ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
どこか必死な響きを持ったローラの申し出を即座に断り、一味は呆れ顔で頭をかく。礼を言われても、ただただ面倒臭いといった雰囲気だ。
「………礼を言われてもな。ルフィが言ったよな、おっさん。おれ達はこっちの都合で戦っただけで…お前らついでに助かっただけだ」
なおも求婚を続けるローラを適当にあしらいつつ、ゾロがどうしたものかというように溜息をつく。
拒み続けようとした彼に、なぜか突如ナミの張り手が襲いかかった。
「何言ってんのよーっ!!! せっかくお礼をしたいって人々に―――っ‼」
「おう、そうだぜ兄ちゃん、何かさせてくれ~~‼」
「ついでだろうが何だろうが、モリアに勝てた事に感謝してんだ」
「でしょー⁉」
「お前」
感謝の気持ちを利用し、思い切り得をしようと目論むナミに、ウソップは思わず頬をひきつらせる。
だが、目をBの形にして喜んでいたナミは。
やがて不意に、その顔から血の気を引かせ、ひゅっと息を呑んだ。
「…そうだ私……‼ …大変な事忘れてた………!!!」
「何だ」
「どうしたの?」
「それが‼ 大変なの………‼」
様子の変わったナミに、訝しげな視線が集まる。
連戦の後、そして命を落とさずに済んだ安堵から忘却してしまっていたある事を思い出し、慌ててそれを伝えようとして。
その場に、その声が響き渡った。
『成程な――悪い予感が的中したというわけか』
「―――そのようで………‼」
『やっとクロコダイルの後任が決まった所だというのに、また一つ〝七武海〟に穴を空けるのはマズい』
は、と聞いた事のない声が耳に届き、ぎょっと目を剥く被害者達。
すぐさま声が聞こえた方へ振り向けば───瓦礫の山の上でくつろぎ、電伝虫を片手に誰かと話す大男の姿が目に映る。
「落ちついて聞いてよ………!!? モリア達との戦いの最中で…言いそびれたんだけど、この島には…もう一人…‼ いたの……!!!」
困惑する一同のそばで真っ青な顔になりながら、ナミが告げる。
あまりにも絶望的な事実を。
「〝七武海〟が……!!!」
ひゅっ、とその場から音が消える。
高揚していた気分が一気に凍りつき、血の気が引いていくのを感じながら、一味は再度、目の前の大男を凝視した。
『――まだかすかにでも息はあるのか?』
「さァ…」
「生きてさえいれば…回復を待ちひとまず〝七武海〟の続投を願いたい所。措置についてはその後だ――そう次々落ちて貰っては〝七武海〟の名が威厳を失う。この情報は世間に流すべきではない、全く困った奴らだ』
無表情で誰かと話す、サングラスと熊耳のついた帽子を被った大男。
通話の相手は呆れた様子を滲ませながら、溜息混じりに悪態をこぼしていた。
「………そうだわ、モリアにも劣らないあの巨体。〝暴君〟と呼ばれてたあの海賊…バーソロミュー・くま!!!」
「あいつが⁉〝暴君〟くま!!?」
『私の言っている意味はわかるな? モリアの敗北に目撃者がいてはならない』
絶句する一同の前で、大男───くまが通話相手からの指示を待つ。
通話の相手……おそらく政府の中でも相当高位の立場にある人物が、一切の慈悲なき冷酷な命令をくまに下す。
『世界政府より特命を下す…‼ 麦わらの一味を含む、その島に残る者達全員を抹殺せよ…』
「………た易い」
『では、報告を待っている…』
通話が切れ、黙り込む電伝虫。
それを懐にしまい込み、おもむろに立ち上がるくまを前に、海賊達はどよどよと騒めき目を見合わせた。
「え⁉ 今、なんか聞こえたぞ……!!?」
「ま…抹殺って、今……‼」
告げられた死刑宣告を受け止めきれず、呆然と立ち尽くすローリング海賊団。
脳の理解が少しずつ追いつき始めると共に、彼らの表情はさらに強張り、がたがたと震えが大きくなっていく。
「…そんな、〝七武海〟と連戦なんて…‼」
「お前ら下がってろ…おれがやる‼」
「気をつけて‼ なにかの能力者よ」
絶望するウソップを押しのけ、ゾロが前に出る。体は悲鳴を上げているが、それに構っている暇など微塵もない。
迫る危機に、ナミが自分が見たできる限りの情報を叫んで仲間達に伝える。
場が騒がしくなり始めたその時、ぱっ、と不意にくまの姿が消え失せる。
そして気付いた時には、一同の真後ろに彼の巨体は現れていた。
「うわっ…出たァ!!!」
「でけェっ!!!」
「いつの間に!!?」
瞬く間に距離を詰めた、謎しかもたらさない相手に振り向き、ずざざざっと反対方向に後ずさる海賊達。
明確に感じる危機感に、誰もが絶望し、しかし諦めきれず武器に手がかかる。
「くそっ‼ やっと自由になれるのに‼ こんな所で死んでたまるかァ!!! やっちまえェ!!!」
「やめなお前達!!! 相手が悪すぎる!!!」
無謀は承知で、挑みかかる子分達をローラが必死に止める。
しかし、くまが虚空に向けて手を振るった瞬間、何かが放たれ、縦一列に並んだ子分達がまとめて吹き飛ばされる。
触れてもいない者まで血反吐を吐いて倒れ、犠牲者の体には奇妙な痕が刻まれていた。
凍りつく海賊達の前で、再び一瞬で移動したくまがゾロの背後に立ち、不気味に見下ろし口を開いた。
「〝海賊狩り〟のゾロ、お前から始めようか……」
ゾロは即座に距離を取り、刀の柄を掴む。いつでも抜刀できるようにするも、まるで隙を感じられない相手に冷や汗が伝う。
「ひどい仕打ちじゃないの。何年も暗い森でモリアの支配に耐えたっていうのに、喜びも束の間…七武海がもう一人現れて、私らを全員殺すって⁉」
何も感じさせない視線でゾロを見下ろす巨漢に、ローラがたまらず叫ぶ。
救われた、と思った直後のこの展開。誰であっても同じ感想を抱くに違いなく、子分達からも無意味とわかっていながら抗議の声が上がる。
「汚ェぞ畜生ォ!!! 今、麦わら達がどれ程の戦いを終えた後か知らねェわけじゃあるめェ!!!」
「分が悪くても元気の余ってるおれ達が相手だ‼ 七武海が何だってんだ‼」
「お前なんてさっきのオーズやモリアに比べりゃデカくもねェや!!!」
「いいから下がってろ、お前ら!!! ご指名はおれだ‼ 聞こえなかったのか……⁉」
圧倒的に不利な状況にあると理解しつつ、ゾロは背中越しに男達に制止の声を放つ。逃げる気は端からさらさらなかった。
「ケンカは買った…加勢はいらねェ。恥かかせんじゃねェよ…………‼」
油断なく、激痛の走る体を酷使しくまの前に立ちはだかるゾロ。
くまはやはり何の感情も悟らせぬ無表情のまま、ローリング海賊団には一切の注意を向けず、麦わらの一味を順に見やる。
「なかなか評判が高いぞ、お前達。〝麦わら〟のルフィの船には、腕の立つ――できた子分が数人いるとな」
その言葉を聞き、ゾロ以外の意識のある一味の面々がいやいやと照れ出す。
場の緊張感が一瞬にして吹っ飛んでいた。思わずローラも恐怖を忘れて目を吊り上げる。
「一人残らず照れとる場合かァ!!!」
「色々と騒ぎを起こしているんだ。知らず知らず名が揚がるのは……何も船長だけではない」
ゆらり、と動くくま。その姿にはっと我に返る一味。
彼らを背に庇うように、立ち塞がったゾロは左右に回した二刀の柄を掴み、腰を落として身構える。
「おい、ゾロ待てって、無茶だろ絶対‼ 骨のズイまでボロボロじゃねェかよお前っ!!!」
「災難ってモンはたたみかけるのが世の常だ、言い訳したらどなたか助けてくれんのか? 死んだらおれはただ、そこまでの男……!!!」
ウソップの制止を拒絶し、ゾロは飛び出し居合を放つ。
ずばっ、と強烈な斬撃が放たれるが、斬ったのは瓦礫だけでくまはまた一瞬で姿を消す。
目を瞠るゾロの背後に巨体が現れ、ゾロに向けて片手が振り上げられる。
そのまま一撃が決まる、と思われた直後、掲げられたくまの手に突然、鋼鉄の蹴りが放たれる。
「お……らァアア!!!」
轟音を伴い、エレノアの蹴りがくまの攻撃を外させる。放たれた何かは、ゾロのすぐ前を通り過ぎ瓦礫に奇妙な穴を開けた。
「てめェ…!!! 手ェ出すなっつったろが!!!」
「言ってる……場合か!!!」
自分以上にぼろぼろのはずの天使に間一髪救われ、悔しさと情けなさからゾロはエレノアを睨みつけ吠える。
それに構わず、エレノアはくまにさらなる蹴撃を放とうとし、しかし相手の掌が目前に迫り慌てて飛びのく。
ぼっ、と飛んでくる何かを躱し、転がると、エレノアとゾロはその場で大きく息を荒げた。
「見ろ‼ 何もしてねェのに息が上がってる…‼」
「何なの⁉ あいつの能力って‼ ガレキについた〝マーク〟なに⁉」
戦場に刻まれた戦いの痕。その奇妙な形にナミが困惑の声をあげる。
大きな丸が一つと小さな四つの丸でできた、獣の肉球のような痕。
それと同じ形をした皮膚の塊が、くまの掌に存在しているのが見えた。
「見ろ! あの掌!!!」
「んに…肉球!!?」
「何で人間の掌に⁉」
困惑の声が上がる中、ゾロがくまに斬撃を飛ばす。
くまは微塵も慌てず、放たれた斬撃に自分の掌の中の肉球を当てる。すると、ぷにっと柔らかい音を立てて斬撃があらぬ方向へと弾かれてしまった。
「危ない!!!」
「うわあああああっ‼」
弾かれた斬撃が海賊達の方へ向いてしまい、慌てて全員で逃げて身を守る。
切り裂かれ吹き飛ぶ瓦礫の雨に頭を抱えながら、一味は敵の能力の凄まじさに戦慄し唖然となる。
「ゾロの斬撃を手で弾いた‼ そんな事できるのか⁉」
「―――それがてめェの能力か!」
全く全容が把握できなかった、新たな七武海の能力。
その一端を目の当たりにし、しかし微塵も安堵できず強張った声でゾロが唸る。
「あらゆるものを弾き飛ばす能力…‼ おれは〝ニキュニキュの実〟の…〝肉球人間〟…!!!」
ばん、と露わにされたくまの両掌。
それぞれに人間の掌にあった肉球ができており、強さとは無縁の印象を抱かせる。
「に………!!! 肉球人間!!?」
「何だ、その和やかさ!!! 悪魔の実に〝癒し系〟ってあんのか⁉」
どよめく海賊達は、信じられない気持ちでその肉球を見つめる。
現実逃避なのか、ロビンは驚愕と緊張の中で、可愛い猫の肉球をふと思い浮かべていた。顔には一切出さぬまま。
「……‼ 七武海だか慈悲深いだか知らねェが…コイツ、もしかして大した事ねェんじゃねェ…」
「大した事ない奴が七武海やってるわけないでしょ!!!」
見た目の可愛らしさから、思わずそう呟いてしまうフランキーにエレノアが振り向かずに叫ぶ。明らかに油断している彼に注意を促す。
すると今度はフランキーに何かが放たれ、彼は声もなく倒れ込んだ。
「オォ…‼」
「フランキ―――!!!」
「〝鉄人〟フランキー、お前の強度はその程度か?」
肉体の強度に自信を持ち、時に仲間の盾となってきた男が一撃で地に伏せた。その事実に仲間達は絶句し震え上がる。
怯えた視線を浴びながら、くまはその場でずしずしと相撲のような四股を踏み始める。
「まったなしだ………〝つっぱり圧力砲〟!!!」
無数に放たれる掌底の数々。
一つ一つが十分に意識を刈り取れる威力を持つそれらを、ゾロとエレノアは必死に受け流す。
「〝刀狼流し〟!!!」
「〝
剣術で、風を錬成し体表で流し、どうにか直撃を避ける。
しかし身を翻し距離を取る頃には、二人とも脂汗まみれで荒い息を繰り返していた。
「コノ……!!!」
「うギ…!!!」
「ダメだ、もうあいつら無理だって」
「これだけ戦えただけでもう奇跡だ‼」
「あのバカでけェオーズと鬼神に死ぬ程の攻撃くらってんだぞ!!!」
あまりにも無謀な戦いに、周囲から制止の声が上がる。
だが、一旦抜いた刃を鞘に収められるわけもなく、二人は歯を食いしばりながら敵を睨もうとし……その視界から再び、くまが消え失せる。
「ゾロ、後ろだ逃げろォ!!!」
背後に感じる気配と、ウソップの叫び声。
目を見開いたゾロが振り向くよりも前に、くまの肉球が触れようとしたその時。
「そこまでだ‼〝粗砕〟!!!」
がん、と渾身の黒い蹴撃がくまの顔面に炸裂し、轟音が鳴り響く。
それによってくまの動きも一時的に停止し、その隙にゾロが跳びのき、ついでにサンジを睨みつける。
「うおー!!! サンジ―――!!!」
「肉球でハジかれてねェぞ!!? 頭蓋骨なんかバキバキだコノヤロー!!!」
「だから余計だっての…………‼︎」
もろに決まった一撃に、喝采をあげる仲間達を横目に、嫌いな相手に窮地を救われ不機嫌になったゾロがぼやく。
だが、そんな彼らの前で、サンジは苦痛の声をあげてその場に倒れ込んだ。
「おああああああ……!!!」
「〝黒足〟の…サンジ…お前がそうか…」
倒れたサンジの上で、傷ひとつないくまが呟く。
確かに強烈な一撃が入ったはずなのに、相手は歯の一本も折れてはいなかった。
「サンジの蹴りでビクともしねェ!!! どういうこった、コリャ…」
「……⁉ 何だ⁉ こいつの固さ…!!! 顔は鋼造りか!!?」
「ひ…ひ…!!!〝火の鳥星〟!!!」
激戦の後とはいえ、一味の強者達がまるで歯が立たない強敵に、焦ったウソップが炎の弾丸を放つ。
鳥の形を作った炎弾はくまが無造作に上げた手で簡単に弾かれ、逆にウソップ達に襲いかかった。
「………〝狙撃の王様〟…大それた通り名だ…………」
「うわああああ~~~~っ!!!」
「きゃあ‼」
「…やはりこれだけ弱りきったお前達を消した所で、何の面白みもない…」
つまらなそうに呟く暴君。
そこに、ぎりっと歯を軋ませたエレノアが天高く跳躍し踵を振り上げる。
「野郎!!! ナメんな!!!」
漆黒に染まった片脚を、くまの脳天に向けて振り下ろそうとして。
ぷにっ、と横から弾かれ勢いを殺され、エレノアは空中で大きく体勢を崩された。
「それは流石に…効くな。だが、わざわざ受けてやる理由もない」
上下が反転したエレノアの腹に、くまの手が軽く当たる。
ぷにっと肉球が触れた瞬間、凄まじい衝撃がエレノアに襲いかかり、小さな体が一瞬で瓦礫の山に消える。
エレノアはそれ以降、ぴくりとも動かなくなってしまった。
「政府の特命はお前達の完全抹殺だが…」
沈黙したエレノアを横目に、くまは徐に空中に……大気そのものに両掌を当て、押し固めていく。
少しずつ、少しずつ半透明な塊が肉球の形に集まり、やがて目に見えるほどに濃くなっていく。
作られたのは、爆弾……大気の気圧を極限まで高めた、強力な爆弾を片手に、くまは一味にある提案をする。
「お前達の命は…助けてやろう」
「⁉」
「その代わり、〝麦わら〟のルフィの首一つ、おれに差し出せ」
その申し出に、ぴりっとその場の空気が凍りつく。
明らかに不利な状況、圧倒的な力の差、それらを脱する唯一の方法として……彼は、誇りを捨てる事を求めた。
「その首さえあれば、政府も文句はあるまい」
「…仲間を売れってのか…」
険しい表情で黙り込む一味に、くまは爆弾を手に妥協案を提示する。
思い沈黙の中、くまは回答を求めた。
「さァ…そいつをこっちへ」
差し出された手。悪魔のように人の心を試す提案。
その問いに、麦わらの一味は、ローリング海賊団は、島中の被害者達は───全く同じ答えを返した。
「「「「「「「「「「断る!!!!」」」」」」」」」」
「残念だ、〝
くまがため息交じりに呟いた直後。
とてつもない衝撃波が、島中のあらゆるものを粉微塵に吹き飛ばした。