ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第278話〝トラップ&トラップ〟

「あっれ〜〜〜〜⁇ おっかし〜〜な〜〜〜〜???」

 

 ぱちぱちと目を瞬かせ、ルフィが大きな声を上げる。

 道中で仕入れた松明を片手に、首を傾げ、目の前で幾つにも分かれる通路を凝視する。

 

「こっちが正解だと思ったんだけどな〜‼︎ ん〜……どーすっかなァ」

 

 振り返ると、そちらもまたいくつもの分かれ道。それも前後左右だけではない、上下に分かれる道もある。

 戻る道も全くわからなくなった青年に、少女が半目で溜息をこぼした。

 

「だからさっきのを逆に行けばよかったんだって………」

「でもお前の選ぶ道って危なくない道じゃん。やだぞおれ、そんな冒険じゃふかんぜんえんしょーだ」

「………不完全燃焼って言いたいのかィ……?」

「それだ」

 

 ルフィとエール、二人だけの迷宮探索は、ものの数分で難局を迎えていた。

 ルフィがエールの指差す方向とは逆の道を頑なに選び続けた結果、道はどんどん細く、そして複雑になっていった。

 

 最初は高く広かった道は、今や頭がぶつかりそうなほどに低い。

 

「しっかしあいつらどこ行ったんだァ? おれの言う通り行かねェからみんなバラバラになっちまうんだ。合流したら全員説教だなこりゃ!」

「………どの口が言ってんだィ」

「にしてもどーなってんだろうなこの迷路は! ウソップがスイッチ押しただけでいろんな罠が飛び出してきたしよォ………あの壁が動くやつヒヤヒヤしてスリル満点だったな‼︎」

 

 他の者達が泣き叫び、逃げ回るような仕掛けの数々に襲われ、それでもルフィの顔から笑顔は絶えなかった。その様を、エールは心底呆れた様子で見やる。

 

「…よく笑えるね、仲間達みんな危険な目に遭ってるかもしれないのに…」

「あいつらなら大丈夫だろ。みんなしぶてーから。声のでっかいおっさんは知らねェけど………まァおれの仲間がついてんだろうし大丈夫だ。心配いらねェ」

 

 愉快そうに笑うルフィ。その笑みに、一味の危機を軽視しているように見えたのか、エールは少し厳しい視線を向け、ぽつりと問いかける。

 

「……その自信は、何? どうしてそう思えるの?」

「今までいろんな冒険を一緒に乗り終えてきたからな‼︎ アイツらの強さはおれがよォ〜〜く知ってる‼︎ だから大丈夫だ!!!」

 

 ずんずんと、またしても勘の赴くままに道を選び、歩き出す背をじっと見つめるエール。じとりと背中を見つめ、咎めるような口調でまた問う。

 

「ケガしないに越した事はないんじゃないのかィ…? こんな訳のわからない空間……ナメてたら死ぬよ………せっかく持った命、危険に晒していいのかィ………?」

「これくらいで惜しんでたら海賊やってねェよ、ししし‼︎」

 

 その言葉に、はたと立ち止まる少女。前髪で表情を隠しながら、己の命すら軽く見ている様子の青年をじっと見据える。

 そんな視線に気付く事なく、ルフィはさっさと通路の先を目指し続ける。

 

「楽しみだなァ〜〜!!! 海賊王の秘密のお宝‼︎ どんなモンが入ってんだろうな〜〜〜〜こんな冒険してる奴、他にいねェだろうなァ〜〜!!!」

 

 全身からわくわくと弾む気持ちを滲ませ、前進する。

 遠ざかる松明の灯、陰になった背中。暗闇の中から青年を見つめながら、少女は溜息混じりに呟く。

 

「…………冒険、か。そんなにスリルを味わいたいんだ」

 

 その声が、迷路の闇の中に響いた直後。

 ごごご……と、暗く深い闇の奥から、何かが轟く音が伝わってきた。

 

「ん? 何だ?」

 

 

 

 同時刻、遺跡のどこかにて。

 三人の装甲を纏った男女が、果てしなく続く通路を睨みながら、肩を上下させていた。

 

「く……‼︎ まさか、入って早々にバラバラに分断されるとは……‼︎」

「メンバー、点呼‼︎」

「二‼︎」

「十‼︎」

「よォし少な過ぎるわバカ野郎!!!」

 

 たった二人しかいない部下に、副隊長を務めるイトーは頭を抱える。

 途中の罠の連発のために、面子が八分の一程度になってしまった状況に、焦りと不安を抱く。

 

「会長も隊長もサトナカ秘書も無事なのか…………!!? もしあの方に何かあれば、我々に明日はないぞ………」

「と、言われてもですね副隊長」

「我々ライドベンダー隊はそもそもコウガミ社長の護衛ですし、精鋭といっても迷路の探索など専門外なのですが………」

「つべこべ言うな!!! 文句ではなく打開策を出せ‼︎」

 

 どうしたものか、と頭をかくジトーとトトを怒鳴りつけつつ、内心では全く同じ不満を抱いているイトー。

 分断の原因が自身らの雇い主である事もあり、嘆きたい気持ちは強かった。

 

「通信は⁉︎」

「繋がりません‼︎」

「電波が阻害されているのか…? 仕方がない、会長の捜索がてら、電波状態を確保できる位置を探し、再度連携を………………」

 

 少ない人数では、何かあった際に取れる選択肢も少なくなる、とまずは他の者との合流を考える。

 動き出そうとした時、彼らのもとに、何かが轟く音が近付いている事に気付いた。

 

 

 

「……ねェ、まだ…なの?」

 

 荒い呼吸を漏らし、汗で全身を滲ませながら、ナミが相手の男に問う。

 頬を染め、すがるような眼差しを向けながら、辛そうな表情で必死にしがみつく。

 

「ハァ……ハァ……!!! 情けねェ…事……言ってんじゃねェ…!!! 黙って…しがみついて……やがれ………」

 

 相手の男、ゾロもまた荒く息を吐き、筋肉を膨張させ必死に堪えている。彼には珍しい、切羽詰まった表情だ。

 

「早く……しな………さい…よ……!!! 私………もう……限…界…なん………だから……………!!!」

「うるせェ……‼︎ 黙ってろ、てめェ…!!!」

 

 同じ場所で、二人は熱い息を何度も吐き出す。

 ナミは腕に力を込め、自慢の肢体をぎゅっと強く押し付けながら、時を待ち耐え忍ぶ。

 

「ヨホ、ヨホホホホホ…………わ、私」

 

 ブルックの声にも余裕がなく、息を荒げて喘ぐ。肺もなく心臓もない体は熱くなくとも、骸骨の顔は汗まみになっている。

 

 かたかたと骨を鳴らして、ブルックはゾロを見上げる。

 ……ナミと共に、それぞれでゾロの両足にひしっとしがみついたまま。

 

「さっきからもうとっくに限界近いんですけど………まだ着きませんかゾロさん………!!!」

「こんな壁くらい………!!! とっとと登っちゃいなさいよだらしないわねェ!!!」

「フザケんな!!! 誰が一番辛ェと思ってんだ!!! 文句あんなら自分で登れてめェら!!!」

 

 三人がいるのは、深い深い穴の途中。

 上は遥か高く、下は暗闇で見えないほど深い、恐ろしく長い落とし穴の中腹で、ゾロが壁に手を突いて必死に耐えているのだ。

 

 気を抜けば即座に真っ逆さまという極限の状況で、ゾロはぎりりと歯を食い縛る。

 

「クソ……!!! 人で楽しようとしやがって…………元はといやァお前らが足引っ張らなきゃこんな事にゃならなかったんだぞ…………!!!」

 

 脳裏に浮かぶ、つい数分前の出来事。

 罠の猛襲の中、うっかり落とし穴を発動させたナミが咄嗟にブルックの足を掴み、ブルックはゾロの足を掴み、団子状態で穴の中に引き摺り込まれたのだ。

 

 底に落ちきる前にゾロがなんとか停止し、三人は落下死を免れていた。

 

「我慢しなさいよ〜〜〜‼︎ 私一人分くらい軽いもんでしょ〜〜⁉︎ ブルックは軽いんだから実質重りは一人分でしょ〜〜〜〜〜!!?」

「あ"あ"あ"あ"あ"狭ェ空間ででっけェ声出すんじゃねェ〜〜〜!!!」

「ヨホホホホ手厳シ〜〜〜ッ!!!」

 

 悪びれる様子のないナミに殺意が湧く。思えば前にもこうして道連れにされた上、足蹴にされた記憶がある。

 一度思い出すとむかむかは止まらず、報復の念が湧いて出てくる

 

「クソ……このまま振り落としてやろうかコイツら……」

 

 本気にしか聞こえない呟きをこぼしつつ、ゾロは遥か頭上を見上げる。底の見えない下に向かうのは危険、ならば穴の入り口を目指して登るしかなさそうだ。

 結局言われた通り自分が耐えるしかないのか、と悪態をついた時。

 

 びりびりと、ゾロは自分が手をつく壁が不穏な振動を発し始めた事に気付く。

 

「ア?」「え?」「ヨホ?」

 

 異変に気付いたのか、ナミもブルックも何事かと顔を上げ目を凝らす。

 三人の視線の先から、ごごごと音を立て。

 

 どばっ!と降り注ぐ大量の水が凄まじい勢いで迫ってきた。

 

「「「ギャアアアァ〜〜〜!!!」」」

 

 全く同じ瞬間に悲鳴をあげた三人は、逃げる事など当然叶わず、あっという間に激流の中に呑み込まれていった。

 

 

 

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!」

「あああああああ助けてくれェ〜〜〜〜!!!」

 

 どどどどど、と足音を置き去りにせんばかりの勢いで、ウソップとチョッパー、フランキーが通路を爆走する。

 背後から迫る激流、もはや洪水のような規模のそれから逃れんと、必死に走り続ける。

 

「アニキ〜〜〜!!!」

「何とかしてぐでアニギィィ〜〜!!!」

「チクショウ‼︎ あのバケモノ共ばかり警戒しすぎてた‼︎ こんな最悪の罠が張り巡らされてやがるとは!!!」

 

 いったいどこで間違えたのか。ばらばらに別れて以来、妙な仕掛けなど一切触れていないというのに。

 考察する暇もなく、今はただ追いつかれないようにするだけで手一杯だ。

 

「あの勢いじゃすぐに追いつかれる!!! 早く高台を探さねェと…………オア──!!!」

 

 どこかに登れる場所さえあれば、と目を凝らしたフランキーは、道の途中が途切れている事に気付き目を剥く。

 目の前に待つ断崖絶壁に、ウソップとチョッパーもぎょっと目を瞠り慄く。

 

「「あ…足場ァァ〜〜〜〜!!?」」

「おれに掴まれェ!!!〝ストロング右〟ォ!!!」

 

 危うく落下する寸前で、フランキーが天井に向けて右腕を射出する。

 大きく開いた手が天井に食い込み、固定されると、弟分達をしがみつかせ、空中へと躍り出る。

 

 間一髪激流を逃れる三人。

 だが、フランキーが掴む天井にびしりと亀裂が広がる。

 

「ぐお…⁉︎ やべェ、落ちる!!!」

「ならばァ!!! 必殺‼︎〝ウソップア〜〜アア〜〜〟」

 

 今度はウソップが真横に腹を向け、自前の兵器を起動する。

 腹から射出された鉤縄が壁へ、壁に張り付く太い根に引っかかり、三人はそのまま振り子のように壁へ急接近する。

 

「壁〜〜〜〜!!!」

「チョッパ〜〜〜!!! ガードだガード‼︎」

「あ、そっか。〝ランブル〟!!!〝毛皮強化(ガードポイント)〟!!!」

 

 劇薬をがりっと噛み砕き、形態を変化させたチョッパーがぼふっと毛玉へと変じる。

 凄まじい速さで壁に迫った三人は、チョッパーの防御のおかげで衝撃が緩和され、無傷で壁にぶら下がる事に成功した。

 

「………へへ…」

「へへへ……!!!」

 

 じゃらじゃらとフランキーの右腕が戻され、三人の口から笑みがこぼれる。

 滝のように流れ落ちる激流の轟音を背景に、男達は安堵の息を交えながら盛大に笑い始めた。

 

「だ────っはっはっはっはっは見たかおれ達3人の超コンビネーションは!!! スゲーだろ!!!」

「人間様をナメるからだコンニャローめ!!!」

「そうだコンニャロ〜‼︎」

 

 蓑虫のようにぶら下がったまま、げらげらと豪快に笑う。誰に対してか、馬鹿にするように派手に声を上げ、拳を掲げて勝利を宣言する。

 

「迷宮だろうがメダルのバケモノだろうがどっからでもかかってきやがれィ!!! 今週もおれ様は………ん〜〜〜!!! スーパ…………」

 

 いつもの構えは流石に取れず、せめて決め台詞だけでもとフランキーが一際大きな声を発し。

 

 次の瞬間、三人のぶら下がる壁の蔓の根がべきべきと剥がれ。

 三人は滝の流れ落ちる方へとなすすべなく落下していった。

 

「「「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!」」」

 

 

 

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!」

 

 まるで遠くにいる仲間達に合わせるように、ルフィが悲鳴を迸らせながら走る。

 エールと並び、一心不乱に背後から迫る激流から逃げ続ける。

 

 狭っ苦しい道を全力疾走し、まともな思考もできないほどに追い詰められていた。

 

「ヤベーヤベーヤベ〜〜〜〜!!! 流石にこれはムリだ死ぬゥ〜〜〜〜〜!!! ウソップゾロサンジナミフランキー助けてくれェェ〜〜〜!!!」

「ねェ、スリルを味わいたいんじゃなかったの? お望み通り死がすぐ後ろにまで迫ってるのに、今度は笑わないの?」

「このワナは面白くねェ〜〜〜!!! 本気で殺す気満々の罠は楽しくねェェェ!!!」

 

 隣を走るエールに問われ、律儀に答えるルフィ。

 目を吊り上げ、なぜか息一つ乱さず隣にぴったりと張り付く少女の問いに怒鳴り返す。

 

「………大口叩いて、結局はそれか。どうせそうだと思ったよ」

 

 どどどど、と地響きのような足音を響かせながら、エールはぼそりと呟き目を逸らし、落胆の表情を僅かに浮かべる

 しかしやがて、あまりにも必死な顔のルフィに呆れた目を向け、溜息混じりに語りかける。

 

「何もそんな慌てんでも………どうせどっかに流れ出るんだから流れに身を任せてりゃいいんだよ………」

「おめェ知らねェのか!!? 能力者は海に嫌われてて一生カナヅチなんだぞ!!?」

「えェ〜〜〜〜〜ッ!!?」

 

 くわっ、と鬼の形相で告げられ、今度はエールの方が顔色を変え、目を見開く。

 先程とは打って変わって余裕が消え去り、必死の形相でルフィと共に狭い通路を駆け抜けようとする。

 

「何でそんな大事な事言わないんだよォ!!?」

「いいから急いで逃げろォ〜〜〜!!! 死ぬぞォ〜〜〜〜!!!」」

 

 わーぎゃーとやかましく騒ぎ合いながら、通路を走る、疾る。

 なぜだか今の所分かれ道もなく、心なしか通路も広くなり始め、僅かにだが逃げやすくなってきた。

 

 だが、ルフィがそれに気付くよりも前に、エールの足が突如もつれる。

 

「あっ……」

 

 少女が漏らした微かな声で、ルフィははっと気付いて振り向き、ぎぎぎと地面を削りながら停止して引き返す。

 自身を抱え上げようとする青年に、エールはぎょっと息を呑み言葉を失くす。

 

「エール!!! 大丈夫か、オイ!!!」

「バ……!!! バカッ‼︎ 私の事なんか放っときなよ!!! さっさと逃げ……………!!!」

「誰がそんな事するか!!! 二度と言うな!!!」

 

 エールの抗議の声も押しのけ、ルフィはエールを背中に背負う。

 ずしっ、と凄まじい重量が肩にかかり、歯を食いしばり目を血走らせるも、なんとか根性でその場で立ち上がる。

 

「んぎぎぎ………しっかりつかまってろォ………!!!〝ゴムゴムの〟ォ……〝ロケッ〟…!!!」

 

 エールの腕を自分の体の前に回させ、固定させてから、ルフィは両腕を伸ばし、通路の天井の凹凸を掴む。

 

 激流の届かない高所に向けて、いざ発射。

 そう考えたルフィだったが……エールの想像以上の重さのせいで、ゴムの力を以ってしても全く動けなかった。

 

「……エールお前…………重過ぎ……………ギャアアアアァ…!!!」

 

 ぎちぎちと伸びた体が軋むだけで、全く飛び立てないまま。

 ルフィとエールは、瞬く間に激流の中に飲み込まれ、流されていってしまった。

 

 水流の中、白目を剥いたルフィが縦横無尽に翻弄される。

 意識はもうほとんどなく、ごぼごぼと肺から息がどんどん漏れ出していく。

 

 そのままこっぱのように流されていくと思われたが、力なく漂う彼の手が、不意に掴まれ引き寄せられる。

 

(………………)

 

 ルフィの手を掴んだその人物は、凄まじい流れの中を平然と歩き、ルフィをどこかへ引っ張っていく。

 ずんずんと流れに逆らいながら、しばらく通路を進み続け。

 

 やがて彼女は、目の前に開かれた横穴の中へ、躊躇いなくルフィを連れて入り込んでいく。

 

 

 

 ざばっ、と飛沫を立て、とある空間に二つの人影が顔を出す。

 引きずられる麦わら帽子の青年は、もう片方が地面に上がるとひょいっと放り捨てられ、べちゃっと力なく横たわった。

 

「……バカな男。他人を助けようとして自分が死にそうになるなんて…………どうかしてるよ」

 

 白目を剥いたまま、気を失っているルフィを見下ろし、エールが濡れた髪をかきあげて呟く。

 心底呆れた表情で彼を見下ろし、目を細める。

 

「………助けなくて良かったんだよ…私…なんて………」

 

 しんと静かな空間で、たった二人。

 沈黙する青年の傍に腰を下ろし、膝を抱えながら、少女は吐き捨てるように呟くのだった。

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