ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
「魔獣ねーっ」
前の島を出発してしばらくして。
ルフィ・エレノア・コビーは船を操り、順調に目的地である島を目指していた。
凶悪さで有名な男が収監されているという、海軍基地のある島を。
「そうですよルフィさん。ロロノア・ゾロは〝海賊狩り〟の異名を持つ恐ろしい男です」
「聞いたことある。確か血に飢えた獣のように賞金首を嗅ぎ回って海をさすらうやばいやつなんだっけ?」
「はい。人々は、人の姿を借りた魔獣と呼んでいます」
おーこわ、と肩をすくめるエレノアに苦笑するコビー。
二人だけで海を旅するぐらいだ、その程度の噂話ではちっとも怖さなど感じないのだろう。
「だから仲間にしようなんてバカな考えは…」
「でも俺は、別に仲間に決めたわけじゃなくて、いいやつだったら…」
「悪人だから捕まってるんですよ‼︎」
「コビー、諦めなよ。こいつこういう時は頑固だから」
はしゃいでいるルフィの方に呆れた目を送りながら、エレノアは船の前方に振り向いた。
もう、島の影が見えていた。
「それにほら……もうすぐつくよ」
海軍基地のある島はコビーのいた島よりも大きく、そして立派な建物が並んでいた。
民家や店が並ぶ町の向こう側に見えているのは、黒々とした煙と無数のパイプが通る建築物。そのさらに先、島の中央辺りに見える岩山などから察するに。
「小さな鉱山の経営で生活している島、か」
小さな島だが、ちゃんとした資金源を持っているのだな、と初めて炭鉱を見たエレノアが感嘆の声を上げる。
が、町の様子を見ていたその目が、訝し気に細められた。
「…の割には、ちょっとさびれてるみたいだな」
「まぁでも、ここでお前とはお別れってことだな!」
「だいぶ長いことお世話になっちゃったね」
「はい…! お二人には感謝してもしきれません‼︎ いずれは敵同士ですけど」
まだ海軍に入ったわけでもないのに、感涙したコビーが二人に頭を下げる。
エレノアには少し気になることもあるが、いずれ敵になる相手とこれ以上なれ合うのもどうかと思い口を閉じる。
「こ、この島で僕はきっと、立派な海兵として頑張っていきま……ぶっ⁉」
「おっと、ごめんよ」
が、コビーが大きな一歩を踏み出そうとした時、近くを通りがかった少年の担いだ大きな角材が激突し、情けない声をこぼして倒れこんでしまった。
顔面から倒れたものの大した怪我ではないようで、ルフィもエレノアも少年もさして心配はしていなかった。
「コビー君、大丈夫?」
「悪い悪い…お‼」
そこでようやく、ルフィたちが見慣れないよそ者であることに気が付いたのか、少年が目を輝かせた。
「何? 観光? どこから来たの? メシは? 宿は決まってる?」
「あ、いや、ちょっ…」
「メシ⁉ お前メシ屋知ってんのか⁉」
「俺んちだよ! 決まってないならすぐ来いよ! 親父! 客だ!」
「ちょっと勝手に…」
エレノアの返事も聞かず、何か作業を行っていた大柄な男に声をかける少年。
筋骨隆々な体を動かして振り向いた男は、見慣れない連中と自分の息子を見て眉を寄せた。
「あー? なんだって、カヤル」
「客! 金ヅル!」
「なに⁉ でかした‼」
道具をほっぽり出して向かってくる、カヤルという名の少年の父親に、エレノアは呆れた表情を浮かべた。
「……おい、仮にも客の前で金ヅルはないでしょ」
ほぼ無理やり連れてこられたさきにあったのは、武骨なつくりの酒場だった。
しかし男の妻らしき女性が作る料理は大したもので、殺風景なテーブルの上が多様な料理で華やかになった。
「いや、ホコリっぽくてすまねぇな。炭鉱の給料が少ないんで
「フーン…」
バクバクと料理を平らげていくルフィをほっぽって、きょろきょろと辺りを見渡すエレノア。
すると、別のテーブルでたむろしていた炭鉱夫たちが陽気な調子で声をかけてきた。
「なに言ってんでえ親方! その少ない給料を困ってる奴にすぐ分けちまうくせによ!」
「奥さんもそりゃ泣くぜ!」
「うるせぇや‼ 文句あんなら酒代のツケさっさと払え‼」
怒鳴りながら、ゲラゲラと笑い合う親方と炭鉱夫たち。かなり慕われているようで、フードの下でエレノアは柔らかく微笑んだ。
「うんめぇなここのメシ」
「それにすごくいい人たちですね…こんなところで働けるならやる気も出るってもんですよ」
「………そうだね」
ルフィの感想もコビーの感想も間違ってはいない。
しかし何か気になるエレノアは曖昧にしか頷かず、じっと外の様子を眺めていた。
もっと酒場というものは騒がしいイメージがあるが、ここにはそれがあまり見受けられないのが不思議だった。
「随分食ってるが大丈夫か? うちのカミさんのメシは高ェぞ?」
「だいじょーぶ、私がちゃんと持ってるから」
ものすごい勢いで料理を平らげていくルフィが気になったのか、親方が注意してくるがエレノアはその心配をきっぱり否定する。
もとから食うやつなのだ、そのためにエレノアは金銭の類を大目に持ち歩いている。
が、そんな余裕は通じなかった。
「はい、30万ベリー」
「高ェよ!!!」
「ただのぼったくりじゃん!!!」
「だから言ったろ『高い』って」
してやったり顔でにやりと笑う親方に、エレノアは徐々に殺意が芽生えてくるのを感じた。
食うだけ食った後で高額な料金を要求してくるとは、なんという卑劣な。
自分たちは海賊だが、あまりに横暴だと言わざるを得なかった。
「めったに来ない客にはしっかり金を落としてってもらわねえとな」
「エレノア、頼む。〝宝払い〟だ」
「嘘でしょ…⁉ ヤバい足りるかな………‼」
「逃がさんぞ金ヅルども」
船長にまるっと問題を押し付けられ、エレノアは財布の中身を確認しながら顔を青ざめさせる。
ギラリと目を光らせ迫る親方の迫力は、相当なものだった。
「まいどありぃ‼」
「うぅ……今後の生活費が……この出費は痛すぎるよ……‼」
「ほんとすまん。いつかちゃんと返せるように俺、頑張るから」
「僕が言うのもなんですけど、ほんとにこの先大丈夫なんですかね?」
ぶるぶる震えて涙を流すエレノアと、それを慰めるルフィ。
いきなり別のピンチに追われる二人を見ると、何となくこのまま分かれるのが心配になるコビーだった。
「私たちのことはいいよ。あんたは自分のことをまず考えなさい」
「んで、この島の基地にいるのかな。そのゾロってやつは……」
ルフィがそう言った瞬間、ガタガタガタッと騒がしい音が響いた。
何事かと振り向いてみれば、何やらルフィ達を恐ろしげに凝視しながら身を隠している他の客達がいる。
「え、え? い、いったい何が?」
「い、いや……なんでもねぇ」
何も悪いことや怖がられることはやっていないのにこの脅えよう、コビーはとにかく不思議に思うしかない。
先ほどルフィが口にしたあの男の名前が原因だろうとあたりをつけたエレノアは、とりあえず話題を変えようとルフィ達に向き直った。
「そういや、この島の海兵ってモーガン大佐ってやつだったよ……」
ガタガタガタッ。
また騒がしい音がしたかと思うと、さっきよりも離れた炭鉱夫やほかの客たちの姿が見える。
「……ねぇ、さっきから何なの? なにがしたいのあんたら」
「き、気にすんな‼ ほら、もっと食うか?」
「さりげなくぼろうとしないでよ」
ちょッとイライラしてきたエレノアがジト目を向けるも、島の住民は視線を合わせようともしてくれない。
気になるが、明らかに面倒ごとのようだし、関わらないほうがいいだろうと放置する。
「……そういえばこの海軍基地って、大佐の補佐にヨキ中尉ってやつがいるんじゃなかったっけ?」
ふと思い出した知識を、コビーに確認してみると。
「「「ペッ‼︎」」」
さっきまで怯えて離れていた連中が、一斉に苦虫を噛み潰したような表情で床に唾を吐いた。
「…………」
なんかのコントか?そう思ったエレノアだったが。
もう、何も喋ろうとはしなかった。
何かと騒がしい店を後にして、並んで歩くルフィ達。
その表情は、三者三様であった。
「なっはっは! おんもしろかったなぁ、さっきの!」
「笑い事じゃないですよ! 海軍であるはずのモーガン大佐にまであんなに脅えるなんて…僕なんだか不安になってきましたよ」
「ま、普通じゃないことしかわかんないよね」
陽気に笑うルフィだが、確かにこの状況は異常だ。
頼りにするべき海兵にまで怯えていては、平穏などどこに求めればいいのか。どう考えても何か問題があるようにしか思えない。
着いて早々、不穏な気配が立ち込めているのを感じていた。
「…ルフィ、コビー。私はちょっとそこらで情報収集してくるよ」
「えっ? あっ、はい!」
「おう! じゃあまた後でな!」
二人に手を振り、エレノアはその場に残る。
その影が見えなくなってから、エレノアは他の島民の目に入らないように近くの建物の陰に入った。
「………さてと」
エレノアは呼吸を落ち着けてから、フードの端を広げて周囲の音をよく拾えるようにした。
その瞬間、エレノアの特殊な耳には島民たちの声が集められていく。半径1メートルしか届かないようなささやき声も、誰にも向けられていない独り言も、果ては家の中の会話までも。
―――ヘルメッポのバカ息子がまたやらかしたらしいぞ!
―――あいつ、親父がモーガン大佐だからって威張り散らしやがって……。
―――ヨキのヤロウも同罪だ!
あいつだってもとはただの炭鉱経営者だったくせによ!
―――金で買った官位ってだけなのに威張り散らしやがって!
―――あいつらのせいで何人泣かされたことか!
―――けど、変に逆らってモーガン大佐の怒りに触れたら…。
―――気に入らない奴はかたっぱしに処刑なんて狂ってる!
すると出るわ出るわ聞きたくもない嫌な噂が。
モーガン大佐といえば、東の海で悪名を轟かせていた海賊を捕らえたことで名を挙げた一兵卒であったはず。つまり、人柄や能力ではなく結果で出世した輩だということだ。
そして詳しい話を聞いてみれば、欲に目がくらんだ炭鉱の元経営者であるヨキは、モーガン大佐の威光を利用してやりたい放題やっているらしい。炭鉱もいまだ彼の個人資産であるうえ、権力を酷使して炭鉱夫たちの給料すらも搾り取り、懐を潤しているという。
自らの力で横暴にふるまう支配者と、そのおこぼれにあやかって権力を振りかざす卑怯者、そして父親の権威を笠に着るバカ息子。
早速あまりの腐敗ぶりに怒りも湧いてこなかった。
「……これは、コビーくんも一緒にどっかに移ったほうがいいかもな」
げんなりしながらもうやめようかと思ったが、不意に気になる会話が聞こえてきたためにもう少し続けることにする。
―――ねぇ、お母さん。あの腹巻のお兄ちゃん、大丈夫かな?
―――ダメよ、あの人に関わったりしたら。海兵に殺されちゃうわよ!
―――でも、あのお兄ちゃんのおかげで私、狼に食べられずに済んだんだよ⁉︎
―――それでも、この島でモーガン大佐に逆らったりしたらどんな目に遭うか!
―――でも……!
どこかの家庭から聞こえる親子の会話らしい。
モーガンの息子のせいで危険な目にあったらしいが、腹巻のお兄ちゃんのおかげで助かったのだとか。
「……腹巻のお兄ちゃん?」
ふと気になったエレノアは、なるべくその男が何者なのかを調べるために聴覚を集中させる。
すると、うまい具合にその男について噂している集団を捕まえることができた。
―――おい、聞いたか。あの腹巻きの剣士……ゾロってやつ、まだ処刑場で粘ってるらしいぞ。
―――ほんとかよ! あのバカ息子が言った約束を本気で信じてるのか⁉︎
―――ああ……だが無茶だよな。1ヶ月も飲まず食わずで過ごすなんて。
―――それができたら釈放してやるなんて言ってたが……本気かどうか。
「……ふーん」
まさかな、と考えながら、自分の勘が当たったことを察するエレノア。
聞いた話をまとめれば、腹巻のお兄ちゃんことロロノア・ゾロが捕まったのは、モーガンのバカ息子が放し飼いにしていた狼を斬ってしまったため。
囚われの身となった彼は、バカ息子の言うことを真に受けて1ヶ月の断食に挑んでいるのだとか。
なんとバカな男なのだろうか。後先考えないことといい、バカ息子の言うことを信じることといい。
だが、それがいい。
「こりゃ、ルフィの言った通りにしといたほうがいいかもな……手放すには惜しい男だ」
フードを直し、エレノアは海軍基地がある方を見やる。
きっとあの二人も行っていることだろう。
予定を決めたエレノアが、海軍基地へと向かおうとした時だった。
―――相変わらず汚い店だな、ホーリング。
聞いているだけでいやな気分になる声が聞こえ、エレノアは顔をしかめさせながら振り向いた。
声の出どころは、さっき出てきたばかりの親方の店だった。