ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第249話〝進撃のオーズ〟

 ずしん、と地面を踏みしめる赤い足。

 山か何かと見間違わんばかりの巨体を震わせ、咆哮する立派な角の生えた鬼。

 

 再び自分達の前に現れたその怪物を前に、一味はぎょっと目を剥き息を呑んだ。

 

「あれは……‼ ゾンビ‼ ルフィのゾンビだ‼」

「あーもー厄介事が次から次へと!!!」

 

 吹っ飛んできた壁の破片を避けながら、傷だらけのエレノアが悪態を吐く。

 尖塔の上のフランキー達は、赤鬼と共に飛び出してきた黒衣の男を視界に捉え、困惑の表情で騒ぎ出す。

 

「あそこ見ろ、一緒に出て来たのぐるぐるコックじゃねェか⁉」

「アレ何ですか~~⁉」

 

 思わぬ事態に、誰もが冷静ではいられない。初めて赤鬼を見たブルックに至っては悲鳴じみた声を上げ、先程以上に震え上がっていた。

 そんな彼らのもとに、エレノアがばさばさと舞い上がり、よろよろと倒れ込んだ。

 

「…くっ、危なかった……あいつのお陰で命拾いしたよ」

「エレノア!!! しっかりしろ‼」

 

 ぼろぼろの彼女の身を案じ、フランキーが受け止め腰を下ろさせる。荒い呼吸と滲む血が、エレノアの苦痛を物語っていて痛々しい。

 彼らの眼下では、瓦礫による圧死を免れたサンジが忌々しげに顔を歪める。

 

「くそ…ナミさんが…!!!」

「何やってんだあのバカコック」

 

 五体満足な様子のサンジに、ゾロが頭上からちっと舌打ちをこぼす。

 ナミの姿がない以上、奪還に失敗したのだろうと察する。

 

 そして、狼狽しているのは麦わらの一味だけではなかった。スリラーバークの住人達も、現れた怪物に恐怖の視線を集めていた。

 

「腐れヤベー、屋敷から離れろー‼」

「特別ゾンビ達が戦うぞ~~‼」

「屋敷越しに頭が見える、何てデカさ‼」

 

 ばたばたと駆け出し、屋敷を後にするゾンビ達。

 ただ暴れるだけで凄まじい破壊をもたらす怪物の近くにいては、敵諸共に潰されるだけだと大急ぎで戦場を離れていく。

 

 その様に、ウソップも同じようにがたがたと震え上がっていた。

 

「あ‼ ウソップ‼」

「チョッパー、ロビン‼ たたた大変だ‼ ルフィゾンビの腕に…‼ おれ達の手配書が張り付けてある!!!」

 

 双眼鏡で赤鬼の腕を凝視していたウソップは、異変に気付いて合流してきたロビンとチョッパーに振り向く。

 その意味を即座に理解し、強烈な恐怖で顔からさっと血の気を引かせた。

 

「あいつの狙いは完全におれ達だ!!!」

「出て来ォ~~い!!! 麦わらの一味ィ~~~~~!!!!」

 

 声の圧だけで、島全体が振動する恐ろしい咆哮。

 衝動のままに巨腕を振り上げ、巨体をさらに大きく見せ、相対する者を更なる絶望へと叩き落とす。

 

 その姿はまさに、〝魔人〟と呼ぶに相応しいものだった。

 

「……あの野郎、おれ達の邪魔しようってのか‼」

「ルフィの奴、てめェの一味をてめェで潰す気か‼」

「命令が下ったのね…‼」

「本物のルフィは無事かな……‼」

「何ですかアレ~~~~~!!!」

「倒しようがあんのか、あんなモン」

「とんでもない連中を目覚めさせやがって…‼」

「面白ェな…!!!」

 

 屋敷の庭に面したあらゆる場所から、立ちはだかる難敵を見つめ戦慄する一味。

 こんな敵に一体どのように立ち向かえばいいのか、と我が身を強張らせ、立ち尽くす彼らの目の前で。

 

 とーん、と真下から跳躍してきた猛牛の天使が、赤鬼の頭頂部に踵を振り下ろした。

 

「うるさいっつってんだろうが!!!」

「ギャ~~~ッ!!!」

 

 隕石でも落ちてきたかのような衝撃が赤鬼の頭に走り、巨体を支える両足が地面に埋まる。

 悲鳴をあげる赤鬼の頭の上に乗った天使は、両側の角を掴んでぐらぐらと思いっきり揺らし始めた。

 

「まったく…‼ どこでムダに道草食ってたのよ、あんたは!!! 私ばっかりに戦わせてフラフラフラフラしやがって……頭の角圧し折るぞコラ!!!」

「すビばぜェ~ん…‼」

「もういいから…………さっさと動く。丁度良く獲物の方から集まって来たみたいだ」

「ぐすッ…おゥ!!!」

 

 半泣きで謝る赤鬼に溜飲を下げたのか、ジャービルはどかっと相棒の頭の上であぐらをかいて座り込む。

 頭上に感じる重さに、赤鬼は不思議そうに目を瞬かせた。

 

「…オー、何かこれしっくりくるな。何でだ? おれ達、前にもこんな事してたっけ⁇」

「…………さァ?」

 

 目を丸くして尋ねる赤鬼に、ジャービルも困惑気味に首を傾げる。

 二体揃って考え込む素振りを見せるも、やがて興味をなくしたのか、まぁいいやと視線を逸らした。

 

「……あァ、間違いねェ。あっちに入ってんのはエレノアの影だ」

「いつものあいつらの力関係そのものだな…なんかほっとした」

「どういう意味? ねェそれどういう意味!!?」

 

 あんなやりとりばかりしていたか、と仲間達から発せられた評価の声にエレノアがぎょっと振り向く。不名誉極まりなかったが、否定する者は誰もいなかった。

 

 そんな彼女をよそに、赤鬼の前に立ちはだかったサンジが声を張り上げた。

 

「おい‼ そこをどきやがれ!!! てめェがおれ達の邪魔をしてどうすんだよ、ルフィ!!!」

「………! ルフィ? そいつはおれの敵だ。おれの名前はオーズ‼ よろしく‼」

「どうも、ジャービルと申します。どうぞお見知りおきを」

 

 赤鬼に……赤鬼の中に入った影に向けて叫ぶが、帰ってくるのは敵意のみ。

 自分より遥かに小さな存在が敵意を向けてくる様を、相棒の天使と共に見下ろし、妙に礼儀正しく挨拶を返した。

 

「あいつバケモノにどなりかかってんぞ‼」

「アホコックの野郎…ナミはちゃんと助けたのか?」

「小娘よりてめェの方がピンチじゃねェか‼」

「アレ何ですかァ~~~!!? 顔がコワイ!!!」

「落ちつけ、おじーちゃん」

 

 体格差などものともせず、真正面から喧嘩を売る彼を見て、仲間達は騒ぎ出す。

 反対側の建物の屋上にいるウソップ達も、窮地に自ら足を突っ込んでいるサンジに慌てふためき出す。

 

「ややややべェ‼ サンジがやべェ‼」

「予想外ね、私達は影だけを狙われるのかと思ってた。ちょっと暴れすぎたかしら」

「もうルフィとエレノアの影以外はいらねェって勢いだな」

「コエ~~!!! コエ~~!!! あんなのと戦えねェぞ」

 

 呆然と、様子を伺う他にない彼らの前で、オーズが動く。

 自らの主人となった男、その者が用意した数枚の手配書の一枚を見つめ、真下のぐるぐる眉の男と見比べ、頷いた。

 

「そっくり…おめェも海賊の一人だな‼」

「…あんたの目はどうかしてるよ。後であのヤブ医者に取り換えさせ………あァ、潰しちゃったんだっけ」

 

 まるで似ていない手配書を見て納得するオーズに、同じく手配書を覗き込んだジャービルが頬を引きつらせる。

 が、オーズにとっては些細な問題のようだ。標的をサンジに定め、ぐわっと右腕を大きく振りかぶった。

 

「〝ゴームーゴームーの~…〟」

「ルフィの技だっ‼」

「まさか伸びるのか⁉」

「あいつもゴム人間になったのか⁉」

 

 影の元の持ち主の技の名を口にし始め、一味は驚愕に目を見開く。

 多くの困惑の視線を受けながら、オーズは身構えるサンジに向け、勢いよく右腕を振り下ろした。

 

「〝鎌〟!!!」

 

 像や恐竜よりも巨大な腕が地面に叩きつけられる。跳躍して躱したサンジの真下で、瓦礫まみれの地面が大きく抉られる。

 腕の長さは変わらなかったものの、その一撃は凄まじい衝撃と揺れを辺りにもたらした。

 

「の…伸びはしなかった‼ …けど」

「あんだけリーチと破壊力があったら関係ね――っ!!!」

 

 最悪の想像が外れてほっとしつつ、事態がまるで解決していない事に目を向いて悶絶するウソップとチョッパー。彼我の力の差が圧倒的すぎた。

 

「〝首肉フリッ…〟」

「ふんっ!!!」

 

 跳躍し、得意の蹴撃を叩き込もうとしたサンジだが、オーズは無造作に頭を傾け、それを受け止め弾き返す。

 そして地面に落下し跳ね返ったサンジをがっしりと掴んだ。

 

「あの巨体で何て速さ!!!」

「やべェ‼ 死ぬぞあいつ!!!」

 

 サンジが捕らえられ、敵の俊敏性に驚きつつ、ぐちゃりとトマトのように容易く潰される想像をしたフランキーが声を上げる。

 早く救出せねば、と飛び出しかけたその寸前。

 

「揺らすなっつの‼︎」

「ほげェ!!!」

 

 ごがんっ、とオーズの頭上のジャービルが拳骨を落とし、オーズの体がぐらりと揺れる。その衝撃で、オーズの手からサンジ吹っ飛ばされる。

 屋敷の壁に突っ込んでいった彼に、オーズが頭をさすりながら再び近付く。

 

「〝火の鳥星〟!!!」

 

 追撃を加えようとする赤鬼に、ウソップが炎の鳥の弾を放つ。

 ゾンビにとっても恐怖の対象である炎の塊が、オーズの頭を焼き尽くさんと急接近するが。

 

 炎の鳥が触れる寸前に、ジャービルの尾が勢いよく振るわれ、炎の鳥をあっという間にかき消してしまった。

 

「…何か、したか?」

「…………!!!」

 

 くるり、と振り向き、にたりと不敵な笑みを浮かべるジャービル。

 絶句するウソップの目の前で、オーズもゆっくりと振り向き、今度はウソップ達の方へ迫り始めた。

 

「こっち来たァ!!!」

「まずい‼ フランキー‼ エレノア‼ あいつをこっちにおびきよせろ!!!」

「よしきた‼」

「了解!!!」

 

 どしん、どしんと徐々に近づく脅威を前に叫ぶウソップとチョッパー。

 そうはさせまいと、フランキーが左腕の銃器で、エレノアが雷の矢でオーズに攻撃を加え、敵意を逸らさせようとする。

 

 目論見通り、オーズの意識はエレノア達に向けられた。

 だが次の瞬間、あっという間に接近したオーズの拳が、エレノア達のいる屋根を粉砕してみせた。

 

「どわあああ!!!」

 

 崩落する尖塔から、ブルックを担いだフランキーが飛び降りる。壁の窓穴にしがみついて難を逃れながら、二人は崩れていく大量の瓦礫を見やり、ぞっと背筋を震わせる。

 

「あ…‼ っぶね‼」

「下の屋根に降りてろ、二人共」

「ゾロはルフィ‼ 私は私のゾンビをやる!!!」

「おう‼」

 

 降り注ぐ瓦礫を躱しつつ、エレノアとゾロは反撃に移る。

 瓦礫を足場に跳躍し、翼を羽ばたかせ、それぞれで凶悪なゾンビの目の前まで一気に迫る。

 

「〝一剛力羅〟‼〝二剛力羅〟‼〝三刀流〟……!!!」

「巨人の一撃、その身で味わえ‼︎」

「〝二剛力斬〟っ!!!」

「〝撃退剛棍(アイムール)〟!!!」

 

 剛力を用いた斬撃、風を極限まで集め固めた棍による打撃を、オーズとジャービルに向けて放つ。

 ゾロの斬撃は、辛うじてオーズの牙の片方を斬り裂くも、顔に届く寸前でオーズが上半身を引き、両方の攻撃を空振りさせる。

 

「〝ゴムゴムの…火山〟!!!」

 

 宙に浮いたゾロに、オーズが振り上げた足が直撃し、天高く打ち上げられる。

 寸前でエレノアは躱せたものの、ただの風圧でまたしても吹き飛ばされ、屋敷の壁に頭から突っ込んでいった。

 

「くらえバケモノ共、〝ウェポンズ左〟!!!」

 

 隙を見せたゾンビ達に向け、フランキーの重火器が火を噴く。

 どれだけの巨体でも、当たれば確実に傷をつける銃弾が大量に襲いかかるが、オーズはそれも瞬時に避けてみせる。

 

 そして近くにあった塔をもぎ取ると、フランキーに向けて思い切り振り下ろした。

 

「うわァ――――――‼ フランキー!!! ブルックー!!!」

 

 巨大な建造物の一部が覆いかぶさり、破壊された足場と共に地面に落下するフランキーとブルック。

 頭を抱えるチョッパーの視界に、上空からみるみる近付いてくるゾロの姿が映り、はっと我に返る。

 

「ゾロが落ちて来るぞ!!!」

「〝百花繚乱〟『蜘蛛の華(スパイダーネット)』」

 

 咄嗟にロビンが反応し、能力で生み出した腕を組み合わせ網を作り、ゾロを受け止める。網の中で、ゾロがごふっと血を吐いた。

 オーズは再び、残る標的であるウソップ達をぎろりと睨みつけ、手を伸ばした。

 

「………‼ コレをくらえ!!! てめェらだってゾンビだ‼ 必殺‼〝塩星〟!!!」

 

 ウソップは土壇場で冷静さを取り戻し、いかなるゾンビでも逆らえない特製の弾をオーズとジャービルに向けて撃ち出す。

 だが、それらの弾も口に届く前に、ジャービルが振るった尾によって弾かれてしまった。

 

「そんな見え見えの狙撃が効くわけないでしょ…」

「───だったら両方まとめて焼き尽くしてやる!!!日輪絶刺(ヴァサヴィ・シャクティ)〟!!!

 

 呆れたように呟くジャービルに、鋭い声と熱風が届く。

 瓦礫の山を蹴り飛ばし、飛び出したエレノアが、業火の槍を振り回し、オーズとジャービル両方に向けて放った。

 

 大気を焼く爆炎の槍が二体の怪物を呑みこまんとし、彼らの視界いっぱいに赤が広がる。

 

 それを前にし、ジャービルはすぅっと大きく息を吸い込むと。

 それを一気に吹き出し、目前に迫った業火の槍を跡形もなく吹き飛ばしてしまった。

 

「…ぬるい」

「……は⁇ え、ちょ…‼ ウソでしょ!!?」

 

 つまらなそうに呟くジャービルに、エレノアは激しく狼狽し、直後にオーズにはたき落とされ地面に沈む。

 どこん、と土埃を巻き上げて落とされた天使の姿に、ウソップが血反吐を吐きながらオーズを睨む。

 

「て…てめェら……‼ ルフィ……!!! エレノア…!!!」

「おめェらなんか、知らねェぞ。おれ達はモリア様の部下(しもべ)、オーズとジャービルだ!!!」

 

 動ける者は、もう誰もいなかった。

 しんと静まり返った屋敷の庭の中心で、オーズはぼりぼりと頭をかき、首を傾げた。

 

「あとは……さっきの〝麦わら帽子〟と〝オレンジ女〟と〝イカスヒーロー〟。どこにいるんだ?」

「さァ………そっちはどうでもいいや」

 

 腕に貼り付けた手配書を再度見やり、オーズはまだ見つかっていない獲物を探す。倒れた者には目もくれず、相棒を頭に乗せたまま屋敷に穴を開け、中を覗き込む。

 

「ここかな!!! 出て来い、残りの奴らー‼」

「…ちょっとはあのデブに遠慮してやんなよ」

 

 元からぼろぼろになっていた屋敷が、より一層悲惨な姿になっていく様子に、ジャービルは呆れつつも止めない。

 心底どうでもいいといった様子で、落胆の視線を辺りに向けていた時。

 

 じゃり、と。

 彼らの足下から、瓦礫を踏む音がいくつも響いてきた。

 

「何つった? …名前」

「えーと」

「確か…ロース」

「いや違う。最後は〝ズ〟だった」

「ヒューズ」

「いや、遠のいたぞ…‼」

「オース」

「…ん? いや…‼ 何か足りねェような…‼」

「〝オーズ〟よ」

「それだ!!!」

 

 一切の絶望も諦観も感じさせない調子で、場に似合わぬ気の抜けた会話を交わす彼ら。

 その近くで、かたかたと動く白骨死体が申し訳なさそうに引き下がる。

 

「あ…あの私…すいません体が…」

「ああ、おめェはしょうがねェ…少しは移動できるか? ちょっとよけてろ」

 

 ぞろぞろと、立ち上がり整列していく数人の男女。

 ほとんど満身創痍の痛々しい姿で、しかし微塵も体幹を揺らがせず、闘志を維持したまま圧倒的強者たる魔人と鬼神を見上げてくる。

 

「おい、オーズ‼ …てめェの中身がルフィの影なら」

 

 どん、と勇ましく胸を張り、仁王立し。

 若き海賊達が、自身らの船長と仲間の影が入った怪物ゾンビに、挑戦的な視線と言葉を向けた。

 

「てめェの仲間の底力………!!! 見くびっちゃあイカンだろう…………!!!」

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