ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
「あら‼ あんた好きよ!!! 結婚してっ!!!」
そう、桃色の髪を三つ編みにした大柄な女海賊がルフィに乞う。
出会ってまだ数秒も経っていないというのに、真剣な眼差しで目の前の青年を求める。
「いや」
「破談だ――‼ 4千444回目の破談だ!!!」
速攻で拒否されたが、然程気にした様子はない。だが先程の熱意は明らかに本物で、ルフィは訝しげに眉間にしわを寄せる。
目を覚ましたエレノアも同じく、現れた数十人の集団に困惑の目を向けた。
「……何その不吉な数字……」
「あ、エレノア‼ 起きたのか」
「どういう状況? これ…」
「おめーがぶっ飛んできた後によォ、こいつらが出てきておれの足引っかけてきて………」
痛む頭を押さえながら問うと、ルフィも訳がわからないといった様子で答えを返す。
埒があかないと判断したエレノアは、ルフィの声に耳を傾けつつ、謎の求婚女に視線を戻し、無言で尋ねた。
「そんなわけで、こちらローラ船長。つまりおれ達ァみんな、影を取られて森をさ迷う〝被害者の会〟だ‼」
「あんたが〝麦わら〟のルフィと〝妖術師〟エレノアね?」
「あァ…さっき話しかけてきた人達の同類か」
「おれ達も影取られて急いでんだって」
手短な自己紹介で、女海賊……ローラとその一味の事情を知る。
ぼろぼろの衣服といい痩せこけた体といい、先に出会った老人のように相当苦労している事が窺え、エレノアの表情に流石に同情が滲む。
それに気付いてか、彼らは早速自分達の話を始めた。
「――とにかく‼ このスリラーバークに、今日程激震が走った事はないわ‼ モリアに使える三怪人はことごとくやられ、屋敷も既に半壊状態‼ 雇われの用心棒二人も〝妖術師〟が一人で片付けてくれた‼」
「あァ、おれ達ァおめェらが来てから興奮しきりだよ‼」
「だが敵もさるもの、遂に噂の特別ゾンビを起こしやがった‼ なーに、状況は被害者ネットワークで全て承知‼」
「おれ達、もう3年も影ナシなんだ。一生こんな暮らしなんてまっぴらだぜ。お前らがこのままモリアを倒してくれりゃ、全員の影が戻る‼」
熱意たっぷりに相手を褒めつつ、自身らの願いも混ぜて語る二人の男達。
今日この日を相当待ちわびていたのだろう、ルフィとエレノアを見つめる目は強く、決して逃すものかという気概を感じた。
「――と思ったら大変だ‼ お前ら、モリアの『現在地』知ってっか!!? 腹の中よ‼ あのバケモノの腹の中~~~っ!!!」
「ええ~⁉ 食われたのか⁉」
「そうじゃねェっ‼ 腹に乗り込んじまったんだ」
事情を全く知らないルフィの勘違いを正しつつ、そして興奮して今にも飛び出しそうな彼をなだめ、男達は自身らが知り得る情報を全て明かす。
「つまり、お前の影の入った特別ゾンビを…‼ いや、その前に〝妖術師〟さんの影の入った特別ゾンビを倒さなきゃ、モリアに手が出せなくなっちまってんだよ‼ 今、屋敷の中庭でおめェらの仲間らと戦ってる!!!」
「そこにいるのかチキショ~~~!!!」
つい先程まで、モリア自身の影に翻弄され、遠く離れたこの場所まで誘き出されたルフィは悔しげに目を吊り上げ吠える。
教えてもらわなければ、危うく島中を探し回らねばならないところだった。
「じゃ、おれホント急ぐから」
「寝てる場合じゃないなこりゃ…‼ 情報ありがと‼」
「待てっつってんでしょ!!!」
速攻で踵を返し、モリアの元へ急ごうとするルフィに合わせ、エレノアも軋む体を無理矢理立たせ立ち上がる。
それを、ローラが再び呼び止め、苛立たしげに子分達に振り返った。
「ええい‼ まどろっこしい説明は抜きよ‼ 見せてやれば早いわ‼ 私らが気付いちゃった〝影〟の秘密‼」
「ヘイ‼」
ローラの合図に合わせ、ルフィに説明をしてくれた二人組・リスキー兄弟が何処かへと走り去り、少しして戻ってくる。
彼らの手には、黒い〝何か〟が確と捕らえられていた。
「どけどけ行くぞ~~‼」
「ん⁇」
「……影!!?」
じたばたと暴れる、人間の形をしたもの……影を担いでリスキー兄弟が戻ってくる。
ルフィとエレノアが同時に困惑の声を出すと、男達は必死の形相で駆け寄ってきながら頷き答えた。
「そう! 影だ‼ ゾンビに塩を食わせて飛び出た影は」
「おれ達の手でも捕まえる事ができるんだ‼」
説明をしながら、ルフィの前へと向かってくる二人。
すると、突如ルフィの手足を別の男達が拘束する。そして開かれた体の前面に、リスキー兄弟が影を思い切り突き立てた。
「ぎゃああ何すんだ、影がささるー!!!」
「じっとしてろ‼」
「おいコラァ‼ 何勝手な事してんだあんた達‼」
「おえーやめろ、なんか意識が…」
突然の男達の奇行に、ルフィは白目を剥いて悲鳴をあげる。エレノアがすぐさま抗議するが、他の者に止められ近付けない。
そうこうしているうちに、影はずぶずぶとルフィの中へ入り込み。
どくん、と。
完全にルフィの中に同化してしまった。
「…入った」
どさっ、とルフィがその場で尻餅をつく。
呆けた顔で、しかし特に異変もない様子で目を瞬かせている。心なしか、目の周りに酷い隈が浮かんでいるように見えた。
「…どう⁉ 気はしっかり持ってる?」
「…ああ」
「………ル、ルフィ? 大丈夫なの……?」
ローラの確認の声にも、エレノアの無事を案じる声にも、呆然とした様子で答えるルフィ。
そこに、ローラが自身の背負う刀の片方を外しながら問いかけた。
「あんた、剣術使えるの?」
「…いや、おれはぜんぜん」
首を横に降るルフィに、ローラが刀を手渡す。
すると、突然ルフィの表情がすっと引き締まり、どこか慣れて見える手つきで刀を掴むと、腰を落として構え。
ズパパパパン!
……と、近くにあった木を細切れにしてみせた。
「何じゃこりゃ~~~!!?」
「え⁉ どうなってんだ⁉」
予想だにしない展開に、エレノアだけでなくルフィ本人も困惑の声をあげる。明らかに普段のルフィの動きではなかった。
混乱する二人に、子分達と一緒にぱちぱちと拍手喝采を送っていたローラが得意げに笑みを浮かべた。
「ウフフフ♡ 今、あんたの体に入れた影は、海軍の手練れ剣士の影よ!!!」
「…‼ まさか!!!」
「そう‼ そのまさか!!!」
彼らの態度で、エレノアは悟る───影のもう一つの性質を。
死体に影を入れれば、影の持ち主の能力を持ったゾンビができる。
ならば生者に影を入れたらどうなるか……影の持ち主の持つ力が、そのまま生者に加算されるのだ。
思いもよらない事実に、ルフィとエレノアはしばらく呆けてしまった。
「――いいか、だが、これをよく覚えとけ‼」
黙り込んだ彼らに、リスキー兄弟がさらに告げる。
影での強化は、約10分という時間制限付きだと。
影を入れる体の持ち主の意識が保つ限りはいくらでも入れられるが、10分を過ぎれば必ず影は体から出てしまう、そう欠点を語る。
だが、10分の間だけならば、あらゆる強者の力を宿した強力な戦士になる事ができるのだと。
彼らは自分の影を探す間に、この事実に辿り着いた。
そして、捕らえた影を託し、悪夢を終わらせてくれる者が来てくれることを信じ、今日まで生きてきた。
そして───ついにその時がやってきたのだ。
「わかったな、勝負は10分!!! おれ達が命懸けで手に入れた全ての影をお前らにやる!!!」
「うげ‼ そんなに」
「なんつー執念……って⁉ お前らって私も⁉」
ぞろぞろと、数十数百もの影を担いで被害者の会が向かってくる。
ぎょっと目を剥くルフィの横で、油断していたエレノアがはっと息を呑んで後ずさった。ぶわっと尻尾の毛が逆立つ程に。
「空の霧も晴れちまって、私らの行動できる夜の時間はあと20分程度‼ とにかく急ぐのよ‼ 気をしっかり持って‼ あんたらなら20人や30人分は耐えられる筈」
晴れ始めた空を見上げ、ローラが険しい表情で呟く。
強化の制限時間もわずか、その間に決着をつけなければ全てが終わる……と、彼女達は勝負に出る覚悟を決めていた。
「やりな!!!」
「「「「「お―――‼」」」」」
合図に従い、男達は次々に影を引っ掴んではルフィに、そしてエレノアに突き刺し、飲み込ませていく。
なおここまでの間に、ルフィとエレノアの意思は一切挟まっていなかった。
「うわーちょっと待て‼」
「誰もやるって言ってないんですけど⁉」
「「ふぎゃ―――…!!!」」
拒絶の声を上げようと、男達は止まらない。耳を貸してくれもしない。
手元にある全ての影をありったけ、ルフィとエレノアの反応が続く限り入れ続けるのだった。
───そして、彼らは生まれ出でた。
「こいつら…どれだけ気力が強いの…⁉ スッゴイわ、前例ナシ…」
「に、200人分の影が全部入った…‼」
「とんでもねェ!!! さすが希望の星‼」
目の前に立つ、二体の
がたがたと震える彼らの前で、二人は、荒々しい息を吐いて虚空を睨みつけていた。
「フー……フー……」
「グルルルルル…‼」
獣のような唸り声をこぼし、彼らは耐えていた。
己が身に宿った絶大な力が溢れ出るのを必死に堪え、そして同時に、仇敵への闘志を極限にまで高めていた。
「お…おい!!! 意識はどうだ!!? ちゃんとお前らか⁉〝麦わら〟!!!〝妖術師〟!!!」
「ああ…おれだぜ……!!!」
「力がァ…溢れて…止まらないィ……!!!」
調子を問われ、答える声にもどこが余裕がない。
まるで自分が自分でなくなったかのような心地で、体の中で渦巻く力を押さえつける。
「この子達、今どんだけ強いのかしら…」
「なんかおめェら…感じ変わったな…も少しチビだったよな」
「あァ…!!! 我慢できない…!!! 暴れたくて仕方ない!!!」
「戦いたくてウズウズすんぜ!!!」
「…これならいけるわ‼ …さァ、時間もない‼ モリアの奴に〝悪夢〟を見せてきな!!!」
怯えていたローラの目に、希望が宿る。
想定以上、自分達の機体をはるかに上回る可能性を秘めた二人を前に、少しずつ明るい未来が見え始める。
そこへ男達がえっちらおっちらと、巨大な刀を運んでくる。数人がかりで運ぶような得物も、今のルフィには丁度よかった。
「我らが希望の双星〝ナイトメア・ルフィ〟!!!〝ビースト・エレノア〟!!!」
恨み、悲しみ、怒り、嘆き続けてきた被害者達の願いを背負い。
生まれた二体の狂戦士達は、雄叫びと共に仇敵の元へ向けて飛び出していった。
「ウオオォオオォ!!!」
「ギャオオオォオ!!!」
「ちょっと待て、屋敷はそっちじゃね~~~!!!」
……願いを託した者達に、一抹の不安を抱かせながら。
「潰せ潰せ!!! どいつもこいつも踏み潰せェ!!! キシシシシ‼」
オーズの腹の中から、モリアが哄笑を上げながら命じる。
圧倒的な力を持ちつつも、中身はルフィなため賢さの足りないルフィにモリアが頭脳として加わり、その上カゲカゲの実の能力でさらなる力を得てしまったオーズは、もう誰にも止められなかった。
とある助力を受けつつ自力でアブサロムを下して逃げてきたナミも攻撃に加わったものの、もはや焼け石に水。
相対した麦わらの一味の全員が、抵抗の末に叩き潰されてしまっていた。
「はァ…もう少し楽しめるかと思ったんだけどなァ」
大暴れするオーズの肩の上で、ジャービルが嘆息する。
残る二人、他の者よりもずっと非力な男女を、オーズがモリアに命じられるまま何度も踏み潰している。
単なる弱い者虐めでしかないその光景に、鬼神がどこか切なげな顔をしていた時だった。
「おい!!! デケェの!!!」
突如響いた声に、オーズの動きが止まる。
何事か、と静止した魔人は、そしてその腹の中のモリアは声がした方を見やり、訝しげに目を細めた。
「お前は一体、何を踏み潰してるんだ? お前の足の下には誰もいねェぜ!!!」
「誰だ、お前」
いつの間にか、屋敷に空いた大穴の中に立っていた一人の男。
そしてその真上、屋根の上に降り立った一人の天使に向けて、怪物達は訝しげに眉間にしわを寄せる。
「………助かった…」
「どなたか存じませんが危ねェ所…」
彼らの手には一人ずつ、ナミとウソップが抱えられていた。
何がどうなったのかはわからないが、踏み潰される前に救い出されたのだとわかった彼らは、ほっと安堵しながら救い主の顔を見上げる。
「…あんた、誰?」
「…アイザック・エレノア」
「モンキー!!! D!!! ルフィだぜ!!!」
ジャービルの問いに、彼らは答える。
青く染まった肌に、元の何倍にもなった巨躯を有する男女───ほぼ見る影もないほど変貌した二人が、勇ましく己の名を名乗った。
「は…⁉ エ……エレノア…!!? どこがよ!!!」
エレノアの小脇に抱えられたナミが、変貌した彼女を凝視して叫ぶ。
顔は確かにエレノア、しかしその目は鋭く隈に縁取られ、別人としか思えないほど威圧感を放っていた。
「似てるっちゃ似てる気もするが…本当なのか⁉ お前らなのか⁉」
「本当におれ達だぜ‼」
「いや、その喋り方も……‼ 何があったんだよ‼」
「…あいつら、変身能力もあったのか⁉ 天族が見た目の年齢を変えられるのは聞いた事があったが…それとも……」
ナミの眼下でウソップも自分を救った男に戸惑いの声を上げていて、足場に降ろされてなお慌てふためいている。
モリアも困惑の呟きをこぼす前で、ルフィは辺りを見渡し、仲間達の無残な姿を目にする。
「みんなやられたのか…」
「ああ、おれ達以外みんなあの怪物ゾンビにやられた‼ …あっちの天族のゾンビは…何でか全然手出ししてこなかったんだが」
モリアは困惑したものの、慌てるほどではない。見た目の変化には驚いたが、オーズとジャービルを相手に敵うわけがない。
その自信が、彼に敵を、己が戦力を見誤らせた。
「ふん‼ 構わねェ、潰せ‼」
「勿論だ‼〝ゴ~ム~ゴ~ム~の~〟」
ぐんっ、とオーズが右腕をねじりながら伸ばす。
カゲカゲの実の隠された力〝影革命〟により、『実体に伴い変化する影』という常識が反転したオーズは、自由自在に変形するようになった。
擬似的に得たルフィの能力を用い、オーズはルフィを排除せんと拳を振りかぶる。
「にゃはは…‼ 第2ラウンド? 上等だ…かかって来なァ!!!」
オーズの肩からジャービルが飛び立ち、散々やられておきながら再び向かってきた自身の元の影の持ち主を狙う。
強力な一撃が迫り、慌てて逃げ出すナミとウソップの目の前で。
ルフィとエレノアは、放たれたそれぞれの一撃を片手で容易く受け止めた。
「ルフィは、おれ一人だぜ!!!」
そう、ルフィが告げた直後。
反対に振るったルフィの拳がオーズの顔面に炸裂し、圧倒的な巨体が宙に浮いた。
「何か飛んで来るぞ」
「何だありゃ」
「雨雲かなんかじゃねェか?」
「でっけェ鳥かな?」
屋敷の壁を飛び越え、頭上に現れた巨体に、ゾンビ達がざわざわと騒ぎ出す。
徐々に近づいてくるそれの正体に気付き始めると、ゾンビ達は元から青い顔をさらに青ざめさせ、やがて一つの大きな悲鳴を迸らせた。
「「「「「オーズだァ~~~~~~!!!」」」」」
ずしん、とオーズの巨体が逆さまに落下する。
その様を横目に、ジャービルの蹴撃を受け止めたエレノアが、にやりと不敵な笑みを浮かべた。
「さっきはァ…悪かったねェ……!!! フヌケた様ァ…見せちまって………!!!」
ぎりぎりとせめぎ合う両者。
徐々に双方の顔が鋭く、獰猛に変化し、びりびりと視認できるほどの圧が発生し出す。
「ようやく…互角だ…!!!」
「…ぶる、ぶるふふははははは!!!」
ジャービルの笑い方が再び変化した直後。
がんっ!
と、二人の天使の拳が真正面から激突し、衝撃波を辺りにまき散らした。
「「オオオオオオオオ!!!!」」