ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
「おいルフィ!!! 早くお前らの影を取り戻せ!!! 喜んでる場合か‼ てめェら全員消滅しちまうぞ!!!」
「影…そうだ‼ 急がにゃあ」
縮んだまま横たわっているルフィにゾロが叫び、その場の全員がはっと我に返る。空を見れば、夜はほとんど明けてしまっている。
一刻も早くこの一件を解決しなければ、全員が最期を迎える事となる。
「さァ、モリアを叩き起こして影を返して貰うのよ!!! 朝日は、もうそこまで来てる!!!」
「起こすにゃ及ばねぇ………‼」
ローラが叫んだその瞬間、ゆらりと一つの巨体が起き上がる。
ぎょっと目を剥いて振り向いた一同の目の前で、ぼろぼろのモリアが大きく息を荒げ、ルフィ達を睨みつけた。
「モリア!!!」
「……目…目を覚ましたなら丁度いいわ‼ さァ……む…麦わら達にまたブチのめされたくなかったら!!! 私達の影を全部解放しなさい‼」
「そうだ、返せコノヤロー‼」
一瞬気圧されるローラだったが、いくら七武海とはいえ、満身創痍の敵に何ができると気を持ち直し吠える。ルフィも同じくモリアに怒鳴りつける。
「キシシ…ガキのケンカじゃあるめェし…………!!! 本物の海賊には〝死〟さえ脅しにならねェ」
だが、モリアは微塵も臆していなかった。血まみれの姿のまま、より一層不気味な笑みを浮かべてローラ達を睥睨するだけ。
傷だらけのまま格の違いを見せつけられ、ローラは今度こそ黙り込む。
「…おめェら〝森の負け犬〟共が関わっていたとは…麦わらと妖術師の過剰なパワーアップの謎が解けた…!!! この、おれのカゲの能力を利用するとは………忌々しい!!!」
「……う…うっさいわよ‼ 影返しなさいよ!!!」
なおも叫ぶローラだが、モリアはもう視線を向ける事すらない。
彼の憎悪に満ちた目は、ルフィに一直線に向けられていた。
「〝麦わら〟ァ、てめェよくもおれのスリラーバークを、こうもメチャクチャにしてくれやがったな……!!!」
「お前がおれ達の航海を邪魔するからだろ!!! 日が差す前に早く影を返せ!!!」
小さくなったまま吠えるルフィ。焦りからではなく、敗北したのに負けを認めない相手への苛立ちから顔をしかめ、声を荒げている。
最初から最後までまるで恐怖を抱いていない青年に、モリアは嘲笑の声を漏らした。
「航海を続けても、てめェらの力量じゃ死ぬだけだ…〝新世界〟にゃ遠く及ばねェ…!!! なかなか筋のいい部下も揃ってる様だが、全て失う!!! なぜだかわかるか!!?」
突如、意味のわからない言葉を口にし出したモリアに、ルフィは困惑の目を向ける。
どこか、今のモリアからは狂気じみた感情が伝わってくる。今ではなく、自身の遠い過去を重ねているような、異様な様子に見えた。
「おい‼ 麦わら‼ 喋ってる時間なんてねェよ‼」
「見ろ、空を‼ こんなに明るんできた……‼ 早く影を取り返してくれっ‼」
「おれは体験から答えを出した。大きく名を馳せた有能な部下達を、なぜ、おれは失ったのか………!!!」
ローリング海賊団からの急かす声にも反応せず、モリアは語り続ける。
やがて、その場にいた全員が気づき始める……モリアの影が、ざわざわと不気味に蠢いている事に。
「仲間なんざ生きてるから失うんだ!!! 全員が初めから死んでいるゾンビならば、何も失う物はねェ!!! ゾンビなら不死身で‼ 浄化しても代えのきく無限の兵士!!!」
ずるん、とモリアの影が変形し、無数に枝分かれし伸びていく。まるで蛸や磯巾着の触手のように、モリアを中心に影が広がっていく。
慌てて飛びのく生者を無視して、影は島中へ向かっていった。
「おれは、この死者の軍団で再び海賊王の座を狙う‼ てめェらは影で、おれの部下になる事を幸せに思え!!!」
伸びた影が、島中のゾンビ達の足に張り付く。どよめく彼らについた影は、ぞぶりと彼らの中から彼らの魂たる影を抜き取る。
影を抜かれたゾンビ達は、元の死体へと還りその場に崩れ落ちていく。
―――さァ、スリラーバークの全ての影達よ……!!!
このおれの力となれ!!!
抜き取った影を吸い上げ、モリアの影が脈動する。大地から水を吸い上げる木の根のように、数多の影をモリアの中に溜め込んでいった。
〝
その瞬間、モリアの姿に異変が生じ始める。元から大きかった肉体は、風船のようにみるみる膨らむ。
異様な光景に、海賊達からどよめきの声が上がった。
「影だわ、まさか‼」
「島中の影を集めて、自分の体に取り込んでる…!!!」
慄く彼らの目の前で、モリアの姿はまだまだ膨張し続ける。二倍、三倍、いや十倍以上に巨大化し、不気味に笑い続ける。
「麦わらァ…妖術師ォ…!!! おめェらが取り込んだ影は……200体ってとこか……⁉ ならばおれは300…600…700…」
そうして、全ての影がモリアの中に入る。
その姿はもはやオーズ並みかそれ以上。もう元の形を留めぬほどに大きく、凄まじい威圧感が頭上から降り注いでくる。
王下七武海の一人ゲッコー・モリアは、怪物と成り果てていた。
「キシ、キシシシシ…!!! 1000体だ……!!!!」
「うわあァア~~~~~~~~っ!!!」
怪物を前に、ローリング海賊団の全員が一斉に震え上がる。
勝利を得て、自由を取り戻したと歓喜した直後にこの最悪の展開。もう誰にも立ち上がる気力など残ってはいなかった。
「終わった………!!! 何だよありゃあ!!!」
「もうほぼ夜は明けてんだぞ‼」
嘆いても、絶望しても、現実は変わらない。
最大の障害として命がけで立ち向かった怪物以上の怪物と相対してしまい、自ずと涙がこぼれた。
「何だよ今更…!!! そりゃねェだろォ~!!!」
「オオオオオオオ~~!!!」
絶叫する彼らの目の前で、モリアが両手を振り上げる。
巨大な塊が掲げられ、勢いよく真下に振り下ろされると、スリラーバークのど真ん中に巨大な穴が開く。
その一撃はさらに、島そのものの岩盤を叩き割ってみせた。
「うわあああああ!!!」
「島が割れたァ~~~!!!」
「マストの屋敷が傾くぞ!!!」
「逃げろ!!! 森へ逃げろ~~~‼」
「今度こそ本当に、もう終わりだァ!!!」
蜘蛛の子のように右往左往するローリング海賊団。
森を、日陰を目指し逃げ惑う彼らのもとに、海の向こうから差し始めた陽光が容赦なく襲いかかる。
「ぎゃああ‼ 消える‼ 体が消える‼ 助けてくれェ‼」
「影に入れ‼ 朝日がもれてる‼」
「影を通って森へ‼ 建物の影を出るな‼」
慌てて建物の陰に入り、日差しを防ぐも一時的なものでしかない。
崩壊した屋敷は穴だらけで、油断すればどこから陽が注いでくるかわかったものではない。
そんな最悪の状況の中、ローラは一人、瓦礫の上で仁王立ちしていた。
「ローラ船長‼ 何してんですか‼ 早く!!!」
恐怖で動けなくなったのか、と子分達が慌てて呼びかけるも、ローラは動かない。彼らに横目を向け、全く恐怖を抱いていない様子で彼女は語りかけた。
「あんた達お逃げ」
「………⁉ 何言ってんすか‼ 船長も同じでしょ」
「私は……責任者よ……この〝賭け〟のね」
真っ直ぐに見つめる先には、モリアの目と鼻の先で並び立つ麦わらの一味がいる。嗤うモリアを睨みつけ、微塵もその場から離れようとしない。
彼らのその様に、ローリング海賊団は絶句しその場に立ち尽くした。
「見てごらん、アレを。微動だにしないわ………‼ あいつらだって影取られてんのに………‼」
「まさか…‼ まだ勝てる気で…!!?」
「………あいつらがまだ勝機を捨ててないのなら私も、ここを動かない!!!」
どう考えても無謀で無意味な戦い。
なのにまだ挑むつもりなのかと、希望を抱いた一味の諦めの悪さに戦慄を抱くほかなかった。
「勝手気ままに〝希望の双星〟と期待しといて、ピンチになったらトンズラじゃあ…私らそこらの虫ケラかなんかだよ」
「しかしこの状況じゃあ…」
「あんた達は逃げな! 船長の私が残れば仁義は通せる。あんたらは……命を大事にね」
そうローラが告げた瞬間、瓦礫の隙間から差した日差しが彼女の頬を焼く。
じゅっと音を立て、ローラの顔が少しずつ消滅を始める。
「うわあ、ローラ船長!!! そこ…光がもれてる‼ 早く影へ!!!」
「いいんだよ!!! 人の肩に希望をかけるってのは、こういう事さ!!!」
消える体に相当な痛みを感じているはずなのに、ローラは仁王立ちしたまま動かない。
女海賊の維持、そしてかすかに残った希望の眼差しを背に受けながら、元の体に戻ったルフィは立ち上がり構えた。
「おい、みんな‼ もう時間がねェ‼ ちょっと無茶するからよ‼ その後の事は頼むっ!!!」
「よし、任せろ!!!」
「ブッ飛ばせェ~!!!」
「コリャ暴走に近いな…制御しきれてねェ…」
「怒りと愚かなプライドで自分をはかり損ねたようね…」
もう体力などほぼ残っていないだろうに、痛みも疲弊も押し殺し、立ち向かうルフィ。
仲間達は彼の勝利を疑わない。必ず勝ってくれるはずだと、煙を上げ始める背中に檄を飛ばす。
彼らの声を背負い、ルフィは再度モリアを睨みつけ、力強く吠える。
「悪夢を見たけりゃ勝手に見てろ!!! モリア!!! おれ達はお前に付き合う気はねェ!!!」
最後の戦いが幕を開ける合間も、日差しは無慈悲に降りかかる。
消滅する体を日差しから遠のけつつ、物陰に身をひそめるローリング海賊団は、なおも隠れようとしないローラに思わず叫ぶ。
「こっちの影へ‼ ローラ船長!!! 死ぬつもりですか⁉」
「ローラ船長‼」
「死ぬか生きるか二つに一つよ、どう転ぼうと構わないわ‼ 私は、もう…日陰には帰らない!!!」
固い覚悟で、まるで動く様子を見せないローラに言葉を失う子分達。
きっ、と目を吊り上げたリスキー兄弟は、彼女の見つめる先で不退転の覚悟を決める麦わらの一味に怒鳴りつけた。
「おい‼ おめェらどこに勝機があるってんだよ‼ 勝てるわけねェだろ‼ 敵は千人力の化け物だ!!! おめェらの影だって入っちまってんだぞ!!? 時間だってもうねェし!!!」
「見学なら黙って見てろ…!!! モリアとの勝負には、もうおれ達が勝ってる」
諦めの言葉を吐き捨てる彼に、ゾロが冷静に告げる。
その身に受けた痛みのせいか、箍が外れたモリアは自分の限界以上の力を求めた。力を取り込む事はできても、抑え込むだけで精一杯になっている。
その力を無理矢理振り回し、日の出までをやり過ごすつもりなのだと。
反射的に黙り込んだ子分達に向けて、モリアに視線を向けたままさらにエレノアが語る。
「今のあいつは…空気を限界以上に詰め込んだ風船………気力で破裂を抑えているけど、それも長くは持たない…………こっちはそこを遠慮なくぶちかまさせてもらうだけさ」
「〝ギア2〟!!!」
どるん、とルフィの全身から白煙が噴き出す。
激流のように速く血流を巡らせ、身体能力を極限まで向上させる技……今の状態でどれだけ持つか不明だが、日の出も近い今なら長引かせる必要もない。
わずか数秒が、この戦いの、自分達の運命を決める。
「おれ達の消滅が先か…‼ モリアの自滅が先か…‼」
「〝ゴムゴムの〟…‼〝JETロケット〟!!!」
蒸気を噴き上げ、ルフィがモリアの腹に向けて突撃する。
目にも留まらぬ速さで鳩尾に一撃を食らわせると、それだけでモリアの体は傾ぎ、白目を剥いて悶絶する。
「〝JETバズーカ〟!!!」
続けてもう一発、渾身の掌底を叩き込み追い詰める。
すると、モリアの口からは血反吐ではなく、無数の影が飛沫のように飛び出し解放されていく。
その様に、犠牲者達からどよめきの声が上がりだした。
「どんどん解放されてく」
「あいつの支配下にある筈の影達がなぜ…⁉」
彼らが戦いを見守っている間にも、モリアはどんどん影を吐き出させられていく。限界まで膨らませた風船に穴を開けたように、次々に影が抜けていく。
「モリアの意識が薄れて、支配力が落ちてんだ…1000体の影なんて流石のモリアにも制御しきれねェんだよ‼」
理性を失い暴走したせいで、モリアは墓穴を掘っていた。
是が非でも影を返さないために、自らもどうしようもなくなるほどに力を取り込み、勝手に手放すようになってしまったのだ。
この気を逃す手はない、とルフィがさらなる追撃を食らわせようとした時。
「〝
モリア自身の影が無数の蝙蝠へと変じ、ルフィの周囲に集まる。
あっという間にルフィを囲う漆黒の箱が出来上がり、閉じ込められたルフィにモリアの巨大な拳が叩き込まれた。
「砕けろ!!!」
ぐしゃっ、と潰される箱。マストの壁ごと叩き潰され、残骸が地面に落下する。
ぺしゃんこに潰された箱をさらに何度も踏みつけ、跡形もなくなるまで変形させ、その上ぐりぐりと踏みにじる。
「これは〝洗礼〟だ、てめェみてェな…若僧が…この海ででけェ顔するとどうなるか…‼〝七武海〟に盾つくとどうなるか!!!」
募り募った怒りをぶつけ、モリアはルフィに吠える。
普通の人間ならば、ぐちゃぐちゃの肉の破片になっているであろう残酷な攻撃に、その場にいる全員から悲鳴が上がる。
「分相応に生きろ!!! 世の中ってのァ…‼ 出る杭が叩き潰される様にできてんだ!!!」
「ルフィさん!!?」
「ルフィ――‼」
ここまでされて無事で済むのか、とルフィの身を案じる声が上がり、大勢が頭を抱えて目をそらす。
だが、モリアが一瞬足を退けた瞬間、ばりっと箱を破ってルフィが顔を出す。
「若僧だろうが出る杭だろうが…おれは…誰にも潰されねェ………!!!」
平然と立ち上がり、堂々と告げるルフィに、モリアもわずかに目を見開く。
しかしそんな動揺を見せられるわけもなく、無謀な宣言をする青年を睨みつけ憎々しげに悪態を吐き捨てる。
「潰されねェ………⁉ そう言いきる根拠の無さこそが…てめェの経験の浅さを…」
「ゴムだから」
シンプルな、精神論以前の正論がルフィから放たれ、モリアの頭にさらに血がのぼる。その反応は、これ以上ない挑発のように彼に届く。
醜く膨れ上がった彼の姿を見つめ、遠い眼差しになったエレノアが小さく吐き捨てた。
「失う事がそんなにコワイか…そりゃそうだ、誰だって恐いさ、今さら何言ってんだ」
ぎり、と拳を握りしめ、瞼を閉じる。
脳裏の浮かぶのは、先程自分の影に───自分自身に突きつけられた言葉。
自身の心に突き刺さったままの悔恨、拭い切れない黒い感情の源が、否応なく蘇ってくる。
だがそれでも、エレノアは確と目を見開き、前を見つめる。
「説教なんか余計なお世話だよ………小僧。そんなわかりきった事、この海に挑んでる連中なら誰だって身に染みて理解してんだよ」
「アァ……⁉」
「だからこそ私達はあがくのさ。誰も失わないように、遠くにいかないように……………全身全霊で、持てる全てを以て、荒波に抗い続ける」
めら、と彼女の白虎の毛並みが燃えるような光を放つ。
金色に輝く眼で敵を見据え、立ちはだかる巨大な敵に向け、闘志をあらわに吠え掛かった。
「失う恐さから逃げた臆病者が………私達の航路を塞ぐんじゃない!!!」