ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第239話〝恐怖の島の支配者〟

 それが現れたのは、突然だった。

 ルフィの足元の地面が盛り上がり、ぼこぼこと何かが顔を出す。

 

 生気のない青い肌、全身に走る手術痕、飛び出た目、腐った血肉……不気味な怪物が土を掻き分け現れた。

 

「あ―――……」

 

 気味の悪い呻き声を上げ、継ぎ接ぎだらけの自らの体を外へと引っ張り出す……明らかに生者ではない何か。

 腐敗した体を引きずり、一体のゾンビがルフィの目の前に立つ。

 

 ルフィはそれを目の当たりにすると……ゾンビの肩を掴み、地面の中に押し戻す。ずぶずぶとゾンビの体が再び地面に埋まり、呻き声も途切れる。

 

「って帰るかアホンダラァ〜!!!」

 

 一旦は頭まで埋まったゾンビが、今度は凄まじい剣幕と共に飛び出してくる。

 ルフィは改めてゾンビを目撃し、はっと目を見開いて息を呑んだ。

 

「大ケガした年寄り⁉︎」

「「「「ゾンビだろどうみても!!!」」」」

 

 怖がる事すらせず、怪物とも気づいていないルフィに、ロビン以外から鋭い突っ込みが飛ぶ。

 その様はふざけているようにしか見えず、ゾンビの眉間に太い血管が浮き上がる。

 

 次の瞬間、墓地のあちこちから次々に、様々な姿をしたゾンビ達が勢い良く飛び出してきた。

 

「ゾンビをナメやがって〜〜…!!!」

「ナメンなァア!!!」

「ウルァ〜〜!!!」

「ウォアチャ〜〜〜!!!」

「ホアチョ〜〜〜!!!」

「ゾンビってこんな生き生きした奴らだったっけ!!?」

 

 エレノアが驚愕の声を上げる前で、ゾンビ達はみるみる数を増やし、墓地を埋め尽くすほどに増える。

 そして、侵入者たるルフィ達めがけて、一斉に襲いかかった。

 

「ゾンビの危険度教えてやれェ!!!」

「「「「「ウオオオオオ!!!」」」」」

 

 雄叫びをあげ、凄まじい勢いで向かってくる不死者の軍勢。

 墓石を蹴り倒し、十字架を踏み越え、四方八方から飛びかかり、手を伸ばしてくる人ならざる者達。

 

 青白い軍勢を前に、しかし麦わらの一味は微塵も臆さない。

 

「な〜んだ、やんのか」

「危険度なら……こっちだって教えてあげるよ!!!」

 

 ごきごきと拳を鳴らし、ルフィとエレノアが不敵に笑った次の瞬間。

 

 ルフィの殴打が、エレノアの炎の剣がゾロの剣技が、サンジの蹴撃が、ロビンの関節技が、フランキーの剛腕がゾンビ達を返り討ちにする。

 あっという間に、不死者の軍勢は跡形もないほどに粉砕させられた。

 

「「「「「「9億B・JACK POT!!!!」」」」」」

 

 

 

「お前ら、ここで何してたんだ」

 

 腕を組み、仁王立ちしたルフィが目の前で整列し正座するゾンビ達に問う。

 大した活躍もなく叩きのめされたゾンビ達は、ぼろぼろの体で項垂れていた。もっとも、元から満身創痍のような姿だったが。

 

「えーと」

「……ゾンビだし…埋まってたっていうか」

「腐ってたっていうか………」

「……腐ってた」

「おれも」

「フザけてんの?」

「「「「「スンませんっ‼︎」」」」」

「ほんとにっ‼︎」

 

 おどおどと言葉を選びながら、仲間同士で顔を見合わせ頷き合うゾンビ達。

 要領を得ない回答に、すっと目を細めたエレノアがこきりと拳を鳴らし、ゾンビ達を震え上がらせる。

 

 爛々と光る目に怯える彼らに、ルフィはまた異なる質問をぶつける。

 

「鼻の長ェ男と…オレンジの髪の女…トナカイみたいなタヌキがここを通ったか?」

「ああ‼︎ あ〜〜はいはいはい…」

「…でも言えねェ‼︎ おれ達、そういう情報関係一切、人に言えねェ事になってるんで」

 

 負けを晒した彼らだが、それなりの矜持と義務感があるのか、ルフィの問いに簡単には答えない。姿の見えない島の主に命じられているのか、激しく首を振る。

 

「……ふーん、絶対に言わねェか?」

「3人通った」

 

 だが、ルフィが拳を鳴らすとすぐさま一人が答えた。わずか数秒の鞍替えだった。

 

「おれの仲間だ。手ェ出してねェだろうな」

「えー……⁉︎」

「だ、出してねェ」

「おれも出してねェ」

「………出してねェ」

 

 次なる問いに、ゾンビ達はびくっとあからさまに動揺する姿を見せる。

 きょろきょろと目を泳がせ、冷や汗を垂らす様はどう見ても何かを知っている。それでも、固く口を閉ざそうとしている。

 

 だがそれは矜恃からではなく、正直に話して怒られるのを嫌がるような、そんな雰囲気があった。

 

「正直に言えよ」

「コイツは出した」

 

 現にルフィとエレノアが同時に睨むと、即座にまた別の一人が白状する。

 圧に耐えかねた仲間の裏切りに、周囲のゾンビ達がぎょっと振り向き好き勝手に喚き始めた。

 

「えー⁉︎ おい、友達売るなよ〜〜っ‼︎ ちょ…お前だって噛んだろ!!!」

「みんなで襲った」

「バカ‼︎ 言うな」

 

 ぎゃーぎゃーと責任転嫁を始める人外達。

 見苦しい様を見せる彼らに、次の瞬間、ルフィの拳とエレノアの蹴りが襲いかかった。

 

 

 

「あの屋敷に向かったみてェだ。無事でよかった」

「ブルックはわかんないみたいね」

「いなくていいよ、別にアレは」

 

 しんと静かになった墓地を後にし、先を目指すルフィ達。

 彼らの後ろには、逆さまにされたゾンビ達が無数に埋められ、なんとも言えない可笑しな景色を作り上げていた。

 

 得るべき情報は全て得た、と一味が進もうとした目前に、突如一人の男が飛び出してきた。

 

「もし‼︎ ……ち…ちょっとあんたら………‼︎ 待ってくれ‼︎ 今…見てたぞ、あんたら恐ろしく強いんだな。少し話をさせてくれねェか!!?」

 

 現れたのは、これまた全身傷だらけの男だった。

 ぼろぼろの服を纏い、割れた洋燈(ランタン)を手にした、片目の潰れた痛々しい姿の老人。

 

 彼を目の前にし、ルフィが再びはっと息を呑んだ。

 

「大ケガした年寄り⁉︎」

「「「「だから、ゾンビだっつってんだろ!!!」」」」

「いや、大ケガした年寄りじゃ」

「「「「紛らわしいな!!!」」」」

 

 ルフィに突っ込んだエレノア達は、即座に否定した老人にも吠える。

 危うく、敵の増援かと思い迎撃するところであったエレノアは、内心ひやひやしながら機械鎧の刃を中に納めた。

 

 何者か、と困惑する一味の前に、老人はよろよろと膝をつき頭を下げてくる。

 

「倒して欲しい男がおるんじゃ…………‼︎ あんたらなら、きっとやれる‼︎ 被害者はいくらでもおるが…倒せば全員救われる。〝影〟が戻れば礼ならいくらでもするし」

 

 悲痛な声に、顔を歪めた一味はつられて老人の影を確かめる。

 すると確かに、光源がわずかであってもできるはずの影が、老人にはない事に気づく。

 

「ホントだ、おっさんも影がねェな。ブルックと一緒だ…!!!」

「そりゃ一体誰の仕業なんだ、この島に誰がいるんだ?」

「モリアという男だ。それはもう恐ろしい…‼︎」

「モリア?」

 

 知らない名に、首を傾げるルフィ。元々知識のない彼だが、他の男達も同じく訝しげに眉をひそめる。

 

 だが、エレノアとロビンは違った。

 彼女達は大きく目を見開き、老人をまじまじと凝視しだした。

 

「もしかして………!」

「まさか……ゲッコー・モリアの事!!?」

「ああ…そうさ…そのモリアじゃ‼︎」

「ロビン、エレノア、知ってんのか?」

「………名前ならよく知ってる。元々の償金額でさえ、あなたを上回る男よ、ルフィ…‼︎」

 

 ルフィに訊ねられ、エレノアが代表して語り出す。

 振り返り、ルフィに向き直った天使の表情は、これまでで一、二を争う程に強張っていた。

 

「王下七武海の一人…ゲッコー・モリア!!! 昔〝四皇〟の一人である〝カイドウ〟って奴と互角にやりあってたっていう、バケモノ海賊だよ」

 

 今度はルフィ達が息を呑む番だった。

 これまで度々関わってきた、政府公認の海賊───比類なき強さを持つ七人の猛者達の一角であると知り、否応無く緊張感が走る。

 

「ホントか、お前ら‼︎」

「謎の多い男よ……」

「私もまだ会った事がない……どういう能力者かも、どんな姿なのかも全く知らないんだ」

 

 多くの海賊の情報を持つエレノアや知識の豊富なロビンでさえも、詳しい人物像を引き出せず、険しい表情で黙り込む。

 ルフィも眉間にしわを寄せつつ、その猛者の被害者であるという老人に視線を戻した。

 

「そんな奴がこんなとこで何やってんだ?」

「さァ、わからんがわしと同じ様にこの森をさ迷う犠牲者達も少なくない…」

「他にもいるのか……‼︎」

 

 項垂れ、身を震わせながら語る老人。彼の呟きに、サンジとフランキーが思わず左右の森の中を見渡した。

 

「あんたらもここへ誘われた時点で…モリアに目をつけられたと思った方がいい。この地に残り、暗い森をゾンビを恐れながら這い回る者…海へ出てなお太陽に怯え生きる者……‼︎ いずれにせよこんな体では生きている心地はせん…」

 

 ぽろぽろと涙をこぼし、身を切るような慟哭を漏らす老人に、流石に同情の視線が向けられる。

 世の悪の代表たる海賊とはいえ、根本的に善性を持つ麦わらの一味だ。真面な生を送れなくなった人間に対して、憐れみを抱かずにはいられなかった。

 

「死ぬ前にもう一度…太陽の光の下…歩いてみてェ…!!!」

「そうなのかおめェ…!!! そりゃ辛ェなァ…‼︎」

 

 号泣する老人に、フランキーが彼以上に泣きながら歩み寄る。顔中を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしながら、うんうんと強く頷き老人の肩を叩く。

 いつも通りの涙脆さだった。

 

「よォし‼︎ おれが力んなるぜ、心配すんな"!!! バカ、泣いちゃいねェよ」

「気持ちをわかりすぎだろ! てめェ、軽く背負い込むな」

「まったくだ、おいジジイ‼︎ 泣き落としは美女の特権だと思え!!! お前じゃトキメかねェ‼︎」

「そうじゃないでしょ」

 

 勝手に手助けを買って出るフランキーをゾロが厳しく咎め、サンジが目を吊り上げて指を突きつける。

 しかし不純な理由のため、エレノアにすぱんと後頭部を叩かれていた。

 

 温度差のある仲間達を見やり、ルフィは見る者を安堵させる明るい笑顔を浮かべてみせる。

 

「まーでもよ。元々、影を奪う張本人を探してたんだ。そいつがおれ達も狙ってんならぶっ飛ばす事になるし、おっさんもついでに助かるんじゃねェか⁉︎」

「……あ…ありがてェ言葉だ……‼︎ ついででも何でも希望が持てますじゃ!!!」

 

 特に気負う事なく、気楽に考えている様子のルフィだが、老人はその言葉で充分救われたらしく、今度は歓喜の涙を流して震え出す。

 ルフィが呑気に笑っていると、森の中から続々と控えめな声が聞こえてきた。

 

「頼んだぜアンタ!」

「頑張れ――‼︎」

「モリアなんてぶっとばせ」

「トキメかなくて悪かったな!」

「聞いてたのかよ、その他の犠牲者共‼︎」

 

 ずっと一味の話を聞いていたらしい、老人と同じく影を取られた犠牲者達が各々の声援を送ってくる。それでも結局姿は見せないらしい。

 

 妙な頼まれ事をされた、と頭を掻きつつ、一味は再び歩き出す。

 森の間を抜け、しばらく進むと、徐々に大きな建物の影が見えてくる。

 

 すると丁度その時機に、周囲の空気の湿度が変化し、ぽつぽつと雨粒が降り注ぎ始めた。

 

「だいぶ降り出して来たな」

「屋敷まで走るか⁉︎」

 

 少しずつ強くなる雨に、風邪をひいたりせずとも濡れるのは御免だと顔をしかめる。ぼんやりと見える屋根を目指して急ごうとした時だった。

 

「ちょっと待った‼︎」

 

 不意に、ルフィが走り出そうとした仲間達を制止する。

 振り向いた彼らの前で、ルフィは屋敷を……屋敷の上に見えた揺れる何かを見つめ、困惑の声を漏らした。

 

「屋敷の後ろに…マーク⁉︎ でっけェ何かが見えるぞ⁉︎ 少し霧が薄れてるな…何だ…旗か⁉︎」

「いや…………帆だよ」

 

 ルフィが目を凝らす隣で、彼の見ているものを見上げたエレノアが、鋭い目でそれを見据えて答える。

 

 言われて、他の者達も気付く。

 雨でわずかに晴れた霧の中に浮かんで見える、巨大な一枚の布……そのど真ん中に、髑髏の絵がはっきりと刻まれていたのだ。

 

「そうなのじゃ‼︎」

「まだ、ついて来てたのか‼︎」

 

 唖然とする一味の背後から、再び先ほどの老人が姿を見せて告げる。

 驚くサンジを放置し、老人は伝え損ねたもう一つの情報を……今、自分と彼らがどこにいるのかを語った。

 

「巨大すぎて全貌などわかりますまい、この…‼︎ スリラーバークは村を一つ丸ごと載せた、世界一巨大な海賊船なのじゃ!!!」

 

 老人の指が、すっとルフィ達の目の前の屋敷の向こうを指差す。

 闇の中に不気味に揺れる帆、そこに住む厄介な能力者の居場所を示し、ぶるりと今一度身を震わせる。

 

「屋敷の裏に見えるメインマスト、ゲッコー・モリアはそこにおります」

 

 

 

 じめじめとしたとある部屋で、獣の唸り声が響く。

 庭に集結する無数のゾンビ達、彼らの見つめる先で、突如空間が人の形に揺らぐ。

 

「ガルルルル…‼︎ さァ兵士ゾンビ部隊、海賊達との決着は将軍ゾンビ共がつける!!! お前達はただただ立ち上がり、不死の恐怖で奴らを追い込め!!!」

「「「「「ウオオオオ!!!」」」」」

 

 夥しい数のゾンビ達を従え、何もない場所から突然現れた獣の貌を持つ男が、己の部下達を鼓舞し奮い立たせる。

 

 

 また別の部屋……少女らしい愛らしさに満ちた寝室に、何体ものゴースト達が集う。その中心で、ぱちりと一人の少女が目を覚ました。

 

「さて、0時の鐘が鳴った…私達も本気でいくぞ。ホロホロホロ…ここから逃げられると思うなよ‼︎ マヌケ共‼︎ 準備はいいな⁉︎ ゾンビ達!!!」

 

 可愛らしい声を悪意に満たし、少女は嗤う。

 彼女の前には、数えきれない数の不気味な異形達がひしめき合っていた。

 

 

「48‼ おい」

 

 また別の部屋……暗く静まり返った空間に、男の声が響く。

 がちゃがちゃと耳障りな金属音を響かせ、暗闇の中に二つの光が灯る。

 

「む…なんだ」

「久しぶりの客が来たぜェ」

「そうか、今回のは楽しめそうか?」

「あァ……なかなかの上物が来てるみたいだぜ」

 

 声に応えたもう一人からも金属音が響く。

 同じく光る目を闇の中で示し、二つの影は空間の外に向かって歩きだした。

 

 がちがちと、それぞれの愛用する得物を鳴らしながら、己の内で燃える欲望に突き動かされるように。

 

「げへへ…げっへっへ……‼︎ 切り甲斐のある獲物がずいぶんたくさん集まったな…この黒髪の女とか、いい肉してやがるぜ………!!!」

「落ち着け、No.66………殺すのは契約違反だ。奪うのは影だけ……」

「ゲヘヘヘヘ!!! わかってらァ…」

 

 

 屋敷の中で次々に目覚める、怪人達。

 異質な力を誇り、異形の体を見せつける彼らが、獲物の到着を今か今かと待ち侘びる。

 

 そんな彼らを従える島の主が、縄張りの中心でにやりと不気味な笑みを浮かべた。

 

「成程…〝麦わら〟のルフィか…歓迎するぞ………ここは死者達の魔境…『スリラーバーク』。悪い夢を見ていくがいい!!!」

 

 

 森の中心に不気味に佇む、荒れ果てた洋館。

 悍ましい気配をこれでもかと撒き散らすその場所に、ルフィ達は意気揚々と、微塵も恐れる事なく足を踏み入れた。

 

「さァ行くか‼︎ オバケ屋敷!!!」

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