ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
「〝ヨミヨミの実〟…⁉︎」
「やっぱり〝悪魔の実〟だったか………そんな事だろうとは思ってたけど」
食事を堪能しながらブルックが語った内容に、驚きの声が上がる。
食べ終わった食器を片付けながら、前掛けをつけたエレノアが一味に呆れた視線を向けた。
「この海で起こる不思議な現象は、大抵〝悪魔の実〟の力で引き起こされてる事が多い‼︎ それくらい予想できた事でしょうに」
「お前、わかってたんなら教えてくれよ‼︎ ずりィぞ一人だけ落ち着いて……」
「いやいや……喋って動いてアフロなガイコツどころか、もっととんでもない奴らといっぱい会って来たでしょ」
じと、と文句を言う青年達を思わず睨む。
とんでもない奴らの代表格が、こうして目の前に立っているというのに。
「動く鎧やら不死身やら………あと自分で言うのもなんだけど天族とか錬金術とか、数え上げたらきりがないよ」
「それとこれとは別だ。なんせ今度のは死者だぞ?」
「そうなのです! 私、実は数十年前に一度死んだのです‼︎」
「はいおじいちゃ〜ん、おくち拭き拭きしましょうね〜」
顔中を料理の残骸でべちゃべちゃにしながら、ブルックが頷く。どう食べればそうなるのか、という有様だ。
老いた義父の世話をする嫁のように、エレノアが甲斐甲斐しく顔を拭いてやり、改めてブルックの話が始まった。
ブルックが口にした悪魔の実、それは数多の実の中でも特殊なものだった。
最初はただ、カナヅチになるだけ。
だがその実が真価を示すのは、食った者が死んだ時……ヨミヨミの実は〝黄泉がえり〟の能力者。つまりその者に復活を、二度目の人生を与えるのだ。
ただし、ブルックの場合は復活する環境が不味かった。
深い霧の中で彼の魂は迷い、戻るべき肉体を見つけた時には……すでに白骨死体と化していたのだとか。
「びっくりして目が点になりましたよ、目玉ないんですけども!!! ヨホホホ!!!」
「マヌケだなー、ゾロみてェな奴だ。なはは」
「あのな」
さらっと悪口を挟むルフィにゾロが苦い顔になる。
一緒にするな、とその顔は告げていたが、実際同じ状況になれば想像した通りの結果になるだろう……ルフィが言えた義理では決してないが。
「それで喋るガイコツの完成か! 白骨でもちゃんと蘇っちまうところが〝悪魔の実〟の恐ろしい所だな」
「もう半分呪いじゃねェのか」
「その〝実〟は、もう役目を果たしてカナヅチだけ残ってんだろ」
真面な人からは大きくかけ離れてしまった姿に、誰もが流石に同情の視線を送る。能力者が総じて化け物じみているとはいえ、これは別の意味で異様だ。
「しかし、白骨死体にふつう毛は残らねェよな、ガイコツがアフロって…」
「毛根強かったんです」
ふとしたゾロの疑問に、ブルックはきっぱりと告げる。
自分の髪に絶対の自信がありそうで、ゾロはそれ以上何も言えなくなった。
「じゃ、お前オバケじゃねぇんだな⁉︎ つまり‼︎」
「人間なのか、人間じゃねェけど‼︎」
「ええ。私、オバケ大嫌いですから‼︎ そんなものの姿見たら泣き叫びますよ私‼︎」
「あんた鏡見た事あるの?」
「オバケ側も泣き叫んだりして」
どうやら、魔の類のものでは内容だと安堵し始めるウソップやチョッパーに、ブルック自身が強く叫ぶ。
ナミが呆れた顔で手鏡を差し出し、エレノアがけらけらと笑っていると、突然ブルックの態度が豹変する。
「ギャ―――――‼︎ やめて下さい鏡は‼︎」
「え⁉︎ おいちょっと待て‼︎」
鏡を前に狼狽するブルックに、ある現象に気づいたウソップが手鏡の中を覗き込む。
同じくチョッパーも目を見開き、鏡面をーーー宙に浮く自身を凝視する。自分はいま、ブルックの体によじ登っているはずなのに。
「お前何で………‼︎ 鏡に映らねェんだ!!?」
ぽっかりと空いた、ウソップとチョッパーの間の空間。
異変に気付き、ルフィも他の面々もぎょっと目を見開いた。
「ほんとかー!!? スゲ――な!!!」
「バ…
「い…よく見りゃお前〝影〟もねェじゃねェか!!!」
「うわーー!!! 本当だ!!! お前実は何者なんだー!!!」
がたがたと椅子を蹴倒し、後ずさる麦わらの一味。
生者どころか物質に必ずあるはずのものまで持ってない異形に、再び警戒心が跳ね上がる。
騒然とする船の中で、ブルックは優雅に紅茶を口にしていた。
「いや落ち着くとこかよ!!!」
「こっちは騒いでんだぞ、お前の事で!!!」
「全てを一気に語るには…私がこの海を漂った時間は、あまりに長い年月………!!! 私がガイコツである事と…影がない事とは、全く別のお話なのです」
ごくり、と得物に手をかけたまま取り囲む一味に、静かに語るブルック。
ゆらゆらと立ち上る湯気を見下ろしながら、沈黙を破るように再度口を開く。
「続く」
「話せ‼︎ 今っ!!!」
不要なボケに、がくりと何人かの肩が下がる。真剣な雰囲気もまるで気にしない能天気さに、だんだん馬鹿らしさが蘇ってくる。
その横で、ロビンとエレノアが何かを思い出しかけているような、訝しげな表情を浮かべていた。
「〝影〟は…数年前ある男に…奪われました」
「………奪われた?」
「………〝影〟を……?」
「お前が動いて喋ってる以上今更、何言おうと驚かねェが、そんな事があんのか?」
「あります」
ブルックが言うには……影とは謂わばもう一つの魂であるらしい。
生まれて死ぬまで本体に付き添い続け、常に同じ動作同じ場所にあり続けるものーーーもし、これが離れた状態で、影を生み出す日の光を浴びようものなら。
その者は、消滅する事となる……自身の目撃談と共に、そう語った。
唖然として黙り込む一味の前で、ブルックはかたかたと骨を鳴らし、舞台劇のように礼をしてみせた。
「つまり私は光に拒まれる存在で‼︎ 仲間は全滅、〝死んで骨だけ〟ブルックです、どうぞよろしく‼︎」
「何で明るいんだよ!!! さんざんだな、お前の人生」
「なのに〝コツコツ〟生きてきました‼︎ 骨だけに!!!」
「うるせェよ!!!」
突っ込みを入れられても、呆れられても、ブルックの笑い声は止まらなかった。あまりに長く続き、何事かと慄いていると、彼は両手を広げて己の感情を露わにした。
「今日はなんて素敵な日でしょう!!! 人に逢えた!!!」
はっ、とエレノアは息を呑む。
過剰なほどに明るく振る舞う彼の雰囲気に流され、忘れかけていた肝心な事情を思い出したのだ。
「今日か明日か、日の変わり目もわからないこの霧の深い暗い海で、たった一人舵のきかない大きな船にただ揺られてさ迷うこと数十年‼︎ 私、本っっ当に淋しかったんですよ!!! 淋しくて怖くて…!!! 死にたかった!!!」
「ブルック……あんた」
「長生きはするものですね!!! 人は〝喜び〟!!! 私にとってあなた達は〝喜び〟です!!! ヨホホホ!!! 涙さえ涸れていなければ泣いて喜びたい所」
声に漏れ出た想いは、間違いなく本物。
長い時間の中の悲しみも、今彼が得ている喜びも、これでもかと伝わってくる。
「あなたが私を仲間に誘ってくれましたね‼︎ 本当に嬉しかったのです、どうもありがとう」
楽しそうに笑うルフィに改めて礼を言うと、ルフィはさらに笑みを深める。
しかししばらくすると、ブルックは髑髏の顔を申し訳なさそうに歪め、ルフィに頭を下げた。
「だけど本当は断らなければ‼︎」
「おい‼︎ 何でだよ‼︎」
「先程も話した様に、私は〝影〟を奪われ、太陽の下では生きていけない体! いまは、この魔の海の霧に守られているのです」
もっともな話に、ルフィ以外の全員が納得の表情を浮かべる。彼を連れてこの霧の海を出た瞬間、新たな仲間は塵と化してしまうのだ。
……まぁ、ほっとしている者も何人かいたようだが。
「あなた方と一緒に、この海を出ても私の体が消滅するのも時間の問題。私は、ここに残って〝影〟を取り返せる奇蹟の日を待つ事にします‼︎ ヨホホホ」
「何言ってんだよ、水くせェ!!! だったらおれが取り返してやるよ!!! そういや誰かに取られたっつったな、誰だ!!? どこにいるんだ‼︎」
せっかく見つけた仲間に別れを告げられ、とルフィは一切の打算なくそう告げる。いつも通り強引な船長に仲間達が頭を抱えるが、本人は全く気にしていない。
「………あなた、本当にいい人ですね。驚いた‼︎ ――しかし、それは言えません」
ブルックは伽藍堂の目を丸くし、無鉄砲な優しさに呆れつつ、より嬉しさを感じながら肩を竦めた。
それでも彼は、その首を横に振るう。手を取るわけにはいかないのだと。
「さっき会ったばかりのあなた達に、〝私の為に死んでくれ〟なんて言えるハズもない」
「敵が強すぎるって事か? 減るもんじゃなし、名前を言うくらいいいだろ」
「いいえ、言いません…当てもないのです‼︎ ヨホホホ私の第二の人生が終わるまでに会えるかどうかもわかりません。もし次に会った時にはと…私も戦いをハラに決めていますが」
ここまできたら最後まで事情を話してもらおう、とサンジが促すも、ブルックは口を割らない。
巻き込む事を忌避しているのか、敵の名を話して臆されるのを恐れたのか、それ以上ブルックは何も語らなかった。
「それより歌を歌いましょう!!! 今日のよき出会いの為に。私は楽器が自慢なのです‼︎ 海賊船では〝音楽家〟をやってました」
「えーーー〜〜っ!!? 本当かァ!!? 頼むから仲間に入れよバカヤロー‼︎ よしエレノア、歌え〜!!!」
「はいはい………」
「ヨホホ‼︎ では楽しい舟歌を一曲いきましょうか‼︎」
おもむろに、どこから取り出したのかバイオリンを構えるブルック。
旗揚げ前から欲しがっていた人材が目の前にいると知り、目を輝かせるルフィがより一層羨望の眼差しを送る。
一緒には行けないが、せめて楽しい時間を贈ろう。そう決めたブルックの前に。
突如、一体の半透明な〝何か〟が壁をすり抜け、不気味なその姿を見せた。
「ギャアァアアァア!!! ゴ…ゴースト〜〜〜‼︎」
「うわ――――‼︎ 何かいる―――‼︎」
悲鳴をあげ、尻餅をつくブルック。
震える骸骨紳士の凝視する先に振り向き、ルフィ達も驚愕と困惑の声を上げる。
その直後、ずしん…!とどこか遠くから、思い何かが落とされる音が響き渡った。
「何の振動だ!!?」
「何て事‼︎ まさかこの船はもう『監視下』にあったのか!!?」
辺りを見渡し、冷や汗を流すフランキーやサンジ。
騒然となる中、ブルックは急ぎ立ち上がると、外に通じる扉を開けて甲板に飛び出し、海上の一点を指差した。
「見て下さい‼︎ 前方が門で閉ざされました!!! いまの振動はコレです‼︎」
叫ぶブルックの周りに全員が集まり、指された方角を見つめる。
そこには、巨大な口があった。サニー号やブルックの船よりも遥かに大きな、口の形をした門が鎮座し、その左右に同じだけ高い壁が続いていたのだ。
まるで、何かに食われてしまった後のような光景だ。
「これは門の裏側‼︎ …という事は‼︎ 船の後方を見て下さい!!!」
「あ、あれは…!!!」
ばたばたと甲板を引き返し、反対側を凝視するブルック。
釣られて視線を背後へと向けた一味は、再度驚愕で目を見開き、立ち尽くす事となる。
「……もしやあなた方、『流し樽』を海で拾ったなんて事は?」
「あ…‼︎ 拾ったぞ!!!」
「それが罠なのです、この船はその時から狙われていたのです‼︎」
「狙うって⁉︎ どういう意味だ⁉︎」
興奮気味に説明するブルックに、ウソップが困惑したまま叫ぶ。その目は門の反対側に釘付けになり、冷や汗が顔中から噴き出している。
突如として目の前に現れた、霧の中に不気味に佇む島を見つめて。
「この船は今、ずっとここに停まってたのに、何で〝島〟がそこにあるんだよ!!!」
「これは海をさ迷う〝ゴースト島〟…!!!『スリラーバーク』!!!!」
荒波のど真ん中で、ゆらゆらと不気味な雰囲気を醸し出すその島は、まるで狂気や怨念を具現化したもののように妖しく恐ろしい。
真っ青な顔で立ち尽くすウソップのそばで、腕の記録指針を見下ろしたナミが動揺した声をこぼした。
「さ迷う島…⁉︎〝記録指針〟は何も反応してないわ…‼︎」
「そうでしょう、この島は遠い〝西の海〟から流れて来たのですから!」
語るブルックの表情も、緊張し冷や汗が溢れている。
だが、彼の目に恐れはなく、むしろ島に対して並々ならぬ執念を抱いているように見えた。怯えるどころか、彼の口からは笑い声が飛び出している。
「しかし今日は何という幸運の日‼︎ 人に会えただけでなく‼︎ 私の念願まで叶うとは‼︎ ヨホホホ‼︎」
棒立ちのまま動けずにいるルフィ達を放置し、ブルックはその場で高々と跳躍する。
たった一度で一味全員の背丈を越え、二度目の跳躍で帆を越える。その凄まじい跳躍力に、誰もが目を疑った。
「うお‼︎ 何て身の軽さ…‼︎」
「ヨホホホ!!! そう‼︎〝死んで骨だけ〟軽いのです‼︎ あなた方は今すぐ後ろにそびえる門を何とか突き破り、脱出して下さい!!! 絶対に海岸で錨など下ろしてはいけません!!!」
山高帽を摘み上げ、紳士の礼をしてみせながら、ブルックは一味に指示をする。受けた恩を全身全霊で返そうとするように、大仰な仕草で首を垂れ、そして海に向かって飛び出した。
「私は今日‼︎ あなた達に出逢えてとても嬉しかった。美味しい食事‼︎ 一生忘れません!!! ではまた‼︎ ご縁があればどこかの海で!!!」
「おい‼︎ 待てブルック‼︎」
「おいおいお前能力者だろ‼︎ 飛び込んでどうすんだよ!!!」
海に向かって落ちていく、悪魔の実の能力者。自殺行為としか思えないその様に、ウソップが思わず悲鳴じみた声を上げる。
まさか、とルフィたちが息を呑んだその直後。
ざざざざざ!と、海面上を凄まじい速度で駆けるブルックの姿を目の当たりにし、全員が度肝を抜かれた。
「海の上を走ってる!!!」
「うおーすげェ!!!」
まるで重力を感じさせない速さ。骨であるがゆえに軽く、速さに特化したが故の走法で、あっという間にブルックの姿は波の合間に消えていってしまう。
残された一味は、特にウソップとナミとチョッパーは青い顔で震え、船長を見つめた。
「と…とにかくルフィ‼︎ あいつの言う通りにしましょう‼︎ 何が起きてるのかわからないけど‼︎ 完全にヤバイわ、この島っ‼︎」
影を奪われた骸骨紳士、突如現れた謎の島、得体の知れない〝何か〟。
訳のわからない、恐ろしい現象ばかりが続き、臆病な彼らはとにかく逃げることだけを考えて、早急な出向を望む。
だが、じっと島を見つめていたルフィの顔は……期待と好奇心に眩しく輝いていた。
「…ん? なんか言ったか?」
「「「行く気満々だァー!!!」」」
ワクワクした感情を隠しもないルフィ。
予想通りの展開に、エレノアはやれやれと肩を竦め、大きな溜息をついた。