ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
「…ゴ‼︎ ゴースト島って何なんだよ‼︎」
「なァなァ‼︎ さっきのゴーストどこいった⁉︎ まだ船にいるのか⁉︎」
「いや、島の方へ飛んでった。あの島の住人なんだろ」
揺れる不気味な島を横目に、ウソップが喚き冷や汗を垂らす。
ブルックも半透明な〝何か〟も島に向かって消え去ってしまい、訳も分からないまま取り残されて大いに取り乱している。
一味の大半がただ戸惑う中、不意にロビンが島とは反対の方向をいて呟く。
「さっき起きた大きな振動だけど…あの〝口〟みたいな門が閉じた音かしら。私達はあの〝口〟に食べられた形になったんだと思うわ」
「食われた?」
彼女の指摘に、つられて振り向く一味。
ロビンが指差す方を見てみれば、先程見た巨大な口の左右に壁が続いており、ぐるりと視界の端まで伸びて、島の裏側まで続いて見える。
確かに、何か巨大な生物に食われたような位置に立たされているようだ。
それはつまり、一味が抜け出す隙間がなくなっていることを意味する。そう察し、エレノアがぽんと掌を叩いた。
「なるほど、周りは全部あの壁があるって事か」
「そうか…それであのガイコツ、すぐにここから脱出しろと言ってたんだ‼︎」
「じゃあこの島は人工的に海をさ迷ってるって事…⁉︎ 何の為に…」
罠にしては途方も無いほど巨大な仕掛けに、ナミが思わず疑問の声をこぼす。こんなにも金も人手も掛かりそう事を、一体誰が行なっているのか。
困惑する彼女をよそに、フランキーがポーズを取りながら考え込んだ。
「〝島〟が動いてるとなると、ここは海の真ん中、錨を下ろせるわけもねェな」
「おいおい‼︎ 何停める気でいんだよ!!! 脱出するんだ、今すぐに脱出だ、呪われるぞ」
「聞いてみんな、私…‼︎ 実は『島に入ってはいけない病』になったみたい」
「おれも‼︎ おれもそれ!!!」
この場、この海に留まるどころか上陸を考えている新入りに、ウソップが恐怖で足を竦ませながら吠える。ナミもチョッパーも全身で拒否感を露わにしていた。
が、そんな彼らのそばで。
ルフィは期待に満ちた顔で降り立つ準備を終えていた。
「よし! じゃ船つけろ‼︎」
「『冒険準備万端病』かお前は!!!」
虫取り網に虫かご、子供の夏休み中のような格好でやる気満々といった雰囲気を醸し出すルフィ。
感覚がずれまくっている彼の肩を掴み、ウソップが慌てて待ったをかける。
「おい考え直せルフィ!!! よく見ろ、あの不吉な建て物、本物の『オバケ屋敷』だ!!! お前は〝悪霊〟ってもんをナメてるぞ!!!」
「何言ってんだ。おれはちゃんと細心の注意を払いながら、さっきのゴーストを捕まえて飼うんだ」
「ナメすぎだっ!!!」
「何より大切な仲間を連れ戻さなきゃな。サンジ‼︎ 海賊弁当―――!!!」
「仲間って…おれァ反対だからな!!! ガイコツなんて仲間にいたら怖くて夜も眠れねェよ!!!」
ルフィはまるで臆する様子がなく、幽霊や怪奇に対する恐怖を母親の胎の中に忘れてきたのかと言わんばかりに堂々としている。
ウソップが頭を抱えていると、いつの間にか船室に戻っていたロビンとサンジが弁当箱をいくつも抱えて出て来た。
「お弁当、受け取ったわよ」
「ルフィ‼︎ フランキー‼︎ おめェらしっかりロビンちゃんを守るんだぞ」
「未知の島の冒険ってにはぞくぞくするもんだな」
「にゃははは……ようこそフランキー、飽きとは無縁の世界へ」
サンジ手製の弁当を受け取り、ルフィと同じく上陸の意思を見せるロビンとフランキー、笑うエレノア。
ナミはぎょっと目を見開き、島を眺める彼らを凝視した。
「エレノアもフランキーもロビンも行くの⁉︎」
「好きなの、スリル♡」
「人生はスリルとサスペ〜ンス」
ルフィと同じく、全く怯えた様子を見せないロビンが茶目っ気たっぷりに返す。彼女が怖がる姿を想像できないナミは、やがてがっくりと項垂れた。
「よし! さてお前ら、これより小舟を使って島へ上陸するわけだが、おめェらにはまだ見せてねェとっておきのものがあるんだ」
着々と上陸の用意が整い始めた時、フランキーが一味に向かって突如語り出す。
何事か、と振り向くウソップ達は、ここまでの航海中に一度登場した仕掛けの事を思い出し、驚きの表情を浮かべる。
「〝0〟の外輪と〝1〟〝3〟はもう見せて貰ったけど、〝2〟と〝4〟はまだ空だってお前言ったろ」
「うははは、とっておきなんでそう言った。上陸する気のねェ奴らは試し乗りしてみろ‼︎」
「望むところだ‼︎」
フランキーに挑発混じりに言われ、ウソップは意気揚々と船内に入る。その後にナミとチョッパーも続き、三人はその部屋に足を踏み入れる。
降りた場所はサウザンドサニー号のちょうど中央、以前使用した外輪が収まった部屋の隣の空間だ。
「ソルジャードックシステム〝チャンネル2〟!!!」
サニー号の船体の中の機構が回転し、壁の数字が0から2へと替わる。
壁ががらがらと開かれ、その中から現れる小さな船。煙を吐き、歓声を浴びながら、小さな懐かしい顔が悠々と泳ぎ出た。
「出動‼︎ 買い出し船っ‼︎ ミニメリー2号!!! 4人乗り蒸気機関『外輪船』だ!!!」
蒸気を噴き上げ、外輪を回し、小さなゴーイングメリー号が海を進む。
その背に乗ったウソップ達は歓喜の声をあげ、姿を変えて帰って来た仲間の乗り心地を堪能した。
「メリーだ、メリーが小舟で蘇った〜〜!!!」
「こんな素敵なプレゼントが隠れてたなんて、ありがとう‼︎ フランキー‼︎」
「やったー、ちっこいけど、またメリーに乗れるぞー!!!」
涙を目に滲ませ、声を震わせながら、三人はフランキーの気遣いを褒め称える。先程まであった恐怖など、もうほとんど掻き消されていた。
順番を譲った他の面々も、はしゃぐウソップ達を見下ろして思わず笑みを浮かべていた。
「最高の心遣いだな」
「こんな買い出し船なら、いくらでも買い出すぞおれは」
「こりゃ乗らずにはいられないね‼︎」
「うほーかわれ―――、早くかわれー‼︎」
「待て、おれ達はこれから実際に乗るんだ。ひとまずあいつらに堪能させてやれ」
待ちきれない様子のルフィを宥めつつ、フランキーは自身の最高傑作たるサニー号の能力について語る。
サニー号の中心に備わった、回転する六つの部屋。
それぞれにフランキーが作り上げた乗り物が鎮座し、状況に応じて部屋を回転させ、呼び出す。
チャンネル0、左右の外輪船機構。
チャンネル1、一人乗りウェイバー・シロモクバ1号。
チャンネル2、四人乗り買い出し船・ミニメリー2号。
チャンネル3、三人乗り潜水艇・シャークサブマージ3号。
残る一部屋にもいずれフランキーが新たな兵器を作り上げ、出番を待つ事となる。
それこそが、サニー号を守る特殊機構・ソルジャードックシステムだった。
「おれホントお前の考え方大好きだフランキー!!! このこの」
「おおよ、おれは今週も最高な男なんだぜ、ん〜〜…スーパー!!!」
男子の夢がいっぱいに詰まったアイデアを実現させたフランキーの肩を叩き、ルフィが心の底から絶賛する。
褒められて上機嫌なフランキーは、いつも以上に力の入った決めポーズで賞賛を受けていた。
そんな風に男達が騒ぐ中、ふとエレノアがある異変に気付いた。
「アレ? ナミ達戻ってこないよ」
サニー号の近くを走り回っていたはずのミニメリー2号が、いつの何か姿が見えなくなっている。
どこに行ったのだろうか、とエレノアが辺りを見渡した時だった。
「キャアアアアア!!!」
ナミの悲鳴と共に、何かが落下する音がエレノアの耳に届く。
はっと息を呑むエレノアと同じく、異変に気付いたサンジが慌てて欄干に駆け寄り、目を剥いてナミの姿を探す。
「⁉︎ 今なんか落ちた音したよ⁉︎ どこに!!?」
「ナ!!! ナミさ―――ん!!? どうした!!? 何があったんだ――!!?」
咄嗟に愛しの女性の名を呼ぶが、どこからも返事はない。サンジの声が虚しく消え去り、不気味な風音がより一層の存在感を放つ。
ルフィ達も困惑の表情で悲鳴が聞こえた方を凝視し、顔をしかめる。
「何やってやがんだ、アイツら。霧で何も見えねェ」
「だけど島の方からよ」
「お前らァ!!!」
何かあったのか、と引きつった顔でナミ達の身を案じるゾロとロビン。
ルフィも険しい表情で、姿の見えない仲間達に向けて叫んだ。
「お―――――い!!! 早くおれもミニメリーに乗せてくれ―――っ!!!」
「そうじゃねェだろ!!! ナミさんの身を心配しやがれ!!!」
「おめェこそあと二人の心配もしやがれ」
「いつもの事だから…」
全く状況を理解していない船長に、サンジが贔屓しまくりの突っ込みを入れ、さらにフランキーが頭を小突く。
呆れる新入りの肩を叩き、エレノアが首を横に振って無駄だと諭した。
「今の悲鳴、ゴーストに呪い殺されたのかしら…」
「縁起悪ィ事言うヒマあったら、船を近づけるぞ」
いつも通り不吉な呟きをこぼすロビンに言いながら、ゾロが船を操舵しようと持ち場に向かおうとすると。
ぴくりとエレノアの耳が動き、じろりと鋭い視線が虚空に向けられた。
「ん?」
「どうした?」
「なんか誰かがこの船に乗り込んできたみたいなんだけど………」
「誰かがァ?」
きょろきょろと辺りを見渡すエレノアに、胡乱げな視線を返すゾロ。
つられて彼も視線を巡らせてみるが、別におかしなものは何も見当たらない。気のせいではないか、と言おうとしたその時。
サニー号の前部に備わった爪形の錨が、突如独りでに海に落とされた。
「え⁉︎ 勝手に錨がっ!!!」
「錨なんて誰も触ってねェぞ!!!」
「……⁉︎ 造ったばっかで歯車が緩むわけねェしな…」
「とにかく巻き上げろ、船がバランスを失う‼︎」
いきなりの異常現象に戸惑いつつ、荒波の中に固定されようとしている船をなんとかしなければと錨の操作に向かう。
エレノアもそれに加わろうとして……その途中、突然何もない宙を思い切り蹴りつけた。
「………そこにいるのは誰だァ!!!」
怒号と共に放たれた、鋼鉄の義足による蹴撃。虚しく空を切るだけと思われたその一撃は、どかっ!と鈍い音を立てて大気を振動させた。
何もないはずの場所に、確かに『何か』がいたのだ。
「うおォ!!! 何だ!!? 何蹴ったんだ!!?」
「わからない……見えない何かを感じたからブッ飛ばしてみた。多分こいつがさっきの犯人だと思う…」
「…お前、最近思考がルフィに似てきてねェか?」
敵と判断したら一切躊躇わないやり方に、見覚えがあるゾロが引きつった顔でこぼす。彼自身何度も受けて来た理不尽な思考だ。
エレノアは一撃放っただけでは安堵せず、ぎろりと油断なく辺りを探り続け、そして駆け出すともう一度強烈な蹴りを突き出した。
「そこだァ!!!」
「おわ―――っ!!!」
放たれた一撃は危うくルフィの顔面を貫きかけ、間一髪躱したルフィの頭上を突き抜ける。
慌てて飛び退いたルフィは顔中脂汗を噴き出させながら、戦慄の表情でエレノアを睨みつけた。
「危っぶねェだろ!!!」
「…いや、声かけただけじゃ意味ないと思って…………ごめん」
目を飛び出させながら怒鳴るルフィに、流石にエレノアも萎縮し頭を下げる。ちなみに、二発目は謎の敵にかすりもしていなかった。
「クソ‼︎ とにかくここが得体の知れねェ場所だって事は間違いねェ、なおさらナミさん達が心配だ…!!! 船は、お前らに任せたぞ‼︎ おれは島へ3人を助けに行って来る!!!」
姿の見えない敵、何もかもが謎の存在に狙われているとわかり、表情を引き締めたサンジが海に向かって飛び出す。
どんな荒波の中でも泳いででもナミ達を救い出す、そんな覚悟を決め、颯爽途中へ躍り出たサンジは。
何かに足を引っ掛け、サニー号の船体に思い切り顔と体を叩きつけられる羽目になった。
「ほげーっ!!!」
「「「え――っ!!? かっこ悪っ!!!」」」
びたーん、と思わず顔をしかめたくなる音と衝撃が走り、ルフィ達から落胆の声が上がる。
だが、その表情はすぐに驚愕に取って代わった。
船体に張り付いたサンジが、逆さまになったまま宙に浮かび始めたのだ。
「うわっ‼︎ サンジが浮いてきた、どういうこった!!?」
「今‼︎ サンジ君の上に奴が………ってか足掴んでる!!?」
驚愕で立ち尽くすルフィ達の前で、サンジの体が足を中心に回る。
一味の困惑の視線の中、サンジは『何か』に投げ飛ばされ、甲板の上に叩きつけられた。
「どわ‼︎」
「おい、サンジ!!!」
「………く…‼︎ 何だ…今のは、畜生‼︎」
「お前『ほげー』って言ったぞ」
「うっせーてめェ!!! 同じ目にあえ!!!」
気に入らない奴の情けない姿と声に、ゾロが状況をほったらかしにして揶揄い、サンジの怒鳴り声を誘う。
そんな一幕を交えながら、一味は自然と円陣を組み、未だ姿を現さない敵への警戒心を引き上げた。
「…おれ達を船からも出さねェ気か…⁉︎」
「目的が見えねェな…殺す気ならいくらでも攻撃できるハズだ‼︎」
「だったらこっちも出て行けなくしてやる!!!」
得物を構え、能力の準備をし、どこから向かって来ても即座に対応できるよう備える。
その中でエレノアはぱんっと掌を打ち合わせ、甲板の芝生に叩きつける。すると、草がそれぞれ変形し、無数のとらばさみへと変貌していく。
「この数を全部避けて逃げられるかな⁉︎ さァ……どっからでもかかってこい‼︎」
芝生中に取り付けられた罠を見据え、凄むエレノア。
必ずどれか一つは発動する、そう確信し、敵の動きを止めようと考えた彼女だったが。
とらばさみはどれも動く事はなく、それどころか、突如発生した大波による揺れで、ほとんどが甲板から滑り落ちてしまった。
「うわァ!!!」
「波だ‼︎ 塀の中で不自然な波が‼︎ 船が流されてくぞ!!! エレノアちゃん、敵は⁉︎」
「くそっ…このどさくさでどっか行きやがった‼︎」
立っていることすらままならない揺れの中、気配が遠ざかっていく事に、エレノアは悔しげに目を吊り上げて唸る。
次第に船は波に押され、どんどん島の方へと押し流されていった。
「おい『ほげー』錨を上げろ、船の自由が利かねェ!!!」
「誰が『ほげー』じゃコラ!!!」
どうにか島に近づかないよう舵を切ろうとするが、荒々しい波は一切の抵抗を許さない。一味の誇る航海士がこの場にいれば切り抜けられたかもしれないが、今の彼女は行方知れずのままだ。
「まずいまずい‼︎ ナミ達と逸れる!!!」
「ウソップ、チョッパー‼︎ 返事しろ――っ!!!」
「おいフランキー、船の秘密兵器で何とかしてくれ!!!」
「よし、〝飛び出すびっくりプール〟ってのがあるぜ‼︎」
「「「楽しそうだなー‼︎ アホか!!!」」」
「ふざけてる場合か!!!」
わーぎゃーと喧嘩の声を響かせながら、サニー号はブルックの船と共に謎の島へと引き寄せられていく。
まるで、何者かの意志に導かれるように───。