ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第283話〝禁忌の術〟

「グリード!!? なんでアイツの名前がここで出て来んのよ!!?」

 

 通路を駆け抜けながら、ナミが叫ぶ。

 四方八方から異形達が湧き出し、その度に壁や天井から飛び出す罠に潰されていく様に巻き込まれないようにしながら、ひた走る。

 

 彼女の声に、ゾロは二刀を構えたまま振り向かずに頷いた。

 

「間違いねェ…〝覇気〟で感じて確信した。ここにいるのはアイツと同じか限りなく近い存在だ………‼︎ それに……‼︎」

 

 ───〝傀儡兵〟!!!

 

 ゾロの脳裏に浮かぶ、過去の戦い。

 空島で出会った一人の男……不完全な不死の力を持ち、同じく死なない怪物を生み出す戦法で攻めてきた彼の顔が浮かぶ。

 

「グリードだけじゃねェ、〝空島〟にいた神官の1人も………同じ気配がしていた。それにここで起こってるのと似た様な事をしていた……細けェ事ァエレノアでもなきゃわからねェが、根本的に同じ様な存在の筈だ……‼︎」

「だからなんでアイツとおんなじ様な奴がここにいるのよ!!?」

「おれが知るか!!! そんな事!!!」

 

 何でもかんでもわかるものか、と問うてくるナミに目を吊り上げて怒鳴り返す。この状況では誰も冷静ではいられないようだ。

 その横から、ブルックが困惑の表情で二人に問いかける。

 

「その…グリードさんって、どんな方なんですか?」

「フランキーの兄弟分で………悪魔の実の能力者じゃないけど、ダイヤみたいに体を硬くできる能力の持ち主よ。なんだっけ……〝賢者の石〟? とかいうのを持ってて、いくらでも傷を再生できるんだって……」

 

 最初の出会いが激突で、その後も利害の一致の上での共闘だったため、さして詳しいわけでもないナミは首を傾げながら、うろ覚えの情報を答える。

 

「賢者の石……昔そんな秘宝の名をどこかで聞いた事がある様な。不老不死を得る秘薬だとか、恐るべき力を与える秘石だとか……眉唾物の伝説で、お目にかかった事はないですが」

 

 長生きなブルックにとっても、それは非常に珍しい存在らしい。

 そして、答えたナミは、そう呼ばれるものを探していたある兄弟の事を思い出し、眉間にしわを寄せる。

 

 ───ある一説にはこうある…。

   『それは苦難に歓喜を、戦いに勝利を、暗黒に光を、死者に生を約束する血のごとき紅き石。

    人々はそれを敬意をもって呼ぶ───〝賢者の石〟と』!!!

 

「…そういえば…エドとアルが探してるって言ってたっけ。エレノアに壊されたらしいけど」

「エドとアルってどなたです?」

「エレノアの弟弟子達よ」

「そんな方達がいたんですねー」

 

 新入りのブルックに手短に説明しつつ、壊されたと知って飛び退くほどに驚いていた兄弟の姿を思い出す。いまはどこで何をしているのやら。

 

「だったら…この遺跡にはその〝賢者の石〟があるって事⁉︎ 確かに……こんな普通じゃない遺跡なら何があってもおかしくなさそうだけど」

「詳しい事ァ知らねェ、だがそこに間違いはねェ」

 

 言いながらゾロは、傍から向かってきた異形を斬り伏せ吹き飛ばす。

 吹き飛ばされた異形は、血反吐の代わりに硬貨を吐き、壁に向かって倒れていく。

 

 すると、壁の一部に紫電が走り、突如隆起したかと思うと、倒れこんできた異形を反対側の壁に叩きつけ、押し潰した。

 ばらばらと散らばる硬貨を横目に、ゾロ達は罠の間をくぐり抜けていく。

 

「………気付ける場面は多々あった……何でこんな時になって思い出してんだおれァ……!!!」

 

 気付けばもう、そうとしか思えないほどよく似ていた。

 エレノアが、エドワードが、アルフォンスが、そして自分が出会ってきた錬金術師達が見せた術。

 

 この遺跡の変形は、彼らの攻撃に非常に酷似していたのだ。

 

「おれの大体の勘だが……ワラワラ出てきやがるあの化け物共も……この遺跡自体も…………‼︎ 全部がその〝賢者の石〟の力で作られてる」

 

 

 

 遺跡の奥の奥、いわば、心臓部。

 

 そこに鎮座する、一つの石の棺桶があった。

 直方体の表面には複雑な模様が彫られ、蓋の中心には奇妙な形の取っ手のようなものが乗っている。

 

 しん、と静まり返った棺。

 それが突如、ずしんと揺れ、蓋の隙間から硬貨が漏れ出した。

 

「…ァアアア…!!!」

 

 硬貨は独りでに棺の中から転がりだし、棺の周囲に流れていく。

 生き物のように蠢きながら、漏れ出した欲望の欠片が数カ所に集まり、形を得ていった。

 

 

 

「おいどういう事だてめェ!!! おれの兄弟がこのハチャメチャ遺跡と何の関係があるってんだ!!?」

 

 隣を走るチョッパーに向けてフランキーが吠える。

 不気味すぎる遺跡と自分の兄弟分が同じであるかのように言われ、頭に血が上ってしまっていた。

 

「わかんねェよ‼︎ でも…でも…‼︎ さっきからずっとしてるんだ!!! おれの体が……‼︎ 体の芯がザワザワする感じが!!! グリードから感じる気配と似過ぎてるんだ!!!」

 

 獣形態に変わったチョッパーが、やや怯えた表情で答える。

 鬼の剣幕で吠えるフランキーにではない、遺跡に対して、特に自分達が目指している最奥に不安げな表情を見せていた。

 

「リンの体に移った後からも感じてたあの気配が…………!!! この遺跡中からずっとしてるんだよ!!! アイツらが持ってるっていう〝賢者の石〟の気配が!!!」

「そもそもその………賢者の石ってのは何なんだ!!? なんかスゲーものだってのはエレノアとエドとアルの錬金術を見てりゃわかるけどよ‼︎」

 

 走る事に必死になったまま、ウソップが自棄っぱちに問う。

 

 航海の途中、何度か耳にした事がある謎の宝石。

 途中で別れた仲間が必死で探しているものだという事は知っているが、それ以上の事は詳しくない。

 

「おいフランキー‼︎ お前なんか本人から聞いてねェのか!!?」

「いやァ……兄弟分だからって何でもかんでも教えあってたわけじゃねェしなァ。ただおれが知ってる事といえば………………」

 

 吠えて多少冷静になったのか、フランキーは顎に手を当てながら冷や汗を垂らす。自信なさげに、辛うじて自分が知っている情報を脳内から引っ張り出す。

 

「アイツが昔とあるジジイにやべェ技術で造られた存在で、息子と呼んでおきながらその実道具扱いされるのがイヤになって家を飛び出して、あちこち漂流してる間にワケありの連中に出会って勝手に好かれて、ファミリーを立ち上げていろんな島を旅してる間におれ達に出会って、縄張り争いのケンカしてるうちに意気投合して兄弟の盃交わして今に至るってぐらいだな」

「知ってんじゃねェか色々と!!!」

「酒を酌み交わし合った時にお互い色々ぶちまけてな。そん時に知った」

 

 思いの外べらべらと出てきた詳しい過去話に咄嗟にウソップは叫ぶ。

 勢いでそこまで喋るとは、よほどウマが合ったのか、酒の力なのか、酒に弱かったのか。

 

「造られた存在………ってどういう事だ!??」

「そもそも賢者の石ってのァ…高密度のエネルギーの結晶らしい。そいつを核に生み出されたのがアイツ………人造人間(ホムンクルス)って話だ」

「………そんなモンを作れるやつがいんのか」

 

 ウソップの脳裏に、海列車での戦いが思い出される。

 銃撃を受け、脇腹に大穴が開いて明らかに致命傷だと思われたのに、あっという間にそれが塞がる信じられない光景が。

 

 自分が正体を隠してその場にいた事も忘れ、思わず振り向き再び問う。

 

「その高密度のエネルギーって……何だ? 撃たれたり、深手を負ってもすぐに再生するところを何度も見たぞ?」

「おれもそこが気になって聞いてはみたんだが…………『酒が不味くなる』っつってそれ以上は何にも教えてくれなくてな」

 

 そう答えながら、フランキーはその時の彼の表情を思い出していた。

 いつもの豪快な笑みが消えた、冷たい表情を。

 

「………だがアイツがそう言うって事は、相当ムナクソ悪い方法で出来てるんだろうよ」

「ム…ムナクソ悪い方法って何だよ⁉︎ 何で出来てるんだよ〝賢者の石〟」

 

 得体の知れない不気味さを覚え、ぞっと背筋を震わせるウソップ。

 自身のまだ不完全な〝才能〟でも感じる不穏な気配も相まって、待ち受けているものに対する恐怖感が増していく。

 

「…………ムナクソ悪い方法はムナクソ悪い方法だよ、多分。アイツと同じかそれ以上に強く感じるんだ……ザワザワが」

 

 口を閉ざしたフランキーに代わって、チョッパーがぼそりと呟く。

 今すぐにでもこの場から逃げ出したい気持ちを抑え、仲間に自分の心からの本音を吐き出す。

 

「何千何万もの蟲が………!!! 一つの壺の中で蠢きながら…呪いの言葉を吐いてるみたいな…!!!」

 

 

 

 無数の硬貨が転がっていく。

 網目のように全域に広がる血管の通路を、壁の隙間を通って、移動していく。

 

 やがて硬貨は数カ所で集まり、融合し、異形へと変わる。

 不気味な呻き声を上げながら、異形達は己の近くにある動くもの目掛け、次々に襲いかかる。

 

 それを、銃器から放たれた光る弾丸が射抜き、容赦無く仕留めていった。

 

「──…つまりその…何だ、〝よくばりおおさま〟のお宝ってのはその〝賢者の石〟の事だってのか?」

「今の所ただの予想だがな…………少なくともこの先に待ってんのは……とんでもねェ力がこもった何かだ」

 

 右腕に備えた機械から、ごつい鉤縄を射出し振り回す伊達マルがサンジに問いかける。

 異形を蹴り飛ばし踏みつけながら、サンジは険しい表情で頷いた。

 

「いや……もうそれの名前はあの会長が自分で言ってたっけな」

 

 脳裏に浮かぶ、昨晩の遣り取り。

 謎の少女エールの持つ異様な力に対し、コウガミが放った一言。

 

 ───君に宿ったその力の名は〝オーメダル〟!!!

    無限の力を生み出す究極の存在だ!!!

 

 ───おーめだる……コレか?

 ───いや!!! それはいうなればオーメダルの副産物!!!

    エール君の持つ〝コア〟と称されるメダルから発生する、〝セルメダル〟と呼ばれるものだ!!!

 

 ルフィの問いに答える際に、コウガミはその名を口にしていた。

 端から胡散臭い代物だと思っていたが、実際にそれが見せつける力を目の当たりにし、冷や汗が止まらなくなる。

 

「〝オーメダル〟………古代の王が錬金術師に作らせたっつー兵器…………あのメダルの化け物が次々に出てくる時点で気付くべきだった…‼︎」

 

 一度旅を共にしてきた兄弟の事を、海列車で出会った不死身の男の事を思い出し、歯を食い縛るサンジ。

 そして何より、エレノアという不思議の塊のような存在を今更になって思い返させられ、想像力の足りない自分自身に思わず苛立たされた。

 

「…そんなにマズイ代物なのか、その〝賢者の石〟ってヤツは」

「腕が吹っ飛んでも腹を抉られても………時間がありゃ勝手に再生する……敵対するとなりゃ厄介なのは間違いねェ」

 

 伊達マルが仮面の奥から息をのむ音が聞こえる。

 医者いらずの理不尽な能力に、現役の医者は相当な衝撃を受けた事だろう……普通の人間でさえ目を剥くだろうが。

 

「………正直、あん時アイツが味方だった事は救いだったな。敵のままだったらまずおれ達は今この世にいねェ」

 

 殺しても殺しても倒れない敵が相手など、考えたくもない。

 だが、それが今自分達の前に立ちはだかっていると思うと、はっきり幸運とは言い難いかも知れない。

 

「前に一緒にいた仲間に聞いた話だが………錬金術師にとっても伝説級の代物らしくてなァ………詳しい事ァ知らねェが、術の力を高める装置らしい。昔どっかの術師が創り方を生み出したらしいが……」

 

 彼ら兄弟と出会った時の事を思い出す。

 兄弟が探す技術の結晶が、姉弟子である少女に壊されたと知って詰め寄った時、彼らの姉弟子が放った冷めた言葉。

 

 ───姉弟子として言っておくけど、アレには今後希望を持たないことをオススメするよ。

    ……アレは人の手に余るものだ。

 

 ぎ、とより一層眉間と歯に力がこもる。

 他人事と思って適当に聞き逃してしまっていたが、彼女の言葉が正しかったのだと、今になって思い知らされる。

 

「……あの時のエレノアちゃんの言葉の意味が……今になってよくわかったぜ。こりゃダメだ、人間が手ェ出していい代物じゃねェ」

「ダメって…どういう風にだ。ちゃんと言葉で言え」

「………口で言って表しきれるもんじゃねェってんだよ、こんなモン……!!!」

 

 ゴトーの催促に苛立つ余裕すらなくし、サンジは吐き捨てる。

 

〝覇気〟を鍛え出した事ではっきりとわかるようになった、その声。

 強い負の念が、生者に対する恨みと憎しみ、様々な昏い感情が次々にぶつけられてくる感覚に、思わず吐き気を催す。

 

 ふと彼の脳裏に、いまはいないかつての旅の同行者の顔が蘇る。

 

(リンの奴………グリードと合体したっつってたが、つまりは今、普段からこんなもん聞かされてるって事か…⁉︎ 気ィ狂うぞこんなモン聞かされてちゃ………!!!)

 

 普段はへらへらしながら、胸の内に熱い魂を持っていた男の事を思い出す。

 強敵を相手に死にかけて、異能の男と手を取り合う事を選んだ彼は……今まさに、この不気味さの真っ只中にいるというのか。

 

 別れてそれっきりの皇子の事を思い出す横で、もう一人、憎たらしい顔が頭に浮かぶ。

 

「……あの野郎、まさかこの事知ってたんじゃねェだろうな……!!?」

 

 言葉巧みに船長の興味を誘い、この遺跡に向かわせた男。

 自らもこの遺跡に足を踏み入れ、挙句迂闊に罠を作動させ仲間を分断させた暑苦しい中年の顔が脳裏に浮かぶ。

 

「……ふざけやがってあのクソ油オヤジ……!!! 何てモン探させてやがる…!!!」

「………」

「何がこの先に秘宝が待つだ……‼︎ こんなモン…ただのバケモノ製造機じゃねェか!!!」

 

 八つ当たりのように異形を蹴り飛ばし、叫ぶサンジ。

 無尽蔵に湧いて出る怪物達。蹴っても踏んでも次々にやってくる彼らに、次第に焦りを抱き始めたその時。

 

 敵を前に身構えていた伊達マルが、はっとした様子で肩を揺らした。

 

「……ちょっと待て? 装置っつったか?」

「ア?」

 

 突如疑問の声をぶつけられ、サンジや他の二人は視線だけを伊達マルに向ける。

 敵への警戒を怠らず、自然と円陣を組んだ状態になった彼らは、背後の伊達マルに何が言いたいのかと目で問う。

 

「錬金術師が使う装置…………つまり道具なんだよな? そのグリードってやつも、体の中にそれがあってそれを使ってんだよな?」

「……そうだな、聞いた話から察するにだが」

「だとしたら……!!! 誰かいるんじゃねェのか…!!?」

 

 囲まれたまま、伊達マルは気付いた真実を叫ぶ。

 困惑をさらに深める驚異的な事実を、他の三人にも共有する。

 

「この遺跡で…!!! それを使ってるやつがいるって事だろうが!!!」

 

 

 

 暗く、長い通路を歩き続ける二つの人影。

 

 どこから差しているのか、仄かに明るく足下だけは見える狭い道を、ルフィが明るい声で話しながら、楽しげに行進する。

 彼が語る冒険譚に耳を傾け、時折うんうんと頷きながら、エールは彼の隣を歩く。

 

 不意に、彼女の足がぴたりと停止した。

 

「…………」

 

 無言で佇んだまま、少女は背後を振り返る。

 その表情は、直前までルフィに向けていたものとは明らかに異なる……思い出話に一喜一憂し、胸を弾ませていた時とは打って変わった。

 

 ───一切感情の冷え切った、渇いた無の表情だった。

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