ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
歪に育った木々が立ち並ぶ庭園、悍ましい姿をした動物が蔓延る魔の庭。
島に迷い込み、異形達から泣き叫びながら逃げ回り、ようやっと人に出会えたと思いきやゾンビまみれで。
そして……ある真実を知って囚われかけたナミ、ウソップ、チョッパーは一心不乱に走り続けていた。
背後から迫る、ウェディングドレスを着た疣猪から逃げる為に。
「おいナミ、狙われてんのお前ばっかだな……‼︎」
「ホントよ、迷惑っ」
「二手に別れて逃げねェか?」
「囮かっ!!! 薄情者」
庭に蔓延る動物のゾンビ達から、ある男の助力により逃げ切ったはいいものの、何故かナミを目の敵にしているらしい疣猪に命を狙われている。
疲れ始めたウソップがぼそっとこぼした一言に、ナミが抗議の声をあげた。
「待ァ〜〜てェ〜〜〜〜〜!!!」
「イノシシこえー!!!」
二本の刀を振り回し、追いかけてくる疣猪・ローラ。
巨体と速度が合わさった突進も相まって、追いつかれれば即轢死を思わせる迫力を醸し出している。
とにかく離れなければ、と只管に足を前に振り、何とか距離を取ろうとする三人。
彼らの目前に、突如ずしんと人型の何かが降り立った。
「「「キャアアアアアアアア!!?」」」
進路を断たれ、咄嗟に悲鳴をあげて立ち止まる三人。
ずざざざざっ、と地面を滑り尻餅をついたナミ達に、現れた何者か……髑髏の兜をかぶった鎧武者が嗤い、かたかたと鎧を鳴らした。
「ゲヘゲヘ、ゲヘヘ…逃げるなよォ…‼︎ せっかく切り刻んでやろうと思ったのに………」
「な…なななな…‼︎」
「い…いきなり何なんだお前ェ〜!!?」
爛々と光る、髑髏の下の眼光。
両手に肉切り包丁を持ち、とんとんと肩を叩いたそれは、腰を抜かしかけたウソップ達に話しかける。
「No.66!!! お忙しそうなところ悪ィが、お前らの肉を頂戴…………あァ、殺しちゃならねェんだったか。危ねェ危ねェ」
にたりと、兜で見えないはずの笑う顔が見え、ぞわっと三人の背筋に寒気が走る。
ナミ達は震えながら、何とか立ち上がり各々の武器を構えて睨みつける。
「こ、こいつもゾンビか!!!
「あァ…? あんな過去の遺物共と一緒にされちゃァ困るぜ……おれァまだまだ現役‼︎ 生ける伝説よ!!!」
かたかたと手が震え照準がずれそうになるのをどうにか耐えつつ、ウソップがなけなしの勇気を振り絞って凄む。
彼の言葉に、No.66と名乗ったそれは苛立った様子で吠え……徐に自分の兜に手をかけた。
「最も……とっくに人間じゃねェけどな…‼」
かぱ、と開かれる髑髏の顔……その下には、何もない。
真っ暗な闇があるだけで、素顔どころか鎧を纏う肉体さえ存在していない。
言葉を失う三人に、髑髏の鎧は面頬を元に戻して肩を揺らす……悪戯が成功した子供のように嗤う。
「驚いたか…⁉ この姿にはある理由がある…………おめェらも聞いた事あるだろ……とある昔話だ」
―――昔、バリーという肉屋のおやじが居ました。
バリーは肉を斬り分けるのがそれはもう大好きでした。
でもある日、牛や豚だけで我慢できなくなったバリーは……
夜な夜な街に出ては人間を解体するようになったのです。
やがてバリーは捕まりましたが、それまでに餌食になった人間は123人!!!
市民を恐怖のどん底にたたき込んだその男の行き先は、当然絞首台でした。
めでたしめでたし!
まるで実際に現場と本人を見てきたかのように、登場人物の気持ちまでもを鮮明に語る髑髏の鎧。
声も出せなくなっているナミ達を、彼はかたかたと音を鳴らして見下ろす。
「………てのが世の中に広まってる話。ところがこの昔話には実は続きがあってよォ、バリーは絞首台で死んだ事になってるが、それは表向きの話だ」
「………‼」
「奴はとある錬金術師に目を付けられ、実験台となる事で死刑を免れた……ただし、肉体を取り上げられ、魂の身を鉄の身体に定着させられてなァ。そして流れ流れて、とある島で雇われ傭兵になった――そう‼ 今、てめェらの目の前にいるこのおれだ!!!」
がちゃがちゃ、げたげた。
耳障りな金属音と笑い声が響く、目の前の三人の鼓膜を震わせる。
誰もが恐れ、震え上がるような罪状を誇らしげに語り、狂人は盛大に声を張り上げた。
「〝
死してなお、人を襲い殺す狂者。人殺しに魅入られた男。
得体の知れぬ化け物が闊歩する島で遭遇し、獲物に狙われるなど、どんなに恐怖に苛まれるか。
……と、自信満々に名乗りを上げたバリーであったが。
「よし、こいつなら平気だボコれ!!!」
「ギャアアア〜〜ッ!!!」
急に我に返ったウソップの号令で、三人一斉に殴り飛ばされ、蹴りつけられ。
バリーは突然の理不尽な暴力を全身に浴びる羽目になった。
混乱の渦に叩き込まれながら慌てて飛び起き、先程まで怯えていたはずのウソップ達を愕然とした様子で凝視する。
「な…何だお前ら!!? この姿が恐ろしくねェのか!??」
「だってお前、アルフォンスと似たような奴じゃん……」
「慣れてんのよ、こちとら」
「お前なら全然怖くねェ‼︎」
「えェ〜〜〜!!?」
恐れるどころか、安堵と落胆が一緒になった顔で深く溜息をつかれ、バリーはがーんと凄まじい衝撃を受ける。
思わぬ展開に、もはや叫ぶ他になかった。
「そもそもお前…どっかの国で恐れられた殺人鬼なのはわかったけど…ぶっちゃけた話」
「「「……………誰?」」」
「ハゥッ!!?」
名を恐れるどころか、知ってすらいない。
まさかの事実に、そして自分が知られていないという現実に、がくりとバリーの膝が地面につく。無いはずの胸が酷く傷んだ。
「悪ィけどおれ達、〝東の海〟の小さな村で生まれ育ったから他の国の事件とか知らねェんだよ」
「おれはドラム王国だ」
「ぶあ‼ 田舎者!!!」
だから自慢されても困る、とでも言いたげなウソップ達の微妙な表情に、バリーの心はずたずたに引き裂かれ、力無く項垂れる。
しかしすぐに自分に叱咤し、鋭い目で三人を睨み返した。
「…‼ だ、だが‼ それでもおれァ世を震撼させた殺人鬼だぞ!!? もっとこう……ギャー‼ とか わ――‼ とか 何でそんな奴がこんなとこにいんだよ‼ とか反応があるだろ!!!」
名を知らずとも、自分でも思っていた以上に無名であったとしても、大勢の人々を恐怖させた大悪人である事は間違いない。
それすら恐ろしくないのかと喚くバリーに、ウソップがずずいと前に出た。
「エニエスロビーで政府の旗を燃やして宣戦布告した一味だぞこっちは」
「ギャ――――――!!!? 何でそんな奴らがこんなとこにいんだァ~!!!」
びしっ、と親指で自分を示し、胸を張るウソップに今度はバリーの方が悲鳴をあげて後退る。
比べ物にならない、洒落にならない大罪を犯したイかれた連中を前に、バリーの方が恐怖を抱いていた。
「おいウソップ、それはそげキングがやった事じゃ……」
「ハッ‼ しー‼ しー‼ いいんだよ、お…おれも一応現場にいたんだから」
ふと、疑問を挟んだチョッパーに慌てて首を横に振るウソップ。
真実を知るナミは何か言いたげだったが、純粋な少年の夢を壊すことははばかられ、結局何も言わずに黙り込んだ。
「な…何だこいつら………動物ゾンビ共にビビって逃げ回るだけの腰抜かと思えば妙に肝が座ってやがる…‼︎ あなどれねェ」
ごくり、と存在しない唾液を呑み、ありもしない冷や汗を拭うバリー。
目の前のこいつらは普通の獲物ではない、そう察した彼が、方針を変えるべく頭を切り替えようとした……その時だった。
「泥棒猫ォオ〜〜!!!!」
「「「ギャーッ!!!」」」
「うおおおォっ⁉」
どしん!と、どこからともなく疣猪の巨体が落下してくる。
慌てて三人とバリーが飛び退くと、ナミだけがローラの前に倒れ込み、追い詰められる形となってしまった。
「あんたなんかにアブ様は渡さないわよ!!! 観念しなァ〜!!!」
「いやああああ‼︎ 何で私ばっかりこんな目に!!!」
ぶん、と振るわれた刀を頭を抱えて屈んで躱し、急ぎ逃げ出すナミ。
すかさずローラは巨体に似合わぬ俊敏さで追いかけ、華奢な体を狙って刃を振り回しまくった。
唖然となるバリーだったが、すぐに呆けている場合ではないと後を追う。
「おい待てローラ‼︎ こいつらはおれの獲物だ‼︎ てめェなんざに横取りされてたまる………」
「邪魔よおどき!!!」
「ブヘェっ!!!」
「「ヨロイ〜〜!!!」」
強引にでも止めてやる、と手を伸ばしたバリーは、ローラの横薙ぎに顔面を強打され、破片をいくつか撒き散らしながら倒れ込んだ。
「だ…大丈夫かお前っ!!?」
「ァ…あァ…………すまねェな…痛みはまったくねェんだが……………心が……痛ェ」
明確な敵とはいえ、流石に哀れな吹っ飛ばされ方をしたバリーに慌ててチョッパーが駆け寄り抱き起こす。
バリーもこの時ばかりは手を出さず、優しさに喜びを抱きながら、心でほろりと涙をこぼしていた。
「チクショオーッ!!! お前にかまけてたせいでヤベェ奴に追いつかれちまったじゃねェかよォ!!!」
「…いや、なんか………スマン」
「アブサロムは私が婿に貰うのよ〜〜!!!」
頭を抱え、嘆くウソップに咄嗟に謝るバリー。
助けようにも振り回される刀が危険で、近付く事もできない。
混沌とした空気の中、ローラは知った事かとばかりに庭中を駆け回り、とうとうナミを壁際まで追い詰める。
「さァ、観念しやがれェ〜!!!」
「あァ!!! 上質の肉が!!!」
「ナミ〜!!!」
ナミの目前に迫る鈍色の煌きに、悲鳴をあげる男達。
絶体絶命の窮地にナミも最期を覚悟しかけ───その瞬間、ある妙案が彼女の脳内に走る。
「ちょっと待って‼︎ 私…‼︎ 私!!!」
刃が自身の脳天を叩き斬る、刹那の間。
ローラに正面に向き直り、声音を確かめ、頭に血を登らせた暴れ猪に届くよう、必死に声を張り上げる。
「実は男なんだぜ!!!」
「「「えェ〜〜〜っ!!?」」」
「おいおいおい」
突然の、予想もつかない告白。
それを聞いたローラだけではなく、バリーと何故かチョッパーも目を剥き、のけぞりながら驚愕を露わにした。
ウソップが突っ込みを入れるが、誰も聞いていなかった。
「そ…そうなの?」
「そ…そうよ‼︎ オカマなの‼︎ 冗談じゃないわよーう‼︎」
どこかで聞いたことのある口癖を真似て、静止したローラに堂々と騙る。
見破られないように、と胸中で必死に祈りつつ、ふと脳裏に浮かんだ言葉をびしっと指を突きつけて口にする。
「それにあんたと獣男すごくお似合いよ。私、応援したいと思ってたの!!!」
「えェ⁉︎ ホント⁉︎」
「ホントよ、冗談じゃないわよーう‼︎」
より強い驚愕を顔に表し、ローラは絶句する。手にした武器が地面に落ち、甲高い音を立てる。
はらはらと涙をいくつもこぼしながら、暴れ猪はその場に膝をつき、震える声を漏らした。
「……今まで一度だって後押しされた事のないこの想い、こんなに優し言葉かけてくれたのはあんたが初めてよ…‼︎」
「顔を上げて! マイフレンド、友情ってこういうものよ! 私は〝ナミゾウ〟、ナミって呼んで」
「ゆ…友情…」
すっ…とローラに手を差し伸べ、慈愛に満ちた笑顔を見せるナミ。
ローラはまるで女神を前にしたかのように、歓喜に身を震わせ、差し出された手を取ってゆっくりと立ち上がる。
美しい絵だった……打算まみれな裏側を知らなければ。
「……手なずけちまった……」
呆然と立ち尽くすバリーの呟きに、ウソップとチョッパーがこくりと頷いた。
それから数分後、庭に置かれた机と椅子を使い、ナミとローラが向かい合って和気藹々と話していた。正確にはナミの言葉に、ローラがいちいち驚いていた。
「だからね、意識があるからハンコ押してくれないわけよ! 相手が寝てる間にね…」
「寝込みを襲うの⁉︎ いいの⁉︎ それ人として‼︎」
「ローラ、あんたゾンビじゃない」
「盲点‼︎ それって腐れ盲点だったわ‼︎」
「寝てなくても気絶させれば充分よ」
女子の恋愛相談と言うべきか、ただの犯罪計画というべきか。
恋するローラを応援するナミが奇策を持ち出し、それに感銘を受けたローラが目を見開いて頷く。
異様な光景に、男達はただ立ち尽くすばかりだ。
「すげェな、お前らの仲間………」
「――ところでローラ…私財宝置き場で落し物しちゃって…戻りたいんだけどどこだったかしら、道教えてくれる?」
「ドジねェ、いいわよ。あそこはペローナ様の部屋から行けば近いわ」
「あいつホントに転んでもただで起きねェな」
「…ホントに…すげェなァ………あいつ…」
バリーの呟きも聞こえない様子で、ちゃっかり脅かされまくった詫びの品を手に入れようと目論むナミに、ローラがにこやかに答える。
先ほどまでは確かに女神か天使に見えたのに、今やただの悪魔でしかなかった。
「おいナミ、あいつが追いついて来たぞ」
「ホント⁉︎」
その時、辺りの様子を伺っていたウソップが獣顔の男の再訪を伝える。
はっと立ち上がったナミは、すぐさまローラの肩を叩き、襲撃者のいる方向へと促した。
「ローラ‼︎ アタックチャンスよ‼︎ 私はあいつに二度と遭わないから大丈夫‼︎ 頑張れ‼︎ あんた達こそベストカップルよ‼︎」
「私頑張る!!! ありがとうナミ、勇気がわいてきた!!! アブサロ〜〜ム!!!」
「うおおっ!!! ローラ!!!」
心なしか、先ほどよりも猛烈な速度で走り出し、愛しい男に迫るローラ。
その恋の相手、アブサロムはそんな彼女にぎょっと慄き、大急ぎで停止し引き返す。あっという間に、獣二人の姿は遠のいていった。
「二人共今の内よ‼︎」
「結局イノシシに何もされずに済んだぞ‼︎ ナミ、すげーなー」
離れていく二人を背にし、三人はすぐさま走り出す。
咄嗟の機転に感嘆の声を上げるチョッパーに頷いてから、ナミはびっと親指を立てて笑みを浮かべた……目を金の形にしながら。
「話してみれば素直ないいコだったじゃない」
「だから目がおかしいだろうがお前っ!!!」
金のためなら他人の恋愛事情まで利用する女。ウソップはその強かさに、やはりツッコミを入れざるを得なかった。
「…とんでもねェ奴らが来ちまったな…」
どどどど……と走り去る三人を、ぽつんと取り残されたバリーが見送る。
いまさらもう、彼らを追う気にはなれない。これまでの獲物とまるっきり違う海賊達に、まともな反応すらできなくなっていた。
その時、不意にウソップ達が足を止め、振り向く様が目に入った。
「………なァお前ら。こんな島だ、身を隠すところが必要になるとは思わねェか?」
「そうね……ちょうど良さそうなのが見つかったわ」
「ん? ん⁇」
こちらを見ながら、何やらひそひそと話し合う三人に。
バリーは困惑しながら……凄まじく不吉で嫌な予感を感じたのだった。