ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

277 / 324
第259話〝最期の大演奏〟

「「「「「いただきま――す!!!」」」」」

 

 ずらりと並ぶ、香ばしく美味な香りを漂わせる料理の数々。

 恩人達の一人が作ってくれた美食にかぶりつき、被害者達は涙を流してその味を、そして改めて自身らの無事を喜ぶ。

 

 一度相伴にあやかった骸骨紳士も、彼らに混じって舌鼓を打っていた。

 

「またコックさんの料理が食べられるなんて‼ ホントにほっぺたが落ちるほどおいしいです、私‼ ほっぺたないんですけど――!!!」

「黙って食えてめェは!!!」

 

 相変わらずの自虐をかますブルックに、頬袋を膨らませたフランキーが怒鳴る。他の者には思いのほか受けていた。

 

「ヨホホホ、ホントに…あ、失礼‼ ゲップ‼ 先日も今日もお腹いっぱいごちそうになって私…太ったかも!!!」

「骨なのにィ!!? ってやかましいわっ!!!」

「ディ~~ナーーアッ!!! ディ~~ナーーアッ!!! ディ~~ナーーアッ!!!」

 

 最初から打ち合わせでもしていたのか、それともフランキーが合わせに行ったのか、呆けと乗り突っ込みにどっと全員が湧く。

 挙句、変態二人で机の上で踊り始める始末だった。

 

「乾杯してねェのに結局、宴になっちゃった」

 

 未だ目覚めないゾロの看病をしながら、鼻先に肉を近付けたチョッパーがこぼす。酒の席が大好きなのに起きもしないとは、やはり相当傷は深いらしい。

 

 そんな彼にルフィが無理に酒を飲まそうとする騒動が起きる中。

 ふとその場を立ったブルックが、屋敷に置かれたピアノの席に腰を下ろした。

 

「さて、BGMでも…」

「………お、この部屋ピアノあったのか」

「妙にシャレてるんだよなァ、この屋敷」

 

 檸檬をしゃくしゃくと頬張りながら、エレノアは演奏を始めたブルックを見やる。

 軽く弾いただけで相当上手いとわかるその音色に、サンジがふと疑問を挟んだ。

 

「おい、お前バイオリン弾きじゃなかったのか?」

「ヨホホホ、楽器は全般いけますよ。あの…少し話戻りますけど」

 

 音色を響かせながら、ブルックはやがて黙り込む。

 宴会を楽しみながら、その場の全員が音色を楽しんでいると、ブルックがサンジにのみ聞こえる小さな声で話しかけた。

 

「実は私も〝見ちった〟のです。お二人の行動に心、打たれました」

 

 思い返す、七武海の襲撃の後の一幕。

 船長を守るため、己が命を投げ出そうとした二人の姿に、ブルックは羨ましそうに笑う。

 

「仲間っていいですね…………‼」

「……お二人って言ってくれんなよ。おれはマヌケをさらしただけだ」

「いえ…あなたにも同じ覚悟があった」

 

 自嘲するサンジを、ブルックは首を振って慰める。

 彼の覚悟はたしかに本物で、大言を口にしただけだと馬鹿になどできるはずもない。エレノアもそんな彼ににやにやと笑みを浮かべていた。

 

「何か一曲…いかがです? リクエストがあれば…」

「へぇ…何でもいけんのか? じゃあ…」

 

 好きな曲でいいのなら、と考えるサンジ。

 しかし、ブルックは尋ねたその直後から勝手に旋律を刻み始めていた。

 

「あ♪ ビンクス~の酒を~♪」

「お前、今リクエスト求めたよな!!?」

 

 抗議の声にも構うことなく、ブルックはその曲を……海賊ならば多くの者が知っている曲を弾く。

 彼がずっと口ずさんでいた、彼の人生とずっと共にあった歌だ。

 

「〝ビンクスの酒〟‼ やっぱ海賊が唄うならこの唄だよねェ~」

「おいブルック‼ この唄、おれ知ってるぞ。シャンクス達が唄ってた」

「昔の海賊達はみんなコレを唄ってました。辛い時も悲しい時も………‼」

 

 ルフィが満面の笑みで手を挙げ、ピアノの天板の上に寝転がる。少年時代から耳にしていた好きな曲に、嬉しそうに耳を傾ける。

 そうしてくつろいでいたルフィは、やがてブルックを見下ろしながら待ち遠しそうに口を開いた。

 

「お前さ、おれ達の仲間になるんだろ? な‼ 影帰って来たもんな。日が当たっても航海できるだろ」

「………それなんですが、私一つ…言ってなかった事が…」

「何だ」

「〝仲間〟との………約束があるんです。それをまず果たさなければ、私…男が立ちません………‼」

 

 最初にあったときにも話さずにいた、大切な約束の話。

 誰にも譲れないその想いを告白し、心苦しさを覚えながら、もう一度口にしてくれた誘いを断ろうとして。

 

 そんな彼に、ルフィは笑って頷いてみせる。

 

「ああ、ラブーンの事だろ⁉ 知ってるよ、フランキー達から聞いたからな‼」

「え…ああ…そうなんです。〝ラブーン〟…そういう名前のクジラなんですけど――ある岬に…」

「双子岬の、アイランドクジラ……でしょ?」

 

 ブルックの言葉を、エレノアが引き継ぐ。

 はっと息を呑んだブルックに、ルフィとエレノアは顔を見合わせ、くすくすと笑う。まるで、いたずらに成功した子供のように。

 

「だからよブルック、おれ達ラブーンに会ってんだ、本当に‼」

「……え?」

「あそこで50年、彼が仲間の帰りを待ってるのを聞いてる……だから驚いたよ、あんたがその仲間の生き残りだなんて。あんたもちゃんと…約束を覚えてた」

「これ知ったら、ラブーン喜ぶだろうな――!!! ししし‼」

「………ちょ…ちょっと待ってくださいよ‼」

 

 ピアノの旋律を乱しながら、楽しそうな二人に尋ね返すブルック。

 聞き間違いではあるまいか、質の悪い冗談ではあるまいか、そんな不安に震えながら、もしやという思いから思わず身を乗り出す。

 

「あなた達が本当に…⁉ ラブーンに会ったって⁉」

「うん」

「50年も経ってるのに…⁉ 今もまだ…!!! あの岬で待っていてくれてるんですか⁉ ラブーンは……!!! ホントですか……?」

「うん」

 

 何も偽ることはないと、ルフィは穏やかに笑いながら問われるたびに頷く。

 そこに、サンジとウソップも笑みをたずさえて近付いてくる。

 

「おれ達も証人だ‼ 確かに会ったぞ」

「ああ」

 

 思わず振り向くブルックの目に、真っ直ぐな青年達の眼差しがぶつかる。誰一人、嘘でからかっているような素振りは見えない。

 ただ、ブルックを驚かせようという純粋な気持ちだけが感じ取れた。

 

「………‼ 元気でしたか………?」

「元気だった」

「大きく…なってるんでしょうね………」

「山みたいだったねェ」

「ヨホホ………見てみたい………私達が別れた時なんかね……まだ小舟ほどの大きさで、かわいかった」

 

 鍵盤を叩く指の速度が緩やかになり、震えが音に伝わる。

 声を震わせ、未だ信じられないといった気持ちを滲ませながら、ブルックはぎこちなく笑い、俯く。

 

「ちょっと聞きわけ悪かったけど、音楽好きで、いい子でねェ…今でも…まぶたを閉じるとその姿が。あ…私まぶたなかった」

 

 咄嗟に脳裏に浮かぶ……出会いの記憶。

 かつての仲間達と一緒に過ごし、笑い、歌った、遠い黄金の記憶。

 

「頭にね…浮かぶんです」

 

 ジャァァァン!

 

 感極まったブルックが、鍵盤を叩き雑音を響かせる。

 顔を手で多い、天を仰いだ彼は───虚ろな両の目から滂沱の涙を流し、かたかたと我が身を震わせた。

 

「そうですか……!!! 彼は元気ですか………!!!」

 

 掠れた雄叫びをあげ、泣き続けるブルック。信じ、足掻き続けた日々が報われた……たまらないほどの歓喜が、彼の全身を満たしてゆく。

 募り募った悲しみと苦しみが、いっぺんに浄化されていくようだった。

 

 

 

 彼は思い出す。自分がまだ生身で、ルンバー海賊団の副船長だった時代。

 西の海での航海中、群れからはぐれてついてきた、小さな鯨との旅の日々を。

 

 悲しげに泣く彼を、一味は明るく楽しい音楽で慰めた。

〝泣く子も笑う〟音楽好きばかりが紡ぎだす演奏は、子鯨の心も癒し、彼を虜にした。

 

 彼らの旅に、やがてその子鯨が仲間に加わった。

 時に戦いの中で落ちた仲間を助け、時に海獣から守り、彼は陽気な旅に同行し続けた。

 

 しかし、その同行もやがて限界がくる。過酷な旅には連れていけないと、一味は彼を西の海においていく決断をする。

 音楽をやめ、声も書けず、自然と彼が離れるように仕向けた。

 

 しかしそれでも彼は一味についてきて、とうとう〝偉大なる航路〟の入り口の岬にまでついてきてしまった。

 

 参ったとばかりに、彼らは久しぶりに音楽を奏で、そしてある約束を交わした。

 

『いつかこの海を一周して、また会いに来る』

 

 そう約束し、灯台守に彼を託し、ルンバー海賊団は出航した。

 

 そして、彼らは全滅した。

 最初に船長と数名が謎の奇病に侵され、航路からの脱出を図り。

 その後を継いだブルック達も、敵船との交戦で重傷を負い、一人、また一人と命を落とした。

 

 そしてブルックが最後に残り……海の悪魔の力で蘇った。

 50年前の約束を果たさんがために、今日この時まで生き続けてきた。

 

 そして、ルフィ達に出会ったのだ。

 

 

 

「おう、何だ何だもっと弾けブルック‼」

「そうだ‼ 鼻わりばしで踊るんだ‼ おれは‼」

「ヨホホ、ちょっとお待ちを」

 

 音楽が途切れてしまったことに不満を訴え、騒ぐ一味にブルックは苦笑する。

 そして突如、自分の頭蓋骨の一部を掴むと、ぱかっと蓋のように開けて中身をごそごそと探り始めた。

 

「………えーと」

「え――!!? そうなってんのか!!?」

「…もの入れて大丈夫なのそこ」

 

 ぎょっ、とおののき目を見開くサンジやウソップに構うことなく、ブルックは探し物を取り出し、ピアノの上に置く。

 

 それは、一つの巻貝。

 遠い空の海にのみ生息する貝からできた、不思議な道具だ。

 

「これは昔、ある商戦から買った〝音貝〟というもので、音を蓄え再生できるという珍しい貝です」

「おお、空島のやつだ!」

「ご存知ですか。…私、ラブーンに会えたらこれを聞かせたくて、肌身離さず持ってるんです」

「何か録音してあるのか」

「〝唄〟です。死んだ仲間達の生前の唄声…‼ 我々は『明るく楽しく旅を終えた』という…ラブーンへのメッセージ」

 

 生前の、最期の記憶。仲間達と演奏した、一世一代の大演奏。

 伴奏を務めるブルックが最後に残り、倒れるまで続いた……文字通り命をかけた力一杯の演奏が、刻み込まれている。

 

「今かけても構いませんか?」

「おー、聴きてェ‼ そりゃラブーン喜ぶだろうな」

「では…」

 

 ルフィに許可をもらい、〝音貝〟の殻頂を押す。

 やがて流れ出す、渾身の演奏に合わせ、現在のブルックも音ぴっキリピアノを演奏し始める。

 

 響き渡る陽気な、命を燃やす演奏に、ローラ達も笑顔で振り向き始めた。

 

「ん? この唄なら一緒に唄うわよ‼」

「「お――‼」」

 

 そうして始まる、過去と現在の二重奏。

 過去の悲しみを引き連れ、争い続けた男がつないだ、最後に生き残ったもう一人の仲間に向けて伝言。

 

 事情を知る者も、知らない者も、分け隔てなく明るく楽しくその曲を歌う。

 

〝私達は最後まで陽気に歌って死んだ〟

 

 彼が悲しまないように、悔いる事がないように。

 自分たちの持ちうるすべてを込めて歌い、演奏した音が、やがて伴奏を残して消えていく。

 

 停止した音貝を手にし、ブルックは虚空を見つめ呟く。

 

「かつて仲間達と共に命いっぱいに唄った、この唄…ルンバ―海賊団〝最期の大合唱〟…暗い暗い霧の海を一人さ迷った50年間……何度聞いた事でしょうか…………」

 

 何度も悪夢を見た。現実が嘘で、夢が真実なのだと思い込みそうになった。

 気の狂いそうな日々を、50年にもわたって続けてきた。

 

「一人ぼっちの大きな船で……………この唄は……唯一……私以外の〝命〟を感じさせてくれたのです――しかし、今日限り私は新たな決意を胸に、この〝音貝〟を封印します」

 

 だが、その希望にはもう縋らない。

 過去に依存するのではなく、まだ見ぬ明日へ。仲間と再会できる未来を信じ、女々しい想いからの卒業を心に決める。

 

「封印~~!!!」

「え――っ!!? やっぱ、そうなってんのか!!?」

 

 再びぱかっと開いた頭蓋骨の中に、音貝をしまい込む。

 再びぎょっと目を剥くサンジ達をよそに、ブルックは背筋を伸ばし、憑き物が落ちたような様子で胸を張る。

 

「ラブーンが元気で待っていてくれているとわかった…影も戻った、魔の海域も抜けた…‼ この回に蓄えたみんなの唄声は…もう私一人が昔を懐かしむ為の唄じゃない‼ ……これは、ラブーンに届ける為の唄!!!」

 

 新たな誓いを、虚空に向けて抱く。

 今度こそ、この願いを叶えてみせると固い決意を抱き、ブルックは力強く吠える。

 

「暗くない日などなかった…希望なんか正直、見えもしなかった」

 

 それでも、今日まで耐えてきた。

 真っ暗な闇の海を彷徨い続け、漂い続け、その先に太陽のような眩しい希望の光に出会えた。

 

 もう、彼に恐れるものなど何もなかった。

 

「でもねルフィさん…私!!! 生きててよかったァ!!! 本当に‼ 生きててよかった!!! 今日という日が!!! やって来たから!!!」

 

 鼻水を垂らし、歓喜する彼を一味は優しく見つめる。

 苦しみ続けた男が報われた瞬間に、何人かがもらい泣きしながら、新たな始まりを告げた男を見守る。

 

 彼はやがて……唐突にいつもの調子に戻って口を開いた。

 

 

 

「あ、私、仲間になっていいですか?」

「おう、いいぞ‼」

 

 

 

 まるで、出会ったときのやり直しのような軽い調子でのやりとり。

 一瞬固まった一味は、しばらくして大きく目を見開きながら声を揃えて叫んだ。

 

「「「「「「さらっと!!! 入ったァ~~~~!!!」」」」」」

「ふふ‼」

 

 

 

 ちょうどその時、遠い航路の入り口にて。

 一頭の巨大な鯨が凄まじい雄叫びをあげ、心からご機嫌に笑っていたのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。