ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
「だ〜〜〜〜〜〜っ!!! だ〜〜か〜〜ら〜〜さっきから言ってんじゃねェか!!!」
怒りの形相でルフィが叫ぶ。
二つ別れた石積みの通路の片方を指差し、ふんと鼻を鳴らす。
目の前に立ちはだかる頑固者への苛立ちで、つい先程まであったわくわくとした気分が台無しになっていた。
「迷路のゴールを目指すんならこっちだろ!!! お前バカか!!?」
「バカはお前だ‼︎ そんなあやふやな勘で道を決められてたまるか!!! 行くならまずその根拠を示せ!!!」
「宝が隠されてるトコならなんか暗そうな方に行くのは当たり前だろ!!!」
「そんな常識があるかァ!!!」
同行するコウガミの面子の一人、ゴトーを相手に喚くルフィ。
迷路を進む途中、案の定いざこざが発生したのだが、その理由が道を選ぶ際の意見の相違というくだらないものだった。
しかも、全面的にゴトーの方が正しく聞こえる。
「………うちのバカがすみません」
「あ、いえ…うちの隊長も融通がきかないもんで」
醜態を晒す船長の代わりにエレノアが頭を下げ、ゴトーの部下のイトーも困惑気味に頭を下げる。どちらも一団の頭に苦労している部分があるらしい。
「いい加減、落ち着いてくれゴトー隊長」
「入ったばかりで熱くなってどうするんですか」
「………!!! くっ……まったく…‼︎ 最初から反対だったんだ‼︎ 名は知れているとはいえ、海賊なんかに助力を求めるなんて…………!!! 本来ならば我々ライドベンダー隊で充分だった筈なのに…」
いつまでも止まらない口論に、とうとう他の部下達がゴトーを制止し出す。
流石に彼らに情けない姿は見せられないと思ったのか引き下がるゴトーだが、悪態は止まらず、それにサンジがかちんと眉を顰めた。
「おーおー、ずいぶん好き勝手に正論突きつけてくれるもんですなァ」
「こっちとしても、ロクに互いを知らねェ、背中を預けられねェ奴と洞窟探険なんざ御免なんだがな」
フランキーもゴトーの物言いが気に入らないのか、サングラス越しに男達を睨みつけ呟く。一瞬で、両者の間にぴりっと殺気が漂い始める。
「つーか、お前らが頼りねェから会長サマがおれ達に頼んできたわけじゃねェか。てめェらの無能を棚に上げてブツクサ文句言われてもなァ………?」
「…この場で撃ち殺されたいのか貴様…!!!」
額をぶつけ合うように互いに迫り、ばちばちと睨み合うサンジとゴトー。
苛立ったゴトーの部下達も今度は止めず、一触即発の雰囲気に陥りそうになり……そこにずいっと、なぜか牛乳缶を背負った伊達マルが割り込んだ。
「はいはいやめやめ!!! ゴトーちゃんもお兄さん方も落ち着きなさいって……………おでんでも食って落ち着けよ」
「「熱っつァア!!?」」
べちゃっ、と、伊達マルが熱々のおでんを彼らに押し付け沈静化を図る。
顔の良い男達は白目を剥いて倒れ込み、どこぞの芸人も顔負けなほど滑稽な姿を晒してその場を転げ回った。
「ダメだ……チームがハナからバラバラだ」
「こんなんでお宝なんて見つけられるのかよ」
迸る悲鳴と醜態に、ナミとウソップが揃って頭を抱える。
警戒せねば死ぬ、といった矢先に警戒するどころではない事態に陥り、どうしたものかと溜息が溢れる。
「…ったく……しょうがねェ奴らだ。どいつもこいつも妙なプライドが邪魔する所為でまるで連携がなっちゃいねェ。くだらねェモンにこだわってねェでもっと大局を見据えやがれ」
「おめェはそもそも迷路にも団体行動にも向いてねェ!!!」
いつの間にか、通路の横穴に入り込みながら注意を促してくるゾロにウソップが吠える。一体どの口が言っているのか。
一縷の願いを込めて、先頭で立ち止まる今回の探検の発案者に振り向く。
「オイ会長さんよ!!! あんたが事の発端なんだからまとめろよ‼︎ あの兄ちゃんはどうせあんたの言う事しか聞かねェだろうが」
「最高に自由で個性的な探険隊の誕生だ!!! ハッピーバースディ!!!」
「ダメだこのおっさん!!!」
止める気が一切ない男の喧しい声に、天井を仰ぐウソップ。こんな状況で焦りも苛立ちもしないのは凄いが、流石に気にしなさすぎている。
嘆くウソップに、コウガミは一切悪びれる様子もなく大仰に手を広げて告げる。
「なァに!!! 何も問題はないさ!!! まずは試してみなければ正解かどうかなどわかるまい!!? 成功という結果がどんな過程の中から生まれるかなど誰にもわからないのだから!!!」
「試す以前に…………さっきから全然進んでる感じがしないんですが」
「そうね……挑戦は確かに大事だけど、ここは生死がかかった迷宮の中。使える命はそれぞれ一つだけ……慎重に行くべきだわ」
ブルックとロビン、経験豊富な大人組が果てしなく続く通路を見つめて呟く。
子供の遊びではない。道を間違えればそのまま帰れない可能性もあり、その上罠も敵もいると聞いている。選択は慎重に行わなければならない。
「エレノア〜? どっちがいいと思う〜〜〜?」
「そう言われてもねェ…………」
たまらずナミがエレノアに尋ねるが、彼女にとっても困難な選択であるらしい。険しい表情で、暗く深く続く迷路をじっと覗き込んでいた。
「宝がある方はどっちだ?って聞かれても、どんな気配を放つのかが全然わからないから何とも言えないし………危険な方はどっちって聞かれたら、正直入った瞬間からどの道も危険としか言いようがないんだよねェ」
「肝心なところで役に立たねェな」
「お黙り」
一味の窮地を幾度も救ってきた彼女の力───見聞色の覇気。
生物の気配を探る事に特化した彼女だが、特定の物体を探す事は不得手のようだ。
悩むウソップは、一味の端でぼんやりと佇む少女に視線を向ける。
「…なァエール? お前、なんか思い出せないのか? お前のあの鎧、『よくばりおおさま』の持ってたものなんだろ? どこで手に入れたとか覚えてないのか?」
「記憶喪失の女に無茶言うなよ」
古代の〝王〟の遺品を持っているのなら、何か手掛かりを持っているはず。
無茶だとはわかりながら、それでも何か少しでも冒険の助けになるものがありはしないかと、記憶を失った少女に望みをかける。
誰もが無駄だ、無意味だと期待などしていなかった……だが。
「…………あっち」
エールは少し考え込んだ後、分かれ道の片方を指差す。
気怠げながら、確信に満ちて聞こえるその声に一味ははっと目を見開き、少女に振り向き凝視する。
「まさか……記憶が戻ったのか!!?」
「そういう訳じゃないさァ……ただ、こっちの道は危なくない、そんな感じがした」
チョッパーが喜びかけるが、ふるふると首を横に振り否定するエールに、がっくりと肩を落とす。宝の在処より、患者の病状の方が彼には重要だったようだ。
「…どう思う?」
「コイツの第六感なのか……それともうっすらと記憶が残ってんのか………まァ何も手掛かりがねェ以上、貴重な意見である事にゃ変わりねェ」
一味は囁き合い、少女の意見を取り入れるべきか否かを論じ合う。
間違っていれば、大きな時間の消費と命の危機に繋がる。素直に聞けるほど、少女への疑念も払拭できてはいないのだ。
だが、仲間達の懸念を吹き飛ばすように、ルフィが笑い出す。
「わかんねェなら行ってみりゃいいじゃねェか。間違ってたらまた戻りゃいいんだしよ」
「………だから戻れるかどうかが問題で」
行き当たりばったりな船長の思考に頭痛を覚えるエレノアとナミ。
結果的にはそれで上手くいっているのがこの〝偉大なる航路〟の旅だが、これに関して話が別だ。
仲間達の不安を笑い飛ばし、ルフィは歩き出す。
エールが指差した方とは異なる、もう一方の道に。
「よし!!! 行くぞお前ら!!!」
「!!?」
「「「「「ちょっと待てェ!!!」」」」」
ぎょっとエールが初めて驚愕の表情を浮かべ、大きな反応を見せる。
一味も同じく、ずんずん進んでいこうとするルフィに叫び、暴走する前に立ち止まらせる。
「何でわざわざ教えて貰った道と逆に行こうとしてんだよ!!? ゾロかお前は!!!」
「死んでも治らねェバカなのか!!!」
「ファンタジスタ緑迷子か!!!」
「お前らさっきからどんだけおれをバカにしてェんだ!!?」
あり得ないくらいの方向音痴の剣士を引き添えにし、罵倒を重ねる一味。
ほとんど単なるゾロへの悪口になっているが、誰も彼の抗議に耳を貸す事はなかった。
「いい加減にしろ!!! もし間違った道に危険な罠があったらどうする‼︎ 会長を危険に晒すようなマネはおれが許さんぞ」
「そうよ‼︎ どうにかして安全な正解の道を見つけないと………」
再びゴトーが苛立ち、ルフィを敵視するように睨み出す。全くの正論だと、ナミも全面的にその言葉に賛成する。
どんな彼らに、ルフィははぁ…とこれ見よがしに溜息をこぼしてみせた。
「…おめー、やっぱりバカだな。ナミもよォ…………お前ら…今までのおれ達の冒険で一体何見てきたんだ?」
「…何よ」
何もわかっていない、とばかりに肩を竦めるルフィ。
何が言いたいのかと顔をしかめるナミに、彼はにかっと楽しそうに笑って告げる。
「〝海賊王〟が探して手に入んなかったスッゲーお宝だぞ⁉︎ そんなのが安全な道にあるわけねェじゃねェか!!!」
自信満々に断言する、麦わら帽子の青年。
自身の印象に基づく勝手な決めつけで、やはり確固たる根拠などないのだが。
それでも、一味もゴトー達も反論の言葉を見つけられない一種の正論だった。
「…………またコイツは核心つきやがって」
「素晴らしい!!! 夢の為に危険な橋を躊躇わずに渡るその精神!!! 勇気!!! さすが未来の海賊王だ!!!」
「つーわけだエール!!! エレノア!!! この先の一番ヤバそうな道を教えてくれ!!!」
「ええええええェ……」
サンジが呆れていると、コウガミも全力で喜びを露わにし、ルフィの意見を採用する流れができてしまっている。
そのまま二人の少女が方針を尋ねられ、嫌そうに顔を歪めた。
「………………」
善意を無下にされたエールは無論、膨れっ面で口を閉ざす。
エレノアもまた、ちらりと通路の奥を覗き込んでから、ぶるりと背筋を震わせる。
「一番ヤバそうな道っつったってなァ…………正直言って、こっちの道の先は全部まるっとイヤな予感しかしないんだよ」
「イヤな予感って…?」
「なんて言ったらいいのか………言葉では表現できそうにないくらいマジで危ない気配」
エレノアの目には、通路の奥の闇が凄まじい不気味さを放って見えていた。
得体のしれない怪物が口を開けて待っているような、そんな本能的な恐怖が騒いで落ち着かない。
「………こっから私の覇気は役に立たないと思っててくれるかな? 本音を言うと私…この先に進みたくないんだよね」
「あんたがそこまで言うほどなんて……」
そう言って冷や汗を垂らす天使に、ナミもだんだん不安が強まる。
修羅場慣れした頼れる仲間の見せる、いつになく迷った態度に、一体何が待っているのかと思わず肩を抱く。
立ち止まったまま動かないエレノアに、ルフィは今度はロビンに尋ねる。
「ロビン、なんかいい方法ねェか?」
「宝を探すならともかく……迷路の攻略法なら1つ、確実なものがあるけど」
ロビンの語る、迷路の必勝法。それは迷路を壁沿いに進む事。
どんなに複雑な迷路であろうと、右か左、壁に沿って進んでいけば自然と終着点に辿り着く事が可能なのだという。
時間はかかるが、確実に難解な道を攻略できる方法だ。
「……とはいえ、これは普通の迷路の解き方。どこにどんな仕掛けがあるのかわからない以上、安全な方法とは──」
「なるほど……壁沿いか!!!」
ロビンの話がまだ終わっていないにも関わらず、コウガミが歩き出し壁に手を沿わせる。早速実践しようと思ったのだろう。
だが、彼が石壁に触れた直後。
ガコッ、と。何かが動く音が辺りに響き渡った。
「………あれ? なんか今…………壁が………ボコって…」
思わずその場にいた全員が、音のした方と、音を出した男を凝視する。
嫌な予感が湧き上がり、全員の表情が凍りつき。
やがて周囲から鳴り出した重低音に、コウガミはがばっと振り向き、満面の笑顔でやけくそ気味に叫んだ。
「やっちまったようだよ!!!」
「「「「「アホ〜〜〜〜〜〜ッ!!!」」」」」
予期せぬ事態に、コウガミ以外の全員が目を剥いて叫ぶ。
だが、やらかした彼への怒りを燃やすよりも前に。
一味の背後に巨大な石球が落下し、ごろごろと猛烈な勢いで転がってきた。
「「「ぎィやああああああああああああ!!!!」」」
通路とちょうど同じ大きさの岩が迫り、一味は大慌てで走り出す。
それぞれ目を剥き、悪態をつき、泣き叫び、顔中脂汗まみれになり、向かってくる巨岩から逃げ惑う。
「なんて事してくれてんのよあんた〜〜〜!!!」
「はっはっはっはっはっは!!!」
目を吊り上げて怒鳴りつけるナミに、コウガミは誤魔化すようにわざとらしい笑い声をあげながら走る。
ごごご、と雷のような重い音が轟く中、フランキーが立ち止まり左腕の銃器を構える。
「ナメんな‼︎〝ウェポンズ左〟!!!」
がちゃん、と開かれた手首から露わになった銃口が火を噴く。
無数の弾丸が巨岩に炸裂するが、表面で火花が散るだけで、巨岩はびくともしない。
「んげ!!? やっぱ豆鉄砲じゃムリか⁉︎ 穴の中じゃでけェ威力の武器は崩落させかねねェから使えねェってのに…………!!!」」
「ちくしょーやっぱこういう目に遭うのね私達はクソッタレがァ!!!」
目を剥くフランキーを引っ張りながらエレノアが叫ぶ。退路は断たれ、走りにくい通路ではいずれ追いつかれる。
せめて逃げ場を確保せねばと掌を合わせ、壁に叩きつけるが。
ばちっ、と錬金術の閃光は弾かれ、エレノアがその場でひっくり返る。
「ふぎゃっ!!? ……え⁉︎ あれ⁉︎ 何これ………ただの岩じゃないの!!?」
「ウソだろ⁉︎ 錬金術でも壊せねェのか!!?」
「いいからとにかく走れてめェら!!!」
動揺する少女を今度はフランキーが引っ張り、走り続ける。
必死に前を目指す一味。だが、罠は一つではなかった。
誰かが踏んだ仕掛けによって、今度は目の前に巨大な鉄球が振り子のように向かってくる。
「ギャ───ッ!!!」
「〝一刀流〟………!!!〝三十六煩悩鳳〟!!!」
前後をふさがれ、絶望しかけたウソップ達の前へゾロが立ちはだかり、一閃。鉄球を真っ二つにして地面に転がす。
しかしまた別の罠が作動し、棘の生えた天井が落下してくる。
「吊り天井〜〜〜!!?」
「〝粗砕〟!!!」
悲鳴を上げてしゃがみ込んだナミが圧死させられる寸前に、サンジが天井に蹴りを放ち粉砕する。
ばらばらと散らばる残骸に混じり、今度は壁に空いた穴から無数の矢が飛んでくる。
「今度は矢だァァ!!! もうヤダ〜〜〜〜ッ!!!
「つまらない洒落はやめなシャレ!!!」
泣き叫ぶチョッパーが右往左往するのを押しのけ、義足から生やした刃を振り回しやを叩き落とすエレノア。
次から次へと襲いくる罠の数々。
息つく暇もなく、二人を除く全員が必死の形相で暗闇を走り抜く。
「あっひゃっひゃっひゃっひゃ!!! おんもしれェ〜〜〜!!! びっくり箱みてェにいろんなもんが飛び出してくんぞ!!!」
「何でこの状況で笑えるんだお前は!!?」
「はっはっはっは期待通り頼もしいね!!! 流石は総合懸賞金額9億の海賊達だぬわ─────っ!!!」
「会長ォ〜〜〜っ!!?」
楽しい遊戯施設にでもいるかのように、げらげら笑ってみせるルフィ。
コウガミも同じく満面の笑みのままルフィの後に続こうとし、しかしその途中で何かを踏み、ぼこっと地面に開いた穴に呑み込まれる。
「水──!!?」
「槍〜〜!!!」
「穴ァァァァ!!?」
「お〜〜〜〜た〜〜〜〜す〜〜〜〜け〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
どこに仕掛けがあるか、何が起こるかわからない。
次々に発動する様々な種類と数の罠により、一味は翻弄され、どこをどう通っているのかも把握できない。
悲鳴と罵声が、遺跡の中で繰り返し響き続けた結果───。
「………いや〜、参ったなコリャ」
暗い道の真ん中で、頭をかきながらルフィが呟く。
側に立つエール一人を振り返り、呑気な笑い声をこぼし、辺りをきょろきょろと見渡した。
「ま〜〜たあいつらとはぐれちまった」
「…………」
右を見ても左を見ても、他の仲間は誰も見当たらない。
暗く長い通路は前後に続き、どちらから来たのかもわからない。
ぽつんと二人きりのまま、ただただ笑い続けるルフィに、エールはやや呆れた眼差しを向けるのだった。