ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
「この穴の先に、〝王〟は眠っている!!!」
ある一つの大きな穴……入口の前でコウガミの声が響く。
わくわくと目を輝かせるルフィ達や、冷静に様子を伺うエレノア達、そのほか装甲を纏った集団の前で、コウガミの話が始まる。
「800年もの昔、この島に君臨し欲望の限りを尽くした人物!!! とある錬金術師を配下にし‼︎ この世の全てを掌握できる凄まじき力を持った秘宝を生み出させた、史上最も強欲だった存在!!! そんな〝王〟が眠る墓が、この穴の先に繋がっている!!!」
入口は、一見すればただの洞穴だ。だが暗く深い穴の奥から感じる雰囲気は確かに不気味で、油断してはならないという事をこれでもかと伝えて来る。
「しかしだからこそ心してほしい!!! これはひじょ〜〜〜に危険な旅だ!!! 墓までの道は無数の罠でいっぱい!!! 数えきれない怪物達も跋扈している!!! 何が起こるかは誰にもわからない!!! 故に何もかもに備えなければならない!!! 想像力の不足…………それは即ち死を意味する!!!」
「え〜〜〜〜!!? 死ぬのか〜!!?」
「まだか………まだダメか……⁉︎」
「落ち着け」
「これより先へ進めるのは!!! 死に向かいながら死をも退けられる本物の勇者のみ!!! それが出来ない者は即刻退場!!! 浮かれた人間は足手まといだ!!! そう覚悟して進みたまえ!!!」
早くも我慢の限界に達しかけている青年を宥める声がする。
それに応えるように、コウガミは……冒険家らしい格好にわざわざ着替えた男はがばっと入り口に向かって振り向き告げる。
「さァ!!! ならば早速出発しようかね!!! かの〝海賊王〟ですら手にできなかった秘宝中の秘宝を見つけに!!!」
「うおー!!!」
「おっさんが一番浮かれてんじゃねェか!!!」
形から入る気質なのだろうか、冒険家の服装はお世辞にも彼に似合っているとは言いがたい。が、そうであっても本人は気にしていなさそうだ。
感想に困りながら、頭を抱えるナミが深い溜息をこぼした。
「何でこうなるのよ……」
「ふふ…♪」
話は、昨晩に遡る。
コウガミが持ち出した誘いの言葉に、一味はしばらくの間驚愕で黙り込み、やがてサンジが目を吊り上げて声を荒げた。
「おい…!!! でまかせ言ってんじゃねェだろうなてめェ‼︎」
ずいっ、と女性陣を庇うように前に出て、コウガミを睨めつける。妄言を吐いた男を前に、若干の冷や汗を垂らしながら吠え掛かる。
「海賊王が手に入れられなかった宝だァ!!? でけェ口叩きやがって…‼︎ 奴の見つけた宝ですら存在があやふやになってんだぞ!!? それを探して一体どれだけの奴らがこの海に挑んでると思ってんだ!!!」
「無論、私は真面目だよ。ホラなど吹いてはいない」
常人を怯ませるほどに鋭いサンジの剣幕に、コウガミは顔色一つ変えない。
仲間の援護をするように、無言で話を聞いていたブルックが微かに殺気を滲ませながら口を開く。
「そう言われても…………『宝があるよ』と言われて素直に信じられるほど、若くはないものでして。それに会ったばかりの怪しげな方の話……疑わざるを得ないのですよ」
「それは当然の話だ!!!〝剣侠・花唄〟!!! 誰だってそうだとも!!!」
ブルックは思わず、コウガミを強く凝視する。生前の姿であれば、目玉がこぼれ落ちそうなほどに大きく瞼を見開いていただろう。
「…何故、私の名を…………⁉︎ 顔だってこんなにも変わり果てているのに」
「聞いていたからさ!!! 君達の話を!!! 君はごく最近麦わらの一味に加わったようだね!!!〝ヨミヨミの実〟の〝復活人間〟!!!」
ブルックは50年も昔に一度死んだ海賊。そんな彼が一味に加わった事を、なぜこの場で初めて会ったような男が知っているのか。
その疑問を嘲笑うように、コウガミは笑みを深め、得意げに語り出す。
「私は君達を………いやこの島の全てを監視しているのだよ!!! カンドロイドシステムによってね!!! あれを普及させたのは、ただ住民達の生活水準を引き上げるためではない!!! 私の目にかなう人物を見つけ出すためさ!!!」
コウガミの声に合わせるように、部屋中から小さな影が……件の小さな機械の生物達が飛び出し、彼の側に集まって来る。彼に操られているかのように。
「……マジの話らしいな」
「いつから覗いてたのよコイツ……⁉︎」
「………そこまでの事をやって、根拠はあるのか? その宝ってのが実在するっていう………」
もう随分前から、自分達はこの男に標的にされていたのだとわかり、ぞっと背筋に寒気が走るのを感じる。
彼に対する得体の知れなさが強まり、得物にかかる手の力がより一層強まる。
「君達は見たハズだ!!!〝王〟の遺物の一端を!!! その力の極一部をじかに目の当たりにしたハズだ!!!」
コウガミはそう言って、びしっととある一人を力強く指差す。
指し示された方向、そこに立つ人物。
ケーキを口に運びながら、無表情で佇んでいた少女……ヒノ・エールを。
「……私?」
きょとん、と目を瞬かせながら首を傾げるエール。
だが他の者は、エールの持つ異常な力を実際に目の当たりにしたウソップ達ははっと息を呑み、エールを凝視し身を強張らせる。
「その通り!!! ヒノ・エール君…君が纏ったあの鎧は‼︎ 800年前にこの島に存在した〝王〟が使用していた兵器!!! 遠い海の彼方から舞い降りた錬金術師によって生み出された力!!! その一部なのだよ!!!」
「何だと…⁉︎」
「……………!!!」
「ウ、ウソだろ……!!? や…やっぱエールがその『よくばりおおさま』だったのか…⁉︎」
疑いが確信に変わり始め、エールへの警戒心が高まる。
やはり見逃したのは間違いだったのかと、一見無害そうな少女から無意識のうちに距離を取りかける。
が、張り詰めた空気を、再び彼が切り替えさせた。
「いや、それはまだわからない!!!」
疑われた少女を擁護するように、コウガミは笑みを消し首を横に振る。
かつかつと靴音を響かせ、所在なさげに立ち尽くす少女の方へゆっくりと歩み寄る。
「何故!!! 800年前の〝王〟の兵器を現代の君が持っているのか!!! 記憶を失っている君に聞いたところですぐに答えは出まい……………だがしかし!!! 貴重な証人である事は間違いない!!!」
びしっ、とコウガミが再びエールを指差す。
指し示されたのは、エールの腰に備わった奇妙な鋼鉄の帯───3つの窪みを持つ謎の装具だ。
「君に宿ったその力の名は〝オーメダル〟!!! 無限の力を生み出す究極の存在だ!!!」
「おーめだる……コレか?」
コウガミの言葉に、ルフィはあっと声を上げて思い出す。
懐に入れたままの銀の硬貨を取り出し、コウガミに見せて確かめる。
「いや!!! それはいうなればオーメダルの副産物!!! エール君の持つ〝コア〟と称されるメダルから発生する、〝セルメダル〟と呼ばれるものだ!!!」
「セル……細胞?」
「セルメダルにも多少なりとも力は宿っている!!! 引き出せれば相応のエネルギーを使用できるが…!!! それには限りがある!!! 使用可能なのは一枚につき一度限りだ!!! こんな風にね!!!」
コウガミはルフィから硬貨を受け取ると、ぴんっと親指で弾いて宙へ飛ばす。
弾かれた硬貨は部屋の隅まで飛ぶと、そこに置かれた大きな機械の小さな穴に綺麗に入り込む。
すると機械が突如起動し、蒸気を吹き上げたかと思うと。
下部が展開し、コウガミの手元に湯気の立つ一杯の紅茶を差し出してきた。
「う〜ん…………………素晴らしい!!!」
「茶が沸いたァ!!?」
「あんなメダル一枚で!!?」
慣れた手つきで紅茶を受け取り、香りと味を楽しみ賞賛するコウガミ。
ルフィ達が驚愕と興奮で騒ぐ中、はっと我に返ったフランキーが機械を見つめ、次いでコウガミに振り向く。
「オイ…まさか、さっきのエレベーターを動かしてたエネルギーってのァ………」
「そう!!! この建物は全て、セルメダルのエネルギーで賄われているのだよ!!!」
「セルメダルすっげェ〜!!!」
どこがどうすごいのかはよくわかっていないが、とにかく凄まじい力を秘めているのだという事はわかったルフィがまた騒ぐ。
「…………あの〝王〟が…実在するのか」
偶然居合わせ、流れでこの場についてきただけの立場のシンゴもまた、驚愕で青ざめ立ち尽くす。
ただの島の伝説が実話だった、その衝撃は他人には計り知れない。
すると、それまで驚くばかりだったチョッパーが大きく手を挙げた。
「じゃあ‼︎ じゃあ‼︎ あいつらは一体何なんだ!!? あのメダルでできてた化け物達は!!?」
「ヒナも‼︎ ヒナもそれ気になる!!!」
「お…おい」
「そう!!! そこが実は肝心なんだ!!! あれもまた〝王〟の欲望から発生した副産物………いや!!!『現象』と呼んでも間違いではないだろう!!!」
チョッパーとヒナからの質問にも、コウガミはやや曖昧ながらも律儀に応える。
むしろ、本人の方が話したくて仕方がないように見えた。
「まだまだ謎が多く!!! 把握できていない部分も多いが…!!! アレらもまた!!! 800年前の遺物である事が分かっている!!! 何らかの方法でセルメダルが人間の体内に入り込み、その者の欲望に取り憑く事で複製され!!! まさに細胞の様に増殖する!!! そしてやがて
「…寄生…?」
「そして寄生された人間の欲望もまた増殖する!!! 金を求める者!!! 食を求める者!!! 楽を求める者!!! 宿主の欲望によって怪物もまた異なる進化を遂げる!!!」
言われて、ナミははっと思い出す。
昼間に現れた硬貨の怪物……あれが現れた直後、自身に表れた異変の事を。
「…あっ!!! あ───っ!!! アレか〜〜!!! あれってあの化け物のせいだったんだ…………!!! あ〜〜よかった〜〜〜〜」
ほっ、と胸を撫で下ろすナミ。あれは異常が起きていただけであり、自分自身に何か問題があったわけではなかったのだ。
安堵する彼女に、しかし仲間達が向けるのは疑わしげな眼差しだった。
「いやァ〜そうかァ?」
「アレは割とお前の本性が滲んでた気がするが…」
「おいィ!!!」
無慈悲な感想を零すウソップ達に、ナミは即座に怒りを露わにする。
本気なのか冗談なのか判断はつかなかったが、どちらにせよあまりの物言いに、年頃の繊細な娘は咄嗟に拳を握りしめていた。
近くで起こる折檻を放置し、ゾロもまた懐から硬貨を取り出し、胡乱げな目で見つめた。
「…あんなモンを買い取って何をすんのやらと思えば。思ってた以上にとんでもねェ代物だったようだな………このオモチャは」
「そう!!! かの〝王〟にとってこんなものはオモチャに過ぎなかったのさ!!! これを遥かに超越する力が!!! 遥か過去の時代に存在していた!!! そして今!!! その力はこの島で深き眠りについている!!!」
再び満面の笑みを浮かべ、コウガミは語る。
夢見る青年達を、荒くれ者達の欲望を刺激しようとするように、自身の計画に手招きをする。
「それは願いを叶える魔神か!!? はたまた神か!!? 長き時の果てに、それらの正体は忘れ去られてしまった!!! 知りたくはないかね!!?」
正直言って、信用できないし、したくない。
しかしそれでも、彼の目論見の魅力は大きく、完全に無視してこの場を去る事はできそうになかった。
「誰もが畏れ!!! 讃える偉大な海の王を!!! 超えたいと思わないかね!!?」
そう告げられた以上、差し出された手を拒む言い訳は見当たらなかった。
───結構は明日の朝!!!
それまでは宴を楽しみ、英気を養ってくれたまえ!!!
古の秘宝が!!!
我々を待っている!!!
そして時は、翌朝の現在に戻る。
浪漫に溢れた冒険の朝は、寝坊助のルフィが自然と目を覚ますという珍事を引き起こしながら、出発の時を迎えていた。
「準備は万端だろうね!!! サトナカ君!!!」
「既に。伊達マルさんも向こうで一味と打ち解けています」
「そうかい!!!」
冷静沈着に仕事をこなす秘書に確認をとり、コウガミはますます笑みを深める。興奮しているのかいないのか、普段がうるさすぎるため端からは全く判断がつかない。
「そちらはどうかね!!? 忘れ物などはないかい!!?」
「はいはい………だいじょーぶだいじょーぶ。いいからちょっと声のボリューム下げて、うるさいから。朝っぱらからルフィに叩き起こされて辛いんだよ………」
「珍しい日もあるもんだ」
普段はエレノアの方がルフィ達を起こす側なのだが、今朝に限ってルフィがいつもより何時間も早く目覚め、早く行こうと急かしてきた。
休みの日に子供に遊びに誘われる親の気分で、エレノアは何度も目元を強く擦っていた。
そんな彼らを、離れたところから見送るシンゴとヒナの姿があった。
「悪い…おれ達はここで見送るよ。気にはなるけど……お前達みたいに冒険する気にはなれない」
「おう、そうだな」
「かまやしねェ…妹の側にいてやれ」
「すまん……武運を祈る」
「え〜〜…ヒナも中見た〜い」
「我慢しろ‼︎」
不安げに入口を見つめ、後ずさるシンゴに一味は気にするなというように首を横に振る。
幼子の兄妹を危険には巻き込むわけにはいかない。例え妹の方が行く気満々だったとしてもだ。
「…そうだ!!! 確認ついでに、君達に今回同行する私の方のメンバーを紹介しておこう!!! 伊達マル君とサトナカ君はもう存じているね!!? こちらにいるのは私の護衛達!!! 忠実で屈強な戦士達だ!!!」
「イトーです」「ジトーです」「サトーです」「ヨトーです」「…ゴトーだ」「ムトーっす!」「ナトーです」「ヤトーです」「クトー」「トトです!」
コウガミが自身のすぐそばに控える10人の戦士達を紹介する。
爽やかそうな青年、真面目そうな眼鏡の男、神経質そうな男、気難しそうな男、ぶっきらぼうな青年、元気一杯の少年、堅苦しそうな女性、年嵩の男、大柄な男、一番若そうな少女。
一列に並び、順番に名を告げられるが、すぐさまルフィが困惑の表情で首を傾げた。
「………あ、悪ィ。覚えきれなかった。もっかい言ってくれ」
「ヨトーです」「ナトーです」「イトーです」「…ゴトーだ」「クトー」「ムトーっす!」「ジトーです」「ヤトーです」「サトーです」「トトです!」
「順番入れ替えんな!!! わかんねェだろうが!!! お前ジトーだっけ⁉︎ イトーだっけ!!?」
「ムトーっすよ!!!」
「急な紹介になって申し訳ない!!! 交流は道中に深めておいてくれたまえ!!!」
何の記憶遊びなのか。ややこしい紹介を続けられ、堪らずウソップがツッコミを入れるが、コウガミはさっさと自己紹介の時間を切り上げてしまった。
「何度も言うが!!! これは非常に危険な冒険となる!!! 命の保証などどこにもない!!! 間違いなく君達の人生で最大最難の探険だろう!!! だがだからこそ!!!私はこの想いを堪える事が出来ない!!!」
「うおー!!! おれもだおっさーん!!!」
「私のワガママ!!! そして君達の好奇心がこの冒険のカギとなる!!! 共に心して向かおう!!!」
コウガミが大仰に語り、舞台上のように歩く。
その姿を、エレノアはやはり胡乱げな眼差しで見つめる。じとりと半目になり、怪しむ様子を一切隠さない。
「〝宝〟の正体!!! それが一体なんなのかも現状ではわからない!!! 相手は800年前に存在したこの世で最も強欲とされた〝王〟!!! 己が欲の為に島の者達を脅かした…常人では計り知れぬ人物である事は間違いない!!! 舐めてかかれば命はない!!!」
ふと、エレノアの目が傍に立つエールに向けられる。
いつも通りのぼんやりとした無表情。だが、今朝の彼女からはどこか、違和感が感じられる気がする。
その違和感の正体を捉えきれぬまま、コウガミの演説は最後へ近付きつつあった。
「だがしかし!!! それゆえに私は見たい!!! この島に隠された〝宝〟とは何なのか!!! この島に何が起こったのか!!! 私は全てを知りたい!!! この千載一遇のチャンスを……私は必ずモノにしてみせる!!!」
「いくぞ〜〜〜!!! 野朗共〜〜〜〜〜!!!」
「気合いを入れたまえ諸君!!! 未知の冒険が我々を待っている!!!」
ルフィの号令に合わせるようにして、コウガミも堂々と歩き出す。
合計21人の精鋭達を連れ、遥か過去より存在する恐るべき〝王〟の寝所へと、勇ましく歩き出した。
「さァ!!! ではそろそろ参ろうか!!! 800年もの古の時代を解き明かしに!!!!」