ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
───じゃあ、おれ達はこれで。
またなんか困った事があったら、相談くらいには乗るよ。
───またね‼︎
───おー、いろいろありがとなー‼︎
それが、今から数分前の会話だった。
最後まで面倒見のいい優しい兄妹を見送り、暫定的に新たに仲間入りした少女を連れた動向が始まった……筈だった。
「…………という感じでさわやか〜〜に別れたのによォ、お前らさっきから食ってばっかじゃねェか!!!」
「「うんめェ〜〜〜!!!」」
場所は町の中程にある甘味屋。香ばしく甘い匂いが立ち込める店先で。
ルフィとチョッパーがエールと共に、大量に買い込んだ甘味を片っ端から堪能しまくっていた。
「な‼︎ な‼︎ この島のメシ全部うめェよな!!! これが冒険だぞ!!!」
「ふゥン………」
「薄いなリアクション!!?」
もぐもぐとあげたまんじゅうを頬張るエールに尋ねるルフィだが、少女は相変わらずの無表情で口を動かすだけ。声にもまるで感動が感じられない。
「お前なァ………いくらメダルが今大量にあるからって買いすぎだぞ。どこで手に入るのかもわからねェのにムダ遣いしすぎんな」
「悪ィ悪ィ、こいつ目覚めたばっかだし食わせてやんねーとと思ってよ!」
「そこはおれの出番だろバカ野郎」
びしり、と苦笑するルフィにサンジが甘味を口にしながら突っ込む。レディに美食を振る舞う機会を奪われ、やや不機嫌そうになっていた。
そんな彼らにあきれた様子で横目を向けつつ、団子を頬張ったエレノアが反対側の席に目を向けた。
「こっちはこっちでブッ倒れたままだし……ナミ、大丈夫〜?」
「…………ムリ、立てナイ」
「こりゃ相当心の傷が深いね…」
ぐったり、と席に横たわる航海士。
彼女の手には黄金色に輝く首飾りがあり、それを虚ろで悲しげな眼差しでじっと見つめ続けていた。
実は甘味屋に寄る前、一縷の願いを込めて財宝の監禁ができる店を探したのだが───。
───宝石? 黄金?
悪いけどウチでは買い取ってないよ、ゴメンね。
───えェ〜〜〜ッ!!?
結果は惨敗。
町にあるあらゆる店で買取を断られてしまったのだ。
「………‼︎ まさかホントに持ってきた財宝が換金できないなんて…‼︎ 黄金よ⁉︎ 宝石よ⁉︎ なんで誰も欲しがらないのよ!!?」
「んー、島の住民の感性じゃないの?」
「あーもう‼︎ あれだけ苦労して手に入れたお宝の山だってのに!!! 腹立つったらないわ‼︎」
がばっ、と席の上で体をひっくり返し、幼子のようにじたばたと暴れ癇癪を起こす。
ぱた、と脱力したナミは、すぐに表情を引き締め広々とした空を見上げた。
「はァ……こうなったら、さっさと次の島に行く方法を見つけ出さないとね」
ナミが改めてやる気を固める横で、ルフィが最後の甘味を口にする。
口周りについた餡やら砂糖やらをべろりと舐め取ってから、立ち上がって同じく食べ終えたエールに振り向く。
「ししし‼︎ じゃあ行くか!!! まずはこの島を隅々まで冒険すんぞ‼︎ お前らもそれでいいだろ?」
「あーはいはいわかったわかった」
「知ってた。止まるわきゃねェって」
「おれは大賛成だぜルフィ!!!」
あれよあれよという間に決まった、新たな仲間。
仲間全員に知らせる暇もなくもうきめられており、サンジを除く全員が諦めた様子で肩を落とす。
呑気な船長に、ナミが今一度厳しい表情で詰め寄り鼻先に指を突きつけた。
「本当に連れてくかどうかはともかく‼︎ ちゃんとゾロとロビンにも伝えておくのよ!!! あと、あんたが責任持って面倒見ること‼︎ わかった⁉︎」
「わかった!!!」
「いやおかしい、おかしいよナミ。人間に対して言う言葉じゃない」
目の前で行われるやりとりに、思わずエレノアが止めに入る。
拾ってきた捨て犬や捨て猫を飼うか否かを問う親子のような会話を慌てて止め、少女に振り向く。
「あんたも文句ぐらい言いなよ! イヌネコ扱いされてんだよ!!?」
「…………別にいいよ」
「無頓着にもほどがある!!!」
このままでは本当に扱いが犬猫になりかねない、と本人に自覚を促そうとするも、本人がまるで気にしておらず意味がない。
頭を抱えながら、傍らのチョッパーに溜息混じりに問いかける。
「この冷めた感じはどうにかならんもんかね………どうにもやりづらい。ねェチョッパー、記憶喪失ってこういう感じなの?」
「いや……おれも初めて見たしな。症例は何件か調べた事があるけど、実際に診た事は一度も………」
万能薬を目指し名医といえど、まだまだ経験の少ない彼には判断のしようがない。少なくとも、普通ではないのは間違いないが。
少女の事情を念頭に置きつつ、ナミは肩をすくめてルフィから目を逸らした。
「……ひとまず、あとの2人と合流するのが先ね。まァ、どうせルフィがごり押しするでしょうけど」
誰が止めても同じなのだ、と疲労感を感じながら、新たな道連れであるエールの方を見やり。
ぐにぐにとルフィに好き勝手頬を引っ張られるエールを見て、ぶっと噴き出した。
「おめーほんっとに笑わねェなァ‼︎ 何でそんなブスッとした顔してんだ? 変なヤツだなー」
「やめんかァ!!!」
反応がないのをいい事にいじりまくるルフィの脳天に、ナミの拳骨が炸裂する。一撃で沈められたルフィを前に、エールも流石に引いた様子で一歩分後ずさっていた。
「いや〜……私に続いて仲間が増えるとは驚きです。個人的には大歓迎ですよ! …ですが一つだけ………お訊ねしておかねばならない事が」
「…?」
つい数分前まで一味の最たる新入りだったブルックが、エールに近付く。
初対面の衝撃を思い出し、やや身構える彼女に対し、ブルックは姿勢を真っ直ぐにしながらその問いを口にした。
「パンツ、見せていただいてもよろしいでしょうか?」
「「やめれセクハラガイコツ!!!」」
どごごっ、と彼の後頭部にエレノアとナミの蹴りが決まる。
吹っ飛ばされる骸骨紳士の襟首を掴み、目を吊り上げたナミががーっと獅子のごとき咆哮をあげて怒鳴りつける。
「どいつもこいつも欲望に忠実すぎんのよこの一味は!!! 止めるこっちの身にもなりなさいよ!!!」
「………とりあえずおじーちゃんは『紳士』って言葉をもう一度学び直そうか」
「ヨホホホホ!!! 手キビシ〜ッ!!!」
一瞬でぼこぼこにされたブルックを見下ろし、エレノアがやれやれと肩を竦める。いきなりのセクハラなど、流石に仲間入りを嫌がられても無理はないだろう。
そう思った時だった。
「…………あの」
三人の漫才の様子を伺っていたエールが、恐る恐るながら、初めて自分から声をかけてきたかと思うと。
「ぱんつって何だィ?」
そう、衝撃の質問を口にする。
びしり、と凍りついたように動きを止めた一味は、示し合わせたように目を合わせ、やがてエレノアがエールの手を引いて歩き出す。
人気のない路地裏に二人で入り、しばらくごそごそと物音を響かせた後。
エレノアはエールの手を引いて外に姿を見せ、真剣な表情で結果を口にした。
「えー、検査の結果…………この子、パンツ履いてませんでした」
その瞬間、どばっ!とサンジとブルックの鼻から大量の鼻血が噴き出し、あたり一面を真っ赤に染めて倒れ臥した。
「サンジ〜〜〜!!! ブルック〜〜!!! 医者〜〜‼︎ 医者ァ〜!!!」
悲鳴をあげたチョッパーが二人の側を右往左往する。
騒然となる彼らを放置し、エールの両脇をつかんだエレノアとナミが恐ろしい速さで町を引き返し始めた。
「ナミ!!! 急いでどこか服屋探そう‼︎ 正直ここまで無頓着な子だとは思わなかった!!! あの色欲共の前にほったらかしてたら流石にあいつらもどうなるかわかったもんじゃないよ!!!」
「わかってる‼︎ もういっそ子供用でも勝負用でも何でもいいわ‼︎ 隠す事を覚えさせないと………!!!」
「つーかなんでこの子こんな重いの!!? 腹の中に石でも敷き詰めてんのか!!!」
がりがりがりがり、と引きずられたエールの足が地面に深い轍を刻む。
されるがままの少女を連れ、女海賊達が大急ぎで少女の衣服を揃えんと服屋を探しに行ってしまった。
「おい!!! このお荷物共をおれ達に押し付けてんじゃねェよ!!?」
置き去りにされた死屍累々の惨状を前に、フランキーが手を伸ばし制止するものの、二人とも全く止まる様子がなかった。
「へー…小さな島にしては結構品揃えが………あ、この服カワイイ」
「そのへんはナミに任せるよ。私はこの子の体のサイズ測ってくる」
「あんたももう少しオシャレしたら?
「だって背中全開の服があんまりないんだもん…」
かちゃかちゃと目の前に吊られた色とりどりの衣服を手に持ち、エレノアとナミがじっくりと確かめる。
自分の体に当てたりエールに当てたり、次から次へと真新しい衣服を試していく。かれこれもう数十分は経っている。
「はーい、一回お着替えしましょうねー」
「ほら、腕あげて。ここ押さえて。ほらもーせっかくいい素材持ってんのに………磨かなきゃもったいないでしょ!」
「………………何で怒られてんのかねェ」
女が三人よれば姦しいというように、本人よりもはしゃいだ二人が無垢な少女の衣装を片っ端から変えていく。
そんな声を、服屋の店前で屯する男達が所在なさげに見やっていた。
覗きはしないが、まだかまだかと時折様子を伺っている。
「…なんかスゲー居心地悪いな」
「女の服屋はなァ…………男にゃ用事なんざねェからな。ま、気長に待つしかねェだろ。どうせすぐには戻っちゃこねェし」
頬杖をつきだれるウソップに、フランキーがカンドロイドを弄りながら答える。しっかり趣味に興じている彼を見習い、ウソップも暇つぶしを探し始めた。
その横で、ブルックとサンジが妙にそわそわしながら服屋の奥を凝視していた。
「………あの布一枚で仕切られた敷居の向こう側に、お嬢さん方の花園が広がっていると思うと…………なんか正直それだけで胸が高まりますよねー、ヨホホホ」
「右に同じ」
「変態もそこまで貫くと立派だよ」
むふ、と頬を染めて色欲まみれの感想を述べる二人にウソップが半目を向ける。その瞬間、作業中だったフランキーが訝しげに振り向いた。
「え?」
「おめェじゃねェよ!!!」
変態と呼ばれる事に異様な誉を抱くこの男。
呼ばれたと勘違いした彼に強目に突っ込みを入れてから、ウソップは気分を変えようと町を見渡した。
「しっかし………改めて見るとこの島、いろんなもんが揃ってんなァ」
「あァ…人も店も食い物も、いろんな国のものがごちゃ混ぜになってるみてェに種類豊かだ。変わってんのは確かだな」
服屋を凝視したままサンジが同意の声をこぼす。真面目に聞いているのかいないのか不明だが、声は真剣に聞いているように聞こえた。
あたりをぶらついていたルフィも、ようやくひと段落ついたのか満面の笑みを携えて戻ってくる。
「ホントに色々あるよな〜、見ろよアレ。砂浜にあった石像と一緒だ」
「あァ…あの鷹のやつな。そういや、向こう側の海岸にもいくつか並んでたぞ。島の守り神とかそんなんじゃねェのか?」
「シンゴが言うには…島の誰もよくわかっちゃいねェって話だが…………何が楽しくてあんなもん作ったんだか」
思い出される、島のあちこちに立つ誰が見ても異様な雰囲気を感じる、謎の石像。
しゃれたというより不気味な意匠のそれが、脳裏に浮かび焼きつく。
言い表しようのない不気味さを孕んだそれらがある方角に、一味の視線は自然と向けられていった。
「あのメダルいっぱい集めたらあの像買えねェかな」
「やめろ!!!」
表で男性陣が船長の暴走を止めている頃。
ナミはいくつも取り出したい服を目の前に並べ、困り顔で首を傾げていた。
気に入らないわけではなく、むしろ気に入ったがためにどちらにするかを深く悩んでいた。
「ん〜〜〜……どれもこれも初めて見るデザインで、新鮮でいいんだけど……流石に全部買うと心許無くなるわね。実質タダで手に入ったものだけど、ちょっと不安ね」
「結局自分の分ばっかり買う気じゃん。あ、エール。着心地どう?」
「………………窮屈…」
「記録がいつ貯まるかはわからないけど……それまでに色々出航の準備とか進めておきたいし。どうにかして稼ぐなり、このメダルを集められればいいんだけど…………」
無理矢理買わされた下着の着心地に不満をこぼすエールを放置し、ナミは天を仰いで唸る。それを横目に、エレノアは手持ちの硬貨を摘んで眼前に掲げた。
「……そもそも、何なのこのメダル? 鉄でもなし、銀でもなし」
「また素材がわかんないの? あんたの知識って意外と偏ってんのね」
「うるさいよ」
からかわれたエレノアがナミを睨み、再度じっくりと硬貨を凝視する。
材質は何か、どこで作られるのか、どのように作られるのか、買い物の事も忘れてつい思考に没頭する。
「………メダル」
その時だ。悩む二人をじっと見つめていたエールがふと何かを思い出したように目を瞬かせると、袖の中に手を入れ、ごきっと音を鳴らす。
「ん」
「え?」
短く声をかけられ、二人がエールの方に振り向いた瞬間。
じゃらじゃらじゃらっ!
と、桶の水をひっくり返すかのように、エールの袖の中から大量の硬貨がこぼれ出してきた。
「…え⁉︎ ちょ…ちょっとあんたコレ‼︎ どこに持ってたの!!?」
「……知らない。なんか持ってたのさ………………欲しいならあげるよ」
「いいの!!? ありがと〜〜あとで絶対お礼するから〜!!!」
床に山積みになった硬貨を、ナミは目を銀色に輝かせながら片っ端から集めていく。もう財宝を前にした時とまったく同じ執着ぶりだ。
「さっきまではたしかに持ってなかったはずなのに…………あんた、なんかの能力者だったりしない?」
「…知らんね」
「これだからなァ………ほんっと謎だわ」
エレノアは仲間の浅ましい姿に呆れながら、片腕を押さえて黙り込んだ少女に咄嗟に胡乱げな眼差しを向ける。
腕を組み考え込むエレノアに、ナミが硬貨を胸いっぱいに抱えてだらしのない笑みを見せる。
「いいじゃないのよ‼︎ ねェ‼︎ ホントにコレもらっちゃっていいのよね⁉︎」
「……別にいいよ。いらないから」
「やった〜〜!!!」
思わぬ収入に、まるで子供のように飛び跳ねるナミを、エールは相変わらずの無表情で見つめる。
だが心なしか、その表情は満足げに緩んでいる……ように見えた。
「やれやれ…金銭感覚狂わせたりしなきゃいいけど……………………ん?」
人目も憚らずにはしゃぐナミに肩をすくめ、身持ちを崩さぬように見張らねばと人知れず決意を固めていた時。
不意に、奇妙な気配がエレノアの背筋を走る。
いつも感じる人や獣の気配───ではない、何か別の気配を感じ、自然と表情が引き締まる。
「……何、この妙な気配」
きゃいきゃいと騒がしいナミに背を向け、気配の主を探る。
だが、それらしい敵影は何も見当たらず、しかし警戒心はみるみるうちに膨れ上がり、外套で隠した体が強張り始める。
「ねェナミ! そっちになんか…………!!?」
「こっちがいいかな? ああでもこっちも捨てがたいし…! いっそのこと両方買って………でも他にも色々準備しておきたいしなァ……!!!」
ナミに注意を促すが、買い物に夢中なナミはその声に気付かない。
熱に浮かされたような顔で硬貨と衣服を交互に見つめ、涎をやらさん勢いでぼんやりと思考する。
それゆえに……彼女は、それの存在に気がつかなかった。
「────その欲望、解放しろ…!!!」
「え…」
ちゃりん、と。
硬い硬貨が入れられる音が、恐ろしく近くから聞こえてくる。
そして、体の中から何かがずるずると這い出すかのような奇妙な感覚を覚えた直後、恐る恐る振り向いたナミは。
突如現れた、包帯まみれの異形を目の当たりにし、ぎょっと目を剥いて大きく仰け反った。
「おだがら……ほじィイイィ…!!!」
「ギャアァアアァアァア!!!!」