ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第265話〝価値なき宝〟

「はい!!!〝偉大なる航路満漢全席(グランドライングルートコース)〟お待ちどお!!!」

「うおおおお〜〜〜〜!!! スッゲー!!!」

 

 どんっ、と卓上に置かれた大小様々な皿、そして盛り付けられた料理。

 香ばしい香りを放ち、これでもかと存在感を発する数々の料理を前に、涎を垂らしたルフィが歓声をあげる。

 

「これアラバスタのやつ!!! こっちはウォーターセブンで見たやつ‼︎ 知ってる国のメシも知らねェ国のメシもある!!! うんまそ〜〜〜〜!!!!」

「船長さんがたくさん食べるって聞いてたからね‼︎ それに新しい子がきたお祝いもしておかないと!!! さァ食べて食べて‼︎」

 

 チヨ子が促すや否や、ルフィはフォークとスプーンを握りしめ食事を……というよりは捕食を始める。片っ端から腹に収めていく様は礼儀とはまるで無縁だったが、チヨ子が気にした様子は見受けられなかった。

 

「注文まだのハズだったんだけどな………みんな集まれてないし、先に食べちゃっていいものか」

「いいでしょ。空腹のルフィにだだこねられちゃ面倒だし」

「そりゃそうか………」

 

 まだ集まれていない面々の事を思い躊躇うエレノアに、先に一口頬張ったナミが宥める。随分店で待たせてもらったのに、長居するのも悪いだろう。

 

 ならばと箸を伸ばすエレノアのすぐ横で、ルフィが満面の笑みを浮かべてまた声をあげる。

 

「うんめェエ〜〜!!! アラバスタで食ったのとまったく一緒だ!!! 懐かしいな〜〜〜」

「こりゃマジでうめェ………あのジジイも唸るぜこりゃあ」

 

 遠く離れたもう一人の仲間の故郷を思い出し、懐かしみながらもルフィの手は止まらない。

 サンジも料理を頬張り、恩人たる料理人にも匹敵しうる味の良さに感嘆の声を漏らす。美女を讃える余裕もなくなったようだ。

 

「チヨ子さん、アラバスタに行った事あるの?」

「むか〜〜しにね? 料理人として武者修行をしてた時に行ったの。テラコッタさんっていう人と出会って仲良くなって、お互いにお料理の事で色々と話し合ったりしたのよ」

「テラコッタさんと知り合いだったの⁉︎」

 

 もしや、とふと疑問に思ったナミが尋ねてみると、意外な人物の名前が出てきて思わず目を見開く。

 慄くナミ達をよそに、チヨ子はどこか遠くに想いを馳せ始めた。

 

「懐かしいわァ……15で故郷を飛び出してあっちの島へこっちの島へ…………未知の島で初めて出会う食材、調理器具、お料理、料理人…!!! いろんな海兵さんや海賊さんにも振る舞ったりしたっけ………あの頃のみんなはいまも元気にしてるかしら」

「ステキなチヨ子さんは思い出もステキだァ………♡」

 

 ほぅ、とどこか寂しげなため息をこぼすチヨ子。

 憂いをにじませた横顔に、サンジがくねくねと擦り寄りながら鼻の下を伸ばす……が、チヨ子が次にこぼした一言にびしりと凍りついた。

 

「クック海賊団の皆さんは今頃何してるのかしらねェ」

「!!?」

 

 驚愕に目を見開き、固まるサンジ。同じくエレノアもびくっと肩を震わせ、チヨ子を凄まじい勢いで二度見した、ぎこちなくサンジと視線を交わす。

 

「……あの、その海賊団ってまさか〝赫足〟の…………」

「あら、ゼフ君の事ご存知? 若い時に会ったきりなのよねェ。思い出したらまた会いたくなったわ」

 

 震える声で恐る恐るチヨ子に尋ねると、そんな呑気な返答が返ってくる。

 ごくり、と一味から息を呑む音が響き、ルフィまでもが目を見開いた状態でチヨ子を凝視した。

 

「…ねェ、ゼフ君ってオーナーの事だよね………バラティエの」

「あ…あァ、クック海賊団ってのも間違いねェ。あの頃ジジイが率いてた一味の名だ」

「それを君呼びって………………」

「おばちゃん、歳いくつだ」

「ウフフ♪ さァ、いくつかしらね?」

 

 足と全盛期の力を失ったとはいえ、〝偉大なる航路〟を1年生き延びた猛者の一人。多くの者が当時恐れたはずの海賊を、親しい友人のように語る彼女に、戦慄の視線が集まる。

 いったいどんな人生を送ってきたのだろうか。

 

 事情を深く知らないシンゴは、席には着かず一味を見つめていた。そしてぼそりと、卓上の料理を見下ろして目を細める。

 

「…しかしチヨ子さん、コレは流石に作りすぎなんじゃ。コイツらこの島に来たばっかだぞ、いくら新人歓迎でコイツが大量に食うからって………サービス過多なんじゃ」

「えェ〜? ダメ?」

「ダメでしょ。逆にこっちが気を使うでしょう…………まったく気にせずに食ってるやつはいますけど」

「あァ、気にすんなシンゴ。このバカが食いまくってる分はきっちり払うから」

 

 ひどく高値がつくであろう、調理法も食材も異なる美食の数々。

 ルフィが店に来るとすぐに調理を始め、あれよという間に並べられたそれを見て、チヨ子の行き過ぎを疑ってしまっていた。

 

 だが、そんな兄の心配に、サンジが苦笑しながら手を横に振った。

 

「流石に現金は足りないけど、船にある黄金を換金して貰えば軽く支払えるわ。気にしてくれてありがとね。助けてくれたお礼に何か一緒に奢ってあげちゃおうかしら」

「………!!!」

「ナミが人に奢るって言ったァ〜〜〜!!!?」

 

 スリラーバークで手に入れた財宝の数々を思い出し、ナミが得意げに語る。

 彼女らしからぬ誘いまで飛び出してきて、食事中のルフィがぶほっと口に含んでいたものを吐き出し、エレノアはまた気絶した。

 

「う〜ん…支払う気でいてくれるのは嬉しいんだけど、それは多分無理だと思うわ」

「え?」

 

 無表情でルフィの襟首をつかんだナミは、何やら申し訳なさそうな顔で頬に手を当てるチヨ子のつぶやきに静止する。

 妙な嫌な予感が脳裏に走り、どういう事かと、背筋に寒気を感じながら女店主に振り向くと。

 

 

「この島ではねェ………黄金とか財宝ってぶっちゃけあんまり価値ないのよ」

 

 

 かしゃーん、とどこかで食器の落ちる音がする。

 

 告げられた無慈悲な言葉に、ナミは、そして他の面々は大きく目を見開き、蒼白に染まった顔でチヨ子を凝視した。

 

「……………………ウ……ソ」

「ごめんねェ? ちゃんと説明しておけばよかったわねェ」

「え…で……でも、黄金よ? 宝石とかいっぱいついた財宝よ? 価値がないとか…………いやいや流石にそれは」

「ん〜……どう説明したらいいのかしら」

 

 まさか、と自分が耳にした言葉が現実とは受け入れられず、ひくひくと頬を引きつらせながら、苦笑するチヨ子に説明を求めた。

 

「欲しがる人がねェ…この島にはまずいないのよね。だから島の外でどれだけ価値のある宝物を持ってこられても値段がつけられないの………悪く言うと、そこらへんの石ころにも負けるわね」

 

 かはっ、とナミが見えない血を吐き、椅子の上に崩れ落ちる。

 倒れそうになる彼女を慌ててサンジが止めるが、白目を剥いた航海士は何の反応も返さない。というか気絶している。

 

 しんと静まり返った空間で、ルフィが戸惑いながらエレノアに問いかける。

 

「…………おいエレノア。つまり…どういう事だ?」

「この島、宝払いムリだって」

「えェ〜〜〜〜〜!!!!」

 

 流石に事態の深刻さに気付いたらしく、ぎょっと目を飛び出させるルフィ。

 頻繁に宝払いという名の食い逃げをかましている彼だが、端から駄目だと言われれば流石に慌てるらしい。

 

「ルフィ!!! いますぐ食うのやめて!!! マジでやめて!!!」

「悪ィ、もうカラだ」

「手遅れです!!!」

「ウソでしょォ!!?」

「てめェあの数秒でどんだけ食ってんだよ‼︎」

 

 意味などないかもしれないが、とりあえずこれ以上金を取られてたまるものかと、まずルフィの食事を止めさせようとし。

 すでに空になった全ての皿を前にがくりと頭を抱える羽目になる。

 

「ナミさん…‼︎ 今払えるお金っていくらある…!!?」

「………全部合わせても約1万B……!!! どこかの島で換金しようと思ってたから油断してた…‼︎ ど、どうしよう…………!!!」

 

 財布を確認し、寒々しさを感じる中身を改めて目の当たりにしナミの顔からさらに血の気が引く。よもやこんな事態に陥るなど誰が想像しただろうか。

 

「あら〜〜…」

「あァ……やっぱりこうなった」

「チヨ子さん、初めて来た人にはサービス精神高すぎだからもー」

 

 頬に手を当て、困ったように首を傾げるチヨ子に、シンゴとヒナが呆れた声を漏らす。割とよくある事態なのだろうか、慣れた雰囲気が感じられる。

 もっとも、そんな彼女の()()()()に巻き込まれる方は堪ったものではないのだが。

 

「ん〜……私としては別にオゴリとかツケとかでも気にしないんだけど〜…」

 

 チヨ子本人としては、騙すつもりも困らせるつもりもなかったらしく、無理に請求しようという素振りは一切ない。

 

 が、女店主の代わりを名乗るように。

 他の席で食事を堪能していた屈強な男達が、いつの間にかルフィ達を取り囲み出していた。

 

「おゥアンちゃん達………………チヨ子さんの店で金も払わず帰るたァ、どういう了見だ? あァ!!?」

「まさかとは思うが…ハナから姐さんの人柄につけ込んだ食い逃げじゃねェだろうな…⁉︎」

「違うよな? 違うと言えよ。じゃなきゃ姐さんの次の食材はてめェらになるぜ…」

 

 ばきばきと拳を鳴らし、強面の顔で見下ろしてくる数人の豪傑達。

 

 実力的には、ルフィ達も決して引けは取るまい。

 しかしそれ以上に、決して逆らってはならないという凄まじい威圧感に包まれ、全員が言葉を失っていた。

 

「いやいやいやいや‼︎ ホント‼︎ ほんとに払える予定だったの‼︎ 財宝はほんとにあるの!!! 食い逃げする気なんてさらさら……………しょっちゅうしてるけどこのアホは」

「やべェぞ言い訳のしようもねェ…………‼︎」

 

 慌てて言いつくろおうとするのだが、船長にいくつも前科があるためにそれ以上何も言えなくなる。もう二人は圧に震え上がるばかりだった。

 

「あ…あの……皆さんどうか穏便に…………ルフィ、とりあえず脱げ。あんたが持ってる分全部出せ。早よ、早よ」

「待て待ておれもう一銭もねェぞ⁉︎ 小遣い使い切っちまったし…やべェ、知らねェおっさん達に殺される………!!!」

「チクショウ……人が良さそうな見た目に騙された…………ぼったくりみたいなもんでしょこんなだまし討ち……!!!」

 

 どうにかこの状況を打開できる方法はないものか、とルフィに促し、そして頭を振り絞るエレノア。

 急ぐルフィは懐をばさばさと探り続け……ふと、眉間にしわを寄せ動きを止める。

 

「…………ん? 何だコレ、なんか入ってんぞ?」

 

 ズボンのポケットに違和感を感じ、ひっくり返して探る。

 すると、途端にじゃらじゃらと十数枚の銀色の小さな円形の板がこぼれ落ち、ルフィの顔が訝しげに歪む。

 

 それを───硬貨のような金属製の何かを拾い上げてみて、思わずじっと見つめる。

 

「…何だコリャ? コイン? メダル?」

「なにそれ、どこで拾ったのよそんなの」

「知らねェ、なんか勝手に入ってた」

「おいルフィ、流石にそんなモン出したってどうにもならねェだろ。もっと懐探せ。最悪身ぐるみ剥がすしかねェぞ‼︎」

 

 明らかに通貨ではないものをしげしげと見つめるルフィをサンジが睨み、解決策を求める。このまま全身の毛をむしり取られる事になるのか、と内心で悲壮な覚悟を決めていたその時だ。

 

「あら、ちょうどいいもの持ってるじゃない。支払いはそれでいいわよ?」

 

 あっけらかんと、ルフィの手元を見やったチヨ子が明るく告げ、効果をひょいと摘まみ上げる。そして、その場の空気の張り詰めが一気に和らいでいった。

 

「え?」

「枚数的にちょうどみたいね……まいどあり〜♪」

「何だよ、文無しとか言っといてちゃんとあるじゃねェか。おどかしやがって…」

「人騒がせな…」

 

 じゃらじゃらと床に落ちた効果を拾い上げ、一枚二枚と数え上げたチヨ子が安心した様子で厨房に引き返していくと、他の客達もぞろぞろと自分の席に戻っていく。

 

 取り残されたルフィ達は、互いに目を見合わせぽかんと呆けていた。

 

「……………つまり、どういう事だ?」

「セーフだって」

「何だよ大丈夫なら最初からそう言えよなっはっはっは────…」

 

 ひやひやした、と呑気に笑い出すルフィ。

 その顔面に、ナミの拳とサンジの蹴りが叩き込まれ、青年はあっという間にぼこぼこにされる。

 

 悲鳴が響く店内で一人、エレノアは机に頬杖をつき荒い息を吐いた。

 

「調子に乗るんじゃないよまったく……‼︎」

 

 はーっ、と苛立ちなのか安堵なのかよくわからないため息をこぼし、ふと視線を机の上に残った件の硬貨に向ける。

 指先で摘み、天使は胡乱げな視線で小さな金属片を見つめた。

 

「………こんなもんに価値があるとはねェ」

 

 片面に掘られた、細かな模様……虎の顔を模したような紋章が、窓の外からさす光を浴び、きらりと意味深な光を反射した。

 

⚓️

 

 波の音が響く、島の一角。

 鬱蒼と茂る密林の中からそびえ立つ岩山に走る、辛うじて道と呼べそうなわずかな足場を歩く二つの影。

 

 岩山の壁に触れながら、二人組の片割れの美女がふっと笑みを浮かべた。

 

「…オイ、まだやめねェのか。起きてからずっとその調子だぞ」

「ごめんなさい、もうちょっとだけ……」

「何回目だそのもうちょっとは!!! いい加減にしろよ遺跡マニア!!!」

 

 興味津々と行った表情で岩肌を撫でる美女に、後ろを歩く緑髪の剣士が怒鳴りつける。

 

 この島に漂着し、早数時間。

 奇妙な石像を目の当たりにし、そこからこの岩山に……各所に文字が刻まれた遺跡に辿り着いたロビンの探索も、すでに随分な時間が経過していた。

 

「…なんて興味深い遺跡……‼︎ こんな形のものは、今までどこにも確認されていないわ………」

「そりゃ何よりだよ…」

 

 船長よりも先に不思議なものを堪能している点を指摘するべきか悩みながら、いつの間にか付き添い役になっているゾロが肩を落とす。

 

 ちらりと横目を向ければ、彼女の追い求める文字が───今やロビン以外に誰も読めない遥か昔の文字が当たり前のように並んでいるのが見えた。

 

「………〝歴史の本文〟っつったか。ならこの島にも兵器の手がかりとやらが隠されてんのか」

「可能性はあるわ。しかも、この島はまだ政府に捕捉されていない完全な手付かず…………外界から完全に隔絶された、存在すらあやふやな環境だからこそね」

「空島みたいなもんか」

「そうね」

 

 熱に浮かされたように、軽い足取りで壁に触れていたロビン。

 その足が一瞬、足場からずれて宙に浮く。危うく落下しかけた彼女の背を、ゾロが無言で支えてやった。

 

「……ったく、気ィつけろ」

「ごめんなさい」

 

 ぶっきらぼうに手を引かれ、ばつが悪そうに謝罪を口にするロビン。

 しばらくゾロの面倒臭そうな表情を見上げていた彼女は、やがて不意に、可笑しげに声をこぼした。

 

「…ふふっ」

「? 何だよ」

「いえ………少し前なら、もっと嫌な顔で助けてもらってたでしょうね」

「ちっ…下らねェ事言ってんじゃねェよ」

 

 やや乱暴に手を引き、足場にロビンを戻す。

 付き合いきれるか、と言わんばかりに踵を返し、その場を後にしようとした時、ロビンが突如強い声で彼を呼び止めた。

 

「…ゾロ、見て」

「あ? …………コイツは」

 

 振り向いたゾロは、ロビンが触れる岩壁の一部を見下ろし、そこにあった奇妙なものを前に訝しげに眉を寄せる。

 

 数多の難解な文字に囲まれた中。

 刻まれた蝗を模したような紋章が、考古学者と剣士の目を惹いた。

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