ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第272話〝旅は道連れ世は情け〟

「………社長、町で複数のヤミーが出現。現場の住民が即座に鎮圧に動き………〝欠片〟の彼女が目覚めたとの事です」

「存じているよ!!! サトナカ君!!!」

 

 生クリームをかき混ぜながら、一人の男が力強い声で答える。赤い生地に金糸の模様があしらわれた派手な格好をした、恰幅のいい中年の男だ。

 

「まさか彼らがこの島に導かれてくるとはね‼︎ 運命とは実に不可視で不可思議なものだ………しかしそれゆえに!!! 限りある人生に予想外の展開をもたらす!!! ゆえにこそ!!! 生まれる出会いは素晴らしい!!!!」

 

 報告をした赤いドレスの女性に背を向けたまま、男はボウルを片手に持って見晴らしのいい窓辺に立ち、笑みを浮かべる。

 爛々と目を輝かせ、景色ではない何かをじっと凝視し続けていた。

 

「さっそく招待の準備を‼︎ 彼らの好物をふんだんに用意しておいてくれたまえ!!!」

「承知しました…」

 

 女性が一礼して退室すると、男は一度調理の手を止める。そして窓の外に向けて泡立て器を掲げてみせた。

 

「私達のこの出会いに…………ハッピーバースデェェイ!!!!」

 

⚓️

 

 ぜーひゅー、ぜーひゅー。

 

 深い森の中に複数人の荒い呼吸の声が響く。

 肩を大きく上下させながら、ここまで全力で走ってきたルフィ達はちらりと町の方を振り返った。

 

「なんとか……逃げ切れた…な…………‼︎」

「まさか………あいつらがあんな豹変するとは……島に来た時ゃあんだけ親切だったのによ…………!!!」

 

 突如、町の住民から向けられた敵意。

 危うくそのまま嬲り殺しにでもされるのではないかと思うほど、彼らが向けてきた目は鋭く恐ろしかった。

 

「何だったんだありゃあ。エレノアのツラを見た途端…なんかもう……親の仇でも見るような目で……‼︎」

「お前………この島の連中に何やったんだ?」

「ンなわけあるかっ‼︎ 誰がそんな〝白ひげ(パパ)〟の名を汚すマネをするか!!!」

 

 仲間達から謂れなき疑いをかけられたエレノアが目を吊り上げ、余計な事を言ったゾロを睨みつける。ふん、と鼻を鳴らし、苛立たしげに腕組みをする。

 

「だいたい、悪いのはあの化け物集団でしょ⁉︎ 私無茶苦茶理不尽に殺されそうになったんだけど!!! 何アイツら!!?」

「おれに怒鳴るなよ…」

 

 一切の非がないのに、まるで親の仇かのように狙われ襲われ、憤懣やる方ないといった様子。

 明らかな八つ当たりで怒鳴られ、目の前のゾロも険しい顔になる。

 

「正直…ワケのわからねェ事ばかりだ………記録指針は狂って役に立たず………」

「目的地かもわからない謎の島に流れ着いて…」

「化け物集団に襲われて」

「挙句悪魔呼ばわりされて追い出され………」

 

 麦わらの一味全員が、唐突すぎる怒涛の展開についていけず、溜息混じりに呟きをこぼす。

 海賊ゆえに追い回されても仕方がないが、今回は流石に急すぎる。

 

 最後にゾロが、一際激しく息を荒げるサンジの前で横たわる、不思議な装いの少女を見やった。

 

「そんで極め付けは………あの女か。あのでけェ鳥に食われてた……」

「あァ、エールってんだ。何も覚えてねェんだってよ」

「この島の子だったの?」

「わかんねェ。それも覚えてねェんだと」

「妙なヤツを抱え込みやがって…………」

 

 ゾロとロビンに尋ねられるも、何も得られた情報のないルフィは首を傾げるのみ。思わずゾロは呆れた表情で深い溜息をこぼす。

 

「とにかく、あんなもん見せられた以上おれァこいつが仲間になるなんざ御免だ。仲間を殺しにかかるヤツなんざ乗せられるか」

「ンだとマリモてめェ………‼︎」

 

 凄まじい重量を持つ謎の少女を必死に運び、疲労困憊になっていたサンジが、ゾロが吐き捨てた言葉にぎろりと睨みを返す。

 あれだけ酷い目に遭ったのに、貴重な女性陣を手放したくないようだ。

 

「ならエレノアがこの女に殺されてもいいってのかクソコック」

「そりゃダメだ!!! 絶対にダメだ!!!」

「なら諦めろ………元から怪しすぎたんだよ、コイツは」

「んぐゥ〜〜〜……!!!」

「どんだけ悔しいんだよおめーは!!!」

 

 正論をぶつけられると、サンジは唇を噛み締め血涙を流し、口惜しさを全身でこれでもかと表す。

 ゾロが半目で追撃しようとしたところで、チョッパーが躊躇いがちに割って入った。

 

「でもよォ、ゾロ……コイツ、記憶を失って大変なんだ。何も話を聞かずに追い出すのは待ってくれねェか⁉︎ せめて本人から事情を聞くとかさ…………‼︎ エレノアも………許してやれなんて口が裂けても言えねェけどよ」

「アゥ‼︎ だがそりゃそうだ!!! いっぺん拾っといて危ねェからほっぽり出すってなァ男が廃るだろ!!!」

「私、女」

「黙ってろお人好し共‼︎」

 

 フランキーまで擁護に参加し、苛立つゾロが声を荒げる。

 普通の人間ならばそれでもいいだろう。だが、得体の知れない力を持ち、暴走するような存在が相手なら話は別だ。

 

「事情があるにせよ、そして何より船長であるコイツが決めた事だとしても、裏があるのならそばになんぞ置けねェ。()()があるんなら相応の対応をしなきゃならねェ、違うか⁉︎」

「そりゃあ………そうだがよ」

「ん〜〜〜〜でもなァ〜〜」

 

 過酷な海を渡る一集団として当然の事実を突きつけられ、擁護派の面々は勢いが落ちる。

 それでもルフィは納得できない様子で、難しい表情で天を仰いでいた。

 

「…どう思います? 被害者代表として」

「殺されるのは勘弁してほしいなァ…………だけどそれ以上に、気になる事がある」

 

 一味の中で一番の、というより唯一狙われているように見えたエレノアにナミが尋ねると、意外にも彼女も悩む様子を見せた。

 横たわるエールを見つめ、自身の記憶を辿りながら深い思考に浸っでいた。

 

「…あの子があの怪物達を根こそぎブッ殺した後、あの場で私だけが狙われた事………他に人はいたのに、私だけを狙ってるように見えたのがどうにも気になる………」

「やっぱり、過去に恨みでも買ってたの?」

「いやだからそうじゃなくて!!! ………あの怪物達や島の人達が言ってた、〝悪魔の種族〟ってのがどうにも頭から離れなくてさ」

 

 本来の姿を晒した自身を狙ってきたエール。そして、謎の怪物達。

 彼らを退け、どうにか無力化した後、今度は島の住民からも敵意を向けられてきた。

 

 海賊である事を差し引いても、今までにない事態だ。

 

「アイツら、天族の事を〝悪魔〟なんて呼んでんのか?」

「…………どう見ても真逆の種族だろ。何があったんだ…?」

 

〝偉大なる航路〟に伝わる〝天族〟の伝説、それは大半が幸運の象徴として語られている。

 エレノア自身、敵や悪党には容赦がないが、それ以外の一般人に対して理由なく手を出す事はない、穏健派の海賊だ。

 

 そんな種がこの島では〝悪魔〟と呼ばれている、確かに奇妙な矛盾だ。

 

「…………少なくとも、色々知りたい事ができたのは間違いない………この島に足止めされている間に調査してみたいんだ」

「そうね………私もすごく興味があるわ。この島の歴史に天族の関わりがあるのなら、余計にこの機会は逃せない」

 

 エレノアがそう望むと、ロビンも同じ気持ちなのか真剣な表情で頷き出す。

 

 己の体に流れる種族の血について、エレノアも詳しくはない。かつて起こった奇妙な現象や能力、歴史に関して、まだまだ謎が多い。

 それが明らかになるやもしれないと、二人共密かに好奇心を刺激されていた。

 

「…………だったらその間…コイツはどうする気だ? 起きたらまた襲われるかもしれねェぞ」

「この島の過去に………天族に関わる証人かもしれないからね。詳しい話をできるだけ聞きたい………それにさっきの暴走は……なんていうか、命の危機に瀕したときに出現する防衛本能みたいなものの気がするんだよね」

「そういえば……そうだな」

「あいつらに襲われる前はあんな危険な雰囲気は感じなかったぞ‼︎」

 

 今回の件の一番の被害者からの援護に、ウソップとチョッパーが勢いを取り戻し、うんうんと何度も頷く。

 ゾロがじとっと彼らを睨むと、エレノアが宥めるように苦笑をこぼした。

 

「勿論、暴れても問題ないように厳重に監視を…………」

 

 言いかけたエレノアが、突然ぴしりと硬直する。

 いつのまにか、ゆらりと体を起こし、虚空を見つめてぼんやりしているエールに気付き、ぎょっと目を見開いた。

 

「ふぎゃ────っ!!! 起きた────っ!!!」

「いきなりビビり倒してんじゃねェよ!!!」

 

 蛇に気付いた猫のように飛び退るエレノアの姿に、さっきまでの余裕はどうしたとゾロが突っ込みを入れる。彼女には珍しい情けない姿だ。

 騒がしい彼らの前で、エールはぼんやりしたままゆっくりと振り向いた。

 

「……………………ここァ、どこだィ?」

 

 最初に言葉を交わした時のような、虚ろな表情。

 嫌な予感がしたブルックが、はっとエールの目を凝視して口を手で覆う。

 

「ちょっとまさか……また記憶が消えてしまったのでは!!?」

「よしフランキー、頭叩け。多分それで直る」

「オウ‼︎」

「直るかァ!!!」

 

 壊れた機械を直す昔ながらのやり方を試そうとするウソップとフランキーをサンジが止める。

 エールはしばらくの間黙っていたが、やがて溜息混じりに口を開いた。

 

「………別に…何もしやしないよ、エレノア……」

「あ、覚えてた」

 

 青い顔で後ずさるエレノアを見つめ、半目になるエール。

 先程とは違う平常状態に戻っている事を確かめ、ようやくエレノアは逆立てていた毛を元に戻した。

 

 すると、ナミがエレノアの前に立ち、腰を手に当てエールを見下ろした。

 

「ちょっとアンタ……本当に覚えてないの⁉︎ さっきの大暴れ‼︎ アイツらブッ飛ばしてくれたのは感謝してるけど、ウチの守り神様殺しかけてタダで済むと思わないでよね!!?」

「…よく……わからない」

「あ────もう…‼︎ これなんだから……」

 

 虚ろな表情のまま、ただしどこか悲しげに俯き首を横に振るエール。

 彼女の表情をじっと凝視していたゾロが、やがて眉間に皺を寄せたまま肩の力を抜く。いつの間にか触れていた刀からも手を離した。

 

「…………嘘をついてるようには見えねェな……記憶喪失ってのは間違いないのか」

「その失った記憶の中に……さっきの鎧についての情報があるんだとすりゃ…記憶を取り戻させりゃ万事解決しそうなんだが…………」

「それができりゃ苦労しねェよ、結局怪しい謎の女のままか…」

 

 本人に悪意の類はない、そう判断したゾロは唸るように溜息を吐く。

 本当に先程の暴走は理由があって生じたものなのだろう。そうは思うものの、だからと言って放置できる訳がない。

 

 しばらくの間考え込んでいたゾロは、やがて表情を引き締め、ルフィを睨んだ。

 

「つーわけだ、ルフィ‼︎ エレノアの調査とやらが片付いたらこの女しっかり元いたトコに捨てて来いよ!!!」

「えェ〜……‼︎」

「いやだから待て待て待て」

 

 ゾロから飛び出したあまりの発言に、エレノアが手を振って遮る。

 一度経験したやりとりに、咄嗟にゾロの頭をすぱんっと叩いてしまっていた。

 

「何であんたまで犬猫拾ってきた子供の親みたいな事言ってんのよ!!? アンタも!!! いい加減怒りなさいっての!!! 人間のプライドはないのかアンタには!!!」

「…別に、いいさ」

「嘘だろもォ〜!!!」

 

 相も変わらず自分の事に無頓着すぎる、自意識の低いエールに頭を抱えて項垂れるエレノア。

 

 だが、以前とは異なり。

 エールはどこか自傷的な雰囲気を滲ませ、俯いていた。

 

「………………何が起こったのかは…覚えてる………気がする…………私がルフィ達を傷つけたって事は………わかったよ。なら…………いいよ。このまま捨てられても………構わないさ」

 

 その姿はまるで、本当に捨て犬や捨て猫のようだ。

 箱に入れられ、雨の中に屋根もないところに放棄された哀れな小さい獣のような、悲痛な表情で膝を抱えている。

 

 それを見た一味は思わず、ゾロに物言いたげな眼差しを向けた。

 

「………………………………おい、何だお前らその目は。やめろオイ!!! おれ一人を悪者扱いしてんじゃねェ!!!」

 

 全員からちくちくと向けられる冷たい視線に、ゾロが目を吊り上げて吠える。

 何も間違った事は言っていないのだが、謎の少女の放つあまりの寂寥感に味方が誰一人いなくなってしまう。

 

 やがて、ナミが深い溜息と共に肩を落とし、エールに苦笑を向けた。

 

「………はァ〜、しょーがない。今回だけ見逃してあげますか。あんたのおかげで助かった部分もあるしね」

「…次はないからね」

「ヨホホホ‼︎ 私、元から気にしてませんから‼︎」

 

 ふっ、と張り詰めていた場の空気が緩み、エールに対する警戒心がほんの少しだが薄れる。

 エールはきょとんと呆けた目を彼らに向け、小首を傾げた。

 

「…いいの? 一緒にいて」

「どうせコイツが言う通りにするワケないんだもの、揉めたってムダよ。あとはどこぞの緑髪の剣士さんのお許しが出ればいいんだけどねェ…?」

「なんでおれに矛先が向けられてんだよ…!!!」

 

 咎めるような目を向けられ、ゾロのこめかみに青筋が浮く。

 まるで自分一人が駄々でもこねているかのような扱いに、ぴくぴくと頬が痙攣する。

 

 が、やがて彼は諦めた様子で、エールから視線を逸らした。

 

「チッ…‼︎ 妙な事したら叩っ斬る!!! それでいいな!!?」

「最初からそう言えばいいんだよォマリモ君」

「てめェからブッた斬られてェのかエロコック…‼︎」

 

 ゾロが折れるや否や、にたぁといやらしい笑みを浮かべたサンジがそれ見た事かと小馬鹿にしてきて、さらにゾロを苛立たせる。

 

「おーし!!! そんじゃあゾロの許しも出た事だし‼︎ この島もっと探険するぞ〜〜〜!!!」

「「「おォ〜!!!」」」

 

 そんな男達のやりとりをよそに、ルフィ達はなんとかエールを暫定的な仲間に留める事ができた喜びを露わにする。

 わいわいと騒ぐ彼らを横目で見て、ゾロは改めてエールに視線を向けた。

 

「お前も災難だったな………コイツに目をつけられた以上、この先苦労するぞ」

「…そうなのかィ?」

「あァ。おれ達ゃ全員そのクチだ」

 

 厄介な事情を抱えているらしい少女に、ゾロが向けるのは同情的な視線だ。

 怪しんでいるのは変わらないものの、どんな事情があるにせよ、この一味に加わってしまった以上、穏やかな日々は過ごせまい。

 

 それをまだ理解できていない様子のエールを見つめ、ゾロはやがて訝しげに眉間にしわを寄せ始めた。

 

「………………何?」

「いや……おめェのツラ、どこかで見たような気がしてな……気のせいか………?」

 

 僅かに感じた違和感、いや、既視感にゾロは困惑の呟きをこぼし。

 エールはただ、不思議そうに彼と、自分を受け入れた青年達を眺め続けるのだった。

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