ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
轟々と渦巻く激流。鳴り響く水音。
通路の下半分を埋め尽くすそれの上に、ざばっと巨石が浮き上がる。
「ぶはァァ!!!」
「たす…たす…助かっは…」
「し死ぬがどおぼっだァ〜〜〜〜…‼︎」
その上で横たわり、三人の男達が白目を剥いて荒く息をつく。
泳げるといっても、縦横無尽に押し寄せる水圧を前にして、全員危うく溺死する寸前であった。
「何だコリャァ……⁉︎ 壁が急に足場になって……どうなってんだコイツァ…」
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!」
いち早く我に返ったフランキーが体を起こし、自分達を掬い上げた何かを見下ろし眉を顰める。
答えを見出すよりも前に、彼の耳に誰かの悲鳴が届いた。
「ああああァあ!!! いやァ‼︎ イヤよォ‼︎ もうそこに縛られるのはいやァァァ…!!! ああああああ!!!」
足場からそっと覗いてみれば、激流が───自らを激流へと変えた青い怪人が、通路に空いた穴に吸い込まれ、絶叫する姿が目に映った。
「…あの魚女‼︎ 何だあれ、何してやがんだ!!?」
「コエ〜〜〜!!! この迷路コエェ〜〜!!!」
自分達を襲う敵が苦しむ姿に、胸が空くよりも恐怖が湧き上がる。
遺跡が動かなければ、自分達がああなっていた事だろう。
「何が何だかわかんねェけど………今のうちにここを離れた方が良さそうだ。このままだと……間違いなく死ぬ」
「スーパー情けねェ発言だが全面的に同意だ。逃げるぞ」
「おで………おれ"も"うごごにいだくねェ〜〜……!!!」
そろそろと、今もなお上がり続ける怪人の悲鳴を後にし、足場の上を音を立てないように慎重に動こうとしたその時。
ばたん、と。
彼らの真下に突如、大きな穴が開いた。
「「「え"」」」
ふわっ、という一瞬の浮遊感。
その直後、彼らはぎょっと目を見開き、声ならぬ声をあげて見つめ合った。
「────ちょっとゾロ‼︎ しっかりしなさいよ‼︎ ねェ!!!」
「ぐっ…」
途切れかけていた意識が、強く呼びかけてくる声で引き止められ、ゆっくりと浮上する。前身の熱さと目の痛みに呻きながら、ゾロはゆっくりと目を開く。
「大丈夫? 見えてる? 失明したりしてない? チョッパー呼ぶ?」
瞼を開けた先に見える、骸骨。
歯を食いしばりながら、ゾロはナミの声がするそれに向けて苦笑をこぼす。
「………いや、もう手遅れかもな……お前のツラがホネに見える」
「よし、いっかい殴らせなさい」
「ヨホホホホ!!! ご無事そうですね‼︎ 大事がなくて何よりです‼︎」
寝覚めから失礼をかます剣士にきっと目を吊り上げ、拳を震わせるナミに、横からブルックが声をあげて笑う。
ゾロは気怠げに体を起こし、ちかちか瞬く視界で辺りを見渡した。
「状況は……⁉︎ あのネコ野郎はどうし…⁉︎」
「──ああああああああ!!!」
状況を伺おうとして、悲鳴が耳に入る。その方向へ恐る恐る振り向き、ゾロはぎょっと目を見開く。
先程大暴れし、手傷を負わせた強力な怪人が……四方八方から伸びた巨石に押し潰されていた。
四肢は既にひしゃげ、原型はほぼなく、怪人の悲鳴が響いていた。
「何……っだありゃあ…!!? どういうこった………⁉︎」
「わっかんないわよそんなの!!!」
「ゾロさんが倒れて…あの怪物にやられそうになった瞬間です。突如周囲の遺跡の壁が動き出し、あの様な凶悪な罠………………いいえ、もはや拷問器具と呼ぶべき変形を始めまして」
ひしゃげ、磨り潰される怪人の手足。ばらばらと硬貨がこぼれ、すこしずつ怪人の体が縮んでいく。
人ではない故に、血飛沫もあがらないが、それでも十分に凄惨な光景だ。
すると、次の瞬間……ぐしゃっ、と。
左右から押し寄せた巨石に頭部が押し潰され、無数の硬貨に変わり果てた。
「………ご…ガ」
「「ギャ───────ッ!!!?」」
ついつい人間の姿で想像してしまったナミとブルックが、かつてないほどの悲鳴をあげて慄いた。
「ア"ア"ア"ア"ア"ア"!!! ゥああああああ!!!」
めきめきと蠢き、対象を押し潰す遺跡。
その中心で苦悶の声を上げる灰色の怪人は、その拘束から抜け出そうと必死に身をよじる。
だが、やがて彼の手足がぼきりと引きちぎられ、全身がばらばらにされていった。
「ア"……あァ………あ"…」
「…………!!!」
「ウプ……敵といえどこれは流石に見ててキツイ……!!! 世のどんな殺人鬼だってここまで残酷な殺し方しないよ…!!?」
「…そうね、ムゴいわ」
敵対していた故に助けるような真似はしないが、見ていて気分のいいものではない。
一味の中でも容赦のないエレノアとロビンも思わず顔を青くする。
「素晴らしい!!! 伝説の怪物達をこうもたやすく下し!!! 封じるとは!!! さすがは〝王〟!!! この世の全てを欲し制する人物だァ!!!」
「…アイツはホントに何なんだ」
唯一この状況を楽しんでいるコウガミに思わずぼやきながら、エレノアは潰されていく怪人とそれをなす遺跡を見つめる。
生物、という例えは、もう何の間違いもないように思えた。
「けど……あれを見る限り、やっぱり彼の言う通り古の〝王〟の意志がまだ現代に残っているという事かしら……⁉︎」
「〝賢者の石〟が現にある以上…そう考えてもおかしくないけど…‼︎ ああもうなんてトコに来ちまったんだ私のバカ!!! 好奇心とか義務感とか‼︎ そういうのまるっと無視して黙ってりゃよかった……!!!」
人が足を踏み入れるにはあまりに危険すぎる空間。
目の前で終わりを迎えようとしている怪物の末路に、本気で後悔を抱かざるを得ない。
「このままじゃ私達も遺跡に呑み込まれ────ん?」
こんな危険な場所からさっさと離れなければ、そう思ってその場を離れようとした時。
ばくん、と。
エレノアとロビン、そしてコウガミの足下が大きく開かれ、三人の体が宙に浮きあがった。
「返せよォ……‼︎ 僕を返せェ!!! そこに…そこにいる僕を………!!!」
「うるさい」
「ギャアアアアァア…!!!」
きんきんと響く悲鳴に、少女が鬱陶しそうにこぼし、くいっと指を曲げる。
すると、彼女の感情に従うように遺跡が蠢き、泣き喚いていた鳥の怪人を左右から真っ二つに引き裂いてしまった。
破片がばらばらとこぼれ落ち、不気味な静寂が訪れる。
「………どーなってんだァ。迷路がぐねぐね粘土みてェに…」
目の前で起こる光景に、ルフィはただ呆然と立ち尽くす他ない。
これまで起こってきた遺跡の変形も十分不思議だった。だが、今起こっているのはその比ではなかった。
「おいエール!!! 今のどーやったんだ⁉︎ その『クイ』ってヤツか!!! スゲーな!!!」
「…………今のを見て、感想がそれかィ」
恐怖するどころか、興奮した様子で目を輝かせるルフィに、エールは背を向けたまま深い溜息をこぼす。
すげーすげーと騒いでいたルフィは、やがてある事に気付き我に返った。
「そういや、さっきも〝王〟とか言ってたけど…………お前、思い出したのか? キオクキョーシツ直ったのか?」
「………悪いねェ、隠してたわけでも騙してたわけでもなくって……ずっと寝ボケて記憶が曖昧になってたみたいでねェ、伝えるヒマがなかったのさァ」
ルフィの問いに、エールは苦笑をこぼすと、台座を登りながら語り始める。
頂上に鎮座する棺の蓋に腰掛け、足を組むと、改めてルフィに向き直る。
「なにせず〜………っと棺の中で眠る日々だったもんで、昼も夜も…春も夏も秋も冬も………な〜んにもわからなくなってたもんでねェ」
向けられる目は、冷たく醒めている。
全てのものに、冒険譚をねだっていた青年にすら興味が失せたかのような無の表情で、エールは一人佇んだ。
「…あんた一人に聞かせるのも酷だ。みんなも呼んであげるよ」
その言葉の後、不意にエールの指がぱちりと鳴らされた。
すると、どこからともなく人の声が聞こえてくる。
「「「おわァァ〜〜〜!!?」」」
長く深く狭い、人間一人がやっとと入れる程度の通路、いや、穴が天井にぽかりと開く。
その中を一人ずつ、サンジ達四人が物凄い速度で落下してくる。
「ギャアアアアアア!!!」
すぽーん、と広い空間に放り出され、どさどさと真下の地面に山積みになった。
サトナカを頂点に、三人の男達が積み重なり、直後に互いに怒号を放ち合う。
「いつまで乗ってんだてめェコラ!!! 野郎に乗られる趣味なんざねェんだよ!!!」
「うるさい‼︎ 気色の悪い事を言うな貴様!!!」
「ちょ…ちょちょちょちょ待て待てお兄さん達………この姿勢地味に腰にくるんだが…⁉︎」
「あ! サンジ‼︎」
「あァ…⁉︎ ルフィ、なんでお前ここに………………あ!!! エールちゅわァァ〜〜〜んヌ♡ 無事でよかった〜〜〜ケガしてない⁇♡」
ぎゃーぎゃーと騒ぐ男達に、ルフィが目を丸くしながら名を呼ぶ。
サンジもすぐに気付き、そして壇上で一人腰掛けるエールを見つけて甘い声を出す。
「「「ギャアア〜〜〜ッ!!!」」」
「おわああァ!!?」
すると、天井に次々に正方形の穴が開き、そこから仲間達が落下してくる。
大抵がそのまま落下して地面に叩きつけられるが、エレノアとロビンはそれぞれ翼と能力を駆使し、危なげなく着地してみせる。
「あたたたた…ちょっと…何よココ」
「ビッッックリしましたァ〜〜…寿命が10年縮みました。あ、私、もう死んでました」
打ち付けた尻をさすっていたナミは、見慣れない広大な空間に困惑の表情を浮かべる。
同じく辺りを見渡したゾロは、一人平然と佇む少女と船長の姿を目にし、眉間に深いしわを寄せる。
「…おいルフィ、こいつァどういうこった」
「ん…? ん⁉︎ あ⁉︎ あれ? エール…⁉︎ 何やってんだお前そんなとこで⁉︎」
突然の自体に戸惑っていた他の面々も、次第に冷静さを取り戻していく。そして、様子の異なる記憶喪失の少女に気づき始める。
そんな中、ルフィがエールに向けて声を発した。
「──エール。お前が〝よくばりおおさま〟って………………どういう事だ?」
ざわっ、と広大な空間に……王の墓に同様の声が響く。
全員の視線が一点に、棺のような石の塊に腰掛ける少女に集中し、空気が張り詰める。
「エールが……⁉︎ どういう事よ…!!!」
「言葉通りの意味さァ……私はかつて、この牢獄の島で世界を憎み、全てを欲し…………怪物を生み出して我が身を滅ぼした、愚かな〝王〟だよ」
組んだ膝の上で頬杖をつき、エールは告げる。
向けられる視線に剣呑さが混じり始める中、ウソップが震えながら少女を指差す。
「お……お…おま…何言って…!!?」
「伝わらないもんだねェ………そのままの事しか言ってないのに。難しく考える事はないんだけどねェ」
何を言っているのかはまるでわからない。説明が説明になっていない。
だが一味には、少女が自分達を嘲笑っている事だけはわかった。
「楽しかったよ、あんた達との…………暇つぶしは」
「何だと…⁉︎」
「〝よくばり〟といえど800年は長くてねェ………たまにこうして息抜きしてないと気が滅入るんだ。島の生き残りの連中の足掻きを眺めたり…外から混ざる連中で遊んだり」
くすくすと笑みをこぼし、肩を揺らす。石棺に腰掛けたまま足をぶらぶらと揺らし、まるで子供のような仕草を見せる。
「あとはそうさねェ………ガキ臭い夢を語る若僧達をからかったりねェ。おかげでそれなりに楽しめたよ。いい時に来てくれたもんさ…………でも、もう充分だよ。もうあんた達で遊ぶのも飽きた」
「てめェ……‼︎」
「ナメやがって……おれ達をコケにしてやがったのか…!!?」
記憶喪失という辛い境遇に同情し、涙を流したフランキーが憤り、その前でゾロが刀に手をかける。
正体を明かした少女に対する敵意が、そこら中で膨れ上がる。
「〝宝〟はいらないって言ってくれて正直安心したよ……………もしあんたが私から奪う気だったなら、ここで消えてもらわなきゃならなかったから……仮にも暇つぶしに付き合って貰った相手を殺すのは忍びなくてねェ」
「こ…殺すってお前」
「ほ……本気か⁉︎ や…やんのかコンニャロー⁉︎」
エールの呟きにチョッパーとウソップがびくっと肩を震わせる。
件の紫の鎧の恐怖が蘇ったのか、青い顔でがたがたと震えながら、ぎこちなく身構える。
だが、その中で臆する事なく前に出る者が一人だけいた。
「生憎だが!!! ここまで辿り着いて何も得ずに帰る気はさらさらないよ!!? 古代の〝王〟よ!!! いや…!!! 遠い遠い我が先祖よ!!!」
ずい、と満面の笑みを浮かべたまま歩み出るコウガミ。
いつも以上の狂気に輝く目で確とエールを凝視する彼に、伊達マルがぎょっと振り向いた。
「は……? ちょっと待て会長…今、何つった」
「……会長…⁉︎ それは………どういう」
「記憶は無事に取り戻せたようだね!!? 強欲なる王ヒノ・エ────ル!!! …私はこの時をずっと待っていた…!!! 世界を手にし、全てを統べる最強の欲望の持ち主!!! 君と語らえるこの時を!!!」
これまでで最も、より狂気的な笑みをたたえたコウガミがエールを凝視し告げる。彼の言葉に、ロビンとエレノアがはっと息を呑んだ。
「…あなた…まさか」
「やっぱりお前は──…!!!」
「遠い遠い貴殿の血を引く者としての頼みだ!!!〝古の王〟よ!!! どうか数刻だけでいい!!! 私と────」
無遠慮に、一切の恐怖なくコウガミがエールの元へと進み出ようとした時。
ごっ!
と、コウガミの目の前に巨大な石柱が降り、地面に突き刺さる。
轟音が鳴り響くそれを前に、コウガミも大きく目を見開き、凍りついたように立ち止まった。
「…悪いけど、あんたの事なんか知らない。話す事も何もないよ」
「………!!!」
「子孫だろうがなんだろうが……私の墓で好き勝手する奴らを私は許さない。あんた達は………全員敵だ」
コウガミが黙り込むと、満足そうにそう言って、エールは石棺から立ち上がる。
意味深な表情と言葉、そしてゆっくりと掲げられる片手に、居合わせた全員の警戒心が何段階も跳ね上がる。
「…安心しなよ。ここまでの駄賃だ………あんた達全員を生かして帰してあげる。手ぶらで悪いけど……そっちも楽しめたんなら別に構わないよねェ」
「チッ…‼︎ やっぱあん時に斬っときゃよかった…………!!!」
「好き勝手させてたまるか…‼︎」
「おいウソだろエールちゃん………!!? 冗談だって言ってくれよ…!!!」
「生憎…わざわざウソなんてつく理由はないよ…………でも大丈夫…おとなしく出てってくれれば何にもしないさァ。それとも……やる? さっき見せてやっただろう…………この迷宮の中で、私に逆らえる者なんていない」
エールが手先で弄ぶような仕草を見せると、それに呼応して遺跡のどこかから重低音が鳴り響く。また何かが変形している。
「失せな、小僧共…‼︎ 命が惜しけりゃとっとと帰れ…………!!!」
この場において絶対的な力。
逆らえば死ぬ、そんな考えが脳裏に浮かび、誰も動けず、呼吸すら忘れかけた……そんな時だった。
「……なー、エール」
一人だけ、周囲の金箔とは異なる種類の声を放つ青年がいた。
ルフィはじっとエールを見つめ、険しい表情で何か考えながら、再度声を放った。
「お前、何でそんなウソつくんだ」
彼の目に、恐怖はなかった。騙された事への怒りもなかった。
ただただ不思議そうに、豹変し悪辣な発言を繰り返す少女を見つめ、問いかけていた。
「何がウソだィ………誰もウソなんかついちゃいないよ」
「バカ言え‼︎ そんな下手くそな作り話でおれがダマされると思ってんのか‼︎ お前がそんなあからさまに悪ィ奴なわけないだろ‼︎」
「…………たった数日一緒にいただけで、私を
見くびるな、と言わんばかりに目を吊り上げ、抗議の声をあげるルフィ。
胸の内の何かに触れたのか、エールの眉間にしわが寄る。
「おいルフィ…‼︎ お前この状況で何言ってやがんだ…⁉︎」
「なーにが節穴だ!!! おめーさっきから変だぞ⁉︎ 我慢しなくていいのに我慢したりつまんねーウソついたり………なんか違う事隠してんだろお前‼︎」
傍のゾロから睨まれても、ルフィは止まらない。
より一層苛立った様子で、自らを見下ろす少女を咎め、問い続ける。
「私は…!!! この島の〝王〟!!! この世の誰よりも強欲で、全てを欲し食い尽くす最凶最悪の〝王〟だ!!! あんた達がマヌケに見逃した………世界が恐れ慄く存在さァ!!!」
「違う!!! お前はおれの…仲間だ!!!」
「………聞く耳を持たない男だね、あんたは。もういいよ……私はそんなものいらない。私はここで居心地よく眠れればそれでいい」
ぐっ、とかぶりを振ったエールが拳を握りしめる。めきめきとルフィ達の足元の地面が揺れ、徐々に形を変えていく。
エールと彼らの間に、見る見るうちに分厚い壁が作られていく。
「…もう、ウンザリなのさ」
「エール!!!」
「じゃあね、〝海賊王〟……さよなら…もう二度と会う事はないよ」
突き放すような別れを告げ、ふっと微笑む。
ルフィが手を伸ばす寸前で、壁がエールの顔を覆い……どこか寂しげに見える表情を塗り潰さんとして。
───突如、彼女の腹から、巨大な異形の腕が突き出された。
「……え?」