ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
破壊された巨大な海賊船の上で対峙する二人の剣士。
向かい合うその視線には、非常に大きな温度差があった。
「こんなに早く会えるとは、正直考えてなかったぜ…」
「無益」
三本の刀を構えた若き剣士の目は闘志に熱く燃え、対して、十字架の大剣を背負った剣士の目は冷めている。
東の海で最も知られた剣士と、世界の頂点に立つ剣士。
そのカードを、その場にいた誰もが息をのんで凝視していた。
「世界最強の剣士と…海賊狩りのゾロ…‼」
どれほどの死闘が繰り広げられるのか、固唾をのんで見守られる中、ヨサクとジョニーはゾロの勝利を確信していた――わけではなかった。
冷や汗を流すその顔には、もしもの時を想像した不安がよぎっていた。
「アニキに敵う奴なんているわけねェ‼」
「そう…彼は強い。おそらくは
「で…ですよね!!?」
エレノアの言葉に希望を抱いた二人が振り向くが、エレノアの表情に笑顔はない。
ただ静かに、対峙する二人を見つめるだけであった。
「だから、知らない。自分よりも強い剣士を…決着はたぶん、一瞬でつくよ」
エレノアが呟いた直後、海上にどよめきが起きた。
完全に武装したゾロとは真逆に、ミホークは首から下げていた十字架を外し、仕込んでいた小さな刃を抜いただけであったのだ。
「オイ、何のつもりだそりゃあ」
「おれは、うさぎを狩るのに全力を出すバカなケモノとは違う。多少名を上げた剣士がいたところで、ここは〝
「人をバカにすんのも、たいがいにしろ…‼ 死んで後悔すんじゃねェぞ!!!」
過少に評価されていることに怒りを燃やしたゾロが、猛烈な勢いでミホークに斬りかかる。
交差した剣を左右に振りぬく力技〝鬼斬り〟を初手で放ち、すまし顔をゆがませてやるつもりであった。
だが、その一撃は発動すらしなかった。
両手の剣の交差した中心に突き立てられたナイフによって、〝鬼斬り〟が止められてしまったのだから。
(こんな………バカな事があるか………!!!)
これまで幾人もの海賊を斬り倒してきた剣技でミホークを吹き飛ばそうとしても、一歩も前へ進む事が出来ない。
何度刃を振るおうとも、ただのおもちゃのような刃によって剣撃は防がれ、いっぺんの傷をつける事すらもかなわない。
目の前にいるはずなのに、あまりにその距離が遠く感じられる。敵の姿が巨大に見え、向かい合ってるはずなのに、はるか上を見上げているように感じられる。
自分の感覚までもが信じられなくなり始め、ゾロの表情に焦りが見え始めた。
「…これが世界だよ、ゾロ君」
余裕をなくしていくゾロに向けて、エレノアはつぶやく。
これまでたった一度の敗北もなく、己の道を進み続けてきた彼に立ちはだかる、巨大な壁。
見た事もないほど大きく、分厚く、越えられる未来を予想させないその壁に、ゾロは相対していた。
「あまりに広く、険しく、遠く、目指す未来がかすんでしまうほどに絶望的な道…それがこの先に待つ〝
「ウソだろう兄貴!!! 本気を出してくれ!!!」
「アニキィ!!!」
ヨサクとジョニーからの声援を受けても、ゾロの猛攻が届く気配は見えない。
徐々に息を切らし、動揺が剣に表れ始めると、ミホークは落胆したように冷たい眼差しを向けるのだった。
「なぜあいつが肩入れするのかわからんな……何を背負う。強さの果てに何を望む。弱き者よ……」
ミホークの嘲りの言葉に、ゾロの怒りが燃え上がる。
同じく、兄貴分をバカにされたことでヨサクとジョニーも身を乗り出しかけた。
「アニキが弱ェだとこのバッテン野郎ォ!!!!」
「てめェ思い知らせてやる、その人は………‼」
「やめなさい!」
憤慨する二人をルフィが押さえつけ、エレノアが怒鳴りつける。
自分も飛び出したいのを必死に我慢している船長に頷きながら、エレノアもまたじっと攻防を見守り続ける。
「ちゃんとガマンしろ…!!!」
そしてじきに、隙を見せたゾロがミホークに弾き飛ばされる。
それでもゾロは立ち上がり、敵を見据えて剣を構えなおす。
フラフラになった体に叱咤しながら、ゾロは両方の剣を上段に掲げる〝虎狩り〟の構えに入る。
だが、それが炸裂する直前、懐に入ったミホークのナイフに胸の中心を突き刺され、ゾロの動きが止まった。
「アニギィ~~~っ!!!」
勝負あり、と誰もが戦慄の表情を浮かべる。
しかし、ミホークはわずかながら目を見開いていた。
心臓の直前まで刃をつき立てられているゾロが、なおも前に進もうとしていたのだ。
「このまま心臓を貫かれたいか、なぜ退かん」
「さァね…わからねェ…ここを一歩でも退いちまったら、何か大事な今までの誓いとか約束とか…いろんなモンがヘシ折れて、もう二度とこの場所へ帰って来れねェような気がする」
「そう、それが敗北だ」
冷たくそう告げるミホークに、ゾロは不敵な笑みを返す。
「へへっ…じゃ、なおさら退けねェな」
「死んでもか………」
「死んだ方がマシだ」
死を目前にしながら、それでもなお己が道を進もうとしている若き剣士の姿に、ミホークはしばし言葉を失う。
未熟な小僧を前に動きを止めた世界最強の剣士に、エレノアは満足げに笑みを浮かべていた。
(気づいてくれた? ミホーク…)
自分が言った、後悔はしないという言葉の意味を察してくれたことを願い、エレノアは心の中で誇らしげに笑う。
(私が彼に期待しているのは…剣の腕でも、その剛力でもない…‼︎ あの海を渡る資格……‼︎ 彼の持つ、たぐいまれなる
いずれ彼は、己の野望をかなえうる器であると。
(今はまだ若き稚魚……!!! けどいずれ大海を越え、天にも昇る竜ともなりえる逸材…!!! 私は彼に、その可能性を見た…!!!)
ゆえに彼女は、この戦いを薦めた。
彼が目指すべき世界の頂、その片鱗を知ってほしかったから。
そこへ目指す意志の炎を、より一層強く燃え上がらせるために。
「小僧…名乗ってみよ」
「ロロノア・ゾロ」
「憶えておく、久しく見ぬ〝強き者〟よ。そして剣士たる礼儀をもって、世界最強のこの黒刀で沈めてやる」
その炎は、世界最強の剣士にも確かに届いていた。
いずれ己に近づきうる逸材として再認識し、真の武器を自ら抜き放ってみせたのだ。
「黒刀『夜』を抜いた…‼ 次で決まる………!!!」
相手が本気を出したことを察知し、ゾロも構えを変える。
片方の刃を逆手に持ち替え、三本の刀の切っ先が三角を描く。ゾロの有する剣技のうち、最大の破壊力を有する一撃の構えだった。
「散れ!!!」
「三刀流奥義!!!」
持ち手を中心に、刀を回転させる。
高速で回転する刃を携え、ゾロは急接近するミホークを見据え、渾身の一撃を以って迎え撃つ。
そして、次の瞬間。
「〝三・千・世・界〟!!!!」
二人の剣が激突し、砕けた刃が四散する。
ゾロの奥義はミホークには届くことはなく、口にくわえた一本を残してバラバラに砕け散る。
海賊狩りと呼ばれた男の、初めての敗北であった。
だがゾロは、咥えていた刀を鞘に戻すと、ミホークに向かって己の全身をさらす。
訝しむミホークに向けて、ゾロは不敵な笑みとともに答えた。
「背中の傷は、剣士の恥だ」
「見事」
そのやり取りの直後、ミホークの刃がゾロの胸を切り裂く。
おびただしい量の血を噴き出させながら傾いでいくゾロが、ゆっくりと海の中へと沈んでいった。
「ゾロォ――っ!!!」
最後まで見守っていたルフィが、悲痛な声を上げて吠える。
悲鳴を上げるヨサクとジョニーに向けて、エレノアがぽんと肩を叩いて促した。
「ヨサク、ジョニー。助けてあげて」
「いっ…言われなくてもわかってますよ!!!」
「姐さんの薄情者ォ!!!」
「チキショオッ!!! チキショオオ―――――ッ!!!」
慌てて海に飛び込むヨサクとジョニーの横で、ルフィがミホークのもとへと飛び出していった。
ミホークはそれをやすやすと躱すも、次にはなった一言は怒り狂ったルフィを一瞬で黙らせた。
「若き剣士の仲間か…貴様もまた、よくぞ見届けた……!!! 安心しろ、あの男はまだ生かしてある」
目を見開くルフィの目に、ガレオン船の残骸の上にゾロを引き上げるヨサクとジョニーの姿が映る。
同時に、血反吐を吐きながらも呼吸をしているゾロの姿も。
安堵で言葉を失うルフィの横で、ミホークはゾロに告げた。
「我が名、ジュラキュール・ミホーク‼ 貴様が死ぬにはまだ早い」
外套を揺らし、ミホークははじめて名乗りを上げる。
それは、いずれまた相まみえることを信じての行為。
ゾロがそれだけの器だと確信しての、ミホークなりの未熟者への
「己を知り、世界を知り‼ 強くなれ、ロロノア!!! おれは、先幾年月でも、この最強の座にて貴様を待つ‼ 猛己が心力挿して、この剣を越えてみよ!!!」
ミホークの言葉が、大気を揺るがせる。
世界最強という肩書を背負った男による、強き言葉がゾロに贈られた。
「このおれを越えてみよ、ロロノア!!!」
エレノアにとって、その言葉が聞けただけで十分だった。
そしてエレノアの厚意は、ミホークにとっても有益な事であったようだ。
「お前の言う通りだったな……有意義な時間だった」
「それは何より」
ミホークは満足げなエレノアに微笑みを見せ、次いでルフィに目を向けた。
「小僧、貴様は何を目指す」
「海賊王!」
「ただならぬ険しき道ぞ。このおれを越える事よりもな」
「知らねェよ‼ これからなるんだから!!!」
ベーっと舌を出し、ミホークの言葉を微塵も気にしないことを表すルフィ。
その姿を横目で見ながら、エレノアはウソップとヨサク、ジョニーに目を向けた。
「ウソップ君! ゾロの具合は?」
「無事じゃねェよ‼ でも生きてる‼ 気ィ失ってるだけだ‼」
「アニキい‼」
「アニギ返事してぐれえ~~~っ!!!」
動かないゾロに、必死に呼びかける一同。
その時、ゾロの右手が唯一砕けなかった刀――亡きくいなの刀を掲げた。
「…ル…ルフィ…? …聞…コえ…るか?」
「ああ‼」
途切れそうなか細い声で、ゾロはルフィに問う。
今にも気を失いそうになりながら、致死量ほどの血を流しながら、それでもゾロは戦おうとしていた。
険しき道を、見据えながら。
「不安にさせたかよ…おれが………世界一の剣豪にくらいならねェと…お前が、困るんだよな………!!! ガフッ‼」
「アニキ‼ もう喋らねェでくれ‼」
「アニギ‼」
両の目から、涙があふれる。
初めての敗北を経験し、頂点の遠さを知りながらも、立ち止まるという選択を捨てようとしていた。
再び、立ち上がろうとしていた。
「おれは、もう‼ 二度と敗けねェから!!!! あいつに勝って大剣豪になる日まで、絶対に、もう、おれは敗けねェ!!!! 文句あるか、海賊王‼」
「しししし‼ ない!!!」
悔しさをも糧にし、ゾロは誓う。
いつかその時まで、敗北する姿など決して見せたりはしないことを、歩き続けることを。
「いいチームだ。また会いたいものだ、お前達とは…」
ミホークにとっても、その姿はまぶしかった。
なにか、ひどく懐かしいものを見ているかのように。
「お前の目は…確かなようだな」
「当然だよ。………じゃあねミホーク。いずれ、あの海で」
「…そう願おう」
ややエレノアにのせられたことも気にせず、ミホークは素直に満足する。
まるで、後の楽しみが増えた、そう喜んでいるようにも、エレノアには感じられた。
「ウソップ君、ヨサク、ジョニー‼ ゾロを頼んだよ」
「え⁉ 姐さんは!!?」
「まだ仕事が残ってるからね………あの恩知らず共はここで潰しておく」
エレノアが視線を向けると、残っていたガレオン船の大きな残骸が吹き飛ばされる光景が目に入った。
ちょうど、クリークが乗っていたあたりだ。
「「「「「ぬは―――っ!!!!」」」」」
どうせクリークが余計な事でもしたのだろう。
ミホークが去り際に邪魔な相手をあしらい、余波でクリーク一味がぼたぼたと吹き飛ばされていく。
エレノアはその姿に少しだけ機嫌をよくし、ポキポキと拳を鳴らして残った一味を睨みつけた。
「ウソップ‼ 行ってくれ‼」
「………‼ わかった‼ おれとゾロは必ずナミを連れ戻す‼ お前らは、しっかりコックを仲間に入れとけ‼」
ルフィの合図で、ウソップはゾロを乗せた船を出発させる。
ミホークに殴りかかった際に外れてしまった麦わら帽を投げわたし、ウソップは大きな声で約束した。
「6人ちゃんと揃ったら‼ そんときゃ行こうぜ〝
「ああ‼ 行こう!!!」
荒波にさらわれる形で、ウソップたちを乗せた船はナミを追って進んでいく。
それを見送ると、エレノアのそばに立ったサンジが面倒くさそうにつぶやいた。
「…やっと来るぜ、疫病神がよ」
「おっさん‼ あいつら追い払ったら、おれ雑用やめていいか?」
「………! 好きにしろ」
むしろ好都合だ、というようにゼフはやすやすと了承する。
さらに小さくなった残骸にしがみつき、海から這い上がる海賊たちを見据えながら、コックたちは再び臨戦態勢に入る。
「さァ、あらためまして……‼ 暴れようか!!!」
エレノアの瞳が縦に裂け、その激情をあらわにした。