ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
どごん!
突如、尖塔の一階で爆発が起き、地響きと轟音が辺りに広がる。
両断された尖塔の屋根の上にいたゾロ達は、ぎょっと目を剥いて真下に振り向いた。
「何だ…⁉ 下で誰が暴れてんだ…?」
濛々と立ち込める土埃の奥に目を凝らし、表情を強張らせるフランキー。
何者の襲撃だ、と重傷のブルックを傍らに置きながら、爆音の原因を探し……やがて、見つける。
地面に仰向けに倒れた、白虎の天使の痛々しい姿を。
「…!!? エレノア!!?」
「あれェ⁉︎ 天使のお嬢さん⁉︎ い…一体どうされたんですか!!?」
土埃にまみれ、苦悶に顔を歪め、ぎこちなく体を起こそうとしているエレノアを目の当たりにし、男達は驚愕で絶句する。
何よりも、それを成した相手がいるという事実が信じられずにいた。
「おい‼ 大丈夫か!!? 誰にやられたんだそりゃ!!? まさかさっきの鎧に……‼」
「…………んなわけあるか」
屋根の上から大声で叫び、安否を問う。
エレノアは忌々しげに顔を歪め、同時に眉間に深いしわを寄せ、ゆっくりと体を起こし膝を立てる。
鋭い眼で、自分が蹴り飛ばされてきた方向を睨み、低く唸る───そこへ。
「ぬるい…!!!」
怒りと苛立ちを滲ませた声が、ずしん、と地響きと共にやってくる。
舞い上がる土埃をその身で押しのけ、大きな影がゆっくりと天使に近付いてくる。
ふんっ、と。
影が吹き出した鼻息が、邪魔な土埃をまとめて吹き飛ばした。
「こんなのが私の元主人…? ふざけてる…‼ こんなにも脆弱な肉体、出られてむしろ清々するね…………この程度でこの海の〝王〟に付き従う気でいるとは、腹立たしい…!!!」
どしん、と一際大きく地面を踏み、亀裂を蜘蛛の巣状に刻み込みながら、それが荒々しく吐き捨てる。
牛の耳と角と尾、それに駝鳥の翼を背中から生やした、巨大な女。
見上げるほどの巨体を有したそれが、全く同じ顔を向けて、エレノアを鋭く睨みつけた。
「〝天族〟の…ゾンビ………‼ そうか、お前が私の影が入ったゾンビか!!?」
「そのようだね…実物を見て、正直がっかりしてるよ」
「何だとコラァ!!!」
戦慄の声を上げるエレノアの目の前で、天族のゾンビは心底落胆した様子で鼻を鳴らす。エレノアが即座にいきり立つが、気にも留めない。
「でけェ!!! 大人の姿のエレノアの倍くらいあるぞ!!!」
「モリアはあんなゾンビも作ってたんですか…⁉ 全然天使っぽくないですけど」
現れた新たな敵の姿を前に、フランキーもゾロも、そしてブルックも大きく目を見開いて狼狽する。
無理もない、彼らが見た事のある天族はエレノア一人。
小柄で華奢な彼女とはまるで見た目の異なる、筋肉質で大柄な体型を有しているのだから。
「…顔はそっくりだな。死体とはいえ他の天族を見たのは初めてだが、あんなんだったのか…‼」
見るからに戦闘に特化した天族を前にし、ゾロが思わず呟く。
それでいて全く同じ顔をしている事に気付き、別種の困惑に苛まれていた。
「ゲヘヘヘヘ…!!! 驚いたかコイツめェ!!!」
「…あいつ…‼︎」
「特別ゾンビはもう二体とも目覚めてんだ‼︎ てめェらに勝機なんて毛ほども残っちゃいねェんだよ!!!」
エレノアと男達を、がらがらと転がってきた三つの兜が笑い、嘲る。
腰を浮かせ、睨みつけるエレノアを小馬鹿にするように地面を転がり、かたかたと音を鳴らして語り出した。
「そいつこそ…‼︎ はるか昔!!! 身も凍る悪逆非道の限りを尽くした〝魔人〟 に付き従い、数々の伝説を残したもう一人の大悪党!!! 死してなお‼︎ 氷の大地で〝王〟の眠る墓を荒らす不届き者から守り続けていると噂される最強の女!!!」
バリーが我が事のように得意げに語る前で、ゾンビが動く。
エレノアからじっと視線を逸らさぬまま、片脚を地面が陥没するほどに踏みしめ、体勢を低く前に傾け。
次の瞬間、どっ!と轟音があたり一帯に響き渡る。
「名を…ジャービル・イブ・フレイヤ、またの名を…………!!!〝鬼神〟ジャービル!!!!」
砲弾のごとき勢いで飛び出したゾンビ───〝鬼神〟ジャービルはあっという間にエレノアの目前に迫る。
はっと目を見開く白虎の天使の前で、猛牛の天使は大きく拳を構え、振り下ろす。
咄嗟に飛んだエレノアの目の前で、鬼神の拳が地面を砕き、大量の瓦礫を撒き散らした。
「ギャアアアアアア〜〜……!!!」
「ふぎゃああっ!!? ……な…んにゃろ………‼︎ 早速か‼︎」
風圧により、バリーとNo.48の兄弟がまとめてどこかへと転がっていく。
直撃を避けたエレノアも、衝撃で空中で何度も回転し、酔って苦悶に顔を歪める。
地面に降り立ち、迎撃しようとした瞬間。
すでにジャービルはエレノアのすぐ後ろに立ち、片足を振りかぶっていた。
「は………え!!?」
「遅い…‼︎」
突然の事に、エレノアの足がもつれる。
がくっと後ろ向きに倒れたエレノアの目の前をジャービルの蹴撃が通り過ぎ、暴風が吹き荒れる。
その圧だけで、直線状にあった屋敷の壁の一部が砕け散った。
「…‼︎ これは……死ぬ‼︎ 直撃したら絶対死ぬ!!!」
倒れ込んだエレノアは、真っ青な顔で真横に転がる。
直前までエレノアの頭があった場所にジャービルの脚が突き刺さり、強烈な衝撃波が全身を強かに打ち据えた。
「ふぎゃあああ‼︎ きょ……距離! 距離‼︎ 距離ィ!!!」
混乱に陥ったエレノアは、距離を取ろうと翼を羽ばたかせ天高く飛び上がる。
霧に身を隠しつつ反撃の糸口を探そうとして……気付いた時には、目の前に踵を高く振り上げたジャービルの姿があった。
「へ────ふぎゃあああぁぁ…‼︎」
防ぐ間も無く、エレノアの肩にジャービルの踵が食らいつき、真下に凄まじい力がかかる。
めきめきと軋む音が肩から鳴るのを感じながら、エレノアは遥か下の地面にまっすぐに落下し、叩きつけられた。
「……‼︎ …!!! 容赦…なさすぎでしょ、自分相手に…‼︎ 影の元の持ち主が死んだらゾンビも終わりなんじゃないの!!?」
「はっ…だったら………死なない程度に殺せばいいだけの話さ」
ぴくぴくと痙攣する体を強引に起こし、立ち上がろうともがくエレノア。
そのすぐ目の前にジャービルは降り立ち、背筋が震えるほどに冷めた、一切の慈悲を感じられない冷酷な眼で見下ろした。
「
「………!!!」
はっきりとした拒絶、尋常ではないほどの敵意を向け、断言するジャービル……否、エレノアの影。
絶句するエレノアに構う事なく、ジャービルは拳を握りしめ、渾身の力で突き出してきた。
「ぬゥああああああ!!!」
「ふぎゃっ…ちょ、ちょっ‼︎ 待って待って待ってェ!!! ア…〝
顔のど真ん中を狙って放たれる正拳。
直撃する寸前に、ぱんっと掌を合わせて鳴らし、あたりの瓦礫に触れて瞬く間に錬成し、十一層の石の壁を盾として生み出す。
が、その盾は一瞬で破壊され、エレノアは再び風圧だけで吹き飛ばされた。
「ふぎゃっ!!! …なんなのよあのバカみたいな怪力は…‼」
地面に倒れ込み、ぐらぐらして込み上げてくる気持ち悪さに耐えながら、エレノアはもう一度掌を合わせて打ち鳴らす。
防御は無意味、ならば攻撃するのみと、大気中の元素をぶつけあわせ、電気の塊を手元に生み出す。
「〝
ばちばちと眩く光り輝く、雷の鉄槌。
それを自らの拳の前に構え、正拳突きの要領で思い切り目の前の怪物に撃ち出す。
渾身の力を込めたエレノアの一撃は。
ぱんっ…と、ジャービルが無造作に振るった尻尾に振り払われ、呆気なく掻き消された。
「ウソォ……!!?」
「だから生ぬるいんだっての…‼︎」
呆然と立ち尽くすエレノアに、ジャービルは前傾姿勢になると再び勢いよく突進する。
ぐわっ、と牛の角が生えた頭部が目前に近付き、エレノアの視界を覆い隠す。
「〝
ずどがんっっ‼︎
エレノアの視界が真っ白に染まり、意識が一瞬途切れる。
次いでばっ、と大量の鮮紅が弾け、あっという間に、とてつもない激痛がエレノアに襲いかかった。
「ふぎゃあああああ!!? あ"──っ‼︎ あ"──っ‼︎ う"あ"あ"あ"あ"あ"!!!」
「はァ………うるさいなァ。こっちはまだ全力の一割も出してないってのに…」
裂けた額を押さえ、地面を転げ回るエレノア。
それを冷たく見下ろし、平然としたままのジャービルが肩を竦めて呟いた。
「なんっっじゃあのえげつねェ強さは…!!? つーかあいつ、身内っつーか自分自身に対して容赦なさすぎだろ!!! どうなってんだ!!? エレノアの影じゃねェのか!!?」
「………何があいつをああも駆り立ててんだ……」
「コワイ!!! なんかもう見てるだけで痛い!!! 痛コワイ!!!」
目下で行われる戦い……一方的な虐殺に、ゾロ達は震え上がる。
一味の実力者が赤子扱いされている事実よりも、敵とはいえ、あまりにも無情すぎる甚振り方をする彼女の影に、三人共すっかり怯んでいた。
エレノアもまた、苦痛で涙を流しながら自分自身に恐怖していた。
「ひっ…ぎィ………!!! この…‼︎〝覇気〟の硬さ…‼︎………全盛期の私を軽く超えてんでしょ……!!! なんつーバケモノ作り上げてくれてんだアイツら……………!!!」
咄嗟に自身も覇気で武装したのに、それを軽くぶち抜いてくる強固な覇気。
ただ肉体が異なるだけでこうも違うのか、と驚愕しながら、そんな怪物を生み出した者達への憎悪の炎を燃え上がらせる。
歯を食いしばって悶えるエレノアの元に、ジャービルがゆっくりと近づいた。
「やァ…? 身に染みた? 自分の脆さ………私はもうあんたなんか必要としてない。よっぽどいい容れ物が手に入ったんだもん、今更戻るつもりは一切ないね」
「ふざけんな…………‼︎ 私の影のくせに…!!!」
「そう、あんたの影────人より脆くて…小さくて…軽くて……‼︎ 戦いには向かない脆弱な肉体に縛られたもう一人のあんた…!!!」
血塗れの顔で、それでも睨みつけるエレノアに、ジャービルは嗤う。
弱者を甚振る悦びに浸って……ではない。
自身に対しても足も出ない、無様に這いつくばっているだけの自身への苛立ちで、顔を笑みに歪めていた。
「……脆弱?」
「……誰が?」
彼女の呟きに、ゾロとフランキーが思わず目を見合わせる。
それに気付かないふりをしながら、ジャービルはエレノアの前髪を掴み、無理矢理に半身を起こさせ、自分と目を合わせる。
瞳孔の開いた、死者の目。
そこには確かに生者の……エレノアのもう一つの感情が宿っていた。
「前はまだよかった………脆い体をガチガチに固めた覇気で守って、根性で鍛え上げた技術と
「…!!!」
「失った両脚…衰えた体力…前とは比べ物にすらならない。リハビリなんて無意味………以前の強さは取り戻せない」
ぐっ、と一瞬、エレノアの息がつまる。
しかしそれを誤魔化すように歯を食い縛り、より鋭く目の前の
「わかってんでしょ? 自分はもう必要ないって事………あの海に、自分はもう行けないんだって、はっきりと」
「………!!! うるさい!!!」
自分の髪を掴む手を掴み返し、それを支点に蹴りを放つ。
激情のままに振るった我武者羅な攻撃は、当然容易く受け止められ、挙句ごみでも放るかのように投げ捨てられる。
「弱者にあの海は超えられない…そこに行く資格すらない。今度はあんたが足手纏いになる番………あんたが守ってきたつもりになってた連中に、あんたが守られる側に回る」
苦悶の声を漏らし、身を震わせるエレノアに、ジャービルは容赦無く突きつける。
落胆、嫌悪、憎悪、自分自身に抱くあらゆる負の感情を向け、ちっと鬱陶しそうに舌打ちをこぼす。
「情けない………‼︎ 守られてばかりの弱者…卑怯者!!! そんなだから─────ママは死んだんだ」
「うるさいって言ってんだろ!!!!」
がばっと飛び起きたエレノアが両手を合わせようとし。
鳴らす寸前に、エレノアの顔面にジャービルの尾の先端が鞭のように叩きつけられた。
「〝王〟に付き従う天族に、弱者はいらない」
ばこんっ、とエレノアは尖塔の壁に叩きつけられる。
一向に止まない凄惨な蹂躙に、呆然としていたゾロ達はようやく我に返り、それぞれ得物を用意する。
「ヤベェ‼︎ このままじゃあいつ、本当に殺されるぞ!!?」
「エレノア!!! 加勢はいるか!!?」
「――いらない」
だが、他ならぬエレノアがそれを止める。
自身がめり込んだ壁から抜け出し、よろよろと覚束ない足取りのまま、ぱん、と掌を打ち鳴らし飛び出す。
「こいつは私が────叩き潰す!!! ブッ潰す!!!」
「だから………………無駄だって言ってんでしょうが!!!」
青い閃光と共に生み出した大剣を振り回し、雄叫びをあげて斬りかかる。
遠心力と重力を合わせ、叩き込んだその一撃は、面倒臭そうに放たれた蹴りで粉々に砕かれ、エレノアは再び宙を舞った。
───硬いにもほどがある…!!!
腹が立つけど……あの肉体の異常な頑丈さは本物…‼︎
ていうか本気で羨ましいぐらい頑丈だなコンチクショウ!!!
ごふっ、と口から血反吐が漏れる。
意識が細切れになりそうな痛みに悶えながら、地面を転がり強引に立ち上がる。
───あれとやり合うのは、この脆い身体じゃまず不可能………正面からぶつかったところで潰されるのはこっちだ。
こっちも覇気で固めれば……だけど体力が落ちてる今じゃほんの少ししか持たない…………‼︎
まともに立つこともままならないエレノアに、ジャービルは絶えず圧倒的な力で蹴り飛ばし跳ね回らせる。
全身が痛み、骨と筋肉が悲鳴をあげる。
ごぼっ、と赤黒い血の塊を吐き出しながら、必死に思考を巡らせる。
───何か……何か策を練らなきゃ……何か………!!!
ぎしぎしと軋む体に鞭打ち、敵から微塵も視線を逸らさず構える。
その時、はっとエレノアの表情が変わる。
起死回生というにはあまりに頼りない、咄嗟の思いつきだったが……脳裏に浮かんだある人物が、エレノアの動きを止める。
───もしかしたら………アレなら…‼︎
光が見えた気がして、エレノアが息を呑む。
だがそんな隙を見逃すはずもなく、ジャービルの足裏が鳩尾に食い込み、エレノアの体が地面に減り込まされた。
「オイ!!! エレノアァ!!!」
「くそっ…‼︎ 悪いが勝手に割り込ませてもらうぞ!!! 傍観してる場合じゃねェ!!!」
惨すぎる暴力に我慢ができず、ゾロが三刀を手に飛び出す構えを取る。
あとでいくらでも文句を聞いてやる、その前にあの理不尽な暴虐から救い出さなければ。
そう───彼が覚悟を決めた時だった。
「ウゥオオオ~~~!!!」
凄まじい雄叫びをあげ、さらなる巨体を誇る赤鬼が屋敷を破壊し飛び出した。
ジャービル・イブン・ハイヤーン:8世紀後半から9世紀初頭にかけてバグダード、クーファで活動していたという錬金術師。