ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR− 作:春風駘蕩
エレノア「……何か申し開きは?」
大変長らくお待たせいたしましたm(._.)m
第303話〝孤独こそ望み〟
───欲張り王様 全部が欲しい
世界の全部が 何でも欲しい
だけど島には 何もない
なのにやってくる 錬金術師
空気が重く、轟く。
暗闇と暴風の中で丸く縮こまり、耐えていたラケル。
彼女は不意に差した日差しの眩しさに目を見開き、すぐに閉じかけ、薄目を開けて様子を伺う。
そして、険しい表情で唇を噛んだ。
「…エールさん」
〝王〟の居城があった陸地、島の約3分の1───それが、そっくりそのまま消失していた。
小高い山のような陸地があったそこでは波が荒れ狂い、人の姿は影もない。
いや、人の形は確かにある。
しかしそれは海の底に横たわる胎児の形をした巨大な何か……ヒノ・エールの成れの果てだった。
「………あなたのお覚悟、しかと見届けさせていただきました。あなたこそ…〝王〟となるべき方でした」
我が身を代価に憎き敵を……自らの血の繋がった父を閉じ込めた少女の覚悟に、ラケルは怒りよりも感嘆が勝る。
あの愚王とは比べ物にならない、勇ましき覚悟の所業だ。
「お恨み言は………いずれ私があの世に下った時にいくらでも受け入れます。…………それでも、私は止まれません。止まるわけにはいかないのです」
ゆっくりと立ち上がる。
もうこの島に用はない……できる事は何もない。
自らの願いを、執念を果たすべく、次なる〝
「…………ヤツをこの手で殺すまでは」
奪ってきたものを無価値にしないために。
錬金術師が 笑って言った
お前の願いを叶えてやろう
欲張り王は 我慢ができない
悪魔の契約 愚かに結んだ
キラキラ光る 獣の金貨
金貨が創る 欲しがりな魔物
国の皆は 大騒ぎ
魔物が暴れて 大騒ぎ
「ハァ…ハァ…ヒィ………‼︎ バ…バケモノ……バケモノだ…………‼︎ あの役立たず……バケモノになっておれ達に復讐しに戻って来たんだ…‼︎」
荒れ狂う波を、粗雑な小舟に乗って越えようと奮闘する男がいた。
何度も何度も、これまで好き勝手暮らしてきた島を……自らを閉じ込めてきた大渦を振り返りながら、必死に漕ぎ続ける。
妾の娘が起こした惨劇、それが起こした気候と海流の異常。
それと、男が漕ぎだした瞬間が奇跡的に重なって、牢獄からの脱出を叶えさせていた。
「チクショウ…チクショウチクショウ……‼︎ ふざけんなよ‼︎ 死んでたまるか…‼︎ 殺されてたまるかよ‼︎ チクショウ……チクショウ…!!!」
あてもなく、目的地もなく。
ただただ島から逃げるために男は漕ぎ続ける。
一国を滅ぼした恐ろしき〝悪魔〟と〝古の王〟から逃げるために。
欲張り王様 全部を願った
欲しがりすぎて 呑まれて消えた
愚かな王様 どこにもいない
欲張りすぎて 消えちゃった
欲張り 欲しがり 気をつけろ
永遠の無で 独りぽっち
お前も永遠に 彷徨うぞ
ちゃりん じゃらじゃら 強欲の
愚かな王の 物語
遠い昔の 物語
暗い暗い、闇の中。
広い空間の中心に備えられた祭壇の上、置かれた棺の上で。
膝を抱え、項垂れた少女が……虚ろな眼差しで虚空を見つめ、掠れた声で呟いた。
「…………………アンク」
───憐れな姫の 物語
とめどなく降り続く豪雨。分厚い雲に覆われた空の下。
少女の口から紡がれてきた、遠い遠い昔の物語が幕を閉じた。
「…長く、話し過ぎたねェ。つまらない話…長々と聞かせちゃって悪かったよ」
語り部を全うした少女は、光を灯さない虚ろな目で虚空を見つめ、深く息を吐く。ずぶ濡れの全身を厭うことなく、ただ無言で空を仰いだ。
「まァ…そういうワケさァ…………くだらない正義感と自己満足で、ロクでもない相手を助けて匿って……その結果がコレさァ。な〜〜〜んにも無くなっちゃった。…バカなガキだろう」
どれだけ時が経とうと、薄れる事のない記憶。一人の悪魔が招いた悲劇。
守ろうとした民も、決して失いたくなかった番も、全てを奪われ喪った忌まわしき過去。
その元凶は……ここにいる自分自身なのだ。
「…ぜんぶ私が悪いのさァ。私がいなきゃ………父様も夢に溺れずに済んだし、島のみんなが欲望に呑まれることもなかった。ぜんぶぜんぶ………私の所為なのさァ」
呆れて自然と笑みがこぼれる。
誰かのため、皆のため。そんな言葉を言い訳にして、苦痛を訴える己の心を誤魔化し、理不尽に耐え続けた―――そんな己に酔っていた。
その結果がこれだ。
何一つ取りこぼしたくない、そんな妄言を吐き続けた結果、全てを失くしてしまった。
「何もかもイヤになって…何もかもを箱に閉じ込めて静かに過ごしてたのに……どうしてこうなったかねェ」
黒く分厚い雨雲を見上げ、眼を閉じる。
世界に別れを告げ、〝無〟になっていた筈だった。なのに今、自分は外にいる―――再び奪われ、抜け殻の自分は棄てられた。
「…まァ、あんたに言っても仕方ないけどねェ」
真横で仰向けに倒れ、麦わら帽子を顔に被せ、大雨の中でも構わずぐーすかといびきをかいている青年を見下ろし、エールはまた嘆息した。
何か答えて欲しかったわけではない。
ただ、閉ざしていた口が緩んだ、それだけだった。
「…ラケル」
甲板で語られた遥か昔の物語。
船室で身を潜めながら、様子を窺っていた一味の面々はその壮絶さに言葉をなくす。
その中に登場した錬金術師―――後に〝悪魔〟と呼ばれた天族の名を、エレノアは思わず口にする。
「エレノア、何か知ってる?」
「ううん………聞いた事がない。800年前にそんな天族がいたなんて、母さんも言ってなかった」
ナミに問われるも、そもそも自分の種族の事自体知識が曖昧なエレノアには何も答えられない。
ただ、恐ろしく危険な思考の持ち主である事は間違いなかった。
「………人の命を材料に作られる〝賢者の石〟。それと同じ、あるいは限りなく近い存在といえる〝オーメダル〟。一体どこからその材料を調達したのかと思っていたけど…」
「お前の言った通り………胸糞悪い方法で出来てたな。大正解じゃねェか」
「嬉しくねェ」
ロビン、フランキー、チョッパーの学者組が険しい表情でそれぞれ呟く。
知識と技術の使い方の善悪で苦悩した経験のある三人にとって、こういった
重苦しい空気の中、胡坐をかいて壁に凭れ掛かっていたゾロが吐き捨てるように呟く。
「なるほどな…やった事ァ…まさに悪魔の所業だ。お前が島の連中に〝悪魔〟呼ばわりされて追い回されるのもわかる」
「おいマリモてめェ!!!」
「いいから‼︎ ………自分でもそう思ってるし」
島に来て、自分の種族が明らかとなった際に島の人々に向けられた、凄まじい敵意と畏れの眼差し。
始めこそ訳が分からず混乱したものの、今の話を聞けばエレノアも納得せざるを得ない。島の人々が怯え、排除しようとするのも仕方のない話だろう。
「――だけど今、懸念すべきはそいつじゃなくて、もう1人の錬金術師の方だよ。…賢者の石の怨嗟の声の中で、800年間狂う事なく自我を保ち続けた怨讐の錬金術師が相手か。どう戦ったもんかな」
エールの昔話の中で語られた名前、憎悪に燃える錬金術師ガラ。
本当の〝強欲王〟に裏切られ、賢者の石の材料にされて一度は殺されながら、どういう理屈か蘇り、現代の人々に牙を剥こうとしている。
直接の因縁はなくとも、戦わなければ自分達が窮地に立たされるだろう。
「なァエレノア‼︎ 賢者の石っていやァ、エドとアルが探してたアレだろ?」
「うん」
―――ある一説にはこうある…
『それは苦難に歓喜を、戦いに勝利を、暗黒に光を、死者に生を約束する血のごとき紅き石。
人々はそれを敬意をもって呼ぶ―――〝賢者の石〟と』!!!
重傷により今は船を降り、自らの罪を清算すべくどこかで旅を続けているであろう兄弟達を想い、ウソップが尋ねる。彼らも確か、同じ物を探していたはずだ。
「あん時お前が探すのを止めてたのは…そういう理由だったんだな…………知ってたのか? 作り方」
「ううん……昔見つけた時に見聞色の覇気で感じ取っただけだよ。――石の中で延々と叫び続ける亡者の怨念をね」
かつての事を思い出しているのか、険しい表情でエレノアが呟き、同じ光景を想像してしまったのか、ナミもゾッと顔を青ざめさせている。
肉体を奪われ、命すら消費される道具にされてしまった人の怨嗟の声など、どれだけ悍ましいだろう。
「エドとアル……これ知ったらがっかりするだろうな」
「世の中、そんな甘い話はないんだよ。錬金術も万能じゃない………『結果』を手に入れるには相応の『代価』が求められる。〝禁忌〟を侵したなら…猶更さ」
彼らがすでに同じ新実に辿り着いている事を知らず、チョッパーが同情の声を漏らすのをエレノアが戒める。
そして自身の鋼の両脚を―――身の丈に余る『結果』を得ようとした『代償』を見下ろした。
「なァ、エレノア…その〝賢者の石〟に囚われてる…魂? って……解放してあげられないのか?」
「! そういやァ、前にその石ブッ壊したっつってたもんな! 今度もそれでガラの奴やっつけられんじゃねーか⁉」
一味の中で最も詳しいエレノアに向けて、チョッパーとウソップがやや期待を声に乗せて尋ねる。だが、少女は渋い表情で首を横に振った。
「〝賢者の石〟にも格があるんだ。私に壊せるのは、精々粗悪品だけ。内蔵された魂のエネルギーが枯渇するまで使用させ続けるって手もあるけど………そのエネルギー量がどれだけあるか想像もできない」
打つ手なし、としか言いようがない。
重くなる船室内の空気。静まり返ったその中で、ゾロが虚空を睨みながら険しい表情で口を開いた。
「準備がいるな………あの野郎の錬金術はとにかく強力だ。地面だろうが壁だろうが何でも自分の武器にされちまったら迂闊に手出しができねェ」
がしゃがしゃと音を立てて、甲冑姿の兵士が街中を巡回していく。
一目見渡すだけで、その数おおよそ数十。島全体を見渡せば恐らくその数倍、十数倍の数がうろついているのだろう。
「ダ…ダメだ。あちこちをあいつらが見回ってる……これじゃどこにも逃げられねェ」
「アイツら………本気でおれ達全員を殺すつもりなんだ」
建物の中から様子を窺っていた住民の一人が、恐怖で引き攣った表情で引っ込み、他の者と一緒に頭を抱える。
重苦しい空気に怯えたのか、一人の母親が抱えていた赤ん坊が火がついたように泣き始めた。
「オイ!!! うるせェぞ‼︎ 泣き止ませろ‼︎」
「やめろって‼︎」
「あァ…泣かないで、ぼうや、お願いだから…‼︎」
怒号を上げる仲間を別の者が止めるも、男の苛立ちは治まらない。
男も女も、大人も子供も、誰も彼もが精神的に追い詰められ、沈痛な顔で項垂れていた。
「チクショウ…畜生!!! 何でおれ達がこんな目に遭わなきゃいけないんだ…」
「アイツらが来た所為だ……アイツらが…………」
全員の脳裏に浮かぶのは、つい最近島に流れ着いた若い海賊達。
彼らが現れてから事態は急変した。それまでは比較的平和で、命の危機などほとんどなかった―――その上、〝悪魔〟と〝古の王〟まで連れてきてしまった。
本人達に罪の意識があろうとなかろうと、悪態を吐かずにはいられなかった。
異国の侍、新ノ介はそんな空気の中でも表情を変えず、腕を組み瞼を閉じたままじっと黙っていた。
そしてやがて、瞼を開き住民達を見やった。
「皆、よく聞け」
実力者であり、長く人々を助けてきて発言力も高い彼に、住民たちの注目が集まる。
まだ泣き叫んでいる赤ん坊もいるが、それでも僅かに落ち着きを取り戻した彼らを見据え、新ノ介は語りかけた。
「こうなった以上、もう取れる道は多くはない…………何の因果でこうなったか、誰がこの結果を招いたか。責の在り処を究める事にもはや意味はない」
「新さん………だ、だけどよ」
「覚悟を決めよ。我らはそもそも………故郷を追われ、失くし、逃げ延びてきた亡霊のなり損ないだ」
住民達は口を噤む。自分がこの島に流されてきた時を思い出したのだろう。
戦争、略奪、災害……彼らはあらゆる事情で故郷から逃げ出し、追われ、捨てられてきた。
この島は、そして先住の者達はそんな彼らを受け入れてきた。
余所者などという概念は、この島には無いに等しい。
「時が来たのだ。逃げ続けてきた我らが立ち上がらねばならぬ時が。……例えその道の先が終わりに通じていようと、最期を決める権利は今、我ら各々の手にある」
刀に手をかけ、新ノ介は告げる。
ここより他に自分たちの居場所はない。国に、時代に捨てられ、追い出された彼らはもう行く宛などない。
断崖絶壁に立たされた今、取るべき手段は限られている。
「打って出て誇りを胸に死ぬか、無様に虫けらの如く殺されるか……道は己で決めよ」
「ちょっと⁉︎ エール‼︎ 何やってんのよあんた!!!」
豪雨の中、ナミの声が響き渡った。
ゴロゴロと雷鳴が轟く闇の中、じっと甲板で佇んでいたエールが不意に歩き出し、サニー号から飛び降り森の方へと向かおうとしているところを咄嗟に止めたのだ。
その声に、エールは振り向く事なく吐き捨てるようにして答えた。
「………知れた事を…奴を殺しに行くのさァ」
「はァ!!? 何言ってんのよ‼︎ 1人で行く気!!? 昼間あんだけボコボコにされて勝てるわけないじゃないのよ!!!」
慌ててナミも飛び降り、エールの近くへと駆け寄る。
彼女と同じく他の仲間達も単独行動に向かおうとする彼女を案じ、サニー号の上から見下ろし様子を窺う。
「いい⁉︎ エール…あんたが800年も1人でずっと戦ってて、相当深い恨みを抱えてんだってことはわかる‼︎ でも無茶よ!!! 個人的な恨みだけで勝てる相手じゃないでしょ!!! 私達と一緒に行けば…………」
「…何言ってんだィ?」
ぴたりと立ち止まり、エールは僅かに顔を後ろに向ける。表情は見えず、声も抑揚がなく、どんな感情が渦巻いているのか一切窺い知ることができない。
ただ、何者をも寄せ付けない分厚い拒絶の壁が聳え立っている事は誰の目にも明らかだった。
「アレは私が殺す…私の獲物だよ。他所者の力なんて借りない………踏み荒らされたくないんだよ」
「意地はってんじゃないわよ!!? あんただけでできるわけ──」
説得を試みようとするナミが、ずんずんと荒々しい歩みでエールのすぐそばまで近付き、肩を掴んで引き寄せる。
ぐいっと肩を引かれるも、エールはやはり目を合わせようともしない。
前髪で隠れた顔は暗く、奈落の底のような不気味さを醸し出す。
「私が……全ての〝コアメダル〟をブッ壊す」
「エール…‼︎」
「失せろ、アンタ達は……邪魔なんだよ」
痛ましげに顔を歪めるナミ。そんな彼女を見ていられず、エレノアも甲板から飛び降り、静かにエールの元へと近付いた。
「悪いけど、そこまで言われても『はいそうーですか』って見過ごせないよ。もう、アンタも連中も………私達にとっては無関係じゃない。ここであんたを行かせるわけには…」
「失せろっつってんだよ…!!! ガキ共!!!」
がんっ!!
激情に突き動かされたエールの足が地団太のように踏み下ろされ、地面に深く大きな亀裂を生む。
砂礫が一瞬波紋状に浮き上がり、地響きが島中に響き渡る。森からはばさばさと鳥が飛び立つ音が聞こえ、雨音の中に轟音の余韻が長く響く。
エレノアもナミも、様子を窺っていた他の一味の面々も、それ以上は何も口にできず、立ち尽くすだけとなっていた。
「あァ…そうだ…前にほったらかしにしてた答え……後でルフィに伝えといておくれよ」
再び踵を返し、歩き出そうとしたエールが不意に自ら振り向いた。
ゆっくりと顔を上げたエールと目が合った瞬間―――ナミとエレノアの表情は凍り付き、ひゅっと息を呑んで黙り込んだ。
どこまでもどこまでも暗く、闇を湛えたエールの両目を前にし、思考すら消え去ってしまった。
「仲間なんていらない。私は………1人でいい」
最大限の拒絶の言葉を残し、エールは森の中へと去っていく。
その背中が闇の中に見えなくなっていくのを、一味はただ無言で見送る事しかできずにいた。