ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第238話〝スリルとサスペンス〟

「いやいやいや、まいったまいった…」

 

 頭上を見上げ、思わずエレノアは独言る。

 

 視界に入るサニー号とブルックの船。波に押され、あれよあれよという間にそれらは流され、巨大な蜘蛛の巣に囚われ。

 挙句正面には幽霊島の入り口が出迎えているという、悪意しか感じられない状況だ。

 

「ゴースト達の手招きまで見えてきそうだ」

「誘いに乗るしかないのがなんとも…」

「なーにをごちゃごちゃ言ってんだ、ゾロ‼︎ エレノア‼︎ ホラおめェらも来い‼︎」

 

 険しい顔で天を仰ぐエレノアとゾロが呟いていると、先に島に上陸していたルフィが待ちきれないといった様子で呼びかけてくる。

 

「ここにいたってヒマなんだ、行くぞ‼︎ 弁当わけてやるからよ、ししし‼︎」

「…………あんたの心臓にはどんだけ毛が生えてんの?」

 

 謎ばかりの幽霊島を、心から楽しんでいる船長に、エレノアはただ呆れるばかりであった。

 

 悩んでいても仕方がないと、一同は島の奥を目指す。

 だが彼らの前にまず待っていたのは、用途の不明な溝に降りる階段だった。

 

「――で、何でいきなりこんな下り階段」

「ここが『入口』なんだから考えても仕方ねェ」

 

 海より深い位置にある溝、通路と呼ぶべき広さの底を一同は然して慄く事もなく歩く。人骨が足元に転がっているが、誰も避けたりしない。

 

 そんな中、サンジが通路の奥で動く何かに気付いた。

 

「ゲッ、堀の奥に何かいるぞ」

 

 つられて、暗闇を見透かしてみるルフィ達。

 じっと目を凝らす彼らの前に……それは唸り声をあげて姿を見せる。

 

 ぼさぼさの毛並み、傷だらけの体、そして何より───三つの頭。

 鋭い牙を携えた三つの犬の首……なぜか一つだけ狐の首だったが……が、涎を垂らしてルフィ達を出迎えたのだ。

 

 伝説にのみ棲まう怪物の登場に、ルフィ達は。

 

「ヘェ…ケルベロスか…地獄の方が安全だろうに」

「あら、かわいいわね」

「あいつケンカ売ってねェか?」

「生意気だな…」

「私達に出会っちゃったのが運のツキってもんさ……」

「お、うめェのかな?」

 

 と、誰一人として臆さず怯えず慄きもしない。

 怪物・ケルベロスはがーんと心底衝撃を受けた様子で硬直し、しかしやがて鋭い目つきでルフィ達を威嚇し始めた。

 

「グルルル…!!! ウゥ…」

「何だ、やる気になったぞ」

「じゃ、おれが」

「いや待てよ。手懐けてみよう」

 

 戦闘の意思を見せ始めた怪物に、生意気だと言わんばかりに構える男達。

 すると彼らを制し、ルフィが一切の警戒なしに、突拍子も無い思いつきを口にしながらケルベロスの前へと進み出た。

 

「バカ、犬っつってもお前…犬の元締めみてェな奴だぞ⁉︎」

「犬は犬だ、よ――しよしよし。お手」

 

 呆れた声をぶつけるゾロを背に、片手を出し宥める声をかけるルフィ。

 不用意に近づく人間の男を睨むケルベロスは、差し出された手どころかルフィの全身に一斉に噛み付いた。

 

「ワンワン‼︎ コォン!!!」

「言われたそばから…」

 

 異形の毛並みの中に別の意味で埋もれるルフィに、サンジが眉間にしわを寄せて呟く。

 彼らが見守る先で、ルフィはケルベロスの首元を撫で、そっと宥めながら自分の体を抜け出させていく。

 

「よしよしいい子だ。よーしよしよし…そうだ、ゆっくり離せ…いい子だな…こんにゃろォ!!!!

「「「グギャウッ!!!!」」」

 

 そして、全身が無事抜けると、渾身の一撃をケルベロスの横っ面に叩き込む。

 白目を剥き、がっくりと倒れ伏した怪物を見下ろし、ルフィは再度告げた。

 

「ふせ」

「イヤイヤ…」

「動物虐待はんたーい」

 

 あまりにも厳しい動物との触れ合い。

 弱肉強食の海賊とはいえ、理不尽にもほどがある結末に仲間達から困惑気味な突っ込みが溢れた。

 

 そんな困惑も、数秒もすれば男達の中から薄れたのだが。

 

「それにしてもひどい傷ね。生きているのが不思議だわ」

「その前に一匹キツネが混ざってる時点で、すでに生物としてどうかと思うがな」

「キズっていうか、改造跡としか思えないんだけど。どこの誰がこんな事してるんだろう」

 

 俯せに沈むケルベロスの耳を、特に狐部分の耳を掴み、ゾロが苦い顔で呟く。常識を覆す海とはいえ、驚くものは驚く。

 

 ロビンとエレノアは、ケルベロスの全身に刻まれた手術痕らしき傷跡をじっと見つめ、首を傾げていた。

 一体どこの誰がこんな真似を、そして何故こんな改造が成立しているのか。

 

「入ってすぐこんなオモロいの出てくんだから、この島楽しみだなー‼︎」

 

 力尽くでねじ伏せたケルベロスを叩き、ルフィが楽しそうに笑う。

 

 一同は項垂れるケルベロスに促し、その背にロビンを乗らせて探索を再開する。その間、ケルベロスは一切の抵抗をしなかった。諦めたらしい。

 

「ナミさーん、お――い‼︎ ナミさんどこだ〜!!?」

「元気がないわね、ケルベロスさん」

「まァ…敗者に妙な同情はしねェこった、プライドに触る」

「あーあ、かわいそーに」

 

 溝を進み、見つけた上り階段を上がり、その先にあった門を潜り。

 どこかの屋敷の庭のような森の中を進むルフィ達は、以前行方のわからないナミ達に大声で呼びかける。

 

 そうして、探索と捜索を続けていた時だった。

 

「ん?」

 

 ルフィがふと、ある奇妙なものを見つけ立ち止まる。

 

 角の生えた馬と、人間の顔がついた木。

 全身に手術痕を刻んだ異形が、酒を注いだ盃を酌み交わしあっていた。

 

「おっさんの木と…ユニコーンが一杯やってる‼︎」

 

 驚愕に目を見張りながら、不思議なものを目の当たりにしたルフィの行動は早かった。

 即座に人面木に飛びかかり、逃げられないよう組みつきその場に押し倒した。すぐそばでは、フランキーがユニコーンを捕獲していた。

 

「捕まえた――!!!」

「こっちもだ‼︎ こりゃ珍しいな‼︎」

「ウオオー見逃してくれー!!!」

 

 いきなり捕らえられ、人面木は冷や汗を垂らしながら懇願する。

 そんな彼らに、ルフィは期待に目を輝かせながら告げる。

 

「お前ら‼︎ おれと一緒に海賊やら」

「「「フザけんなァ!!!」」」

 

 嫌がった他の仲間達の反対により、捕らえた異形達は即座に解放されたのだった。

 

 

「だからおめェは‼︎ 色んなモンを仲間にしようとすんじゃねェよ!!! ただでさえタヌキだのロボだの色々いんだぞ、ウチにゃあ!!!」

 

 危うく不気味な新入りができるところだったと、サンジはケルベロスの背の上で呑気に笑うルフィに怒鳴る。本人はまるで反省していないが。

 そして彼の怒号には、人外の一人であるフランキーが激しい反応を示した。

 

「おい、おれはロボじゃねェサイボーグだ、バカ野郎‼︎」

「もう人間じゃねェ事は確かだろ」

「ベースは人間だってんだよ‼︎」

「ベースは変態だろうが‼︎」

 

 妙なこだわりがある新入りに、面倒臭くなったサンジが罵倒をぶつける。

 怒ると思いきや、フランキーは照れた様子で身を引き、いやいやと頭を掻き出した。

 

「え…ああ、そこ解ってくれてるんなら…」

「いやホメてねェぞ!!?」

「次は何が出るのかな〜〜♪ 楽しいな〜〜〜♪」

 

 後ろのやりとりなど気に求めず、ルフィはさらなる刺激がやってこないかと、満面の笑みを浮かべて森の奥を覗き込む。

 その隣で、ロビンがケルベロスに触れながら声を漏らした。

 

「さっきの〝木の人〟や〝ユニコーン〟にもあったわね…」

「どうした」

「この森の奇妙な生物達の共通点は包帯、縫い傷、そして体に刻まれた番号」

「番号か…確かにあるな」

 

 ちらり、とケルベロスの皮膚の一部を見下ろしてみると、確かにある。

 刻印された数字は、先ほどの人面木とユニコーンにはそれぞれと、それぞれ異なる数字が刻まれていた。

 

「じゃあこれ、誰かに管理されてるって事だよね」

「そうなるわね」

 

 番号の意味はわかったが、目的は以前不明のままであるため、一味の脳にはもやもやとした疑問が残る。

 誰が何の目的でこんな怪物達を生み出し管理しているのか、全くの謎である。

 

 その時、辺りを見渡していたルフィが訝しげに眉間にしわを寄せた。

 

「ん? なんか聞こえるぞ?」

 

 何事か、とその音の主を探そうとした時。

 サニー号で一度遭遇した、半透明の〝何か〟がどこからともなくぬるりと姿を現した。

 

 それも、一体が二体、二体が三体と数を増やしながら。

 

「ネガティブ ネガティブ」

「出た――‼︎ ゴーストだ―――!!! 踊りながら増えてくぞ、面白ェ〜〜!!!」

 

 ゆらゆらと不思議な踊りを踊り、空中で揺れるゴースト達。

 彼らはルフィ達を嘲笑うように、舌を出し、歌い、夜の闇の中で己を見せつけていた。

 

「ネガティブ‼︎ ネガティブ‼︎」

「なんて感じの悪いかけ声なの……」

「捕まえて飼ってやる‼︎ だー‼︎」

 

 エレノアが頬をひきつらせる横を、虫取り網を掴んだルフィが飛び出し、思いっきり振り下ろす。

 だが、網はゴーストに触れる事もできず、虚しく空を切るだけだった。

 

「完全に霊体か……よーし…〝フレッシュファイア〟!!!」

「ホロホロホロ、ホロロロロ…」

 

 ならばとフランキーが前に出て、ゴーストに炎の息を吹きかける。

 しかしこれも何の効果も与えられず、ゴーストはけたけたと笑いながら、顔をしかめたフランキーの胴をすり抜ける。

 

「ダメだ、効かねェ。全くダメだ、今週のおれホントにダメだ…何やってもまるでダメ、生きていく自信がねェ…死のう」

「どこまで落ち込んでんだよ、お前は!!!」

 

 急に顔を青ざめさせたフランキーは、みるみるいつもの明るさを失い、とうとうその場に膝をついてしまう。異様な変貌にサンジからの突っ込みが飛ぶ。

 

「こんにゃろ‼︎」

 

 何を思ったのか、焦れたルフィが今度は手掴みでゴーストを捕らえようとする。だが案の定触れる事はできず、フランキーと同じように激しく落ち込み、深々と項垂れた。

 

「もし生まれ変われるのなら…おれは貝になりたい、最低だ……死のう…」

「だから何やってんだよ、おめェら揃って!!!」

 

 普段と正反対の姿を晒すルフィとフランキーに、サンジが呆れと苛立ちを混ぜた声で怒鳴りつける。

 彼らを見やり、次いで空中のゴースト達を見つめ、ロビンが一つの推測を口にした。

 

「もしかして、あのゴーストに触れると気が弱くなっちゃうんじゃ…」

「そんなバカな」

「……ふん、情けねェ奴らだな。普段から気をしっかり持たねェから、妙なゴーストごときに心を翻弄されんだよ‼︎」

 

 ぶつぶつとぼやき続けたままのルフィ達を睨み、ゾロが吐き捨てる。強さを求める彼にとって、心の弱さは恥も同然なのだ。

 

 が、そんなゾロにもゴーストは容赦なく触れ、彼は呆気なく膝をつく事となった。

 

「生まれてきてすいません…………」

「もういいわ!!!」

 

 何回繰り返す気だ、と目を吊り上げたサンジが吠える。

 同じ情けない姿を三度続けて見せつけられ、怒気を露わにしつつ、サンジはゴースト達に戦慄の視線を送る。

 

「ロビンちゃんの言う通りみてェだな……」

「ちょっとやってみるか……おりゃあ!!!」

 

 ふと考え込んだエレノアが、ゴーストに向けて飛翔し、蹴りを放つ。

 覇気を纏わせた一撃はゴーストの顔面に当たり、ぽふっと微かながら何かが当たった感覚をもたらした。

 

「お? 少しだが効いたか…⁉︎」

 

 覇気なら通用するのか、とサンジが期待の眼差しを向けた直後。

 

 どさっ、と。

 エレノアが突然地面に落下し、四肢を投げ出し力無く項垂れた。

 

「生まれて来てごめんなさい生まれて来てごめんなさい生まれて来てごめんなさい生まれて来てごめんなさい生まれて来てごめんなさい生まれて来てごめんなさい生まれて来てごめんなさい生まれて来てごめんなさい……」

「エレノアちゃ〜〜〜ん!!?」

 

 ぶつぶつと呪詛のように後ろ向きなつぶやきを漏らし続けるエレノアに、サンジはぎょっと目を剥いて叫ぶ。

 横たわる天使をロビンが抱き上げ、深い溜息をついた。

 

「エレノアの症状が一番ヒドそうね」

「何か色々抱え込みやすいタチだからな…………あのゴーストの攻撃が運悪く弱点になってる感じだ」

「生まれて来てごめんなさい生まれて来てごめんなさい生まれて来てごめんなさい」

 

 一味の最たる実力者が無惨な姿に成り果てた事で、否応無く一味の警戒心は跳ね上がる。一切の抵抗も許されないのだから、慄く他にない。

 

「実体がない上に、触れると精神的に切り崩されるなんて…〝覇気〟は効くけど軽度………もし〝敵〟なら手強いわね。」

「確かに…」

「不思議な島」

 

 ロビンの呟きを小馬鹿にするように、ゴースト達はけたけたと体を揺らし、闇の中に姿を消していった。

 

 

 

「あんのゴースト、今度現れたらもう承知しねェ!!! 飼うのもやめだ‼︎ いらん‼︎」

「弱点は必ずある‼︎ 抹消してやる!!!」

 

 数分後、ルフィとフランキーは心底憤慨しながら森を歩いていた。

 手も足も出なかった上、情けない様を晒され、怒りのぶつけどころのない二人はずんずんと荒々しく地面を踏みつけ進む。

 

「わははは、面白ェモン見た」

「うっせェ!!!」

「生まれて来てごめんなさい生まれて来てごめんなさい生まれて来てごめんなさい生まれて来てごめんなさい生まれて来てごめんなさい生まれて来てごめんなさい」

「ねェ、エレノアが全然戻らないのだけど…」

「…いい加減正気に戻さねェと自害でもしそうだな」

 

 足として使われるままのケルベロスの尻には、未だ呪詛を吐き続けるエレノアが膝を抱えている。一緒に乗っているロビンとサンジは酷く居心地が悪そうだ。

 

 気分を変えようと、一味は改めて島で遭遇した異形達の考察を再開させる。

 

「番号を持ったツギハギの生物達は一くくりにできそうだけど…あのゴーストはまた別の生命体ね」

「あいつは船にもいたよな…時折現れ、おれ達を監視してる様だ…問題は…誰が糸を引いてるかだ」

「………ずいぶん薄かったけど、あのゴースト達には確かに生命の気配はあったよ。多分生きた何者かの手先だと思う」

「あ、エレノアが復活した」

 

 正気に戻ったエレノアが考察に参加するが、やはり考えてもわからないまま。謎は謎のままだ。

 

「まーいなくなった奴らについて考えても仕方ねェ」

 

 頭を悩ませる仲間達をよそに、平常心を取り戻したルフィが呑気に笑う。

 

 やがて一同は、開けた広場……墓地に到着する。

 生ぬるい風が吹き抜ける、いかにも何か下から出てきそうな、不気味な場所のど真ん中で立ち止まる。

 

「あー広い墓場だ、雰囲気あるなー。おい、ここで弁当食おう‼︎」

「おバカ、こんな所で食べたりしたらお弁当がマズくなるでしょ? それにナミ達のことが心配だから急がないと…」

 

 早速弁当箱の包みを開けようとするルフィをエレノアが止める。不謹慎な彼をじろりと睨みつけ、ぐにっと頬を引っ張り叱る。

 消えた仲間の安否を案じ、一刻も早く向かおうとルフィを引きずってでも進もうとする。

 

 

 ───この後、彼らは遭遇する。

 自分達の足元から迫る、命なき新たなる刺客に。

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