ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

32 / 324
第31話〝また逢おう〟

 最後の皿洗いを言えたエレノアは、一階でサンジと語らっているルフィを見下ろす。

 しばらくの間眠っていた彼と、サンジは伝説の海オールブルーへの夢を語っていた。

 

「ルフィも起きた…これで取りあえず、ノルマは終わったってことでいいんですよね?」

「小僧はともかくてめェはちと惜しいが……まァ仕方がねェ。さっさとどこへでも行っちまえ」

 

 相変わらず優しさのかけらもないゼフであったが、これしか彼は口にできないのだと理解しているため気にならない。

 しかしふと、神妙な顔つきでゼフはエレノアを見つめてきた。

 

「だがその前に、少しばかし茶番につきあっちゃくれねェか」

「え?」

 

 驚くエレノアに、ゼフは前々から決めていたある芝居について明かす。

 エレノアは思わず顔をしかめ、ジト目でゼフを睨んだ。

 

「…………彼に、彼自身を解放させるおつもりで?」

「おれァもともとあんなクソガキの贖罪なんざ必要としちゃいねェ…目障りなんだよ、あいつのことは」

「それが最後の命令なら……わかりました」

 

 腑に落ちないといった様子でため息をつくエレノアは、サンジを見下ろすゼフに呆れた目を向ける。

 あの二人は最後まで、憎まれ口を叩き続けるのかと。

 

「…最後くらい笑って見送ってやればいいのに。意地っ張りどもめ」

 

 そんな毒舌にも気付かず、ゼフは楽しそうに夢を語っているサンジに笑みを浮かべていた。

 

「うれしそうな顔しやがって…バカが」

 

 

「メシだァ――っ‼ 野郎どもォ――っ!!!」

「おい誰だ、今日の当番は」

「おれ様と‼」

「あ、おれ様よ‼」

「なんだ極道コンビかよ。たいした味じゃねェな、どうせ」

「黙って食えこのアホのボイル共っ‼」

 

 クリーク一味が去り、いつも通りの柄の悪さが戻ってきたバラティエであったが、この日は少し違っていた。

 

「ん? おい…おれ達の席は?」

「めしは?」

「おめェらのイスはねェよ」

「へっへっへ、床で食え床で‼」

「椅子がねェ⁉ …んなことあるかよ、レストランだぜここは」

 

 いつもしないような意地悪を言い、ばかにしたような態度で笑う彼らに、サンジもルフィも訝しげな表情を浮かべる。

 エレノアだけが、ブスッとした様子で黙り込んでいた。

 

「しょうがねェな」

「何かへんだな、あいつら…」

「いつもへんだよ、あいつらは。エレノアちゃんも何で黙ってるんだ?」

「…別に」

「おい今朝のスープの仕込みは、誰がやったんだ⁉」

 

 文句を言いながら床に座っていると、唐突にパティがスープのもられた皿を手に立ち上がった。

 それを見たサンジは思わず笑みを浮かべるが。

 

「…おう! おれだ、おれ‼ うめェだろ⁉ 今日のは特別にうまく…」

「こんなクソマズいもん飲めねェよ!!! ブタのエサかこりゃあ!!?」

 

 パティはそれを、なんのためらいもなく床に叩き落とした。

 このレストランではご法度である、食べ物を粗末にするという禁忌を、パティは犯したのだ。

 

「おい、人間の食べ物はお口に合わなかったかいクソダヌキ」

「はん…ここまでマズイと芸術だな、吐き気がするぜ。クソでも入れたか?」

「悪ィが今日のは自信作だ。てめェの舌がどうにか…」

「ウエッ、まずっ‼」

「飲めねェ飲めねェみんな捨てちまえっ‼」

「ぺっぺっぺっこりゃ飲めねェ‼」

 

 怒りをあらわにするサンジの前で、コックたちは次々にスープを床に捨て、絨毯を汚し始めた。

 エレノアはわかっていたように何も言わなかったが、それでも険しい表情でパティたちを見つめていた。

 

「てめェら一体何のマネだ!!!!」

「てめェなんざ所詮〝エセ副料理長〟だ、ただの古カブよ‼」

「もう暴力で解決されるのはウンザリだぜ」

「マズイもんはマズイと言わせてもらう」

「何だと…」

 

 絶句するサンジの背後で、ガチャンと皿が落ちる音がする。

 振り返れば、不快げな顔をしたゼフがサンジを睨みつけ、床に落としたスープを指差していた。

 

「おい何だこのヘドロみてェなクソまずいスープは!!! こんなもん客に出されちゃ店がつぶれちまうぜ!!!」

「ふざけんなクソジジイ!!! てめェの作ったスープが、これとどう違うってんだよ‼ 言ってみろ!!!」

「おれの作ったモンと…? うぬぼれんな!!!」

 

 激昂したゼフは、サンジを殴った(・・・)

 料理人として一度も手を使って人を傷つけたことなどない彼が、サンジにだけ初めて拳を振るったのだ。

 それはつまり、サンジを料理人としてではなく、ただの一人の人間として扱ったという意味にも取れた。

 

「てめェが、おれに料理を語るのは、百年早ェぞチビナス!!! おれァ世界の海で料理してきた男だぜ!!!」

「………!!! クソ!!!」

 

 悔しさと怒りに顔をくしゃくしゃにしたサンジが、苛立ちをぶつけ損ねたまま背を向ける。

 しんと静まり返ったバラティエの中で、エレノアはジト目を向けた。

 

「…大根役者どもが」

「このスープメチャクチャうめぇのにっ‼」

「そんなことは……ここのみんな知ってるみたいだよ。ねェ?」

「……そうだよ」

 

 エレノアが聞き返すと、コックたちは苦虫を噛み潰したような表情で答えた。

 

「あー、恐かった。あいつマジでキレんだもんなー」

「サンジの料理の腕はここにいる全員が認めてる」

「こうでもしねェと聞かねェのさ、あのバカは………‼ なァ…小僧共…」

 

 どんなに喧嘩しようとも、嫌おうとも、仲間が努力してきたことも、その実力も知っている。

 これは素直に本音を伝えられない彼らなりの、サンジへの優しい嘘だった。

 

「…………あのチビナスを、一緒に連れてってやってくれねェか。…………〝偉大なる航路(グランドライン)〟はよ……あいつの夢なんだ」

「全く店主(オーナー)も面倒くせェことさしてくれるよなァ」

「ヒヤヒヤしたよじっさいよー」

「おれスープおかわり‼」

「おれも」

「おれもだ‼」

 

 もうサンジの目が届かないことをいいことに、コックたちは自分でこぼしたスープをもったいなさそうに見下ろしてから厨房に向かう。

 本当に素直じゃないと呆れながら、エレノアは扉の外でうずくまっているサンジのことは黙っておこうと決めた。

 

「……で? どうする? 船長」

「いやだ」

「「「「何――――――――っ!!?」」」」

 

 が、コックたちによるせっかくの演技は、ルフィにとっては気に入らない結果だったらしい。

 

「どういうことだ小僧‼ 貴様、船にコックが欲しいんじゃねェのか⁉ あの野郎じゃ不服か」

「ううん。素質は充分……ていうか期待以上だと思うよ」

「でもあいつはここでコックを続けたいって言ってるんだ。おっさん達に言われてもおれは連れてけねェよ」

「あいつの口から直接聞くまで納得出来ねェってわけか」

「わけだ」

「当然の筋でしょ?」

「……まァ確かにな。だが、あのヒネくれたガキが素直に行くと言えるかどうか…」

「言えるわけないっスよ。あいつはかたくなにアホだから」

 

 これでは無理やり連れて行くのと変わらない。

 サンジが自分から行くという言葉を聞ければいいが、彼の性格を見る限り難しく思えた。

 だがその時、店に大きな衝撃が響き渡った。

 バラティエの扉をぶちあけながら、人間の上半身と魚の下半身の形をした影が飛び込んできたのだ。

 

「何事⁉」

「サンジ‼」

「何だこいつは‼ 人魚か⁉」

「魚人島からはるばるうちのメシを食いに⁉」

「こんなに不格好な人魚はさすがにいないと思うよ…これただのパンサメに食われた人間だ。……ってヨサク⁉」

「ああ…エレノアの姉貴…‼」

 

 見覚えのある男がまた瀕死になっているという光景に、エレノアは大きく目を見開いた。

 冷えた体を温めるために、コックたちが用意してくれた毛布で体を包み、温かい飲み物を飲みながらヨサクは語った。

 

「追いついたわけじゃねェんすけどね。ナミのアネキの船の進路で、大体の目的地がつかめたんす」

「ふーん。じゃ連れ戻せるじゃん」

「それが、その…そのアネキの目的地っつうのが、あっしらの予想通りだとしたらとんでもねェ場所で…‼」

「それであんただけ知らせに戻ってきたと…」

 

 結構な距離があっただろうによくやる、とエレノアは半分感心し半分呆れる。

 実力はともかく根性は相当なものだ。

 

「まァ、詳しいこと後で話しやす! とにかくおふた方の力が必要なんです。あっしと来て下さい‼」

「よし! 何かわかんねェけどわかった‼ 行こう‼」

「いろいろと言いたいこともあるしね…」

「待てよ」

 

 早速準備を進めようとする四人の元に、サンジから制止の声がかかった。

 

「おれもいくよ。連れてけ」

「え⁉」

「サンジ、お前…」

「つきあおうじゃねェか、〝海賊王への航路〟。バカげた夢はお互い様だ、おれはおれの目的の為にだ。お前の船の〝コック〟おれが引き受ける。いいのか? 悪ィのか?」

「いいさ!!! やった―――――っ!!!」

 

 急な心変わりにルフィは戸惑いながらも喜び、ヨサクとともに手をつないで回りだすが、エレノアは心配そうな表情を浮かべていた。

 

「……いいんだね?」

「あぁ…ゴメンよ。バカ共のヘタクソな演技につきあわせちまって」

「てめェ知ってたのか‼」

「筒抜けだよ。てめェらバカだから」

「何ィ!!?」

 

 早速戻ってきた毒舌に反応しかけるが、サンジはあざ笑うようにゼフを見やるだけであった。

 

「…つまり、そうまでしておれを追い出してェんだろ? なァクソジジイ」

「てめェは何でそういう口の聞き方しかできねェんだ、コラ‼」

「どうしてこう………素直になれないのか」

 

 どっちも本当に伝えたい思いがあるだろうに、それを口にしない、いやできない姿にエレノアは歯噛みする。

 もどかしくて仕方がなかった。

 

「…フン、そういうことだチビナス。もともとおれはガキが嫌いなんだ。くだらねェモン生かしちまったと後悔しねェ日はなかったぜ、クソガキ」

「は……上等だよクソジジイ。せいぜい余生楽しめよ」

 

 そんないつも通りの憎まれ口を叩きあった後、サンジは準備のために自室へ向かう。

 コックたちからしばらくの航海のための食料を分けてもらいながら、エレノアは一人一人に別れと感謝の言葉を述べていった。

 ものすごく引き止められたが。

 

「遅いっスね、コックのアニキ」

「もう来るよ。…ほら」

 

 サンジの買い出し船に乗って待っていると、片手にカバンを下げたサンジがやってくる。

 そんな彼に、背後から巨大なスプーン状の武器を振り上げたパティとカルネが襲いかかった。

 

「積年の恨みだ!!!」

「覚悟しろサンジ!!!」

 

 これまでの怒りをぶつけようとするが、当然のごとく二人は瞬殺された。

 

「勝てねェって、お前らじゃ」

「行こう」

「? いいのか? …あいさつ」

「いいんだ」

 

 のびている二人を気にすることなく、コックたちの方に振り返ることもなく、サンジはルフィたちを促して出発しようとする。

 そんな彼の背に向けて、ゼフが小さく口を開いた。

 

「おい、サンジ。カゼひくなよ」

「……!!!」

 

 その何気無い一言が、引き金となった。

 ゼフから初めて聞いた気遣いの言葉が、サンジの胸にこれまで積み重ねてきた感情を思い起こさせる。

 溢れ出す涙をこらえることができず、サンジはその場で膝をつき、ゼフに向かって深々と頭を下げていた。

 

「オーナーゼフ!!! ……長い間!!! くそお世話になりました!!! この御恩は一生…!!! 忘れません!!!!」

「くそったれがァ!!! さみしいぞ畜生ォオ!!!」

「ざびじいぞ――――っ!!!」

 

 サンジが初めて口にした感謝の言葉に感極まり、気絶していたはずのパティとカルネが号泣しながら本音を口にする

 それを皮切りに、他のコックたちもボロボロと涙をこぼしながらサンジとの別れを惜しみ始めた。

 

「ざびじいぞォ!!!」

「かなしいぞ畜生ォ!!!」

「……バカ野郎どもが……‼ 男は黙って別れるモンだぜ」

 

 そういうゼフの目からも、隠しきれない涙の雨がこぼれ落ちる。

 ともに同じ時を過ごしてきた彼らの心は今、なんのしがらみもなく繋がっていた。

 エレノアとルフィは顔を合わせ、満面の笑みを浮かべる。

 

「また逢おうぜ!!!! クソ野郎ども!!!!」

 

 多くの仲間に見送られながら、忠義の男サンジは大海へと踏み出したのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。