ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
二刀を手に、庭園を走り回るウェディングドレス姿の猛猪。
血走った目で辺りを見渡し、鼻息を荒くしながら、愛しい男を探して咆哮する。
「アブ様!!! アブサロムこのヤロー、出てきて結婚して!!! また消えて移動しやがったわね‼︎」
凄まじい執念に燃えるローラは周囲を隈なく探し、やがて勢いよく走り出す。諦める気配はまるでなかった。
ローラがその場から姿を消した頃、物陰からそろりとアブサロムが顔を出した。
「妙だな………他に逃げ場もねェだろうに……」
恐るべき求婚者の追跡を逃れ、一息ついた彼は、自身が探す花嫁のことを考え、訝しげに首を傾げる。
ローラに追われた花嫁は、真っ直ぐに続く道を逃げていった。普通に考えて、途中で見つからなければおかしいのだが、その様子は見当たらなかった。
「よ、よォアブサロム………だ、誰、探してんだ…?」
その時、不意に背後から響いた声に浴びてアブサロムはびくっと震える。
がばっと振り返れば、雇われ衛兵の一人である生きた鎧が、どこかぎこちない素振りで立っていた。
「お、脅かすなNo.66!!! ………いや、ややこしいな。バリーでいいんだったか」
「あ、あァ…………で、ど、どうかしたのか」
「いや…オレンジ色の髪の美女を探してるんだが、知らないか」
「し、知って…」
何やら挙動不審な様子で、かたかたと鎧を鳴らすバリー。
不思議に思いながら、花嫁の行方を知らぬものかと質問してみると、兜の奥の目がわずかに強く光り。
次いで、ごんっと微かな音が聞こえ、バリーはその場で凍りついた。
「………………知らねェ。うん、知らねェ」
「そうか…一体どこに」
アブサロムはもう一度辺りを見渡し、花嫁を探し、求婚者に警戒し、物陰から出て行く。
その背中をじっと凝視しながら、バリーはかたかたと身を震わせ、悔しげな呻き声を漏らした。
「ちくしょうこの…‼︎ 悪魔共めェ……!!!」
ぎろり、と睨みつける自分の体。性格には、その中に潜り込んだ三人の敵。
伽藍堂な自分の鎧の中に身を隠す、臆病な海賊達に恨み言をこぼす。
「おれの弱点全部知った上で…こんなに利用しやがって!!! あとでただじゃおかねェからなァ〜〜!!!」
「うるせェ‼︎ 黙って行け‼︎ 誰かに助け求めたりしたら、お前の刻印切り刻んで消してやるからな!!!」
「チクショ〜〜〜!!!」
今すぐにでも、三人とも引っ張り出してばらばらに切り刻んでしまいたい。
しかし自分が手を出すよりも前に、自身を現世に留めている刻印を傷つけられては堪らない。
強烈な怒りを持て余していると、アブサロムが振り向き尋ねてくる。
「おい、何か言ったか」
「いっ!!? …………い、いや」
びくっ!とより強く身を震わせ、首を横に振って誤魔化すバリー。
文字通り命を握られた哀れな殺人鬼は、三人の海賊に命じられるまま、アブサロムの後に続く他になかった。
───そんな二人のもとに突如、彼らの支配者からの招集がかかる。
「「「ご主人様〜〜っ‼︎ 三怪人様お揃いで‼︎ それと鎧のお二人も‼」」」
「………早いな、入れ‼︎」
「どうぞ、中へ‼︎」
三体の小さなゾンビ達の報告に、幽霊島の支配者たる男の声が響く。
重い音を立てて開かれる扉から、三体の怪人達……アブサロム、ペローナ、ホグバックと鎧の二人が入室し、整列する。
それを迎えるのは、青白い肌と巨体を持った不気味な大男だった。
「オウ、来たかおめェら。キシシシシシシ‼︎ 早くおれを海賊王にならせろ!!!」
「直に!!!」
他力本願な命令を発する大男、名をゲッコー・モリア。
王下七武海の一人にして幽霊島を支配する、カゲカゲの実の能力者だ。
そんな恐るべき男を相手に、小面で降りに入れられた鎧姿の男、ルフィがぎゃーぎゃーと騒ぎ食ってかかる。
「何が海賊王だ!!! 海賊王になるのは、おれだ!!! おい!!! このヒモほどけデカらっきょ!!! エレノアを離せ!!! ウソップ・ナミ・チョッパー・サンジ・ゾロ全員返せ!!! どこへやった!!!」
「何とも威勢のいい男だな…これが〝麦わら〟のルフィか」
もう剣のような勢いで吠えるルフィに、当然モリアはまるで臆さない。
むしろ、暴れるルフィの隣の檻に入れられたエレノアの方が、迷惑そうに顔を歪めていた。
「おい、麦わらのルフィ…今、だいぶ名前を連ねたが捕らえたのはまだ、お前らで3人目と4人目だぞ」
モリアは片手に持った手配書を眺め、ルフィを嘲笑う。
一味全員が賞金首という特殊な海賊団ゆえに、誰を捕らえているかいないかは即座に把握できた。
ただし、サンジだけが名前を読み上げられずに終わった。
「サンジ君…………不憫な」
ただ一人、下手くそな似顔絵で載せられているサンジの心境を思い、がくりと項垂れるエレノア。どうして彼だけああなのやら。
「あの3人はどうしたんだペローナ! 確かにリスキー兄弟に引き渡したがな…」
「それがクマシーに届いてなかったんだよ、途中で逃したんじゃねェか⁉︎」
「はい…受け取ってませ……」
「口を開くなと言ってるだろ‼︎」
「お前はクマシーにキビシーな」
先に島に入った三人について尋ねると、軽薄な格好の少女が苛立たしげに応え、御付きの着ぐるみのようなゾンビに八つ当たりする。
彼女の問いに、アブサロムは訝しげに眉間にしわを寄せて考え込んだ。
「だが、おいらの花嫁を含む3人組なら、お前の庭の中程で一騒動やってたぞ。なァ、バリー…ん? おい、ちょっと待てよ」
は、とある事に気付き、固まるアブサロム。
すぐさま傍のホグバックに振り向き、凄まじい剣幕で詰め寄った。
「――って事はホグバック貴様‼ 一度はおいらの花嫁に手を掛けたって事だな⁉ 前もってあれ程…」
「あんたに嫁は来ない」
「何を⁉ シンドリー」
「ウオ…‼ おいおい‼ シンドリーちゃん話がこじれるだろ‼ それに何でおれより前に出てるんだ‼」
「あんたにも来ない」
「ぐえっ!!! ぶったまげた!!! とんだ流れ弾だぜ!!!」
「あんたにも来ない」
「何で私にもそれを言った!!?」
ホグバックを問い詰めるアブサロムだが、その前に異様なほどの皿嫌いであるゾンビメイド・シンドリーが毒を吐く。
主人であるホグバックや全く関係のないNo.48にまで飛び火し、その場が一気に騒がしくなった。
「やめろやめろ、ゴチャゴチャと面倒くせェ!!! 海賊が逃げたんならお前らが後で何とかしやがれ!!!」
侃侃諤諤と耳障りな騒ぎ声に、モリアが面倒臭そうに止める。
鬱陶しそうに顔を歪めていた彼だったが、やがて楽しげに笑みを浮かべ、静かになった部下達を見渡していく。
「今、おめェらを集めたのは、記念すべき大戦力の誕生を共に祝おうってんじゃねェか!!!」
モリアのその言葉に、怪人達に背筋が思わず伸びる。
幽霊島の支配者が秘する、前代未聞の最強の戦力の誕生……その時が来たのだと、誰もが息を呑み胸を踊らせる。
だがその時、がしゃんっと甲高い音が部屋の中に響き渡った。
「ご主人様!!! 海賊が鉄の檻を食い破って逃げます!!!」
「檻を…‼︎ …食い破った!!?」
「あと一人のはなんか勝手に壊れました!!!」
「んなわけあるかァ!!!」
こじ開けられた檻とを打ち捨てて、ルフィとエレノアが逃げ出す。
ぴょんぴょんと糸に縛られたまま飛び跳ねるエレノアに、芋虫のようにのたうちながら進むルフィが呼びかける。
「エレノア‼︎ この糸どうにかしてくれ!!!」
「あいよ! 多分それ火に弱そうだな…」
どうにか動く指を合わせ、閃光を走らせるエレノア。
涙ぐましい努力の姿に、怪人達はさして慌てる様子も見せず、むしろ頼もしげにルフィ達を眺めていた。
「フォスフォスフォス、頼もしい限りだぜ」
「フフ…」
「よせ、アブサロム。部屋の中だぞ、私が止める‼︎」
片腕を掲げるアブサロムを止め、ペローナが宙に浮きルフィ達を追う。
必死の形相で逃げるルフィ達に向け、彼女は体から半透明のゴーストを生み出し、向かわせてくる。
「捕まるかアホー!!!」
「あいつらは!!!」
「〝ネガティブホロウ〟‼︎」
吠えるルフィとエレノアの体を、ゴーストが通り抜ける。
その途端、二人はその場にどさっと倒れ込み、しくしくと泣き言をこぼし始めてしまった。
「もし生まれ変われるのなら…おれはナマコになりたい…死のう」
「生まれて来てごめんなさい生まれて来てごめんなさい生まれて来てごめんなさい…」
先ほどの異性がまるで感じられない哀れな姿に、敵であるアブサロムも流石に哀れみの視線をルフィ達に向け、言葉をなくしていた。
「さっきまで海賊王になると言ってた男がナマコとはムゴい」
同情はするが、それはそれ。無力化された二人はゾンビ達に拘束され、床に立てた棒に縛り付けられ無理矢理立たされる。
そして二人の背後に、大きく強力な照明器具が設置される。
「光を当てろ!!!」
「何すんだチキショー、おめェら覚えてろ!!!」
「生まれて来てごめんなさい生まれて来てごめんなさい生まれて来てごめんなさい…………」
「エレノア〜!!! 戻って来〜い!!!」
かっ、と光に照らされ、伸びていくルフィとエレノアの影。
何事か、と騒ぐルフィと泣き崩れるエレノアをよそに、立ち上がったモリアが徐に手を伸ばし……べりべりべりっ、と影を地面から剥がし始める。
「うわっ、え⁉︎ 何だアレ…おれの影⁉︎」
ぎょっ、と慄くルフィの目の前で、モリアはどこからともなく散り出した鋏で、ルフィとエレノアの影を地面から切り離してみせる。
がくり、と項垂れ脱力するルフィ達をよそに、モリアは手の中で暴れる二つの影を満足げに見下ろす。
「キシシシシシ‼︎ 手に入れたぞ‼︎ 3億と2億8千万の戦闘力!!! これで史上最強の〝特別ゾンビ〟が誕生する!!!」
狂気的な笑みを浮かべ、影を掲げる幽霊島の支配者。
その異様な光景を、バリーの鎧の中からナミ達ががたがたと震えながら見つめていた。
「楽しみだな…『氷の国』にてアイツらの死体を見た時は身震いがして止まらなかった。500年の昔、こんな悍ましいものが海で暴れていたのかと息をのんだ…‼︎」
かつん、かつん、と冷え切った通路を進む集団。
今もなおじたばたと抵抗するルフィとエレノアの影を握りしめ、モリアと部下達は長い長い通路を進む。
「討ち取った国を島ごと自分の領土へ持ち帰り、悪党達の国を築いたという世に名だたる〝国引き伝説〟を残した張本人がそこにいた…!!!」
「これがゾンビ造りの醍醐味…」
「また伝説が一つ蘇る、キシシシ‼︎」
やがて、彼らは通路の最奥に鎮座する扉の前に辿り着く。
霜が降り、凍りついたその扉は、まるで巨大な冷凍庫のようだ。
「さァ………‼︎ 復活の時だ‼︎ 歴史に名を残す…〝魔人〟に〝鬼神〟と呼ばれた狂戦士達よ!!!! 始めようか…‼︎
かちこちに凍りついたその扉を開け放ち、巨大な空間に収められた二つの死体に向けて、モリアが堂々と叫ぶ。
───それは、まさに怪物だった。
片や鎖に戒められ、仁王立ちする赤い肌と山のような巨体を持つ、鬼。
片や天井から吊るされる、牛の角と尾に駝鳥の翼、それにモリアとそう変わらない巨躯を持つ、天使。
巨大冷凍庫の中で凍りつき、沈黙するそれらに、モリアを除く全員が息を呑む。
そしてバリーの中で、恐怖と寒さでがたがたと震えながら、ナミ達が絶句する。
見たことのない巨体、死してなお残る圧倒的な存在感。
目の前の死体が見せつける威圧感と共に、それを使って何をするのかという不気味さが彼女達を震え上がらせる。
「静まれ‼︎ 麦わらのルフィ、そして妖術師の影よ‼︎ おれがお前達の新しい主人だ‼︎」
暴れ続けるルフィとエレノアの影に、モリアが一喝する。
すると、あれだけもがいていた二体の影はぴたっと動きを止め、モリアに向き直った。
「今からお前がゾンビとして生きる為の声と肉体を与える。過去の一切の人間関係を忘れ去り、おれに服従する兵士となれ‼︎」
こくり、と向けられた命令に従順に応じる影達。
まるでルフィ達ではない何かに変貌したように、一切の抵抗をやめてしまう。
「キシシシ、契約成立だ」
モリアは二体をそれぞれ両手でつかみ、冷凍庫の中央に向かって歩き出す。
赤い鬼を戒める鎖の上を渡り、自分の背丈とほぼ同じ大きな顔の前に立つと、ルフィの影を短刀のように振りかぶる。
「……さァ、目覚めろ………!!! 500年の眠りから……!!!」
振りかぶった影を、鬼の額にぐさりと突き立てる。
すると、影はずぶずぶと……泥の中に沈むようにゆっくりと鬼の中に呑み込まれて行く。
続けてモリアは鬼の額に登り、吊り下げられた天使の胸に向けて、エレノアの影を同じように突き刺す。
二つの影がそれぞれ死体の中に消えると、怪人達のうちの誰かが「入った…」と呟く。
変化は、徐々に現れだした。
凍りついていた二つの巨体の奥底から、微かに心音が響き、少しずつ大きくなっていく。
ぱき、ぱきと氷が割れる音が鳴り、沈黙していたそれぞれの指先がわずかに動く。
そして……ぎろっ!と。
閉じられていた瞼が、突如大きく開かれ鋭い眼光があらわになった。
「「「ぎゃああああァアァアァ〜〜!!!」」」
途端に上がる、三人分の悲鳴。そして吹き飛ぶ髑髏の兜。
恐怖と驚愕で悲鳴をあげ、体勢を崩したバリーの中から、ナミ達が目を飛び出させながら転がり出た。
「何だァ……!!!」
「死体が動い…あ」
「おれの頭‼︎」
「おいバリー‼︎ てめェまさか海賊達をかくまって………!!!」
「い、いや違ェ‼︎ 脅されてたんだよ内側からァ〜‼︎」
突如現れた三人に、モリア達も驚きで目を見開く。
慌てて頭を拾いにいくバリーに非難の声が集中する中、ナミ達は涙目で自身らの失態を悔やむ。
「し…しし…‼︎ しまった見つかったァ!!!」
「声が出ちゃった…!!!」
「悪魔が目覚めたァ〜〜〜!!!」
「あれはおいらの花嫁‼︎ なぜこんな所に⁉︎」
「海賊だぞ、捕らえろ!!!」
アブサロムが困惑の声をこぼす中、いち早く冷静さを取り戻したペローナが侵入者の拿捕に動こうとする。
その時、目覚めた赤鬼が自身の拘束を破りながら、ゆっくりとモリア達の方へ振り向く。次いで、彼の頭上から猛牛の天使も戒めを砕き、赤鬼の頭の上に降り立った。
「素晴らしい…!!! もはや芸術‼︎ 何という〝威圧感〟、まさに〝魔人〟!!!」
歓喜の声をあげ、自らが蘇らせた怪物に見惚れるDr.ホグバック。
狂気の医者と海賊達に見上げられながら、赤鬼は大きく息を吸い込み……そして。
「肉〜〜〜〜〜っ!!! ハ〜〜〜ラ〜〜〜ァへ〜〜〜ったァ〜〜〜〜〜〜!!!」
びりびりびりっ!
大気を震わせる、凄まじい咆哮。どこかの誰かそのものである雄叫びをあげ、赤鬼は天を仰ぐ。
その巨体の上で、顔をしかめた猛牛の天使が大きく拳を振り上げ。
「うるさ〜〜〜い!!!」
「ふげェ!!?」
「「「「「えェ〜〜〜!!?」」」」」
がごんっ!
と……強烈な拳骨を赤鬼の脳天に叩き込み、情けない悲鳴をあげさせたのだった。