ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第251話〝命の火〟

「────ァァああああああああああああ!!!!」

 

 全身を震わせ、天を仰ぎ吠えるエレノア。

 ざわざわとひとりでに蠢いた髪が光を放ち、炎のように激しく輝きを放つ。

 

 同時に、小さな体全体から強烈な威圧感が迸り、その場に集まる敵味方全員にぞっと寒気を走らせた。

 

「おわ―――っ!!! エ…エ…エ…‼ エレノアが燃え出したァ~~~!!!」

 

 びくっ、と震えたチョッパーが悲鳴混じりの声をあげる。

 周りのほとんどが似たような反応を見せていたが、その中の一人……ゾロだけがエレノアの変貌にはっと目を見開いていた。

 

「ありゃあ…エレノアの先祖がやってた………」

「おい!!! お前、大丈夫なのかそれ⁉ なんか……なんかわかんねェけどやべェ予感がするぞ!!! おいエレノアァ!!!」

 

 何かがまるでわからないが、間違いなく危険な力。

 そう直感を抱いたウソップがエレノアの身を案じ、頭を抱えて叫ぶが、エレノアは振り向くこともせず、目の前の敵だけを睨み続ける。

 

「かかって来いや…!!!」

「わかった、うおお――っ!!!」

 

 オーズもただ事ではないと察したのか、間の抜けた返事を返しながら本気の拳を振りかぶり放ってくる。まるで隕石でも降ってきたような勢いだ。

 

「おい‼ エレノア避けろ――!!!」

「〝武装〟…!!!」

 

 目前にあっという間に迫る巨大な拳、当たれば間違いなく跡形もなく消し飛ぶ一撃。

 

 エレノアは慌てず、己の拳を漆黒に染める。

 いつも異常に固く、艶やかな黒に染まったそれを、真横からオーズの拳にぶち当てる。

 

「ああああああああああ!!!」

 

 ごっがん!

 

 思わず耳を塞ぎたくなるほどの轟音を立て、エレノアの裏拳が炸裂し───オーズの殴打が逸らされる。

 驚愕に目を見開くオーズの足下で、ジャービルがひゅーと口笛を吹いた。

 

「へェ…そういうのもあったんだ、私…‼」

「次はおれが相手だ…‼」

「はっ………邪魔だよ!!!」

 

 不敵に笑うジャービルを、今度はゾロが狙う。

 新たな得物・名刀『秋水』を片手に持ち、いつも通りに構えようとして……大きな違和感にかすかに動きを止める。

 

「――――改めて比べると、先代『雪走』よりずいぶん重いな………黒刀『秋水』……‼」

「よそ見してる場合かな…!!?」

「三刀流〝百八〟……‼〝煩悩鳳〟!!!」

 

 敵が見せた隙を突こうと、ジャービルが瓦礫を踏み砕くほどの勢いでゾロに接近する。

 

 だがゾロは慌てず、渾身の斬撃をジャービルに向けて飛ばす。

 放たれた三迅の斬撃は、一本に飲み込まれることで巨大な一撃へと変わり、ジャービルとその奥のオーズに向かう。

 

 両者とも凄まじい俊敏さでそれを躱したが、斬撃は残った屋敷の壁に大きな傷跡を刻みつけた。

 

「お前らやるな、チビのくせに‼ くらったらだいぶ斬れそうだ」

「凶悪な得物を持ってやがる………」

 

 流石に危機感を抱いたらしいオーズのもとに、ジャービルが跳躍しその肩に乗る。

 

 対するゾロは、『秋水』が見せた思わぬ効果に瞠目していた。

 自分が思っている以上に強力な一撃を見せつけられ、改めて名刀の凄まじさを実感していた。

 

「――だが斬り口に無駄な破壊が多すぎる。おれがまだ使いこなせてねェ証拠か…破壊力は数段増してるが…コイツも大人しい剣じゃなさそうだ」

 

 まだ自分は認められていない、そう感じつつも笑みが浮かぶ。

 乗りこなすのが厄介な怪物ほど、躾ける甲斐があるというもの───剣士は不敵に笑いながらそう心に決めた。

 

「いいモンくれたな……剣豪リューマ………‼」

「こんにゃろ踏み潰してやるーっ!!!」

 

 予想外の反撃を見せたゾロとエレノアの頭上から、オーズが地団駄を踏むように足を振り下ろしてくる。

 地面を砕き吹き飛ばすそれらを躱し、あるいは弾き、二人は後方に下がり息を整える。

 

「おい、ゾロ、エレノア、ムリすんな‼ だってお前ら万が一…‼ こいつらを倒せても戻って来んのはルフィとエレノアの影だけだ‼ ゾロとサンジの影はどこにいるかもわからねェんだぞ‼」

 

 闘志を納めずにいる二人に向けてウソップが叫ぶ。

 倒す気満々の彼らに冷静になってもらおうと、自分でもわかっているはずの情報を改めて語って聞かせた。

 

「――でもルフィがモリアを倒せば全員の影が一気に返って来るんだ‼ っ!!!死にもしねェ巨体ゾンビ達にわざわざケガさせられる事ねェ‼ ここはルフィを信じて〝足止め〟に徹しよう‼」

「充分信じちゃいるが、ルフィにも苦手なモンはあるだろ‼〝ダマシ〟だ…!!!」

 

 ゾロの反論に、全員がうっと黙り込む。

 

 一味の長でありながら、致命的なほど騙されやすく単純な彼。

 ゾロの言わんとしている状況が目に見えるようで、全員が何も言えなくなっていた。

 

「そもそも人をおちょくる様な能力者の揃ったこの島で、敵が正々堂々ルフィと対峙してくれるかどうかさえ疑問だ」

「―――確かに有り得る」

「むう…」

「そういうのに耐性ないからねェ…あいつは」

「ルフィがスカされて朝が来たら、あいつもおれもエレノアもコックも、4人共まともに戦えなくなる!!!」

 

 ぎん、と刀を構えさらにゾロは続ける。

 元より退く気はない。優先順位を見極めていた彼は、最初から最大の障害を排除する事だけを考えていた。

 

「――だったら夜明けまでに、ルフィとエレノアだけでも正常に戻しときゃあ、後は何とかなんだろ!!!」

 

 一味の最たる実力者二人が揃えばなんとでもなる。

 そう察した全員が、やや険しい表情のままオーズとジャービルに向き直った。

 

「夜明けまでもう30分もねェだろうが……これだけ霧の深い海だ。朝日の届く場所は限られてる…‼」

「とうとう朝か。〝霧〟が唯一の救いだな。夜明け前にして…正直…やっと消滅への危機感も出てきた…」

 

 晴れ間にさえ気をつければ、影を奪われた自分達が太陽光で消滅する危険はない。戦いづらくとも、それさえ気を付けていればいいのだ。

 

 そう考えていた矢先だった。

 突如、スリラーバーク全体が大きな揺れに襲われ始めたのは。

 

「うわ‼ 何だ⁉ この揺れ!!!」

 

 突然の異変に、戸惑い辺りを見渡す一味。

 彼らの視界にやがて、空が……霧の晴れた夜明け前の空が開け始めた。

 

「最悪だ……‼ 一縷の希望が深い霧だったってのに…‼」

「一体、誰の策略でこのタイミングで霧が晴れるんだ‼ これじゃ朝日はストレートに差してきちまう」

 

 ───どよめく彼らは知らない。

 目の前にいるオーズが、スリラーバークに備わった舵を無茶苦茶に切ったせいで進路が乱れ、霧の海から出てしまったのだという事実を。

 

 そして、さらに絶望的な展開が彼らに襲いかかった。

 

「キシシシシ…‼ 図らずも清々しい夜空…もう夜明けも近いか…ぐずぐずしてていいのか? 貴様ら…」

 

 聞き覚えのある、憎たらしい声がその場に響く。

 自分達を窮地に追いやった元凶、この島の支配者である男の声の出所を探し、全員が辺りを見渡し……そして、ウソップがその姿を見つける。

 

「…モ…モリア!!! モリアだ!!! 何でここに!!? ルフィは⁉」

「おい待てウソップ、モリアがどこにいるってんだよ‼」

「いるじゃねェか‼ あそこ見ろ‼ 腹だ‼ オーズの腹ん中‼」

「腹の中⁇」

 

 大きく目を見開いたウソップが、オーズの腹を指差して騒ぐ。

 つられて振り向いた一味は、確かにそこにモリアの姿を───まるで部屋のように改造されたオーズの腹の中を目撃し、ぎょっと息を呑んだ。

 

「い…いた!!!」

「じゃ、ルフィは⁉ 案の定スカされたのか…⁉」

「あるいは…‼」

「やられやしねェよ、ルフィは‼」

 

 船長が追っていたはずの事態の元凶が、小馬鹿にした顔で自分たちを位下ろしている様を前に、全員が愕然となる。

 その顔すら、目の前のモリアは実に愉しげに眺め見下ろしていた。

 

「おおー‼ コクピット⁉ 何だ、おれの腹コクピットなのか!!? すっげーイカス‼ おれロボみてェじゃん‼ テンション上がるなー!!!」

「上げるな、そんな改造されて………仮にも人体だよね、どうなってんの?」

 

 自分でも知らずにいた構造に、オーズがきらきらと目を輝かせる。

 呆れた顔のジャービルが冷や汗を垂らして呟くがまるで聞かず、興奮したまま自分の腹の中を覗き込んでいた。

 

 あらゆる視線を自身に集めながら、モリアは挑発気味に告げてみせた。

 

「キシシシ‼ さァ、お前ら。おれと戦うチャンスをやろう、おれを倒せば全ての影を解放できる。全員でかかって来い!!! ――ただし、オーズとジャービルを倒せねば、このおれは引きずり出せねェがな…!!!」

「あのヤロー汚ェぞ!!!」

「モリアを倒さなきゃオーズを浄化できねェのに、そのモリアがオーズの中に入っちまった!!!」

 

 想像だにしない困難な状況に、ウソップもフランキーもチョッパーも真っ青な顔で頭を抱える。ロビンも厳しい表情で立ち尽くすばかりだ。

 

 そんな中で、サンジとゾロが鋭い目で前に出た。やはり、退く様子はない。

 

「――かえってスッキリしたじゃねェか、標的がよ」

「やるしかねェ!!!」

 

 戦う以外に道はない。そう覚悟を決め、改めて全員が構える。

 

 そんな中で一人だけ。

 エレノアは激しい痛みによって途切れそうになる自分の意識を保つ事に、必死になっていた。

 

 ―――あったま痛ェ…ガンッガンする…‼

    この状態になったから……⁉

    だとしたら長時間の使用はマズいな……だけど…解除してるヒマなんてない………!!!

 

〝何か〟を燃やしている今の力を発動してから自身を襲う、頭痛や寒気や目眩。

 凄まじい反動を実体験しながら、自身と船長のゾンビに反撃を食らわせる隙を窺い続ける。刻一刻と、苦痛が増していくのを感じながら。

 

 ―――そもそも燃やしてるのは気力……⁉︎ 寿命…⁉︎

    後先考えずに使っちゃったからなァ…!!!

 

 倒れそうになる体で踏ん張り、エレノアは立ち続ける。

 必ず希望を仲間に繋げなければ……その気力だけでその場に立ち、命を燃やし続けていた。

 

 ―――だとしても…ここでこいつらを止めなきゃ…………全てが終わる‼

 

 起死回生の一手を見つけ出さなければ、そう考えたエレノアの鼻腔が、ある匂いを捉える。

 食材の匂い、そして、ありとあらゆる調味料の匂い。

 

「ウソップ君、ありったけの塩を集めて来て‼ 少量じゃあの巨体には効かない!!! 私達でできる限りあいつらを弱らせておくから!!!」

「よし‼ わかった‼」

 

 先ほど狙った際はジャービルに容易く防がれてしまうほど、警戒された最大の弱点だが、狙わない理由はない。

 大急ぎで厨房につながる道へ向かうウソップに、モリアがにやりと笑みを浮かべる。

 

「塩か…‼ ジャービル、厨房へ行けなくしてやれ‼ 長っ鼻ごと屋敷の通路を潰せ‼」

 

 最後の希望すら粉砕してやる、そんな意地の悪い思考で自らの配下に命令を下すモリアの命に、ジャービルは。

 

 ちっ!

 

 と盛大に舌打ちをこぼし、オーズの肩の上で頬杖をついたままそっぽを向いた。

 

「うるせェ、黙れデブ」

「よし、え~~~~~!!?」

 

 はっきりとした拒絶をくらい、一瞬呆けたモリアはぎょっと目を剥き、オーズの腹から身を乗り出して叫ぶ。やはりとんでもない衝撃だったようだ。

 

「おい!!! いい加減にしろてめェ!!! いつまでおれの命令に逆らい続ける気だ!!! お前の今の主人はおれだって言ってんだろうが!!!!」

「…………うざってェ」

「えェ〜〜〜〜〜〜〜〜!!?」

 

 抗議の声をあげると、ジャービルは心底嫌そうな顔でそうこぼす。

 自身の能力の効果をガン無視した展開に、先ほどの余裕は何処へやら、モリアはただ叫び続けるばかりとなっていた。

 

「我が〝王〟でもないくせに命令するな。不愉快だ」

「ぐぬ…‼ なんて自我の強い影だ…………麦わらはとっくにおれの制御下に落ちてるってのに、コイツだけ一向に従う素振りがねェ……面倒臭ェな!!!」

 

 ぺっ、と唾まで吐いたジャービルに、モリアは苛立ち髪を掻き毟る。

 原理やら理屈やらまるでわからないが、配下が自分の思い通りにならない事がひどく彼の神経を逆撫でしていた。

 

「何だありゃ…仲間割れか?」

「何でもいいだろ、好都合だ」

「やーい、人望なし〜」

「今のうちに………‼︎」

 

 全く主人に従わないゾンビという思わぬ展開に、一味は戸惑い、一瞬構えを解いてしまう。

 その隙にと、ウソップが小走りに通路に向けて走り出した時、項垂れたモリアが大きなため息と共に声を発した。

 

「じゃあしょうがねェ…オーズ、お前がやれ」

「はい、ご主人様」

 

 気怠げな命令の声に、オーズが動く。

 ぐわっと巨大な腕を無造作に振るい、あっという間に通路を叩き潰し、ウソップを瓦礫の中に埋めてしまった。

 

 そのあまりの速さと無慈悲さに、一味は完全に動作が遅れていた。

 

「あ"!!! しまった…!!! ウソップ───!!!」

「ウソップ君!!! この………てめェ!!!」

 

 がらがらと崩れ落ちる瓦礫を目の当たりにし、慌てる面々。

 気を抜いてしまった自らに怒りを抱き、かっと目を吊り上げたエレノアがオーズを止めんと掌を打ち合わせ地面を叩く。

 

 ばりばりと足元の瓦礫を錬成し、巨大な剣を作り上げ振りかざしたその瞬間。

 

 ごきっ!と。

 一瞬のうちに目の前に現れたジャービルが、大剣を砕きながらエレノアの腹に蹴りを食らわせていた。

 

「おゴ…!!!」

「ただしお前をやるのは………私だよ」

 

 みしっ、と音が鳴り、エレノアの体がU字に曲がる。

 ごぼっと大量の血を吐いたエレノアは、白目を剥いて宙に浮き、さらに放たれた回し蹴りによって、天高くへと吹き飛ばされていった。

 

「エ…エレノアちゃ~~ん!!!」

「エレノア〜〜〜!!!」

 

 仲間達の悲鳴をよそに、エレノアの姿が闇夜の中に消える。

 振り上げた片足を下ろしたジャービルが満足げに首を鳴らす様を、モリアは顔を引きつらせながら見下ろした。

 

「おいおい……殺してねェだろうなァ…?」

「まァ…それなりに手加減はしたよ。それなりに………」

 

 はぁ、と落胆の溜息をこぼし、ぱっぱと手足の埃を払うジャービル。

 蚊でも潰したかのような反応を見せる彼女に、一味が戦慄の視線を向け凍りつく。

 

 そんな彼らに、猛牛の天使はにこりと、悍ましい笑顔を浮かべて口を開いた。

 

「それよりあんた達………気ィ引き締めないと、死ぬよ?」

 

 そして再び、轟音と共にジャービルの巨体が飛び出す。

 そして強烈な蹴撃の嵐が、残る一味に容赦なく襲いかかった。

 

⚓️

 

 ゆっくりと、意識が浮上する。

 

 そっと身動ぎしようとして、ぴきっと痛みが走って息がつまる。

 全身の至る所を鈍痛に苛まれ、浮いていた意識が釣り針で思いっきり釣り上げられる。

 

「…………ん…んん~……?」

 

 痛む体をぎこちなく動かし、重い瞼を開こうとして。

 すぐ近くから聞こえてくる騒がしい声に、訝しげに眉をひそめる。

 

「ちょっとだけ時間をくれ‼ お前らはおれ達の希望なんだ‼ ずっと探してた‼」

「おれ達ァ『ローリング海賊団』、〝求婚〟のローラ船長の子分、リスキー兄弟だ‼ そんでお前ら、屋敷のゲッコー・モリアを倒してェんだろ⁉ なァ‼」

 

 ぎゃーぎゃーとやかましい複数の声。

 それに混じるよく知る青年の声に、渾身の力で瞼を開き振り向く。

 

「何なんだお前ら!!! おれ急いでんだって‼︎ 島は揺れるしエレノアは吹っ飛んでくるし、こんなところでグズグズしてるヒマねェんだって!!!」

「おれらモリアの能力の秘密を知ってんだ!!!」

「お前らにとんでもねェ〝力〟をやる!!! 頼む‼ あいつに勝ってくれ!!!」

 

 見れば、ぼろぼろの格好をした何十人もの男達が、麦わら帽子の青年に詰め寄り取り囲んでいる。

 それに抗議の声をあげるルフィの背中を見つめ、呆然としていたエレノアはぱちぱちと目を瞬かせた。

 

「……え、何? 何事?」

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