ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
分厚く高い、洋館の扉を叩くルフィ。
そして数回叩くと即座に、家主の許可も得ぬまま扉の取っ手を掴んで引っ張った。
「ごめんくださーい、お邪魔しまーす‼︎」
「早ェよ!!!」
「ん? この扉鍵が…」
礼儀正しいのかそうでないのか、いつも通り自由な船長に突っ込みが飛ぶが、本人はやはり気にしない。
がちゃがちゃと固く閉ざされた取っ手を回していると、やがて鈍い破砕音が辺りに響いた。
「あ…開いた開いた」
「開いたっていうかお前…」
「おーい、誰かいねェかー⁉︎ ゲッコー・モリア〜〜〜‼︎」
ぼろぼろになった扉を押し開け、ルフィは奥へと入り、他の者達も後に続く。全員が呆れた目で船長を見ていた。
だが彼らの視線はすぐに屋敷の中に移る。
不気味だが造りのしっかりした立派な建物。だが人の気配は一切なく、その上玄関は酷く荒れた様子を晒していた。
「これだけの屋敷で…使用人の一人もいねェのか?」
「何だ、この乱闘の後の様な部屋。まさかナミさんの身に…‼︎」
割れた食器に倒れた家具、小火の跡やらが散乱する室内に、サンジがもしやと険しい顔で虚空を睨む。
その時、室内の探索を始めかけたルフィ達の耳にある一つの声が届いた。
「ブヒヒヒヒ…!!! ご主人様の名を知ってなお、ここへ踏み込むとはたいした度胸」
はっ、と振り向き視線を上げるルフィ達。
声がした方を見てみれば、壁に掛けられた豚の剥製がにたにたと笑っているのが見つかる。声は確かに、それから発せられていた。
「え⁉︎ 壁からブタが生えてる」
「歓迎してやれ、客人達を‼︎」
「「「「ケキャキャキャキャ!!!」」」」
ルフォが驚愕の声をあげた直後、豚の剥製が号令を出す。
その直後、部屋中から何体もの異形が飛び出しルフィ達に襲いかかる。
肖像画や絵画から上半身を伸ばし、鹿の剥製が動き出し、あるいは敷物の白熊が起き上がり、逃げ場を奪い向かってきたのだ。
「オイオイ、これもゾンビか?」
「レパートリー豊かだねェ」
「この島ではもう…どんな生き物がいても不思議じゃないわね」
先に見た生物の原型を留めていた者達とは比べ物にならないほど異様な敵の登場に、しかし麦わらの一味は微塵も動じない。
それどころか……一人は怖がらせようと向かってくる異形達に凄まじい怒りの形相を見せた。
「ナミさんを………!!! どこへ隠したァ〜〜〜!!!」
「べギャアアアア!!!」
絵画から飛び出した一体の顔面に、サンジの全力の蹴りが叩き込まれる。
愛しい女性がここできっと恐ろしい目に遭ったのだという推測が、彼にいつも以上に活力を与えていた。
「大口開けてはしたないわよ、せっかく奇麗なのに」
「え? ホント?」
「でも、額縁から出ちゃ台無し。〝ツイスト〟!!!」
「ぎいやああああ!!!」
ロビンに飛びかかった絵画の美女は、そのまま全身に腕を生やされて文字通り捻られる。ぼきばきぼきっ、と容赦なく嫌な音が辺りに響き渡った。
「え〜〜⁉︎ 槍が折れた‼︎ 何だコイツの体‼︎ 鉄か!!?」
「やめやめやめやめろ、何だ!!! おめェらあの弱ェ〜奴らの仲間なんじゃ…」
「イエス」
「ブガァ!!!」
槍と剣を突き出した二体は、折れた得物を手に呆然としているところを掴まれ、互いの脳天をぶつけ合され潰される。
鋼鉄の男に武器など使っても、何の意味もなかった。
「はーい、とりあえず全員一発ずつ折檻ね!〝
「あばァあああ!!?」
ばちばちばち! と迸る閃光を左腕に宿し、エレノアが鹿の剥製を殴り飛ばす。
見上げるほどに立派だった角は、たったの一撃で根元からばらばらに砕かれてしまう。どことなく私怨を感じる一撃だった。
「〝二刀流〟『弐斬り』」
「にぎり? んまそっ」
「〝閃〟!!!!」
「ま"ズがったオ"ォエェ~!!!」
愛用の刀を一本失ったゾロが、残る二刀で容易く肖像画の男を斬り捨てる。
油断もあって実に情けない断末魔であった。
次々に討たれ、倒れていく同胞達を横目に、敷物の熊が必死の顔で、部屋中を跳び回るルフィを巨腕で追い回していた。
「しししし‼︎ ホンット面白ェなこの島っ‼︎」
「この…‼︎ すばしっこい奴め‼︎」
「おれ達の邪魔しなきゃ仲良くやれたのに…‼︎〝ゴムゴムの〟…!!!〝バズ──カ〟!!!」
どごん、とルフィの両手の掌底が敷物の熊の顔面に炸裂し、壁に深々と減り込まされる。
強烈な一撃を食らった異形の死人達は、ものの数秒で沈黙し、たいした見せ場もないまま行動不能に陥らされていた。
「おし、片付いた…‼︎」
しーん、と静まり返った部屋の壁で、豚の剥製が呆然となる。
がたん、と壁から外れて地面に落ちた彼は、じろりと見下ろしてくるルフィ達を前に慌てて弁明を始める。
「あっ…あっ‼︎ あの3人組なら‼︎ 今、寝室でぐっすりと眠ってるぜ、よかったな‼︎ 安全だ‼︎」
「んなわけねェだろ」
「ホントだってブヒ‼︎ 行って見たらいいだろ‼︎ そこの階段登って奥へ…‼︎ ブヒブヒ」
「いやもうあんたらの言い分はどーでもいいし」
顔中から脂汗を噴き出させ、命乞いじみた声を上げる豚の剥製。
聞くまでもない、とついでに片付けようとエレノアが拳を構えた時、辺りを一瞥したフランキーがふと訝しむ声をあげた。
「ん? おいちょっと待て…――あのぐるぐるコックがいねェぞ」
「え?」
「あり? さっきまでいたのに…サンジの奴どこ行ったんだ?」
はた、と残る一味が動きを止め、確かに姿の見えないサンジに困惑の声をこぼす。先程まで確かにいたはずなのに、影も形もなくなっている。
ゾロは鬱陶しい男がいなくなった事で、やれやれと肩を竦めつつ、険しい顔で天井を仰いだ。
「いつの間にか…なんかしやがったなコリャ。惜しい男を失った」
「あのな」
「もっと心配してやりなさい」
「まーでもそうだな、サンジはいいか!」
「だけどこんなゾンビ屋敷じゃ、3人の方の救出は一刻を争うかもしれない」
一味は然して取り乱す事なく、今この場でいなくなった仲間ではなく先に探している者達の身を案じる。
それが馬鹿にされているように感じたのか、豚の剥製がルフィ達を憎々しげに睨みつけた。
「ブヒブヒ…おめェらよォ…ちょっと強ェからって調子に乗ってんじゃ――」
「あ、そういうのいいんで」
「ブヒ!!?」
脅かそうと低い声を出すものの、心底面倒臭そうに手を振るエレノアに遮られ、驚愕で絶句する。目を剥いて固まる様は、なんとも憐れみを誘う様になっていた。
「とにかく勘で進むしか方法がないわね。このコ達を脅して本当の事を喋るとも思えないわ」
「…じゃあこのブタ、案内に連れて行こう」
静かになった豚の剥製を持ち、奥へ続く通路に向かって歩き出そうとするルフィ。
そこに、怨念に満ちた悍ましい笑い声が響く。
叩きのめされ、地に伏したゾンビ達がずるずると床を這い、怒りに燃える目でルフィ達を嘲笑った。
「へ…へへ…行け行け……‼︎ 我々のご主人様の恐ろしさを知るがいい」
「おれ達の…真の主人は〝王下七武海〟ゲッコー・モリ…おお‼︎ 言えねェ‼︎ 身が凍る‼︎」
「おおお〜〜その名を口にしただけで身も凍りそうだ………!!!」
「消えた仲間達はもう無事じゃ…済まねェぞ」
「一人…また一人と仲間は減っていく……後悔するがいい……‼︎〝七武海〟のゲッコー……イヤ……ご主人様の真の実力を前に誰一人、助からねェ恐怖…!!!」
げらへら、けたけた、ぎゃはぎゃは。
部屋中のゾンビ達だけではない。島中の異形達からも見下され、嗤われていりかのような、不気味な声が響く。
己の身の程も弁えられない愚か者を哀れむ彼らに……ルフィは告げた。
「ゴチャゴチャうるせェな…じゃあそのモリアのバカに伝えとけ‼︎」
「いィ!!?」
「おれの仲間の身に何か起きたら、お前をこの島ごと吹き飛ばしてやるってな!!!」
堂々と、一切の恐怖を見せる事なく言い切るルフィに、ゾンビ達は今度こそ言葉を失くして凍りつく。
自分達の脅しがまるっきり聞いていない様子の若造に、次なる言葉が全く無くなってしまった様子だった。
「第一サンジは放っといても死にゃしねェんだ。行こう」
ほじほじと鼻の穴をほじりつつ、ルフィは奥を目指して歩き出す。
呆然としたままのゾンビ達を放置し、一味はさっさと奥の暗闇に我が身を投じるのだった。
前略、ご主人様――
何やら恐ろしい奴らが屋敷に入ってしまいました。
ぎぎぎ…と軋む音を響かせ、巨大な扉が開かれる。
墓場の王を名乗る獣人、アブサロムがその名の下に、島に眠る特に危険で強力な兵士達を目覚めさせに来たのだ。
「さァ…獲物共はみんなおいら達の敷地内へ踏み込んだ‼︎ 今夜も好きなだけ暴れて来るがいい!!! 目を覚ませ!!! 将軍ゾンビ共っ!!!」
そこは、墓地だ。無数の棺桶が並べられた、死者の部屋。
その棺の一つ一つが開き、中に眠っていた者達が動き出す……鎧を纏い、武装した、屈強な古代の戦士達が目を覚ます。
「蘇れ……‼︎ 古の戦士達!!! 海賊〝麦わらの一味〟わずか8名!!! 見事討ちとってご主人様に捧げろ!!! 行って来い!!! 敷地内をどこまで逃げようとも追いつめて引き立てろ‼ 貴様ら将軍ゾンビに敵などはない!!!」
誰一人、何一つ、文句もつけずに立ち上がり、標的の元に歩き出す。
命令に忠実な戦士達を従え、アブサロムは満足げに笑みを浮かべる。
だがその近くで、一人の海賊のゾンビが千鳥足で呻き声を上げていた。
「ウ~ップ」
「ん? …おい、ぐずぐずするな、キャプテン・ジョン! 天下にあまねし生前の悪名が泣くぞ‼」
「アイアイ………行くよォ、フヘヘ‼」
かつて最強最悪の海賊の手下となり、解散した後も凄まじい悪名を轟かせた男は、酒瓶を傾けふらふらと歩いていく。
その背を見て、アブサロムは自身の高揚感が少し萎えてしまったのを感じた。
「………ったく、しょうがねェ奴だ」
「おーおー、〝墓場の王〟殿は苦労なさってるねェ……」
溜息をつくアブサロムの背後に、がちゃがちゃと鎧の音が近付く。
アブサロムは、そこに立つ二人……髑髏を模した兜の男と刀を提げた背の高い男の二人組を見やった。
「…No.66、それにNo.48か。何か用か」
「なァに、ちょいとご機嫌伺いによ。…いつんなったらローラ嬢の求婚を受けるのか気になってな」
「やめろ!!! 来るかそんな日!!!」
げたげたと不気味に笑い、手にした肉切り包丁を肩に当てる、No.66と呼ばれた鎧の男。彼の言葉に、アブサロムはぎょっと目を剥いて叫んだ。
「ありゃい~い女だぜェ? そりゃ確かにゾンビだが、あそこまで一途に慕ってついてくる女は早々いねェよ。他の男のものになる前に娶ってやったらどうだ」
「気色の悪い事を言うな貴様ァ!!!」
にたにたと兜の下の目を歪ませ、意地の悪い声を上げるNo.66にアブサロムは心底嫌そうに吠える。
硬い鎧であるはずなのに、何故か表情豊かに動いて見えるNo.66に、アブサロムはぎりぎりと獣の顔を歪ませて苛立つ。
「66、よせ。そういうデリケートな話はもっと慎重にだな……こじれたら目も当てられんだろう」
「お前も余計なお世話だ!!!」
見かねたNo.48と呼ばれた鎧の男が止めに入るもの、求めた止め方ではなかったせいか、アブサロムはより一層怒りを見せる。
No.48の方も、地団駄を踏むアブサロムを愉しげに眺めている。似た者同士、というよりは、アブサロムを揶揄う事だけに特に意気投合している様子だった。
「そもそも‼ おいらは既に花嫁にすべき女を見つけた!!! ゾンビに用などない!!!」
「「え~~」」
「残念がるな!!! いいからお前達もさっさと行け!!!」
「んだよ~、ノリ悪いな~…」
ぎろっ、と二体の鎧を睨みつけ、片手を突きつける獣人。
No.66とNo.48は渋々といった様子で歩き出し、先に行った将軍ゾンビ達に混じって標的の元へと向かっていった。
残されたアブサロムは、心底疲れた様子で深々と肩を落とした。
「…………本当に困った連中だ」
はぁ、と大きな溜息をつき項垂れる。
だが、これで墓場の王としての仕事は果たし、あとは吉報を待つだけ。自分は花嫁の元へ向かおう……そう、軽い足取りで歩き出そうとして。
「結婚して――っ♡♡」
「ギャ~~ローラ!!!」
突如目の前に現れた、花嫁衣装に身を包んだ厳つい疣猪のゾンビの咆哮に、悲鳴を上げて後退る。
懸念していた相手の出現に、幸せな気分妄想は粉微塵に吹き飛んでいた。
───そんな背後から響き渡る怒号と悲鳴に、鎧の二人は思わず、渋い表情を浮かばせて立ち止まった。
「…………あいつ、ホントに結構苦労してるよな」
「言うな、同情は逆に奴を貶めかねん」
揶揄うのは、妙な気を遣わないようにするため。
自分達のような人外でも遠慮したくなるような相手に求婚される彼には、流石に憐れまざるを得なかった。
「おーーい‼︎ お――――い‼︎ あれ?」
長い長い、そして暗く不気味な通路を歩きながら、ルフィが名を呼び叫ぶ。
だが、呼べども呼べども、進めど進めど、彼の姿は一向に見当たらない。先の彼と同じように、影も形もなくなってしまっていた。
「おい‼︎〝ブヒ〟‼︎ お前またなんかしやがったのか⁉︎ 吐け‼︎」
「俺は何も知らねェって言ってんだろ‼︎ ブヒヒ」
「………笑ってんじゃねェか、白々しい奴だぜ…!!!」
「情報源として役に立たないんなら、さっさと解剖して動く秘密を明らかにしたいんだけどね……」
「「「怖ェよ!!!」」」
道案内役として持ってきた豚の剥製の意味深な笑みに、苛立ち拳を握りかけるフランキー。
だがその苛立ちも、すっ、と冷たい眼差しで見下ろしたエレノアの呟きで即座に引っ込んだ。彼女の方が苛立っているようだ。
「不思議ね…声もなく…絞め殺されたのかしら…」
「あるいは瞬時に首を落とされたか……」
「お前らの回路は何でそう、いつも不吉で過激なんだ‼︎」
不思議そうに首を傾げ、そこらの恐怖物語より恐ろしい発想を口にするロビンとエレノア。屋敷や島よりよほど彼女達の方が恐ろしいと、フランキーが頬を引きつらせる。
困惑の表情を浮かべ、ルフィが辺りを見渡しながら思わずこぼした。
「おっかしいなァ……!!! ゾロまで消えたぞ⁉︎」