ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
「「「「「いただきま――す!!!」」」」」
ずらりと並ぶ、香ばしく美味な香りを漂わせる料理の数々。
恩人達の一人が作ってくれた美食にかぶりつき、被害者達は涙を流してその味を、そして改めて自身らの無事を喜ぶ。
一度相伴にあやかった骸骨紳士も、彼らに混じって舌鼓を打っていた。
「またコックさんの料理が食べられるなんて‼ ホントにほっぺたが落ちるほどおいしいです、私‼ ほっぺたないんですけど――!!!」
「黙って食えてめェは!!!」
相変わらずの自虐をかますブルックに、頬袋を膨らませたフランキーが怒鳴る。他の者には思いのほか受けていた。
「ヨホホホ、ホントに…あ、失礼‼ ゲップ‼ 先日も今日もお腹いっぱいごちそうになって私…太ったかも!!!」
「骨なのにィ!!? ってやかましいわっ!!!」
「ディ~~ナーーアッ!!! ディ~~ナーーアッ!!! ディ~~ナーーアッ!!!」
最初から打ち合わせでもしていたのか、それともフランキーが合わせに行ったのか、呆けと乗り突っ込みにどっと全員が湧く。
挙句、変態二人で机の上で踊り始める始末だった。
「乾杯してねェのに結局、宴になっちゃった」
未だ目覚めないゾロの看病をしながら、鼻先に肉を近付けたチョッパーがこぼす。酒の席が大好きなのに起きもしないとは、やはり相当傷は深いらしい。
そんな彼にルフィが無理に酒を飲まそうとする騒動が起きる中。
ふとその場を立ったブルックが、屋敷に置かれたピアノの席に腰を下ろした。
「さて、BGMでも…」
「………お、この部屋ピアノあったのか」
「妙にシャレてるんだよなァ、この屋敷」
檸檬をしゃくしゃくと頬張りながら、エレノアは演奏を始めたブルックを見やる。
軽く弾いただけで相当上手いとわかるその音色に、サンジがふと疑問を挟んだ。
「おい、お前バイオリン弾きじゃなかったのか?」
「ヨホホホ、楽器は全般いけますよ。あの…少し話戻りますけど」
音色を響かせながら、ブルックはやがて黙り込む。
宴会を楽しみながら、その場の全員が音色を楽しんでいると、ブルックがサンジにのみ聞こえる小さな声で話しかけた。
「実は私も〝見ちった〟のです。お二人の行動に心、打たれました」
思い返す、七武海の襲撃の後の一幕。
船長を守るため、己が命を投げ出そうとした二人の姿に、ブルックは羨ましそうに笑う。
「仲間っていいですね…………‼」
「……お二人って言ってくれんなよ。おれはマヌケをさらしただけだ」
「いえ…あなたにも同じ覚悟があった」
自嘲するサンジを、ブルックは首を振って慰める。
彼の覚悟はたしかに本物で、大言を口にしただけだと馬鹿になどできるはずもない。エレノアもそんな彼ににやにやと笑みを浮かべていた。
「何か一曲…いかがです? リクエストがあれば…」
「へぇ…何でもいけんのか? じゃあ…」
好きな曲でいいのなら、と考えるサンジ。
しかし、ブルックは尋ねたその直後から勝手に旋律を刻み始めていた。
「あ♪ ビンクス~の酒を~♪」
「お前、今リクエスト求めたよな!!?」
抗議の声にも構うことなく、ブルックはその曲を……海賊ならば多くの者が知っている曲を弾く。
彼がずっと口ずさんでいた、彼の人生とずっと共にあった歌だ。
「〝ビンクスの酒〟‼ やっぱ海賊が唄うならこの唄だよねェ~」
「おいブルック‼ この唄、おれ知ってるぞ。シャンクス達が唄ってた」
「昔の海賊達はみんなコレを唄ってました。辛い時も悲しい時も………‼」
ルフィが満面の笑みで手を挙げ、ピアノの天板の上に寝転がる。少年時代から耳にしていた好きな曲に、嬉しそうに耳を傾ける。
そうしてくつろいでいたルフィは、やがてブルックを見下ろしながら待ち遠しそうに口を開いた。
「お前さ、おれ達の仲間になるんだろ? な‼ 影帰って来たもんな。日が当たっても航海できるだろ」
「………それなんですが、私一つ…言ってなかった事が…」
「何だ」
「〝仲間〟との………約束があるんです。それをまず果たさなければ、私…男が立ちません………‼」
最初にあったときにも話さずにいた、大切な約束の話。
誰にも譲れないその想いを告白し、心苦しさを覚えながら、もう一度口にしてくれた誘いを断ろうとして。
そんな彼に、ルフィは笑って頷いてみせる。
「ああ、ラブーンの事だろ⁉ 知ってるよ、フランキー達から聞いたからな‼」
「え…ああ…そうなんです。〝ラブーン〟…そういう名前のクジラなんですけど――ある岬に…」
「双子岬の、アイランドクジラ……でしょ?」
ブルックの言葉を、エレノアが引き継ぐ。
はっと息を呑んだブルックに、ルフィとエレノアは顔を見合わせ、くすくすと笑う。まるで、いたずらに成功した子供のように。
「だからよブルック、おれ達ラブーンに会ってんだ、本当に‼」
「……え?」
「あそこで50年、彼が仲間の帰りを待ってるのを聞いてる……だから驚いたよ、あんたがその仲間の生き残りだなんて。あんたもちゃんと…約束を覚えてた」
「これ知ったら、ラブーン喜ぶだろうな――!!! ししし‼」
「………ちょ…ちょっと待ってくださいよ‼」
ピアノの旋律を乱しながら、楽しそうな二人に尋ね返すブルック。
聞き間違いではあるまいか、質の悪い冗談ではあるまいか、そんな不安に震えながら、もしやという思いから思わず身を乗り出す。
「あなた達が本当に…⁉ ラブーンに会ったって⁉」
「うん」
「50年も経ってるのに…⁉ 今もまだ…!!! あの岬で待っていてくれてるんですか⁉ ラブーンは……!!! ホントですか……?」
「うん」
何も偽ることはないと、ルフィは穏やかに笑いながら問われるたびに頷く。
そこに、サンジとウソップも笑みをたずさえて近付いてくる。
「おれ達も証人だ‼ 確かに会ったぞ」
「ああ」
思わず振り向くブルックの目に、真っ直ぐな青年達の眼差しがぶつかる。誰一人、嘘でからかっているような素振りは見えない。
ただ、ブルックを驚かせようという純粋な気持ちだけが感じ取れた。
「………‼ 元気でしたか………?」
「元気だった」
「大きく…なってるんでしょうね………」
「山みたいだったねェ」
「ヨホホ………見てみたい………私達が別れた時なんかね……まだ小舟ほどの大きさで、かわいかった」
鍵盤を叩く指の速度が緩やかになり、震えが音に伝わる。
声を震わせ、未だ信じられないといった気持ちを滲ませながら、ブルックはぎこちなく笑い、俯く。
「ちょっと聞きわけ悪かったけど、音楽好きで、いい子でねェ…今でも…まぶたを閉じるとその姿が。あ…私まぶたなかった」
咄嗟に脳裏に浮かぶ……出会いの記憶。
かつての仲間達と一緒に過ごし、笑い、歌った、遠い黄金の記憶。
「頭にね…浮かぶんです」
ジャァァァン!
感極まったブルックが、鍵盤を叩き雑音を響かせる。
顔を手で多い、天を仰いだ彼は───虚ろな両の目から滂沱の涙を流し、かたかたと我が身を震わせた。
「そうですか……!!! 彼は元気ですか………!!!」
掠れた雄叫びをあげ、泣き続けるブルック。信じ、足掻き続けた日々が報われた……たまらないほどの歓喜が、彼の全身を満たしてゆく。
募り募った悲しみと苦しみが、いっぺんに浄化されていくようだった。
彼は思い出す。自分がまだ生身で、ルンバー海賊団の副船長だった時代。
西の海での航海中、群れからはぐれてついてきた、小さな鯨との旅の日々を。
悲しげに泣く彼を、一味は明るく楽しい音楽で慰めた。
〝泣く子も笑う〟音楽好きばかりが紡ぎだす演奏は、子鯨の心も癒し、彼を虜にした。
彼らの旅に、やがてその子鯨が仲間に加わった。
時に戦いの中で落ちた仲間を助け、時に海獣から守り、彼は陽気な旅に同行し続けた。
しかし、その同行もやがて限界がくる。過酷な旅には連れていけないと、一味は彼を西の海においていく決断をする。
音楽をやめ、声も書けず、自然と彼が離れるように仕向けた。
しかしそれでも彼は一味についてきて、とうとう〝偉大なる航路〟の入り口の岬にまでついてきてしまった。
参ったとばかりに、彼らは久しぶりに音楽を奏で、そしてある約束を交わした。
『いつかこの海を一周して、また会いに来る』
そう約束し、灯台守に彼を託し、ルンバー海賊団は出航した。
そして、彼らは全滅した。
最初に船長と数名が謎の奇病に侵され、航路からの脱出を図り。
その後を継いだブルック達も、敵船との交戦で重傷を負い、一人、また一人と命を落とした。
そしてブルックが最後に残り……海の悪魔の力で蘇った。
50年前の約束を果たさんがために、今日この時まで生き続けてきた。
そして、ルフィ達に出会ったのだ。
「おう、何だ何だもっと弾けブルック‼」
「そうだ‼ 鼻わりばしで踊るんだ‼ おれは‼」
「ヨホホ、ちょっとお待ちを」
音楽が途切れてしまったことに不満を訴え、騒ぐ一味にブルックは苦笑する。
そして突如、自分の頭蓋骨の一部を掴むと、ぱかっと蓋のように開けて中身をごそごそと探り始めた。
「………えーと」
「え――!!? そうなってんのか!!?」
「…もの入れて大丈夫なのそこ」
ぎょっ、とおののき目を見開くサンジやウソップに構うことなく、ブルックは探し物を取り出し、ピアノの上に置く。
それは、一つの巻貝。
遠い空の海にのみ生息する貝からできた、不思議な道具だ。
「これは昔、ある商戦から買った〝音貝〟というもので、音を蓄え再生できるという珍しい貝です」
「おお、空島のやつだ!」
「ご存知ですか。…私、ラブーンに会えたらこれを聞かせたくて、肌身離さず持ってるんです」
「何か録音してあるのか」
「〝唄〟です。死んだ仲間達の生前の唄声…‼ 我々は『明るく楽しく旅を終えた』という…ラブーンへのメッセージ」
生前の、最期の記憶。仲間達と演奏した、一世一代の大演奏。
伴奏を務めるブルックが最後に残り、倒れるまで続いた……文字通り命をかけた力一杯の演奏が、刻み込まれている。
「今かけても構いませんか?」
「おー、聴きてェ‼ そりゃラブーン喜ぶだろうな」
「では…」
ルフィに許可をもらい、〝音貝〟の殻頂を押す。
やがて流れ出す、渾身の演奏に合わせ、現在のブルックも音ぴっキリピアノを演奏し始める。
響き渡る陽気な、命を燃やす演奏に、ローラ達も笑顔で振り向き始めた。
「ん? この唄なら一緒に唄うわよ‼」
「「お――‼」」
そうして始まる、過去と現在の二重奏。
過去の悲しみを引き連れ、争い続けた男がつないだ、最後に生き残ったもう一人の仲間に向けて伝言。
事情を知る者も、知らない者も、分け隔てなく明るく楽しくその曲を歌う。
〝私達は最後まで陽気に歌って死んだ〟
彼が悲しまないように、悔いる事がないように。
自分たちの持ちうるすべてを込めて歌い、演奏した音が、やがて伴奏を残して消えていく。
停止した音貝を手にし、ブルックは虚空を見つめ呟く。
「かつて仲間達と共に命いっぱいに唄った、この唄…ルンバ―海賊団〝最期の大合唱〟…暗い暗い霧の海を一人さ迷った50年間……何度聞いた事でしょうか…………」
何度も悪夢を見た。現実が嘘で、夢が真実なのだと思い込みそうになった。
気の狂いそうな日々を、50年にもわたって続けてきた。
「一人ぼっちの大きな船で……………この唄は……唯一……私以外の〝命〟を感じさせてくれたのです――しかし、今日限り私は新たな決意を胸に、この〝音貝〟を封印します」
だが、その希望にはもう縋らない。
過去に依存するのではなく、まだ見ぬ明日へ。仲間と再会できる未来を信じ、女々しい想いからの卒業を心に決める。
「封印~~!!!」
「え――っ!!? やっぱ、そうなってんのか!!?」
再びぱかっと開いた頭蓋骨の中に、音貝をしまい込む。
再びぎょっと目を剥くサンジ達をよそに、ブルックは背筋を伸ばし、憑き物が落ちたような様子で胸を張る。
「ラブーンが元気で待っていてくれているとわかった…影も戻った、魔の海域も抜けた…‼ この回に蓄えたみんなの唄声は…もう私一人が昔を懐かしむ為の唄じゃない‼ ……これは、ラブーンに届ける為の唄!!!」
新たな誓いを、虚空に向けて抱く。
今度こそ、この願いを叶えてみせると固い決意を抱き、ブルックは力強く吠える。
「暗くない日などなかった…希望なんか正直、見えもしなかった」
それでも、今日まで耐えてきた。
真っ暗な闇の海を彷徨い続け、漂い続け、その先に太陽のような眩しい希望の光に出会えた。
もう、彼に恐れるものなど何もなかった。
「でもねルフィさん…私!!! 生きててよかったァ!!! 本当に‼ 生きててよかった!!! 今日という日が!!! やって来たから!!!」
鼻水を垂らし、歓喜する彼を一味は優しく見つめる。
苦しみ続けた男が報われた瞬間に、何人かがもらい泣きしながら、新たな始まりを告げた男を見守る。
彼はやがて……唐突にいつもの調子に戻って口を開いた。
「あ、私、仲間になっていいですか?」
「おう、いいぞ‼」
まるで、出会ったときのやり直しのような軽い調子でのやりとり。
一瞬固まった一味は、しばらくして大きく目を見開きながら声を揃えて叫んだ。
「「「「「「さらっと!!! 入ったァ~~~~!!!」」」」」」
「ふふ‼」
ちょうどその時、遠い航路の入り口にて。
一頭の巨大な鯨が凄まじい雄叫びをあげ、心からご機嫌に笑っていたのだった。