ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
第271話〝古の悪魔〟
「フゥーッ………‼︎ フゥーッ………‼︎ フゥ──…………!!!」
緑に輝く目を血走らせ、重装甲の少女が荒々しく息を吐く。
全身を覆う紫の甲冑。肩には角、腰には尾、後頭部からは翼を生やした異形じみた鎧からも、白く冷気が滲み出す。
放たれた冷気は、少女の周囲の全てを容赦なく白く染め上げていった。
「おわ───っ!!?」
「さブッ⁉︎ 何事だァ!!!」
危うく足が凍りかけたウソップとフランキーが目を剥いて飛び退く。
薄着の男達は手足をこすり、一瞬にして気候を冬へと変えた少女に戦慄の視線を向ける。
「………!!? あの姿……あの鎧は…!!!」
「何じゃありゃあ…⁉︎」
異形達を相手取っていた伊達マルや新ノ介も思わず手を止め、突然の環境の、そして無力そうに見えた少女の変貌に目を丸くする。
驚愕を露わにする現場の者達。
だがそれは、決して人間だけではなかった。
「この力は…‼︎」
「この力は同類……!!!」
突如現れた鎧の戦士を前にして、異形達も顔色を変える。獣のような唸り声を漏らすエールを凝視し、慄きの声を上げ、敵意を目に宿す。
「同類にして……………敵!!!」
かっ、と目を見開き、異形達が一斉にエールに向けて殺到する。
それまで相手取っていた島の住民やルフィ達、エレノアを放置し、全てがエール一人に襲いかかる。
押し寄せる異形の波。
それを前にして、エールの顔が恐ろしげに歪む。
「おおおおああああああああ!!!」
雄叫びと共に、エールの後頭部の翼が大きく広がる。翼竜の翼が頭から生え、力強く羽撃かれる。
途端に羽撃きから強烈な冷気の暴風が吹き荒れ、迫る異形達をまとめて吹き飛ばしてみせた。
「………⁉︎ 鎧の形が変わった…」
「うがあァァァ!!!」
絶句するロビンの見つめる先で、エールは翼を羽撃かせ、凄まじい勢いで空を飛ぶ。
宙へと舞い上がりながら、今度は腰から生えた装甲が変形し、臀部で一つにまとまって一本の長い尾に変わる。
その姿は、まさに〝竜〟だ。
「ぐるるるるる………がァァァ!!!」
鬼の形相で吠えたエールが、異形達に向けて空から突っ込んでいく。
空中で加速し、異形達の頭上から隕石の如き勢いで落下し、敵を木の葉のように軽々と吹き飛ばす。
「ゥオオオオオォ!!!」
「ぎゃあああ!!?」
エールはそのうちの一体の顔面を掴み、振り回して地面に叩きつける。
異形が激突した地面は大きく陥没し、異形の四肢がばらばらに千切れ飛ぶ。顔面などもはや原型すらない。
その仇を討とうとするかのように数体が背後からエールに迫るが、エールは振り向きざまに拳を振るい、異形の腹を殴りつける。
強烈な一撃が腹に決まった異形は、そのまま背中まで貫かれ、悲鳴も上げられないまま硬貨に変じて爆散した。
「がるるる……ぐるああああああああ!!!」
「あ…あいつらを一撃で………!!? なんちゅー力してんだあいつはァ!!!」
容赦なく敵を屠っていく、謎の記憶消失の少女。
自分達が苦戦した相手を瞬く間に叩きのめしていくその姿に、ウソップががたがたと震えながら声を漏らす。
一味の全員が絶句する中、一人、異なる驚愕を露わにする少女がいた。
「………あのメダルは……まさか…………いや、でも………………!!!」
顔から血の気を引かせ、ぶつぶつと呟くエレノア。
彼らの凝視する先で、エールは次々に異形達を粉微塵に粉砕し、最後の一体を踏み潰す。
「がるるるるる…‼︎」
「ギ──ギャアアアアァ!!!」
凄まじい重量が虎の異形の頭にかかり、めきめきと顔が変形させられる。
断末魔の悲鳴が響き渡った直後、異形の顔はぐしゃりと潰され、全身が硬貨の粒に変じて飛び散った。
「ぐるあああああああ!!!」
目に映る全ての獲物を仕留めたエールは、勝利とも憤怒ともとれる咆哮を上げ、天を仰ぐ。
冷酷無慈悲な殺戮の嵐が、ようやく止まった……そう思われた瞬間だった。
「がるるるるるる!!!!」
「ふぎゃ────っ!!?」
ぐるんっ、と振り向いたエールが、突如エレノアに鋭い爪を振るった。
あやうく真っ二つにされかけたエレノアは慌てて身を伏せ、ごろごろと地面を転がって距離を取る。
「ちょ…ちょっと!!! 何してくれてんのよあんたコラァ!!! あんたまで私狙い!!?」
「ガルルルルァア!!!」
「ふぎゃああああああ!!!」
咄嗟に抗議の声を上げるエレノア。だが、エールが止まる様子はない。
避けた事でより一層、エレノアへの敵意を……いや最早憎悪と呼ぶべき感情を露わにし、苛烈に攻め続けてくる。
「だーっ!!! 待って‼︎ 待って待って待って‼︎ ゴメン!!! なんかわかんないけど流れ的にゴメン!!! だからそれ向けるの勘弁して‼︎ いつものエールに戻って〜!!!」
「何だよ…⁉︎ また狙われてんぞ!!!」
「何でエレノアばっかり………⁉︎」
「考察なんざしてる場合じゃねェ!!! あの女止めるぞ!!!」
涙目で逃げ回るエレノアの姿に、ルフィ達は困惑しながら、ゾロの声で我に返り助けに向かう。
事情はまるで不明だが、このままでは怪我で済みそうにない。
「がるるるるるるるるる…!!!」
「オイ止まれ!!! 止まれってエール!!!」
「ちょっと冷静になってくださいエールさん!!!」
「てめェもういいだろ!!! もう充分暴れただろうが!!! もうここに敵はいねェよ!!!」
「落ち着けエールちゃん!!!」
エールが腕を振り下ろす寸前で、ルフィとブルック、フランキーとサンジが組み付き、止めようとする。
だが、エールの勢いは止まらないどころか、強引に三人を押し退けていき。
「ガァァァァ!!!」
「「「「おわ──っ!!!」」」」
やがて三人の本気の拘束を、エールはぎりっと歯を軋ませた後、彼らを思い切り振り払って抜け出してしまった。
拘束を抜けたエールが再びエレノアに迫る。
その前に、二刀を構えたゾロが立ちはだかりエールの両爪を受け止める。
「いい加減にしろよてめェ…!!! 何がイラついたのか知らねェが…‼︎ これ以上続けるってんなら────‼︎」
険しい表情でエールを押しとどめようと、その場で踏ん張るゾロ。
だが次の瞬間、エールがその場で振り回した尾の一撃により、真横に吹き飛ばされてしまった。
「いや───ッ!!! ゾロォ〜〜ッ!!!」
「ゾロがやられたァ〜!!!」
家屋に突っ込み、氷の破片と瓦礫の中に飲まれたゾロを見て、ナミとチョッパーが悲鳴をあげる。
突っ込んだ民家の中で、ゾロは瓦礫を押しのけながら苦悶の声を漏らす。
「ウ…‼︎ クソ……」
「あのバカ…‼︎ 傷なんざまだ塞がってねェくせに意地はりやがって…………!!!」
胸を抑えて膝をつく彼の姿が見え、サンジが吐き捨てる。
一味で一、二を争う剛力の持ち主が倒れた事で、ロビンがきっ、と表情を引き締め構える。
「手荒くなるわよ…‼︎〝
ぶわっ、とエールの全身から無数の手が生え、関節技を仕掛ける。
最悪、多少傷つけてでも止める、そんな覚悟で拘束を試みるが、エールは止まるどころか絡み合う腕を引きちぎりかけた。
「ウッ…!!! ダメ…止まらない…!!!」
「ウオオオオオオ!!!」
「イヤ〜〜っ‼︎ 何でさっきから私ばっかりこんな目に〜〜〜!!?」
強烈な痛みに、ロビンの力が一瞬緩む。その間に、エールは咆哮と共に走り出し、再びエレノアを追う。
「やめろォ!!! やめてくれエール!!!」
「エレノアァ〜!!! エレノアが殺される〜〜〜!!!」
もう誰にも止められないのか、最悪の光景を幻視したウソップとチョッパーが悲鳴をあげ、頭を抱える。
だが、彼らの目の前を見慣れた麦わら帽子が通り過ぎ、天使を背に庇った。
「ルフィ!!!」
「おい‼︎ 止まれエール!!! やめろ!!!」
「ゥオアアアアア!!!」
鋭い爪を振りかぶるエールに向けて、ルフィが吠える。
理性のない猛獣と化した新たな仲間を前に、微塵も退く姿勢を見せず、呼び掛け続ける。
止まらない少女の暴走に、やがてルフィの中で
「やめろっつってんだろうがァ!!!!」
目を見開き、かつてないほどに強烈な感情が声に乗る。
目に見えない圧のようなものが、ルフィには自覚のないそれが真正面からエールに衝突し。
エールはようやく、静止した。
「フゥ───ッ…フゥ───ッ……………フゥウウゥ…………………………」
ルフィの目の前に爪を突き出した状態で、エールは止まっていた。
徐々に荒ぶっていた呼吸が落ち着き、静かになると、唐突に紫の鎧が宙に解けるように消失し、エールの身体がぐらりと傾ぐ。
「おい‼︎ しっかりしろ………………あ、重ェ」
「ぐえ重ォっ!!!」
「オイ!!!」
咄嗟に抱き留めようとしたルフィだが、エールの重さに耐えかねエレノア諸共に倒れ込む。直前の雰囲気をぶち壊す情けなさに、ウソップが堪らず突っ込みを入れる。
「なんで抱きとめようとして潰されてんだよおめェは!!! …ってマジで重ェなこの女ァ!!!」
「悪い、動けねェ、助けて」
「………………締まらない奴ら……」
慌ててフランキー達が駆け寄り、ルフィの救出に入る。
命からがら生き延びたエレノアだが、あまりの結末に礼を言う気にもなれず、潰されたまま溜息をこぼした。
「……今のは…まさか」
わーぎゃーと騒ぐ青年達を、一人静かに凝視する新ノ介。
その手を懐に当て、持っているものの感触を確かめながら、彼は静かに息を呑む。
「ったく……何だったんだ今のァ。派手に暴れやがって………」
「すげー暴れっぷりだったな。あの化け物達の大半をやっつけちまった。しかも見ろよこれ……とんでもねェ枚数のメダル‼︎」
「これ全部が………あいつらだったのか……?」
家屋の瓦礫を押しのけ、呼吸を落ち着かせたゾロがぼやく。
あたりに散らばる無数の硬貨の山が、先程まで生きて動いていたなど、自分の目で見ていてもまだ信じられない。
そこへ、機械の鎧を纏った町医者が気怠げに近付いてきた。
「よォ〜大丈夫かお前ら?」
「伊達マル」
「お見事な奮戦………そんで悪ィ、来て早々に厄介な状況に巻き込んじまったな。しっかしまァ〜〜暴れたもんだなァこの嬢ちゃん。おれ達の活躍が霞みそうな大暴れだったな、いっそ清々しいくらいだ」
一味と同じく周囲を見渡し、燦々たる町の有様に溜息を零す。
装甲で顔などまったく見えないが、呆れた表情を浮かべているのはよくわかった。
「そんで何だったんだ? 今の姿……とんでもねェヤツだって事はよくわかったけどよ」
「さァ〜? おれ達も今初めて見たしな」
「…………お前それでよく仲間になれとか言えたな」
「しししし‼︎」
「笑って誤魔化すんじゃないよ、私殺されかけてんだよ………‼︎」
数人がかりでようやくどかす事のできた少女を地面に寝かせ、ルフィが呑気に笑う。止まったのだからいいや、と吹っ飛ばされた事は気にしていないらしい。
そんな彼に呆れるエレノア。
その耳がふと、周囲で交わされる囁き声を捉える。
「オイ……今のってよ」
「あァ…間違いねェ……」
「天族……」
「天族だ………」
「だが、ありゃただの言い伝えじゃ…………」
ちらりと横目を向ければ、エールに、そして自分に対して向けられる介護的な視線に気付く。
遠く離れた位置から、島の住民達がざわざわと目配せをしあっている。
「何だ?」
「何だも何も………そりゃああんだけ大暴れすりゃ目立つし恐れられもするで───」
何やら不穏な気配が漂っている事に気付き始めたルフィ達。
町は半壊し、挙句凍りついて滅茶苦茶になっているのだから、そんな目を向けられても仕方がない。
どうしたものか、とルフィが顔をしかめさせた時だった。
「悪魔じゃァアア〜〜〜〜!!!」
突如、住民達の中から悲鳴じみた叫び声が響き渡る。
ぎょっと振り向くルフィ達の前で、島の住民達が左右に分かれ、わなわなと震える一人の老人の姿が露わになった。
「…………あァ……あ…悪魔じゃあ………………‼︎」
「え?」
「いやオメーじゃねーよ」
ぶるぶると震える指で、一味を指差し体を強張らせるしわくちゃの老人。
つい反応してしまったロビンに突っ込みが入れられるのを他所に、老人は目をかっ開いたまま掠れた声を漏らす。
「悪魔の種族じゃあ………わ…わ…災いをもたらす悪魔の種族じゃあ………!!! 古の白い悪魔が………おぞましき欲望の王が………破壊と殺戮をもたらす悪魔共が…‼︎ 戻って来おったァ………!!!」
老いのためか恐怖のためか、身を震わせながら、老人の視線は微塵も揺るがない。まっすぐに白虎の天使を凝視したまま、不穏な呟きを漏らしている。
「私に……言ってる?」
「悪魔が再びこの島を滅ぼしにやって来おったァァァ!!! 早く………早く追い出さねばァ‼︎ 追い出さねば破滅が降り注ぐぞォ!!!」
慄く老人の声が甲高く響き渡る。恐怖のあまりそのまま逝ってしまうのではないかといわんばかりの形相で、エレノアを指差し続けている。
すると次第に、老人以外の住民達の態度にも変化が現れ始めた。
「悪魔……」
「悪魔…‼︎」
「やはり…あの悪魔か………!!!」
納得するように、住民達の口から呟きが漏れる。
全員がエレノアに振り向き、徐々にその目を鋭く尖らせていく。水が墨で染まるように、ゆっくりと敵意が満ちていく。
「やめよお前達‼︎ この者達は我らと同じ流れ人‼︎ むしろ巻き込まれた立場の者達だ‼︎ 悪魔などでは…………‼︎」
「殺せェエ!!! 悪魔と悪魔に与する者共を殺せェ!!! 急がねばァ………急がねば全てが滅ぶ‼︎ 800年前のあの災厄のように!!!!」
歯抜けのがたがたの口から泡を吹きながら、老人が力の限り吠える。
目の前にいる〝悪魔〟を遠ざけんとするために、自分以外の住民達に向けて吠え続ける。
やがて、エレノアに向けて硬い何かがぶつけられる。
「痛っ…‼︎」
「エレノアちゃん‼︎ 誰だいま投げたヤツ……‼︎」
ごっ、と頭を掠め、地面に落ちた石ころ。
はっと天使の身を案じたサンジが目を見開き、次いで住民達を鋭く睨みつけるが……返ってきたのは、彼以上の怒りと憎悪の視線と罵声だった。
「悪魔を殺せェエ〜〜〜!!!」
「出ていけェ!!! おれ達に近づくなァ!!!」
わっ、と住民達が手当たり次第に物を投げ、ルフィ達に浴びせかけてくる。
石ころのほか、店の商品、瓦礫、硬貨などが雨のように投げつけられ、拒絶の意をこれでもかと示してくる。
すかさず、伊達マルや新ノ介が間に割って入ろうとするが、誰も止まらない。
「あだっ⁉︎ あだだだだだだ!!! ちょっ…ちょっと待てあんたら‼︎ いだっ⁉︎ あぶっ、危なっ………危ねェって!!!」
「ま…待て‼︎ 落ち着けお前達‼︎」
「おっさん、どいてくれ。庇ってくれて嬉しいけどもうダメだ」
懸命に住民達をなだめようとする新ノ介に、ルフィが冷静に告げる。
悲しむでもなく怒るでもなく、これが当たり前だというような冷めた態度で、彼は住民達に背を向けた。
「なんかよくわかんねェけど…………おれ達この島の奴らに嫌われちまったみてェだ」
「何だこのわけのわからん状況は………‼︎」
「逃げるぞお前ら‼︎〝必殺・超煙星〟!!!」
降り注ぐ石ころなどを防ぎつつ、激しく戸惑いながら一味は走り出す。
途中、ウソップが地面に向けて一発の弾を投げつけ……凄まじい量の白煙を蔓延させる。
怒号が悲鳴に成り代わり、一味はその隙に全力で逃げ出し、町を後にしたのだった。
その様子を、一軒の家屋の陰に身を潜めていた一人の男が、冷めた表情で見つめていた。
彼はおもむろに懐に手を入れると、一本の缶を取り出して栓を開け、一匹の金属の蝗に変えて口を開いた。
「………状況報告。例の一味はその後町民に追われ、移動を開始……中央島の森に向かいました」
ぼそりと静かに、上司に報告する男。
どこか不満げな様子を滲ませながら、一味の逃げ去った方角を見やり、報告を続けるのだった。
「折を見て接触し、誘導します」