ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第284話〝けもののきんか〟

 一つの足音だけが響く暗い通路。

 通り過ぎてきたばかりの背後を振り向き、エールが無言で佇む。

 

 じっと口を閉ざしたまま立ち尽くす彼女にルフィは気付き、話も半ばに振り向いた。

 

「…オイ、どうかしたか? 腹へったのか?」

「………別に、なんでもないよ」

 

 平坦な声で答え、首を横に振るエール。

 その表情には急に赤みが戻り、瞳に期待を滲ませてルフィに横目を向ける。

 

「そ…!!! …………それで、そのビビって子や、エドワードとアルフォンスとはその後、どうなったんだィ?」

「あァ…アラバスタで別れた。ビビはアラバスタが大事だし大好きだし………エドもアルも体ボロボロだったからなァ」

 

 何か誤魔化すように咳払いをする彼女を訝しむ事もなく、ルフィは請われた話の続きを楽しそうに、そして懐かしそうに語り出す。

 

「でも、あいつらとはまたいつかきっと会える。いつになんのかはわかんねェけど、絶対にまた会いに行くんだ‼︎」

「…スゴイねェ……離れてても、会えなくても…………そうやって信じられるなんて」

「仲間なら当たり前だ!!! しししし‼︎」

 

 羨望の眼差しを向けられ、ルフィは誇らしげに笑う。

 と同時に、今は遠く離れている仲間の顔が強く浮かんできたのか、はーと深い溜息をこぼした。

 

「あー、話してたらなんかまた会いたくなってきたなー。またあいつらとも冒険してェな〜〜」

 

 腕を組み、語るルフィは暗闇をのんびりと進む。

 過ぎ去った冒険の日々を思い出しながら、今の冒険も忘れない。

 

…………いいなァ

 

 そんな青年の背中を見つめ、エールが小さく、ぼそりとこぼす。

 無意識のうちの呟きだったらしく、少女ははっと目を見開くとまた咳払いをして目を逸らす。

 

「ほ……!!! …………他にはどんな冒険をしたんだィ? どうせずっと歩いてるだけでヒマだし、聞こうじゃないかィ」

「ん? おー、いいぞ。次はどうすっかなー……どの話がいっかなー」

 

 頬を赤らめ、つんと目をそらす少女を傍らに歩かせながら、青年は首を傾げ、次なる思い出話の選択を始めようとして。

 

 ふと、壁の一部に見つけたあるものを前に、少女を呼び止める。

 

「なァなァエール‼︎ あそこに描かれてるのなんだ? サルか?」

 

 何もない壁ばかりが続いていた道の途中に、何かが描かれていた。

 

 もう見上げるほどに高くなった壁のど真ん中に刻み込まれた、何かの絵。

 槍と盾を持って宙を跳ねている、人のような形をした何者か。下手くそで分かりづらいが、大口を開けて笑っている事はなぜか確かに思えた。

 

「………あれは、神様さァ」

「神ィ⁇」

 

 ちらり、と振り向いたエールが短く告げる。訝しげなルフィの再度の問いに、やや吐き捨てるような素振りで語ってみせる。

 

「いつもおどけて……誰かを笑顔にする……人々を自由にする………太陽の神様。強くて優しい…解放の戦士」

「ふ〜〜ん…空島の〝耳たぶ〟とは全然違うんだな」

「…………今じゃ誰も信じちゃいない…知ってもいない、意味のない妄想さァ。話を聞くだけムダ…………どうでもいい事だよ」

 

 鼻をほじりながら、不思議な人物の絵を見上げるルフィ。話からして善者のようだが、どう見てもそんな大層な存在にはどうも思えない。

 

「………ホラ、そんなのはもういいから、続きを聞かせてくれないかィ?」

「ん? おー、わかった」

 

 なにやら妙な少女の態度に首を傾げつつ、不思議な壁画から目を逸らし、冒険を思い出す。

 彼の見えないところで、少女はぽつりと、小さく呟いた。

 

「………ながら、女々しいねェ。まだこんなものにすがろうとしてるのかィ」

 

⚓️

 

「この画廊を見てて…わかった事がいくつかある」

 

 天井近くの壁、そこにある絵を見上げながら、エレノアが語り出す。

 描かれた奇妙な壁画、ロビンでさえ読み解けない絵の数々を見上げ、険しい顔で告げる。

 

「ここにはこの遺跡……この子の記憶が壁画として記録されてる。ヘタクソでまァわかりづらいけど…………この子から見た歴史がまるまる記録されてる」

「エレノア……読めるの? これが⁇」

「ま、ルフィの絵をいつも見てるからね。なんとなく何が描かれてるかはわかるよ」

 

 ロビンの驚きの視線に、これを誇っていいものかと複雑な気持ちになりながら頷く。

 まさか彼の独特の感性がここで役に立つとは、と明後日の方向の感想を抱きながら、それはそれとしてと気持ちを切り替える。

 

「それに何より………この絵からはうるさいくらいに〝声〟が聞こえてくるんだ。誰かに伝えたい………いや、聞かせたい強烈な感情がいくつも宿ってる」

 

 乱雑に並んだ絵。その一つを見上げ、エレノアは目を細める。

 彼女の見つめる先にあるのは、無数の棒と丸───ある一つの島に降り立った無数の人々の様子だ。

 

「──遥か昔、()()()はこの島に流れ着いた」

 

 

 ───生まれ故郷を離れ、幾日幾夜も旅をし……辿り着いたこの島。

 

 家を建て、暮らし始めた彼らだけど…………猛獣に襲われ、ケガに苦しみ、病に倒れ、食料も手に入らない。

 暮らしは乏しく、己一人も生き延びられない過酷な環境の中、次々に仲間は死んでいく。

 

 脱出を考える者も大勢いたけど……天然の檻に囲まれた島はそれを許さず、また人が死んでいく。

 

 そんな中、島に新しく住人が増えた。

 翼を背中に生やした、不思議な姿をした白い女。

 

 彼女は命を救われたお礼だと言って、あるものの作り方を島の住人に教えた。

 それは、島に住む生き物の力を集めた、この世の全てを手に入れられる大きな大きな〝力〟の結晶だった。

 

 それに飛びついたのが、住人達の〝おおさま〟だった。

 

 〝おおさま〟は島に閉じ込められ、飢えと苦しみに満ちた暮らしに飽き飽きしていて、女が教えたものを誰よりも欲しがった。

 

 〝おおさま〟は住人達に命じて、島中の生き物を集めさせた。

 トリ、ムシ、ネコ、サカナ、トカゲ…………ありとあらゆる獣を捕らえさせ、その力を集めた。

 

 そうしてやがて……それは出来上がった。

 

 数多の命を糧に生み出された、不思議な〝きんか〟。

 無限の欲望を宿し、不可能を可能にする究極の力が出来上がった。

 〝おおさま〟はたいそう喜んで、それを使って世界の全てを手に入れようとした。

 

 だけど、その野望が叶う事はなかった。

 

 欲張りすぎた〝おおさま〟は、〝きんか〟の力を見誤った。

 世界を手に入れるどころか、暴走した〝力〟に呑み込まれて虚無の中に消え去ってしまった。

 

 〝おおさま〟がいた場所は棺になり、墓になり、誰も入る事のできない迷路が出来上がった。

 

 やがて……〝おおさま〟の事を知る者は誰もいなくなり。

 恐ろしい〝たから〟は永遠に歴史の闇に消え去ってしまいましたとさ。

 

 

「…………ま、大体こんな感じかな」

 

 読み解いた物語……記録を語り終え、ふぅと息を吐くエレノア。

 

 そこに、ぱちぱちと激しくやかましい、空気を読まない拍手の音が響く。

 エレノアもロビンもうんざりした様子で、手を鳴らす中年の男をじとりと睨みつけた。

 

「素晴らしい!!! この壁画からそこまでほぼ完璧に読み解けるとは!!! 実に素晴らしい!!!」

「…なんか、あんたに言われても褒められてる感じしないからやめてほしいんだけど」

「これは失敬!!!」

 

 エレノアに抗議され、コウガミはすぐさま賞賛を中断する。

 本気で褒めていたのか、それとも馬鹿にしているのか、やはり判断しづらい胡散臭さだ。

 

「〝けもののきんか〟………………わらべ歌にあったわね」

「そしてそれこそが……古代の王が作り出した……いや、作り出させた兵器〝コアメダル〟。私達現代の錬金術師の言うところの…………〝賢者の石〟」

「その通り!!!」

 

 断言され、エレノアの表情がくしゃりと歪む。

 待ち受けているものの正体がはっきりと確定してしまい、嫌悪感が強まったらしい。

 

「………あれを生み出そうってバカがそんな昔からいたなんてねェ」

「それだけ()()からもたらされた知識は魅力的だったのさ!!! 何を犠牲にしてでも!!! 代価にしてでも!!! 手に入れたくなった!!! かつての〝王〟には劇薬といたほどに!!!」

 

 心なしか、コウガミの機嫌が最初に会った時よりも上がって見える。同じものを語り合える知恵者が増えた事が嬉しいのだろうか、とんだ迷惑だ。

 

「そんでその『彼女』ってのが………当時存在した天族(私達)ってわけね。なるほど……」

 

 うんうんと頷き、納得の唸り声を漏らす。

 町でぶつけられた敵意の数々を思い出し、感じていた理不尽という思いがやや落ち着いていく。

 

「そりゃあ………あんなロクでもない代物を作らせようとする奴が、普通の人間に歓迎されるわけないよね」

 

 ロビンは壁画の一部を、エレノアが〝天族〟だと判断した翼の生えた女性らしき絵を見上げ呟く。

 美しく描かれて見えるが、その実はなんと恐ろしい悪意を秘めた人物だったのだろうか。

 

「彼女は何故そんな事を?」

「そこまではわかりかねるね!!! 私が知っているのは〝王〟自身に直接関わる事のみ!!! 古の悪魔の意図については何も知らない!!!」

 

 油断ならない男を前に構えたまま問うと、コウガミは笑顔のまま首を横に振る。

 それ以外の表情はないのだろうか、能力で脅されていてなお、焦りも恐怖も一切彼の顔に表れる様子がない。

 

「だがしかし!!!〝王〟が行なった事実は、()()()確と伝えられている!!! ───800年前!!!〝王〟は幾人もの民と共にこの島に流れ着いた!!!」

 

 唐突に、コウガミは語り出す。

 我慢の限界に達した、といった様子で、エレノアの読み解いた真実を補足する『真実』を怒涛の勢いで口にし始める。

 

「とある〝罪〟から故郷を追われた彼らは!!! 荒波に揉まれ!!! 暴風に翻弄され!!! 無数の海獣の凶牙から逃れ!!! 長い長い旅の果てにこの島へ辿り着いた!!! ……入れば二度と出られない、牢獄の島とも知らず!!!」

「罪……!!?」

「そうだとも!!! この島はいわば流刑島だったのだよ!!! 当時の住民は全員が!!! 誰一人望む事なく…!!! この天然の牢獄での暮らしを強いられた罪人達だったのさ!!!」

 

 ぎん、とコウガミの目が壁画の一部に向けられる。

 

 そこに描かれている、鳥なのか虫なのか猿なのか、よくわからない獣の数々。

 大きく描かれたそれに、何体もの棒人間が武器を手に挑み、そして蹴散らされている。狩りの一部分のようだ。

 

「だがこの島には!!! 無数の強力な生物達が君臨していた!!! いずれも独自の進化の果てに生まれた強靭な生物達だ!!! 炎を纏い!!! 雷を生み!!! 光を放ち!!! 重力を操り!!! 水を操り!!! 個々が凄まじき能力を有した弱肉強食の島だった!!!」

「……‼︎」

「そんな地獄に…!!! 非力な人間が生き残れるはずもない!!! 民は飢え!!! 次々に倒れていく!!! ………だがしかし!!! そこにやってきた()()のもたらした教えが、〝王〟の欲望をより強く燃え上がらせた!!!」

 

 次に向けられる壁画、そこに描かれたものは、様子が異なっていた。

 

 先程為す術なく踏み潰されていた棒人間達が、今度は獣達を組み伏せ、踏みつけ、雄叫びをあげている。

 手も足も出なかった強靭な生物を下す、捕食者となった様子だ。

 

 次なる絵では、何やら奇妙な模様と獣が描かれ、その隣には円が描かれている。

 何を表しているのか、ここまでの流れから容易く察する事ができる。

 

「生物達を捕らえ!!! その力の全てを抽出し!!! 様々な種の力を発揮する結晶に変えた!!! それこそが………!!!」

「…コアメダル」

 

 エレノアの答えに、コウガミの笑みがより一層深まる。

 顔の半分が歯になって見えるほど、嬉しくてたまらない満足げな笑顔だ。

 

「なるほどね、〝賢者の石〟と似た気配を感じたのは…………『原材料』が似たものだったからか」

「そういえばさっき……命が材料って……」

 

 吐き捨てるようなエレノアの呟きに、ロビンが未だ聞けずにいた事を問う。

 碌でもないもの、と何度も口にしている事から、倫理に反する何かだと察してはいるらしい。

 

 エレノアは深い溜息をこぼし、その答えを口にした。

 

「〝賢者の石〟の材料は…………生きた人間だよ。複数の人間の命を肉体から剥ぎ取って結晶状に固めたもの……それが賢者の石さ」

 

 息を呑む声がする。目を見開いたロビンは今一度壁画を、集めた生物達から何かを作り出している絵を見上げ、嫌悪で眉間に深いしわを刻んだ。

 

「…!!! ヒドい事するわ……」

「今更な話さ……〝正義〟を語って大量虐殺を行う軍もいれば、地位惜しさに娘を犠牲にする父親も、人類の発展を口実に島一つ滅ぼす科学者だっている…………自分の欲の為なら獣以下の存在に成り果てるのが人間だよ」

 

 二人にとって、一味の全員にとって身に沁みる話だ。

 

 他人の生死も厭わない性根の腐った人間がいて、その被害に遭った事も、その所業を目の当たりにした事もある。

 嫌悪したところで、そういう人間は必ずどこかにいるのだ。

 

「まァ……私もある意味人の事は言えないけどね」

 

 自身の鋼の足をちらりと見下ろし、エレノアは独言る。

 愛した男の為とはいえ、親から貰った体に消えない傷を刻んでしまったのだから、と自嘲気味に溜息をつく。

 

「……それが、この島で天族が〝悪魔〟と嫌悪される理由……」

「で? 結局その〝よくばりおおさま〟の最期は、世界を獲る事もなく自滅に終わったと………だけどその結果、ロクでもない置き土産を遺していったわけだ」

 

 話を切り替えようと、エレノアはコウガミに視線を移して告げる。

 腰に手を当て、もうこの世にいないかつての〝王〟の代わりに愚痴るように、目の前の男を見据える。

 

 ある一つの、まだ解決していない疑問を抱きながら。

 

「〝王〟の愚かな行いの結果生まれた〝コアメダル〟………この遺跡を動かす文字通りの(コア)。だけどわからないのは…………それがなんで使い手を失ってなお動いているのかだ」

 

 コウガミの表情は変わらない。ただじっと動かず、エレノアを見つめ続ける。

 まるで、それこそが本当に待っていた問いであるかのように。

 

人造人間(ホムンクルス)だって、それを使う人間がいて初めて威力を発揮する………使い手がいなきゃただの不気味な宝石だ。それが勝手に動く道理って何?」

「そもそも彼らは……何なの?」

 

 この状況の全てを解き明かしうる根本的な疑問を、嘘偽りは許さないという確固たる意志を以って問いただす。

 しばらくの間黙り込んでいたコウガミは、唐突にかっと目を見開き、大きく口を開いた。

 

「そうだとも!!! ただ生物の命を凝縮しただけでは………コアメダルは未完成!!!」

「何……⁉︎」

「君も言っただろう!!? 人間は己の欲望の為なら何でもすると!!! その通り!!! 欲望こそがカギなのだよ!!!〝賢者の石〟の創造はあくまできっかけに過ぎない!!!」

 

 謎の発言に、理解ができなかったエレノアがさらに問い詰めようとして、気付く。

 

 何かが近付いている。

 意志を持った何かが、遺跡の中心から飛び出し向かってくる気配が、エレノアの本能に伝わってくる。

 

「コアメダルは7つの属性、7種の生物のカテゴリーごとに10枚ずつ作られた!!! その『10』という数字から1枚を除き、『9』という()()()数字にした!!! ────するとどうなると思う!!?」

 

 コウガミが語る声を背後に、エレノアががばっと背後に振り向き、釣られてロビンも視線を向ける。

 すると、暗闇の中から無数の鈍色の欠片が、塊となって宙を進み向かってくる光景が、二人の視界に映る。

 

「欠けた部分を補いたい、『足りないが故に満たしたい』という意志が生まれる!!! 赤子が初めに『欲しい』と泣いて求めるように!!! 自ら何かを求める存在が産声をあげる!!!」

 

 じゃらじゃらと音を立て、鈍色の欠片は……無数の硬貨はエレノア達の前に降り立ち、一つの塊に変じていく。

 エレノア達だけではない、他の迷宮の三つの箇所、仲間達がいる場所にも、硬貨の塊が降り立ち形を成していく。

 

「そうして生まれた意志が!!! 創造の力を持つ存在として誕生した!!! 己の欲望のまま!!! 世界の全てを欲する怪物達が!!! この世界の全てを食らい尽くさんと自ら動き出した!!!」

 

 エレノア達の前に現れたのは、灰色の異形だった。

 象の顔に犀の如き分厚い鎧、大猿(ゴリラ)のように厳つい籠手に太い足という、重量系の生物を混ぜ合わせたような二足歩行の怪物。

 

 ずん、と重い音を立てて目の前に現れたその異形を前に、エレノアとロビンは絶句し、思わず立ち尽くしていた。

 

「な…⁉︎」

「これは……‼︎」

「君達の友人………〝強欲〟の名を持つ者にあやかり、私は彼らをこう呼ぼう!!!」

 

 

 驚愕に声も上げられずにいる二人をよそに、コウガミはまるで変わらない調子のまま語り続ける。

 目の前にいる()()こそが、自分の探し求めていた存在であるかのように。

 

 

グリーズ(Greeeds)〟と!!!

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