ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
「「「「「か…海賊王〜〜〜〜!!??」」」」」
晴れ渡る空に、一味の悲鳴じみた声が響き渡る。
エレノアが手にした紙片を中心に、ブルックを除く8人がぎょっと目を剥きながら後退る。
「ゴール・D・ロジャー………そういえばそんなルーキーが昔いたような」
「海賊王の文字……!!? ウソ…本物!!?」
「てことはこれは…‼︎〝海賊王〟の残したお宝の目印!??」
「スッゲェェ!!! だったらもうコレ……〝
紅茶を手に物思いに耽るブルック以外が、ぎゃーぎゃーとあたりを走り回り騒ぎまくる。その中で、最初にはっと冷静に戻ったのはナミだった。
「待って待って、落ち着いてあんた達‼︎ こんな紙切れ一枚がワンピースの目印なわけがないじゃない‼︎ だいたいこれ、示してるのは〝人〟でしょ⁉︎」
「いや!!! 間違いねェ!!! そいつがお宝を持ってるんだ!!! 探しにいこう!!!」
「無茶言わないでよ!!!」
もうほぼ完全にお宝の……ビブルカードの示す方向に行く気でいるルフィを制止しつつ、ナミは深い溜息をつく。
気になるのは彼女も同じだが、欲をかいて損をする気はさらさらなかった。
「それにね、急に進路の変更って言われても、私達は次の魚人島に向かわなくちゃならなくて、おまけにそこへ行く方法もまだ見つかってな………」
魚人島に行けなくてもいいのか、と諌めつつ。
ふと、手首の記録指針の進路を確かめたナミの目が、次の瞬間見開かれ表情が凍りつく。
まっすぐに海の底を示していたはずの指針が、びんっと真横を、まるで違う方向を向いていたのだ。
「…!!? ウソ……ヤだ!!! めちゃくちゃ針が引っ張られてるじゃない!!! どうなってるのよもう〜〜!!!」
ありえない事態に、指針に向けて泣き言をこぼしてしまうナミ。
他の面々もわらわらと指針を覗き込み、同じく驚愕の目を向け出した。
「うわっ! ほとんど完全にさっきと違う方向指してるな」
「……なァ、ブルック。これってさっきおめェが言ってた特殊な島に近付いた前兆じゃねェのか?」
「ヨホホホ…‼︎ どーなんでしょうか…!!? 私もこうなったのは初めて見るもので…!!!」
まさか噂が本当だったとは、と驚きの声を上げながら、ブルックのこめかみを冷や汗が伝う。落ち着いて見えたが、内心では激しい狼狽に苛まれていた。
その時ふと、何かに気付いたエレノアがはっと息を呑んで前に出た。
「ねェ、ナミ。ちょっとその記録指針ここに置いてみて」
「え? う…うん」
「そんで、これをここに置いてみて……と」
がたごとと樽を持ってきて、一味の輪の中心に置く。
そしてその上に指針と、先ほどの紙片を並べておいてみせる。
すると───指針が示す方向にぴったりと、ビブルカードがずりずりと動き出した。
「お…同じ方向を向いてる…………のか!!?」
「何だコリャア…⁉︎」
まさかの事態に、全員が再び騒ぎ出す。
こうなると、かの〝海賊王〟が残した宝物の手掛かりにわずかながら期待感が湧いてきてしまう。
「見ろ‼︎ こいつもここへ行けっていってんだ‼︎ こうなったら行くしかねェだろ!!!」
「何言ってんのよ!!? イヤよ‼︎ 怪しすぎるじゃないこんな謎現象!!!」
「お…おれもナミに賛成だ。持病の『異常な指針に従ってはいけない病』が………!!!」
「しっかりしろウソップ〜!!! 医者〜〜!!! 医者ァ〜!!!」
気分上々で行く気満々になっているルフィに、ナミもウソップも全力で難色を示す。ふらりとよろける二人の間をチョッパーが無駄に駆け回る。
そんな彼らに、指針と紙片を興味深そうに見つめていたロビンが笑みを浮かべた。
「いいんじゃない? そんなに急いでいるわけでもないんだし…」
「はァ……ロビンまで」
「それに……ちょっと興味があるのよ。かの海賊王がここまで厳重に秘密にしてきた宝物が、いったいどんなものなのか」
「うおー、行こうぜ未知の島!!!」
「面白そうじゃねェか」
彼女らしからぬ、いや、遺跡を前にした彼女がよく見せる好奇心に輝く眼差しを見てしまい、ナミはがっくりと肩を落とす。
他の者も、完全に進路の変更を止める気がないようだ。
「よーし、決まりだな!!! 気合い入れろ野朗共!!!〝海賊王のお宝〟を探しに行くぞォ〜!!!!」
ルフィの号令に合わせ、ナミの渋々とした指示に従い、獅子の船は進路を大きく変える。
嘘か真か、本物か偽物か。
かの伝説の男が記した、宝があるという島を目指して。
「ふぎゃあああ〜〜〜!!? 飛ぶ‼︎ 吹き飛ぶ〜〜!!!」
「ぎゃーーー!!!」
「私も〜〜〜!!!」
「何やってんだてめェら〝ストロング右〟ォ!!!」
ごぅ、と吹きすさぶ強烈な風雨に、危うくエレノアとチョッパーとブルック、体重の軽い三人が吹き飛びかける。
慌ててフランキーが腕を伸ばし、三人を掴んで回収に成功する。
「いや〜…助かったよアニキ。私ら人より軽いから」
「骨なので、ヨホホホ」
「エレノアは特に重傷に次ぐ重傷で食欲が落ちてるから」
「悲しい事いうな‼︎ 泣けてくるだろが!!!」
飛ばされないよう、欄干やらマストやらにしがみつく三人の呟きに、フランキーはぐすっと鼻を鳴らして目を逸らす。ウソップも同じく泣いていた。
「ナミ〜…‼︎ まだか〜!!?」
「もうちょっと………‼︎ ていうか、急かすなら働けェ!!!」
荒波に揉まれ、大きく揺れるサニー号の甲板に踏ん張りながら、ナミは海を見渡し首を傾げる。
天才的な航海の才能を誇るナミでさえ、この海域に着いて数十分、目的地の島を見つけられずにいた。
「気候の変化からして、もうとっくに見えててもいいハズ…………なのに今の所、島の影どころか何にも見つからない‼︎ どうなってんのよこれェ…‼︎」
「天候は時化…波は大荒れ……‼︎」
「あんまり長居すると沈みそうだな」
「だから船を停められる場所を探してるのに………‼︎」
ぼそりと呟くサンジとゾロに返しながら、目を皿にして懸命に探す。
天候を、空気を、そして記録指針を。全てを確認しながら、しかし暗く揺れる最悪の視界の中で見つけるのに難儀していた。
「もう完全にしっかり謎島の磁気に捕まってるし……」
「…………もうこの島を見つける以外になさそうね」
「エレノア、あれ…〝見聞色の覇気〟とかで気配はなんか感じない?」
「ビンビンに。…ただなんていうか………これを感じる方角に行きたくないっていうか」
最後の頼みの綱、エレノアの〝覇気〟を頼ろうとしたナミだが、本人は非常に険しい顔で一点を見据えるばかり。聞こえてくる声もやや強張っている。
「行きたくないって何よ、何かあるの?」
「んんんん………んん〜っ⁉︎ 何とな〜〜〜くイヤ〜〜〜〜な予感がしてるんだよねェ」
「ここまできて何よもう!!!」
指針の向く方角と同じ方を見つめ、眉間に深いしわを刻んで唸っている。裾から覗く尻尾が、濡れながら逆立っているように見えた。
そうして航海士と天使が悪戦苦闘していると、案の定一人が駄々をこね始めた。
「も〜ダメだ、腹へったァ〜…!!!」
「文句言うんじゃねェ、急な進路の変更で予定が狂っちまったんだから仕方ねェだろ。自業自得だバカ」
「ぶへェ〜…!!!」
食糧に一時的に制限がかかり、ぎゅるぎゅると鳴り響く腹の虫に苛立ちながら、確かにこのままではまずいと全員が緊張し始める。
その時、不意にウソップがびくっと肩を震わせ、辺りをきょろきょろと見渡し始めた。
「……⁉︎ 何だ、なんかスゲー寒気がしたぞ…⁉︎」
「どうせいつもの『島に入ってはいけない病』だろ」
「い‼︎ いや‼︎ 今のはマジでメチャクチャイヤな予感がしたんだって…!!!」
騒ぎ出したウソップに、呆れた視線が集中する。
また勝手に一人でびびっているのだろう、全員がそう判断し放置しかけた、その時だ。
「……………!!!」
ぴくん、と外套の下でエレノアの耳が動き、ばっと空を振り仰いだ。
「総員‼︎ 厳戒態勢!!!」
「なんか来るぞ!!!」
「は!!?」
「え⁇ え⁉︎ 何⁉︎ 何が来るの!??」
空を睨み、身構え出したエレノアが叫んだ直後、ウソップもおっかなびっくりといった様子で吠える。
何事か、とどよめく一味が、二人の見据える方向を向いた、その直後。
ごぅ!と、巨大な赤い何かが一味の真上を飛び越えていった。
「「「うおわああああああああ!!!?」」」
嵐に加え、さらに吹き荒れる暴風によって大きく揺さぶられるサニー号。
危うく例の三人以外も吹き飛ばされかけ、全員が慌てて船体にしがみついた。
「……な、何だァ⁉︎ あの鳥は⁉︎」
「デッッッケェ〜〜〜鳥だ!!!」
暴風を生み、遠ざかっていく巨鳥の後ろ姿を凝視し、慄く一味。
〝偉大なる航路〟でもそうそう飛んではいない大きさの襲撃者に、しかし普段は騒いでいそうな者達がかなり落ち着いた様子を見せていた。
「けどなんか…………デカく感じなかった」
「オーズのお陰だな、いっとき大丈夫だ。ガハハ」
スリラーバークで遭遇した最大の敵のおかげで、多少の耐性がついたらしいウソップとチョッパーが笑う。
だがウソップの目は、それとは異なる理由で引き締められていた。
「……なァおい、ゾロ、サンジ、エレノア、あとウソップ」
「…あァ」
「わかるぜ…」
帽子を押さえ、揺れに耐えるルフィが仲間達に告げる。
名を呼ばれただけで、その全員が彼の言いたい事を理解し、同じこわばった表情で巨鳥を見上げていた。
「あれ……普通の鳥じゃない」
エレノアが小さく呟いた直後、巨鳥が動く。
ぎょろり、と通り過ぎたはずのサニー号……それに乗った海賊達の中の一人を睨み、大きく旋回しながら再び接近してきたのだ。
「キシャアアアアアア!!!!」
「ギャ────ッ‼︎ こっちに来たァ〜!!!」
ごぉ!と再び暴風に襲われ、さらに揺れるサニー号。
先程よりも振れ幅が大きく、あわや今度こそひっくり返るかと思うほどの勢いに苛まれる。
舵輪にしがみつきながら、ナミが情けない声を上げていた。
「何で毎回こんなとんでもない奴に狙われなきゃならないのよ〜〜!!!」
「微力ながら……‼︎ 私が!!!」
再び向かってくる巨鳥を相手に、ブルックが仕込み杖から抜いた刃を手に不安定な足場で跳躍し、首を落とそうと刃を振るう。
だが、放たれたブルックの一閃は、激しい火花と共に甲高い音を立てて弾かれていた。
「ヨホッ!!? 硬ァ⁉︎ 羽毛が鋼かなんかですか!!?」
決して手を抜いたわけではない、なんなら少しやり過ぎなくらいに力を込めたはずだが、それでも弾かれた。
飛ばされる前にマストに掴まったブルックを横目に、エレノアが困惑の声を漏らす。
「あいつ…さっき私を睨んだ……?」
なぜ、と戸惑う天使を狙うかのように、巨鳥は鋭く目を光らせ、もう一度旋回し近付いてくる。
なぜか、向けられた目が怒りに燃えているように見えた。
「もう一回来るぞ!!! この嵐の中これ以上揺れるのはマズい!!! 転覆するぞ!!!」
「ロビン‼︎ あいつの動き止められるか⁉︎」
「やってみるわ………〝百花繚乱〟!!!」
ウソップに言われ、ロビンが手を交差させて構える。
途端に、巨鳥の体の各所から何本もの華奢な手が生え、絡み合う。そしてそのまま締め上げようとするが、かすかに翼を曲げる事しかできなかった。
「重いわ、少ししか動きを阻害できそうにない…‼︎」
「充分だ!!!」
「上出来…‼︎」
脂汗をかくロビンに一言を告げて、ルフィとゾロ、サンジとエレノアが飛び出す。四人で同時に、向かってくる巨鳥を狙う。
「タイミング合わせて!!!」
「おゥ!!!〝ゴムゴムの〟ォ!!!」
「三刀流…〝蟹〟!!!」
「〝首肉〟…!!!」
「その首頂戴、是非もなし!!!」
甲高い咆哮をあげ、鋭い爪の並ぶ足を突きつけてくる巨鳥。その目は確かにエレノアに向けられ、強烈な圧を放ってくる。
その理由を解いている暇はない。今は、船を守るのが最重要事項。
完全に動作を合わせ、ルフィの二の腕が、ゾロの剣撃が、サンジの蹴撃が、エレノアの義足の斬撃が同時に巨鳥に叩き込まれる。
「〝鎖鎌〟!!!」「〝獲り〟!!!」「〝シュート〟!!!」「〝
強烈な衝撃が巨鳥の腹に炸裂し、怪物は白目を剥いて悶絶する。
巨体が硬直し、ぐらりと傾ぎ───不意に、巨鳥の体の輪郭が歪み、ばらばらに崩れ出す。
「おわ──っ!!?」
「何だァ!!?」
じゃらじゃらと飛び散る鈍色の欠片に呑まれ、押し流される四人。それぞれサニー号の上に叩きつけられる。
血反吐でも吐くかと思いきや、形が崩れた上に何かの欠片になって飛び散った。
天空から降り注ぐ鈍色に、マストに掴まったルフィがあんぐりと口を開けて固まっていると。
───一人の少女が、鈍色の中からずるりと抜け出したのが見えた。
「…え!!? 人!!?」
目を見開き、硬直する一味の前で、巨鳥の残骸の中から抜け出た少女がゆっくりと落下を始める。
言葉をなくし、立ち尽くすルフィ達の中で、最初にサンジが我に返る。
「なんてこった…!!! 空から…………麗しのレディが降ってきたァ〜!!!」
「喜ぶな!!!」
目をハートの形にして叫ぶサンジにウソップの突っ込みが飛ぶ。奇しくも彼のその声で、他の者達も徐々に我に返り、落下してくる少女を目に慌て出す。
「まさかあの鳥が食ってたの⁉︎」
「鳥じゃねェ‼︎ バケモノだありゃァ!!!」
「何だかよくわかんねェけど…今助けるぞォ!!!」
どういう事か、と慄く一味の中、ルフィがいち早く腕を伸ばし、少女を掴んで船に引っ張ろうと考える。
どの手が少女に触れようとしたその刹那、突如エレノアが顔色を変えて叫んだ。
「待ってルフィ!!! そいつ───人間じゃない!!!!」
彼女がそう吠えた瞬間、ルフィの手が少女の片手を掴む。
突然制止され、「え?」と気の抜けた声が漏れた直後、伸びた腕が戻ろうとして……ずしっ!ととてつもない重量がルフィの腕に襲いかかった。
「うぎ!!? ふぎぎぎぎぎぎ!!!」
そのまま腕が引きちぎられるのではないな、と思わんばかりの重量がかかり、ルフィは必死の形相でマストにしがみつき耐える。
空中にあった少女がサニー号に引っ張られる、それよりも先に。
激し揺れに加えて凄まじい重量のかかったサニー号が限界に達し、ぐるりと船体がひっくり返った。
「「「「「ギャ───ッ!!!」」」」」
どぱぁん!と、獅子の船が逆さまになり。
青年達は、真っ暗で荒れ狂う波の中に飲み込まれていった。
朝靄が立ち込める、白い砂浜。
海藻やゴミが流れ着いた、誰もいないその場に、たおやかな歌声が響く。
「───よくばりおおさま ぜんぶがほしい♪ せかいのぜんぶが なんでもほしい……♫」
さくさくと砂を踏み、一人の幼い少女が歩いていく。
跳ねるような足取りで、島に伝わる動揺を口ずさみ、跳ねるような足取りで上機嫌に砂地に足跡を刻む。
「れんきんじゅつしが わらっていった♪ おまえのねがいをかなえてやろう♫ よくばりおうは がまんができない♪ あくまのけいやく おろかにむすんだ………………ふにゅ?」
ふと、少女の歌声が途切れる。
波打ち際にある何かに気付き、訝しげに眉をひそめながら恐る恐る覗き込む。
打ち上げられた、無数のゴミ。その中に、人が混じっているのに気付いたのだ。
「…? ……!!! た…大変…!!! おに〜ちゃ〜〜〜ん!!!」
一瞬呆けた少女は、びゃっとその場で飛び跳ね後退る。
そして大急ぎで取って返し、大好きな兄に助けを求めに走った。