ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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本編300話目ですが……遅々として筆が進まない……
オリジナルはやっぱきついっス……重めの過去考えんのムズイ……


第300話〝神様なんていない〟

 ずる、ずる、ずる。

 髪を掴まれ、引き摺られる。物のように、塵のように。

 

 ───結局……最後の最後まで役に立たなかったな。

 

 悪夢のような儀式の後、動かなくなったエールに〝王〟は淡々と告げた。

 その場の誰一人として、彼女に興味を示す者はいなかった。

 

 ───心も折れて動く気もなくなったか………

    こうなってはいよいよもう使い道がない。

 

    適当な場所に棄てておけ。

 

〝王〟の命令に、彼の息子達が渋々従いここまでエールを運んできた。

 周りをちょろちょろと駆け回る鬱陶しい存在がようやく大人しくなった事に清々しながら、城の果てへと連れてきた。

 

 ───馬鹿なガキだぜ、お前はホントに…‼︎

    父上に逆らおうとするからそんな目に遭うんだ。

 

 やがて辿り着いたのは、黴臭く暗い部屋。

 底が見えず、闇が広がる深い穴がいくつも開けられた、不気味な空間。

 

「ここだったか………昔、罪人を入れておくように掘ったっていう穴ってのは」

「ああ…思ってたより何倍も深ェな。だがそれ以来、使う奴もいなくて結局無駄になったんだったけなァ……」

「そこにコイツを入れるわけか………妙な縁だ」

 

 誰も逃れられないようにと掘られた穴は、〝王〟に逆らう者など他にはおらず無用の長物となった。

 そこに、無用と判断された少女が入る。歪な因果に笑みが浮かぶ。

 

「ここに入れときゃ、這い上がる事も出来ずにそのうち腐って勝手に土に還るってわけだ。手がかからなくていいな」

「こんなゴミに手間をかけるほど、暇じゃないからな」

 

 光の見えない湿った穴の底はさぞ苦痛だろう。他に訪れる者も現れるとは思えず、いずれ忘れ去られる事だろう。

 ここまで一言も発さずされるがままのエールを見下ろし、兄はまた嗤う。

 

「ここに入りゃあ、そのうち今度こそ消えて完全にサヨナラだな…………最後の最後まで運のない人生で不憫な事だ」

 

 穴の淵にエールを放り捨てる。死んだように沈黙する彼女は、それでもうめき声一つ漏らさない。

 横たわる彼女の腹に足を置き、兄は最後に一言告げた。

 

「じゃあな、役立たず」

 

 穴に向けて、少女の体が蹴り落とされる。

 一瞬宙に浮き、次いで襲いかかる重力。幾度も壁にぶつかりながら、エールは深い深い穴の底へと落ちていく。

 

 遠ざかる外の灯り。

 それが、エールの見た最後の光となった。

 

⚓️

 

「さァ……よくぞ集った、忌々しき獣共より生み出されし怪人達よ」

 

 玉座の上で踏ん反り返り、〝王〟が目の前に集った5体の存在に告げる。

 

 彼らは人の姿だった。

 強面の男、軽薄そうな男、蠱惑的な少女、退屈そうな男、鷹のように鋭い目つきの青年。

 

 人の姿に変じた硬貨の異形達。ウヴァ、カザリ、ガメル、メズール……そしてアンク。

 幾種数百匹もの猛獣達、そして強い欲望を備えた人間達を材料に禁忌の術で生み出された怪人達。

 

 彼らの前で、〝王〟は実に愉快そうに嗤う。

 

「ひい、ふう、みい………これで5体。カカッ…‼︎ これで我が野望にまた一歩近付いた………!!!」

「かの国々に復讐する…………我ら虐げられし王国の悲願」

「忌々しき連合国を滅ぼす……他の何に代えても叶うべき宿願」

「貴様らこそ我が兵器……かの国々を滅し、すべての世界を制する為の尖兵。長き時をかけて生み出したその力……存分に我に捧げるがいい…………!!!」

 

 左右に4人の錬金術師を従え、この世で最も醜悪で傲慢な男は高らかに告げる。

 自らが作らせた最強最悪の存在、それらが自らに従う事を当然と考えながら。

 

「ハッ、誰が従うかクソジジイ」

 

 だが、それに逆らう者がいた……怪人達の中で最も新参の赤い鳥人だ。

 精悍な顔つきを忌々しげに歪め、自身に上から命令を下す気に入らない男にあからさまに不満を吐き捨て、鼻を鳴らした。

 

「お前が生みの親だろうがなんだろうが知ったこっちゃねェ………『産んでくれ』と頼んだ覚えなんざ一度もねェ。お前らが何を望んでるのかは知らねェが…………気安く命じてんじゃねェ、殺すぞ」

 

 一瞬で、アンクの姿が赤い光に包まれて異形に転じる。

 羽毛を撒き散らし、鋭い爪の揃った腕を掲げて指を鳴らし、明確な敵意を示す。ぴりっと張り詰める空気が、彼の発する殺気の強さを表す。

 

 不遜な態度に、〝王〟は黙り込む。

 不穏な沈黙に、アンクは気にせず自身の不満をぶつけ続ける。

 

「お前らも何の義理があってコイツに従ってんだか………つまらねェ事におれを巻き込むんならお前らもまとめて────」

「…変身」

タカトラバッタ

 

 不意に、〝王〟が何かを呟き立ち上がる───その直後。

 

 どごん!!!

 

 悪態を吐き続けるアンクは、気付いた時には凄まじい重力をその身に受け、床に激しく叩きつけられていた。

 

「ごはっ!!?」

「囀るなよ、クズが…!!!」

 

 地面にめり込み、苦悶の声を漏らすアンク。

 彼に一撃を与え、叩き潰したのもまた異形───鷹を模したような仮面、虎の爪を備えた籠手、蝗に酷似した外殻の脚。

 

 生物のようであり、無機物のようでもある奇妙な鎧をその身に纏った〝王〟が、翠の目を不気味に光らせて佇んでいた。

 

「我が何の保険も無しに貴様らを生み出し放し飼いにしていると思ったか………!!?」

「ぐ……‼︎」

「甘いわ〝石〟が…………我を只の人間と侮りおって。そんなもの、我はとうに超越しておるわ、道具如きに寝首をかかれるものか、バカが」

 

 身を起こし抗おうとするアンクだが、押さえ込まれた体は動かない。

 異形の怪物すらも封じる凄まじい威力を見せつけ、〝王〟はさらにアンクの胸に押し付ける力を強める。

 

 そんな〝王〟に、錬金術師達は讃えるようなどよめきの声を漏らしていた。

 

「貴様らを生み出したのは我…………即ちそれは、()()()()()()方法も誰よりも熟知しているという事に他ならぬ…口の聞き方には気をつける事だな………!!!」

 

〝王〟の放つ強烈な威圧感に、そして現に封じられている自らに、アンクはそれ以上言葉を紡げず、苛だたしげに相手を睨みつけるしかない。

 そんな彼に他の怪人達は冷めた目を向け、しかしアンクと同じように不満の視線を〝王〟に向ける。

 

 繰り広げられた、〝王〟が自身の立場を知らしめるやりとりを、ガラは意味深な笑みを浮かべて眺めていた。

 

⚓️

 

「……エールさん? まだ意識はございますか…?」

 

 誰も近付かない、それどころかほとんどの者は存在すら知らない、罪人の入れられる大穴。

 そこを訪れたラケルが、紐で吊った何かをするすると穴の中へ降ろす。

 

 降ろしているのは盆に乗せた皿。その中身は彼女の自作の粥だ。

 

「お食事です…しばらく何も食べておられませんから、消化にいいものを入れておきました。……あいにく、私も料理はさほど得意というわけではありませんが」

 

 降ろした食事が底に着いたのがわかる。だが、エールからの返事はない。

 誰もいないように思えるほどの静寂だが、ラケルの耳には確かに、か細くも確かな息遣いが聞こえる。

 

「…最初に会った時とは真逆になったようですね、なんだか懐かしいです」

「………………」

「もし……召し上がりたいものなどございましたら仰って下さい。すぐにでもご用意いたします。ご安心を、島の方に食べさせたものとは違って変なものは入れません」

 

 返事は依然としてないままだが、ラケルはまったく気にした様子を見せずに語りかけ続ける。

 

 そこに罪悪感は……少しだけ混じっている。

 ただ、悪いとは思いつつも、後悔をしている雰囲気は感じられなかった。

 

「…あまりここへは来られませんが、いずれここから出られるように手配いたします。それまでしばしのご辛抱を…………」

「…いらないよ」

 

 ようやく、穴の底から消え入りそうな声が返ってくる。それにいつものエールの元気はない。抑揚も力もなく、全てを投げ出し諦めたような、無力感が伝わってくる。

 

「…恨んでおいででしょうね。恩人の貴女をこんな目に遭わせてしまった事、反省しています。本当に…申し訳───」

「…やめてくれよ…!!!」

 

 目を伏せ、そっと寄り添うように謝罪の言葉を吐こうとしたラケルだが、エールの怒りと憎しみに満ちた声がそれを遮った。

 

「これ以上口を開かないでおくれ………今、あんたと話してると……自分の中で真っ黒な何かが溢れそうになる。私の心を埋め尽くして…………気が狂いそうになる…‼︎」

 

 ぴたりと黙り込んだラケルに、穴の底で膝を抱えてうずくまるエールが続けて言う。耳を塞ぎ、膝の間に頭を抱え、胎児のように丸まって全てを拒絶する。

 

 誰よりも強くあろうとしていた彼女は、今は酷く惨めで、弱々しかった。

 

「『あんたを助けなきゃよかった』って………!!! そんな最低で最悪な思いに心が支配されそうになんだよ!!!」

 

 今度はラケルが何も答えず、エールの慟哭に耳を傾けるだけだった。

 傷つき悲しむ様子もなく、ただ当然の事だと受け入れるように……あるいは、他人の言葉に気を割く気が端から無いように。

 

「何なんだよ………私の存在意義を奪って…たった1人の友達も奪って……!!! 何がしたいんだィアンタは…!!? 私がアンタに何したってんだィ………!!!」

「………………………………」

「アンタに求めるもんなんて何にもありゃしないよ……ただ………私に二度とその顔を見せないでおくれ」

 

 告げられる拒絶の言葉に、ラケルは動かなかったが、しばらくしてゆっくりと腰を上げる。

 降ろした食事はそのままで、名残惜しそうに穴に背を向ける。

 

「…………あァ、やって欲しい事…一つだけあったねェ」

 

 その時、穴の底からエールの声が届く。先程よりも険の取れた、穏やかな声だ。

 振り向いたラケルに、エールは穴の底で笑みを───ふっと達観したような、全てに落胆したような渇いた笑みをこぼして告げた。

 

「私を殺しておくれよ」

 

 ラケルはぐっと、唇を噛みしめる。

 初めて表情を変えたラケルに気付く事なく、無気力な少女は再び頭を抱えて丸くなった。

 

「そうしてくれないんなら…放っといておくれ………そうすれば、勝手に死ぬからねェ」

 

 それ以降、エールは口を開かず、罪人の空間はしんと静まり返る。

 ラケルは無言で佇み、やがてどこか覚束ない足取りで歩き出すと、その場を後にしたのだった。

 

 

 

 ───1ヶ月後

 

 するすると紐が手繰り寄せられ、粥の器が回収される。

 一口たりとも手をつけた様子がない。この一月の間、何度も何度も繰り返してきた食事の運搬だが、何の意味もなしていなかった。

 

「…エールさん、もう一月でございます。このままでは本当に死んで…………いえ、常人ならば既に餓死しています。何か口に入れなければ本当に死んでしまいますよ……⁉︎」

 

 わずかに焦りを表情に表し、ラケルが穴の底に向けて語りかける。穴の底からは確かに人の気配がしている。か細くはあるがまだ呼吸は続いている。

 食事を始めとする欲望を一切見せないエールに、流石のラケルも冷や汗をかいていた。

 

 だが、ラケルの説得の声に、返答は一切ない。

 眠っているのか無視しているのか、とうに心が失われているのか───やがてラケルは、諦めたように視線を俯かせた。

 

「………エールさん。貴女にとって私は、悪魔のような最低な人間なのでしょうね。恩を仇で返し、痛みと苦しみばかりを与える最悪の女。………全くもってその通りでございます」

 

 粥の器を膝の上に置き、ラケルはそっと話し出す。

 

 返事がないのはわかりきっている。こうなればもう罵倒でも悪態でも、反応さえ返ってきてくれればそれでよかったが、半ば諦めながら語り続ける。

 

「私は私の望みの為に、貴女のお父上に取引を持ちかけました。人命を糧とする文字通り悪魔の契約です…最初に貴女に持ちかけた誘いもそう、私は貴女を血と泥で汚れた道へ引き摺り落とそうとしておりました」

 

 穴の底に光は届かず、真っ暗なまま。どこにエールがうずくまっているのかもまるで見えない。

 ラケルはどこか寂しげに、切なげな表情で独り、言葉を紡ぎ続けた。

 

「…いずれこの身は地獄へ堕ち、永遠に終わらぬ呵責を受ける事でしょう。それだけ私の行いは罪深く悍ましい………ですが」

 

 今一度、ラケルは穴の底を覗き込みエールを探す。

 無意味な行為だと、望まれない言葉だとわかっていながらも、真摯な眼差しをじっと向け、告げた。

 

「あなたに恩を返したい……そう言った私の言葉には…………少なくとも、嘘はございませんでしたよ」

 

 沈黙、静寂が続き、ラケルの声が無意味に響く。

 しばらくの間、穴の淵で動かずじっと見下ろしていたラケルは、すっと視線を逸らしその場を離れた。

 

 

 …数分後、一人の男が、罪人の穴を訪れた。

 

「…ずいぶん弱ったな。頑丈さだけが取り柄だったあの娘が」

 

 耳を澄まし、目を凝らし、深い穴に囚われた哀れな少女の様子を探る男───錬金術師ガラ。

 彼はその場でしゃがみ込むと、一枚の丸い石版を抱えたまま顎を撫で、何やら難しい顔で考え込み始める。

 

「獣に幾度殺されかけても、他者の為に愚かに命を張る馬鹿な娘も……流石に壊れたか。しかし心は壊れても身体はまだ生きている。絶食から既に一月経っているというのに、何という生命力か………皮肉な話だ」

「…………」

「反応する気力もなくしたか………余程あの鳥が大事だったと見える。人間どころか獣を(つがい)に望むとは、やはり元より人に劣る獣の娘であったか」

 

 好き勝手に頭上で喋り続けるガラ。その間も、エールは沈黙したまま何も答えない。

 

 やがてガラは深く笑みを浮かべると、立ち上がって手にした石版を目前に掲げる。

 それには、紫に輝く10枚の硬貨が───翼竜と角竜と暴君竜を模した紋章が刻まれたコアメダルが嵌め込まれていた。

 

「このまま無意味に朽ち果てていく様を眺めるのも一興だが………それは惜しいな。その上目障りなあの娘のお気に入り………まだ使い所はある」

 

 ガラは徐に、10枚のメダルのうち中央に嵌った1枚を取り外す。

 途端に石版の中で残る9枚がかたかたと震え出し……次の瞬間、弾かれたように石版から飛び出し、宙を舞う。

 

 意思を持つように浮き上がったそれらは、穴の底で横たわるエールに向かって飛び、彼女の胸の中に入り込んでいった。

 

「私がお前に意味を与えてやろう」

 

 不気味に笑うガラ。意味深な言葉。

 しんと静まり返った穴の奥底で、ぎらりと、二つの紫の光が灯った。

 

 

 

 ───半年後

 

 ごろ、ごり、ごり、ごり、延々と岩を削る音がする。

 

 光も届かない穴の底。何も見えない暗闇の中で、弱々しくやせ細った少女が無心で岩壁を掘っている。

 硬い壁は人の指では削れず、闇の中で血が滲み流れる。

 

「………ねェ…あんた………教えておくれよ」

 

 削っているのは、いや、描いているのは、天を駆ける人の姿。

 名前もまともに覚えていない、都合のいい幻想。

 

 それでも長年焦がれ、求め続けた神に、エールは消え入りそうな声で問いかける。

 

「みんなを笑顔にさせる強くて優しい太陽の神様………〝解放の戦士〟…………あんたは…本当にいるのかい? …いないのかい?」

 

 上手くかけているかどうかはわからない。しかし笑った横顔だけは触れる事でかろうじてわかる。

 人々を笑顔にさせるというその姿が……今は堪らなく、腹が立つ。

 

「もしいるなら…‼︎ どうしてだィ…………!!? どうして…………私のたった1人の友達を助けてくれなかったんだィ………!!?」

 

 縋っても、願っても、祈っても、何の意味もない事はわかり切っている。

 所詮は幻想、お伽話。頼ったところで応えてくれるはずがない、ただただ都合のいい妄想の存在。

 

 それでも誰かに当たらずにはいられず、エールは涙も枯れた目で睨み、乞い続ける。

 

「何にも………何にもいらないんだよ……‼︎ おいしいご飯も……キレイな服も……あったかい家も…………私は何にも欲しくないんだよ…………!!! 1人じゃなけりゃ…………何にもいらなかったんだよ…!!!」

 

 がり、がりがり。

 爪はとっくに剥がれ落ちた。痛いはずなのに、不思議と何も感じない。

 

 壁に描いた八つ当たりの相手を自分の血で真っ赤に染めながら、ただひたすらに嘆き、怒りと憎しみの声を上げる。

 

「なのに……なのに…!!! どうしてだィ…!!? どうしてみんな………私から大切な友達まで奪うんだィ…!!?」

 

 答えはない。誰も応えない。

 ただただ無意味で虚しい時間が過ぎる中、がくりと項垂れた。

 

「いるのなら……応えておくれよ」

 

 冷たく硬い闇の中で、何も見えず感じない虚無の中で。

 少女の声が、掠れて消え去っていった。

 

「助けてよ……神さまァ…………!!!」

 

 

 

 ───一年後

 

 がらん、と乾いた音がする。

 飛び散る粥を気にかける事なく、ラケルは呆然と立ち尽くし、やがてわっと顔を両掌で覆う。

 

「………!!! エール様……‼︎」

 

 1年間、毎日欠かさず訪れ食事を運んできた罪人の穴。

 一度も手をつけられず、拒絶され続け、それでもなお運び続けてきた相手のいる場所。

 

 今日まで辛うじて続いていた気配が、ぷつりと。

 保たれていた糸が切れていた。

 

 ラケルは膝をつき、うずくまり、いつまでもいつまでも悲痛な嗚咽をこぼし、泣き続けた。

 

 

 

 ───■年後

 

 ごりん、と。

 何の変哲も無い地面が、抉れる。

 

 地中から突き出した細い手が、掴んだ地面を丸ごと引き込み、穴を開ける。

 

「…………ようやくわかったよ、神様」

 

 がらがらと崩れていく地面の底から、紫に輝く二つの目が覗く。ゆっくりと自らの体を押し上げ、陽光の下へと這い出る。

 

 それは、エールだった。だが、かつての彼女の面影はほとんどない。

 姿形は変わらない。だが、放たれる気配と剣呑な眼差しは、献身的だった彼女とは似ても似つかない。

 

「アンタは………この世に存在しない。どこにもいない…だから助けてなんてくれないんだろう」

 

 ぶつぶつと呟きながら、かつてエールだった少女は、感覚のずれた体でぎこちなく、一歩ずつ踏み出していく。

 憎悪に満ちたその顔に、次第に自嘲が浮かび始めた。

 

「アレから……何年経ったかねェ。こんなに気付くのが遅くなるなんて………私って本当にバカだ、はは…ははははははは…‼︎」

 

 狂った笑い声をあげ、キッと天を見据える。

 腹が立つほどに広々としていて、そのくせ吐き気がする程に()()()()()()を睨みつけ、少女は宣告する。

 

「だったらもう、アンタ(神様)なんて求めない……助けなんて…求めない…………‼︎ 全部…!!! いらないんだよ………!!!」

 

 激情の赴くままに、憎い相手を体が求めて、エールはゆっくりと歩き出す。

 何もかもを奪ってきた者、己を閉じ込めた者、報復の意志のままに、敵の姿を求めて彼女は歩き出した。

 

 

 

 ───しかし彼女は、やがて困惑に足を止めた。

 

「……………………⁉︎ どこだィ…ここは」

 

 それを見て、少女は立ち止まる。

 

 道は間違えていないはず、記憶も正しいはず。

 ここにはかつて、愚かで傲慢な〝王〟の恩恵を受け続けてきた民が住む街があったはずだ。

 

 しかし、目覚めた少女の前に広がっていたのは。

 ……かつての栄華も見る影がない程に荒れ果てた、廃墟の集落だった。

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