ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
匙に乗せられた、やや色の悪い粥のような物体ものが口元に運ばれる。
少し逡巡しながらもそれを加え咀嚼すると、奇妙な味わいが舌に広がり、女は顔を歪めかけ、しかし気力で押さえ込もうとした。
「…なんというか、その………個性的な味ですね」
「あはは…気にしなくていいよォ。料理はそこまで得意じゃなくてねェ………」
流木や巨樹の破片を合わせて作った、家とも呼べない必要最低限の屋根の下。
エールはその中に敷いた簡素な布団に女を寝かせ、自作の灰色の粥もどきを食べさせていた。
見た目通りの酷い味らしいが、救われている立場にある女に文句を言うつもりはないようで、黙々と差し出されるそれを腹に収めた。
「しかし驚いたよォ? ゴミに混じって浜に流れ着いてんだもの。…しかし、こんな牢獄の島に流れ着いちまう不運な奴が他にもいるとはねェ」
「…………得体の知れぬ私などに斯様なお慈悲をいただき、本当に感謝いたします」
皿を空にし、改めて女───ラケルがエールに向き直って礼を述べる。
しかし同時に、枝のように細いエールの四肢を見つめ、申し訳なさそうに顔を歪めた。
「しかし、ここまでしていただいて申し訳ないのですが………あなた自身、あまり栄養状態がよろしくないものと思われますが…よろしかったので?」
「ん? あー良い良い、気にしないでいいよ。好きでやってる事だからねェ」
食器をかたかた鳴らして片付けながら、ラケルの詫びの言葉に手を振るエール。相手を安心させるように、いつものにこやかな笑みを浮かべる。
「どこの誰だろうと、どんな奴だろうと………この島に流れ着いた以上は仲間で、家族さァ……助け合うのが当たり前だよ」
「………本当に、慈悲深い方ですね」
ラケルはじっとエールを見つめ、目を細める。
笑顔を保ち続ける少女に何か感づいた風だが、簡単なのか呆れなのか、形容しがたい抑揚のない声でぽつりと呟いた。
「このような隔たれた過酷な環境で暮らしているとは思えないほど……とても………不思議な方」
「不思議なのはそっちだと思うけどねェ……何なんだィ? その羽は」
エールは思わず半目になって、ラケルの姿をじろじろと不躾に見てしまう。
鼠の耳と尾、鳩の翼というあまりに奇妙な出で立ち。普通の漂流者ではない事は間違いない。
「そういう姿をした種族なのかィ? 初めて見たよ。なんだかおとぎ話の存在が本物になったみたいな、不思議な存在感があるねェ………
「不思議………そうですね、不思議ですよね? 私もそう思います…………」
そんなエールの疑問の声に、ラケルは思わず苦笑を浮かべていた。
ぱたぱたと耳を動かし、翼を軽く羽ばたかせ、自分の体を見下ろし撫でる。
その様はなんというか、誰かに依頼し、作ってもらった作品を眺めるような、満足さと不満さが混ざったような奇妙な態度だ。
「何だィ? 自分の体の事だろうに……そんな他人事みたいに。…まァ、何でもいいさ。詮索はしないのが主義でねェ、元気になってくれさえすればそれで十分さァ」
少し気になったエールだが、詳しく問い質す事はせず、視線をラケルの顔に戻す。種族がどうであれ、この島に流れ着いた以上は同類なのだ。
「そんで────ん?」
これからどうするか、そう尋ねようとしたエールは、ふと自宅の近く……森の入り口付近が騒がしい事に気付き、ぱっと振り向く。
声の方へ向かってみれば、他の住人達が森の入り口付近にぞろぞろと集まっているのが見えた。
「…戻ってきた?」
「お父‼︎」
「父ちゃん!!! 父ちゃんが帰って来た‼︎」
ばたばたと走っていく女子供、よろよろと向かう老人達。
歓声をあげ、森の入り口の周りに集まって輪を作り、わくわくと目を輝かせていた。
「………? 何です…?」
「狩りに行ってきた奴らが戻って来たぞ!!! 迎えろォ‼」
エールの後について外に出てきたラケルの疑問に答えるように、駆け出した男達も輪に加わる。
全員が期待に目を輝かせ、胸を高鳴らせ、そして何より……欲望に目を輝かせていた。
「戻ってきたって事は………何か成果があったんだな⁉︎」
「に…肉か? 食い物はあるか⁉︎」
「うおおおお〜〜〜〜!!! 勇者達が戻って来たぞォ〜〜!!!」
住人達の喝采の中、森の入り口に複数の人影が浮かんでくる。
薄汚れた鎧、刃の欠けた武器、泥や煤にまみれた装いをした、待っていた住人達より比較的体に肉がついた男達。
何かを引きずって戻ってきた彼らを、人々は歓声と共に出迎えた。
「…いや…アレは」
騒ぎを見守るエールの表情に影が差す。
人々も、男達が引きずっているものが目当ての収穫ではない事に……布に乗せられ、引きずられる血塗れの男である事に気付くと、あっという間に静かになった。
「父ちゃん‼︎ 父ちゃん‼︎ とう………」
一人の男児が男達の中で父を探す。
期待と誇らしさでいっぱいだった彼の表情は、引きずられてきた、ぴくりとも動かない父の姿を見てぷつりと途切れた。
「………父ちゃん? なんで寝てんの? …真っ昼間から寝てたら姉ちゃんに怒られるよ? ………ねェ、ねェってば父ちゃん…」
男児は父のもとへと、覚束ない足取りで近づき、顔の近くに膝をつく。
ぐいぐいと体を押すも、肌から血の気の失せた男は何の反応も示さず、揺さぶられるままだ。
それでも父を呼ぶ男児の痛ましい姿に、別の男、右腕の肘から先を失った男が口を開く。
「坊主……おめェの父ちゃんは…………もう」
「………ウソだ、嘘だ。父ちゃん帰ってくるって言ってたもん。母ちゃんと約束したから…絶対帰ってくるって言ってたもん。父ちゃんはウソ言わないもん」
言葉を濁した男の言葉を男児は察し、しかしそれを受け入れる事はできず、ふるふると首を横に振って否定する。
ぼろぼろと両目から涙が溢れ、嗚咽に襲われる。
顔中をぐちゃぐちゃにしながら、しかしそれでも男児は父にしがみつき、起こそうと揺さぶり続けた。
「ど…父ぢゃんは……!!! づ…づ…強いんだも"ん"!!! 絶対おいじい肉獲っで帰っで来る"っでいっでだも"ん!!!」
そう叫んだ瞬間、男児の感情は爆発する。わっと声をあげて、父の亡骸に抱きつく。
人々は、仮に向かった男達は痛ましげに目を逸らし、唇を噛みしめる。エールもまた顔をくしゃくしゃに歪め、溢れそうになる感情を封じ込めようとした。
響き渡る男児の慟哭、それが不意に途切れた。
縋り付き泣き喚く彼に近づき、小さな体を蹴り上げ突き飛ばす者がいたのだ。
「このうるさいガキをどこかへどかせ。うるさくてかなわん…!!!」
どさっ、と倒れ込んだ男児を見やり、男達を率いていた長い髭の壮年の男が吐き捨てた。
冷酷な目が、道端の汚物を見るような目で男児を見下ろし、ちっと舌打ちをこぼす。
「お…王よ、それはあまりに…」
「うるさい!!! 黙れ‼︎ さっさとその邪魔なガキをどかせ‼︎ 目障りだ‼︎」
見かねた住人の一人が声を上げる途中で、壮年の男の側にいた若者が目を吊り上げ、怒鳴りつける。
壮年の男によく似たその若者は、苛立たしげに歯を食いしばり、より一層声をあげて泣く蹴り飛ばされた男児を睨みつけた。
「お前もいつまでもギャンギャン泣き喚くなァ‼︎」
感情のままに、手にしたぼろぼろの武器を振り上げる。人々の悲鳴が上がる中、若者は男児に向けて武器を振り下ろす。
だがその寸前で、エールが男児を抱きしめて飛び退き、胸の中に庇った。
「……!!! フン…出来損ないが、邪魔をする気か」
「……兄様」
「お前に兄などと言われたくはないわ!!! 奴隷女のガキの分際で!!!」
背中に一筋の傷をつけられたエールが、痛みを堪えながら振り向く。
兄と呼ばれた若者は醜く顔を歪めて吠え、やがて強引に自分を落ち着かせ、武器を振って付着した血を払い落とした。
「チッ…お前なんかをこれ以上斬ったらおれの剣が汚れる。……命拾いしたな」
ふん、と鼻を鳴らし、武器を下ろす兄。
エールは男児を抱いたまま、彼を落ち着かせるように背中を叩き、ぐっと唇を噛み締め黙り込む。
「お…王様……そんで………成果の方は」
緊迫する空気の中、住人の一人の老人が恐る恐る壮年の男に尋ねる。
すると男───〝王〟はぎろりと老人を睨みつけ、ぶんと手にした大刃の武器を突きつけた。
「黙れ愚民共!!! わかりきった事をわざわざ聞くな!!! 腹が立つ…‼︎ 当てつけのつもりか愚か者め!!!」
「め…めっそうもない‼︎ た………ただ…ただ…‼︎ わしらの大切な仲間が死んで何も成果がないとあっては……逝った奴らが浮かばれんと………」
目を吊り上げ、怒りを露わにした〝王〟の剣幕に震え上がり、首を竦める老人。ぶるぶると震え、逆鱗に触れた事を激しく後悔する。
だが、狩りに赴いた男達が武器の他に何も持っていない事実を前にすると、何かを言わずにいられなかったようだ。
「黙れ黙れィ!!! 私を怒らせるな‼︎ 役立たずの分際で物申すなど生意気な…何もできん木偶がしゃしゃり出るな!!!」
「………‼︎ コイツ…!!!」
「よせ!!!」
子供の癇癪のように喚き散らす〝王〟に、数人の住人達がかっと頭に血を昇らせて前に出る。
止める声も聞かず、感情の赴くままに拳を握り、振りかぶろうとした……直前に。
ごっ‼︎
一瞬のうちに振るわれた〝王〟の刃が、立ち向かおうとした住人達を襲い、まっぷたつに両断してしまった。
「文句があるようだな…………クズが」
しん、と静まり返る住人達。それ以降叛意を示す者は現れず、全員が心底怯えた様子で口を閉ざす。
〝王〟とその配下達が苛立たしげに佇む中。
ただ一人、エールがきゅっと唇を噛み締め、拳を握りしめながら、〝王〟の前に踏み出した。
「父様………もう…やめよう? あの猛獣達に勝つなんてムリだよ……強すぎるよ。父様や兄様達がいくら力があったって絶対敵わないよ…………‼︎」
じろり、と〝王〟の目がエールに向く。
エールは小刻みに震えながら、必死に勇気を振り絞り、住人達に恐れられる父に申し出る。
「別の方法を考えよう? みんなで力を合わせて…そうすれば誰も死ななくて済────」
エールの懇願が終わらないうちに、エールの視界が真横に飛ぶ。
一拍遅れてぱんっという破裂音を鼓膜が捉え、視界の中に拳を振り切った〝王〟の姿が映った。
「仮にもこの私の血を引く者が腑抜けたザマを晒すな!!! この痴れ者が!!!」
「……!!!」
「我が一族に生まれた数少ない女児だからと生かしてやっている恩を忘れて口を挟んだ上…情けない!!! それでも偉大なる王族の末裔か!!!」
倒れ込んだエールに、〝王〟の罵声がこれでもかとぶつけられる。
額が裂け、口の中に鉄の味が広がる。ぐらぐらと視界が揺れ、痛みと熱さに苛まれながら、エールは烈火の如く吠える父を真っ青な顔で見上げた。
「お前達にもわかっているだろう!!! あのバケモノ共を排除せねば我々に未来はない‼︎ あやつらがこの島に君臨している限り、我々は生き残ぬ‼︎ 我らの戦いは正義の戦いだ!!!」
怯えた表情で様子を伺う住人達に対しても、〝王〟は唾を撒き散らしながら吠える。喚く。叫ぶ。
ひたすらに傲慢で無情な王の態度を諌める者はいない。
いたとしても、すぐさま〝王〟の獲物の餌食となるだけなのだから。
「不愉快な………どいつもこいつも」
ぎりぎりと食い縛った歯を軋ませる傲慢な〝王〟。
その目がふと、倒れたエールに駆け寄ったラケルに……見慣れない他人に向けられた。
「………ソレは何だ、また拾ってきたか」
「と…父様…あの」
「愚か者めが!!! 余計な荷物を増やしおって疫病神め‼︎ 役にも立たん食い扶持が一人増えるだけでどれだけ手間がかかると思っている!!? 救いようのない馬鹿が!!!」
降りかかる怒号に、エールはひゅっと首をすくめて縮こまる。何十回何百回と受けてきた理不尽な叱責に、心が完全に屈していた。
「それの管理は全て貴様がやれ。出来ぬのなら……殺せ。自分で処理をしろ」
〝王〟は冷たく吐き捨てると踵を返し、男達を連れてその場を後にする。エールの兄、〝王〟の息子達もそれに続き、去り際にぺっと唾を吐いた。
集団が姿を消してから数分が経ってから。
それまで必死に口を閉ざしていた住人の一人……悪態が口癖となっている男が地面を蹴った。
「…くそっ! あの無能め………いつまで王でいるつもりだよ。威張り腐って喚き散らすばっかで、何もできやしねェのは自分のくせに」
「やめろ……聞こえたらどうする」
「言ってやりゃあいい‼︎ 全員でよ‼︎ てめェがどっちつかずにコロコロ立場を変えた所為で……‼︎ 戦いに負けた
「やめろっつってんだろ‼︎ ………それでもあの〝王〟の強さは本物だぞ」
仲間に諌められ、それでもなお遣る瀬無さにぶつぶつとぼやく男。
彼もまた苛立たしげに踵を返し、立ち去る前に、へたり込んだままのエールを見やって、小さく吐き捨てた。
「…胸糞悪ィ王族共め」
呪いの言葉を残し、去っていく男。
それを皮切りに、他の住人達も落胆に肩を落としながらとぼとぼとその場を後にする。
取り残されたラケルは、エールに案じるような視線を向けた。
「…エールさん」
「あはは…また…説得失敗しちゃった。はは……は…」
少女の乾いた笑い声は、いつもよりも虚しく聞こえた気がした。
「あてててててて…」
すっぱりと切り裂かれた背中の傷に、毒々しい緑色の粘液が塗られる。
一見体に悪そうだが、森に映える薬草を磨り潰し、こしだし、抽出した傷薬のようなもの。
エールが自身で命懸けで採集してきたそれを、ラケルが代わって塗りつけていた。
「やれやれ…しかし今回の遠征も失敗か。これでもう何回目かねェ………何人、何十人死んだかもうわかりゃしない。みんなを宥めるのもそろそろ無理が出て来るよ」
上裸になり、背中を向けたエールは痛みをこらえながら呟き、深い深い溜息をこぼす。
その声にラケルは、手ぶらで帰ってきた〝王〟達と、なんの収穫もない事に落胆し憤っていた住人達を思い出す。
何も成果を出さない暴君。その末路は想像に難くない。
「…また私が行かなきゃダメかねェ……」
「………なんだか大変そうですねェ」
「ん? あ…あァ、あはははは。まァ…うん、いつもの事だよ。問題ナシ問題ナシ」
どんな言葉で慰めたものか、無難な感想しか出てこないラケルに、エールはへらりと笑みを返す。
明らかに無理をしているが、エールはこれでも隠せているつもりのようだ。
「父様はプライドが高いからねェ…………敵を作ってばかりさ。だけど同じこの島に住んでる以上、助け合わなきゃ待ってるのは死だけさ……それに早く気づいてくれればいいんだけどねェ」
ラケルの指先が背中の傷を往復するたびに、酷い痛みが走っているのだろう。顔をしかめながらも、エールは泣き言一つ言わない。
今の島の状況に対しても、血が繋がっていても何の情も持ってくれない父に対しても。
「ここに流れ着いた以上、み〜〜んな同じ境遇の仲間……家族さァ。家族が助け合わないでどうやってこんなところで生き延びるってんだィ」
「家族……」
「そ、家族! ……どんなにどうしようもない人だって、見捨てちゃダメなのさァ」
けらけら笑って、力瘤を作って見せるエール。
笑顔の仮面で自分の心を押し隠す、少女とは思えない少女。
ラケルはそんな彼女をじっと無言で見つめ続け、やがて目を伏せると、閉ざしていた口をゆっくりと開いた。
「……ねェ、エールさん────この世の全てを掌握できる絶対的な力に興味はありませんか?」
不意に投げかけられた、謎の女性からの呼びかけ。
エールはきょとんと呆けた顔で振り向き、どういう事かと思わず視線で問いかける。
「私はあなたに恩がございます……あなたが私にお望みならば、あなたが望むものをご用意いたしましょう。過酷な島で生き抜く
「キバ……ツメ?」
「勿論…あなたの憎い嫌いな相手も容易く降せますわ。例えば……あなたのお父上とか」
うつむき、前髪で隠れたラケルの表情が読み取れない。
微笑んでいるようだが、なぜだか薄ら寒さを感じる。穏やかな表情の裏に何か、別の感情を隠しているような、異様な雰囲気が漂う。
黙り込んだエールに、ラケルは続けて問いかけた。
「何物もあなたに逆らえぬ…………逆らわせぬ力と叡智をあなたにお贈りいたします。他人の助けなど、一切必要なくなるほどの力を」
裸のエールの肩に、ラケルの手が重ねられる。
軽く優しい抱擁のような仕草だが、側からは決してそうは見えない。
例えるならば───暗闇から音もなく近付き、獲物に絡みつき締め上げ、捕食せんとする大蛇だ。
「さァ…如何ですか…?」
にこり、とラケルが笑う。目が釘付けになるほどに美しく、同時に目を離せなくなるほどに恐ろしい笑み。
彼女の誘いに、エールは少し考え込むと。
「ん〜〜…そういうのはいらないかなァ」
と、あっけらかんといった様子で首を横に降った。
ラケルの雰囲気の変化にも、表情の悍ましさにもまるで気付いていない様子で、へらっと気の抜ける笑顔を返した。
「………いらない、とは?」
「生きてるだけでじゅーぶん、他は特になんもいらないね。父様は………うん、まァ、いいよ。別に、殺したくはないさァ」
エールの態度に、強がる様子は見られない。
本気で復讐を望まず、父や兄に対する殺意を抱いていない。
ラケルは思わず目を大きく見開き、続いて本気で呆れた様子でエールを凝視した。
「………あんな目に遭わされても、それでも家族と呼び続けられるのですか…?」
「呼ぶよ。親がいてこその子供だもん」
「……憎いとは思わないのですか? たとえ親だからって…やっていい事と悪い事があるのでは」
「憎まない。憎んだって何にも解決しないからねェ…………無意味にお腹がすくだけさァ。そんなのムダムダ、気にしないのがいいんだよ」
言葉をなくし、沈黙するラケル。
黙りこんだ女性を訝しみながらも、エールは自力で雑に包帯を巻き付け、いそいそと上半身に服を纏った。
「ん。これでよし。薬塗ってくれてありがとねェ。…………じゃあ、なんか困った事があったら……なるべく頑張って急いで戻ってくるよ。私、これから食料調達に行かなきゃだからさ…じゃ!」
寝床にラケルを残し、エールはそういうや否やさっさと走り去っていく。
あっという間に姿の見えなくなっていく少女の背を見送り、ラケルははぁ、と溜息をこぼした。
「…………あの方では、駄目そうですね」
ぽつりと溢れたその呟きからは、走り去るエールに向けられる眼差しからは。
それまで向けられていた温かみが、一切消え失せていた。