ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
「過去にどれだけスゴかった男でも、こうなっちゃただのコック。頭を撃ち抜くのも簡単だ」
「あンの野郎
「畜生ォっ、
倒れ伏したゼフの後頭部に銃口を突きつけるギンに、コックたちから悔しげな声が飛ぶ。
しかし最も悔しげな表情を浮かべているのは、他ならぬギンの方に見えた。
「この男を助けたいだろ? 頼むサンジさん、おとなしくこの船を降りてくれ‼」
「船を降りろ? やなこった」
わずかな期待を込めてサンジを見るギンだが、一秒もたたずに返ってきた答えに目を見開く。
コックたちも、あまりの非情さに愕然としていた。
「バ…バカ野郎サンジ‼」
「挑発すんじゃねェ‼
「なんてマヌケな姿だよクソジジイ。そんなんじゃ示しがつかねェだろ? 戦うコックどもに‼」
「フン…チビナスにァ何も言われたかねェな」
「何がチビナスだクソ野郎っ!!! いつまでも、ガキ扱いすんじゃねェ!!!」
こんな状況下でも罵り合う二人に、コックたちから困惑の目が向けられる。
一体何がそこまで彼らに壁を作るのか。
だが、その考えは間違いだったことに気づいた。
「ギン。その銃、おれに向けろ」
思わぬ言葉に、エレノアも目を見開いてサンジを凝視する。
それは、憎み合うものが口にするとは到底思えない選択肢であった。
「………死ぬ気?」
「まァね」
憎たらしげに笑みを浮かべるサンジに、コックたちはおろかギンも困惑する。
たかが店を明け渡すだけで助かるのに、なぜ命を張るような真似をするのか、全くわからなかった。
「そんなに死にたきゃ…殺してやるぜ、いぶし銀にな‼〝超天然パ~~~ルプレゼント〟ッ!!!」
動かないギンに代わるように、パールが真珠の盾でサンジを殴りつける。
防御もできずに超硬度の打撃をくらってしまった彼は、吐血しながら膝をついた。
「サンジ!!! このっ…」
「手ェ出すな雑用っ!!!」
飛び出しかけたルフィを制し、サンジはぼたぼたと血を流しながら唇を噛む。
その表情には、激しい悔恨の念が浮かんでいた。
「卑怯じゃねェかよギン…そんな条件どっちものめねェよ‼」
「あんた…どうしてそこまで…⁉」
「何でだ‼ 簡単だろ、この店捨てりゃ全員、命は助かるんだぜ!!? ただ店を捨てるだけでみんな…」
「この店は、そのジジイの宝だ!!!」
困惑するギンは、はっきりと言い切ったサンジにかける言葉を見つけられずにいる。
たかが店としか思えない彼には、サンジがこだわり続ける理由がわからなかった。
「おれはクソジジイから何もかも取り上げちまった男だ。力も!!! 夢も!!! だからおれはもう、クソジジイには何も失ってほしくねェんだよ!!!」
「こんな時に下らねェことほざいてんじゃねェ………チビナスが」
「うるせェな‼ おれを、いつまでもガキ扱いするなっつってんだろうが!!!」
罵る間にも、パールの猛攻がサンジに襲いかかる。
意識が飛びそうになるのを必死にこらえ続けるうちに、サンジの脳裏にはかつての記憶が蘇っていた。
「………‼」
サンジはかつて、別の海上レストランで見習いをしていた。
今ほど食べ物を大切にするこだわりはなく、誰にも理解されない夢を見ながら日々を必死に生きるだけであった。
そんな時、ある嵐の中でレストランは襲撃を受ける。
現役の海賊であったゼフが率いるクック海賊団は食料以外の全てを略奪しようとした。
それにサンジが反抗した時、高波にサンジはさらわれた。
そして気がついた時には、ろくな植物も生えていない小さな島に、彼を救い出したゼフとともに流れ着いていた。
残された食料を二人で分け、別々の場所で助けを待ち続けていた二人であったが、一ヵ月二ヵ月を超えたところでサンジは限界を迎えた。
ゼフの食料を奪おうとさえ思っていた。
だがそれはできなかった。
ゼフの食料袋に入っていたのは、島ではなんの役にも立たない財宝の山。
そしてゼフは、〝赫足〟と恐れられた片足を失っていた。
「…てめェの足をてめェで食って、おれに食糧を残してくれたんだ……。……おれを生かしてくれた」
縁もゆかりもない、命をも狙おうとした子供をゼフは生かした。
なぜなら彼らは、同じ夢を抱いていたから。
いつの日か、〝
「レストランは渡さねェ‼ クソジジイも殺させねェ…たかがガキ一匹生かすためにでけェ代償払いやがったクソ野郎だ。おれだって死ぬくらいのことしねェと、クソジジイに恩返し出来ねェんだよ!!!!」
血まみれになりながら、鈍い痛みの走る体に鞭打ち、サンジは立ち上がる。
己が仁義を貫くために。
「なぜ……立ち上がるんだよ、サンジさん…!!!」
「ハ―――ッハッハッハッハッハッハ‼ まだ受け足りねェか、おれの
「そういうことだ」
「そうでしょう⁉ ギンさん‼」
嘲笑するパールが同意を求めるが、ギンからの返事はない。
それを勝手に同意と判断し、パールは心底可笑しそうに嗤った。
「つまり貴様はおれ達に手出しもできずに散っていくのさ、それでもなお、ナゼ立ち上がる‼ フンバるだけ無駄なのに」
「一時でも長く、ここがレストランで在るためさ」
迷うことなく答えたサンジに、コックたちに動揺が走る。
「あ…‼ あの野郎死ぬ気かよ‼」
「クソガキが…」
誰もが信じられないと言った表情で凝視するものの、ニヤリと不敵に笑うサンジの表情に本気であることを察する。
あちこちから息をのむ音が聞こえる中、ギリッと歯をくいしばる音が響いた。
「……………男って、ほんとバカ」
「うゥ……‼︎」
無言で事の成り行きを見守っていたエレノアが、そう言ってパチンと手を合わせる。
同時に、怒りを押し殺したような唸り声を漏らしたルフィが、天に向かって勢いよく足を伸ばした。
「そういうバカは、好きになれないんだよっ!!!」
バチィッと自らの翼に触れて、含んでいた水分を残さず分解し、もう一度手を合わせて今度は船の残骸に触れる。
メキメキと音を立てて、木片が集まって一振りの太い槍へと変化していく。
それを持ったまま、突如エレノアは天高く飛び立った。
「何する気だあいつらっ!!!」
全員が目を見張って空を見上げる中、槍を携えたエレノアは頭上で振り回すと、黒く染まった槍の穂先をバラティエに向ける。
一方でルフィも、長く伸ばした足を渾身の力で引き戻し、足元に向かって振り下ろした。
「〝ゴムゴムのォ…
「〝
同時に二つの強烈な一撃が炸裂し、バラティエの「ヒレ」が一発で粉々に砕け散る。
その衝撃により、海中にいたコックたちや海賊たちがまとめて吹き飛ばされそうになった。
「ううわあああ―――っ!!!」
「『ヒレ』が砕けたァ―――っ!!!」
「あの小僧共、妙なマネを………!!! ギン‼ ゼフの頭をブチ抜け!!!」
「…しかし…」
苛立つクリークの命令にギンはためらう。
サンジへの義理のために、彼に戦わないように人質をとったのは確か。
しかし自分たちへの攻撃ではなく、船への攻撃に関しては約束を破ったと判断するわけにはいかなかった。
「頭冷えたか大馬鹿野郎ども…」
「エレノアちゃん!!! どういうつもりなんだ!!?」
ふわりと降り立つエレノアと、フンッと鼻息荒く拳を上げるルフィにサンジの怒号が飛ぶ。
そんな彼に、エレノアは気だるげな目を向けた。
「もういい……うだうだうだうだ面倒臭いこと考えるのはやめにした。この船をアイツらに渡したくないってんなら、今ここで私がブッ壊してやる」
エレノアの暴言に、コックたちはおろか海賊たちも目を吊り上げた。
「ああ!!? 何つったあいつ今!!!」
「船を沈めるだと!!?」
「ふざけんなァ――――っ!!!」
「おれ達の海賊船だぞ‼」
「フザけんなァ―――――っ‼」
怒号が一斉に向けられるも、エレノアは表情一つ使えない。
流石に聞き捨てならないサンジが、珍しく険しい視線をエレノアに向けた。
「いくら君だってな……それだけは許さねェぞ………‼︎ おれが今まで何のために、この店で働いてきたと思ってるんだ」
「それと君が代わりに死ぬことに…何の関係があるの?」
「君が、おれの受けた恩のデカさとこの店の何を知ってるんだ‼」
サンジの剣幕に、今度はルフィがムッとした様子で向かった。
胸ぐらに掴みかかり、本気で怒りをあらわにする。
「だからお前は店のために死ぬのかよ。バカじゃねェのか!!?」
「何だと!!?」
「死ぬことは恩返しじゃねェぞ!!! そんなつもりで助けてくれたんじゃねェ!!! 生かしてもらって死ぬなんて、弱ェ奴のやることだ!!!」
ルフィにもエレノアにも、サンジの決断は許せるものではなかった。
同じ命懸けで救われた者として、その命を無駄に散らす行為など、二人には許せるわけがなかった。
「じゃあ他にケジメつける方法があんのか!!!」
「まァケンカはよせよ、キミ達。キミらの不運は、ただこのクリーク海賊団を相手にしちまったことだ。どうせ何もできやしねェだろ‼ あの人質がある限りな‼」
敵を差し置いて喧嘩を始める三人に、パールがニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて向かってくる。
燃える盾を振り上げ、無防備な三人に襲いかかった。
「ファイヤーパールで燃えて死ねェ!!!」
空気を焼くその重い一撃が放たれようとした時だった。
ドゴォン!!!と鈍い音がして、パールの鉄壁の鎧が一瞬にして砕け散った。
それをやってのけたのは、奇妙な形のトンファーを携えた、ギンだった。
「悪いなパール、ちょっとどいてろ」
「何で…!!? ギン…さん…!!?」
「ギ‼ ギンさん、なんでパールさんを!!?」
「ギン、てめェ‼ 裏切るのか!!!!」
「申し訳ありません、首領・クリーク。…やはり我々の…命の恩人だけは、おれの手で葬らせて下さい」
クリークや一味から非難の声が上がるが、ギンは決意を秘めたような表情でトンファーを構える。
どこか吹っ切れた様子のある彼に、エレノアは満足そうに笑みを浮かべた。
「そうだ……それでいいんだよ、ギン」
予想通りだ、とでも言いたげなエレノアにギンの訝しげな、しかしなんとなく答え合わせをしたがっているような目が向けられた。
「あんたも彼も譲れないものがある。そんなやり方で奪ったって、あんたにはきっと後悔だけが残る。恩や情が邪魔をして踏ん切りがつかないってんなら……一度真っ向から存分にぶつかればいい」
「……そのために、あんなことを言っておれをたきつけたのか」
「エレノアちゃん……だからあんなことを…」
「このままサンジくんがやられたままだったら、本気でこの船を沈めるつもりだったよ」
「フン………悪女め」
サンジはどこかほっとしたように、ギンは呆れたような笑みを浮かべ、天族の少女の胆力に震えを覚える。
「……ほ、ほらうまくいった」
「うそつけ!!!! てめェは本気で船壊す気だったろ!!!」
引きつった顔で嘯くルフィには、サンジのツッコミが入った。
ゼフはエレノアをじっとりとした目で睨みながら、フンと鼻で笑った。
「……小娘が、でけェ口叩きやがる」
「くぐってきた修羅場の数が、あんな奴とは比べ物にならないもんで」
「いくつだてめェは…勝てんのか、あの小僧は」
「勝ちますよ。背負ってるものが違う」
自信満々に言い切るエレノアに、ゼフはもう聞くまいというように視線を外してサンジたちに注目する。
エレノアも軽くため息をつくと、ルフィとパンッと手を合わせて背を向けた。
「ルフィ、親玉は譲るよ……私はもう疲れた」
「おう‼︎ まかせとけ…あいつはおれがブッ飛ばす!!!」
肩を落とし、そのままバラティエの中に入っていくエレノアに、ハッと我に返ったパティが声を荒げた。
「…は? お、おい‼︎ こんだけ引っ掻き回して引っ込むつもりかよ⁉︎ 何考えてやがんだてめェは!!!」
ピタッと足を止めたエレノアは、ブルブルと肩を震わせると、振り返ってパティを鋭く睨みつけた。
「着替えるんだよ!!!!」
「……あ、スマン」
エレメント・トリオにボロボロにされた服のことを忘れていたパティは、思わず素に戻って頭を下げた。
ゼフの隣を通って船内に入り、壁に背を預けると、エレノアは深いため息をつく。
「………なんでこう、男の子ってのはバカな事くり返しちゃうんだろうな…」
そのせいでハラハラさせられるのは、いつだって女の方だ。
自分が両足を捧げた相手もそうであったと、またため息をついてしまうのだった。
それからしばらくしてだった。
血相を変えたパティとカルネが、船内に飛び込んできたのは。
「!!? 何⁉ どうしたの⁉︎」
「伏せろ新入り!!!」
「クリークの野郎が、猛毒ガス弾をぶっぱなしやがったァ!!!」
「なっ…!!?」
ゼフを引っ張り込んでドアを閉める二人の言葉に、エレノアは目を見張る。
慌てて両手を合わせた直後、物凄い衝撃とともに扉がぶちあけられ、毒々しい色の煙が侵入した。