ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第256話〝無粋を晒すな〟

「すぐに全部吐き出させてやる………!!!」

 

 再び突撃の構えを取り、力を込めるルフィ。

 潰されても、踏みつけられても、それでもなお立ち上がるゾンビ以上の耐久性に驚きの声が上がる中、ルフィはぐっと自分の親指を噛んだ。

 

「………いくぞ、〝骨風船〟!!!」

 

 歯を立てた箇所に大量の息を吹き込み、ぼんっと一気に膨らませる。

 骨の中に吹き込んだ息を胴体に移し、巨大な球体へと変形しながら、ルフィは苦しげに歯を食いしばる。

 

「え⁉ ……おい‼ その技、重ねていいのか!!?」

「お前『2』だけでこの前どんな目に遭ったか覚えてねェのか⁉ ルフィ!!!」

「本当にムチャだルフィ~~!!! 体がブッ壊れるぞォ!!!」

 

 ただでさえ負担の大きい強化を二つ同時に使用しようとしているルフィに、仲間達から制止の声が上がる。

 だがルフィは止まる事なく、モリアの鳩尾に再度狙いをつけ、巨体を保ったまま高速で突進を繰り出す。

 

「〝ゴムゴムの巨人の(ギガント)JET砲弾(シェル)〟!!!」

 

 どっ、と一際協力で巨大な一撃を喰らい、モリアの体が大きく揺れる。

 途切れかけた意識の中、モリアは必死にそれを保ち、影を吐き出す自分の口を押さえ込む。

 

 是が非でも影は返さない、無様を晒してなお、意地で体を動かしていた。

 

「帰って来ーい!!! 私の影~~っ!!!」

 

 往生際の悪さを見せつけるモリアに向けて、顔の半分が消えかけたローラが力の限り叫ぶ。

 突然の呼びかけに、子分達から困惑の声が漏れ出た。

 

「ローラ船長‼」

「聞こえないの!!? 私の影!!!」 生まれた時からずっと一緒だったじゃないの!!! この世に一緒に生まれたんじゃない!!!」

 

 影を必死に押さえ込むモリア、その中に囚われた自分の影に向けて、ローラは必死に叫ぶ。

 かつては存在も気にも留めなかった。しかし今どれだけ大切だったかを理解した半身に、懸命に呼びかけ続ける。

 

「帰って来なさいよ!!! 3年間ずっとあんたの入ったゾンビを探してたのよ!!! 今、そこにいるんでしょ!!? 聞こえてるなら帰って来い!!!」

「ローラ船長、もう影に入ってくれ!!! 体が無くなっちまう!!!」

「……だってくやしいじゃない‼ そこにいるのに!!!」

 

 徐々に消滅が進むローラに、子分達が飛びかかり日陰に引きずり込むも、ローラは諦めきれず鳴き声をこぼす。

 その声に、子分達も唇を噛み締めずにいられず、やがてそれぞれの影に向かって叫び始める。

 

「おれの影にも…一言あるぞ………‼ ………お前っ‼ 海賊王になりてェんなら…!!! しっかり………!!! おれについて来いィ!!!」

 

 数多の呼び声が聞こえる中、膝をついていたルフィが再び構え、モリアの腹に突進を叩き込む。

 さらに意識の糸が引き伸ばされ、悶絶しながら、モリアは必死に影の解放を拒み続ける。

 

 すると突如……モリアは自分の首に何者かの手がかけられるのを感じ、はっと息を呑んだ。

 

「無粋な真似をしないでくれないかな…小童」

 

 ぎりっ、と締め付けられる感覚に目を剥き、硬直する。

 現実の世界でではない。奪った無数の影が蠢く自分の中、精神の中ともいうべき、自身でも理解しきっていない空間で、誰かに首を締め上げられていた。

 

「て…てめェは…!!?」

 

 ぎこちなく振り向き、締め付けるのが誰なのか確かめようとしたモリアは、視界にかすかに移った見覚えのある顔立ちに絶句する。

 エレノアの顔をしたその誰かは、影しかいないはずの世界でにやりと不敵な笑みを浮かべてみせる。

 

「影が…‼︎ なぜおれの支配下に堕ちていない!!? おれが主人だぞ!!!」

「元から君になど従った覚えはないよ…暴れていたのはあの子の意思さ。ずいぶん自己評価が低い子みたいだね………色々不安になるけど、ま、今後は本人次第だね」

 

 くすくすと笑う、自身とほぼ変わらない巨躯を持つ誰か。

 ようやくどこで、モリアはそれがエレノアではないことに───立派な猛牛の角の生えた、自らが蘇らせた古の天使である事に気付く。

 

「その…角……!!! まさか!!?」

「一度は逝った老兵が手を出すのも無粋かもね…………だけどまァ、私個人の感情は別問題。他の奴ならどうでもいいけど、君は少々図に乗りすぎた」

 

 ぎしっ、と首を絞める力がさらに強まり、息苦しさが増す。

 咳き込みそうになりつつ、その衝撃で影を吐き出してしまわぬよう必死に堪え、相手の腕を引き剥がそうともがく。

 

 しかし猛牛の天使は微塵も力を緩めず、ぎろりとモリアを睨みつけ鼻息荒く怒りの言葉を告げる。

 

「よくも私の〝王〟の骸を辱めてくれたな……!!! 私を守るために凍える苦痛を味わった彼を…あんな姿にしやがって―――報いを受けよ…影の支配者よ……!!!」

 

 言葉をなくすモリアの視界に、不意に一つの小さな影が映る。

 全力の一撃を叩き込み、今度こそ力尽きた麦わら帽子の青年に替わり、ゆっくりと身構える白狐の天使が。

 

「全身全霊で、詫びて貰おうか」

「や…やめ…‼」

 

 避けようと、逃げようともがくモリアだが、彼を捉える猛牛の天使がそれを許さない。より一層の力を込めて、内側から影の支配者をその場に縛り付ける。

 

「もう…一……発!!!」

 

 突如、体を硬直させ出したモリアを見上げ、エレノアが構え出す。

 翼を広げ、体勢を低くし、燃える髪の隙間から標的を見据え、残る覇気を振り絞って頭頂部に集中させる。

 

「名立たる英雄を乗せ…彼の船は、栄光を目指す…‼英雄旅船(アルゴ―)〟!!!!

 

 そして、どっ!と勢いよく前へ飛び出し、自らを砲弾へと変える。

 放たれた全力の突撃は、モリアの足元を通り過ぎ、そのまま彼の向こう側に聳え立つマストに一直線に突き刺さった。

 

「外した!!?」

「マストの中に突っ込んじまったぞ!!?」

 

 轟音とともに、マストの中に消えるエレノア。まさかの自体に、一味から困惑と驚愕の声が上がる。

 

 すると、すでにぼろぼろだったマストに亀裂が一周して刻まれ。

 次の瞬間、半ばからへし折られたマストがぐらりと傾き、そのままモリアを上から押し潰してしまった。

 

「ギャアアアアアア~~~!!!」

 

 超重量の凶器を頭上から叩き落とされ、押し潰されたモリアが絶叫する。

 その重量に、耐えて耐えて耐え続けた彼は、とうとう限界に達した。

 

「麦わらァ…妖術師ォ~~っ!!! オエ……!!! てめェら…‼」

 

 仰向けに押し潰され、横たわるモリア。

 腹に感じる強烈な圧迫感に続き、全身から口にこみ上げる嘔吐感に苛まれながら、倒れ伏す二人の海賊への呪いの言葉を残す。

 

「行ってみるがいい……‼ 本物の〝悪夢〟は『新世界』にある………!!!」

 

 そう、彼が最後に残した直後……どばっ、と大量の影が口から溢れ出す。

 噴火のように吹き出したそれらは、朝日に照らされながら、あるべき場所へと帰っていく。

 

 その一部が、スリラーバークへと戻ってくる───だが。

 

「おい‼ お前ら!!!」

「影、ちょっと……早く‼」

 

 影が真下に戻るよりも前に、容赦なく朝日が襲いかかる。

 仁王立ちしていたゾロやロビン、サンジやローリング海賊団の面々に日差しが浴びせられ、みるみるその姿が消滅していく。

 

「おいゾロォ!!!」

「ロビ~ン!!!」

「ダンジ~~~!!!」

 

 悲鳴をあげるウソップやチョッパー達の目の前で、さらさらと砂に還るようにゾロ達の上半身が消滅する。

 ウソップやとは頭を抱え、その光景を見ている事しかできなかった。

 

「体が消滅していく~~~!!! ルフィ~~~!!!」

「何でよ!!? 勝ったじゃねェか!!! おい!!! 間に合わなかったのかァ~~!!?」

「ローラ船長‼ みんな~~!!!」

 

 勝利を喜ぶどころか、休む間も与えない無情な日の出に。

 海賊達は絶望の絶叫を上げ続けていた。

 

「勝ったじゃねェかよォ~~~~!!! 畜生ォ~~っ!!!」

 

⚓️

 

 ───そして、時はさらに進んだ。

 水平線の彼方にあった光が徐々に見上げるほどの高さになる頃、天に昇っていた数多の影は、あるべき場所に帰り……。

 

 スリラーバークには、気の抜ける笑い声が響いていた。

 

「はっはっはっは…いやあ………」

 

 ウソップとナミ、チョッパーとフランキー、そしてブルックは。

 目の前で笑っている三人を見つめ、呆然と立ち尽くしていた。

 

「生きてたな、見事に」

「一瞬、天にも昇る気持ちだったわ」

「それも良いな、ロビンちゃんと一緒なら一緒に天に昇りたいぜ‼」

 

 手足を見下ろし、笑うゾロ。その隣で微笑むロビンといつも通りのサンジ。

 完全に五体満足で生きている彼らに、ウソップが思わず目を吊り上げて叫んだ。

 

「笑い事か!!! アホ共‼ 本気で死んだかと思ったわ!!! 頭スッ飛んでたんだぞおめェら!!!」

「恐いものみた……」

 

 怒鳴るウソップのすぐそばで、ナミとチョッパーがぐったりと背中を合わせてへたり込む。人が消滅する現場などという相当な恐怖を味わったのだから当然だろう

 

「あっちも無事みたいだ」

「朝日だ───‼︎」

「朝日、もう恐くねェ〜〜〜‼︎」

「影がある〜〜〜‼︎」

「暗い森の暮らしはもう終わりだ〜〜‼︎」

 

 落ち着きを取り戻したチョッパーが振り向けば、同じく五体満足のローリング海賊団が歓声をあげて陽の下を走り回っている。

 

 誰一人、消滅した者はいなかった。

 

「朝日を受けて〝存在〟が消えかけたけど、間一髪影が戻る事で実体は再生した…」

「モリアが影を変化させて実体の形を変えたのと同じ理屈だろう」

 

 そんな小難しい因果の特性のおかげで助かったのだろうと、ロビンとサンジが考察する。

 詳しい真実は理解しきれないが、検証など二度とごめんだった。

 

「安心しろ、もう一生影が体から離れるなんて面白ェ事件は起きねェよ」

「とにかく誰も消えずに済んでよかった」

「あ~…どっと疲れと眠気が襲って来たぜ。コーラねェのか……」

 

 全員が疲れ切った表情で倒れ込み、ため息をこぼす。

 武器も気力も、何もかもを使い切って手にした勝利だが、残ったのはただただ辛い疲労だけだった。

 

「この島に入ってからの奇妙な生物や出来事は、全てモリアの見せた〝幻夢(まやかし)〟。あいつが倒れた今、この島には何も残っちゃいねェ…‼」

 

 まるで、今の今まで幻覚を相手に戦っていたような気分で、全員が気怠さに襲われ声も上がらない。

 やっと休める、とゾロが愛刀達を担ぎながら悪態をこぼした。

 

「悪ィ夢から覚めた朝みてェに、みんな消えちまった…全くタチの悪ィオバケ屋敷だった…‼」

 

 

 

 無事に安堵し、勝利に酔う二つの海賊団から離れた場所で。

 こそこそと動くある人影があった。

 

「起きろ‼ アブサロム、そんなヤワな改造した覚えはねェぞ‼」

 

 ごん、と頭部を叩かれて、アブサロムの意識は一気に浮上する。

 何事か、と痛む身体に叱咤して起き上がれば、自身を見下ろすホグバックと鎧用心棒達の残骸が目に映る。

 

「………⁉ ホグバック………‼ それに…No.66に48………‼︎ おいら一体…どうなったんだ⁉」

 

 記憶を辿ろうとしたアブサロムは、やがてすぐ目の前に横たわる疣猪の死体に気付き、びくっと身を震わせて後ずさった。

 

「う…うわっ‼ ローラ‼」

「騒ぐな! もう影は抜けてる。お前がどうなったかなんて知らねェよ、誰かに敗けたんだろ⁉ みっともねェ」

 

 呆れて声を荒げるホグバックに、ほっと安堵の息をつくアブサロム。

 彼らの足元で、三つの兜がかたかたと揺れて嘆きの声をこぼした。

 

「チックショーあいつらァ‼︎ 好き勝手やってくれやがって‼︎ どうすりゃいいんだよこの状態…………包丁すら握れやしねェ」

「かといって、研究所に戻ったところでな…実験動物に戻るのがオチだ」

 

 騒ぐバリーの隣で、はぁ、と溜息の声をこぼすNo.48の兄。

 身動きもまともに取れなくなった彼らを見下ろしていたホグバックが、不意にふんと鼻を鳴らしてみせる。

 

「そのくらいおれが何とかしてやらァ」

「あ⁉︎ 錬金術は流石に専門外だろ‼︎」

「何言ってやがるおれは天才医師だぞ?」

「その天才医師の最高傑作も、モリア諸共やられちまったけどな」

 

 自信満々に胸を張るホグバックに、やや疑わしげな視線を向けながらNo.48の弟が呟く。

 その言葉に、今の今まで気絶していたアブサロムはぎょっと目を剥いた。

 

「モリア様が麦わらにやられた!!?」

「声がでけェっ!!! しィ――――っ!!!! 静かにしろォ!!! 声がでけェよバカ~~!!!」

「おめェが一番でけェよ!!!」

 

 しー、しーと口に指を当てて最も騒がしくするホグバックに、鎧達が一斉に飛び上がって後頭部にぶつかる。

 たんこぶを作ったホグバックは、悔しげに顔を歪め歯を食い縛る。

 

「スリラーバークはもう使い物にならねェが…おれァこのまま一生を敗者で終える気はねェぜ‼ おめェら、どうしたい?」

「………⁉ どうって………‼」

 

 ホグバックの呼びかけに、一瞬悩むアブサロム。

 何を望むのか、どうしたいのか。その答えを探す彼の足元で、バリーがぼそりと呟いた。

 

「とりあえずまともに動けるようになりてェ」

「そういう事じゃねェよ!!!」

 

 

 

「ルフィの奴、さっき縮んでなかったか?」

 

 瓦礫の上で仰向けに横たわり、静かに眠り続けるルフィを見下ろしてゾロが呟く。その隣には、崩壊したマストの残骸から引っ張り出されたエレノアも眠りについていた。

 

「〝巨人〟のギアを使うと使った時間、反動で縮むんだって…」

「エレノアも髪、燃えてたろ」

「前にエレノアの先祖が使ってたが…一時的なパワーアップの代わりにえらく疲弊するみたいだな」

 

 激しい戦いの結果、意識を失った二人を囲み、一味は険しい顔になる。

 中でもウソップはは沈痛な表情で、一際傷だらけになった彼らを見つめ項垂れる。

 

「こいつらの新しい戦闘法、体に負担をかけすぎじゃねェか? この先の敵がもっと強力になるとしたらこいつら、ずっと無茶を続ける事になるぞ…おれは心配だ………」

 

 彼の呟きに、誰も何も言えなくなる。

 勝利の余韻にも、全員の無事に安堵する暇もなく、重苦しい雰囲気が漂い始めた時だった。

 

「もし‼」

 

 突如そこに、聞き覚えのある声が響く。

 振り向けばそこには、死人と見間違うほどに傷だらけで顔色の悪い老人が立っていた。

 

「‼ うおー‼ ゾンビ‼ まだ影の出てねェ奴がいたのか⁉」

「いや、大ケガした年寄りじゃ」

「紛らわしいな‼ もうゾンビでいいだろ‼」

 

 つい数時間前にも同じやり取りをした事を思い出し、冷静さを取り戻す一味。見覚えのある顔に、ゾロがわずかに目を瞠った。

 

「墓場で会ったおっさんじゃねェか…‼」

「信じられん…太陽の下をまた、こうして歩ける日が来るとは…」

 

 老人はぶるぶると身を震わせ、その場に崩れ落ちる。項垂れる彼の足下には確かに影があり、その上に彼のこぼした涙が幾滴もこぼれ落ちていく。

 

「ありがとう……どう礼をすればよいか…‼」

 

 老人の心からの感謝の声に、はしゃいでいたローラ達もようやく我に返り、慌ててルフィ達の前に集まってくる。

 そして全員で一斉に、深々と頭を下げた。

 

「あんた達…‼ 礼が遅れたわね‼」

「おれ達も心底感謝してるぜ!!! 色々と妙なチョッカイ出してすまなかったな‼」

「おめェらの暴れっぷりを見て、賭けるならこいつらだと勝手に希望をかけたんだ‼」

「ありがとう、あんた達!!! スリラーバーク被害者の会一同……‼ この恩は決して忘れないわ!!!」

 

 瓦礫の上に膝をつき、がばっと額をぶつけるような勢いで礼をする。

 海賊達だけではない。老人を筆頭とした島中に潜んでいた被害者達がぞろぞろと姿を現し、首を垂れた。

 

「お礼に私を嫁にあげる!!!」

「「「「「いらん」」」」」

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