ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第24章 恐怖の島の支配者〈前篇〉
第234話〝覇気使い〟


 空は晴天、やや強い風が帆を膨らませる。

 追い風に背中を押され、ぐんぐんと紺碧の海を突き進む生まれたばかりの海賊船ーーー〝サウザンド・サニー号〟。

 

 明るく笑う獅子の船首の船の上からは、威勢のいい声が響いていた。

 

「おりゃー!!!」

「ハズレ」

 

 びゅん、と宙へと伸びるルフィの腕。

 それなりに本気を出して繰り出されたその拳は、ルフィの目の前を歩くエレノアには届かず、虚しく空を切った。

 

「どりゃあああ‼︎」

「違う違う」

「そこだー!!!」

「残念」

「ぬおおォ〜〜〜!!!」

「まだまだだねェ」

 

 掛け声と共に、何度も拳が飛び出す。だが、その尽くがエレノアに掠りもしない。

 

 それもそのはず、ルフィの顔には布が巻かれ、視界が塞がれているのだ。その上、耳栓までつけられている。

 そんな状態のまま、ルフィ他の感覚を……それこそ勘を頼りに、自分の周りを歩き回るエレノアを狙い撃とうとしていた。

 

「だァああ〜〜〜〜〜!!! 当たらねェ〜!!! チクショーー!!!」

「にゃはははは、まだまだ修行が足りんのォ」

 

 やがて我慢の限界に達したルフィがその場に仰向けに倒れ込み、目隠しを取って悶え出した。その様を、エレノアが笑って見下ろす。

 

 数日前から始まった、エレノアの指導の下の修行。

 その成果は、残念ながらまだまだ実ってはいないようだ。

 

「でもよォエレノア‼︎ こんなんじゃ攻撃なんて当たんねェよ!!! この目隠しと耳栓絶対しなくちゃならねェのか!!?」

「『見聞色』の〝覇気〟の修得の為には、自分の感覚を限界の先まで極める必要があるんだよ。無茶無謀はして当たり前のことさ」

 

 悔しそうに顔をしかめ、ルフィはまた甲板の上に寝転がる。

 芝生が敷かれた甲板は昼寝に最適だが、流石のルフィも今の気分で寝ていられそうにないようだ。

 

 二人の修行風景を横目に、近くで巨大な鋼鉄の塊を振り回していたゾロやフランキー、チョッパーがちらりと横目を向けた。

 

「〝覇気〟………それがお前の使ってる力の名か」

「なァなァ‼︎ ほんとにおれ達にもあんなことができるようになれるのか⁉︎」

「そうする予定だよ」

 

 近くにはルフィと同じように目隠しをしたサンジやウソップの姿がある。視界を封じ、エレノアの方を音を頼りに見やっている。

 ナミとロビンは舵輪の近くに佇みながら、話自体は気になるのか耳をそばだてていた。

 

「私が教えられるのは二種類の〝覇気〟……『見聞色』と『武装色』。〝新世界〟にいる海賊や武人は、大抵がこの力を持ってるよ」

「……お前と同じことができる奴がゴロゴロいるのか」

「うん、掃いて捨てるくらいいるよ」

 

 即座に頷くエレノアに、ウソップとチョッパーが引きつった顔で呻く。

 要は、エレノア並みの実力者がこの先の海にはごまんといるという事だ。不安になるのも仕方がない、そうウソップは自己弁護する。

 

「『見聞色』の覇気は、自分以外の存在の気配を読み取る力………私が遠くのものを感知できたりするのは、これも併用しているの。空島のエネルも大体似たような事してたらしいね」

「そういや、神のおっさんが言ってたな……」

「空島の戦士が使っていた〝心網〟…これは多分〝見聞色の覇気〟と同じものだと思うよ」

 

 動きを先読みし、防ぐ厄介な力を持っていた戦士達を思い出し、なるほどと男達は頷く。そう聞くと、確かに珍しくもないものに思えてくる。

 

 そこでふと、ウソップが手を挙げてエレノアに問いかけ出した。

 

「はい‼︎ 質問‼︎」

「何かな?」

「スモーカー大佐とか、エネルの奴を蹴り飛ばしたアレはどう使えばいいんだ?」

「『武装色』の覇気は………ていうか覇気はそれぞれの感覚で引き出すものだから、私が伝えられるのはあくまで私の感覚なんだけど…」

 

 ウソップの他にも、ゾロやサンジも興味深そうにエレノアを見つめる。

 エレノアは少し考え込むと、懐から一枚のタオルを取り出し、近くに置かれた水で満たされた樽の方へ向かう。

 

 それで、ぱんっと樽の側面を強く叩く。当然、樽は微動だにしない。

 

「これが、〝覇気〟を使ってない一撃だとすると……〝覇気〟を使うと―――」

 

 エレノアはタオルを樽の中の水に漬け込み、濡らす。そしてそれを、再び樽の側面に思い切り叩きつける。

 ばしん!と凄まじい音が鳴り、重い水樽が軽く揺れた。

 

「なるほどな…‼︎」

「〝覇気〟には個人差があるから、目覚めた後は自分の感覚を探さないとダメだよ。本来の自分の実力を引き出せなくなるから。無理に型にハマったものより、自分で模索するのが一番いいんだ。ま、きっかけぐらいにはなるといいけどね」

 

 濡れタオルを絞りながら、エレノアは感心した顔の男達を見渡し、そっと激励の言葉を送り……不意に、なるほどと頷くサンジに目を向けた。

 

「例えば……そうだな、サンジ君はどちらかというと見聞色の方が向いてそうだから………………」

 

 サンジを見つめながら、何やら考え込むエレノア。

 訝しげに眉をひそめる彼や他の者達の前で、うんと頷いたエレノアは大きく息を吸い込み始め。

 

「おおっとサンジ君の後ろでナミがセクシーポーズを取ってるゥ‼︎ 小悪魔な笑みを浮かべてくびれを強調してるぞォ!!?」

「⁉︎」

「……は? ちょ…ちょっと何言ってんのよ」

 

 突如、わざとらしい大声で告げられ、サンジは困惑で辺りをきょろきょろと見渡す。

 ナミは舵輪の近くに立ったままで、エレノアの言うような事は一切していない。こちらも戸惑いの表情を浮かべている。

 

「その隣でロビンが前かがみになって胸の谷間を見せつけてるゥ‼︎ 妖艶な色気をこれでもかと見せつけてるねェ!!!」

「!!? !?? くっ…」

「目隠し外しちゃダメだよ〜、外したら両目抉り取るからね〜」

「恐ェよ!!!」

 

 欲望に駆られたサンジが目隠しを外そうとするが、先んじてエレノアに止められ歯噛みする。ウソップが突っ込むも、エレノアの悪戯は止まらない。

 

「うわーっ‼︎ しかも2人とも日差しが暑いからって脱ぎ出したァ‼︎ 下は水着だァ!!! ほぼ紐みたいなえげつないヤツ‼︎ しかも紐が緩くて2人ともポロリしたァァァ!!!」

「うわああああああァ!!!!」

「いや、鬼か!!!」

 

 男の欲を刺激しまくる誘いの声に、とうとうサンジは血涙を流して悲鳴をあげる。がくがくと体を震わせ、発狂しかねない勢いを見せた。

 

 再びウソップの突っ込みが飛んだ直後。

 がん、ごん、とサンジとエレノアの脳天にナミの拳骨が襲いかかり、二人は芝生の上に倒れこんだ。

 

「アホな修行やってんじゃないわよ!!!」

「フフ…♡」

「……こ、このように得意分野を伸ばすという手もあります。覚えておくように」

 

 頭頂部から煙を上げて悶絶するエレノアを睨みつけ、ナミが鼻息荒く吐き捨て拳を震わせる。隣のロビンは、そんなエレノアにくすくすと笑みをこぼしていた。

 

 ふん、と鼻を鳴らすナミ。彼女の脳裏に、エレノアへのある疑問が浮かんだ。

 

「それにしても…………どういう心境の変化なの? こんな風にこいつらに修行をつけてやるなんて」

「あたたたた……私が通せる仁義さ」

 

 首絵かしげるナミに、たん瘤を摩るエレノアはやや暗い表情で返す。

 どっか、ルフィ達に対して申し訳なさや後ろめたさを抱いているような、そんな表情だ。

 

「私は前も言った様に………いつかはパパの船に戻るつもり。言っちゃあなんだけど、あんた達との力の差は確実に大きいと思ってる。このままこの船にいても、あんた達の為にならないと思ってた」

「………事実だな」

「だけど、そうもいかなくなってきた。あんた達に降りかかる災厄は、私の想像を超えてきた…この先もきっと、想像だにしない困難が襲ってくると思う」

 

 エレノアの目が、水面の遥か先を見やる。

 数多の海賊達が跋扈する、名だたる猛者達の蠱毒のような海がある方向だ。

 

「〝新世界(あの海)〟に今のあんた達を置き去りにしていく様じゃ、見捨てたのと同じ事…」

 

 きっ、と表情を改め、エレノアはルフィ達に向き直る。

 腕を組み、胸を張り、小さな体全体で勇ましく覚悟を示し、ふんと荒く鼻息を吹く。

 

「だからせめて、あんた達が生き残れる確率を上げる為に、私は時間が許す限り、ここにいてあんた達を鍛える。私の持つ技術と力の全てを教え込んで、()()()に立ち向かえるようにする――――それが私の仁義だよ」

 

 もう二度と見捨てない。命懸けで命を救われた天使が、まっすぐに仲間達全員を見つめて告げる。

 

 義理堅い彼女に、一味は呆れを孕んだ笑みを浮かべ見つめ返す。

 そして、船長たる麦わらの男が、拳を掌に打ち付けて勢いよく立ち上がった。

 

「よし‼︎ もっぺん頼む!!!」

「よし来た」

 

 その後、またしばらくの間、複数人分の威勢のいい掛け声が響き渡るのだった。

 

 

 

「ん?」

 

 ゾロがそれに気づいたのは偶然だった。

 エレノアとの修練の後、それぞれで休憩していた時。心地よい疲労感に成長を感じつつ寛いでいると、海面に浮かぶ何かが視界に入った。

 

『おい‼︎ 海に何か浮いてるぞ』

 

 早速、船に備わった連絡管を使って仲間に警戒を促す。

 途端に、同じくそれぞれ船室で休んでいたルフィ達が何事かと甲板に集まり、船の真下を見下ろした。

 

「なんだなんだ」

「タル⁉︎ 見ろ‼︎〝宝〟って書いてあるぞ!!!」

 

 ぷかぷかと浮きながら近づいてきたそれは、明らかに何者かがわざと漂流させたもののようだった。

 宝と大きく書かれた旗を背負い、かなりの年季を感じる見た目となっているそれに、ルフィがあっと声をあげて目を輝かせた。

 

「もしかして‼︎『宝船』の落し物じゃねェか⁉︎」

「お宝⁉︎」

 

 誰かが貴重なものを隠そうと海に流したのだろうか、とわくわくしながら、男手が集まって樽を引き上げ甲板の中心に置く。

 一味全員で樽を囲んでいると、ナミが訳知り顔で笑みを浮かべた。

 

「残念、お酒と保存食よ」

「何で見てねェのにわかんだよ‼︎」

「『海神御宝前』って書いてあるでしょ? これは誰かが航海の無事を祈って、海の守護神にお供え物をする『流し樽』だよ」

 

 びし、と樽に備えられた旗を指差し、エレノアが説明する。

 すると途端に、期待していたルフィががっくりと肩を落とした。

 

「なんだ…じゃ拾っても意味ねェじゃねェか」

「おう、せっかく酒だろ。飲もうぜ」

「バカ! お前、バチが当たるぞ‼︎」

「お祈りすれば飲んでもいいのよ?」

「おれは神には祈らねェ」

 

 初めて見る風習に、皆が興味津々と言った顔で樽を見下ろす。

 身構えるウソップと傲岸不遜なゾロという対照的な二人を見て笑いながら、エレノアがさらに続けて語る。

 

「波にもまれたお酒は格別に美味しいんだよ」

「そりゃ味わうべきだ‼︎ よし、乾杯するぞ‼︎」

「飲んだ後は、空樽にまた新しいお供えを入れて流すのがならわしよ」

「開けろ開けろ早く!」

「おい神様ー!!! おやつ貰うぞ――!!!」

「空島で〝神〟をぶっ飛ばしてきたのはどこのどいつだよ…」

 

 能天気に笑い、大空に向けて手を合わせるルフィに呆れつつ、ウソップが代表して樽の口を開けにかかる。

 ものの数分で、固く閉ざされていた蓋は封を切られた。

 

「よし、開いた」

 

 待ちきれないとばかりに、ルフィが樽の蓋を開けたーーーその瞬間。

 

 

 どんっ、と樽の中で火が爆ぜ、天空に向けて何かを発射する。

 空高く打ち上げられたそれは、ぱんっとまばゆい眩い光を辺りに撒き散らし……やがて何事もなかったかのように消え去った。

 

 

「………‼︎ 何⁉︎ どういう事⁉︎」

「酒が飛んで光って消えた」

「〝発光弾〟よ」

「はっはっはっ、海の神の呪いじゃねェのか?」

「…ただのイタズラならいいけど…もしかして…」

 

 驚くナミやチョッパーをよそに、ゾロが冗談交じりに笑う。

 だが、閃光弾が弾けた跡を見上げていたロビンが、険しい顔で辺りを見渡して呟いた。

 

「この船はこれから誰かに狙われるかも知れない」

「まさか…そういう罠なのか⁉︎ 樽を開けた事で、おれ達がここにいると今、誰かに知らせちまったのか⁉︎」

 

 ウソップがすかさず辺りを見渡し身構えるが、敵らしき存在は見当たらない。

 信仰心や良心を利用した巧妙な罠に、息を潜めて気配と悪意を探るも、まだ修行の途中の彼には何も感じられない。

 

「どこにも誰も見えないぞ!!?」

「誰も…見えないけど………エレノアは?」

「……今のところは何も……」

 

 水平線を見渡し、目を細めるエレノアが首を傾げる。

 この景色のどこかに潜んでいるのだろうか、と険しい顔で遥か彼方を睨み、考え込む。

 

 その時、辺りを見渡していたナミとほぼ同時に顔を上げ、仲間達の方に振り向いた。

 

「みんな持ち場に‼︎ 南南東へ逃げるわよ‼︎〝大嵐〟が来る!!!」

「今から約5分後‼︎」

 

 突然の指示に驚きながら、一味はすぐさまそれに従い、サニー号の操舵を始める。

 天才的航海士と伝説の天使の告げる言葉を今更疑う者はいない。すぐに船は二人に言われた通りの方角に動き出す。

 

 だが、それでも思い通りにいかないのが〝偉大なる航路〟だった。

 

「……‼︎ ダメだ、完全に向かい風!!!」

 

 進路を変えてしばらく、サニー号は発生した嵐に捕まり、激しい風雨と荒波の中に囚われる。

 なんとか抜け出さなければ、と思考を巡らせるナミに、不意にフランキーがニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

「オイ‼︎ この船の力はこんなもんか⁉︎」

「そっか! みんな、帆をたたんで‼︎『外輪』出すわよ‼︎」

「おお‼︎ アレか‼︎」

「うおー‼︎ アレかっこいいから好きだ、やれー!!!」

 

 にわかに沸き立つ麦わらの一味。強風の中、帆をたたみ風を受けるのをやめる。

 舵輪を握ったフランキーがある装置を起動させると、船体の両側の円形の扉が引き上げられていく。

 

 開かれた船体から飛び出したのは、荒海であろうと掻き分け進む外輪だった。

 

「『ソルジャードックシステム』‼︎ チャンネル『0』‼︎ コーラエンジン『外輪船』サニー号!!!」

「進め―――っ!!!」

 

 フランキーの発明により、凄まじい動力を発するサニー号。

 一味はその力で、ぐんぐんと波の間を突き進み、嵐をいとも簡単に突破していった。

 

 

「はあ…越えた……」

 

 穏やかな海を見下ろし、サンジが呟いた。

 窮地を一つ脱した直後だが、まだ彼らの顔に安堵の色はない。

 

「越えたはいいが…何だこの海。まだ夜でもねェだろうに………霧が深すぎて不気味な程暗いな」

 

 一面灰色に見えるほどの暗い景色を見渡し、ゾロが呟く。

 気を抜けば、同じ甲板の上にいる仲間ですら見失いそうなほど、その霧は濃く宙を漂っている。

 

 険しい顔で立ち尽くす一味の中で、エレノアが耳を立てたまま緊迫した声で語りかける。

 

「さてみんな……こっから先は常に警戒が必要だよ」

「…………もしかして…」

「そう…‼︎ オバケも怪物も何でもありうる魔の海…〝魚人島〟に向かう前のヤバい海域…………〝魔の三角地帯〟さ」

 

 青い顔でナミが訊ね返すと、エレノアもやや引きつった顔で頷き、虚空を見据える。

 全知全能の種族でも全てを把握しきれない海。彼らが今浮いているのは、そんな摩訶不思議な場所なのだ。

 

「何もかも謎に消える怪奇の海だ…!!!」

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