ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
それが現れたのは、突然だった。
ルフィの足元の地面が盛り上がり、ぼこぼこと何かが顔を出す。
生気のない青い肌、全身に走る手術痕、飛び出た目、腐った血肉……不気味な怪物が土を掻き分け現れた。
「あ―――……」
気味の悪い呻き声を上げ、継ぎ接ぎだらけの自らの体を外へと引っ張り出す……明らかに生者ではない何か。
腐敗した体を引きずり、一体のゾンビがルフィの目の前に立つ。
ルフィはそれを目の当たりにすると……ゾンビの肩を掴み、地面の中に押し戻す。ずぶずぶとゾンビの体が再び地面に埋まり、呻き声も途切れる。
「って帰るかアホンダラァ〜!!!」
一旦は頭まで埋まったゾンビが、今度は凄まじい剣幕と共に飛び出してくる。
ルフィは改めてゾンビを目撃し、はっと目を見開いて息を呑んだ。
「大ケガした年寄り⁉︎」
「「「「ゾンビだろどうみても!!!」」」」
怖がる事すらせず、怪物とも気づいていないルフィに、ロビン以外から鋭い突っ込みが飛ぶ。
その様はふざけているようにしか見えず、ゾンビの眉間に太い血管が浮き上がる。
次の瞬間、墓地のあちこちから次々に、様々な姿をしたゾンビ達が勢い良く飛び出してきた。
「ゾンビをナメやがって〜〜…!!!」
「ナメンなァア!!!」
「ウルァ〜〜!!!」
「ウォアチャ〜〜〜!!!」
「ホアチョ〜〜〜!!!」
「ゾンビってこんな生き生きした奴らだったっけ!!?」
エレノアが驚愕の声を上げる前で、ゾンビ達はみるみる数を増やし、墓地を埋め尽くすほどに増える。
そして、侵入者たるルフィ達めがけて、一斉に襲いかかった。
「ゾンビの危険度教えてやれェ!!!」
「「「「「ウオオオオオ!!!」」」」」
雄叫びをあげ、凄まじい勢いで向かってくる不死者の軍勢。
墓石を蹴り倒し、十字架を踏み越え、四方八方から飛びかかり、手を伸ばしてくる人ならざる者達。
青白い軍勢を前に、しかし麦わらの一味は微塵も臆さない。
「な〜んだ、やんのか」
「危険度なら……こっちだって教えてあげるよ!!!」
ごきごきと拳を鳴らし、ルフィとエレノアが不敵に笑った次の瞬間。
ルフィの殴打が、エレノアの炎の剣がゾロの剣技が、サンジの蹴撃が、ロビンの関節技が、フランキーの剛腕がゾンビ達を返り討ちにする。
あっという間に、不死者の軍勢は跡形もないほどに粉砕させられた。
「「「「「「9億B・JACK POT!!!!」」」」」」
「お前ら、ここで何してたんだ」
腕を組み、仁王立ちしたルフィが目の前で整列し正座するゾンビ達に問う。
大した活躍もなく叩きのめされたゾンビ達は、ぼろぼろの体で項垂れていた。もっとも、元から満身創痍のような姿だったが。
「えーと」
「……ゾンビだし…埋まってたっていうか」
「腐ってたっていうか………」
「……腐ってた」
「おれも」
「フザけてんの?」
「「「「「スンませんっ‼︎」」」」」
「ほんとにっ‼︎」
おどおどと言葉を選びながら、仲間同士で顔を見合わせ頷き合うゾンビ達。
要領を得ない回答に、すっと目を細めたエレノアがこきりと拳を鳴らし、ゾンビ達を震え上がらせる。
爛々と光る目に怯える彼らに、ルフィはまた異なる質問をぶつける。
「鼻の長ェ男と…オレンジの髪の女…トナカイみたいなタヌキがここを通ったか?」
「ああ‼︎ あ〜〜はいはいはい…」
「…でも言えねェ‼︎ おれ達、そういう情報関係一切、人に言えねェ事になってるんで」
負けを晒した彼らだが、それなりの矜持と義務感があるのか、ルフィの問いに簡単には答えない。姿の見えない島の主に命じられているのか、激しく首を振る。
「……ふーん、絶対に言わねェか?」
「3人通った」
だが、ルフィが拳を鳴らすとすぐさま一人が答えた。わずか数秒の鞍替えだった。
「おれの仲間だ。手ェ出してねェだろうな」
「えー……⁉︎」
「だ、出してねェ」
「おれも出してねェ」
「………出してねェ」
次なる問いに、ゾンビ達はびくっとあからさまに動揺する姿を見せる。
きょろきょろと目を泳がせ、冷や汗を垂らす様はどう見ても何かを知っている。それでも、固く口を閉ざそうとしている。
だがそれは矜恃からではなく、正直に話して怒られるのを嫌がるような、そんな雰囲気があった。
「正直に言えよ」
「コイツは出した」
現にルフィとエレノアが同時に睨むと、即座にまた別の一人が白状する。
圧に耐えかねた仲間の裏切りに、周囲のゾンビ達がぎょっと振り向き好き勝手に喚き始めた。
「えー⁉︎ おい、友達売るなよ〜〜っ‼︎ ちょ…お前だって噛んだろ!!!」
「みんなで襲った」
「バカ‼︎ 言うな」
ぎゃーぎゃーと責任転嫁を始める人外達。
見苦しい様を見せる彼らに、次の瞬間、ルフィの拳とエレノアの蹴りが襲いかかった。
「あの屋敷に向かったみてェだ。無事でよかった」
「ブルックはわかんないみたいね」
「いなくていいよ、別にアレは」
しんと静かになった墓地を後にし、先を目指すルフィ達。
彼らの後ろには、逆さまにされたゾンビ達が無数に埋められ、なんとも言えない可笑しな景色を作り上げていた。
得るべき情報は全て得た、と一味が進もうとした目前に、突如一人の男が飛び出してきた。
「もし‼︎ ……ち…ちょっとあんたら………‼︎ 待ってくれ‼︎ 今…見てたぞ、あんたら恐ろしく強いんだな。少し話をさせてくれねェか!!?」
現れたのは、これまた全身傷だらけの男だった。
ぼろぼろの服を纏い、割れた
彼を目の前にし、ルフィが再びはっと息を呑んだ。
「大ケガした年寄り⁉︎」
「「「「だから、ゾンビだっつってんだろ!!!」」」」
「いや、大ケガした年寄りじゃ」
「「「「紛らわしいな!!!」」」」
ルフィに突っ込んだエレノア達は、即座に否定した老人にも吠える。
危うく、敵の増援かと思い迎撃するところであったエレノアは、内心ひやひやしながら機械鎧の刃を中に納めた。
何者か、と困惑する一味の前に、老人はよろよろと膝をつき頭を下げてくる。
「倒して欲しい男がおるんじゃ…………‼︎ あんたらなら、きっとやれる‼︎ 被害者はいくらでもおるが…倒せば全員救われる。〝影〟が戻れば礼ならいくらでもするし」
悲痛な声に、顔を歪めた一味はつられて老人の影を確かめる。
すると確かに、光源がわずかであってもできるはずの影が、老人にはない事に気づく。
「ホントだ、おっさんも影がねェな。ブルックと一緒だ…!!!」
「そりゃ一体誰の仕業なんだ、この島に誰がいるんだ?」
「モリアという男だ。それはもう恐ろしい…‼︎」
「モリア?」
知らない名に、首を傾げるルフィ。元々知識のない彼だが、他の男達も同じく訝しげに眉をひそめる。
だが、エレノアとロビンは違った。
彼女達は大きく目を見開き、老人をまじまじと凝視しだした。
「もしかして………!」
「まさか……ゲッコー・モリアの事!!?」
「ああ…そうさ…そのモリアじゃ‼︎」
「ロビン、エレノア、知ってんのか?」
「………名前ならよく知ってる。元々の償金額でさえ、あなたを上回る男よ、ルフィ…‼︎」
ルフィに訊ねられ、エレノアが代表して語り出す。
振り返り、ルフィに向き直った天使の表情は、これまでで一、二を争う程に強張っていた。
「王下七武海の一人…ゲッコー・モリア!!! 昔〝四皇〟の一人である〝カイドウ〟って奴と互角にやりあってたっていう、バケモノ海賊だよ」
今度はルフィ達が息を呑む番だった。
これまで度々関わってきた、政府公認の海賊───比類なき強さを持つ七人の猛者達の一角であると知り、否応無く緊張感が走る。
「ホントか、お前ら‼︎」
「謎の多い男よ……」
「私もまだ会った事がない……どういう能力者かも、どんな姿なのかも全く知らないんだ」
多くの海賊の情報を持つエレノアや知識の豊富なロビンでさえも、詳しい人物像を引き出せず、険しい表情で黙り込む。
ルフィも眉間にしわを寄せつつ、その猛者の被害者であるという老人に視線を戻した。
「そんな奴がこんなとこで何やってんだ?」
「さァ、わからんがわしと同じ様にこの森をさ迷う犠牲者達も少なくない…」
「他にもいるのか……‼︎」
項垂れ、身を震わせながら語る老人。彼の呟きに、サンジとフランキーが思わず左右の森の中を見渡した。
「あんたらもここへ誘われた時点で…モリアに目をつけられたと思った方がいい。この地に残り、暗い森をゾンビを恐れながら這い回る者…海へ出てなお太陽に怯え生きる者……‼︎ いずれにせよこんな体では生きている心地はせん…」
ぽろぽろと涙をこぼし、身を切るような慟哭を漏らす老人に、流石に同情の視線が向けられる。
世の悪の代表たる海賊とはいえ、根本的に善性を持つ麦わらの一味だ。真面な生を送れなくなった人間に対して、憐れみを抱かずにはいられなかった。
「死ぬ前にもう一度…太陽の光の下…歩いてみてェ…!!!」
「そうなのかおめェ…!!! そりゃ辛ェなァ…‼︎」
号泣する老人に、フランキーが彼以上に泣きながら歩み寄る。顔中を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしながら、うんうんと強く頷き老人の肩を叩く。
いつも通りの涙脆さだった。
「よォし‼︎ おれが力んなるぜ、心配すんな"!!! バカ、泣いちゃいねェよ」
「気持ちをわかりすぎだろ! てめェ、軽く背負い込むな」
「まったくだ、おいジジイ‼︎ 泣き落としは美女の特権だと思え!!! お前じゃトキメかねェ‼︎」
「そうじゃないでしょ」
勝手に手助けを買って出るフランキーをゾロが厳しく咎め、サンジが目を吊り上げて指を突きつける。
しかし不純な理由のため、エレノアにすぱんと後頭部を叩かれていた。
温度差のある仲間達を見やり、ルフィは見る者を安堵させる明るい笑顔を浮かべてみせる。
「まーでもよ。元々、影を奪う張本人を探してたんだ。そいつがおれ達も狙ってんならぶっ飛ばす事になるし、おっさんもついでに助かるんじゃねェか⁉︎」
「……あ…ありがてェ言葉だ……‼︎ ついででも何でも希望が持てますじゃ!!!」
特に気負う事なく、気楽に考えている様子のルフィだが、老人はその言葉で充分救われたらしく、今度は歓喜の涙を流して震え出す。
ルフィが呑気に笑っていると、森の中から続々と控えめな声が聞こえてきた。
「頼んだぜアンタ!」
「頑張れ――‼︎」
「モリアなんてぶっとばせ」
「トキメかなくて悪かったな!」
「聞いてたのかよ、その他の犠牲者共‼︎」
ずっと一味の話を聞いていたらしい、老人と同じく影を取られた犠牲者達が各々の声援を送ってくる。それでも結局姿は見せないらしい。
妙な頼まれ事をされた、と頭を掻きつつ、一味は再び歩き出す。
森の間を抜け、しばらく進むと、徐々に大きな建物の影が見えてくる。
すると丁度その時機に、周囲の空気の湿度が変化し、ぽつぽつと雨粒が降り注ぎ始めた。
「だいぶ降り出して来たな」
「屋敷まで走るか⁉︎」
少しずつ強くなる雨に、風邪をひいたりせずとも濡れるのは御免だと顔をしかめる。ぼんやりと見える屋根を目指して急ごうとした時だった。
「ちょっと待った‼︎」
不意に、ルフィが走り出そうとした仲間達を制止する。
振り向いた彼らの前で、ルフィは屋敷を……屋敷の上に見えた揺れる何かを見つめ、困惑の声を漏らした。
「屋敷の後ろに…マーク⁉︎ でっけェ何かが見えるぞ⁉︎ 少し霧が薄れてるな…何だ…旗か⁉︎」
「いや…………帆だよ」
ルフィが目を凝らす隣で、彼の見ているものを見上げたエレノアが、鋭い目でそれを見据えて答える。
言われて、他の者達も気付く。
雨でわずかに晴れた霧の中に浮かんで見える、巨大な一枚の布……そのど真ん中に、髑髏の絵がはっきりと刻まれていたのだ。
「そうなのじゃ‼︎」
「まだ、ついて来てたのか‼︎」
唖然とする一味の背後から、再び先ほどの老人が姿を見せて告げる。
驚くサンジを放置し、老人は伝え損ねたもう一つの情報を……今、自分と彼らがどこにいるのかを語った。
「巨大すぎて全貌などわかりますまい、この…‼︎ スリラーバークは村を一つ丸ごと載せた、世界一巨大な海賊船なのじゃ!!!」
老人の指が、すっとルフィ達の目の前の屋敷の向こうを指差す。
闇の中に不気味に揺れる帆、そこに住む厄介な能力者の居場所を示し、ぶるりと今一度身を震わせる。
「屋敷の裏に見えるメインマスト、ゲッコー・モリアはそこにおります」
じめじめとしたとある部屋で、獣の唸り声が響く。
庭に集結する無数のゾンビ達、彼らの見つめる先で、突如空間が人の形に揺らぐ。
「ガルルルル…‼︎ さァ兵士ゾンビ部隊、海賊達との決着は将軍ゾンビ共がつける!!! お前達はただただ立ち上がり、不死の恐怖で奴らを追い込め!!!」
「「「「「ウオオオオ!!!」」」」」
夥しい数のゾンビ達を従え、何もない場所から突然現れた獣の貌を持つ男が、己の部下達を鼓舞し奮い立たせる。
また別の部屋……少女らしい愛らしさに満ちた寝室に、何体ものゴースト達が集う。その中心で、ぱちりと一人の少女が目を覚ました。
「さて、0時の鐘が鳴った…私達も本気でいくぞ。ホロホロホロ…ここから逃げられると思うなよ‼︎ マヌケ共‼︎ 準備はいいな⁉︎ ゾンビ達!!!」
可愛らしい声を悪意に満たし、少女は嗤う。
彼女の前には、数えきれない数の不気味な異形達がひしめき合っていた。
「48‼ おい」
また別の部屋……暗く静まり返った空間に、男の声が響く。
がちゃがちゃと耳障りな金属音を響かせ、暗闇の中に二つの光が灯る。
「む…なんだ」
「久しぶりの客が来たぜェ」
「そうか、今回のは楽しめそうか?」
「あァ……なかなかの上物が来てるみたいだぜ」
声に応えたもう一人からも金属音が響く。
同じく光る目を闇の中で示し、二つの影は空間の外に向かって歩きだした。
がちがちと、それぞれの愛用する得物を鳴らしながら、己の内で燃える欲望に突き動かされるように。
「げへへ…げっへっへ……‼︎ 切り甲斐のある獲物がずいぶんたくさん集まったな…この黒髪の女とか、いい肉してやがるぜ………!!!」
「落ち着け、No.66………殺すのは契約違反だ。奪うのは影だけ……」
「ゲヘヘヘヘ!!! わかってらァ…」
屋敷の中で次々に目覚める、怪人達。
異質な力を誇り、異形の体を見せつける彼らが、獲物の到着を今か今かと待ち侘びる。
そんな彼らを従える島の主が、縄張りの中心でにやりと不気味な笑みを浮かべた。
「成程…〝麦わら〟のルフィか…歓迎するぞ………ここは死者達の魔境…『スリラーバーク』。悪い夢を見ていくがいい!!!」
森の中心に不気味に佇む、荒れ果てた洋館。
悍ましい気配をこれでもかと撒き散らすその場所に、ルフィ達は意気揚々と、微塵も恐れる事なく足を踏み入れた。
「さァ行くか‼︎ オバケ屋敷!!!」