熱の塊。
茫然とその光景を見上げていたシキは、我に返るとすぐさま周囲の島々を搔き集め、自身を守る盾と為す。そして島々に纏わせた海を操り、巨大な槍に変えて撃つ。
歴戦の猛者ゆえの咄嗟の判断。だが、エースとエレノアの一撃はもう止まらない。
「果て遠き理想郷……若き王の征く道を、この一撃にて切り拓かん!!!」
ばりばりと電光を片手に纏わせ、エレノアが謳うように呟く。
迫りくる海水の槍、島々の盾、その奥に籠もるシキを―――自らの〝王〟の道を阻む敵を睨みつけ、声を張り上げる。
エースと声を、息を合わせ、頭上に掲げた太陽を振り下ろし、叩き込む。
迎撃の為に放たれた海水は一瞬で蒸発し、島々は次々に砕かれ焼き尽くされ、ばらばらに飛び散っていく。
ものの数秒でシキを守るものはなくなり、旧時代の怪物は真っ赤な光の前に晒し出された。
―――〝
シキの目に、幻が浮かぶ。かつて相対した者達の姿が現れる。
如何なる戦場であろうとその笑みを絶えなかった、この世で最も自由な男。
その隣に最期まで寄り添い続けた、獰猛に笑う黒豹の天使。
最期まで自身に従う事の無かった彼らの姿が、今自身を地に墜とそうと吠える若者達の姿と、重なって見えた。
「ロジャ――――――――――――――――――――――――!!!!!」
金獅子の最後の咆哮が轟き渡り。
空に浮かぶ島々は、小さな太陽の中に呑み込まれていった。
「おおおおおおおお!!!」
「野郎共!!! しっかり掴まってろよ〜〜!!!」
背後で光る炎から凄まじい速度で逃れながら、ピース・オブ・スパディル号が宙を舞う。
間一髪、動き出した島から坂を使って下り切り、海に向かって飛び出した船は、次の瞬間巨大な布を広げて減速する。
舵輪と獅子を基にした
「エース…!!!」
船員達の顔に、まだ安堵はない。最も危険な戦いを繰り広げていた船長と、攫われた天使がまだ戻ってきていないからだ。
天を照らした小さな太陽は、徐々にその光を弱めやがて消え去った。
あとに残ったのは、破壊さればらばらになった島々だけ。その島々も、ゆっくりと海上に降下し始めている。
「………シキの能力が解除されてるのか」
「おい‼︎ シャオ達は!!?」
凄まじい光景に、誰もが言葉を失い立ち尽くす。
やがて、落下の島にいる筈の恩人達の事を思い出し、ぎょっと目を剥いて叫んだ瞬間。
彼らは目撃する。自らの腕に生えた翼を使い、滑空する島の先住民達の姿を。
スペード海賊団の面々は言葉を失い、彼らの姿を凝視する。
彼らは言っていた、この羽根はなぜか生えていると。別の者は言っていた、きっと自分達は鳥になりたいのだろうと。
特殊な花・IQが進化を齎したのは、怪物達だけではなかった。
長年メルヴィユに住まい、共存してきた人間達にもまた、特異な変化を与えていたのだ。
恐るべき怪物達の魔の手から逃れる為の、自由の翼を。
幻想的なその光景に、海賊達はしばし見惚れる。
そして……その中に混じる、もっとも帰還を望んでいた二人の姿がある事に気付き、喝采が上がった。
「う…‼︎ うおおおおお〜!!! 戻ってきた〜〜〜!!!」
「二人とも無事だァ!!!」
「よっしゃあ!!!」
白い翼を羽搏かせ、墜ちゆく島々を後にする天使。
黒髪の青年の背に抱き着くようにして抱え、ふらふらと覚束ない飛び方で、ゆっくりとだが仲間達の元へ帰ってくる。
スペード海賊団の全員が、互いに抱き合い健闘を称え合い、喜びを分かち合っていた。
「…やったねェ……エース。これで…東の海は無事だよ」
「ああ…‼︎」
広い広い海を真下に、仲間達の元を目指すエレノアと抱き着かれ運ばれるエース。
温かく、凄まじい柔らかさを背中に感じながら、疲労と空腹でそれどころではないエースはやがて、溜息混じりに肩をすくめた。
「まったく………ヒヤヒヤさせやがる」
「こっちのセリフだよ……………よくもまァ、あの人数で〝金獅子海賊団〟に逆らったもんだ」
「何言ってんだ……〝必ず助けに来い〟って言ったのは、お前だろ」
「こんだけ堂々と喧嘩売って勝つバカ野郎は、あんた達ぐらいなもんだよ、まったく………」
咎めるようなエースのぼやきに、エレノアも唇を尖らせ反論する。
助ける方も無茶なら、助けを待つ方も無茶。どちらも自分の身を顧みず、ぼろぼろで帰る羽目になっているというのに、どちらも全く反省がない。
そのうちエレノアはくすっと苦笑をこぼし、今一度エースの背中を強く抱き寄せた。
「―――ありがとう……大好き」
心の底からの、全身全霊の感謝の言葉を天使が口にし。
若き〝王〟は「おう!!!」と力強く頷き、満面の笑みを見せた。
海兵達は、目の前の光景にただ唖然とするばかりだった。
かつて監獄から逃亡した伝説の海賊、その者の恐るべき計画を阻止するため、急ぎ軍艦に乗り駆け付けた先で、それを目の当たりにする。
天に浮く島々、たった一人の海賊によって作り出されたというそれが、徐々に崩れ海に墜ちていく。
巨大な岩の塊が海上に着くと同時に、巨大な水飛沫が波となり、島を囲む軍艦に襲い掛かってきていた。
「島が落ちてくるぞ~~!!!」
「逃げろ‼ この場から離れるんだ!!! 急げ~~!!!」
戦闘準備を万全にしてこの場に集った海兵達だったが、想わぬ状況に堪らず右往左往する。波に襲われ、押し流され、悲鳴があちこちから響く。
部隊の長を務める数人の中将達だけが、落下する島々を無表情で眺めていた。
「…まさか…あいつらがこれ全部やったのか……!!?」
一人の海兵の視界に映る、巨大な海賊旗で風を受け、下りていく海賊船。
船の造形に微かに見覚えがある。最近名を上げ、後に大海賊の傘下に入った若い海賊団のはず。
それがたった一隻で、崩壊する大悪党の根城を後にしている様を目にし、誰もがまさかと言葉を失くしていた。
「何を呆けている!!? 海賊共を拿捕しろ!!!」
「えっ…⁉ い…今ですか⁉」
「手負いの海賊共がいて、捕らえぬ馬鹿がいるか…!!! 奴らは‼ 旧時代の〝怪物〟を墜とした一味だぞ!!?」
中将の一人が呆ける海兵達に怒鳴りつける。立ち尽くしていた海兵が戸惑いながら問い返すが、中将は本気の様子で部下達に命じる。
このまま放置すれば、確実に後に脅威となる……そう判断し、この場に集う全艦を向かわせようとした時。
どっ!と。
突如海が荒れ、全ての軍艦を激しい揺れが襲った。
「な……何だァ⁉」
「い、いきなり津波が…!!!」
軍艦を動かす事もできず、困惑するばかりの海兵達。
何木とか、と中将達が揺れに耐えながら状況を把握しようと目を凝らした時。
「グララララ…!!! おれの孝行息子達に何か用か、海軍…!!!」
突如、その場に一人の男の声が届く。
はっ、と海兵全員が目を見開き、声がした方向を振り向いて……向かってくる幾隻もの海賊船を凝視する。
その中央、白い鯨の海賊船の船首の上に立つ巨漢の姿を目の当たりにし、海兵達は再び言葉を失った。
「し……し…し…〝白ひげ〟!!!」
「そっちは昼寝でもしてたのか………おめェらがのんびりしてる間に、おれの愛する娘と息子達がずいぶんとでけェ事をしてくれたもんだ。だがおめェら……その気分に水差す気か」
愛槍〝むら雲切り〟を手に堂々と仁王立ちし、笑う大海賊・白ひげ。
その後ろには名だたる実力者である息子達が集い、各々の得物や能力の一端を見せつけ見据えてきており、周囲には傘下の船が幾隻も並んでいる。
家族を攫った不埒者に仕置きをする目的で集った猛者達が、今度は野暮な真似を目論む海軍を標的に定めていた。
「力が有り余ってんなら……相手になるぞ」
荒れ狂う波を生み出した男が、覇気を滲ませ凄む。
海軍の全員がごくりと息を呑み、顔中から冷や汗を垂らしながらしんと静まり返る。
しばらくの沈黙の後、長を務める中将がぼそりと呟いた。
「………退くぞ」
「えっ!!?」
「〝白ひげ〟の船を相手に………この艦隊の数では心許ない。〝金獅子〟を回収後、速やかに海軍本部へ帰還する」
はぁ、と小さな溜息をこぼし、中将は踵を返し甲板を後にする。
白ひげがにやりと意味深に笑う様を横目に、彼は苦々しい表情で艦内に戻る。
取り残された部下が、やがて正気を取り戻すと同時に、他の海兵達に向けて叫んだ。
「き…〝金獅子〟を捕えろォ!!!」
途端に慌ただしくなる軍艦。降り注ぐ島々の瓦礫に混じり、どこかへ消えた大悪党の姿を探し、小船を出し数人が乗り込んでいく。
そんな同僚達の姿を横目にしながら。
一人の赤毛の女海兵―――イスカが、どこか誇らし気な笑みを浮かべて目を細めた。
「……やったな、エース。やはりお前は大した奴だ」
小さく呟いてから、彼女は飛び去る海賊船に背を向け、他の海兵達に混じって任務に戻ったのだった。
「お‼︎ オヤジ達が迎えにきてくれたみてェだぞ!!! ………これで一安心だ。お前はしっかり体を休めろよ。おれも腹減って力出ねェや…」
エースは見慣れた白髭の海賊旗の船団を見つけ、エレノアに呼びかける。
とにかく自分と彼女、仲間達に必要なのは休息だ。全員無茶を通したばかり、さっさと戻って休ませなければ。
そう思ったエースは……いつの間にか、エレノアの飛び方が頼りなく、ふらふらし始めている事に気付いた。
「………なァ、おい、エレノア? 何だか高度がどんどん下がってるみたいに思うんだが? エレノア? エレノアさん?」
恐る恐る、ぎこちない動きで振り向き、自分を抱えて飛ぶ天使の顔色を窺う。
嫌な予感で、冷や汗が止まらない。まさか、と顔を覗き込むと。
「…………ごめん、もう…限界…………」
真っ青な顔で、ぐるぐると目を回すエレノアが視界に入り、エースはぎょっと目を見開き固まった。
安堵で気が緩んだのだろうか、だらだらと酷く汗を流し、エースを抱える腕も震えまくっていた。
「だーっ!!! 待て‼︎ 待て待てもう少しだ!!! もう少しで帰れるから!!! もうちょい頑張れ!!! おい!!!」
「もう、無理です……」
必死に呼びかけ、正気を保たせようと努めたエースだったが、時既に遅く。
ふっ、と何かの糸が切れたかのようにエレノアの翼は羽ばたきを止め、そのままゆっくりと、次第に速度を乗せて真っ逆さまに落ちていった。
「あああああああああああああああ!!!!」
悲鳴を上げ、しかしエレノアを確と抱き寄せたまま、エースは海上に叩きつけられ、そのまま水飛沫を上げて沈む。
スペード海賊団、そして白ひげ海賊団の面々は驚愕で硬直し、あんぐりと口を開けて呆けた。
「エレノアとエースが落ちた〜〜〜!!!」
「拾え!!! 拾え〜!!!」
「エ〜〜ス〜〜!!! エ〜レ〜ノ〜ア〜〜!!!」
やがて、正気に戻った者が大慌てで動き、舵を切り、海に墜ちた二人の元へ駆けつけるのだった。