ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第258話〝なにもなかった〟

 爆発の余韻が響き渡る、スリラーバーク。

 果敢に立ち向かった海賊達の声は、もうそこから途切れて聞こえない。

 

 大規模な破壊をもたらしたくまは何故か、手ぶらで島を後にしようとしていた。

 

「いい仲間を持ってる。流石は…あんたの子供だな…………ドラゴン」

 

 虚空に向けて話しかけながら、くまは現れた時と同じように、唐突のその場から姿を消したのだった。

 

 

 

「おーい…生きてるか―――‼ みんなァ‼」

 

 がらがらと瓦礫をかき分け、麦わらの一味とローリング海賊団が一緒に仲間の安否を確かめる。

 全員ぼろぼろだが、今の所誰も死者は出ていないようで一安心していた。

 

「あの攻撃で私ら全員死んだと思って…帰ったのねあのクマ男‼ ザマーみろ」

 

 姿の見えないくまと、全員の無事という事実から、そんな都合のいい納得をしてほっと安堵の息をつくローラ。

 

 彼女のすぐ横で、麦わらの一味全員が。

 船長を凝視して驚愕で大きく目を見開き、あんぐりと口を開けていた。

 

「オイオイウソだろおめェ、どうなってんだ!!?」

「ええ~~⁉」

 

 仲間達の前で、ルフィがけらけら笑いながら飛び跳ねている。

 一味の誰よりも傷だらけで、疲労がたまりきっていたはずの男が平然としていて、何事かと誰もが目を見張る。

 

「ほら見ろ‼ 体が軽いんだよ、何でだ?」

「ウソつけ‼ そんなわけねェだろ‼」

「ダメージが一周して逆にハイになったのかしら…」

 

 訝しむ一味だが、本人がやせ我慢をしているようには見えない。

 本人も不思議がっていたが、ふと傍らで眠ったままの天使を見やり、やや心配そうな表情を浮かべる。

 

「エレノアは?」

「気を失ったままよ…だからこそ余計に変よ、あんた。変!!!」

「おい、流石に失礼だぞ」

 

 最早心配する気にもなれず、ただの悪口を口にするナミにルフィは思わず抗議する。自分で何かをしたわけでもないのに、と理不尽な罵倒に顔がゆがむ。

 

「………何もかも無事なわけねェ。……ハア、あの野郎どこだ? ………まさか……‼」

 

 一人、爆発の後に辛うじて意識を保っていたサンジは、同じくまだ動けていたゾロの姿が見えない事に気付き辺りを見渡す。

 歩き出し、彼の姿を探しながら、数時間前の事を思い出す。

 

 ルフィの首を獲ろうとしたくまに一撃を食らわせ、それでも倒れない強敵に覚悟を決め、身代わりになると申し出た剣士。

 それを止めようとしたサンジは彼に気絶させられ、その後の事は何も知らない。

 

 まさか、と嫌な予感を覚えた彼はやがて、離れた森の中で一人たたずむゾロの姿を見つけ、ほっと安堵する。

 

「いた…!!! おどかしやがって………‼ オイ‼ あの七武海どこに……‼」

 

 憎たらしい男の元へ歩み寄ったサンジは───ようやくそれに気付く。

 

 夥しい量の血の海の中心に立つ。

 さらなる数えきれない数の傷を負った、ゾロの壮絶な姿に。

 

「……何、この血の量は………!!!! オイ…おめェ…生きてんのか⁉ アイツはどこだ!!! ここで何があった…………!!?」

 

 慌てて駆け寄り、問い質す。命は取られていないようだが、身代わりを買って出た以上ただで済むはずがない。

 

 混乱するコックに向けて。

 ゾロは雄々しく仁王立ちしたまま、掠れた声で告げた。

 

「……なにも!!! な"かった…!!!!」

 

⚓️

 

「よし、閉めろ……‼」

 

 ホグバックの合図で、スリラーバークを囲う門が閉められる。

 だが門の外には何も見当たらない。潜めた人の声だけが響き、そしてざぶざぶと波をかき分ける音だけが聞こえてくる。

 

「いいのか? ペローナの奴…‼」

「探したっていねェんだからしょうがあるめェ。ハァー…よし‼ もういいぞ、透明解除だ‼」

 

 ひそひそと会話する声の後、すーっと徐々に何もなかったはずの空間に、一隻の蝙蝠の船首の海賊船が現れる。

 アブサロムの能力で透明になっていた船が、島の外へと抜け出したのだ。

 

「脱出成功、フォスフォス………‼」

「……あー、最後までキモを冷やしたぜ。キモなんてもうねェけど」

 

 甲板の上で、ホグバックが汗を拭う仕草をする。その横では鎧を元通りに修復されたバリーが胸のあたりに手を当てている。

 想定外に危険な客人達から逃げ延びたモリアの配下達は、窮地を脱した事でほっと胸を撫で下ろしていた。

 

「とりあえずどこ行くよ。あてはあんのか?」

「まァ任せろ! まずはあいつらから離れることが先決だ」

 

 甲板に横たわるモリアを横目に、ホグバックが船を操作する。これ以上痛い目に遭うのは御免だ。

 遠ざかるスリラーバークを眺めていたNo.48がふと、思い出したように振り向き声を発した。

 

「…なぜスリラーバークに〝暴君〟くまがいたんだ?」

「それよ、スライサー兄弟………‼ 実はゾンビたちが消滅する前に、モリア様の使いゾンビ、ギョロ・ニン・バオの3人に話を聞いた」

 

 人生でもそうそうあるまい、二人の七武海が同じ場所に集うという事態。

 その理由について尋ねると、ホグバックがやや興奮した様子で振り向き答えた。

 

「くまは元七武海クロコダイルの後任人物の名を伝えに来たってんだ…………大事なのはそこじゃねェ」

「あん?」

「後釜は黒ひげって男になるんだが、コイツのやらかした事は実にえげつねェ‼」

 

 訝しむ獣面男と生きた鎧達に、ホグバックは懐から取り出した新聞を渡す。

 受け取り、何が書かれているのかと一面に目を通したアブサロム達は、さらに訝しげに眉を顰めた。

 

「白ひげ海賊団2番隊隊長〝火拳〟のエース、大監獄『インペルダウン』へ幽閉…!!?」

 

 ───導火線には、すでに火がついている。

    刻一刻と、悪夢は彼女の知らないところで無慈悲に迫っていた。

 

 

「あのまま中庭で結局、みんな丸一日寝ちまったな」

「――そりゃあ寝ずに夜通し戦ってたわけだしよ」

「腹減ったぞサンジ~~~~~~!!!」

「チーズでもかじってろ」

「チーズじゃダメだ‼ おれはチーズじゃ動かねェ‼」

「あとでたらふく食べられるんだから、ちゃっちゃと運びなさい!」

 

 まだまだ抜けない疲労に知らないふりをし、荷物を運び出す。

 騒ぐルフィを叱りつけながら、いつの何か積み込まれていた食料の山を屋敷へ向けて運んでいく。

 

「被害者の会の連中、あそこを離れたがらねェだろ。あっちでメシにするんだ」

「悪いわね。何せ、みんな何年かぶりの太陽が嬉しくて…涙流して日光浴してんのよ」

 

 申し訳なさそうに言うローラだが、一味は誰も文句など言わない。

 長らく太陽に嫌われる暮らしを強いられていたのだから、そうなっても仕方がないだろうと。

 

「食料は足りるの?」

「奪られた分が戻って来てる上に、更に山程追加されてるんで大丈夫だ!」

「誰の仕業かしら、親切な奴がいるのねー…」

 

 実際は、モリアの配下の少女が島から逃げ出すためにサニー号を選んだだけなのだが、本人がいなくなった今、真相を知る者は誰もいない。

 唯一消えた少女の事を知っている女は、財宝の上で恍惚としていて、とうに忘却の彼方だ。

 

「財宝までこんなに積んでくれるなんて。100歩譲ってクリスマスだとしても景気良すぎるわ」

「幸せ…♡」

 

 うっとりと、食料と同じくいつのまにか積まれていた財宝の上に寝転がるナミ。空島の帰り以来の黄金色に、全く離れる様子がない。

 

「お、なんか妙に厳重そうな箱が………後で開けてみよ」

「お! ガラスのバンドカッチョイイなー、おれ貰い‼」

「オイオイ、宝に勝手に手を出したら…」

 

 彼女の横でがちゃがちゃと財宝を弄るエレノアとルフィに、ナミの金への執念を恐れるウソップがあわあわと止めに入る。

 が、当のナミは数個持ち出されても全く気にしていなかった。

 

「いいわよ、それなら宝石じゃないから。鍵開けてくれるんなら丁度いいし」

「あ…そういう事もあんのか?」

「だけど、あんたらにはひと欠片もあげないからね‼」

「恩人達の船から何も取りゃしないわよ、ナミゾウ」

 

 満面の笑顔から一転、じろっと咎めるような視線を向けられたローラが呆れた顔で首を横に振る。

 

 その際、彼女の口から漏れた一言に、ナミは「え?」と思わず声を漏らした。ローラ本人も、咄嗟に出た名前に不思議そうに眉を寄せている。

 

「ん? 口をついて出ちゃったわ、ナミゾウって誰? …………そういえば変なのよね。…あんたとはなぜか初めて会った気がしなくて…」

「もしかして…………ローラ⁉」

「…そうよ? 名前言ったかしら?」

 

 困惑するローラに、ナミは驚愕で大きく目を見開きながら財宝の山から飛び降りる。

 

 自分をナミゾウと呼ぶのは、あの疣猪のゾンビただ一人。

 その人格は入れられた影の持ち主と同じものになる……それならば、目の前にいるのは。

 

「わーっ‼ そうだったの⁉ ローラ‼ また会えて嬉しい‼」

「…ん⁇ え? ナミ、それってどういう…」

 

 がばっ、と財宝を置き去りに嬉しそうにローラに抱きつくナミ。

 彼女らしからぬ行動に、小箱をいじっていたエレノアがぎょっと振り向くが、ナミは気にも留めない。

 

「とりあえずコレ貰って、お礼よ‼」

「エェ⁇ いいの⁉ お礼?」

 

 挙句、財宝の一部をどっさりと躊躇いなく渡す始末。

 ありえない光景に、エレノアは再び気絶し、ルフィとウソップは声を揃えて叫んだ。

 

「「ナミが人に財宝をあげたァ~~~!!!」」

 

 

 

 ……そんないくつかの騒動があり、落ち着くのに時間をかけながら、大量の食料を持って屋敷に戻ってきたルフィ達。

 燦々と降り注ぐ日の光を堪能していた男達は、彼らの姿にがばっと飛び起きた。

 

「お――い、メシ持ってきたぞー‼」

「麦わら」

「ああっ‼ 言ってくれたら運んだのにっ‼ 恩人を働かせちった‼」

 

 しまった、と頭を抱える男達。慌てて全員で立ち上がり、ルフィから食料を受け取ってサンジの指示通りに運んでいく。

 彼らに荷物を渡しながら、エレノアが一人を捕まえて確かめた。

 

「ゾロ君は起きた?」

「絶対安静で…屋敷の中に」

 

 彼が指差す方へ、一味はやや駆け足で集まる。食料や調理器具とは別に、医務室から持ってきた備品を抱え、船医の元へ向かう。

 

「頼まれたものも持ってきたぞ、チョッパー‼」

「お‼ ありがとう‼」

「具合どうだ?」

 

 ルフィの問いに、チョッパーは険しい、なんとも言えない表情で俯く。

 治療は一通り終わり、一命はとりとめてはいるものの、未だ意識を取り戻さず、痛々しい姿で横たわったままだった。

 

「こんなにダメージを残したゾロは初めてみた。命だって本当に危なかったよ………‼」

 

 見たこともないほど傷つき、血を流した一味の強者。

 同じ攻撃を受け、一人だけこうも重傷を追うとは考えにくい。彼だけさらに何かを受けたのだとしか思えない。

 

「――やっぱり何か、あったんじゃないかな。おれ達が倒れてる間に」

「確かに、あの男があのまま帰ったとは考えづらいものね」

「ルフィが異常に元気なのもおかしいよな――――」

「そればっかりはおれもわかんねェ、なははは」

「呑気な…‼」

 

 けらけら笑うルフィに、思わず顔を手で覆うエレノア。

 ゾロがまだここで終わるはずがないという信頼からそうなっているのだろうが、流石に空気を読めと思わざるをえない。

 

 考え込む一味の元に、突如ローリング海賊団の二人組が飛び込んでくる。

 

「何が起きたか‼ 実は見ちった!!!」

「おれも見ちった一部始終~~~‼」

「「教えてやろう‼ あの時、何が起こったか」」

 

 待ってましたと言わんばかりにやってきて、何かを話し出そうとするリスキー兄弟。

 彼らの態度に、サンジが突如強張った表情で立ち上がり、彼らの首に手を回して引きずっていった。

 

「ウブ‼」

「来い」

「ん? サンジ?」

 

 

 

 訝しむ仲間達の視線を背に、サンジは人目のない外に二人を連れていく。

 自分が見たもの、そして彼らが見たものをルフィに見せるわけにはいかなかった。

 

 ―――ルフィは、海賊王になる男だ!!!

 

 意識を失う前、くまに向けてゾロが発した言葉。

 それを思い出し、止められなかった悔しさと苛立ちから荒々しく煙草の煙を吐き捨てる。

 

「ちょっと何で⁉ おめェもイカしてたぜェ~~⁉」

「剣士より『おれの命とれ』なんて」

「うっせェ!!! 早く話せ。あの後、何が起きたんだ。おれが気を失ってその先だ………」

 

 喚くリスキー兄弟に怒鳴りつけ、自分の知らない真実を探る。文句を垂れていた二人は、問われると即座に語り出した。

 

 ゾロの願いを聞き入れたくまは、ルフィの体に肉球を当てた。

 弾き出されたのは、ルフィの〝ダメージ〟……それを本人の代わりに受けろと、そう交換条件を出した。

 

 満身創痍の体で受ければ死に至る、と告げられた多大な苦痛をゾロは受け止め───そして、見事に生き延びたのだとか。

 

「――ってわけなんだよ」

「おれァ悪いが命はねェと思ったね、あの剣士」

「だから泣けちまったよ――」

「マジ泣けちまったよー‼」

「……成程…――それでルフィが元気になってゾロが、ああなったのか…ムチャしやがる…………」

 

 ようやく合点がいった、とゾロの無謀さに呆れながら溜息をつく。同じ事をしようとした自分が言えた義理ではないが、よくも生き残れたものだ。

 

「よーし‼ 麦わらの一味男の美談、みんなに話してこよう」

「待て!!! ヤボなマネするな‼」

 

 先程からずっとうずうずしていたリスキー兄弟が話し終えるや否や即座に踵を返し走り出そうとする。

 それを呼び止め、鋭い目で睨みながらサンジは叱りつける。

 

「あいつは恩を売りたくて命はったわけじゃねェ!!! 特に…自分の苦痛で仲間を傷つけたと知るルフィの立場はどうなる‼」

「「え…えぇ~~…!!?」」

「どんだけ喋りてェんだお前ら!!!」

 

 恐ろしくおつつなさそうに我が身を震わせる二人の堪え性のなさに、目を吊り上げ声を荒げる。

 はぁ、と深い溜息をこぼした彼は、ぐっと勢いをつけて立ち上がると、屋敷に向かって歩き出す。

 

「みんな無事で何より…それでいいんだ。さァ、メシにするぞ」

 

 そういって、リスキー兄弟を追い越してその場を後にする。

 誇る事も詰る事もなく、ただなかった事にしておこうと口を閉ざす……そんな男らしい背中に、リスキー兄弟は呆然と立ち尽くしていた。

 

「…‼ こ……ここ……こいつら超クール…」

「なんて幸せな船長達だ」

 

 ぶるぶると感動やら羨望やらで震える二人。

 彼らの背中にいつの間にか咲いていた女性の耳が、やがてふわっと花弁を散らせて消え去った。

 

 

 

「ふ~~~ン…あんにゃろうめ」

「成程」

 

 ぱちり、と耳をすませていたエレノアが半目で呟き、ロビンがくすっと微笑みを浮かべる。

 何やら訳知り顔の二人にルフィが訝しんでいると、先ほど出て行ったリスキー兄弟が戻ってきて、彼はすぐさま手招きする。

 

「おい‼ お前ら二人‼ さっき何か知ってる様な事言ってなかったか? 何見たんだ?」

「ヤボな事聞くな」

「みんな無事で…何よりだ」

 

 尋ねられ、しかし兄弟は口を開かなかった。

 ぐっと親指を立て、さっさとどこかへ歩き去っていく……そわそわと全身を震わせながら。

 

「? 何だ?」

「………さ~~てねェ」

「ふふっ」

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