ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第250話〝一丸となる力〟

「ぶるふふふ…‼ なかなか頑丈な奴らだね…楽しみが続きそうで何よりだ………‼︎」

 

 並び立つ麦わらの一味を見下ろし、ジャービルがオーズの頭の上に乗ったまま笑う。その目に宿る闘争本能を爛々と輝かせ、にたりと口角を上げる。

 

 しかしふとその顔が、きょとんと訝しげに歪んだ。

 

「……ん? あれ? 私、こんな笑い方だったっけ?」

 

 妙な違和感に苛まれた彼女は、胡座をかいたまま腕を組み、首を傾げる。

 しばらくの間考え込んだものの、疑問の答えは何も出てこなかった。

 

 そんな彼女の下で、一味はまっすぐに二体の怪物を見上げ、軽い調子で話し出した。

 

「一つ提案なんだが………コイツを一丁投げ飛ばすっての、どうだ?」

「……な…投げ飛ばす⁉ こんなにでけェ巨体を~~~⁉」

「成程…そりゃさぞ気持ちいいだろうな」

 

 ずしん、と降り立つ尋常ではない巨体。

 今まで戦ってきたどんな敵よりも大きく強い、最恐と呼ぶべき存在を前に、一人を除いて退く様子を見せない。

 

「――しかし、このデカさでルフィの動きとは恐れ入る」

「その上、全盛期以上の私もいるわけだし………我ながら面倒な」

「――でも〝海賊王〟は似合わないわ」

「どう切り崩すかだ、作戦はいくらでもあるぜ……‼」

「何か弱点があるはずだ」

「デケェ魚は少しずつ弱らせるってのが定石だが」

「超コワイ」

 

 それぞれで思考を巡らせ、打開策を探す。

 オーズは中々斃れない一味に興味をそそられたのか、愉しげに笑いながらぴょん、と高く飛び上がった。

 

「潰れろ‼〝ゴムゴムの~~~尻モチ〟!!!!」

「そんな技ねェだろ!!!」

「散れ!!!」

 

 凄まじい質量を伴って降ってくる巨人の尻から慌てて飛び退き、ばらばらに分かれる一味。

 フランキーは一つ前に戦いで使った巨大ヌンチャクを放り捨て、怒りに目を吊り上げて走り出した。

 

「……ぬう‼ おのれ麦わら…‼ 一丸となる力思い知れ!!! お前ら‼〝戦略の15(タクティクス・フィフティーン)〟だ!!!」

「え? アレを⁇ アレを出すのか⁉」

「ゾロ‼ ぐるぐる‼ スタンバイだ‼ おれの足を支えろ!!!」

「ん?」

「何だ」

 

 ウソップとチョッパーに指示を下し、共に走り出す。

 なぜか目を輝かせる三人はそのまま、何事かと振り向くゾロとサンジを横に並ばせ───『合体』する。

 

 アロハシャツの襟を引っ張り顔を隠したフランキーの足をゾロとサンジが支え、右手でウソップを掴み、頭にチョッパーを乗せる。

 まるで、男の浪漫たる機械の戦士が合体するかのように。

 

「〝パイレーツドッキング7〟!!! 巨大ロボ戦士!!!〝ビッグ皇帝(エンペラー)〟~~!!!」

 

 どん、とほぼ組体操と変わらない一連の行動に、上半身の三人は満足げになる。

 が、ふと自身らの左側を見やったチョッパーがぎょっと目を剥いた。

 

「ちょっと待てフランキー‼〝左腕〟と〝翼〟がまだドッキングしてねェ‼」

「何!!?」

 

 慌てて振り向いたフランキーは、空っぽの自分の左手を見て狼狽する。

 そして辺りを見渡し、我関せずといった様子でそっぽを向いているロビンとエレノアを睨みつけた。

 

「おい‼ 何してる‼ ニコ・ロビン‼ エレノア‼ 早く左腕と背中にドッキングしろ‼」

「急げ」

「来い‼ ロビン‼ おれの様にやれ‼」

 

 くいくいと手招きをし、二人を呼ぶ巨大ロボ戦士(自称)。

 そんな彼らに、エレノアはひどく恥ずかしそうに、ロビンは心底嫌そうに顔を歪め、答えた。

 

「…ごめん、ムリ」

「人として、恥ずかしいわ」

 

 まさかの反応に、上半身の三人はがーんと大きな悲しみに苛まれる。

 そしてなぜか、オーズが四つん這いで身を乗り出しながらフランキー達を見下ろしており、同じように衝撃を受けていた。

 

「……何だ、やめんのか⁉」

「何であんたがショック受けてんのよ!!?」

「やれよ――!!! ドッキング――――――!!! わくわくしただろ!!!」

 

 落胆をあらわにし、オーズは苛立ちをぶつけるように巨腕を振るう。

 上半身の三人がその犠牲となり、激しく吹っ飛ばされ、瓦礫の中に深く減り込まされた。

 

「お前らさえいたなら‼ ロビン‼ エレノア‼ ロボ戦士〝ビッグ皇帝〟になれたのに‼」

「まさかの裏切りだ…‼ まさかの‼」

「ルフィなら…やってくれたぞ。エレノア…お前ならきっとなんだかんだで付き合ってくれると」

 

 三つの人型の穴が開いた瓦礫の中から、三人の声がか細く聞こえる。

 その声に、ロビンは非常に険しい表情で拒絶の言葉を吐いた。

 

「もう二度と………二度と誘わないで、『ドッキング』」

 

 男の浪漫は、女性には理解が叶わないらしい。彼女の隣で、エレノアは困り顔で頬を赤らめていた。

 

 妙な遊びに巻き込まれたゾロとサンジは、間抜けな姿を晒す三人を放置し、オーズの左右へ急ぎ回り込んで行った。

 

「不覚……何をやらされたんだおれは

「コノ野郎が…‼ おれは早くナミさん再救出に向かわにやならねェのに‼」

「うお―――――!!!」

「このヤロー仕切り直しだァ~~~!!!」

 

 サンジが牽制で瓦礫を蹴り飛ばし、オーズの腹に当てる。

 巨体が振り向くのを合図にするように、ウソップ達三人も瓦礫を砕き、復活を果たした。

 

 その横で、ゾロがフランキーの使っていた巨大ヌンチャクに刀を突き立て、担ぎ上げた。

 

「フランキー‼ このデケェの借りるぞ!!!」

「あっ‼ てめェおれのヘビーヌンチャク!!! 貸すっ!!!」

 

 巨大な武器を担ぎ、再び走るゾロ。

 彼の姿を横目に、ウソップが巨大パチンコを構え、地面についたオーズの右手を狙撃する。

 

「くらえ必殺〝徳用油星〟三連発!!!」

「ん? うわっ‼」

 

 油によって四つん這いになっていたオーズは体勢を崩し、ぐらりと体を傾がせる。

 その隙を狙うため、ゾロがサンジの方に走り寄り催促する。

 

「おい、飛ばせ!!!」

「お前っ‼ そんなでけェモン持つとは…」

「ムリならいいぞ」

「コノ…‼ やれるわアホ!!!〝空軍パワーシュート〟!!!」

 

 一瞬戸惑ったサンジだったが、挑発を受けて即座にやる気になり、ゾロを巨大ヌンチャク諸共蹴り上げる。

 ゾロは一直線にゾロの顔面に向かい、巨大ヌンチャクを叩きつけた。

 

「〝大〟…〝撃剣〟!!!」

 

 強烈な殴打が炸裂し、不安定だったオーズの体勢がさらに崩れる。

 激しい揺れに襲われる相棒の頭の上で、面白そうに戦いを見守っていたジャービルがにやりと不敵に笑った。

 

「やってくれる…」

「そこ、動くな!!!〝魔眼縛蛇(アイギス)〟!!!」

 

 そろそろ反撃するか、とオーズの頭の上から降りようとした時、頭上から無数の鋼鉄の縄が伸びる。

 蛇のようにしなるそれらは、あっという間にオーズとジャービルの周りで絡まり、互いを縛り付けてみせた。

 

「うわっ、なんかからまった‼︎」

「うぐ……‼ コノ…うっとうしいマネを!!!」

「〝百花繚乱〟『大樹(ビッグツリー)』」

 

 一纏めにされた彼らに、さらにロビンの能力が襲う。

 無数の腕を一つに合わせ、巨大な枷を生み出すと、オーズの左腕を背中側に折り曲げ固定する。

 

 そのせいで、オーズの体勢がより一層不安定になった。

 

「わっ‼ 危ねェっ‼ コケるコケる‼」

「ちょっ…揺らすな‼ 酔う酔う酔うって!!!」

 

 ぬるぬると滑る地面に右手をつき、どうにか体勢を保とうとするオーズ。ジャービルはその上で身動きが取れず、激しい揺れで目を回し出す。

 一味の攻撃はまだ終わらず、オーズとジャービルの目の前にみるみる階段が伸びていく。

 

「とくと見よ、この即興空間階段造り‼ フランキ~~~~〝空中散歩〟‼」

 

 無数の板を合わせ、即席の階段を作りながらどんどんと近付いていくフランキーとチョッパー。

 寿命の短い足場から飛び上がり、二人は一斉に拳を振りかざした。

 

「ス~~~パ~~~‼」

「「〝フラッパーゴング〟!!!!」」

 

 二人の剛拳がオーズの顎に炸裂し、衝撃が頭蓋の中で浮く脳を揺らす。

 それによってオーズは一時的に平衡感覚を失い、体をさらに傾け、足一本で奇跡的に立っているという奇妙な状態に陥る。

 

 そこへ、サンジのとどめの一撃が入る。

 

「後の支えはその足一本だな、ルフィの化け物!!!〝アンチマナーキックコース〟!!!」

 

 いくら相手がとんでもない巨体を持っていようと、不安定な体勢では抵抗など何もできない。回る駒を掬い上げるように、巨体の上下がぐるりと入れ替わった。

 

「………え⁉」

「マズ…待って待って待って!!! 外れな………!!?」

「ひっくり返れ、怪物‼」

「よし行け‼」

「〝1ダウン〟」

 

 ジャービルが慌てて拘束を外そうとしても、時すでに遅し。

 一つの塊になった二体の怪物は、ひっくり返って頭から地面に倒れ込んだのだった。

 

「うォあがっ!!!」

「ふぎゃああああああ!!!」

 

 相棒の巨体に挟まれ、悲鳴をあげるジャービル。幸か不幸か、オーズの角が隙間を作り、潰されずに済んでいる。

 それでも相棒の体が邪魔で、全く身動きが取れなくなってしまっていた。

 

「………‼ お前らコノヤロ~!!! もう起こった、ブッ飛ばしてやるっ!!!!」

「…まずは私の上からどいて貰えないかなァ…!!?」

 

 投げ飛ばされた事に驚愕し呆けていたオーズが、ひっくり返ったまま怒りをあらわにし始める。

 その下で抗議の声を漏らすが、彼には全く聞こえていないようだった。

 

「おめェら覚悟しろよ、全員ぺちゃんこにしてやる!!! 骨も残らねェと思えェ!!!」

「だから先にどいてくれないかなァ…!!?」

「ウオオオオオオ!!!」

 

 文字通り鬼の形相に変わり、大気をびりびりと震わせる咆哮をあげる。

 至近距離にいるジャービルが迷惑そうにしているが知った事ではない、自分を虚仮にした海賊達への憤怒に燃える。

 

 凄まじい圧を受け、一味が再び各々の得物を構え、そして。

 

「抜けねェっ!!! ツノが」

 

 ぐっ、と地面に手を突っ張ったオーズが、間の抜けた声を漏らす。

 ずっぽりと地面に突き刺さり、抜ける様子のない自らの角を凝視し、失態に大きく目を見開いていた。

 

「………………しまった、ツノが思いっきり地面に……!!!」

 

 その瞬間、きらーんと目の前で怪しい光が灯る。

 

 麦わらの一味全員が、不気味な笑みを浮かべながらオーズとジャービルを見つめ、目を悍ましく光らせる。

 そしてぞろぞろと、無言でオーズの方へと近付いていった。

 

「あ」

 

 オーズが声を漏らした直後。

 容赦のない暴力の嵐が、二体のゾンビ達に襲いかかった。

 

 動けない二体に無慈悲に殴打や剣撃が襲いかかるその様には。

 一方的にやられた事への報復と共に、この場にいない麦わらの青年への日頃の恨みが混じっているように見えた。

 

あ"ァあああああ~~~~~っ!!!

「あたたたたた、巻き込んでる!!! 誰に対してかは知らないけど完全に私怨混じりの攻撃に巻き込まれてるから~~っ!!!」

 

 理不尽なまでの攻撃の数々に悲鳴をあげるオーズとジャービル。

 なぜか関係ない恨みまで受けている気がして、ジャービルが制止の声をあげるが誰も耳を貸さない。只管に一味に叩きのめされ続ける。

 

「――って!!!」

 

 するとやがて、ジャービルの堪忍袋の尾が切れる。

 

 自身を拘束する鋼の縄を力尽くで引き千切り砕き、相棒の頭を両手で掴むと、強引に角を抜き放ちそのまま巨体を振り回した。

 

「いい加減にせんか~~~い!!!」

「「「おわあああああ~~!!!」」」

 

 どっかん!!

 

 オーズの全身が凶器となり、周囲一帯の何もかもを薙ぎ払う。

 まるで台風。巨大な塊が宙を舞い、暴風を巻き起こし、あらゆるものを巻き上げ吹き飛ばす。

 

 危うく暴風に呑まれ粉々にされるところだった一味は、慌てて鬼神から距離を取った。

 

「は~…やれやれ、人が大人しくしてりゃつけ上がやがってガキ共が……!!!」

 

 まるで棒でも担ぐように、オーズを肩に乗せて一息つく。やれやれと肩を竦め、盛大に悪態を吐く。

 その間、なぜかオーズも全く抵抗せず、直立の姿勢を保って大人しくしていたが、やがて恨みがましげに睨み始めた。

 

「おめー、何のためらいもなくおれを鈍器にしたな」

「…何か文句ある…?」

「アリマセン」

 

 抗議の声をあげると、途端にぎろりと鋭い目で睨みつけられ、オーズは即座に黙り込む。

 

 そして、オーズ以上に危険な力を見せつけたジャービルに、一味は戦慄と恐怖に震え上がる。

 

「あの巨体を振り回した~~~!!! なんちゅー怪力してんだお前はァ!!!」

「私じゃないんですけど!!?」

 

 危うく死にかけたウソップが目を全開にし、すぐ隣にいたエレノアに叫ぶ。

 混乱したのかなんなのか、影の元の持ち主の方に怒鳴りつけ、エレノアは慌てて手を横に振る。冤罪にもほどがあった。

 

 二人のやりとりを横目に、他の面々は悔しげに歯を食いしばり、降ろされ立ち直すオーズとジャービルを凝視していた。

 

「くそっ…‼ 片方だけでも厄介だってのに………!!! どんだけ頑丈な器見つけて来やがったんだ、あのラッキョ野郎め…」

「…中身も充分やべェと思うのはおれだけか?」

「何か言ったかコラァ…!!?」

 

 ただでさえ強い女が、異なる強靭な肉体を得た事でより恐ろしい存在へと進化した、と背筋を震わせる。

 余計な事を口にしたゾロは、即座にエレノアに睨まれ黙り込んだ。

 

「くっそ…‼ 麦わらがモリアをぶっ飛ばすまでの辛抱とはいえ……‼ 早く影を抜け、麦わら‼」

「何でそれを待たなきゃいけねェ、倒しゃいいだろ」

「同感」

 

 悪態を吐くフランキーだが、それに呆れるようにゾロとエレノアが呟く。

 必要以上にやる気に燃えている二人の声に、時間稼ぎだけを考えていたフランキーはぎょっと目を剥いて慄く。

 

「おいおい‼ おれ達ァこの化け物共が麦わらの邪魔しねェ様に、足止めしてんだろ⁉ お前らアレ倒す気なのか!!?」

「売られたケンカは買うだけの話さ………それ以上に、私、あいつ、キライ」

「アレおめェの影だよな!!?」

 

 がるるる、と獣のような唸り声を漏らすエレノアに、チョッパーが衝撃を受けた顔で目を剥く。自分同士でどれだけ争う気なのか。

 

「いやなら逃げてろ、おれもルフィを待つ気はねェぞ‼」

「恐竜が踏んでも1ミリも曲がらねェって〝硬さ〟こそが黒刀の特性と聞く…せっかく手に入れたこの〝大業物〟『秋水』の力、試すにゃあ絶好の機会だ」

 

 ゾロと同じく、サンジも足止め程度で終わるつもりはないらしく、目に闘志を燃やして前に出る。

 新たな得物を手に入れたゾロに至っては、その力を早く全力で試したいと舌舐めずりをする有様だ。

 

「―――今なら、やれる…」

 

 その時、彼らの背後でエレノアが小さく呟く。

 目の前の鬼神に痛ぶられ、この中の誰よりも負傷が大きい彼女は今、途切れそうな意識をどうにか気力で保っている状態だった。

 

 だがそれ故に……その感覚を、最も近く感じていた。

 

(あの時と似た感じだな………エネルに散々やられて、お婆ちゃんに散々酷使されて、本気でやばかった時………………こんな風に、自分の命を強く感じてた)

 

 す、と瞼を閉じ、集中する。

 自分の中に存在する一つの小さな炎を強く意識し───そこを、激しく燃え上がらせる。

 

「……〝聖杯献火(グレイルフレア)〟」

 

 どくん、と。

 自らの心臓が、激しく脈動した。


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