ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第291話〝王の落とし胤〟

「我が主、ガラ様からのお言葉をお伝えいたしま〜〜〜〜〜す♪」

 

 ベルを鳴らし、にこやかに笑う紫色の道化。

 

 彼女が話し出すや否や、それまで凶器を振り回していた騎士達が手を止め、その場で直立し整列する。

 しん、と静まり返る町中で、騎士達に追い詰められた人々がざわめく。

 

「ンだありゃあ…⁉︎」

「ど…道化師?」

 

 麦わらの一味もまた、突然の事態に困惑し立ち尽くす。周囲を取り囲む騎士達を警戒しながら、謎の少女を睨み身構える。

 

「主だと……⁉︎」

 

 中でもゾロは、少女が口にした不穏な単語に眉間にしわを寄せる。

 得体の知れない相手が『主』と呼ぶ存在など、この状況では一人しか思い至らない。

 

「オイ‼︎ 大変だ‼︎ サンジが美女に反応してねェ!!!」

「はァ? おいおいチョッパー、オメー何をバカな事を…………えェ〜〜〜!!?」

 

 サンジですら、見た目の整った少女が目の前にいるというのにいつもの反応がない。ゾロと同じ、険しい表情で棒立ちになっていた。

 ただ、彼のその反応は仲間達にとっては相当な衝撃だったようだ。

 

「どうしたのよサンジ君⁉︎ いつもならどう見ても敵なヤバげな相手でも女ならすぐ鼻伸ばしてるところなのに…………!!! びょ…病気⁉︎ それともどっか頭ケガした!??」

「医者〜〜〜‼︎ 医者ァァ〜〜!!!」

「…おめーらおれの事を何だと思ってやがる…‼︎」

「スケコマシ」

 

 猛然と抗議したいところだが、そんな場合ではないと自らを律するサンジ。

 自業自得だ、と彼を横目で見るエレノアも、真剣な眼差しを少女に向け直す。

 

「まァ冗談はさておき………アレに警戒したのは正解だよ、サンジ君。よく気づいた」

「散々鍛えてもらったからな………ただそれ以上に、アレはやべェ」

 

 エレノアとサンジの感覚、鍛え上げられた見聞色の覇気が彼らに警鐘を鳴らす。

 

 一見人間にしか見えないあの道化の少女は。

 悍ましき本性を隠した、怪物の一体であると。

 

「この場にお集まりの皆々様、改めましてこんにちは。偉大なる錬金術師にしてこの世の全てを統べる王、ガラ様の忠実なるシモベ、ベルと申しま〜〜す。明日、正午をもちまして、この島の住民の皆様には全員…………」

 

 ぺこりと、舞台役者のように上品に、可憐に礼をし名乗る道化・ベル。

 戸惑う人々に向けて、彼女は無邪気な子供そのものといった笑みを浮かべ、軽やかに告げた。

 

「我が主の贄となって、死んでいただきま〜〜〜〜す」

 

⚓️

 

「────〝古の王〟……800年の昔、真にこの島を支配し、世界の全てを欲した………最も愚かで強欲な()………………」

 

 玉座に腰掛け、頬杖をつきながら、ガラは溜息混じりに呟く。

 

 墓地から豪華絢爛な城へ。様相を一変させた空間で寛ぎながら、自らが招いた男を横目で見やる。

 コウガミはただ、いつものぎらぎらとしためでガラを見つめ返すだけだ。

 

「…あの男の系譜は皆、とうに潰えたと思っていた。あの娘を除いて」

「あいにく一人だけ生き延びていたのさ!!! 本人曰く!!! 紛い物の王ではない!!! 正当なる王位継承者の血がね!!!」

 

 感慨深げに呟くガラに、コウガミは語り出す。

 ガラの問いに忠実に、あるいは見返りを期待しているかのように、喧しい声と満面の笑みで答える。

 

「王は生前!!! 幾人もの妻との間に子を作ったと聞く!!! 時代の王を担う存在ではなく!!! 己が没した後も己の国と宝を守り続けさせる墓守として!!! 死後も使い続けられる道具として!!! 大勢の子を残したとね!!!」

「………そう、あの男はそういう男だ」

「しかし800年前の()()()()の際……国を追われ多くの命が散った!!! 王の子も幾人も海の藻屑と消え!!! 僅かな生き残りがこの島に王族として君臨した!!! その一人の遥か子孫が私さ!!!」

 

 偶然紛れ込んだ、いや、不運にも巻き込まれたサトナカは、コウガミの影に隠れるように黙っていた。

 会長と自分の他に人はいない。相手の機嫌を損ねれば自分は終わる、そう察していたがために、無言で様子を伺うだけにとどめていた。

 

「…しかしまァ!!! 尊敬できる先祖ではどうやらなかったようだ!!! 先祖代々私が聞いていた話と事実はまるで違う!!!」

 

 げらげらと笑い、肩を揺らす。状況を恐れる様子は一切なく、全てを享受している。

 笑う以外の感情を知らないように、コウガミの口角は上がったままだ。

 

「おかげで随分と振り回された!!! 言い伝えは自分に都合よく!!! 悪意のこもった解釈と伝聞!!! 何もかも自分以外の誰かに責任転嫁し罪をなすりつける困った男だった様だよ!!!」

「それがあの男の血よ………獅子の如く傲慢で、蜚蠊の如く意地汚い…………欲をかきすぎたせいで全てを失い、それでもなお欲する事をやめられなんだ俗物」

 

 コウガミから目を逸らし、ガラはうんざりしたように吐き捨てる。

 遥か昔、己がまだただの人であった時の事を思い出しているのか、遠い眼差しで虚空を見やる。

 

「800年前の()()()においてもそうだった………かの国々の戦いにおいて、どちらにも味方せずどちらにも敵対せず、漁夫の利を攫う事しか考えずひらひらと立場を変え続けた小物」

「……?」

「結局はどちら側にも〝敵〟と称され………どちらに降る事も許されず国を追われた愚か者よ」

 

 深く深く、ガラはため息溜息をこぼす。

 かつて起こった『異変』を、その中で生き延びた日々を思い浮かべ、はっと鼻で笑った。

 

「この世で最も強欲だった男?〝よくばりおおさま〟? 笑わせる………〝こうもりおおさま〟の間違いだろう」

 

 サトナカは困惑の表情で、コウガミとガラ、双方が時折口にする単語800年前に起きたという〝何か〟について訝しむ。

 

 それは閉ざされた島、そして長い時が経った今では誰も知り得ない、世界の禁忌……サトナカはただ、耳を傾ける事しかできずにいた。

 

「醜い……あァ、なんと醜いのだ、人間よ」

 

 ガラはふと、視線を外へ向ける。城の足下に蔓延る人々の町を、そこで起こる騒ぎを察知し、嫌悪の呟きをこぼす。

 襤褸雑巾と化した少女を取り囲む人々の姿に、苛立たしげに声を漏らす。

 

「800年経とうとも………人間という存在は一向に進化しない。どいつもこいつも強欲で意地汚く…………見るに耐えぬ醜態ばかりを晒す愚物ばかり」

「彼女かい!!? すっかり勘違いしていたよ!!! 途中からおかしいとは思っていたのだが……記憶を失っているのならそういう事もあるかと見過ごしていた!!! いやはや実に悪い事をした!!!」

「あの娘もまた………碌でもない血を受け継いだ哀れな子よ」

 

 本気でそう思っているとは思えないほどの冷たい声。向ける視線もひどく冷め、同情など一切ない。

 むしろ痛々しい姿を晒す少女を、心から軽蔑しているようにも見える。

 

「哀れな娘だ。父に見捨てられ、民に忘れられ、他者の欲に利用されるただの道具に成り果てた無力な女………挙句永き時の果てに、父の悪名すら押し付けられ、疎まれ蔑まれる救いようのない存在に堕ちた……〝姫〟とは名ばかりの贄」

 

 仮面のように一切変わらず、感情を一切表さなかったガラの顔。

 それが不意に、きひっと不気味な声が漏れ、醜く歪む。耳まで裂けて見える笑みが浮かび、嗜虐的な光が目に灯る。

 

「まァ…もうその苦しみからも解放されるのだ。泣いて喜ぶ事だろう………」

 

 くつくつと声を漏らし、肩を揺らす異形の錬金術師。悪意に満ちた顔で、歯を剥き出しにして嗤う。

 

 サトナカが青い顔で後ずさりかけた時。

 彼女の前に立つ男は一切臆さず、図太く耳障りな大声で割って入った。

 

「さて!!! この際だ…私も色々と聞かせて貰いたいね!!! ………一体君はいつから目を醒ましていたのだね!!?」

 

 不躾に口を挟むコウガミに、ガラは特に気にした様子はない。それどころか、彼の問いをちょうどいいと感じたように、ちらりと視線を寄越す。

 発言の許可を得たと理解したコウガミは、後ろ手を組みながら言葉を続ける。

 

「此度の革命はあまりにも早すぎる!!! 前々から計画し準備を重ねていなければ、古の錬金術師といえど不可能な事ばかりだ!!! とはいえ!!! 推測できないわけではないがね!!!」

「…ならばまず、聞こうか」

 

 興味が出たのか、ガラの顔がコウガミに向く。

 びくっと肩を震わせて下がるサトナカには目もくれず、待ってましたと言わんばかりに前に出るコウガミだけに目が向けられる。

 

 コウガミはまるで自分が主役の舞台に立ったように、堂々とした態度で語り始めた。

 

「島の住民達に話を聞いたところ………セルメダルの怪物達が現れ出したのはちょうど20年ほど昔!!! その時期は!!! とある者達が島を訪れた時にちょうど重なる!!!」

「……!!!」

「彼らは嵐の夜にこの島に辿り着き!!! 島を自由に冒険し!!! そしてかの遺跡を知り!!! 一切の恐れなく足を踏み入れた!!! 数々の危機と罠を乗り越え進んだ彼らだったが……!!! 彼らは結局何も手にする事なく遺跡を後にし!!! 同じ嵐の夜に島からも姿を消した!!!」

 

 聞き覚えのある、その話。

 ぎょっと目を見開くサトナカの気配を背後に感じながら、コウガミの話は続く。

 

「しかし!!! 彼らは何もしなかったわけではなかった!!! 確かに最奥に!!! 王の前にまで到達してみせた!!! そして…!!! コアメダルの封印を解き放った!!!」

 

 コウガミの目は、興奮と感動に輝いていた。

 

 先祖の故郷に舞い戻り、いくつもの遺跡と資料を読み漁り、回り道を繰り返しながらも辿り着いた歴史の真実。

 それを手に入れた、自らが欲望を叶えた事実に、只管に身を震わせていた。

 

「…………そう、我はその時目覚め、復活の為の計画を発動した…‼︎」

「凄まじい衝撃だったよ!!! まさかかの〝王〟が!!! 伝説となったあの男がここまで関わってくるとは!!! 素晴らしい!!! 人生とはまさにプレゼントボックスだ!!!」

 

 掌から血が滲む程に、拳が握りしめられる。暑く震える心の衝動のまま、その身で感動と喜びを表現し。

 現代の狂人は、古の狂人の前で歓喜の声を張り上げた。

 

「ゴール・D・ロジャー!!! なんと素晴らしい置き土産を残してくれたのだ!!!」

 

⚓️

 

「な……何だそりゃあ!!!」

「ふざけんな‼︎ 何でおれ達が死ななきゃならねェんだ!!!」

 

 突如、目の前の少女に告げられた宣告に、一瞬遅れて人々から抗議の声が上がる。

 

 得体の知れない奇妙な格好の女に、突然「死ね」と言われる。

 どんな聖人であろうと受け入れられるはずのない、あまりにも唐突すぎる宣告だ。

 

「いきなり出てきて意味わかんねェ事ほざきやがって…‼︎ ただでさえあのガキの所為でメチャクチャになったこの島を!!! まだブッ壊そうってのか!!!」

「そうだァ‼︎ ふざけんなァ‼︎」

「そいつら諸共今すぐおれ達の前から消えろォ!!!」

 

 危険な力を持つ少女、そしてその一味を横目で睨みながら、島の住民達は謎の道化を口汚く罵る。

 

 敵意でいっぱいの町の中、ブルックが思わずぼそりと呟く。

 

「なんかもう、我々完全に嫌われちゃってますね」

「誤解だってのにもう…‼︎」

 

 島で起こり続ける異変の原因扱いされ、ナミがうんざりした様子でぼやく。

 だが、それを頭に血を登らせた住民達に言ったところで、聞き入れてくれるわけもなく、怒号と罵声が響き続ける中。

 

 突如、道化の少女が自分の前に手をかざす。

 すると次の瞬間、彼女のすぐ前の地面が、巨大な鉄球を落とされた跡のように大きく陥没した。

 

「うるさくて汚いそのお口をお閉じくださ〜〜〜い」

 

 轟音と共に起こった異変。人々の怒号は途端にぴたりと止まり、全員が真っ青な顔で立ち尽くす。

 騒ぐ者が一人もいなくなったところで、ベルは改めて喋り出した。

 

「あなた方はもう〝贄〟です。逆らう権利も抗議する権利もございませ〜〜〜ん」

「もし逆らう意志がある場合は………明日の昼を待たずにこの世から消えていただきま〜〜〜〜す」

 

 は、と沈黙していた住民達の顔に困惑が浮かぶ。

 町の入り口で話すベル。それとは別の方向から、全く同じ声が聞こえてきたのだ。

 

 慌てた彼らは、声がした方を振り向き……屋根の上で佇む、もう一人のベルを凝視し言葉を失った。

 

「我が主は今の世を大変深くお嘆きです………人間の欲望に限りはなく、争いは続くばかり」

「人種間には根強く差別が残り、愚かな〝神の末裔〟が醜く居座り暴虐非道を為す……………ひどい世の中になったものです」

「悲しくて涙が出ちゃいます………しくしく、えーんえーん」

「右も左も苦しむ人達ばかり。救いなどどこにもなく、目の前の絶望と悲しみにうなだれる暗い暗〜〜い未来だけが広がっています」

 

 次々に同じ声が響く。前、後、右、左、合計四人のベルが住民達の周囲から、示し合わせたように順に喋る。

 わざとらしく、人を馬鹿にしたような態度で好き勝手に語る。

 

「神…?」

「…………」

「その為、主は決めました………今の人間達の世を全て消し、新たな世界を創造される事を」

 

 妙な発言に困惑するヒナの隣で、シンゴは無言で眉間にしわを寄せる。

 同じように顔色を変える数人の住民達をよそに、ベルはわざとらしい表情を一変させ、心からの笑顔を浮かべる。

 

「愚かな全ての人間を滅ぼし、苦しみに満ちたこの世界を終わらせる偉業を成し遂げる、真の〝王〟となられるので〜〜〜〜す‼︎」

「皆様はその礎となれるので〜〜〜〜す♪」

「わ〜〜〜い♫」

「ぱちぱちぱちぱち〜♡」

 

 楽しげに祝う道化達だが、住民達からの反応はない。

 根本から普通の人間ではない事が嫌という程わかり、誰もが嫌悪を抱き、しかし何も言えなくなる。

 

「…正気かこの女…!!!」

「イカれてやがる…………」

 

 ゾロとフランキーが思わず悪態を吐くが、彼らもまた動けないでいる。

 彼女達の主と戦い、真面に相手もされず一方的にやられた後の今、迂闊に動けばどうなるかわかったものではない。

 

 だが、それでも我慢できなかった麦わら帽子の青年が、憤然とした様子で口を開く。

 

「おいピエロ!!! お前ふざけた事言ってんじゃ…………が」

「黙ってて…迂闊な事言ったら私達じゃなくこの島の人達が消される」

 

 猛然と口答えをしようとしたルフィの口を、とっさにエレノアが塞いで押しのける。もがく船長を押さえつけたまま、天使は道化の一人を見据え、問いかける。

 

「一つ聞かせてよ………なんで今じゃないの。明日の昼だなんて………どうせ殺す相手にわざわざ時間を与える意味って何? あんたの主人は…何を求めてるの?」

 

 慎重に、様子を伺いながら恐る恐る問う。

 その姿勢を気に入ったのか、ベル達はより一層嬉しそうに笑みを浮かべ、再び順に語り出す。

 

「仰る通り、急に『死ね』と言われて納得できる方などおられるはずもありません」

「誰しも死は恐ろしいものです」

「されど皆様が生贄になる事は決定事項………ガラ様にも変えられない運命なのです」

「それゆえに………」

 

 にたり…と、整った愛らしい顔が、悪魔のように歪む。

 鳥籠の中の小鳥を狙い、甚振らんとする獰猛な猫のような恐ろしさを与えながら、道化の少女は甘え声で告げた。

 

「せめて最後を潔く終わらせる覚悟を決める時間くらいは与えようという………我が主による、最大限の慈悲でございま〜〜〜す♡」

 

 住民達の顔から、みるみる血の気が引いていく。あちこちでへたり込み、項垂れる者達が現れ、重い沈黙が島に降りる。

 

 静まり返った住民達の前で、四人のベルは軽やかに整列し、ぺこりと首を垂れた。

 

「「「「それでは皆様、良い終末をお過ごし下さ〜〜〜〜〜〜〜い♫」」」」

 

 愉しげに最後の挨拶を行う彼女達と、並び立つ騎士達の頭上で。

 黒々とした雨雲が、光を覆い隠すように広がっていった。

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