ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
突如、暗闇に銀色の閃光が走る。
四つ並んだ刃が振り回され、放たれた斬撃が凄まじい速度で襲いかかってくる。
「ギャアアァアァアァ!!!」
「イヤ〜〜〜〜〜〜ッ!!!」
悲鳴をあげ、咄嗟に飛び退いたナミとブルックの後ろで、斬撃が床に食らいつき切り刻む。硬い岩肌が、まるで豆腐のように十字に裂けていた。
「ビックリした!!! あァああ〜〜〜〜〜ビックリしたホントにィ!!!」
「いきなり何なのよアイツゥ!!?」
倒れ込んだブルックが騒ぐと、同じくナミも引きつった顔で振り返り、ゾロと対峙する異形を睨む。
猫の仮面に、獅子の鬣、虎の爪。全身を革なのか金属なのかよくわからない奇妙な鎧で包んだ、細身で人型の怪人。
特に奇妙なのは、半分が剥き出しになり、紫の飴のようになっている頭部だ。
異形はとんとんとこめかみを指先で叩きつつ、獲物を狙う猫のようにゆらりとゾロ達を見据える。
「ライオン? トラ? ヒョウ? 何だかわかんないけど………どう見てもさっきまでの怪物の仲間よね?」
「そ〜〜見えますが…………」
これまで遭遇してきた異形の数々を思い出しつつ、ナミの呟きにブルックも頷く。
異形達は皆、木乃伊のような顔と生物の特徴を持っていた。
目の前にいる者も、同じく猫科生物の特徴を有して見える……の、だが。
「………何でしょうか、この妙なザワザワした感覚は……!!?」
格が違う。一目見て、ブルックにはそれがわかった。
見た目の違いや動作に対する違和感だけではなく、雰囲気そのものがこれまでの敵とは異なる、そう感じられた。
そして次の瞬間、猫の怪人の姿がぶれ、鋭い爪が三人に一気に迫った。
「……!!! ぐ、重ェ……‼︎」
がきん、と甲高い音をたて、ゾロが爪を受け止める。
重く鋭い刃が突き出され、押し込まれそうになるが、ゾロが自身の膂力で無理やり押し返す。
「野郎……‼︎ コノ…ゥオアアァ!!!」
「ちょっ…危っ⁉︎ アブアブ⁉︎ 危なァっ!!? ちょっとちょっと何なんですかアナタさっきから一体ィ!!!」
連続で振るわれる無数の爪を、並び立ったゾロとブルックが受け止め弾く。
素早く多い、雨霰のごとく向かってくる刃。受け止めるだけで精一杯で、攻撃に転じる事ができない。
無数の火花を散らす剣戟の中、一瞬の間をついてゾロが前に出る。
「〝鬼〟!!!〝斬り〟!!!」
「〝〟!!!」
二刀を左右に開き、怪人の両腕を弾く。体勢を崩した敵の顔面に向け、ブルックが渾身の刺突を放つ。
だが、その一撃は届かなかった。
蛇のように蠢いた鬣が、和道一文字を軽々と受け止めていた。
「ヨホッ!!? ちょ…そんなのアリですか!!?」
慌てふためくブルックに、怪人はやはり何も答えない。
武器を止められ、無防備を晒した骸骨紳士の胴目掛け、両爪を振るおうとし。
しかし、寸前で両者の間に割って入ったゾロがそれを受け止めた。
「……何だ、てめェは……!!?」
「…………」
「何者だって聞いてんだよ!!!」
左右から再び迫る両爪を両手の二刀で受け、ゾロは焦燥を滲ませながら問う。無言のまま何も答えない怪人に、こめかみを冷や汗が伝い出す。
「黒剣三刀流…‼︎〝
ゾロは怪人を剛力で押し返し、刃を黒く染めながら、続け様に暴風を纏った強烈な一撃を放つ。
直撃した怪人は一瞬宙を舞うが、すぐに何事もなかったかのように地面に降り立つ。その様はまさに猫そのもののしなやかさだ。
「硬ェな…コイツ」
思わずといった様子で呟くゾロ。覚えたてとはいえ、覇気を纏った一撃を受けて平然としている敵の厄介さに、それ以上の言葉が出てこない。
どう戦うべきか、敵の一挙一投足を見張りつつ、再び構えた時だった。
「…フハッ」
怪人が突如、笑い声を漏らす。
それまで無言だった敵の変化に、ゾロ達の警戒心が高まる。
「フフ…フフ…フ……フフは、ふふフハハハハは…!!!」
「な、何……⁉︎ 何を笑ってんのよ…⁉︎」
敵の不気味な異変に困惑したナミが、強気に問いただした直後。
かっ、と怪人の鬣が発光し、同時に強烈な熱波が放たれた。
光は遺跡内部を遠くまで照らし出し、そしてゾロ達の前身に熱波が食らいつく。
「オァアアア!!!」
「アァ──ッ!!! 目が…!!! 目がァア〜〜〜〜ッ!!!」
至近距離でまさかの攻撃を受け、吹き飛ばされたゾロが苦悶の声をあげ、ブルックもその場を転げ回る。
ナミも光に目をやられ、しかし辛うじて遺跡の物陰に倒れ込む。
「ゾロ!!! うっ……なに、この強烈な光と熱……!!?」
「熱っつ…‼︎ 熱っつァ!!! 燃えます‼︎ 私燃えちゃいますっ!!! あ、私もうすでに骨だけでした」
痛む目に苦しみながら、ナミは遺跡内を照らす光を睨み、呻く。
光に照らされた壁や天井がじゅうじゅうと音を立てる様に、その危険さを改めて思い知る。
「ハハハハ……アハハハハハハハ!!!」
苦しむ三人の姿を愉しむように。
猫の怪人はただひたすらに、子供のような笑い声を上げ続けていた。
「「「おわ〜〜〜〜〜っ!!!」」」
男三人のあげる悲鳴の直後、どっぱぁんと大量の水飛沫が飛び散る。
冷たく思い激流を背中に叩きつけられ、ずぶ濡れになったウソップ達は地面を転がり、次いで激流の発生源を振り返り目を剥いた。
「何っなんだあのバケモンはァ!!?」
「いい加減にしてくれよ!!!」
叫ぶフランキーとウソップの睨む先で、それは嗤う。
鯱の頭に蛸足の肩掛、鰻のように艶やかで細身の体を持つ、女性の人影を持った異形。
こつこつと靴音を響かせながら、それはフランキー達に近付いてくる。
「………!!! オイ、チョッパー、フランキー…!!! コイツ………………今までのヤツと違うぞ」
「…フフ」
冷や汗を垂らし、身構えるウソップ。
魚の怪人は彼らのその様子を嘲笑うように微笑みをこぼすと、唐突に掌を上にして掲げる。
するとそこに突如水球が生まれ、ウソップ達に向けて投げ放たれた。
「おわァ!!? 水ゥ!!?」
「散れっ!!!」
どぱんっ、と弾ける水球を三方に別れて躱す。
彼らが飛び退いた場所に炸裂した水球は、硬い岩肌を大きく抉り、破片を飛び散らせる。その光景に、全員がぎょっと息を呑んだ。
「壁がエグれた…⁉︎ なんつー威力だよオイ!!?」
「何もねェトコから大量の水が出てきたぞ………⁉︎ 何だアレ⁉︎ 能力か!!?」
離れた場所で慄き合う間にも、怪人は続け様に水球をいくつも生み出し、執拗に男達を狙い続ける。
狙われるたびに三人は狭い通路内を転げ回り、無様を見せつける羽目になる。
「ひィいい……コ…コンニャロ!!! くらえ‼︎〝七連・火薬星〟!!!」
ごろごろと格好良く体勢を整え……ようとして強かに頭を打ち付けたウソップが、攻撃の隙間を縫って狙撃する。
強力な火薬が一発も撃ち漏らす事なく炸裂し、怪人は爆炎に包まれた。
「どうだコノヤロー‼︎ ………………んげっ!!?」
喝采をあげるウソップだが、爆炎が晴れ、無傷の魚の怪人が現れた事で顔をひきつらせる。慌てふためく青年に、怪人は笑いながら片手を掲げる。
「フフフ……ホホホホ!!!」
「ナメんじゃねェ魚女!!!〝ストロング〟!!!〝右〟!!!」
窮地に陥った弟分のため、背後に回り込んだフランキーが右拳を振りかぶる。
鎖で繋がれた右拳が勢いよく発射され、鋼鉄の一撃が怪人に直撃する。
だがその瞬間、怪人は一瞬にして水に変わり、無数の水飛沫に変じて拳を擦り抜けてしまった。
「えェ〜〜〜!!?」
目を剥き叫ぶフランキー。その前で、飛び散った水が集まり元の異形の女性の姿を取り戻す。
動揺する彼らを見下ろし、怪人は悠々と頭上を漂ってみせる。
「何だァ…今のは!!? 今コイツ……体が水になってなかったか!!?」
「フフフ…フフッ…!!! アハハハハハハハ!!!」
呆然と敵を見上げる事しかできない男達の前で、怪人は激しく嗤う。
次の瞬間、怪人は自身を再び飛沫に変え、そして自らの体積を変え、大波となってウソップ達に襲いかかった。
「ギャ〜〜〜ッ!!! 津波〜〜っ!!?」
「どうなってんだコイツァ……ぶわァア〜〜!!?」
考える間も、騒ぐ暇も与えず。
逃げ場のない通路を満たした激流が、男達を押し流し呑み込んでいった。
【ドリルアーム!】
「ィよいしょォ!!!」
右腕に備えた兵器を構え、気の抜けた掛け声と共に振るう。
目の前の緑色の異形、何種類もの虫の特徴を備えた怪人の無防備な胸に鋭い一撃が食らいつき、火花が散る。
だが、強烈で危険なその一撃を受けてなお、怪人は微塵も体勢を崩さない。
「は……!!? ン…な……‼︎ 硬すぎんだろコイツ!!?」
焦りを覚えた伊達マルが幾度も兵器を突き出すも、これまでの敵のように硬貨を吐き出さず、それどころか傷一つつかない。
やがて苛立ちでも覚えたのか、怪人の方が伊達マルに片腕を振るい、殴り飛ばしてみせた。
「ぐはァっ!!?」
「伊達マルさん!!!」
倒れた伊達マルを案じながら、ゴトーとサトナカがきっと敵を睨み、銃の引き金を引く。
無数の光弾が放たれ、炸裂するが、怪人はそれでも一歩も引かず、それどころか一歩ずつ近付いてくる。
「なんだこの硬さは…ここまで効かないはずがあるか…!!?」
「どけ、てめェら!!!」
徐々に迫る敵の姿に、ゴトーのこめかみを汗が伝う。
彼らの前に躍り出たサンジが、両足に〝覇気〟を込めながら、怪人に頭上から飛びかかる。
「
次々に決まる、強烈な蹴撃の数々。武装し、威力も段違いとなった一撃を何度も容赦無く急所に叩き込み、怪人を押し返す。
「〝醸成・
最後に渾身の連撃を胸の中心に食らわせ、重く硬い体を吹き飛ばす。
まるで雷でも鳴ったかのような轟きを響かせ、虫の怪人が暗闇の宙を舞う。
だが、飛んだのは大した距離ではなく、すぐさま降り立つと、平然とした様子で元の仁王立ちに戻ってしまった。
「オイオイ今のも効いてないっぽいんだが……⁉︎」
「貴様何を手加減している!!?」
「………バカ、おれが食材相手に手ェ抜く三流料理人とでも思ってんのか」
後ろの男達からの抗議に、サンジは振り向いて怒鳴り返す余裕もない。
視線を逸らすだけで、未だ膝をつかない目の前の敵に首を奪られる、そんな予感がしていた。
「硬ェし…重ェ……!!! それに何よりも………!!! コイツのこの気配は…!!!」
覇気を纏っていなければ、負傷していたのは自分の方だった。
前回戦った〝七武海〟にも負けずとも劣らない異様な硬さに、サンジがぎりっと歯を食い縛ったその時だった。
「………だ……せ…!!!」
不意に、目の前の虫の異形が声を漏らす。
ぎちぎちと甲殻の鎧を鳴らし、頭部から生えた鍬形虫の牙を軋ませ、まるでサンジ達が見えていないかのように、憎悪の声を漏らす。
次の瞬間、怪人の目が光り、牙から緑の雷が激しく迸った。
「おれをそこから出せェエエ〜〜〜〜!!!」
「メズール………メズール………!!!」
巨体を引きずり、怪人が何やら呟く。
踏み出した足が遺跡の床を砕き、跡を刻みつけ、亀裂が大きく広がっていく。
すると不意に、怪人は両腕を大きく振り回し、喚き始める。
「メズゥ〜〜〜〜ルゥ〜〜〜〜〜〜!!!」
幼い子供の癇癪のように、意味のわからない声を上げる灰色の怪人。
すると突如、彼を中心に何かが発せられ、周囲の瓦礫や石飛礫が木の葉のように巻き上げられ出した。
「……⁉︎ 重力を…操っているの………!!?」
「…!!! ロビン!!! 気をつけて!!!」
身の丈をも超える塊が宙に浮く様を、物理現象を大きく無視したその光景を目の当たりにし、絶句するロビン。
同じく言葉を失っていたエレノアは、ある事に気付きはっと我に返る。
「コイツの中から……〝賢者の石〟の…‼︎〝コアメダル〟の気配がする!!!」
「メズ〜〜〜〜〜〜ルゥ〜〜〜〜〜〜!!!」
「ふぎゃあああっ!!?」
エレノアが叫んだ直後、灰色の怪人が片腕を地面に叩きつける。
それに応じるように、巨大な瓦礫が目前に飛来し、二人で慌てて左右に分かれて逃れる。
怪人の大暴れにより、壁画の廊が見るも無残な姿に変わり果てていく。
「壁画が………!!!」
「おい会長!!! あれは一体何!!? 説明しろ!!!」
物陰に身を潜めながら、先にどこかに身を潜めたコウガミに向けて吠える。
瓦礫が宙を舞い、砂塵が吹き荒れ、轟音が鳴り響く。そんな中で中年の男の姿は全く見当たらないが、声だけは妙に明瞭に耳元に届いた。
「先程説明したはずだよ!!! 1枚を失ったコアメダルが意志を持った存在……〝グリーズ〟!!! 彼はその一体さ!!!」
危険な状況でありながら、コウガミの声に恐怖も焦りもない。
ようやく見つけた宝物を前にした子供のようにはしゃいだ声で、実に誇らしげにエレノア達に語って聞かせる。
苛立つエレノアだが、聞き捨てならない情報に思わずまた叫ぶ。
「ちょっと待てェ!!! グリーズってこの遺跡の事じゃなかったの!!?」
「これも先程言ったのだがね…!!! コアメダルは7種作られた!!! その中の5種がそれぞれ1枚ずつ除かれ!!! 意志を得た!!!」
地響き、揺れる暴力の嵐の中、コウガミの声が響く。
飛来する瓦礫を躱し、粉塵にむせながら、エレノアとロビンは彼の声を必死に聞き続ける。
「───〝
「……こんな怪物が他に……4体も……!!? ……なら、その棺の封印が破られて、彼らグリーズが今の世に再び動き始めたというわけ……⁉︎」
ただそこにいるだけで、死をもたらすような最悪の存在が目の前に。それもただ一体だけではないと知り、ロビンの顔から血の気が引く。
そんな中、別の物陰に身を潜めたエレノアは、ある違和感を抱き、眉間にしわを寄せる。
「じゃあこの遺跡は……!!? こっちは何だってんだ!!?」
鳥でも虫でも魚でもない、未だ謎の巨大すぎる迷宮。勿体ぶったコウガミの説明では、その正体を察する事など不可能でしかない。
そんな抗議に応えるように、コウガミは見えないところで笑みを深める。
「君が読み解いた通り!!! 力を求め全てのコアメダルを取り込もうとした〝王〟は暴走し!!! コアメダルと島の一部をも呑み込んで自らが生み出した虚無に飲まれた!!! 王の亡骸は棺となり!!! この迷宮が出来上がった!!!」
「メズ──ル…!!! メズ──ルゥ〜〜!!!」
身をひそめるしかない人間達には一切興味がない様子で、一人何かを探し、暴れる灰色の怪人・ガメル。彷徨うように、廊の中で両腕を振り回し続ける。
「メズ…………」
べきべきと床を踏み砕き、破壊を続ける彼は───
どごん!
と、突如両側の壁から生えてきた岩の塊に挟まれ、押し潰された。
「ゥウウアアアアア!!! メズ〜〜ル〜〜〜!!!」
「…⁉︎ 何アレ………」
巨石に挟まれ、悲鳴をあげるガメル。
あれだけ大暴れし、怪力と能力を以って破壊の限りを尽くしていた怪人が、巨石に何度も何度も潰され、全身を砕かれている。
まるで、巨大な顎に無慈悲に咀嚼されているかのような光景だ。
「遺跡に……食われてる……!!?」
「なぜ!!!〝王〟が虚無に消えてなおこの迷宮は動いているのか!!? 外の者を拒み排除し続けるのか!!! ───その答えを!!! 私はこう考える!!!」
敵とはいえ、思わず吐き気を催すエレノアに向け、コウガミがまた語り出す。怪人の泣き叫ぶ声を背景に、強烈に光る目を虚空に向けて笑い続ける。
「〝王〟の意志はまだここにある!!! この遺跡そのものに宿り!!! 800年経った今なお!!! 手にした究極の力を逃すまいと…欲望の怪物達を自らの中に捕らえ続けている!!!」
「……!!? まさか…」
コウガミが何を言わんとしているのか、如何なる真実を語ろうとしているのか。察してしまったロビンとエレノアは、ごくりと大きく息を呑む。
黙り込んだ彼女達に向けて、悍ましき推測が発表された。
「すなわちこの遺跡は……!!! 800年前の〝古の王〟そのものなのさァ!!!!」