ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第235話〝霧の海〟

 エレノアの言葉に、びくっ、とウソップが肩を震わせ振り向いた。

 大きく目を見開き、顔から血の気を引かせ始める。

 

「え…オ…オバ…オババ…オバ」

「オバケ出るんだ、ここの海」

「ふざけんな――――!!! 何だみんな知った風だな、おれァ聞いてねェぞそんな話〜〜‼︎」

「ココロばーさんが教えてくれたんだ。生きたガイコツがいるんだぞ」

「そりゃお前のイメージだろ。ムダにビビらせてやるなよ」

 

 楽しそうに笑うルフィに戦慄し、怯えまくるウソップ。真逆の反応を見せる青年に呆れながら、サンジは苦笑しウソップを宥める。

 

 ……顎の下でマッチの火を灯し、不気味な影を顔に浮かばせながら。

 

「いいかウソップ、この海では毎年100隻以上の船が、謎の消失を遂げる…さらに死者を乗せたゴースト船がさ迷ってるってだけの話だ」

「やめてあげなよサンジ君」

 

 怪談話をする時のような悪戯に、エレノアが思わずぽんとサンジの肩を叩く。怯える姿が滑稽だからと子供のような揶揄い方をする彼を、姉を気取るように咎める。

 しかしそのお陰で、ウソップの恐怖は倍増する羽目になった。

 

「ギャアアアアアアいやだァ!!! 先に言えよそんな事」

「言ったらどうしたんだよ」

「準備だ‼︎ 悪霊退散グッズで身をかためねば‼︎」

「ウソップ、おれにもかしてくれそれ――!!!」

 

 ばたばたと甲板上を駆け回るウソップに、やれやれと肩をすくめる他の面々。チョッパーを除き、全員が彼から目を逸らす。

 

 その時だ。

 ()()が聞こえてきたのは。

 

「何だ…音楽……?」

 

 はっ、とウソップはその場で凍りつき、ぎこちなく音が聞こえる方へ振り向く。

 他の者も同じく、ぎょっと目を剥きながら音の出所を探して辺りを見渡す。

 

 そして彼らはーーー遭遇する。

 

 

「ヨホホホ〜〜…♪ ヨホホホー…♪」

 

 途方もない年月を海を彷徨い、見る影もない程に朽ち果てたぼろぼろの船にーーー不気味な死者の船に。

 

 

「「「「「出たァ〜〜〜〜!!! ゴースト船〜!!!」」」」」

 

 数人分の悲鳴が響き渡り、真っ青な顔の青年達が飛び上がる。

 

 いくつもの修羅場を超えてきた一味といえど、無理はない。

 今にも沈みそうなのに沈まない、凄まじい負の威圧感を放つ、サニー号の十倍近い大きさの船が、ゆらゆらと目の前に現れたのだから。

 

「何なの⁉︎ この歌…」

「悪霊の舟歌だ!!! 聞くな‼︎ 耳を塞げ、呪われるぞ!!!」

「え〜〜〜!!?」

「ゴーストが話しかけてきても耳をかすな!!! 応えたら海へ引きずり込まれるぞ!!! 悪霊は道連れを求めてる!!!」

「どこ情報だよ、それ……しかしやっぱり」

 

 ぎゃーぎゃーと騒ぎながら、聞こえてくる謎の歌にも怯えるナミとウソップ、チョッパー。

 一味の中でも特に怖がりな彼らの情けない姿に呆れながら、エレノアは訝しげに幽霊船を見上げた。

 

「……この船に…誰か乗ってるっていうの……?」

「敵なら斬るまでだ」

 

 冷静なロビンでさえ、強張った顔になる横で、ゾロだけが好戦的に笑う。

 一味全員に緊張感が走っていた、そんな中。

 

「ヨホホホー……ヨホホホ〜…♪」

 

 不意に、まじまじと船を見上げていた白虎の天使の口から、幽霊船から流れてくる歌と同じ旋律がこぼれだす。

 ウソップがぎょっと、様子の変わったエレノアに振り向き、頭を抱える。

 

「エ…エレノア〜!!! 何であの歌一緒に歌っちまってんだよ!!! やめてくれ!!! お前が連れてかれちまったらおれ達は〜!!!」

「いやあああ〜!!!」

「エレノアが呪われたァ〜〜〜!!!」

「ヨホホホ〜……ヨホホホー……♪」

 

 ナミとチョッパーも騒がしく泣き喚きながら、歌い続けるエレノアからずざざっと距離を取る。雰囲気のせいで、本人の歌の巧さが場の不気味さに拍車をかけていた。

 

「いるぞ、なにか」

 

 悲鳴が止まない中でも、油断なく刀に手をかけていたゾロが呟く。

 

 鬼が出るか蛇が出るか、はたまた亡霊か。

 本物がいるわけがないと否定したがりつつ、恐怖で声もあげられなくなった海賊達の前に……()()は現れた。

 

「………ビンクスの酒を…♪ 届けに…ゆくよ……♪」

 

 甲板の淵に立つ、白い影。

 暗い闇の中に浮かび上がる、黒いアフロヘアーと真っ白な骸骨の顔。

 

 湯気の立つ紅茶を片手に、歌い続けるこの世ならざる者が。

 ゆっくりと、己を乗せる幽霊船と共にサニー号の前を通り過ぎていった。

 

 

 

「何で行くの⁉︎ やっぱり私帰る‼︎」

「だからおれ一人でいいって」

「ダメだ、お前がアホやっておれ達の船が呪われたらどうすんだ」

「大げさだなァ…ただの白骨化した船員ってだけじゃない」

「そんな船員がいてたまるか!!!」

 

 数分後、霧の中には、幽霊船の船体の壁をよじ登るルフィ達の姿があった。

 

 幽霊船と離れないようサニー号が固定され、甲板から垂れ下がった縄を伝ってルフィが中に乗り込もうとしていた。

 その後をナミが怯えながら、サンジが険しい顔で追い、よじ登る。彼らのそばで、エレノアがばさばさと翼を羽ばたかせる。

 

 即断即決で、ルフィは幽霊船を冒険する事を決めた。

 例えどんなに恐ろしげな現象が起ころうと、彼らの船長が臆するはずがなかったのだ。

 

「くじ運だからな。大丈夫‼︎ ナミさんとエレノアちゃんはおれが守るぜ〜〜♡」

「ナミ、お前『宝船』楽しみにしてただろ?」

「これが『宝船』なわけないじゃない、見たでしょ⁉︎ 動くガイコツ」

「あいつが宝の番人だ。とにかくあいつを探そう‼︎」

「番人かどうかはともかく、顔を見たからにはしっかり挨拶していかないと」

「ご近所か!!!」

「肝が座ったエレノアちゃんも素敵だぜ〜〜♡」

 

 見張り兼女性陣の護衛役に臨んだサンジの上を飛び越えながら、ずれた考えを語るエレノアにナミが吠える。

 よくもそんな能天気に考えられるものか、と憤慨していたその時。

 

「あ、どうも」

 

 ふと頭上から、エレノアの呟きが聞こえてくる。

 

 びしり、と固まり、ゆっくりと顔を上げたナミは。

 真上から自分達を見下ろす、あのアフロの白骨死体の姿を目の当たりにした。

 

「ギャアァアァ…!!!」

「悪霊退散、悪霊退散、ルフィ安らかに眠れ〜〜〜〜!!!」

 

 響き渡る悲鳴に、サニー号に残ったウソップが即席の経を読み、犠牲になった彼女の冥福を必死に祈った。

 

 

 

「ごきげんよう!!! ヨホホホ!!! 先程はどうも失礼‼︎ 目が合ったのに挨拶もできなくて!!!」

 

 かつん、と甲板についた杖が乾いた音を立てる。

 上機嫌な笑い声をあげ、かたかたと自らの骨を鳴らしながら、アフロの骸骨紳士が予期せぬ客人達を見渡した。

 

「ビックリしました‼︎ 何十年振りでしょうか、人とまともにお会いするのは‼︎ ここらじゃ会う船会う船ゴースト船で、もう怖くて‼︎」

「いえいえ、こちらこそ勝手に上がり込むようなマネを致して大変申し訳ございません」

「ヨホホホ‼︎ ではここはお互い様という事で‼︎ さァさァどうぞ中へ‼︎」

「あっ、いえいえそんな、どうぞお構いなく」

 

 びくびくと怯えるナミと警戒するサンジ、目を見開き輝かせるルフィをよそに、骸骨紳士と白虎の天使が丁寧に挨拶を交わす。悪夢のような光景だった。

 

「オヤオヤ‼ お二人とも︎実に麗しきお嬢さん方‼︎ んビュ――ティホー!!!」

「…えっ、いえ…そんな」

「私、美人に目がないんです‼︎ ガイコツだから目はないんですけども‼︎ ヨホホホホ‼︎ あ、もしやそちらのお嬢さん‼ 先程歌をご一緒して下さった方では? いやァ本当にお綺麗で‼」

「まァ、お上手だ事」

 

 周囲の景色が恐ろしく陰鬱なのに、骸骨紳士の雰囲気は終始明るい。それに反比例するようにナミは恐怖で縮こまる。

 エレノアのみがまともに相手をする中、ふと動きを止めた骸骨紳士が問いかけてきた。

 

「パンツ見せて貰ってもよろしいですか?」

「「見せるかっ!!!」」

 

 予想だにしない下品な要求に、瞬時に怒りが湧いたナミとエレノアが上下から蹴りを食らわせる。

 鈍い音を立てて、骸骨紳士の頭蓋骨が震え、ゆっくりと倒れ込んだ。

 

「ヨホホホ、オヤオヤ手厳シィ―――!!! 骨身にしみました!!! ガイコツなだけに!!!」

「うっさい!!!」

「うははははは‼︎」

 

 手酷い一撃を受けたというのに、相変わらず骸骨紳士の態度は明るいまま。爆笑するルフィの姿が横にあると、ナミも次第に恐れるのが馬鹿らしくなってくる。

 

 やがてルフィも、目の前の人外にふとした疑問をぶつけ出した。

 

「お前、うんこでるのか?」

「それ以前の疑問が山程あんだろ!!!」

「あ、うんこは出ますよ」

「答えんな、どうでもいいわ!!!」

 

 全く重要そうでない、確かに気にはなるが現時点において全く必要ない質問とその答えを一蹴し、サンジが骸骨紳士に凄んだ。

 

「まず‼︎ お前は骨なのになぜ生きてて喋れるのか、お前は一体何者なのか、なぜここにいるのか、この船で何があったのか、この海ではどんな事が起きるのか、全部答えろ!!!」

 

 謎しかない存在を前に、答えなければ引かないとばかりに目を吊り上げ、吠えかかる。

 得体の知れない人外をこれ以上女性陣に近づかせてなるものかと、番犬のような心地で動く白骨死体を睨みつける。

 

 ……が、そんな空気をぶち壊すように、彼らの船長が前に出て堂々と言い放った。

 

「そんな事よりお前、おれの仲間になれ!!!」

「ええ、いいですよ」

「「うおおおおおおいっ!!!」」

 

 好奇心旺盛な彼なら確実に口にするだろう、その言葉。

 恐れていた事態を前に、より一層真っ青な顔になるナミとサンジを横目に、エレノアはやれやれと肩を竦めた。

 

 

 

「ヨホホホホ!!! ハイどうもみなさん‼︎ ごきげんよう!!! 私、この度この船でご厄介になる事になりました〝死んで骨だけ〟ブルックです!!! どうぞよろしく!!!」

 

 遭遇した骸骨紳士ーーーブルックを、ルフォは早速サニー号に連れて行き仲間達に紹介する。

 相変わらずの明るさで挨拶をする彼らに、当然他の面々は面食らった。

 

「「「ふざけんな!!! 何だコイツは!!!」」」

 

 ロビンだけが、くすくすと可笑しそうに笑っている。

 ゾロとフランキーが警戒心を前面に示す一方で、ウソップとチョッパーは尋常じゃないくらいに慄いていた。

 

「ガイコツだ―――――っ!!!」

「ガイコツが喋って動いてアフロなわけがねェ!!! これは夢だ、絶対夢だ!!!」

「ホントか⁉︎ よかった夢かー!!!」

「悪霊退散悪霊退散‼︎」

「落ち着け」

 

 勝手に慌てたり怯えたり納得したり、まるで落ち着かない彼らにエレノアが深いため息をつく。

 そんな彼らをよそに、ブルックは一味のもう一人の美女に近づいた。

 

「おや、美しいお嬢さん‼︎ パンツ見せて貰ってよろしいですか?」

「やめんかセクハラガイコツ!!!」

 

 ばこん、とナミが投げつけた靴がブルックの頭に炸裂する。

 先ほどの蹴りよりは痛くなかったようで、ブルックは平然としたまま、陽気に笑い続けていた。

 

 ゾロはブルックに険しい目を向け、次いで他人事のようにけらけらと笑っているルフィを睨みつける。

 

「おいルフィ!!! こいつは何だ‼︎」

「面白ェだろ、仲間にした」

「したじゃねェよ、認めるか!!! おめェらは一体、何の為についてったんだ!!? こういうルフィの暴走を止める為だろうが!!!」

「「面目ねェ」」

「まーまーそう怒らずに」

「おめェも同罪だバカ!!!」

 

 ナミとサンジを叱りつけ、消沈させているところに、こちらも他人事のようにエレノアが宥めようとして、一層ゾロの苛立ちが募る。

 騒がしくも張り詰めた空気が流れる中、事の原因が一味全員に落ち着くよう促し始める。

 

「ヨホホホ‼︎ まあそう熱くならずに!!! どうぞ船内へ‼︎ 夕食にしましょう!!!」

「てめェが決めんな!!!」

 

 原因に諭され、宥められ、悶々とした気分になりながら。

 この場で騒いでいても仕方がないと、一味は渋々言われた通りに船室へと入っていった。

 

 

 

「いやいや何と素敵なダイニング‼︎ そしてキッチン‼︎ これは素晴らしい船ですね‼︎ ヨホホホ‼︎」

「そうさ、スーパーなおれが造った船だ! おめェなかなか見る目あるじゃねェか!」

「おい馴れ合うなフランキー」

 

 食堂で席に着くと、ブルックは明るく洒落た内装を心から褒め称えだす。すると警戒していたフランキーも途端に機嫌をよくし、笑みを浮かべる。

 サンジは呆れる他になく、あとはもう無言で調理の手を動かすばかりとなっていた。

 

「しかしお料理の方楽しみですね。私、ここ何十年ろくな物食してないので…もうお腹の皮と背中の皮がくっつく様な苦しみに耐えながら毎日を生きて来たのです。お腹の皮も背中の皮も、ガイコツだからないんですけども!!! ヨホホホホ‼︎ スカルジョーク‼︎」

「……これ、笑っていいの?」

 

 自虐というか、なんとも反応に困る冗談を口にし、ルフィだけが爆笑する。

 気を遣って笑うべきか、それとも聞かなかったふりをすべきか、エレノアもやや反応に困っていた。

 

「――私、紳士ですので〝食事を待つ〟――そんな何げない一時が大好きで…ディ―――ナ〜〜アッ♪ ディ―――ナ〜〜アッ♪」

「うるせェ黙って待ってろ!!!」

「料理長‼︎ ドリンクは牛乳でお願いしますよ‼︎」

 

 ナイフとフォークを両手で持ち、きんきんと鳴らして騒ぐ船長と骸骨。

 子供でももう少し大人しく待っているだろうに、とフライパンを動かしながらサンジが怒鳴りつける。

 

 その時、ルフィが忘れていたとばかりにブルックに向き合って訪ね出した。

 

「ところでコロボックル」

「あ、ブルックです私。えーと…あ、お名前まだ…」

「おれはルフィだ。ところでお前、一体何なんだ?」

「どんだけ互いを知らねェんだお前ら!!!」

「ゾロ君、適当な所で切り上げとかないと頭の血管切れるよ」

 

 名前もまともに覚えていない……というかそもそも勧誘の時点で聞いてもいなかったルフィ。ゾロが突っ込みを入れるが、すぐにエレノアが無駄だと彼を宥めた。

 

 そうこうしているうちに、厨房から香ばしいいい匂いが漂い始める。

 

「さァ、ガイコツを追い出すのは後回しだ。ひとまず食え!」

「んまほ―――‼︎ おいブルックいっぱい食え、サンジのメシは最高だぞ‼︎」

「私、何だか…‼︎ お腹より胸がいっぱいで…」

 

 完成した料理を机の上に並べ、促すサンジ。

 早速手を伸ばそうとするルフィが止められる横で、ブルックは感極まったように身を震わせ。

 

 さらに隣に座ったロビンの皿を覗き込んだ。

 

「お嬢さんのお肉、少し大きいですね。変えて貰ってもよろしいですか?」

「おかありあるから自分の食え!!!」

 

 割と図々しく意地汚い紳士に、再びサンジの怒号が飛んだ。

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