ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
『――そうです。あの〝妖術師〟が‼︎〝白ひげ〟の傘下に新たに加わった一味と共に‼︎』
報せはすぐに、海軍本部マリンフォードへと送られた。
元帥センゴクは無言で、電伝虫から伝わってくる現地にいる部下からの、興奮した様子の報告に耳を傾ける。
その顔は険しく、喜びの感情は一切存在していない。
「墜としたのか………海に出てたかだか2年弱のルーキー達が」
『現在、情報をまとめておりますので、詳細は追って報告いたします』
「…わかった」
小さく返事を返し、通信を切る。
机の上で指を組み、深い溜息をこぼし、しばらくの間黙り込んだセンゴクは、やがて眉間に深いしわを寄せて呟いた。
「我々は何もしていない…………か」
ぎり、と歯を軋ませ、呻くように息を漏らし。
湧き上がる激情のまま、机に拳を叩きつけようとして。
どこからか聞こえてくる人の騒ぎ声に訝しげに片眉を上げ、思わず腰を上げた。
「酒じゃ〜〜!!! もっと酒を持ってこんかァ!!! 祝い酒じゃ〜!!! ぶわっはっはっはっは!!!」
「「「「「イヤッホ〜〜ウ!!!」」」」」
海軍本部のとある部屋、本来であれば事件の説明や会議の為に使われる大広間。将校達が集まり、厳粛に海賊や悪党の拿捕の為に話し合う重要な場所。
そこは今、ガープが主催する宴会の席へと変わり果てていた。
「わしの孫だぞ!!! わしの孫が〝金獅子〟のやつを討ち取りおった!!! ぶわっはっはっは、さすがわしの孫!!!!」
「悩みのタネが一つ消えた‼︎ これでもう奴の捜索で時間と経費を割かずに済む‼︎ 過労で倒れる奴もぐっと減る!!!」
「ざまーみろシキ!!!〝妖術師〟バンザーイ!!!」
「〝火拳〟にカンパーイ!!!」
杯を手にげらげらと大声で笑うガープに合わせ、彼の部下や将校達も顔を真っ赤にして騒ぐ。階級などお構いなしに、肩を組んで思いっきり楽しんでいる。
普段は厳しい表情で仕事場に向かうはずの海兵達が、揃いも揃って羽目を外しまくっていた。
そんな目を疑う光景に、駆け付けたセンゴクは思わず目を剥いて声を荒げた。
「何をやっとるんだ貴様らはァ!!??」
「おォセンゴク!!! お前もこっち来て飲めェ!!!」
「飲むか!!! ガープ貴様、海賊の名を称えて飲んだくれるとは何を血迷っているんだ!!?」
「固い事言うな‼︎ ぶわっはっはっはっはっは!!!」
くわっ、と目を吊り上げて同期の老人を睨みつける。
破天荒で自由人なこの男の行動を予測する事は不可能だが、流石に見過ごせない乱れ振りにセンゴクの脳内の火山が爆発する。
そんな中、怒鳴りつけるセンゴクの背後に二人、もう一人の同期の女海兵と後輩が近づいた。
「あ〜らら、何だよもう始まっちゃってるんですかい?」
「まったく、ジジイの酔っ払い共は見苦しいったらないね」
「おつるさん…‼︎ この馬鹿共にもっと言ってやってくれ。おれの言う事なんざ一っつも聞きやしないんだ、こいつらは…………」
大将〝青キジ〟クザンに〝大参謀〟と呼ばれる女傑・海軍中将つる。
普段からだらけた態度が目立つクザンはともかく、穏やかならが厳しい事で知られるつるならばこの暴挙も止めてくれるだろう、という期待を抱き手招きする、が。
「ほら、もっとつめとくれ!」
「あ、これからおれも潰れるまで飲むからあとはよろしく」
「「「うおおおお〜!!!」」」
「うおい!!! 貴様らもか!!!」
端から宴に混ざる気満々だったようで、二人ともセンゴクを追い抜いてガープの近くに腰を下ろしてしまう。裏切られた気分で吠えるが、誰も聞く耳を持っていない様子だった。
「サカズキ‼︎ ボルサリーノ‼︎ 貴様らまで加わる気ではないだろうな⁉︎」
「乱痴気騒ぎは性に合いやせんので……」
「わっしもそこまで暇じゃありませんからねェ……」
たまたま近くを通りがかったらしい残る二人の大将達にも叫ぶが、こちらはちらりと宴の席を一瞥しただけでさっさと歩き去る。
が、〝赤犬〟も〝黄猿〟も片手に酒瓶と杯を携えていて、足取りも何処か軽そうに見えた。
「部屋で秘蔵の酒でも開ける事にしますかいのゥ」
「わっしも静かに飲みたいもんで」
「この馬鹿共がやっとる宴とほぼ同じだろうが!!!」
海軍本部の名だたる上官達が、全員飲んで悦ぶ気でいる事にセンゴクは頭を抱えて項垂れる。正義の軍隊がこうも抜けていていいものなのか。
すると、いつの間にか近くに寄ってきていたガープが手を振って呼んでくる。
「お前も肩の荷が降りたじゃろ!!! たまっとるもんぶちまけろ!!! 今日は無礼講じゃ、ぶわっはっはっはっは!!!」
「…………まったく…‼︎」
人の気も知らず、涙を流しながら笑う同期。昔からまるで変わらない、自由奔放で無茶苦茶な男が、孫の偉業を心から自慢し、誇り、喜んでいる。
次第に怒る気力もなくなったセンゴクは、深い深い溜息を吐いてから、どすどすと荒い足取りで歩き出し。
どかっ、とガープの隣に腰を下ろし、手近にあった酒瓶を掴んで頭上に掲げた。
「一杯だけだぞ!!!」
「「「「「うおお〜!!! 元帥〜〜〜!!!」」」」」
部下達の歓迎の声に肩を竦めつつ。
ふっと笑みを浮かべたセンゴクは、酒瓶をそのままぐいっと呷った。
「ぎゃああああ〜〜…!!!」
晴れ渡る空の下、青年達の悲鳴が響き渡る。
進化の島メルヴィユを離れ、撤退した海軍の前から悠々と進路を変えた白ひげ海賊団の甲板。
激戦を終え、疲れ果てたエース達全員が、白ひげからの直々の拳骨を食らい、白目を剥いて倒れ伏していた。
「がはっ……‼︎ 勘弁してくれよオヤジさん…!!! おれ達ちゃんとシキに勝って帰ってきたじゃねェか…………!!!」
「バカヤロウ、コイツはおれの言う事を聞かなかった罰だ、グララララ」
大きなたん瘤を幾つも脳天に乗せたデュースが抗議の声を上げるが、白ひげは呆れた目でそれを見やり、同時に笑う。
一度は自力で決着をつける事を認めたが、それはそれ。
船長の指示を無視して勝手に格上の敵に挑んだ息子達に対して罰が無ければ、他の者に示しがつかないのだ。
「全くお前らは………無茶しねェで任せろっつったろうがよい」
「気持ちはわかるがな、よくぞやってくれた‼︎」
「エレノアがこうなってる事は減点対象だけどね〜」
はぁ、と溜息を吐くマルコだが、他の兄弟達はそこまで責める気配はない。ビスタやハルタはむしろ讃えている風に見える。
一味全員が、妹分を攫ったシキに対する怒りに燃え、叶うのなら己の手で制裁をと望んでいたのだ。
それが、自分達よりも若い
ざまあみろという気分が三分の一程、さらに三分の一を安堵、残りを悔しさが占めていた。
「まーまー……みんなその辺にしといてあげてよ」
「おお、エレノア!!! もう動いて大丈夫なのか?」
「へーきへーき……」
「ダメに決まってるよい。まだ完全に解毒できたわけじゃねェんだ、もうしばらく寝てろい」
「え〜〜暇だよ〜〜」
新たに作られた車椅子を押して、エレノアが船室から顔を出す。顔色もだいぶ戻り、いつもとそう変わらない姿を見せるが、主治医を務めるマルコがそれを止める。
不満げに唇を尖らせるエレノアに、マルコはやれやれと肩を竦めた。
「何にせよ、お前達が無事に帰ってきて何よりだ!!! ゼハハハ……説教はこのぐらいでそろそろ勘弁してやろうじゃねェか、なァオヤジ‼︎」
「…仕方がねェな」
ティーチが好物のチェリーパイを頬張りながら告げ、白ひげも渋々拳骨を納め、定位置である椅子に腰を下ろす。
すぐさま看護婦達が点滴やら計器やらを繋ぎ直していくのを鬱陶しそうに眺めてから、よろよろと起き上がるエース達ににやりと笑みを浮かべた。
「しかしおめェら、あの〝金獅子〟を倒すとはとんでもねェ事態だぞ? …こりゃ相当懸賞金が上がるんじゃねェか?」
「うははは…‼︎ 10億くらいいくんじゃねーか⁉︎」
「だとしたら、そいつがこの戦いの唯一の成果だな」
「やれやれ……何が楽しいんだかねェ」
散々絞られて項垂れていた一同は、期待の弾む話題に目の色を変える。海賊になった以上、名が上がる事は楽しみの一つだ。それが目的で乗っている者も少なくない。
ただ、バンシーなどはあまり乗り気がしないようで、騒ぎ始めた男達に冷めた目を向けていた。
「だがよォ…あんまり名が上がると婿の候補に困りそうだよな、オバちゃんやエレノアは」
「あァ………相当覚悟の決まった奴じゃなきゃ、こんな女傑を受け入れられる男なんざそうそう見つからねェだろ」
「だから余計なお世話だっつってんだろがい!!!」
勝手な気遣いを口にする仲間に、遂にバンシーが切れる。本人達は大真面目に彼女の今後を案じているがゆえに、余計に質が悪い。
そうしてひそひそと囁き合う男達の背後に、不意にズシンと―――砕氷船を操る、白ひげ海賊団に初期から乗り込む女海賊が仁王立ちした。
「…なァおい、そいつはあたしの前で言っていい事なのかい?」
「ヤベッ‼〝氷の魔女〟がキレた!!!」
「逃げろ!!!」
「待ちなクソガキ共!!!」
はっ、と目を見開き、口を滑らせた男達が大慌てで逃げ出す。
ホワイティ・ベイはぐっと腕捲りをし、逃走する男達の後を追いかけ始める。バンシーもそれに混ざり、モビーディック号の中から情けない悲鳴が響く。
残った者達はどっと盛大に笑い声をあげ、宴の席の様に騒ぎ始める。
白ひげは息子達の大騒ぎに楽しげに体を揺らしながら、くすくすと小さく笑みをこぼすエレノアを見やって目を細めた。
「グラララララ…‼ 婿選びに困ろうが、あんな野郎にウチの娘はやれねェな………お前自身が選んだ男ならまァ考えるが」
「にゃはは。うん…そうだね、いい男は自分で見つけるさ。見つけて………絶対離す気はないよ」
冗談交じりに語り掛け、娘の小さな頭をそっと撫でる白ひげ。
エレノアは困ったように頬を掻きつつ、父が本気で自分を案じてくれているのだと察しながら、柔らかく微笑みを見せる。
ふとその視線を、逃げ惑う仲間に囃し立てる兄弟達に混じるエースに向ける。
「――――ねェ…エース?」
その表情は、明らかに白ひげに向けた物とは違っていた。
熱を帯び、潤み、兄弟達に向ける事の決してない欲の籠った眼差し……他の誰にも渡す気のない、独り占めを望む熱い目。
見た目に似合わぬ妖艶さを持った、一人の〝女〟の眼差しだった。
エレノアのその顔を見た瞬間、兄弟達はしん、と静まり返る。
やがて、全員の視線がゆっくりとエレノアの見つめる先に―――だらだらと顔中から冷や汗を垂らし、固まっているエースに向けられた。
「「「「「エースてめェ〜〜〜!!! エレノアと何があったァ〜〜!!!?」」」」」
「ギャー!!! 待て待てお前ら‼︎ 落ち着け〜!!!!」
どっ、と突如感情をあらぶらせた兄弟達がエースの周りに集まり、凄まじい剣幕で詰め寄る。
白ひげ海賊団全員の妹であり、同時に姉でもある愛おしく健気な天使が、数日の冒険の果てに色々大人になった片鱗を目の当たりにしたのだから、冷静でいられるはずがない。
その原因としか思えない、海賊団の末っ子にも等しい男は、鬼の形相で向かってくる兄弟達に恐れをなし全力で逃走する。
「何があった⁉ いや何をした!!? 見た事ねェぞエレノアのあんな顔!!!」
「登ったの⁉ 登っちゃったの大人の階段!!! 詳しく教えろコノヤロウ!!!」
「逃げてねェで説明しろウオオオオ!!!」
「待て‼ 本当に待てお前ら!!! 殺気丸出しじゃねーか、ほんとに話聞く気あんのかァ!!?」
ティーチは混乱しながら、ジョズは泣きながら猛進し、ハルタは驚愕しつつ全力で追い、中には剣や銃を抜く者まで現れ出す。捕まえるのか仕留める気なのかまるでわからない。
本気の鬼ごっこが開催され、モビーディック号により一層の騒がしさが訪れた。
「…おいおい、マジかよい。まさかあのエレノアが…どうすんだよい、親父…………」
一人、ただ茫然となるばかりで立ち尽くしていたマルコは、顔を引き攣らせながら船上の大騒ぎを見つめるばかり。
どうしたものか、とさっきから妙に静かな白ひげに振り向くが。
「………白無垢、ドレス……ガープも呼ぶか…? ついでにセンゴクも……顔を隠させりゃ何とかなるか…?」
「親父ィ!!? 式の計画を着々と進めるのはやめてくれよい!!!」
段階をすっ飛ばした思考に沈んでいる白ひげの姿に、マルコは思わず思いっきり突っ込みを入れてしまう。彼は彼で正気を失っていたようだ。
あっちやこっちで、どたんばたんと派手に騒ぐ家族を眺め。
特大の爆弾を放り込んだ張本人の天使は、腹を抱えて笑い転げていた。
「にゃははは、バ〜カ‼︎」
―――もう、大丈夫だと思っていた。
過保護で心配性で、だけど強く頼りになる家族の元に返ってきて、娘は心から安堵していた。
もう二度とあんな事件が起こる事はなく、平和が続くのだと。
この先もずっと、家族と騒動を起こしながらも、硬く絆で繋がれたまま生きる未来が続くのだと、根拠もないのに信じていた。
そう……思い込んでいた―――あの日まで。