ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
ばくばくがつがつむしゃむしゃ!
目の前に置かれた果実を1人一つずつ、痩せ細った人々が掴んでかぶりつく。
口の周りが果汁まみれになるのも構わず、あっという間に瑞々しい食物を平らげ、ごくりと飲み込んで深い息をつく。
「「「食ったァ〜〜〜…!!!」」」
思わず漏れ出る安堵の声。
命を繋いだ事を喜ぶ人々の中には、涙を流す者もいた。
「あァ…‼︎ 生き返る…‼︎」
「果汁が全身に染み渡っていくぜ……」
「ありがてェ…本当にありがてェ…!!!」
口々に感謝の言葉を漏らし、手を合わせ拝む人々。
彼らに見つめられる先で、エールはにこにこと満足げな笑みを浮かべて岩に腰掛けていた。
「やだな〜も〜、みんな大げさなんだよォ! ちょっと擦りむいただけで全然大した事ないよォ〜」
けらけら笑う少女だが、その体のあちこちには血が滲んでいて痛々しい。
そんな彼女の頭や腕、足、腹にぐるぐると、比較的清潔な布を裂いて作られた包帯を巻きつけ、1人の女性が目を吊り上げる。
「笑い事じゃないわよ‼︎ そんな血まみれ傷だらけで大丈夫なんて言われて信用できるわけないでしょ!!!」
「平気だってばケイちゃんたら。こんなのツバつけときゃ治るよホラ」
「治るか!!! 医学ナメんな!!!」
本来安静にしているべき大怪我だというのに、毛程も痛がる様子を見せない少女に吠えるケイという女性。その怒声にも、エールはただ笑うだけだ。
「いやァ〜〜腹いっぱいだ‼︎ おかげで命拾いし……」
そう明るく告げるのは、皮膚がだるだるに伸びた青年。しぼんだ風船のような肌のせいで実際より老けて見える彼は、口周りの果汁も余さず舐めとり腹を撫でる。
が、その瞬間大きな腹の虫が鳴り、その場にいた全員がぴしりと硬直する。
「足りないみたいだね⁉︎ もう一回採りに行ってくる!!!」
「やめんかァ!!!」
腹を空かせた仲間の救いを求める声に、エールがすかさず踵を返し森へ向かおうとする。
慌てて引き止めるケイの後ろで、腹を鳴らした青年が他の者に殴られていた。
「鳴らすな‼︎」
「鳴らすな‼︎」
「ごめんなさい!!!」
ごん、ごんっ、と。
せっかく食べた食物で得た体力を浪費しながら、痛々しい鈍い音が島に響き渡るのだった。
───名もなき島の端の端。
ここは島の安全地帯……否、見捨てられた土地。
栄養に乏しく植物も育たないこの一帯は、猛獣達も寄って来ず、
流れ流されてきた弱者達が身を寄せ合う安息の地。
しかし、争いは無いが、幸福も無い。
痩せた土地に恵みは一つもなく、集う者に待つのは飢えばかり。
誰も彼もがガリガリに痩せ細り、骨と皮だけに成り果てて。
生き残るには───命を賭して戦場に赴かねばならなかった。
「ジーちゃん、具合どう?」
固く渇いた地を蹴り、座り込む老人の元へ向かうエール。
ぼろぼろの衣服を纏った老人は、ふるふると震えながら弱々しくエールを見上げ、ぎこちない笑みを浮かべる。
「あ…あァ……だいぶいいよ。貰った薬ですっかり元気じゃ…」
「わかった‼︎ じゃあまた採りに行っておくね‼︎ おばさん、お腹の子は元気?」
「順調よ〜、エールちゃんがたくさん食べ物分けてくれたから、すくすく育ってるわ〜」
「それなら良かった‼︎ 今晩は冷えるみたいだから後で毛布渡すね‼︎ おっちゃん、脚の調子どォ〜? ばっちゃん! 腰痛くない? チビちゃ〜〜〜ん‼︎ 元気でしゅか〜〜〜〜⁉︎」
1人1人と顔を合わせ、目を合わせて話しかけ、様子を伺う。
元気一杯といった様子で跳ね回り、老若男女関係なく、エールは島の住民達の為に声を上げ、動き続けていた。
それを、薬と毛布を渡された老夫婦がじっと眺めていた。
「…優しい…いい子じゃなァ」
「そうだなァ……自分の事は後回しで………他人を助け続けて。島中の皆を愛して…慈しんで……」
はっきり言って、老夫婦の具合は芳しくない。
肌は青白く、体は骨のように痩せ、今この瞬間にぽっくりとあの世に呼ばれてもおかしくない程に弱り切っている。
だがそれでも、飛び回る少女を案じて気力を振り絞っている様子だった。
「あの日から数年………ワシらはいろんなものを失い続けてきた………国も…土地も…暮らしも……人も…何もかもを」
「正直皆が諦めてる………自分の事すらどうにもならねェこの地獄で、生きる事すら諦めてる。だが………あの子は決して折れやしない。自分の手の届く場所にいる誰かを助けようと………一生懸命に戦っている」
「エールちゃんこそ…………わしらの〝王〟じゃ」
己よりも他人を。そして偉ぶる事なく、常に皆の前に立って行動する。
他人の事など慮れないような劣悪な環境でそこまで行動し続けられている彼女に、誰もが心動かされていた。
……だが、そうではない者達もいた。
「…チッ、何が王だよ、くだらねェ」
人々の輪から離れ、たむろする数人の男達。
その中の1人は称賛する老人に向けて吐き捨て、次いでエールに憎憎しげな視線を向けて唾を吐いた。
「あの無能のコウモリ野郎の娘がそんな立派な奴なわけないだろ……………村八分にされたくなくて必死に人気取してるだけだ」
「………そんな事言うもんじゃねェ。その口閉じな」
「事実を言って何が悪いんだ……あいつはあのクズの同類だ。信用なんかするもんじゃねェ」
他の住人から警告されても、男は罵倒の言葉をやめない。
がりっ、とエールが採ってきた果実を乱暴にかじり、汚く食い散らかすと残った芯を放り捨てる。
「お前…‼︎ 文句があんなら食うんじゃねェよ‼︎ それはエールが命がけで採って来た果物だぞ!!?」
「そうだ‼︎ お前に食う資格はねェ‼︎」
「黙れよお前!!!」
「はっ‼︎ 罪人がおれ達の為に食い物を調達するなんて当たり前の事だろ‼︎ ホントならこんなもん食いたくもねェのに我慢して食ってやってんだ!!! ありがたく思いやがれ‼︎」
目に余る言動と行為に、いきり立った住人達がよろよろと立ち上がり、男を睨みつけて怒鳴る。
しかし男は臆す様子もなく、それどころかエールに味方する住人達にも敵意を向け、齧った果肉を撒き散らしてさらなる暴言を吐いた。
「いい加減に……‼︎」
「やんのかてめェ⁉︎」
受け取った善意を無碍にする、畜生にも劣る態度。
かっと頭に血を昇らせた住人の1人が男の襟首を掴むと、男も負けじとつかみ返す。
張り詰める空気の中、互いの襟を掴む手にそっと、小さな手が被せられた。
「ケンカはダ〜〜メ。みんな仲良く…同じ島の仲間なんだから」
にこり、と先程と変わらない穏やかな笑みを浮かべ、2人を宥めるエール。
一切の邪気が感じられないその笑顔に、住人はたじろぎ勢いをなくし、反対に男は余計に苛立った顔になる。
しかし男はそれ以上何も言わず、住人の手を乱暴に振り払って踵を返した。
連れと共に何処かへ歩き去っていく男の背を見送り、エールは苦笑しながら頬をかいた。
「ははは……しょうがないなァ」
「…気にすんなよ、エールちゃん」
「してないしてない。平気だよ」
住人の慰めの声に、エールはひらひらと手を振って答える。
住人は呆れたような感心したような、困り顔で息を吐いて、エールを置いてその場を離れる。
平然とした様子のエール。
彼女の手が、かたかたと小刻みに震えている事に、そこにいる誰も気付かずにいた。
「………………」
荒れた岩場に集まる人々。彼らの中心で焚かれる火。
極寒の冬のように冷え込む、島の唯一の安全圏でどうにか暖をとり、何十何百日目の夜を越そうとする住人達。
それを見下ろす一羽の巨大な存在があった。
真紅の羽毛に身を包み、巨木の枝にとまって静かに佇む巨鳥。
夜闇の中でも美しく輝く緑の目は、燃える焚き火のすぐそばで、忙しそうに動き回る少女をじっと見据えていた。
「はいコレ。私の分使って……まだ寒いと思うけどないよりはマシだしね」
そう言って、エールは手に入れて来た大きな布を1人の妊婦に手渡す。
受け取る妊婦だが、渡されたそれは暖をとるには心許ない、薄い襤褸の布で、僅かながら表情に不安が現れていた。
「あ…あァ…ありがとうねェ」
「ごめんね。明日は食糧以外に何か包まれるものも見つけてくるから、それまでちょっと我慢してね?」
困り顔でぎこちなく礼を言う妊婦の表情に気づかないふりをしながら、エールは手を合わせて詫びる。
その際、発した声が白い息に混じり、エールはぶるりと全身を震わせた。
「足りないのは食糧だけじゃない………寝床も服も…このままここで暮らし続けるには何もかもが足りない。どうすりゃいいんだ………」
エールのそばで縮こまり、襤褸布で足の指先まで包まって暖をとる男がそう呟く。
不安が周囲に伝播し、しんと思い沈黙が降りる中、首をすくめて丸くなっていた誰かがぼそりと呟いた。
「…王の部隊が戻ってきてくれりゃあ……もしや」
「…………あんなのに期待すんじゃねェ。どうせ何もできやしねェ…どっかで野垂れ死んでやがるだろうよ」
「やめろ……そんな話」
一人がこぼし、広がった不満の意識は消える事なく、人々はそれぞれの目に暗い感情を滲ませ、黙り込んだ。
エールはじっと口を閉ざすと、やがて歩き出す。それに気づいた1人が顔を上げ、訝しげに首を傾げた。
「…………どこに行くんだ」
「目ェさえちゃっててねェ………見張りも兼ねてしばらくその辺歩いてくるよ。じゃ、おやすみ〜」
呼び止められ、エールはにへらとゆるい笑みを返し、手を振りながら、1人森の中に向かっていった。
さくさくと草木をかきわけ、ぬかるんだ地面を進み、住人達の声が聞こえないある程度の深さまで入り込む。
そこは、幾本もの巨樹が生え並ぶ密林。
猛獣達の戦場と安全地帯、そのぎりぎりの境界に属する領域。
高々と聳え立つ巨樹の根元に立ったエールは、幹に背中を預けると、その場にずるずると崩れ落ちていき。
「────…ハァッ…‼︎ ハッ……ハッ……ハ……ハヒュッ…カヒュッ……ヒュッ……ヒュゥッ………!!!」
腰を下ろすや否や、荒い呼吸が少女の口から溢れ出す。
目を見開き、顔中に冷や汗を噴き出させ、がたがたとひとりでに震えだす体を自ら抱き締める。
青ざめた顔は、決して夜の暗さによるものだけではなかった。
「……怖かった……‼︎ 怖かった………こわ…怖かった……怖かった…怖かっだ…怖がっだ怖かっだ怖がっだよォオ…!!!」
肺がうまく息を吸ってくれない。脳がまるで働かない。
がちがちと歯を鳴らし、涙をこぼし、エールは胸の内に封じ続けてきた本音を決壊させる。
氷塊を体内に入れられたような恐怖に苛まれ、少女は只管に震え続けた。
脳裏に浮かぶのは、昼間の地獄。
食料を得るために単身危険な森に飛び込み、猛獣達の目をかいくぐりながら果実のなる木を目指そうとし。
ぶつかり合う怪物達の余波に巻き込まれ。
樹々と共に薙ぎ倒され、潰されかけ。
己の存在に気付いた猛獣に狙われ、殺されかけ。
幾度も幾度も襲いかかってきた命の危機が、窮地を脱した今でも彼女の心を苦しめていた。
「い…いィい……生きでる…生き…いい"……生きてる、生ぎでる"!!! 生きでる!!? い…い…生きてる"よォ!!!」
もはや、今この場が現実であるかどうかすらも怪しい。
心臓はちゃんと動いているか、この痛みは本物か、自分の感覚すら信じられなくなっていた。
「死ぬかと思った……死んだと思った………!!! で、でも生きてる………生きてる…!!!」
間近に感じた『死』は、とてつもなく恐ろしかった───何もないのだ。
死ねばそこで終わり。ただ消えて無くなるだけなのだ……少女はそう突きつけられた。
「い、痛かった…スゴい痛かった…!!! 死ぬと思った…!!! 死んだど思っだ……!!! ころ…こ…ころっ…‼︎ 殺されるど思っだ…!!!」
生存に安堵するよりも、痛みに悶えるよりも、ただひたすらに恐ろしい。
理不尽なまでの力に、人などとは比べ物にならない狂気と殺意によって、無意味に殺され潰される、そんな絶望がたまらなく恐ろしかった。
「はひィっ…はっ…はひゅっ……‼︎ ウッ…」
喉奥から込み上げてきたものを、エールは止められなかった。前のめりに倒れ込み、地面に手をついて胃の中のものを遠慮なく吐き散らす。
ほとんど胃酸しかない内容物がビチャビチャと落ち、酸味が口いっぱいに広がった。
「たす…けて、たすけて……!!! だれかァ…………たすけてよォ…!!!」
堪えていた感情が溢れ出す。偽っていた心の仮面が剥がれ落ち、弱く脆い本来のエールが露出する。
だが、誰も来ない。自分から離れてきたために、誰もエールの苦しみに気づかない。
このまま苦しみに飲まれ、心も体も壊れてしまうのか……そう思った刹那。
ふわりと、エールの背中を暖かい何かが包んだ。
「………アンク」
自分を包んだそれ───赤く暖かい、燃えるような羽毛に、エールははっと我に返る。
口周りを吐瀉物で汚したまま、エールは羽毛の持ち主───つんと視線を逸らして佇む、巨大な鷹の怪物を凝視し。
やがて、くしゃりと顔を歪め、ぼろぼろと大量の涙を溢れさせた。
「わァ…あ……うわあああァ…!!!」
真っ暗な夜の闇の中。
痛々しく弱々しい、少女の鳴く声が長く響き渡った。
「…今日も…助けて貰っちゃったねェ………」
無言で佇む巨鳥……〝空の王〟と呼ばれる怪物・アンクに寄りかかりながら、エールは疲れ切った様子で呟く。
全身全霊で泣くうちに、呼吸も鼓動もいつの間にか収まっていた。
「………もう、何度目かねェ……食料集めに森に入る度に、いつもどこかであいつらの争いは起こる…………互いの肉を、縄張りを巡って毎日毎日大暴れ…………」
か細く途切れそうな声で、エールは秘密の友人に語りかける。
こんな関係、住人達には絶対に見せられない。
傍らで語る彼女に、巨鳥アンクは興味がないような素振りを見せながら、静かに耳を傾けていた。
「そんな争いを、あんたは颯爽と空から現れて鎮めちまって………〝空の王〟とはよく言ったもんだねェ………」
「…………」
「おかげで私も助かったし……食料も採れた。飢えたみんなも助かった………いつもいつも……ありがとうねェ」
エールの感謝の言葉に、アンクは何も答えない。虚空を見つめたまま、ただ隣に寄り添い続けるだけ。
エールにとっては十分な慰めだったが、だからこそ疑問だった。
「……なァ、どうしてだィ? どうしてあんたは私を助けてくれるんだィ? こんな…木っ端みたいな小娘1人…………どうして気にかけてくれるんだィ…? それがどうにも……不思議でならないんだよ」
言葉を発さない巨鳥の思いは、何もわからない。
ただどんな考えがあろうと、自分のそばにいてくれる彼を疑うつもりは一切なかった。心が温もるのを感じながら、羽毛の柔らかさを堪能していた。
「はァ…寒……………アンクの羽毛はあったかそうだねェ、もうちょっとだけヌクヌクさせ────」
森に寒風が吹き抜け、ぶるっと震えるエール。
もう少しぬくもらせてもらおうと隣の友人に抱きつこうとし。
めぎゃっ、と。
彼女の顔面に巨鳥の足が当てられ、ぐいっと強引に押しのけられた。じたばたと慌ててもがき、張り付いた足を払いのける。
「…〜〜〜〜ぶはっ!!? は……ちょ、ちょっとアンク‼︎ 調子に乗ったのは悪かったけど一端の淑女にやる事じゃなくないかィ!!?」
抗議の声をあげ、アンクを睨むエール。
そんな彼女にアンクはようやく視線を向けるが、その目はじとりと呆れたような冷めたものだった。
「…ヒョロロ」
「あァん⁉︎『お前のどこが淑女だ?』だとォ!!? 貴様よくも人が気にしてる事を情け容赦なく言ってくれたなァ!!!」
「ピィ〜〜ヒョロロロ〜〜〜ロロ」
「誰が万年ちんちくりんだァ!!! 見てろよお前‼︎ いつかそのうちお前がびっくり仰天するくらいのいい女になってやっかんなァ!!?」
人の言葉など微塵も口にしていないのに、それがどんな蔑みの意味を持っているのか瞬時に察したエールは烈火のごとく吠える。
ぴーちくぱーちくと、しばらくの間騒ぎ続けたエールだったが、やがて口を閉ざし、大きな溜息と共に俯いた。
「………わかってるよ。こんなところでいつ来るかわかんない未来の話したって仕方ない事ぐらい……」
目を伏せ、膝を抱える。
自分の行いは、ただの自己満足。そして、自己弁護。自体の根本的な解決に至る事はできないのだ……それを痛いほどに理解していた。
「島にいるのは女子供と動けない老人ばかり………動ける若い人達はみんなあの戦いで死んだか………父様が連れてってそのまんま帰らず。……私が何とかみんなを助けてあげないと」
「…ヒョロロロ」
「………見捨てるなんて、できないよ。だって……そうしなきゃいけないから」
苦笑し、首を横に振るエールに、アンクはさらに呆れた様子で目を細める。だがやはり、少女の行いに対し止める素振りは見せない。
「…じゃあね」
皆を助ける、自己犠牲も厭わない心優しい強い心の持ち主、
そんな仮面を被りなおし、エールは立ち上がると、唯一の友人に見送られながら、住人達の元へと戻っていった。
───それは、数日後の早朝の出来事だった。
その出会いが、少女エールを………
のちの陽炎島の運命を大きく狂わせる事になる。
「今日は珍しく凪いでるねェ………昨日はあれだけ大荒れだったってのに。…今日は釣りにしようか」
安全地帯に属する波打際。普段なら荒々しい波が打ち付け、釣りどころか近づく事もできない危険な場所。
その日の朝はなぜだか落ち着いていて、エールは手製の釣竿を担いでその場に赴いていた。
「…ん? んんんんん⁇」
そこで、ふと気付く。
岩場に何か引っかかっている。ずぶ濡れになった何かの動物のような、人間大の何かが打ち上げられている。
猛獣達の子か、と警戒しながらそっと近付いて。
それが、俯せで倒れる人間の女である事がわかり、はっと表情を変えた。
「こりゃマズい………誰か…!!! ……って、誰もこっちにゃ近付かないのにいるわけないよねェ…‼︎」
わたわたと慌てたエールは、すぐさま女の元へと近づき、ぐったりとした体を抱き起こした。
硬い背中の感触で、女は目を覚ました。
重い瞼を強引に開き、ぼやけた視界がはっきりとしていく様を見上げる。
その際、自分のそばで腕を組んで座り込む少女の存在に気付き、訝しげに眉間にしわを寄せた。
「…あの…ここは…」
「………………んァ? あ…あァ、気がついたかィ。おはよう…気分はどうだィ?」
女が目覚め、掠れた声で話しかけられ、こっくりこっくりと船を漕いでいたエールもはっと目覚め、容態を伺う。
「あなたは…」
「あんたを拾った者さァ………じっとしてな。大人しく寝てる事さね」
ゆっくりと身を起こす女をなだめ、エールはほっと安堵の息をつく。
同時に、新たな島の
「私はエール。ヒノ・エールさァ………あんたは?」
エールのそんな問いに対し、女は。
鼠の耳と尻尾を生やし、鳩の翼を背中から生やした、全身真っ白な女は、血の色をした目を細めて笑みを浮かべた。
「テオフラストゥス・ラケル────ラケルとお呼びください、恩人様」