ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第30話〝信念の槍〟

 危険な毒ガスがバラティエを包み込む。

 海賊たちは防毒マスクをつけ、コックたちは海の中に飛び込んで難を逃れる。

 街一つを滅ぼせるという殺傷能力を持った兵器の中、エレノアたちも生き残っていた。

 

「………‼ 海賊が戦闘に毒ガスを使うなんて……‼」

「あっぶねェ……!!! この妙な風…お前がやってんのか…⁉」

「と、とにかく助かったぜ…‼」

 

 ドアの隙間から漂ってくるガスに恐怖していたパティとカルネだったが、エレノアの周囲に巻いている風の壁によって命拾いしていた。

 片足のゼフの身を案じながら、エレノアはガスが薄まって行くのを確認してから扉を恐る恐る開いた。

 

「ルフィたちは…無、事………!!!」

 

 外の様子を伺おうとした彼女の目に飛び込んできたのは。

 マスクを顔面に押さえつけられるサンジと、大量に吐血しながらマスクを押さえつけようとしているギンの姿だった。

 

「まさか…ギンはさっきのを食らって……!!?」

「お前はついてく男を間違えたらしいぜ…‼」

「クリ――――――ク!!!!」

 

 サンジとルフィが、部下をも見殺しにするクリークに怒りを燃やす。

 呆然としていたパティとカルネも、外に出てようやく状況を理解し始めた。

 

「サンジ!!?」

「うおっ‼ あの下っ端野郎毒ガスくらいやがったんだ‼」

 

 血まみれのギンを見て即座に察する二人に、サンジが必死の形相で怒鳴りつける。

 

「パティ‼ 解毒剤あったろ‼」

「おお…、あ…あるにゃあるが、でもありゃ食当たり用のだぜ⁉ 大体その野郎は敵なん…」

「なんでもいいから持って…‼」

「それじゃダメだよ‼」

 

 サンジの取ろうとしている対処を、エレノアが止める。

 クリークの毒ガス弾がどんな種類のものかもわからない以上、手当たり次第に薬を使うのは逆に危険であった。

 焦るエレノアの目に、転がっている防毒マスクが目に入った。

 

「パティ‼ そのマスク持ってきて‼ 多少なりとも助剤を含んでるはずだからそれで何とかもたせるよ‼」

「ま、マスクってこれか⁉」

「2階へ運んでよく呼吸させて‼ 解毒は私が何とかするから‼ 早く、パティ!!! カルネ!!!」

「わ‼ わかった!」

「おれもかよ」

 

 慌てて向かってきたパティとカルネがギンを抱え上げ、バラティエの二階のテラスに連れて行く。

 まだ毒の余韻が残っていそうな一階よりも空気がきれいそうという考えのようだが、エレノアも正しいと考えた。。

 

「死なせない…私の目の前で、あんたは死なせない…‼」

 

 パンッと掌を合わせ、わずかに残っている毒ガスの痕跡に触れる。

 毒々しい色のガスが一瞬にして集まり、エレノアが取り出した瓶の中に液体となってこぼれ落ちた。

 

「絶対死ぬなよ、ギン…‼」

「!」

「フン…無駄だ…。もって一時間ってとこか…」

 

 クリークは目の前で苦しむ部下に、つまらなそうに鼻で笑う。

 忠義を尽くしてきた部下に対するあまりの暴言に、ルフィは血管が切れそうなほどの怒りをあらわにした。

 

「あんな奴になんか、殺されるな!!! 意地で生きろ‼ わかったな!!? あいつは、おれがブッ飛ばしてやるから」

「よせ…‼ あんたじゃ…あ、あの男に、勝てない…」

「バカ、落ちつけ!!! 真正面から飛び込めばあいつの思うツボだろ‼ 死ぬぞ!!!」

「死なねェよ」

 

 サンジとギンの制止も聞かず、ルフィはクリークに向かって走り出す。

 先ほどまで散々だまし討ちに会い、身体中に傷を負っているにもかかわらず、ルフィはクリークの顔面に拳を突き立てることだけを考えていた。

 

「撃ちたきゃ好きなだけ撃ってみろ!!!」

「おい!!! クソッ、勝手にしろっ……‼」

 

 無謀な突撃に、サンジもかける言葉が見つからない。

 勢いの衰えない彼の背中を、黙って見送るしかできなかった。

 

 

「おい、下っ端‼ しっかりしろよ‼」

「さぁ、空気吸え‼ いい空気いっぱい吸え‼ 水飲むか⁉」

「そうだ、おれの特製プリン食うか⁉」

「バカ、中毒者に毒くわしてどうすんだよ」

「毒とは何だコラ、てめェに人のこと言えんのか‼」

「おれの肉料理は世界一の…」

「ガフッ!!!」

「「死ぬな下っ端ァ‼」」

 

 毒が回っているためか、それとも周りがうるさすぎたのか、血を吐くギンにパティとカルネは慌てる。

 任されたばかりだというのに、ギンはいまにも死にそうになっていた。

 

「よく持ちこたえさせたよ、あんたたち‼」

「新入りィ!!?」

 

 そこへ現れたエレノアに、二人は期待と困惑の混じった目を向ける。

 二人だけではどうにもならなかったために、きてくれたことは喜ばしい。だが正直エレノアにどうにかできると思えなかった。

 

「ちょっと離れて、ギンの体内の毒を中和するから‼」

「ち、中和⁉ できんのかよそんなこと⁉」

「毒の成分さえわかればね。それに少し手間取った‼ でも、もう大丈夫‼」

 

 目を見開くパティを、エレノアは説明する時間も惜しいとばかりに押しのける。

 パンッと手を合わせ、激しく痙攣するギンの胸に手を当てた。

 

「間に合えよ……!!!〝祝福健泉(スレーン・レイク)〟…!!!」

 

 青い閃光が辺りを照らし出し、ギンの体を蝕む毒素をまとめて消し去る。

 先ほど集めた毒を解析し、その成分を〝理解〟さえできれば、あとは手順通り〝分解〟して取り除くことができるはずだった。

 

「…これでもう、これ以上ギンの体内に毒が回ることはないよ」

「ほ、ほんとかァ⁉」

「毒を分解して、無害な物質に作りかえた……でも、毒に侵された部分は、私じゃ直せな(・・・)い……‼」

 

 普通じゃない解毒方法ではあっても、万能ではない。

 これ以上手の出しようがないエレノアは、自分の未熟さと無力さに歯噛みする他になかった。

 

「あとは、ギン自身の回復力に懸けるしか…‼」

「お、おおお…‼ が、頑張れよ下っ端ァ‼」

「死ぬんじゃねェぞ‼ クリークの奴は雑用が…いけるかなあ?」

「バカ‼ そこはおまえ、信じてだなァ…‼」

「無理だ…! あの人に、勝てるわけ…‼」

「そのへんは…」

 

 眉を寄せるパティとカルネに、エレノアはなんということはないという表情を向ける。

 その目は、いままさに激闘の音を響かせる海上に向けられていた。

 

「心配する必要ないと思うよ」

 

 鋼の鎧に無数の武器、無敵を誇ってきたクリークはいま……名もなき若き海賊によって猛攻を食らっていた。

 体に槍が突き刺さりながら、爆撃を何度も食らいながら、それでも立ち向かってくる青年に、クリークは煮え湯を飲まされ続けていた。

 

「…あの野郎、やりやがるぜ…」

「……」

「ね? 言ったでしょ?」

 

 剣山のようなマントで身を守っても、それごと殴りつけられて膝をつくクリークを見て、エレノアは笑みを深める。

 

「…ウーツ鋼の鎧もダイヤモンドの拳も、全身に仕込んだ無数の武器も、結局は人間が作った武器。なら、人間の力で壊せない道理はない」

 

 爆撃によって黒焦げになりながらも、硬いウーツ鋼の鎧に幾度も掌底を叩き込み、ヒビを入れるルフィが、駄目押しとばかりに両腕を伸ばす。

 

「そしてそれら、ただの道具は…己の奥底を貫くたった一本の槍にはかなわない」

「〝ゴムゴムの…〟‼」

 

 消して砕けぬ槍を備えた彼の目に、クリークは完全に気圧されていた。

 

「〝信念〟という大槍には!!!」

「〝バズーカ〟!!!」

 

 両腕から繰り出される渾身の掌底が、鎧もろともクリークの腹のど真ん中を貫く。

 鎧を破壊した威力がそのままクリークに襲いかかり、意識が一瞬で刈り取られかける。

 だがクリークはしぶとく、さらに隠し持っていた網をルフィに絡ませた。

 

「うかれるな!!!!」

「うわっ‼ 生きてた‼」

「クハハハハハ‼ 逃げられんさ、鉄の網だ!!! 下は海だぜ!!! 勝負あったなカナヅチ小僧ォ‼ 引きずり込めばてめェは溺れ死ぬ‼」

 

 死なば諸共、いやルフィだけを溺れさせて自分だけは助かろうという魂胆か。

 しかしそれでも、ルフィは諦めていなかった。

 

「勝負の果てに笑うのは常に、おれだと決まってる!!!」

「手足が出せれば、こっちのモンだ!!!」

 

 網の間から手足を伸ばし、クリークに向かって勢いよく伸ばす。

 クリークの顔面を両足で挟み込むと、両足をぐるぐるとねじってきつく縛り上げた。

 

「てめェら援護しろ!!!」

「は‼ はい首領・クリーク!!!」

 

 危機を悟ったクリークが部下たちに命令する。

 だがそんな彼らは、ギロリと恐ろしい目で睨みつけてくるサンジに止められていた。

 

「止めとけ、オロすぜ」

「ひいっ‼」

 

 部下たちの援護もなく、使える武器もなく、クリークはもうされるがままだった。

 ねじれた両足が元に戻り、それによって挟み込まれたクリークの体が回転する。

 

「〝ゴムゴムの〟ォ!!!〝大鎚〟!!!!」

 

 回転の勢いをつかせたまま、ルフィは敵をハンマーのように振り下ろし、船の残骸に向けて叩きつける。

 鎧を失ったクリークは、その一撃に耐えきることはできなかった。

 

「あああああああああ!!!」

「首領・クリ―――――ク!!!」

「やったぜ雑用ォオ!!!」

「や……や、やりやがった………‼ 海賊艦隊提督首領・クリークを…」

 

 クリーク海賊団の悲鳴が、コックたちの歓声が響き渡る中、死闘を終えたルフィは目を閉じ、鉄のあみに囚われたまま海へ落ちて行く。

 たった一人で立ち向かった青年に、ゼフは呆れたような目を向けて呟いた。

 

「…………クリークのかき集めた艦隊も武力、百の武器も毒も武力なら、あの小僧の〝槍〟も同じ武力ってわけだ」

 

 言葉を失うサンジに向けて、ゼフは皮肉げに笑ってみせた。

 

「下らねェ理由で…その槍を噛み殺してるバカを、おれは知ってるがね…………何してる。さっさと助けてやれ。あいつは浮いちゃ来ねェぞ。悪魔の実の能力者は海に嫌われカナヅチになるんだ」

「‼ バ…バカ野郎、それを早く言えよクソジジイ!!!」

 

 ゼフの一言で我に返ったサンジが、慌てて海に飛び込む。

 その必死な姿に、ゼフもエレノアも苦笑する他になかった。

 

「おれが最強じゃねェのかァ!!!」

 

 その時、ひび割れたような怒号が響き渡る。

 エレノアとルフィを抱えて海から上がったサンジが視線を向ければ、そこには白目を剥き、血反吐を吐き続けるクリークが駄々をこねるように暴れている光景があった。

 

「誰も、おれに逆らうな!!!! 今日まで全ての戦闘に勝ってきた‼ おれの武力に敵うものはありえねェ!!!」

「やめてください首領!!!」

「そんなに叫んだら体が…!!!」

「首領を抑えろ!!! もう意識は失ってる!!!」

「おれは勝ぢ…ガ…勝ぢ続ガ…ア!!! 勝ぢ…おれは最強の男だ!!!」

 

 勝者であり続けることにこだわり、自分の敗北を認められずに立ち上がろうとしている哀れな男に、エレノアは不快げな目を向ける。

 その声が、唐突に途切れた。

 

「首領・クリーク…おれ達は敗けました。潔く退いて、ゼロから出直しましょう」

 

 未だ青い顔色のギンが、クリークの腹に拳を入れ、強制的に黙らせたのだ。

 自分の倍はある体格のクリークを肩に担ぎ、ギンは不敵に笑った。

 

「世話になったな、サンジさん…」

「おォ…おととい来やがれ」

「おい下っ端‼ お前毒吸ってんだぞ猛毒っ‼」

「しかも、てめェを殺そうとしたその男連れてどうしようってんだ‼」

 

 まだ何か企んでいるのかとパティたちが騒ぎ出すが、ギンは吹っ切れた様子で、眠りこけているルフィに目を向けた。

 

「サンジさん…その人が目ェ覚ましたら言っといてくれるかい。『〝偉大なる航路(グランドライン)〟でまた会おう』ってよ」

「…まだ海賊やる気なの?」

「よく考えてみたら、おれのやりてェことはそれしかねェんだ。いつの間にか首領・クリークの野望は、おれの野望になってたらしい…」

 

 以前よりも生き生きとした表情でそういうギンだが、突然口から大量の血を履いて体を傾がせた。

 目を見開くエレノアたちだが、ギンは構うことなく立ち続けていた。

 

「もしかしたら…おれは。もうあと数時間の命かも知れねェな…悪いな……せっかく毒抜いてもらったってのに……」

「………あんたの命だ。自分のため(・・・・・)に使うってんなら、好きにしなよ……」

「ああ…時間がねェから覚悟が決まるってのも間抜けな話だがいい薬だよ。今度はおれの意志(・・・・・)でやってみようと思う…好きな様に。そしたらもう、逃げ場はねェだろ?」

 

 死にかけで大言を口にするギンに、エレノアは呆れた目を向ける。

 それでも、無駄死にを望んでいるわけではなさそうであるために文句はなかった。

 

「何が首領への忠義だ! おれは今まで首領クリークの名を〝盾〟に逃げてただけだ。覚悟きめりゃあ、敵が恐ェだのてめェが傷つかねェ方法だの、下らねェこと考えなくて済むことをその人に教えてもらったよ…‼」

 

 エレノアはギンをじっと見つめ、やがて深いため息をつくと、翼を使って一階に降りる。

 もう一度手を合わせ、ガレオン船の残骸に触れると、バラバラだったそれは一瞬で集まっていき、一隻の小型の船へと変化した。

 

「…餞別。出来はそこまでよくないけど、どうせあんたたちの乗ってきたものだから、好きに使いなよ」

「………‼ 十分だ…もったいねェくらいだ」

 

 少女が見せる不思議な技に見とれていたギンは、これ以上ない贈り物に不敵な笑みで答える。

 海賊たちや気絶したクリークとパールを積み上げ、沈みそうになる船に乗ってから、ギンは改めて振り返った。

 

「じゃあな。ありがたく貰ってくよ。返さなくていいんだろ? この船」

「返しに来る勇気があったら来てみれば?」

「ああ…また歓迎してやるよ」

「おっかねェレストランだな」

 

 挑発じみた捨て台詞に苦笑し、ギンはわずかな期待を抱いて、サンジとエレノアを見おさめる。

 そんな彼を、他のコックたちも勇ましい態度で見送った。

 

「おーよ、脳ミソに打ち込んどけ。ここは戦う海上レストラン『バラティエ』だ‼」

 

 海賊よりも恐ろしいコックたちのいるレストランを後にし、落ちぶれた海賊たちは再び海へと向かうのだった。

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