ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
「おーい……お〜〜い、いい加減起きなよォ。いつまで気ィ失ってるんだィ…?」
ぺちぺちと頬を叩き、仰向けで倒れる男の顔を覗き込む少女。
白目を剥き、呼吸も止まったまましんと静まり返っているルフィをじっと見下ろしていたエールは、やがて深い溜息を零す。
「世話の焼ける男だねェ…………!!! ふんっ!!!」
「ブゥゥゥ〜〜〜〜ッ!??」
唐突に、エールはその場で跳躍し、膝を抱えるとルフィの腹に自身の尻を叩きつける。強烈な衝撃で、飲み込んでいた大量の水が噴水のように吐き出された。
「ゲッホ…ゥエッホ……………………あれ⁇ 生きてる⁉︎」
「気分はどうだィ………?」
「ん? エール? もしかしてお前が助けてくれたのか!!?」
意識を取り戻したルフィはあたりをきょろきょろと見渡し、自分の上から降りて立ち上がるエールに気付く。
返事はなかったが、すぐに察したルフィは満面の笑みを浮かべた。
「はー! 助かった〜……ありがとな〜エール‼︎ いや〜死ぬかと思った!!! いや、一回死んでたな‼︎ なははは」
外れていた麦わらを被り直し、ぶるぶると濡れた体を震わせる。
濡れた上着も脱いで絞っていると、エールも自分の纏う服の裾を握って絞り始めた。
「助けるつもりだったのに逆に助けられちまったな! 情けねェって後でエレノアにどやされそうだ」
「……………カナヅチなら最初から言いなよ、ビビった…」
「ん? なんか言ったか?」
「……………………何でもない」
苦笑するルフィは訝しげにエールを見やるが、エールは顔を背けたまま何も答えない。
それ以上気にする事なく、ルフィは上着を着直し、いつの間にか来ていた奇妙な空間を見渡す。
半球状の広大な空間で、天井から何かぶら下がっているのが見える。袋のような、膨らんだ何かがいくつも生えた謎の部屋だ。
「流されてるうちに変なトコに来ちまった。広っろい部屋だなァ………なんかいっぱい風船みたいなのが生えてんぞ?何だアレ?」
「……さァ、何だろね」
天井を見渡し、不思議そうに目を丸くするルフィ。
すると彼は不意に、微かに風が吹き抜けてくるのを感じた。
「おー…? 部屋ん中なのに風が出てんぞ………? 変な所だな〜」
「……変で済ませる君も充分変だよ」
「変だけどなんか気持ちのい〜い風だ‼︎ ちょうど腹減ってきたし、サンジの作ってくれた弁当ここで食おうぜ」
「……本当にどういう神経してんだィ」
ひゅーひゅーと室内に流れる風が気に入ったらしく、持ってきた料理を取り出そうとするルフィ。遠足でもしている気分なのだろうか。
そんな彼に向けて、吹き抜ける風が徐々に強まり始める。
「お…お…お……? なんか………風が強くなっ……!!!」
弁当箱を取り出しながら、ルフィは咄嗟に帽子を押さえる。
ばたばたと髪や服の裾が暴れ出し、立つのも困難になり出したと思った直後。
ごぅっ!と。
凄まじい暴風が襲いかかり、あっという間にルフィは宙へ巻き上げられた。
「あぎゃ〜〜〜〜〜っ!!? な…何だこりゃ〜〜〜っ!!?」
木っ端のように天を舞い、左右も天地も一瞬でひっくり返させられる。
悲鳴をあげ、そして何だか懐かしい気分にさせられながら、ルフィは必死に体を安定させようともがく。
「なんかスゲー知ってる気がするこの感じ……おわ…⁉︎ お……うおおお〜〜〜〜!!!」
空中で捕まるものなどなく、くるくると回り続けるばかり。
一人、地上に残されたエールは顔を手で覆いながら、翻弄されるルフィに向けて叫んだ。
「…‼︎ ルフィ!!! 上!!! 上に空気が流れてる!!! そっちに出口があ──……!!!」
目も開けられないほどに激しい風、自身の髪も暴れまくり、真面にルフィの姿も見られない。そんな状態で、どうにか彼の無事を確かめようと目を凝らし。
次の瞬間、エールはぽかんと目を見開いて呆けた。
「あっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ!!!」
「…る、の………か………も……………………」
「〝ゴムゴムの〟ォ〜〜〜!!!〝凧〟〜〜!!!」
立ち尽くすエールの視線の先で、ルフィは笑う。
脇腹を引っ掴んで引っ張り、自身を凧のように広げて風を受けやすい姿に変える。
風に流されるだけだったのが、その影響で少しずつ安定し始めた。
「スッゲェ〜〜!!! おれ今空飛んでんぞ〜〜!!? エレノアの気持ちってこんなんなのかいいなァ〜〜〜〜!!!」
「………ふ…吹っ飛ばされてるだけじゃないかィ!!? 危ないからもう諦めて外に………」
「お!!? なんか風の乗り方がわかってきた気がする!!! 空飛ぶの面白ェ〜〜〜〜〜!!!」
本人は実に楽しそうに笑っているが、依然飛ばされているだけの彼の身を案じたエールが焦りを滲ませ叫ぶ。
だがそんな彼女の気も知らず、ルフィは暴風遊びを全力で堪能し続けていた。
「あっひゃっひゃっひゃ………あれ? 風弱くなってきた?」
やがて、ルフィを宙へと巻き上げていた風の流れが弱まり出し、それに応じてルフィの体も降下を始める。
体勢を調整して地面に降り立つと、ルフィはやや不満げに天井を見上げた。
「何だよ〜〜もう終わりか〜〜、もうちょっと空飛んでたかったのになァ〜〜」
唇を尖らせ、不満をこぼすルフィ。楽しくなってきた矢先に強制的にやめさせられたのが相当気に入らなかったようだ。
思わず、エールが険しい視線を向ける。
それに気付いたルフィが、ふとした疑問を口にした。
「ん? エール、おめェは空飛ばなかったんだな」
「……え? あ、いや……」
何やらぎょっとした様子を見せるエールをじっと見つめ、ルフィはしばらくの間考え込むと、やがてぽんと掌に拳を当てて鳴らす。
「あ、そっか‼︎ お前重いから飛ばなかったんだな‼︎ 悪ィ事聞いた‼︎ ゴメン」
そのちょくご、どごっ!と。
エールが無言で繰り出した拳がルフィの顔面に炸裂し、血反吐と共に吹き飛んだ。
「……!!! お…おおォ……オ…!!!」
「…口が過ぎたねェ………流石に今のは私だって怒るよォ………?」
「ゴ…ゴムなのに……!!! ゴムなのにムチャクチャいてェ…………!!! エレノアの覇気より痛ェ」
ぴくぴくと震え、横たわるルフィを見下ろし、明確な感情を込めた声で静かに告げる。
表情こそいつも通り乏しいが、代わりに怒りが幻影の炎なって燃え盛っていた。
「…………乙女って歳でもないけどね………女はいくつになっても、そういうの気にはするんだよ。覚えておきな」
「すびばしぇん………………」
半泣きになったルフィは起き上がり、がっくりと肩を落としエールに頭を下げる。相当効いたようで、先程のはしゃぎぶりが嘘のようだ。
それを見て溜飲が下がったのか、エールは少し躊躇ってから、徐に歩き出す。
「…ホラ、行くよ」
「…おー! ……ん? 今度はそっちが危なくない方か?」
気を持ち直したルフィが、エールの向かおうとしている通路を見やって尋ねる。
その問いを予想していたのか、エールは呆れた表情で首を横に振り、ふんっと鼻を鳴らしてみせる。
「………どうせ行こうとしないだろうから、今度は超危ない方向。…行くんだろう?」
「……‼︎ はは!!! お前も冒険がわかってきたなァ!!!」
さっさと通路の向こうへと向かっていくエールを、笑みを戻したルフィがすぐさま追いかけていく。
隣に並び、大股で歩きながらまだまだ続く長い道を進んでいく。。
「なァエール…おめェも覇気使えんのか? 誰に習ったんだ?」
「………さァね、気付いたら使えるようになってただけさァ。あんたも………その…なんで〝ゴム人間〟なんてものになったんだィ…………?」
「あ〜…コレは昔なァ………──」
ほんの少し、少女が作っていた距離が近付いたように感じながら。
二人の冒険者達は、暗闇の中へと消えていくのだった。
遺跡南東部。
豪雨時の川のように勢いよく流れる水路。
激しい水飛沫が上がるその中から、突如銀色に輝く何かが飛び出してくる。
【クレーンアーム!】
がきんっ、と轟音を立てて壁に食らいついたそれから、剛金の綱が伸びてびんっと張る。
そしてざばばばっと水をかき分ける音の後、四つの人の顔が次々に覗く。
「ぶっは!!!」
「ぶはァ!!!」
「──っはァッ!!!」
「げっほォオアア!!!」
剛金の綱を頼りに、激流の中から新鮮な空気を求めて這い上がるサンジ、ゴトー、サトナカ、そして伊達マル。
いち早く陸に上がったサンジは、他の男達を無視してサトナカに手を差し伸べる。
「お手をどうぞ、サトナカさん」
「どうも」
「オイ」
「あ、ちょ、色男クン、おれらも助けて」
「うるせェ‼︎ 野郎が頼るな!!!」
ゴトーの抗議と伊達マルの懇願を拒絶し、サトナカを引き上げる。
命拾いしたのは伊達マルの鎧のおかげなのだが、女性への愛を優先させるサンジには関係がない。仕方なく、二人は自力で這い上がった。
「げっほ………あ"〜〜〜〜ひでェ目に遭った」
「遺跡の中にこんなにも大規模の水路があるとは………本当にどういう意図で作られたんだ、この場所は……」
罠にはまり、落とし穴に落ちた末に激流の中に放り込まれ。
なんとか息継ぎをこなしつつ、上がれる足場をようやく見つけ、伊達マルの鎧の機能で脱出に成功。
泳ぎ続けて疲弊した四人は、やれやれとその場に腰を下ろす。
「…便利な鎧だな。それもあのコウガミって野郎の会社の商品か?」
「おゥ。バース………とかなんとかいう、着たヤツをなんやかんや強くしてくれるなんかすげェ鎧だな」
「うろ覚えすぎんだろ!!! 何一つ概要がわかんねェぞ!!!」
一応は助かった事への感謝の念はあるらしく、サンジが伊達マルと鎧を見やって呟く。
が、本人はいまいちその凄さを理解し切れていない様子で、曖昧な感想に咄嗟に怒鳴ってしまう。
「伊達マルさん…自分の持ってる道具なんだからいい加減覚えてくださいよ」
「マニュアルはどうも苦手でなァ…」
「………バースシステムはコウガミファウンデーション技術研究所で開発された戦闘用生体強化スーツだ。装着者の全身をカーボンナノチューブ製の人工筋肉をアラミド繊維でコーティングし筋力を総合的に数倍に強化し、バースドライバーにセルメダルを1枚投入することでボディ各部の計10か所に備わった武装拡張用ハードポイントリセプタクルオーブからバース・
「専門用語すぎてわかんねェよ!!! マニュアル大好き人間かてめェは!!?」
見かねたゴトーが説明を代わるが、今度は理解が深すぎて話の半分も聞き取れない。極端な二人に再びサンジが吠えた。
「何だお前ェ!!! 人がせっかく親切に教えてやろうとしたのにその厚意を踏みにじるとは何様だ⁉︎」
「長ったらしい無駄ばっかの説明のどこに感謝しろってんだよ‼︎ つーかおめェの話そのものが邪魔臭ェっつうんだ!!!」
「邪魔臭いだと!!? 人にそういう前にまず自分のそのうっとうしい眉毛からどうにかしたらどうだ⁉︎」
「言いやがったなもじゃもじゃワカメ野郎てめェ塩茹でして味噌汁の具にしてやろうかアァ!!?」
「あーあーお前らやめろって‼︎ どんだけ仲悪いんだ⁉︎」
お互いにお互いのあり方が気に入らないのか、睨み合うサンジとゴトーで喧々囂々と罵り合いが始まってしまう。
犬猿の仲となった二人に、伊達マルが割り込もうとする。
こんな調子でこの先大丈夫なのか、と内心で頭を抱えていると。
「通路の出口も入り口もわからなくなりましたが、どうされますか?」
そこへ、濡れた髪を解いて水気を切っていたサトナカが、冷静に口を挟む。
険悪な空気をものともせず、ずばっと純粋な質問をぶつけてきた彼女に、男達は思わず圧倒され黙り込んでしまった。
「………オゥ」
「サトナカちゃん……クールだね、君」
「ここへはビジネスで来ていますので。…それで、いかがされますか?」
図太いというか無関心というか。
要点だけを求める冷めた女性に、男達も冷静に考えざるを得なくなる。
「どーするったって……どーしたもんかねコリャア………ナミさん達とはぐれちまったし、迷路のどこに流されたのかもわかんねェしよォ…」
「ゴトーちゃん、通信はどうよ?」
「…………ダメですね。全く声が届きません」
「アチャー…まァ水没しちゃったしなァ………」
鎧を着たまま腕を組んで考え込みつつ、伊達マルがゴトーに尋ねると、荷物を確認したゴトーが首を横に振る。
案らしい案も出ないまま、沈黙する彼らに再度サトナカが問うた。
「では、どうします? 何も手掛かりがありませんが」
「とにかく進もう。部下達が心配だ………それに麦わらの一味の戦力もそれぞれ偏りがある。バラバラのままだと危険だ、なんとか合流しなければ………」
「こりゃもう勘の赴くままに進むしかないのかねェ…」
凶悪な罠の連続で、分断されたままではまずいという事がわかり、合流する方針は決定する。だが、集まる方法がないという問題にぶつかる。
ならばそれをどうするか、と再び黙り込むと。
それまで目を閉じ、無言で佇んでいたサンジが瞼を開き、歩き出した。
「よし、こっちだ」
「は⁉︎」
「な……い、いや…待てお前‼︎ 勝手な行動をするな!!! この状況で独断専行など、もしまた罠が起こったりしたら…………!!!」
勘としか思えないサンジの宣言と行動に、一瞬呆けた伊達マルとゴトーが慌てて彼を制止する。
サンジは立ち止まると、深い溜息をこぼしてから彼らに不敵な笑みを浮かべる。
「ナメんじゃねェよ、おれを誰だと思ってんだ? ────麗しの美女を守る
ぎらり、と赤く輝いて見えるサンジの瞳。
鍛錬の最中にある彼の〝見聞色の覇気〟が、彼に進むべき道を───他の女性陣の居場所を示す。
自信満々の彼の姿に、自然と疑いを持つ者は誰も現れなかった。
「お…おおォ‼︎ 頼もしいな…………」
「なるほど…流石です」
「……ふん、役立たずではないようだな」
素直に賞賛する伊達マルとサトナカとは別に、ゴトーは認めるのが癪に触るのか憎まれ口をこぼす。
とはいえせっかくの手掛かりだと、彼の言う通り歩き出そうとした寸前で、ある違和感に気付きはたと足を止める。
「………………ん? オイちょっと待て。女性陣はって事は………会長やおれの部下はどうなんだ?」
「いくぞ」
「ちょっと待て貴様ァ!!!」
背を向けたままさっさと歩き出すサンジ。
ゴトーが怒鳴るが立ち止まる事なく、言葉を使わずに答えを明確に示す。
心底呆れながら、そして文句と悪態をつきながら、三人がサンジの後に続こうとした時だった。
「…………止まれ、てめェら」
ぴたっとサンジが足を止め、短く低い声で告げる。
何事か、と停止したゴトー達は、サンジの睨む先、水路の暗闇の向こう側に見える歪な人影に気付く。
ぎこちなく進んでくる、包帯まみれの異形達を前に、即座に各々の得物を構えた。
「ゥウウ……アァァ……‼︎」
「アァアアァ…ア」
「あァ……忘れてたぜ。この遺跡、てめェらの巣穴になってんだっけか………サトナカちゃん、下がってて。コイツらはおれが………」
確かな敵意を持って近付いてくる異形達を睨んだまま、サンジはか弱い女性を守るために前へと出る。
だが、彼が先制攻撃を加えようと身をかがめた瞬間。
どんっ!と、突如背後から爆音が響いた。
「うガァッ───」
目の前の闇の中で火花が散り、異形の体が吹き飛ぶ。
異形の放つ悶絶の声に瞠目しながら、サンジは後ろを振り向き、白煙の立ち上る一丁の機械的な銃を構えるサトナカを凝視した。
「…ヒュ〜、お見事」
「お気遣いなく。最大限の準備を整えてここに来ていますから」
「そういう事だ………おれ達をあまりナメるなよ、自称騎士」
伊達マルの賞賛を受けながら、じゃきん、と次弾を装填し構えるサトナカ。そ隣に、同じ銃を構えたゴトーがずいっと進み出る。
男の目を睨み返し、サンジはちっ、と舌打ち混じりに吐き捨てる。
「そーかよ……そんじゃ、あんま足引っ張ってくれんなよ」
「どっちが…!!!」
「「「ゥアアァアァァアァ……!!!」」」
並び立ったままばちばちと火花を散らし、それぞれがしゃしゃり出ようとするのを阻止しながら異形に向かう。
それを見送りながら、伊達マルは一枚の硬貨を装置に挿入し、新たな武器を呼び出す。
「さァ〜て、一稼ぎしますか…!!!」
【ショベルアーム!】
迫り来る無気味な怪物に向けて、鎧の戦士は左腕に備えた鋼の籠手を振り下ろした。