ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第28章 太古ノ王〈Ⅲ〉
第281話〝記憶の廊〟


 陽炎島、唯一の町。

 

 無数の家屋の瓦礫をひっくり返し、人々が復興作業に勤しむ。

 その中の一人……かつて残忍極まりない海賊として恐れられた男が、腰を伸ばしながら唸った。

 

「…はーっ、やれやれ。まだまだ片付かねェな。まったく………こっちの苦労も知らねェで大暴れしやがって化け物共め」

 

 ごきごきと首を鳴らし、悪態をつきながらぼやく男。

 それとは別の元海賊が、すぐ近くで瓦礫を担ぐ着物を襷掛けにした男に振り向き、口を開く。

 

「新さん、あいつらどこ行ったかわかるか?」

「かなり濃い煙幕だったからな…………森に向かったのは間違いないが、そこから先はわからぬ。無事だといいのだが…」

「だよなァ………」

 

 新ノ介の言葉に頷きつつ、ちらりとあたりを横目で見やる男達。

 家を壊された島の住民達が、先日とは打って変わって談笑しながら瓦礫を撤去している姿に、思わず目を細める。

 

 話題は、先日起きた一件の結末に移り出した。

 

「あん時ゃヒヤヒヤしたぜ…………よくあんな荒ぶる島民達を宥められたな。ありゃもうほとんど暴徒化してただろ」

「…真摯に語り聞かせれば、どんなに心荒れた者であろうと心を通わせる事は出来るのだ……………最初から疑う者に、真に人の心を開く事など出来ぬよ」

「…実現できるあんたがすげェよ………やっぱ経験が違うのかねェ」

 

 彼に自慢ぶる様子も、驕る様子もない。

 ただ為すべき事を為したというだけの男に、尊敬の視線が集まる。

 

「しかし驚いた……普段はあんだけ温厚なジーさんが、あの天使の嬢ちゃんを見た途端豹変しちまって……」

「そうそう……逃げた後も大変だったよなァ、血圧上がりまくってぽっくり逝っちまわねェかと思ったっての」

 

 脳裏に浮かぶ、白と黒の彩り。

 外套で隠されていた少女の真の姿を思い浮かべ、元海賊達は複雑な表情で黙り込んだ。

 

「おれァ…天族っつったら『船乗りの守り神』って聞かされてきたからよォ、さっきの出来事にゃ本気で驚いたぜ」

「ああ……実在してた事にも驚きだが、〝悪魔〟って呼ばれてたのにも驚いた。〝よくばりおおさま〟ってのに加えて、相当この島の連中に嫌われてんだなァ………」

 

 男達はうんうんと何度も頷きつつ、再度新ノ介を見やる。着物の男は、男達に背を向けたまま顔を見せない。

 

「新さん…あの状況でよくあいつらかばう気になれたよな、下手したらアンタまで村八分にされんだろ」

「………過去に何があったのか、余所者である私には知る由もない。だからこそ、他人の言う事実を鵜呑みにする事は避けねばならぬ…………知らねばならぬのだ、本当の真実というものを」

 

 がたん、と大きな木片を横にどかし、一息つく。

 虚空を見上げ、佇む彼の表情は見えないが、その背にはどこか後悔が滲んで見えるような気がした。

 

「………あの時の私にそれができていれば…また違う未来があったのやもしれぬ。今の私は…ただの浪人だ」

 

⚓️

 

 どごん、がこん、ぼごん。

 

 天井から、壁から、床から、あらゆる方向から岩の塊が突き出し、ひっきりなしに襲いかかる。

 侵入者を阻む無数の凶悪な罠の数々の間で、一つの笑い声が木霊する。

 

「あっひゃっひゃっひゃ!!! 楽しいなァ〜〜〜ここはホントに!!! あっひゃっひゃっひゃっひゃ!!!」

 

 侵入者を圧殺し、吹っ飛ばし、追い出す無数の仕掛け。

 常人ならば心が折れるようなそれらを、ルフィは心から笑っていた。まるでおもちゃで遊ぶ子供のように。

 

「しししし‼︎ おいエール‼︎ 大丈夫か〜⁉︎」

「…………おかしい、絶対おかしい。この状況でずっとヘラヘラできるあんたの精神はホントにおかしいよ」

「楽しいんだからしょうがねェだろ? お前も楽しめよ、エール‼︎ あっひゃっひゃ!!!」

 

 自分の後ろを青い顔でついてくるエールにも、ルフィは笑う。

 一度死にかけた事は気にしていないのか、それとも忘れたのか、迷宮の仕掛けに一々目を輝かせている。

 

 そんな彼の前で、通路がさらに複雑化する。

 足場が分かれ、道は曲りくねり、さらに凶悪な迷路へと変貌していく。

 

「簡単にゃ行かせてくれねェか………上等だ‼︎」

「ねェまだいくのかィ……?」

「当たり前だ!!! これは絶対…昔の〝おおさま〟のおれへの挑戦だ!!! 絶対クリアしてやるぞ!!!」

 

 やる気に満ちたルフィの後ろで、エールはげっそりと肩を落とす。

 はしゃぐ青年を信じられない気持ちで凝視し、なぜか疑いの眼差しを向け始める。

 

「…どうしてソイツの事をそんなに好意的に思えるの? ……わらべ歌…聴いただろ?」

「知らねェ‼︎ 忘れた‼︎」

 

 エールの問いに、ルフィは堂々と返す。

 目の前に聳え立つ壁を凝視したまま、満面の笑みを浮かべて道の先を見据え続ける。

 

「昔の〝おおさま〟がどんな奴かはわかんねェし、知る気もねェ‼︎ この迷路を目一杯冒険した先にお宝が待ってんなら、おれはそこを目指すだけだ!!!」

 

 エールの返事を待たず、ルフィはだーっと走り出す。

 反り返った壁に指を引っ掛け、脇目も振らずに頂上を目指して登り始める。

 

「待ってろよォ〜〜〜〜〜!!!〝よくばり〟〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」

 

 顔も知らない、名も知らない過去の人物に向けて挑戦の言葉を吐き……新たな〝王〟を目指す青年は、挑戦を続ける。

 

「……本当に、変な奴だねェ」

 

 その背を見つめ、エールが小さく呟く。

 悲鳴をあげて落ちてくるルフィを見つめたまま、くすっと、微笑みの声を漏らした。

 

⚓︎

 

「生物…⁉︎ この遺跡が⁉︎」

 

 エレノアの言葉に、ロビンは大きく目を見開く。唐突すぎる断言に、彼女らしからぬ唖然とした表情を見せる。

 

「それ…本気で言ってる?」

「正確には………生き物みたいな何かだね‼︎ この感覚、巨大な生物の体内にいる時と似てる……っていうかそれそのものなんだよ」

 

 通路を走りながら、エレノアは頷く。強張った表情で、長く登りづらい階段の先を見据えながら、静かに冷や汗を垂らしている。

 

「つまりこういう事かね…!!? 私達がいるのは遺跡ではなく一個の巨大な生物の中で!!! 我々を体外に排出しようとする働きに巻き込まれていると!!!」

「そうでなきゃ説明つかんわこんな謎迷宮!!!」

 

 これまで探検の邪魔をしてきた数々の罠。それを思い浮かべ、叫ぶ。

 それらはあまりに不自然で、単なる建物とは考えられない異常さに満ちていた。

 

「動く壁に移動する罠…それ以上に…‼︎ 入った時から感じてた不気味な気配!!! ここは何か巨大な意思を持つ存在の中で………私達を体外に排除しようとしてるんだ」

 

 がこん、と足元が突如下に向かって動き出す。

 滑り落ちそうになったエレノアは即座に飛翔し、ロビンも能力で自身とコウガミを空中に留まらせる。

 

「錬金術が通じなかったのも…‼︎ 対象が単なる無機物じゃなかったからなら納得できる」

「だとしたら……それこそ、ここは何? いいえ、何者なの?」

「…今考えてる可能性は…────」

 

 ロビンの問いに、エレノアは更に険しい表情になる。

 どこか躊躇うような様子で、その答えを口にしようとした時。

 

「素晴らしい!!! これほどまでに巨大な迷宮がそんなにも雄大で偉大な一つの命だったとは!!! やはり誕生とは素晴らしい!!! 惜しむらくはそれを私が知らずこれまで一度も祝えなかった事だ!!! ハッピーバースデェェェイ!!!!」

「うるせェ!!!」

 

 ロビンの生やした大量の腕で吊るされたコウガミが上機嫌で騒ぎ出し、思わず言葉を区切って吠える。

 思考の邪魔をされ、苛立つエレノアは再度息を吸い込み。

 

「シャアアァ!!!」

 

 と、背後から向かってきた包帯の異形に向け、義足から生やした刃を一閃する。

 蛇の姿をした異形はずるりと首を断たれ、続いて硬貨の欠片となって崩れ落ちる。天井の凹凸に掴まり、エレノアとロビンはそれを見下ろした。

 

「だったら…‼︎ 彼らは体内に棲まう免疫細胞………私達は彼らに駆逐される病原菌ってところかしら…………⁉︎」

「かもね……思えばコイツらが放つ気配とこの遺跡が放つ雰囲気………似たものを感じてる。本質は多分同じなんだ」

「この遺跡自体が………あのメダルの怪物って事?」

「そういう事!!! だから奴らは…‼︎ この中から際限なく現れるんだ!!!」

 

 下へ流れる床を見下ろし、エレノアとロビンは目配せをし合う。

 ロビンが手を交差させ、壁に何十本もの足を生やして足場を作り、その上を三人で跳んでいく。

 

 そこへ、大柄な体で必死に後を追いながら、コウガミが二人に尋ねた。

 

「だとすれば…!!!〝宝〟は一体どこにあるというのだね!!?」

「…案外、ルフィの思いつきが正解なのかもね」

 

 彼の問いに、眉間に深くしわを寄せながら呟く。

 長い坂を越え、入り組んだ登り道を登り、ひたすらに上を目指して進みながら、エレノアは自身の考察を口にする。

 

「この遺跡があの化け物の一種………古代の〝王〟の産物であり、一個の意思を持つ存在なら、ここで起こる現象にも必ず何らかの意思が宿ってるハズ。強欲な王が考える事といえば…………」

「……自分の宝を狙う不届き者を、排除する」

「それ。…誰も傷つけずに追い出してるのは、かつての〝王〟が小心者だったからかもね」

 

 死後も宝を他者に渡さないために、いくつもの危険な罠で守る。

 もし、ルフィの想像する通りの思考の持ち主ならば。

 

「そしてそんな奴なら……一番大事なものほど、強固に守ろうとするでしょう?」

 

 その考えを元に、エレノア達は罠だらけの道を進む。

 主にロビンの能力とエレノアの危険察知能力を頼りに、足手纏いを連れた二人で奥へ奥へと進み続ける。

 

 するとやがて……彼らはその場所へ辿り着いた。

 

「…ここは」

 

 坂を登り切った先に広がっていたのは、歪な円形の空間だった。

 いくつも柱が並び、壁が凸凹と歪みながら、表面に何やら絵のようなものが彫り込まれている。

 

 どこを見ても壁画ばかりという、不思議な場所だ。

 

「随分と雰囲気の異なる場所に来たね!!! ここが宝のある場所かい!!?」

「………さァてね、他と比べて特に危ない道を選んできただけだし」

 

 コウガミの声を半ば無視し、壁画へ近づく。

 何か罠でもあるかと警戒するも、触れてみてもさしたる反応は見られない。

 

「たくさんの壁画……まるで画廊ね。それも初めて観る意匠のものばかり………不思議な場所」

「アテがはずれたかな………どうにも妙な空間だ」

 

 天井にまでびっしりと彫られた絵を見上げ、ロビンが呟くとエレノアも訝しげな表情で首を傾げる。

 

 ロビンはぐるりと一周、部屋中を見渡してみる。

 描かれている絵は、抽象的というかなんというか、一目見ただけでははっきりと表し難いものばかり。

 

 しかしふと、何かを感じた気がして、天井に目を向けたまま口を開いた。

 

「──ねェ、エレノア? ここが生物の体内なら………今私達がいるのは身体のどこ?」

「そうだね………ここはこの遺跡の…このデカい何かの…脳のあたりかな」

「脳…ならここにあるのは」

 

 確かめ合ってから、二人は今度は絵だけでなく、部屋全体を見る。

 得体の知れない、しかし何かがを秘めたその空間……自分達がいる『何か』の体の中を。

 

「……この子の…この巨大な存在の……記憶」

 

 小さく呟き、エレノアが黙り込む。

 ロビンもそっと手を伸ばし、びっしりと刻まれた絵を一つ一つじっくりと眺めていく。

 

「………困ったわ。あるのは絵ばかりで文字がない。何かの記録が記されていればと思ったけど………これは時間がかかりそうね」

 

 だが、観察し始めて早々にロビンは困惑の声を漏らす。

 古代の遺物に造詣の深くとも、芸術品の全てに通じているわけではないようだ。

 

「流石の考古学者もお手上げかい!!? 古代の〝王〟もやってくれる!!! せっかく迷宮踏破の手掛かりになりそうなのに、こんな難解な謎を残していくとは!!!」

「………別にお手上げなんて言ってないわ。ただこの手の遺物に巡り会った事がないだけよ」

 

 コウガミに口を挟まれ、ロビンはむっとした様子で反論する。ついてくるだけの男に小馬鹿にされ、流石のロビンも顔に出る。

 そんな彼女に、コウガミは相変わらずの笑顔のまま首を横に振る。

 

「別にバカにしているわけではないよ!!! 君はかの〝オハラ〟の叡智の結晶にして〝歴史の本文〟を唯一読み解ける世界でただ一人の女性!!! そんな君が解読に苦戦する様なら!!! それだけでこの場所の特異性は明白だとも!!!」

「……本当になんでもお見通しって感じね」

「何でもは無理だよ!!! だからこそ私はここに来ているのだから!!!」

 

 やかましく喋りながら、コウガミもまた壁画を見渡す。

 ぎらぎらと不気味に目を輝かせながら、無数の壁画の数々を全て眼に焼き付けようとしているようだ。

 

「それ故に惜しい!!! ここまで来て過去の解明が暗礁に乗り上げた事が非常に口惜しい!!! 歴史の果てに消え去った真実が目の前にあるかもしれないのに!!! この手の届く場所にあるかもしれないのに!!! それなのに届かない!!! 悔しいィ!!!!」

「………いつか、何か恐ろしい事態を引き起こして自滅しそうね」

 

 誰に対してでもなく、仰々しく語るコウガミ。

 彼の異様な執着を見ながらロビンがそうこぼしていると、ふと、エレノアが先程から黙り込んでいる事に気付く。

 

 じっと壁画を見上げたまま、一言も発していない。

 

「…エレノア?」

「…ねェ、このへんにある壁画、外にある遺跡の絵とはずいぶん意匠が違くない?」

 

 すっ、と天使が指差す方向を見て、ロビンもかすかに目を見開く。

 示された絵の一部、かろうじて人と思われるその絵に、彼女も思わず頷く。

 

「そうね………私もそこが気になっていたわ。技術や表現の問題じゃなく、ここの壁画は感性的に拙く……いいえ、幼く見える。例えるならそう………子供が作った粘土の壁画」

「なるほど、どーりで独特のタッチな訳だ」

「だから私も容易に読み解けないわ………子供の絵にはあまり関わって来なかったからかしら? 正直に言うと、ちょっと理解に苦しむわね」

 

 言われてみればその通りだと、今一度じっくりと絵を見渡してみる。

 

 ぐちゃぐちゃの線で出来上がったそれは、確かに子供の絵に見える。

 それが大量に、それも薄暗い中に浮かび上がっていて、大変不気味に見える。

 

「……子供の絵」

 

 不意に、エレノアの脳裏で何かが光る。何かが繋がる。

 

 視界に映る絵をじっと見つめ続ける。

 人らしき線の集団。鳥らしき塊。羽の生えた鼠のような何か。ほとんど何を表したいのかわからないようなそれらを凝視し続け。

 

 そしてやがて、口を開いた。

 

「…………あのさァ会長さん。色々聞いておきたいんだけど、いいかな?」

「私に話せる事なら何なりと!!!」

「じゃさっそく…………」

 

 許しを得たエレノアが、一瞬で動く。

 

 じゃきん、と義足の刃を展開し、コウガミの喉元に突きつける。

 薄皮一枚、少し力を入れれば容易く切り裂けるほどの距離でとどめ、男を鋭く睨みつける。

 

「エレノア………!!!」

「……どういうつもりかな!!? なぜ私に刃を向けるのだね!!?」

「白々しい…わかってるくせに。どうせ丁寧に聞いたところで素直に答えないだろうから、脅させて貰ってんだよ」

 

 微塵も動かず、殺気をぶつけながらエレノアが問う。

 やはり表情ひとつ変わらないコウガミを見上げたまま、疑いの目を向ける。

 

「あんた…ほんとは全部知ってんじゃないの?〝王〟の宝の事とか…この遺跡の正体についてとか…………全部、なにもかも」

「何を根拠に………!!!」

「知り過ぎなんだよ、あんたはさ……私達どころか、島の住民すら知らない情報を………あんたはさも当たり前のように語って聞かせてきた。800年前という正確な時間すら、わらべ歌にも載ってないのに」

 

 とぼける男の首にぐっ、と刃を押し付け、再度問う。

 眉尻ひとつ動かさない相手を、そのまま首を切り落としても構わないくらいの気迫を以って、脅し続ける。

 

「話せる事じゃ足りない、全部語れ──お前は何者だ」

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