ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第301話〝虚の王国〟

 ───まァ〜た雑魚だな。

    ん〜〜〜まァいいか…次はもっと大物獲って来てくれよ?

 

 海へ赴く部隊に所属し、自ら獲ってきた海の怪物を店先に並べて売買していた禿頭の巨漢。豪快な態度で接客し、エールの釣果を苦笑しながら買い取っていた男。

 

 彼の店があった場所には、崩れ落ちた屋台の残骸だけが残されていた。

 

 ───〝強欲王〟にカンパ〜〜〜〜イ!!!

 ───ギャハハハ…‼︎

 

 いつも多くの人が集まり、豪勢な料理が並べられ、酒を酌み交わす音と笑い声が響き合っていた酒場や飯屋。酔って真っ赤になった男達や、彼らからの悪戯を叱りつける店員の娘達、黙々と調理を続け時折満足げに笑う店主がいた店。

 

 人の姿は一つもなく、荒れ果てた建物の残骸に虚しく風が吹き抜ける。

 

 誰もいない。どこにもいない。

 目を見張るほどの発展を誇っていたはずの名もなき島の街、欲望と幸福に満ちた孤島の楽園……今はもう、影も形も見当たらない。

 

「……これは…」

 

 エールは顔色一つ変えず、廃墟の街を歩く。かつては石畳が整然と敷き詰められていたはずだが、割れて砕けて、雑草が繁殖して見るも無残な有様だ。

 

 ひたひたと裸足の足音があたりに響く。昔は靴を履いていた気がするが、いつの間にかなくなっていた。

 服もそうだ、囚われて以来一切変えていない。着替えの宛てもない為に当然だが、ややきつさを感じる。

 

 乾いた風が吹き続ける中を只管歩く。だがやはり、人の気配がまるで感じられない───人間という存在そのものが消失したかのようだ。

 

「…みんな、どこに行ったんだィ……………?」

 

 エールは呆然と、消え去った人々を朧げに思い出しながら呟く。

 

 どこかに逃げたのか、死んだのか。どれだけ探し歩いても見つからない、気配も感じ取れない。

 あれだけ栄えた街を捨てていく理由があったのか、そして何よりこの閉ざされた天然の牢獄からどうやって逃れたのか。わからない事だらけで、眉間に皺が寄る。

 

「!」

 

 ふと、微かな気配を感じ取る。

 通り過ぎようとした家屋、屋根も壁も崩れ落ち、最早『家』と呼ぶ事もできないほどの瓦礫の塊……その中から、確かに人の気配がする。

 

 遠慮なくエールは瓦礫を踏み越え、室内を見回す。

 かろうじて確保された床、土の上とほぼ変わらない冷たいそこに、一人の老人が仰向けになっていた。

 

「………知らない顔だねェ」

 

 相手は少なくとも、エールの記憶の中には存在しない人物だった。がりがりに痩せ衰え、一瞬木乃伊と見間違うほど無残な姿である為に、記憶などあてにはならなかったが。

 

 しげしげと自分を見下ろす存在に、ようやく気付いたらしい老人が震えながら顔をエールに向けてきた。

 

「………そこに……誰か………………いるのか」

 

 落ち窪んだ目の上には、元は眼鏡であったのだろう針金の残骸がかけられている。レンズは跡形もなくなっており、形だけが残っていた。

 

「悪ィが……もう…目もよく見えねェ……そこに………誰かいるって……くらいしか……わからねェ…………」

「…………」

「アンタは………誰だ……? し…………島の人間の筈がねェ………………おれ達はみんな………いや…もう………誰でもいいな……少しでいい……話を……聞いてくれ…………」

 

 寝具らしき襤褸布の上で、老人は弱々しく誘う。聞こえてくるのは掠れた声で、視線もまるで見当違いの方向を向いている。

 見ているだけで痛々しい、憐れな人間。生きているだけで苦痛になっていそうな、惨めな姿。

 

 ふと、彼がかけている眼鏡に既視感を覚え、直後に脳裏に一人の青年の顔が浮かぶ。

 

 ───エールお前……‼︎

    いつもいつも意地張りやがって‼︎

    長生きできないぞ?

 

 遠い過去、記憶の奥に沈んでいた知った顔。

 当時はしっかりと生気に満ち、そして欲望を携えていた……かつて自分が庇護しようとしていた者の一人。

 

 似ても似つかないはずの彼の顔が、目の前の老人と重なる。

 

「…あんたは…」

「おれ達は……!!! ゲホッ…騙されてたんだ…!!! あの〝王〟は………‼︎ おれ達を最初から……骨の一片まで利用し尽くすつもりだったんだ………!!!」

 

 喋るだけでひどい苦痛に苛まれているのだろう、震えながら老人は……かつての知己は虚ろな目で語り続ける。

 しかし、記憶よりも感情が先走っているようだ。紡がれる言葉は個人に対しての罵倒ばかりで、まるで要領が得られない。

 

「……あんた、ここは一体どうしたんだィ? 私の知ってる限り…この街はこうじゃなかった」

「む……昔か…………そうだな…昔は…良かった………食い物に恵まれて………家を脅かされなくて……死にそうな目に遭わなくても…………良かった……‼︎」

 

 かたかたと顎が震える。ほとんどの歯が抜け、残った歯もぼろぼろで歪んでいるそれが、自嘲で歪む。

 引きつった笑い声を漏らし、過去の自分と周りの者を嘲り、嘆く。もう戻らない時を激しく請い、老人は枯れ枝のようにしわくちゃで乾いた顔を悲痛に歪める。

 

「あれ以上……欲しがる必要なんかなかったんだ……!!! 求めなくても……満たされてた………」

「…………」

「だのに…‼︎ なのにおれ達は……!!! 間違えた………‼︎ もっと……もっどと……‼︎ 際限なく欲しがり続けちまっだ……!!!」

 

 喋るごとに、老人の咳は酷くなる。体が大きく跳ねるほど咳き込んだと思えば、時折血を吐き濁った赤を撒き散らす。

 それでも彼は、語り続ける。客人に留まって欲しいからか、それとも懺悔を聞いてもらいたいからか、もう本人にもわかってはいなさそうだ。

 

「あ…………あの時……〝王〟が言ったんだ。『もっと便利なものが欲しくはないか?』って……………『意のままに動き、どんな仕事も役目もこなす駒を作ってやろう』って…………」

 

 少女は彼の話に、無言で耳を傾ける。

 眉ひとつ動かさず、老人の側に座り込んで、ただ黙って話……老人達の嘆きと後悔の記憶を聞き続けた。

 

「おれ達はその時……おかしくなってた………やめりゃいいのに…もっと便利で楽になりたぐで…!!!〝王〟の提案に乗っぢまっだ………」

「…………」

「それが……間違いだっだ……!!! おれ達は…‼︎ 生み出しちゃいけないものを生み出しじまったんだ…………!!!」

 

 

 

「…お前との付き合いも、もう随分長くなったな」

 

 玉座の間に、天井に開いた大穴から湿り気を帯びた風が流れ込む。そして片隅に生えた雑草や苔を撫でる。

 海から来ているらしいそれは地下空間にも潤いを運び、どこからか流れ運ばれてきた種や胞子を芽生えさせ、大穴から注ぐ微かな陽光がそれを育む。

 

 建設された当初からは考えられないほど荒れ果てたその場所で、〝王〟はいつも通りの位置で傍らの美女に訊ねた。

 

「お前ほど役に立つ人間は他にはいまい………お前がこの島に流れてきて本当に幸運だった。神だのなんだのに祈った事はないが、これだけは褒めてやらねばならんな」

「……左様でございますか」

 

 くくく、と醜悪に歪んだまま戻らない顔で笑う〝王〟に、ラケルは冷めきった顔でそれだけ答える。動かない表情はまるで人形のようだ。

 

「それにしても……あれからだいぶ経つというのにお前は変わらんな。まるで歳をとらぬ…………いつまでも変わらず、いい女のままだ」

「………………」

「だが、雰囲気は変わったな………前よりも笑わなくなった。もっと喜べばよかろう? お前の〝王〟は今、実に気分がいいのだぞ」

 

 ラケルは無言で、感情が失せたようにただただ静かに佇む。

 彼女の顔は、生気が薄れていた。暗さの所為もあるが、それ以上に顔色が悪い。髪はやや荒れ、目の下にはうっすらと隈が浮いていて、いかにも気分が悪そうだ。

 

 それに〝王〟は気付かない、気付こうともしない。返事がない事にも〝王〟は全く気にした様子を見せない。

 

 

 彼の興味はラケルよりも、自分の目の前にある()()向けられていた。

 

 

「見よ、この絶景を……!!! 人間などとは比べものにならん最強の軍団…………我が欲した素晴らしい力がここに集っているのだぞ………!!?」

 

〝王〟の前で蠢く無数の影。人の形をしていながら、明らかに人ではない何かの軍勢。

 虎や虫や魚や牛や……様々な動物の特徴を持ち、人の顔がついた異形の群れ。生物らしからぬ姿を持ちながら、生物の気配を持つそれらが、〝王〟とラケルの見下ろす先で呻き声を上げていた。

 

「オ腹……ずイダァァ…‼︎」「肉……もっド肉…肉……‼︎」「お母ザン……お母ざン……」「イやだ……助げデ」「金……金…金…金…」

 

 聞こえてくる怨嗟の声。異形達の口から漏れる、人の声。

 ほとんど判別できないくらいに多くの声が玉座の間に入り混じっていて、常人ならば気が狂うような悍ましい光景だ。

 

「〝ヤミー〟………人間の欲望より生まれし魔物。欲望が強ければ強いほど力を増し…‼︎ 欲望がある限り際限なく増え続ける‼︎ これほど我にふさわしい軍団はあるまい!!!」

 

 そんな景色を、〝王〟は心底楽しそうに、喜ばしげに眺めていた。

 見ているだけで嫌悪感が湧く化け物の群れ。それが自身の命令通りに集結し、そのうえ数え切れないほど揃っている。燥ぐ〝王〟の姿は、豪華な玩具を与えられた子供のようにも見えた。

 

「懸念は親………欲望を生み出す宿主が死ねばヤミーも活動が途絶えるという点だが……それもお前のお陰で解決された。よくやったぞラケル……」

「…………光栄にございます」

「ハハハ…あんな石像が何の役に立つと思っていたが、なるほど確かに意味はあったのだなァ!!!」

 

 脳裏に思い浮かべるのは、過去に狩りの後に建設を命じたいくつもの石像。仕留めた獣達の慰霊のために建てたと島の人々に語ったそれら。

 事実とは全く異なる用途を持つ石像に、何も疑わずただ笑っていた人々を思い出し、〝王〟は嘲りの表情を浮かべる。

 

「人間の精神を捕らえる結界を生み出し、肉体が死しても永遠に欲望を産ませ続ける………詳しい理屈は知らんが、実に素晴らしい技術よ。こんなもの、あの役立たず共には決して作れんかっただろうなァ」

「…………」

「まァ…我に叛意を抱く不忠義者など、〝石〟の材料になって当然だったがな────」

 

 愉しげに笑う〝王〟と、隣に控えるラケル。

 彼らの他に人の姿はない……かつていたはずの四人の錬金術師達は、どこにもその姿が見られなかった。

 

 

 ───…〝王〟よ!!!

    これは一体なんの真似でございますか!!?

 

 

 ラケルの目に、あの時の光景が浮かぶ。

 

 玉座の間に呼び出されたガラを筆頭とした錬金術師達。

 何用か、と訝しみながら命令どおりやってきた彼らは、突如拘束され引きずり倒され、同じく拘束された猛獣達とともに転がされていた。

 

 ───その地で彼らの術の犠牲となった者達と同じように。

 

『何の理由があって我等を捕らえなさる⁉︎〝王〟よ‼︎ よく思い出してくだされ‼︎ 我等ほど長きにわたって貴方に仕え支えてきた者はおりませぬぞ!!?』

 

 訳がわからないといった様子で抗議の声を上げるガラ、同じく喚き叫ぶ他の錬金術師達。

 必死の形相で解放を乞う彼らに、〝王〟は冷酷に、一切の情がない冷めた目で見下ろし、吐き捨てた。

 

『戯けどもが……我が見破れぬとでも思うたか、謀反者め』

『!!? な…何を根拠に……』

『貴様が我に極秘で、独自に新たなコアメダルを生み出そうとしておった事は承知の話だ』

 

 ガラの表情が即座に変わった。そして一瞬、視線が横に逸れた。

〝王〟の疑惑が真実である、あるいは明確に関わっている、そう自白したも同然の反応に、〝王〟は嘲笑を浮かべた。

 

『貴様…何のつもりでそんなものを作った? 我の名もなく、貴様の勝手な欲望で生み出した〝(メダル)〟で何をするつもりだった?』

 

〝王〟は怒っていた。

 自分の知らない玩具が、自分の知らない時と場所で勝手に作られていた事に。それを用いて何かを企む者がいた事に。そして……自分の思い通りに動かない者がいる事に。

 

『し…しかし‼︎ しかし我等がこれまで〝王〟の為に尽くして来た事は事実!!! そんな我等を本気で切り捨てなさるおつもりか!!?』

『考え直してくだされ!!!』

『我等はこれからも貴方に尽くす所存‼︎』

『どうか早まった真似は………‼︎』

『いらぬわ、貴様ら如き役立たずなど』

 

 疑惑を解くのは不可能であると察したガラ達は、口々に命乞いの言葉を口にする。だが、〝王〟はそれを一蹴する。

 必死の形相で慈悲を乞う彼らの言葉を微塵も聞き入れず、はっと鼻で笑って見せた。

 

『ロクな腕も持たず……知識も配慮も足りず…長年我の時間を無駄にして来た穀潰しに何の期待をかけよというのだ………肥やしにした方がまだ有益だ』

『…〜〜!!!』

『わかったら黙るがいいわ………能無しめ』

 

 容赦のない、本気で何も想っていない〝王〟の言葉。

 絶句した錬金術師達は、やがてわなわなと震え、怒りに目を吊り上げ血走らせていく。

 

 彼らに向け、〝王〟は最後の言葉を手向けた。

 

 

『お前はもう、いらん』

フザケるなよ愚物がァァァ〜〜〜!!!

 

 

 我慢の限界に、積もりに積もった怒りが爆発したガラの咆哮が迸る。

 立ち上がり、拘束されたまま〝王〟に向けて飛び出そうとした彼だが……その時にはすでに、ラケルが祈るように手を合わせ、円陣に光を点させていた。

 

 そして錬金術師達に、深紅の閃光が襲いかかった。

 

『ギャアアアア…‼︎』

『おのれ……おのれおのれおのれ…おのれ貴様ァ!!! 許さん……決して許さんぞ‼︎』

 

 輝く円陣の中、悪魔の儀式に命を吸われていく錬金術師達。

 悲鳴をあげ、のたうちまわる彼らの中で、ガラは怨念に満ちた目で〝王〟を射抜き、吠える。

 

『この身が朽ち果てようと物になろうと………貴様だけは絶対に許さん!!! 未来永劫…………呪い続けてやる!!! 覚えておけ!!! いつの日か…貴様を地獄に引きずり落としてやるからなァァァ〜〜〜〜!!!』

 

 激しい苦痛の中に陥りながらも、その命が最後の一滴まで絞り尽くされる瞬間まで、ガラは〝王〟へ吠え続けた。

 

 やがて光は消え、玉座の間に静寂が訪れる。

 倒れ伏した錬金術師達と猛獣達の骸を見る事なく、〝王〟は新たに生み出された橙の硬貨を眺め、呟いた。

 

『………覚える価値などあるか、クズめ』

 

 

 それが、今から何十年も前に起こった事だった。

 

 筆頭錬金術師達が消えた後も、狂気の儀式は幾度も行われた。まだ生み出されていない猛獣達を使い、強い欲望の持ち主を材料にして次々にコアメダルを作り出していった。

 その度に〝王〟は喜び、より一層力を欲し続けた。

 

 そして今、この名もなき島に生き延びている人間は、彼女達二人だけになろうとしている。

 

「…………のぅラケル、我の役に立つのはお前だけだ。お前以外は何の意味も持たぬゴミでしかない」

「………………」

「お前は我に付き従え………未来永劫、我が永遠の王国の王妃であれ。それを拒み逆らうのならば…………死ね」

 

〝王〟の目には、未だ途絶えぬ欲望が渦巻いている……だが、その肉体は人間の寿命の限界へ辿り着かんとしている。

 どれほど持つかはわからない、だが、思うがままに、欲望の限りを尽くしてきた男は……命の終わりが確かに近付いている。

 

 無意識のうちに腹部を撫でながら、ラケルは誰にも聞こえないよう、そっと憂いを帯びたため息をこぼした。

 

 

 

「──お…おれ達はこの島に囚われた。島から出られないだけじゃない………死んでも死ねなぐなっだ…!!!」

 

 場所は戻り、廃墟の街の老人の住処。

 

 何度も咳き込み、幾度も話を中断し、長い時間をかけながら老人は話を続けた。

 その間、エールだった少女は何も問わない。話しかけない。

 いまにも途絶えそうな男の命の火が、最後まで灯り続ける邪魔をしないように、そっと側で佇んでいた。

 

「化け物の〝親〟になっだ奴は狂っちまっで………島はメチャクチャになった!!! 腹ペコの奴は…玉みたいになっても食い続けて………宝石好きの女は………鉱山の中で埋もれて潰されで…………‼︎」

「…………」

「みんなみんな…おがじくなっでいっで………!!! さい…最後はみんな………化け物に喰われていなぐなっぢまっだ……!!!」

 

 ごほっ、ごほっとひどくなった咳が漏れる。

 今にも途切れそうな命を、老人は意志の力のみで保ち、語り続ける。

 

 少女はただ無言で、彼の慟哭と懺悔を聞くだけで、それ以上何もしようとはしなかった。

 

「あ…あのクソッタレの〝王〟は!!! おれ達と島の獣達を使ってとんでもねェ物を作ってた…!!! お……お…おれ達は…‼︎ おれ達はただの…‼︎ 兵器の材料でしかなかった………!!! おれ達は…騙されてたんだ…!!!」

「…………」

「な…なァ………あんた、だ…誰かは知らないが…助……けちゃ…くれないか…?」

 

 もう何も見えていない目で、老人は少女を見つめる。最後の力を振り絞り、枯れ枝のような腕を震わせながら伸ばす。

 助けを乞うその手を───少女は取る事はなく、じっと見つめるだけだった。

 

「おれ……おれ"も…………さんざ……好き勝手やって来ちまっだけどよォ…‼︎ せ…せ…せめで………最期だげでも…マトモでありでェんだ………!!!」

 

 不意に、じゃらじゃらと音がする。

 どこから出ているのか、無数の金属片が雪崩を起こすような耳障りな音が、老人の方から響いてくる。

 

「おれ……おれ‼︎ 化け物になんがな"りだぐねェヨォ!!!」

 

 ふっと、老人の手から力が抜ける。

 それと同時に、老人の腹の中から何かがずるずると這い出してくる。

 

 白梟のような羽毛の生えた、人面の鳥人。

 歪で醜い悍ましい存在が、事切れた老人の体内から誕生し、少女の前で口を開いた。

 

「死ニ…タク…ナイィ」

 

 そう呟いた直後、梟の異形は宙へと飛び上がり、襲いかかる。

 音もなく急降下してくるその異形を、少女は以前変わることのない凍りついた表情で見つめ、徐に拳を構えた。

 

 虚ろなその目が───突如紫色に輝いた。

 

 

 

 ぴくり、と〝王〟の手が震える。

 彼の備える人間離れした感覚が、自分の王国の中で生じた異変を感じ取り警告を与えてきた。

 

「……⁉︎ 我の駒が………減った?」

 

〝王〟の呆然とした呟きに、ラケルも困惑の目を向ける。

 

 ここにいる〝王〟が絶対的な支配者であり、ウヴァ達が彼の命以外の行動に出ない以上、以上が起こるとは考えにくい。

 この閉ざされた島に誰かがいる、そう告げられたも同然だった。

 

「誰だ…!!! 誰が我のものを奪った!!! 誰が我の駒を壊したァ!!!」

「〝王〟よ、落ち着いて………‼︎」

「まだこの島に我に逆らおうという愚か者がいるのか…‼︎ 忌々しい…………不愉快な不届き者め!!!」

 

 ラケルの制止にも耳を貸さず、苛立たしげに押しのけ、〝王〟は久しぶりの癇癪を起こす。

 

 やがて彼は、玉座の間の隅で退屈そうに寛ぐ人影……赤き鳥人に視線を向け、唾を吐き散らしながら声を上げた。

 

「行け…赤の…!!! 我が欲望に楯突く愚か者を───始末して来い!!!」

 

 名前すら呼ばない傲慢な命令に、鳥人は鬱陶しそうに振り向き。

 しかし何も言わず、億劫そうに立ち上がった。

 

 

 

「…………………」

 

 波の音が響く、海岸。

 他の騎士よりも比較的穏やかな波が押し寄せる、静かなその場所。

 

 自ら作った簡素な墓を前に、エールだった少女は座り込み、気怠げなため息をこぼしていた。

 

 老人以外に、人は見当たらなかった。

 どこの家も崩れて、人の痕跡すらも見当たらない。

 

 だから、墓は一つしか作らなかった。作れなかった。

 作ろうにも、かつていた島の住民がどれだけいて、どんな人間がいたか、てんで思い出せなかった。

 

 ふと、背後に気配を感じる。

 少女は虚ろな表情でゆっくりと振り向き、誰もいないはずの国の後を訪れた者の姿を確かめる。

 

 そして、わずかに目を見開いた。

 

「………アンク」

 

 ぼんやりと、無意識のうちに漏れ出たその名前。

 名を呼ばれた赤き鳥人は、無機質な緑の目で、目の前の虚ろな少女を見下ろした。

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