ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第273話〝牢獄〟

「──…とにもかくにも、せっかく人里が見つかったってのに、おれ達全員追い出されちまったわけだが………どうすんだ? これから」

「どうもこうも…………記録指針がこのザマだもの、どうしようもないわ」

「いっそ適当に進むか? そのうちどっかの島には着くんじゃねェか?」

「お黙り」

 

 新入りの事はさておき、重要なのは今後の方針だ。

 航海で最も重要な指針が狂っている状況をなんとかしない以上、野垂死にしか道はない。だが、どうにかする方法は今の所何もない。

 

「町を頼れねェんじゃ仕方がねェ………さいわいこんだけ深い森があるんだ。食料ならなんとかなるだろう…指針についてはまァ、動きながら考えりゃいい………………」

「結局こうなるのね…今度こそのんびりできると思ったのにィ」

 

 寄る町、寄る島で毎回騒動に巻き込まれていると自覚しているナミが、肩をすくめながら深々と溜息をこぼした、その時。

 一味のすぐそばの茂みが、突如がさがさと音を立て始めた。

 

「うおっ⁉︎ 追手か‼︎ 敵襲か⁉︎ 戦闘配置っ!!! 総員戦闘配置につけ〜〜〜〜っ!!!」

「落ち着け」

 

 まさか先程の島民達が追ってきたのか、と慌てたウソップが飛び上がり、ぎゃーぎゃーとやかましく騒ぎ出す。

 

「……‼︎ あんた達………こんな所にいたのか」

 

 しかし果たして顔を見せたのは、憎悪に顔を歪めた島民ではなく、一味を砂浜で拾い介抱してくれた、ぶっきらぼうな少年と優しく力持ちな少女だった。

 

「お前…‼︎ お前こそ何でここに」

「追い回されるあんた達の姿が見えたから、後を追ってきたんだ………妹がな、妹が」

「お兄ちゃん達‼︎ 大丈夫!!?」

 

 思わぬ人の登場に目を丸くするサンジに、シンゴが相変わらずの態度で告げる。その隣から、ヒナが大急ぎで飛び出しナミ達の方に駆け寄ってくる。

 

「ヒナちゃん…‼︎ もしかして心配してくれたの………!!? 島の人達、私達の事悪魔って呼ぶくらい嫌われちゃったのに…………」

「私、そんなイジワルな事思わないもん。心配だったから来ちゃった‼︎」

「ありがとォ〜〜…‼︎」

 

 本気で一味の身を案じてくれているらしい少女に、感極まったエレノアが満面の笑みで手を広げ、抱擁を促す。

 が、少女の怪力の事を忘却していて、すぐさまその表情が苦悶に歪んだ。

 

「……ってィだだだだだだだだ待って待って待ってヒナちゃん待って折れる折れるとんでもパワーで背骨折れるってふぎゃあああああ!!!」

「エレノアちゃ〜〜〜ん!!?」

「あの子、最近ホントにツイてないわ」

「まだ何か取り憑かれてるのかしら」

「不憫」

「ゴメンね‼︎ 島のみんながホントにゴメンね⁉︎ なんでかわかんないけど、みんなスッゴい恐がってるみたいなの。でもあんまり怒んないであげて欲しいんだ………ホントにゴメンね⁉︎」

「ちょ…わ、わかった! わかったから力抜いて…………つ、潰れりゅ」

 

 みしみしと音を立てさせながら、涙目で懇願するヒナにエレノアの方が強く乞う。ナミもロビンも、ついでにエールも自分でなくてよかったとほっと胸を撫で下ろしていた。

 

「シンゴ、オメーはいいのか? 妹が思いっきり悪魔とやらに懐いてるが…」

 

 ぶくぶくと泡を吹くエレノアに横目を向けつつ、ウソップが兄の方に尋ねる。どちらも同じ島の住民なのだから、同じ嫌悪を抱いていてもおかしくはないだろうに。

 

 そんな疑問に、シンゴは呆れた様子で嘆息する。

 

「………おれはあんなロクでもない伝説、ハナから信じてないから。元々はあんた達と同じよそ者だし……………あんた達がバカみたいなお人好しだって事は、話してみればすぐにわかる事だろ」

「そうか………って誰がバカだクソガキ!!!」

 

 さらっと混ぜられた罵倒にしっかり怒鳴り返しつつ、一味は安堵する。

 詳しい事情は知らないが、この兄妹に関しては敵ではないらしい。

 

「なァその………そもそも何なんだその伝説ってのは? この島になんか謂れがあるのか?」

「…そんな事、今のあんた達のいる状況に比べればどうでもいい事だろ」

 

 フランキーに尋ねられ、シンゴはじっと彼らを見つめそう告げる。

 孤立した一味を心配するというよりは、何らかの義務感が彼の表情からは伺える。

 

「島の連中にあれだけ敵意を持たれた以上、あんた達はこれから大いに苦労する事になる………おれもできれば追い出されたくはないけど、拾った以上その責任は果たすつもりだ。まァ…可能な限りは手を貸すよ」

「拾ったって…あんたまで人を捨て犬みたいに…………もういいや」

「…そりゃあありがてェが、おれ達も永住するつもりなんざ一切ねェ。準備ができりゃさっさと出て行ってやるよ」

「え〜〜〜〜!!?」

「てめェの冒険病はこんな非常時にもおとなしくしやがらねェのか!!!」

 

 ゾロの冷静な判断に、船長たるルフィが一際大きな抗議の声をあげる。何を言われようと、冒険は続けたいようだ。

 いつも通り困った思考の船長に、全員が呆れ、嘆いて額に手を当てる。

 

 ───そんな一味に、少年がぼそりと告げた。

 

「…出られないよ」

「あ?」

「あんた達はもう…この島からは出られない…そう言ったんだ」

 

 意味深な響きを持つ、シンゴの言葉。

 一味がその意味を測りかね、全員で少年の方に視線を集める。

 

「オイ…そりゃどういう意味で────」

 

 はっきり言え、とゾロが少年に答えを促そうとした時。

 一味の耳に、どこからか響いてくる何者かの騒ぎ声が届き、はっと目を見開いた。

 

 

 

「チクショウ‼︎ フザケやがって!!! あんな化け物が出てくるなんて聞いてねェぞ!!!」

 

 ある浜に、一味が流れ着いた場所とは異なる岩場に、一隻の海賊船が浮かんでいた。

 その甲板の上で一人の髭面の男が声を荒げ、手下達に作業を命じている。

 

「こんな所に居られるか!!! 急げ野朗共‼︎ さっさとこんなくそったれな島から脱出だ!!! 野朗共、漕げ!!! 力の限り漕げェ!!!」

「お…おォ!!!」

 

 数十人の手下達が長い櫂を手に、必死に船を漕ぐ。

 凄まじい重労働のはずだが、誰一人文句も言わず、穂を畳んだ大きな船を一心不乱に進ませていた。

 

「何だありゃ…けったいなヒゲのおっさん海賊だ」

「え、ウソップこの距離から見えるの?」

「あァ………なんかなんとな〜くわかる。ぼやっとした輪郭だけだけどな……」

 

 その様子を、声を聞きつけた麦わらの一味が森の中から窺う。

 すでに船は遠く、人の顔などまるでわからないが、ウソップは訝しげな表情で目を細め、詳しい様子を語ってみせる。

 

「海賊旗は?」

「ん〜〜…ドクロに矢印のヒゲ‼︎ あ、いや…左右のヒゲの長さが違うな…………時計の針みたいだ」

「だったらクロック海賊団か…まァまァ名の売れた海賊かな」

 

 狙撃手の最近の目覚しい成長に感心しつつ、エレノアは確かめた情報から海賊達の正体を探り当てる。

 そのやりとりで、シンゴも彼らの事を思い出していた。

 

「あれは………半年位前に流れ着いてきた住民だな。最近は大人しかったんだけど……今回の一件でとうとう怖じ気付いちゃったのか」

「何だ、おれ達の前にも流れ着いた奴らがいたのか?」

「………この島には、そういう奴らがごまんといるよ」

 

 誰かと思えば、自分達と同じく嵐に遭ってこの島に流れ着いた同類か、と警戒心が薄れる。

 遠ざかっていく船を眺めながら、ルフィが訝しげに首を傾げた。

 

「で、あいつら何やってんだ? あんなに慌てて…」

「さっきの怪物が恐ろしくなって………宝物や珍しい物、食料をありったけ積み込んでこの島から逃げ出そうとしてるんだよ……さっきまでのあんた達と一緒で」

「よーし!!! 漕げェ‼︎ こんな島からはとっととオサラバだ〜〜〜!!!」

 

 皮肉じみた言い方に、男性陣がじろりとシンゴを睨むが、本人はどこ吹く風といった様子。

 そうこうしている間に、クロック海賊団はどんどん沖へと向かっていく。

 

「あーあー…………また無駄な犠牲者が。出られやしないのに、余計な事して……」

「え?」

 

 またしても聞こえた意味深な呟きに、一味が困惑の視線を向ける。

 すると今度は、フランキーから「あ」と声が漏れた。

 

「………忘れてた」

「え?」

「何がだよ」

「いや………今後に関わる重要な件なんだが…………内容が内容だけにいつ言ったもんかと悩んでてな。正直今も言い辛ェんだが…」

 

 どうしたものか、と彼には珍しいぎこちなさに、ますます困惑が深まる。

 どういう事だ、とはっきり尋ねようとした時だった。

 

 沖合に出たクロック海賊団の方から、何やら騒がしい、悲鳴のような声が聞こえ始めた。

 

「せ…船長‼︎ 舵がききません!!!」

「オールが持ってかれる!!! このままじゃまた転覆します!!!」

「お…おいふざけんなてめェら‼︎ 情けねェ事言うんじゃねェ!!! もっと気合入れろ!!! こんな荒波…〝偉大なる航路〟を旅するおれ達の敵じゃ──…‼︎」

 

 ざばばば、と水音が聞こえ、船体が徐々に傾いている。

 穏やかな波なのに、海賊船の下でだけ激しい水飛沫が立っているのにナミが気付いた、次の瞬間。

 

 

 ───バキバキバキィッ!!!

 

 

 と、突如海賊船に大きな亀裂が走り、何かに握り潰されるかのようにひしゃげてしまった。

 

「「「「「ギャアアアアアア!!!!」」」」」

「「「「「ギャアアアアアア!!!!」」」」」

 

 クロック海賊団と麦わらの一味、双方から悲鳴が上がる。

 砕けていく海賊船は、徐々に海面に沈んでいく。海賊達は船の残骸にしがみつきながら、必死に空気を求めてもがき続ける。

 

 だが、次第に彼らの声は、一つずつ小さくなっていった。

 

「ぶわァあああ‼︎」

「船長ォォォ───」

「おばっ…‼︎ お‼︎ お前らァ!!!」

 

 ごごごご、と空気が震える音が響く。

 海の魔物に引き摺り込まれながら、最後に残った船長が目を血走らせ、空へ手を伸ばし続ける。

 

「ィ……‼︎ いやだ…ウソだろこんなっ…‼︎ クロック海賊団の最期が………こんな…こんな…!!!」

 

 漏れ出た声も、がぼがぼと海に飲み込まれていき。

 やがて、しーん…と、何も聞こえず、何も見えない、凪いだ海だけが残された。

 

 誰一人、何も言えなかった。

 全員が真っ青な顔で、ロビンですら凍りついた表情で立ち尽くし、黙り込んでいる。

 

「…さて」

 

 冷え切った空気の中、ヒナと共に平静なままでいたシンゴが、こほんと咳を一つする。

 ぱくぱくと口を開閉するエールをよそに、一味に向き直った。

 

「入ったら二度と出られない、地図にも載っていない幻の島『陽炎島』へようこそ」

「「「「「ふざけんなァ!!!!」」」」」

 

 場の雰囲気を変えようとしてか、冗談じみた紹介を今更行う少年に全員から突っ込みが飛ぶ。全く笑えない最悪の光景だ。

 

「な…なななななな何ですかアレェエ〜〜!!? 船が海に食べられちゃいましたよ〜〜!!! あんなに凪いだ海なのに!!!」

「〝陽炎〟だよ」

「カ…カゲロウ!!?」

 

 かたかたと震え、目を見開くブルックにシンゴが冷静に告げる。

 

 元々、この島は外界から何も入り込めないほどに強力で広大な、渦潮の領域が広がっているのだという。

 入り込もうとしても弾かれ、強引に入ろうものなら、先程のように水底に飲み込まれる。

 

 しかし、それは普通では目に見えず、気付く事もできない。

 海水温と気温の差によって、海面上に蜃気楼が発生しているからだ。

 

 本来蜃気楼というものは、その場にない遠くの景色を歪めて見せる幻。

 この海域では逆に、本来見えるものを何もないように、島も渦潮も何もないように見せているのだという───故に、不用意に近付こうものなら、海の悪魔が牙を剥く。

 

 故にこの島は、こう呼ばれる。

 蜃気楼(陽炎)に秘された島───〝陽炎島〟と。

 

「マジかよ………」

「そんな現象聞いた事ない…‼︎」

「まァ…〝偉大なる航路〟だから。何が起こってもおかしくはない…………だから、この島の事を外の人間は誰も知らない。辿り着けもしないし……出る事も叶わないから」

「…その上、記録指針も狂うと」

「そう。この島の時期はとてつもなく不安定で、何年も指針を引き寄せなかったり、僅かな磁力で航路を乱したり、逆にいきなり強く引き寄せたり…………とにかく変化に一貫性がない」

 

 戦慄するナミに、エレノアが納得した様子で呟く。

 冷や汗を垂らしながら、あまりにも残酷で無慈悲な自然の脅威に、それ以上の言葉を見失う。

 

「あんた達………この島に着く前に嵐に遭っただろ? かなり大きい」

「あ…あァ‼︎ 死ぬかと思ったぜありゃあ…」

「この島は年に何度か……大規模な嵐に見舞われる。」

 

 その際に発生する気圧の変化により、海流にも僅かながら変化が生じ。

 何人も受け入れない自然の檻がほんの少しだけ開かれ、船を引き寄せて閉じ込めるのだという。

 

 脳裏に浮かんでいた疑問の答えを先に教えられ、ナミはごくりと息を呑む。

 

「ごくごく稀に、その嵐に巻き込まれた人間がこの島に流れ着く………そして、二度と島から出られない住民(囚人)になる」

「……!!!」

「島の人達があんた達を歓迎した理由…………今ならわかるだろ?」

 

 は、とルフィ達はシンゴの言葉で思い出す。

 島にやって来たばかりの時、島民達が向けて来た感情は確かに……労いと同情の眼差しばかりだった。

 

「あんた達はもう同類………おれ達と同じ、この島から二度と抜け出せない籠の鳥なのさ」

 

 絶句し、静まり返った一味からシンゴは目を逸らし、虚空を眺める。

 どこか虚しそうに空を眺める彼の様子に気付く事なく、ウソップ達が一縷の望みを託すようにシンゴに詰め寄る。

 

「あいつらどうなるんだ……⁉︎ なァあいつらどうしちまったんだ!!?」

「い…生きてるよな⁉︎ あんな嵐の中でもこの島に流れ着けるくらいだし、生きてるよな!!?」

「さァ………幻に隠れた海の下でいつまでも永遠に渦に呑まれ続けるのか……もしかしたら季節外れの嵐が海流の中からすくい上げてくれるかもしれないけど………………その頃にはもう腐敗して見るも無惨な姿に……」

 

 最悪な光景を想像してしまい、再びウソップ達から悲鳴が迸る。深い水底の闇の中で溺死など、考えうる中でも相当最悪な末路だ。

 

「なんでこんな目に遭わなきゃいけないのよ………!!! たまたま記録指針が引き寄せられる時期で、たまたま渦潮が嵐で弱まってて……⁉︎ 最悪の運勢じゃないのよォ!!?」

 

 成す術が見当たらず、頭を抱えて絶望するナミ。

 全員が行き先を覆い隠す暗雲を前に項垂れ、諦めかけていた時、ふとエールが口を開いた。

 

「………そこまで言うほど、ツイてないかィ?」

「ツイてないに決まってるでしょ!!! こんな島で一生を終えるために航海やってんじゃないのよ!!! 海図だってまだまだ描けてないしお宝だって手に入れてないし………やりたい事まだまだたくさんあんのよこちとらァ!!!」

 

 八つ当たり気味に叫び、涙で顔中をぐちゃぐちゃにして嘆くナミ。どうしようもないほど深い絶望のせいで、いつもの気の強さは微塵も見られない。

 

 そんな彼女に、エールは真顔のまま小さく告げた。

 

「だけど……生きてんじゃないかィ」

 

 項垂れていたナミは、その呟きにはたと我に返る。

 涙だけでなく鼻水もたらした酷い顔のまま、他の仲間と共に彼女の方に振り向いた。

 

「嵐で沈んだわけでも、渦に飲まれたわけでもない…………まだ、生きてる。それでもまだ、ツイてないのかィ?」

 

 不思議そうに見つめてくる、エールの虚ろながらもまっすぐな目。

 幼い子供に咎められているような気分に陥り、ナミは思わず頬を赤らめて黙り込む。他の面々も同じく、ばつが悪そうに目を逸らし出した。

 

「確かに……焦ったバカが自滅したところを見ただけだ。仲間も船も何も欠けちゃいねェ」

「脱出の方法はまだあるハズ………試す時間も充分あるか」

「……ししし‼︎ そうだな‼︎ まァ大丈夫だろ。おれ達まだ生きてんだしよ! 生きてりゃ脱出する方法くらいいくらでも思いつくさ‼︎ エールお前、いい事言うな〜!!!」

 

 数々の不可能を可能にしてきた自負が、徐々に仲間達にやる気を取り戻させ、ルフィが重い空気を吹き飛ばす様に笑う。

 そんな彼らに横目を向け、エールは小さく、溜息をこぼした。

 

「…………そうさァ……生きりゃァ…いくらでも…………」

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