ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第295話〝力が欲しいか〟

 地獄を見た。

 全てが灰燼と帰す、地獄を見た。

 

『逃げろ‼︎ とにかく逃げろ!!! あいつらが追ってこない遠くまで!!!』

 

 住み慣れた国を、快楽の全てを詰め込んだ王国を捨てて逃げ惑う人々の姿が見える。

 

 あれほど与えてやったのに、あれほど恵んでやったのに。

 その全てに背を向けて、享受してきた何もかもを投げ捨てて、逃げてくる愚民達の必死の形相が見える。

 

『やめて‼︎ お願いやめて‼︎ 殺さないで‼︎』

『許してくれ!!! おれ達は関係ないだろう!!!』

『こうなったのは全部あの男が悪いんだ!!! おれ達は何も悪くないんだ!!!』

 

 背中を照らす光に向けて人々が叫ぶ、無意味な懇願を重ねる。

 天から降り注ぎ、大地に突き刺さり全てを焼き払う光の雨に追い立てられながら、他人を押し退け踏み潰し、我先にと駆けてくる。

 

 愚民達は与えてやった全てを棄てて、憎悪に満ちた顔で睨みつけてきた。

 

『逃げるなコウモリ王‼︎ 何も責任を取らないつもりか⁉︎』

『お前の優柔不断さが招いた惨状だろうが!!!』

 

 逃げながら、叫んでくる。喚き散らす。

 この世の何よりも、誰よりも何よりも敬し、崇める眼差しを向けねばならない筈なのに、ぶつけられるのはその逆ばかり。

 

 醜く汚い顔で、奴らは我・に・悪意をぶつけてくる。

 

『うるさい愚民共が!!! 貴様らの頭の足りなさを私の所為にするな!!! 愚か者共めら‼︎』

 

 間違っていなかった。何もかも、我の考え通りならうまくいく筈だった。

 だからこの結果は間違いだ。我が過ちではなく、他の何者かによりしくじりの所為でこうなったのだ。

 

 負けたあの国が悪い。

 我を味方と認めなかったあの連合が悪い。

 我が味方するに足る価値を示せなかった両陣営が悪い。

 

 我は何も悪くない。責められる謂れはない。

 何より尊く貴い、唯一無二の我に間違いがあるわけがない。

 

『あの野郎を逃がすな‼︎ 追え‼︎』

『奴と奴の一族だけを楽にさせるなァ〜!!!』

 

 だからこれにも間違いはない。

 愚かなる民を置いて行ったところで、誰に咎められる理由などない。

 

 我は生き延びなければならないのだ。

 その為に他の者を犠牲にしてもなんらおかしくなどないのだ。

 それを咎め、追いかけてくる奴らがおかしいのだ。奴らが全て間違っていて、我が全て正しいのだ。

 

 ……我は悪くない。全て奴らが悪いのだ。

 

『おのれ………おのれおのれおのれ…‼︎ おのれェェ〜〜〜〜!!! 許さん…許さんぞ………勝手に滅んだ役立たずの国も!!! 私の王国を奪ったあやつらも!!! どいつもこいつも絶対に許さんぞ………!!!』

 

 我の怒りは正当な怒りである。

 奴らは許されぬ罪を犯した。

 

 卑劣な行いにより、奴らは我から全てを奪った。

 ならば今度は我が奪う番だ……いや、元は全て我が得るべきだったものばかり。取り戻すのだ。取り返すのだ。

 

『全てを…‼ 貴様らの全てを奪い!!! 喰らい尽くしてやる!!!』

 

その為ならば、この傲慢な男の傀儡になる事ぐらい、

どうという事はない。

 

 

 

「―――ラ‼ ガラ!!! 起きろ役立たず!!!」

 

 怒声と共にぶつけられた金の杯。

 額に走る痛みに思わ呻き、若き錬金術師ガラは声を抑え、玉座に就く〝王〟に首を垂れる。

 

「貴様…‼ 我の前で居眠りをこくとは何事か!!! 成果もあげられぬクズめ!!!」

「………申し訳ございません」

 

 額に何か濡れた感触がある。おそらく先程投げつけられた杯で皮膚が裂けたのだろう。

 

 周囲に立つ三人―――他の錬金術師達から向けられる冷めた視線。

 賢者の筆頭である自分の失脚を狙う彼らにとって、この失態は酷く好ましいものなのだろう。

 

「……王よ、今宵は随分とご機嫌が斜めであらせられるようで」

「いいと思うか…⁉ 我がこんな暮らしを強いられて………機嫌がいいはずがあるか!!! 愚か者め!!!」

 

 唾を吐き散らし、眼を血走らせ、〝王〟は叫ぶ。吠える。

 荒々しい息を繰り返し、汗で顔中を濡らしながら、盛大に舌打ちをこぼし玉座の背凭れに体を預けた。

 

「…このままでは終わらさぬ……必ずや奴らに目にものを見せてくれる…!!!」

 

 恨み言をこぼす〝王〟だが、その姿は覇気に反してみすぼらしい。

 装いはボロボロでくすみ、痩せてこけた顔と肉体は実年齢よりも更けて見える。腰を下ろす玉座など、岩を重ねて作った簡素なものだ。

 

 これがかつて繁栄した国の王なのだから、その転落振りには思わず笑いが込み上げそうになる。

 

「………進捗は、どうだ」

「芳しくはないですな……雑魚の獣を材料にしたところで、質の悪い〝石〟にしかならず…………」

 

〝王〟の問いの声に、錬金術師の一人が不ぞろいの石ころを見せて答える。

 

 襤褸布に乗せられた、赤黒い結晶。

 酸化が進んだ血を固めたような、不気味ながらどこか頼りなさげに見えるそれらに、〝王〟も錬金術師達も全員険しい顔になる。

 

「これでは……一度使っただけで風化しようて」

「そのうえ効果も弱い……これでは屑石にも劣るぞ」

「やはりより強い獣の血肉でなくては……」

「だがその為には戦力が………」

「忌々しい獣共め……!!! この私がここまで骨を折っているというのに、かくも手酷く足蹴に扱いおって………畜生共の分際でうっとうしい……!!!」

 

 民が誰も入れないよう、きつく告げて遠ざけた王の間で、五人の男達がああでもないこうでもないと語り合う。

 いつまで立っても良策が浮かばず、時間だけが虚しく流れていく。

 

 ……そんな時だった。

 

「もし…名も無き島の王よ」

 

 聞きなれない、凛と澄んだ声が王の間に響く。

 

〝王〟と錬金術師達は一斉に振り向き、入り口からゆらりと姿を見せた人影を―――笑みと共に近付いてくる異形の女を睨みつける。

 

「貴様は………あれが拾った余所者の」

「ラケル……流れ者です。そして────錬金術師です」

 

 鋭く睨みつけ、訝し気に眉間に皺を寄せる〝王〟。

 女、ラケルは男達に歓迎とは真逆の眼差しで迎えられても気にする様子を見せず、遠慮なく〝王〟の間正面まで歩み寄った。

 

「見慣れぬ種だな………神の一族に似ているが、違うな」

「獣の耳と尾なぞ生やして、汚らわしき姿だ…」

「なんと醜く歪な姿。まるで人と獣を混ぜたかのような………」

 

 ガラ達はじとりと、これまで見てきたどんな人種にも当て嵌まらない不思議な姿をした女を無遠慮に蔑みながら観察する。

 

「…何用だ。獣が私の前にのこのこと………下らぬ用ならこの場で殺して食らうぞ、小娘」

「おお、恐い。そのようなお顔をなさらないでくださいませ」

 

 がつん、と傍らに立てかけていた剣を掴み、鞘で床を叩き威嚇する〝王〟に、ラケルは態とらしく肩を竦めてまた笑う。

 

「私はただ………皆様のお望みのものを手に入れるお手伝いをさせていただきたいだけでございます」

「……何?」

 

 警戒する〝王〟達に向けて、ラケルが告げた言葉。

 彼らの目論見を、欲望を見透かしたかのようなその台詞に、〝王〟達の警戒心が跳ね上がる……だがそれ以上に、ラケルに対する興味が膨れ上がった。

 

 僅かに身を乗り出す〝王〟達に、ラケルは妖しく目を光らせながら続けて告げた。

 

「〝賢者の石〟…………欲しておられるのはそれでございましょう?」

「………!!?」

「驚きました…まさかかの国の他にそれの生み出し方を知る方がいらっしゃるなんて」

 

 がたっ、とあからさまな程に反応を見せる男達。

 ラケルはくすくすと肩を揺らし、笑みを深めながら、さらに彼らの方へ近付いていく。

 

「ですが、どこのお師様に伝えられたものかは存じませんが………随分と面倒臭い手順でお造りになられようとしておりますね。まァ…この島では揃えにくい材料ですから仕方ありませんが………これではいつまで経っても、お望みのものは作れそうにございませんけど」

「……何だと貴様…!!!」

「事実を申しただけでございます…」

 

 錬金術師達の筆頭という自負ゆえに、ガラの目が殺意を帯びてラケルを射抜く。だが、それでもラケルが臆する様子はない。

 

 いっそ不気味なほどに綺麗な笑顔を携えて、鼠の天使は自分の胸に手を当てた。

 

「いかがでしょう? 私の知識をお使いくださいませ。さすればあなた方の求める全てをご用意して差し上げましょう………国…宝…女……何なりと」

 

 差し出されるラケルの手。見せる蠱惑的な笑み。

 汚れてはいるが、よく見れば美しく豊満な己の肉体を見せつける様にし、女は〝王〟を誘った。

 

「…‼︎ 世迷言を……!!!」

「小娘の虚言に決まっている!!!」

「信じるも信じぬも自由にございます………ただ私は提案するのみ。あなた方の向かう先に私の仇がある以上…………私は助力を惜しみませんわ」

 

 錬金術師達が顔を真っ赤にしてラケルを詰る。

 突如この場に現れた得体の知れない存在。それが自信満々で自分を売り込みに来ている。

 

 矜持が大いに傷つけられる行為に、男達の頭に血が昇る。

 

「ふざけるな‼︎ お前のような女に我ら以上の知識があるとでもいうつもりか⁉︎」

「不愉快だ‼︎ この場で縊り殺してくれるわ!!!」

 

 激昂したガラ達が、左右からラケルを囲み迫る。

 がっ、と両腕を掴み、捻り上げ拘束していく。ラケルはその間もまるで抵抗しようとせず、それがますます男達を苛立たせた。

 

「………………待て」

 

 本気で殺しかけた直前、不意に〝王〟がガラ達を止める。

 余裕の笑みを湛えたラケルに、強い興味と欲望を示した目を向けている。

 

 ガラは一瞬、〝王〟に対して苛立ちの視線を向けかけるが、すぐに隠して手を止める。

 

「………出来ると言うのか」

「全て私の言う通りにしてくだされば……いくらでもお望みを叶えて差し上げます。例えば――――」

 

 両腕を拘束されたまま、ラケルは語り出す。

 

 ……語られた内容は、耳を疑うものだった。ガラ達は大きく目を見開き、思わず相手の手を離して後退る。

 想像だにしない、する気にもならないその()()を聞かされ、彼らは完全に臆されていた。

 

「………お前…お前は……‼︎ 何者だ……⁉︎ なぜ……そのような知識を…!!!」

「私は〝賢者〟の弟子………………出来ぬ事などありませんから」

 

 怯えるガラが、後退りながらラケルに問う。

 それに対し、ラケルは相変わらずの穏やかな微笑みを浮かべたまま返す―――その目に、確かな狂気の光を灯して。

 

「……代価は。お前は………何を望む?」

 

 ぎらぎらと、〝王〟の目がかつてない程の欲望の輝きに溢れている。

 目の前の異形の女に触発され、復讐の炎が燃え盛る己が魂に大量の油を注ぎ込まれた男は、改めて相手に問いかける。

 

 彼の問いに、ラケルは簡潔に答える。

 淡々と、笑顔の仮面を張り付けたまま、何の躊躇いもなく。

 

 目の前でその答えを耳にした〝王〟は、やがて顔を伏せぶるぶると震え出したかと思うと、がばっと大きく体を仰け反らせた。

 

「…ふ、ふふふ…ふふはははははは………!!! 面白い………面白い!!! ならば私に忠誠を誓え‼︎ 首を垂れ跪け!!! 貴様の従順たる姿を以って、私との契約としてやろう…!!!」

 

 耳まで裂けて見える程に大きく口を開け、〝王〟は笑う。嗤う。

 自分の野心を、欲望を叶えるのに十分すぎる程の狂気を有した女を、〝王〟は生まれて初めて心の底から歓迎する。

 

 愕然と、言葉も失くして立ち尽くすガラ達を他所に、ラケルは優雅に〝王〟の前に跪いた。

 

「王よ。我が命、あなたに全てお預けしましょう────」

 

⚓️

 

 鬱蒼と多くの巨樹が生い茂る密林の中。

 一本の巨樹の根元、大きく伸びた根の間に開く穴がある。

 

 その穴、巣穴からのそりと、巨大な虎が姿を現した。

 

「グルルルルルル…!!!」

 

 一本一本が剣のように鋭く長い爪を持つ、人が見上げるほどの巨躯を持つ化け物虎。

 獲物を求め、歩き慣れた縄張りを進もうとした、その時。

 

 大地を踏みしめた己が右前脚に、何かが絡みつきあっという間に縛り上げてくる。

 

「ウゴッ…⁉︎ グ……ガッ…!!?」

 

 地中に隠されていた縄の罠が、化け物虎の足を捕らえ、折りたたむように縛り上げる。

 困惑し暴れるうちに、今度は顔にまで縄は絡まり、口を開けなくなる。

 

 複雑に張り巡らされた罠によって、化け物虎は四肢も口も拘束され、一切の身動きが取れなくなっていた。

 

「グルッ‼︎ グルルルルルァ!!!」

 

 唸り、もがき、必死に逃れようとする化け物虎。

 そこへ、周りの茂みの中からぞろぞろと、槍や剣を持った男達が姿を現し、化け物虎を取り囲む。

 

 化け物虎はますます困惑する。

 こいつらは確か、稀に向かってくる小さな獣達。大した力もなく、軽く払いのけてやればあとは勝手に逃げて行くだけの矮小な生物のはず。

 

 それが何故……自分を捕らえている?

 

 目を見開き、暴れる化け物虎。

 無表情で怪物を囲み、武器を握りしめる男達の中で、最も老いた男が短く、抑揚のない声で告げた。

 

「───殺せ」

 

 次の瞬間、四方八方から突き出された幾本もの刃が、化け物虎の毛皮を貫き肉を裂く。

 これまで傷一つつけられた事のなかった化け物虎は、予想だにしない苦痛から口を封じられたまま絶叫する。

 

 ざくざくと斬り付けられ、突き刺され。

 密林の王者は一切の抵抗もできぬまま、その命の火を掻き消されていく。

 

「ニー! ニー!」

 

 響き渡る化け物虎の唸り声。それに、巣穴の中から声が上がる。化け物虎の子達が、母の悲鳴を耳にしその安否を案じる。

 

 化け物虎を襲う男達、その中の一人が歩き出す。

 彼は巣穴の中で縮こまる子虎達を見下ろすと、手にした剣を掲げ……一切の躊躇いなく、それを振り下ろした。

 

 森の中で、恐怖に満ちた悲痛な悲鳴がいくつも重なる。

 

 

 

「………何…今の声」

 

 樹々に生えた果実を取ろうとしたエールの手が止まる。

 籠の中身はまだ一割も満たしていないが、エールは何か背筋にざわめきを感じ、作業を半ばで終えて走り出す。

 

 安全地帯では何やら住人達が集まり、困惑気味に互いに目を合わせていた。

 

「…ねェ、何があったの? ………ねェってば、ちょっと」

 

 エールは尋ねるも、誰も彼女に気づかない。

 仕方なく、エールは多少強引に住人達を押しのけ、彼らが見つめる先を確かめようと割り込む。

 

 住人達の中心には、父が……〝王〟がいた。

 

「蒙昧なる我が配下共よ………その目を見開き確と見よ、我らが偉業を」

 

〝王〟は、いつもよりも高い位置から住人達を見下ろしていた。

 周囲に配下や戦士達を並ばせ、何かの上に乗っている。

 

 それは、毛むくじゃらの何かだった。黄色い毛皮を纏い、ぴくりともせずに横たわる巨大な獣の骸だった。

 

「……お、おい……あのバカでけェトラは……!!!」

「密林の主だ………でかくて美味ェ果物の実る気がある森をナワバリにしてたバケモノ虎……」

 

 恐ろしい形相のまま白目を剥き、横たわる巨大な虎。その横に転がる、人間の大人と変わらないほど大きな子虎。

 恐ろしき力を持った化け物達が、〝王〟の足下で血まみれで倒れていた。

 

「貴様らもよく知る傲慢なる獣はこれ、ここに無様に屍を晒している。これまで幾人もの勇者が、貴様らの父や兄や夫達が挑むも誰1人叶わず、無惨に喰い殺してきた憎き獣がだ」

 

 ざわ、とどよめきが広がる。

 目の前の光景が未だに信じられず、声ならぬ声が上がり続けている。

 

「これを為したのは誰か…………我らだ。貴様らが無能と蔑み、見下してきた我らが為した偉業だ」

 

 絶句する人々に向けて、〝王〟が語る。

 いつもの激昂ではない。そこしれない自身と野心に満ちた声で、〝王〟は人々に向けて告げる。

 

「今一度その目を確かめよ。貴様らが決して叶わぬと諦め、尻尾を巻いて逃げてきた相手が今、屍を晒しておる………見よ!!! そして畏れよ‼︎ 讃えよ!!!」

「……………!!!」

「これは唯一ではない……終わりではない。我らはこの先も、忌々しき獣共を屠り、彼奴らの縄張りを奪い取る……全ては我らがこの島の支配者となる為に、全てを手に入れる為に…!!!」

 

 ごくり、と誰かの息を飲む声が響く。

 全員が瞬きを忘れ、息すら忘れ、喉奥に乾きを覚えながら、〝王〟の一挙一動に注目していた。

 

「我は宣言する………この島を我らが王国にせんと。()()()()決して飢えず、彷徨わず、野垂れ死ぬ事はない…………欲するものはすべて我が与えよう。我への忠誠が続く限り…!!!」

「飢える事の……ない」

「家もか…………?」

「服も……?」

「た……宝も…?」

 

 ぽつりぽつりと、住人達から声が上がる。

 毎日苦しみ、悲しみ、我慢を強いられ続けてきた人々の目に、確かな欲望の火が灯り出す。

 

 そんな彼らに向けて、〝王〟はより大きな声で吠える。

 

「すべてだ!!! 我はすべてを手に入れ‼︎ すべてを与える!!! 最強たる我が力をもって…貴様らに永遠の栄華を授けてやろう!!!」

 

 言ってから、〝王〟は自身の携えた剣を高く掲げ、振り下ろす。

 

 ざん、と。

 振るわれた刃が化け物虎の首を一刀両断し、ごろりと巨大な貌が転がる。

 

こんな畜生(もの)がゴミに思える程のなァ!!!!

 

 直後、住人達からのどよめきが大きくなる。

 まだ信じきれていない。だが、それ以上に芽生えた期待から、〝王〟に向ける人々の目が変わり始める。

 

 ざわめきの中、エールはただ一人。

 住人達の雰囲気が変わり始めた事に、戸惑いと不安を抱いていた。

 

 

 

 それからの日々は、劇的に変わった。

 

〝王〟と配下達は森に狩りに出て、長期間姿を消した。

 その間もエールは独自に森に入り、命の危機に遭いながら食糧を集め、住人達に配って行った。

 毎日毎日傷だらけになりながら、人々の為に身を粉にして働き続けた。

 

 以前の狂気を見せる事なく、精力的に働く〝王〟をいぶかしみながら。

 

「最近よくいなくなるけど…何やってるんだィ?」

「ちょっとしたヤボ用でございますわ」

 

 ふと見かけたラケルに話しかけてみるも、返ってくるのは容量を得ない答えのみ。困惑しながらも、エールは自分の役目を全うし続けた。

 

 やがて、〝王〟達は戻ってきた。

 エールの成果とは比にもならない、巨大な獣達の骸を引きずって。

 

 それから、〝王〟と配下達は毎日のように隊をなし、必ず成果を上げて戻ってきた。

 巨大な蛇を、牛を、時には海にも出て化け物のような鯱や鮫まで狩ってきた。どれもこれも大きく食いごたえがあり、何日分にもなる大きな成果だ。

 

 初めは疑うばかりであった住人達。

 急に変貌した〝王〟達を怪しみ、並べられる獲物を受け取る事に難を示していた。

 

 だが一度受け取り、焼いて口にすれば、言い表すのも難しい満足感を得る事ができた。

 

 次第に彼らは、〝王〟を崇め出す。嫌い、憎み、見下していた事を忘れ、自ら〝王〟達に頼るようになっていく。

〝王〟の配下に加わって狩りに参加し、成果の副産物である牙や爪を加工して武器を作る者、毛皮から衣服を作る者も現れ出す。

 

 いつしか〝王〟の元には幾人もの民が集まり、様々なものが溢れ始めていった。

 

 そんな中でも、エールは独自に採集を行っていた。

 未だに〝王〟に懐疑的な者達のために、一人森に入って命がけで食糧を集め続けていた。

 

「……今日は、一晩一緒でいいかィ?」

「…ヒョロロ」

 

 人には言えない泣き言を、人ならざる友人にだけこぼして。

 エールは弱さを誰にも見せないまま抗い続けた。

 

 その間も〝王〟の偉業は続いた。誰も勝てずにいた化け物達に連勝を続け、その成果で民の暮らしを潤わせる。

 

 すると次第に、懐疑的だった住人達も〝王〟に従うようになっていった。

 暴言や蔑視は鳴りを潜め、自ら首を垂れる者が現れる。

 

 それに反比例するように、エールの微量な施しに縋る者達は、一人、また一人と人が減っていった。

 一週間、一ヶ月、一年。

 日を追うごとに増えていく自分の取り分を見下ろし、エールは視線を上げて目を細める。

 

 ───何もなかった島の沿岸部に、いつの間か出来上がった街を眺めて。

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