ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第280話〝大きな大きな大きな何か〟

 遺跡南南西部。

 

 かつん、かつんと石畳を歩く音が響き、赤い光が暗闇の奥へと向かう。

 松明を伴った黒髪の美女の隣を、白虎の天使が続き溜息をこぼす。

 

「……はァ、やれやれだよまったく…」

 

 終着点のまるでわからない道を窺い、エレノアが呟く。一体何十分歩き続けた事だろうか、海賊とはいえ疲労を禁じえなかった。

 

「一体全体どうなってんだこの遺跡は………地面が動くわ壁が動くわ、いきなり道が崩れるわ岩が転がってくるわ、挙句分解もできないわ……………どんだけ物理法則を無視すりゃ気がすむんだ?」

「からくり屋敷の様ね………作った人の顔が見てみたいわ」

 

 愚痴るエレノアに合わせて、流石のロビンもやや疲れた様子を見せる。

 それでもそこまで表情に現れていないのは、自分がいまいる遺跡の歴史的価値に意識が向いている所為だろうか。

 

「噂によれば果てしない過去の時代!!! 現代の科学でも再現しきれないほどに優れた文明が築かれていたという!!! オーメダル然り!!! 古の〝王〟が有していた技術は実に凄まじい!!!」

「そのトンデモ技術のおかげで全員バラバラだよこんちくしょうめ…………あいつら大丈夫かな? 特にバカ船長と最強迷子」

「さァ……何とかやるんじゃない?」

 

 後ろに続く暑苦しい男に悪態を返しつつ、二人で逸れた仲間を案じる。

 確実に迷っている、騒動を引き起こす。そう確信し、しかし身の危険に関しては全く不安がっていなかった。

 

「この状況下において微塵も焦らないとは!!! 流石の信頼関係だね!!!〝悪魔の子〟に〝妖術師〟!!!」

「悩んでも仕方ないってだけだよ……無事を祈るだけさ。心配なのはむしろ…………私達の方だよ」

 

 コウガミに称賛されても、全く誇らしさが湧いてこない。むしろ身内のどうしようもない駄目な部分を恥じ入るばかりだ。

 そして何より、後ろにいるこの男に何を言われても、心に響かなかった。

 

「まさかこの面子で分断されるとはねェ………誰かしらの悪意でも混ざってんじゃない?」

「そうね」

「辛辣だねェ!!! 誰も企んでなどいないよ!!!」

「どうだか………」

 

 出会った当初からやたらと親し気で、協力を惜しまない姿勢。

 何かを目論んでいるのは間違いないのだが、この態度が全てを隠していて、内心を悟れない。警戒しない方が無理な話だ。

 

「そもそもあんた………遺跡の中が罠だらけって知ってて頼んできたんでしょうに。どうせ何回か自分で調査ぐらいしてただろうし、罠の場所くらい把握しといて貰いたかったものだね」

「その通りだ!!! …だが、そう上手くいかないのがこの遺跡なのさ!!! 君の言う通り私は何度もこの遺跡に調査隊を派遣し奥を目指そうとした!!! だがしかし!!! 何度挑んでも遺跡に拒まれ!!! 最奥に辿り着く事は叶わなかったのだよ!!!」

「…………拒まれた?」

 

 ぴたり、とエレノアは足を止め、コウガミに振り向く。

 彼の物言いにどこか違和感を抱き、笑みの絶えない彼の顔を睨むと、男は待っていたとばかりに語り出す。

 

「不思議な事に!!! 罠の位置は毎回異なっている!!! 前回調査した時には無かったスイッチに嵌ったり!!! 以前とは異なる罠が待っていたり!!! トライ&エラーがまるで効かない恐るべし迷宮なのだよここはァ!!!」

 

 思わず、エレノアは男から数歩後退る。何か、平然と恐ろしい発言を聞いた気がする。

 危うく死にかけるような罠が、毎回違う場所と内容で起こるというのか。

 

「……なんつー所に連れて来てくれてんだコイツ」

「それで諦めないのが大した根性ね…………さぞ無惨な死人が山のように出たでしょうに」

「恐い恐い恐いから」

 

 平常運転なロビンの呟きで逆に安心しながら、遺跡に横目を向けて考え込む。

 そうなると、自分やルフィ達はともかく、ナミ達弱小組や実力の不明なコウガミの部下達が不安だ。

 

 一刻も早く合流しなければ、と黙り込んだ時だった。

 

「そちらも実に不思議な事なのだがね!!! 今の所!!! 調査中に出た死者はゼロだ!!!」

 

 思考する二人に向けて、コウガミは驚きの一言を発する。

 一瞬、何を言っているのかと呆けた二人は、眼を見開き、男の信じられないといった表情を向ける。

 

「…………は? ゼロ⁉︎ そんな馬鹿な…」

「多少の怪我人こそいるけどね!!! そのほとんどは調査中に遭遇したセルメダルの怪物達との戦闘により受けたものばかり!!! 遺跡自体に傷付けられた者は一人もいないのだよ!!!」

 

 困惑の表情で立ち止まるエレノアとロビンの間を通り抜け、コウガミは講義でもするように手振りを添えて話す。

 指を折り、例を挙げながら、自身の集めた情報を二人に伝える。

 

「例えば激流に押し流されたり!!! 暴風に吹き上げられたり!!! 動く足場や壁に叩き出され!!! 突如開いた落とし穴によってそのまま外へ放り出され!!! どこをどう通ろうとも外に弾き出されてしまうのだよ!!!」

 

 ごつごつと硬く靴音を響かせ、前へ歩き、やがてコウガミは振り向く。

 ぎらぎらぎとぎとと暑苦しく輝く目を優れた頭脳の持ち主達に向け、謎多き男は満面の笑みを携えて問いかけた。

 

「実に不思議だとは思わないかね!!? まるで遺跡そのものが意思を持ち!!! 己の中に侵入した我々を排出しようとしているかのようだ!!!」

「…なんかそのイヤな言い方やめてくれない?」

「イヤだわ、バイ菌みたい」

 

 排出という言葉の響きが気に入らず、エレノアとロビンは全く同じ顔で抗議の声を漏らす。下の話に繋がりそうで実に不快であった。

 

「…………遺跡の意思、ねェ」

 

 その一方で、エレノアはちらりと遺跡に視線をよこし、小さく呟くのだった。

 

 

 

「〝三刀流〟……〝牛鬼勇爪〟!!!」

「〝夜明歌(オーバード)・クー・ドロア〟!!!」

 

 二人の剣士による強烈な一撃が、目の前に蔓延る異形達に炸裂する。

 不気味に呻く、包帯にまみれた人型の怪物達は、微かな苦悶の声を漏らし、ばらばらの硬貨に変じて倒れる。

 

 荒く息を吐く二人に向け、後ろの物陰に隠れたナミが拳を突き上げる。

 

「いけーゾローブルックー頑張れ〜〜‼︎ もう少しよ〜〜〜‼︎」

「戦えてめェ!!!」

「しょうがないじゃないの!!! 狭っ苦しくて〝天候棒〟をフルに使えないんだもの‼︎ 何よりか弱くて可愛い私が前に出たら一味の損失よ!!!」

 

 意味の分からない持論で丸め込み、ナミは頑なに出ようとしない。

 事実、彼女の力の本質は周囲の環境を利用しての広範囲の攻撃。こうも狭い空間ではできる事は限られる。

 

 だが、納得と理解はまた別の感情によるものであった。

 

「ヨホホホ!!! まーまーゾロさん、今はとにかくこの窮地を脱するのが先決です」

「あァクソ!!! あいつ後で泣かしてや────」

 

 端から女性に戦いを強要するする気のないブルックは、文句ひとつ言わず次なる敵を見据えている。

 もやもやした気持ちを抱えたまま、ゾロが八つ当たり気味に異形を斬り伏せようとした時。

 

 突如、彼らのいる通路の壁が迫り出し、目の前の異形達を纏めて左右から叩き潰してしまった。

 

「おわ──っ!!?」

「「ギャアアアアァ!!!」」

 

 凄まじい轟音の直後、巨岩の中に消える異形達に思わず叫ぶ三人。

 僅かに覗く異形達の手足はばたばたと暴れ、やがてくたりと垂れた後、硬貨の欠片となって崩れ落ちる。

 

 ごごご、と罠が元に戻る様を見ながら、ゾロ達は思わずごくりと息を呑んだ。

 

「…ビックリした〜、こんなトコにもワナなんてあったんだ〜………」

「あァ…巻き込まれなくてよかった…………しっかし何だコイツら、てめェらの住処の罠に引っかかって勝手に自滅しやがった」

「場所とか把握してないんですかねェ……」

 

 棲み処にしているくせに、危険な場所をわかっていないのなら、相当知能の方は乏しいのだろう。数と頑丈さ以外は大した脅威でもなさそうだ。

 

 一先ず危機は去った事で、ゾロは刀を鞘に収め、行くべき道を睨む。

 

「まァいい…とりあえずさっさとこの場を離れるぞ。巻き込まれるようなマヌケは御免だ」

「そうね……ってェ!!!」

「そっちはさっきのコワイ罠の道なんですけどォ!!?」

 

 先程異形達が潰された方向へ迷いなく走り出す男に、ナミとブルックはぎょっと目を剥いて叫ぶ。

 一体、この男の感覚はどうなっているのか、そう思わざるを得ない。

 

「あんたほんっといい加減にしなさいよ!!! なんでわざわざヤバい道選んで行くのよ!!? そして何より私達を巻き込むなァ!!!」

「ゾロさん、本気で治療を考えましょう。頭の病気はチョッパーさんも伊達マルさんもデリケートだっておっしゃってますし、ルフィさんには悪いですが長期の治療も考えておいた方がいいかと…………」

「てめェらおれを何だと思ってんだ!!?」

 

 立ち止まる事のない剣士を罵倒しながら、罠を案じつつ走るナミとブルック。

 

 だが、彼らの不安とは真逆に、それ以降壁が動く事はなく。

 二人は迷子の常連の後を大慌てで追い、危険地帯からの離脱に成功した。

 

 ───彼らの去った後でひとりでに蠢く無数の硬貨に、誰も気付かぬまま。

 

 

 

 遺跡北部、下層。

 

 ぼこぼこと泡立つ、真っ赤な沼。

 溶けた鉄か岩か、とにかく凄まじい高温によって巨大な沼が真下に広がる、円形の空間。

 

 その壁に、三人の男達が張り付き、ゆっくりと移動していた。

 

「オイ……‼︎ 大丈夫なんだろうなコレ…!!?」

「大丈夫だ………信じろ………あの空島の大冒険…!!! あの場で活躍したおれの発明『オクトパクツ』!!! その吸引力を3倍にまで高めた強化版『オクトパク(ツー)』は完璧だ!!!」

 

 手足に蛸足の能力を備えた靴を装着し、ウソップ達は横一列になって脱出を図る。本来手袋ではないのだが、背に腹は変えられない。

 

「吸盤の吸引力に、〝風貝〟を改造して発生させた『吸引力』をプラスし‼ どんなにツルツル滑らかな場所でも吸い付き、なんなら壁ごと剥がせちまう究極の兵器!!! どんな窮地でも落ちやしない!!! ………………多分」

「オイ!!? 多分って言ったか⁉︎ 多分って言わなかったか!!!」

 

 作った本人がぼそりとこぼした不穏な一言に、チョッパーが目を剥き叫ぶ。

 彼も自身の変形の中で最も軽い人獣型に変化しているが、下から湧く熱気ですでに疲弊している。

 

 三人の中で最も思いフランキーは一際慎重に壁を伝い、ちらりと真下の溶岩を見下ろす。

 

「見ろ…下は溶岩……!!! 落ちたら間違いなく一巻の終わりだ…………鉄のおれは時間がかかるだろうが、おめェらは案外早く楽になるかもな……溶けて無くなるまでほんの一瞬の我慢だ……!!!」

「ロビンみてェな事言うなよフランキー…」

「やめろよ〜〜…!!! おれ、うっかり想像しちまったじゃねェかよォ〜‼︎」

 

 この状況に、流石の兄貴も堪えているのだろう。いつにない不安げな言葉で弟分達を恐れさせる。

 とにかく、壁から離れてはいけない。それだけを考え、じっと耐え続ける。

 

 その時ふと、ウソップはどこからか、何かの音を捉えた気がした。

 

「ん? なんか…下から聞こえて…………」

 

 壁に意識を割きながら、きょろきょろと辺りを見渡す。

 やがてそれが溶岩の方から聞こえている事に気付き、恐る恐る視線を下にやってみると。

 

「アアァアァァアアァ……!!!」

 

 煮えたつ溶岩の中を、件の硬貨の異形達が漂っていた。

 

 赤く光るどろどろの中を、溶けた腕を天に伸ばし、誰かに懇願するように呻き声を上げ続けている。

 一体はやがて溶岩の中に消え、また別の一体が流れてくる。

 

 真下で延々に続けられる地獄に、三人の男達はしばらく黙り、同時に視線を真横へ逸らした。

 

「よし!!! さっさとこのヤベェ場所から移動するぞ!!! 慎重〜〜〜〜に!!! かつ‼︎ 迅速に!!!」

「あれがおれ達を待つ最悪の未来だ………ああなりたくなかったら絶対に手を離すな。いいか? 下を見るな。見たら恐怖で心も体も縛られる、見るなよ? 絶対にだぞ………!!!」

「おれ達……絶対通る道間違ってんぞ……!!?」

 

 見てはならない、見るべきではないものを見てしまったと、誰一人もう下に目を向けない。

 気にしたら手が緩む、そして下の連中の仲間入りをする。それを防ぐために、ただただこの場を離れる事だけを考えた。

 

 だがその時、チョッパーがなにやら訝しげに首を傾げ出した。

 

「……けどなんか……なんかここ……………知ってる感じがすんだよな」

「何だチョッパー、おめェもか? おれもなんか懐かしい感覚がすんだよなー……」

「オイ何だお前ら、こんなデンジャラス迷路で遊んでた事でもあんのか?」

「いやァー…そういうんじゃなくてよー…………何だったっけな〜〜〜」

 

 窮地にありながら、一緒になって考え込むウソップとチョッパー。

 意外と余裕があるな、と呆れるフランキーもまた、暑苦しい空間を見やりふと浮かんだ考えを口にした。

 

「こうしてっとなんか…………胃袋ん中にへばりついた寄生虫かなんかになった気がしてくるぜ」

「「それだー!!!」」

「うおっ!!?」

 

 兄貴の呟きに、二人がくわっと目を見開いて叫ぶ。

 びくっと肩を震わせたフランキーは、振り向きながらウソップ達に咎めるような目を向け怒鳴りつける。

 

「いきなりどうしたてめェら!!?」

「なんか覚えあんなーって思ったらマジでそれだ!!!〝リトルガーデン〟で似た様な目に遭った時とおんなじ感覚なんだ!!! バカデケェ怪物金魚に船ごと飲み込まれた時!!!」

「おれは!!! おれはな⁉︎ 空島でウワバミの腹ん中に入った時!!!」

 

 ───うわあ!!!

 ───なんか出た〜〜〜〜っ!!!

 ───海王類かァ!!?

 ───し…〝島食い〟!!?

 

 ───逃げろ〜〜!!!

    大蛇だ〜〜〜〜!!!

 ───ギャ〜〜!!!

 

 脳裏に浮かぶ、過去の経験。

 

 太古の島で、出会った巨人達との別れの際、最後に立ち塞がってきた超巨大金魚。島すら食べる化け物の金魚の腹の中。

 空の島で、黄金探しの冒険中に遭遇したあまりにも巨大すぎる大蛇。遺跡の一部すら飲み込む長い洞窟のような胃袋の中。

 

 かつて味わってきた感覚が、ウソップとチョッパーの中に蘇っていた。

 

「でけェ生き物の中に入ってる感覚なんだ!!! この遺跡は!!!」

 

 

 

 ルフィ達が挑む、巨大で難解な迷宮遺跡。

 それが存在する陽炎島の西側、海と珊瑚礁が広がる円形の地。

 陸地からはただの景色にしか見えないそこは───真上から見ると様相をがらりと変える。

 

 碧の海に浮かぶ珊瑚礁。

 真上から見たそれは……母の(はら)の中で身を丸める人の形をしていたのだった。

 

⚓️

 

 絶え間無く押し寄せる波、雪がれる砂浜。

 白く眩く、陽光に照らされ光る砂浜に、一人の男が……かつて一海賊団の船長だった男が打ち上げられていた。

 

「…………ァ……アァ………」

 

 何の意味もなさない呻き声を漏らし、横たわる彼。

 クロック海賊団船長チック=タックは、虚ろな目で虚空を見つめ、へらりと笑う。

 

「な……何も……なくなっ…………ちまっ………た………へ、へへ……へへ、へ…へへ…………こ、子分共も…………船も………………な、何もかも………呑まれっちまった……………ヘヘェヘヘヘ」

 

 たった一度の失敗で、全てを失った男は壊れ、笑うしかない。

 仲間も船も、野望も、何もかもが大自然の驚異に叩き潰され、手元には何一つ残っていない。

 

 笑う以外、彼にできる事は何もなかった。

 

「こ…………ここ…このまま…おれァ野垂れ死にか……? へ…へへへ…へへへへへ…!!! そ……そりゃちと…もったいねェ………お…おれだけ……こんな目に…遭って…………そりゃ…理不尽……だぜ…………」

 

 意味のない呟きをぶつぶつとこぼし、涙ばかりが流れる。

 残っているのは動かない体と残り少ない命、こんな時に限って途切れてくれない意識。ただただ、恨む事しか彼にはできなかった。

 

「誰でも………いい…から…………道連れに……してェ……なァ……」

 

 男がそう、叶わないとわかっていながらも口にした時だった。

 

 

「そんなあなたに!!! チャンスタイムで〜〜〜〜す♫」

 

 

 一人の道化の姿をした女が突如姿を現し。

 瀕死の男の頭上から、場に合わない上機嫌そうな声で語りかけた。

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