ONE PIECE −LOG COLLECTION : ELEANOR−   作:春風駘蕩

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第304話〝いい加減にしろ〟

 カラン、カラ~ン。

 雨が上がり、霧の漂う町の中に鐘の音が響き渡る。

 

 住民達は恐怖で自宅に閉じこもり、がらんと静まり返った中心の大通りを、道化の少女を先頭に甲冑姿の異形達が列をなして進んでいた。

 

「お時間で〜〜〜〜〜す♪」

 

 場の空気を完全に無視した満面の笑顔で、鐘の音を拍子に集団を率いる道化の少女。

 その後に続く甲冑集団は、一歩を進める毎にその数を増やしていく。前日に見せた隊列を優に超える幅と長さで、何倍、何十倍もの数となって町の中を進んでいた。

 

「お知らせした通り、あなた方の命は今日でおしまいで~~~す♪」

「懺悔はすみましたか?思い残すことはございませんか? どいつもこいつもおうちに引き籠って震えるだけでございましたが、後悔はなさりませんか?」

 

 応える声など、ある筈もない。

 誰もが自分の家に引き篭もり、頭を抱えているか、隙間から外を覗き見て、より一層の恐怖を抱いて凍りついているか、そのどちらかだ。

 

「それではこのまま───殲滅いたしま〜〜〜す♪」

 

 からーん。

 一際大きく鐘を鳴らした道化の少女の真横を、甲冑の異形達が剣を手に通り過ぎる。

 

 ぎらりと輝く剣が、周囲の家々の中で閉じ籠る島の住民達の首のみを目指し、慈悲亡き足取りで迫っていく。

 

「き…きた、来やがった‼︎」

「何なんだよあの数………‼︎」

「き…昨日見た数の比じゃねェ、あんなのどうしようもねェじゃねェか…!」

 

 住民達の目に浮かぶのは、諦観。

 向こう側が見えない程にぞろぞろと群れを成す異形の集団を前に、抗う気力が微塵もわいてこない。

 

「もうダメだ……おれ達は……おれ達はこのまま……‼︎ 無意味に死んでく…ただそんだけなんだ」」

 

 誰もが、生を諦めていた。

 この世の理不尽を恨んだまま、遥か昔の誰かと全く同じ言葉をこぼし、項垂れていた。

 

 彼らの嘆く声も聞かず、甲冑の異形達は黙々と町の中を進んでいく。

 ぎらりと光る剣を携え、殻に閉じこもる贄を引きずり出さんと、一切のずれがない無数の死神の足音を響かせて迫りゆく。

 

 やがて、最も近い場所で身を潜めていた住民の目前へと辿り着こうとした、その時―――

 

 

 ―――ずしん!!

 

 

 突如、町の中心に何かが落下し、凄まじい衝突音と泥水混じりの砂礫を柱上に立ち昇らせた。

 

 その衝撃で、甲冑の異形達が数体吹き飛ばされ、倒れ込む。

 びりびりと震える空気の中、その様子を見ていた道化の少女は、困ったように眉を顰めて苦笑を浮かべた。

 

「おやおや…困りますね〜〜〜〜? あなた方の終焉は確定事項でございます。そんなにも意地汚く生に執着されては……」

プテラトリケラティラノ! プ・ト・ティラーノ・ザウルース!

オオオオオアアアアァ!!!

 

 砂礫の中で迸る光と、歌。

 狂暴な紫色の光を纏い、町の中心に降り立った厳つい鎧姿の少女が、転に向けて雄叫びを轟かせる。

 

 ぶわっと吹き荒れる冷気の中、道化の少女が更に続けて呟いた。

 

「…虫酸が走るんだよ」

 

 

「…空っぽのゴミが。まだ逆らうと言うのか」

 

 遥か上空から島を見下ろす、錬金術師の居城。

 窓際に立ち、島の唯一の人里の様子を覗いていたガラは、紫色の装甲が陽光を反射する様にぽつりとこぼす。

 

「そんな小さな抵抗………無意味だとなぜわからない。この800年、中身はガキのまま……まるで変わっていない。まったく愚かな娘だ」

「タカでございまーす♪」

 

 彼の背後では、道化の少女達が何やら金縁の貨幣を手に動き回っている。

 彼女達が弄っているのは、逆さにしたフラスコのようなガラスの容器を中心に、3つの円盤が並んだ奇妙な装置だ。

 

「トラでございまーす♪」

「バッタでございまーす♫」

 

 正面にはいくつもの窪みのあるもう1枚の円盤が備わっており、道化の少女達はそこへ金縁の貨幣を1枚ずつ嵌めこんでいく。

 着々と進んでいく『何か』の準備を、コウガミは興味深げに見つめ、次いでガラに勢いよく振り返って尋ねた。

 

「随分と大掛かりな装置だね!!? 一体それは何に使う道具かね!!?」

「………遠慮しない男だな。殺されるやもと恐れる事を知らんのか」

「私がみっともなく泣き喚いて命乞いをするタイプの人間に見えるかね!!? 生憎だがそこまで小心じゃないよ!!! 今まさに世界が終わり、変わり得る歴史の転換点に立っているというのに何を躊躇う事がある!!?」

 

 並の神経の持ち主であれば、怯えて縮こまっているような状況。

 そんな状況でいつもと一切変わらない笑顔を浮かべているこの男は、最早〝狂人〟といえよう。

 

 ガラはやや呆れたような視線を向けつつ、やがて口を開いた。

 

「これこそは〝欲望の天秤〟………世界を終わらせるもの、世界を喰う器だ」

 

 不吉な言葉の響きに、サトナカが息を呑む。

 ちゃりん、ちゃりんと貨幣が次々に嵌め込まれていく装置を振り返るが、それほど恐ろしいものとは思えない。だが、冗談などではないことは本能的に理解できた。

 

「この島の住民達に〝種〟を植え付け、セルメダルを生み出させる……そのセルメダルはこうして装置の中に溜まっていき、やがては盤面全体を〝反転〟させる。盤がひっくり返った時…世界もまたひっくり返される」

 

 天秤。確かに言われてみれば、そんな風にも見える。

 錘を乗せるべき台が2つではなく3つなのは、古の王が纏う例の装具に対する皮肉だろうか。サトナカはそんな意味のない感想を抱いた。

 

「――――豪奢な料理が無数に並んだ円卓をひっくり返したら、真っ新になった卓の上はさぞ清々しいだろうな」

「まさに世界の終焉…!!! 装置が〝欲望(セルメダル)〟で一杯になれば全てが終わるという訳かい!!!」

 

 律儀に説明を終えたガラに、コウガミが感嘆の声を上げる。

 

 見れば、フラスコの中からも甲高い音が―――銀色の貨幣が次々に降り注ぎ、溜まっていく音が聞こえる。

 既に、装置は動き始めている、そしてカウントダウンは始まっているという事だろう。

 

「一つ尋ねよう!!! 君の望みは一体何だね!!?」

 

 コウガミはさらに、続けて尋ねる。相手の機嫌を損ねないかなど一切考えはしない。

 好奇心のまま、自身の欲望のまま、自分の知りたい事に対する答えを欲し続けた。

 

「〝王〟は消えた!!! 自らの強欲に呑まれ!!! ゴミと見下し蔑んできた娘の手で終わりを迎えた!!! 何を思って、この世界全てを消そうとしている!!? …何を望み、それを為そうとしている!!?」

「『リセット』だ」

 

 ガラも遠慮のないコウガミの質問を気にする事なく、もしくは自ら話すつもりだったのか、つらつらと自身の〝願望〟について語り出す。

 ただしその内容は、願望というにはあまりに破滅的すぎた。

 

「我を裏切り踏みにじったあの〝王〟も…我をこんな孤島の地獄に追いやったこの世界も……何もかもが憎たらしく腹立たしい…………‼︎ 思い出すだけで虫唾が走る」

 

 ぎりぎりと、握りしめた手が軋みを上げ、声にも苛立ちが混じり出す。

 過去に受けた屈辱、死へと追いやられた恨み、あらゆる負の感情が今のガラを突き動かしていた。

 

「ならばこそ………もう二度と思い出さずに済むよう全てを消し去る」

「その先に何がある!!? 何を始めるつもりかね!!!?」

何も

 

 ぎろり、とガラの目がコウガミに向けられる。

 その冷たさに、何物も映さない空虚さに、サトナカは顔から血の気を引かせ、コウガミですらも黙り込んだ。

 

「始まりも終わりも………我は何も残しはしない。全て消すだけだ」

 

 ただ只管に〝無〟を求める男の目は、再び憐れな姫が戦い続ける戦場へと視線を戻した。

 

⚓️

 

 めきっ、繰り出した拳が、バケツのような形状の兜にめり込む。

 兜は中身ごとCの形に歪み、続いて凄まじい力で振り抜かれ、弾丸のように勢い良く吹き飛んでいく。

 

 吹き飛んだ騎士は別の騎士に激突し、銀色の貨幣となって花火のように飛び散った。

 

「ウオアアアアアア!!!」

 

 ずしん、と踏み込んだ足を深々とめり込ませ、エールが吠える。

 鋭い爪を振りかざし、手近にいた騎士の顔面を掴んで地面に叩きつけると、引きずりまわし豪快にぶん投げる。

 

 対する騎士達もただやられるだけではない。騎士達は剣を携え、四方八方から斬りかかる。

 一切言葉を発する事なく、統率の取れた動きでエールを取り囲み、決して躱せない一撃を浴びせかけた。

 

 ―――がききききんっ!

 

 甲高い音を立て、エールに幾本もの剣撃が殺到する。

 だが、振り下ろされた騎士達の剣が徐々に押し返され、持ち上げられていく。

 

「ァアアアッ!!!」

 

 気合いの咆哮と共に、エールの尾骨辺りから伸びた紫の尾が振り払われ、騎士達を薙ぎ払った。

 騎士達はエールの尾に傷一つ与える事なく、空高く吹き飛ばされぼとぼとと墜落していく。

 

 しかし、騎士達の連携攻撃は止むことがない。次から次へと新たな兵力がどこからともなく追加され、隊列を組みながらエールに迫る。

 

 突如、エールは背を逸らし、大きく息を吸い込んだかと思うと、地面に向けて溜め込んだそれを撃ち放った。

 

氷獄(ヴュルム)!!!」

 

 一瞬で、全てが純白に染まる。

 

 エールが吐き出した(ブレス)によって地面が、建物が、そして騎士達が纏めて凍りつき、白い彫像と化す。

 封じられた彼らに向けて、エールは再び大きく息を吸い込むと、今度は天を仰ぎながら解放した。

 

ギャオオオオオオオ!!!!

 

 大気を震わせる凄まじい咆哮があらゆるものに破壊の振動をもたらし、凍りついた世界を粉々に破壊する。

 白い騎士達の彫像が一瞬で砕け散り、咆哮により生じた暴風が白く細かい破片が霧のように舞い上がらせる。

 

 圧倒的な破壊力、比べるのもおこがましい力の差。

 だが、それを補うどころか凌駕するほどに……騎士達は再び隊列を成して姿を現し、エールに襲い掛かっていった。

 

 その光景を、激戦から離れた建物の上から、道化の少女達がにやにやと笑みを浮かべながら見下ろしていた。

 

「まァまァ♪ 無駄だと言っていますのにおつむの弱い方ですね~~~♬」

「ホラホラ頑張って下さ~~~い♪ あなたが頑張れば頑張るだけ、島の方々の寿命は延びるかもしれませんよ~~♬」

「精々無様に抗って私達を愉しませて下さ~~~~い♫」

 

 口々に嘲りの言葉を放ち、くすくすと肩を揺らす少女達。

 それを聞いているのかいないのか、エールはまるで悲鳴のような咆哮をあげながら暴れ続けていた。

 

「始まっちまった…‼︎」

「すげェな…1人であの数全部さばいてやがる」

 

 びりびりと地面と空気が震え、細かい瓦礫が無数に飛び散ってくる。

 その光景を、麦わらの一味もまた物陰から見守っていた。

 

「もうあの子1人で全部片づけられそうに見えるんだけど…」

「ムリに決まってんでしょ。見なよ、どんどん増援も来てる――いずれ限界が来るよ」

 

 轟音と方向が途切れる事なく聞こえ、一人戦い続けるエール。

 波のように押し寄せる騎士達を前に、一歩も引かず暴れ続ける彼女を見つめながら、一味は苦痛に顔を歪める。

 

「エレノア‼︎ 作戦はあれでいいのか⁉︎」

「いい‼︎ っていうか………あれしかない‼︎」

 

 今一度聞き返してくるフランキーにエレノアは答える。

 彼らは、あまりの戦いの激しさに手が出せないわけではない。()()()()()()()()()のだ。

 

「向こうの戦力は未知数…どんだけヤバい奴らが出てくるかわかったもんじゃない。その全部を相手にしてたらこっちの体力が削られてく一方だ」

「だから………さっさと〝王手〟をかけにいくってわけか」

 

 ちゃきりと手にした刀を持ち上げ、ゾロが呟く。

 その表情はいつも通り冷静に見えるが、どことなく納得しきれていないというか、不満げに見えた。

 

「エールには悪いけど、アイツ1人でガラもガラの配下も相手にできるとは思えない。エールが大暴れして連中の注意を引いている間に、私達で奴の居城に乗り込むしかない」

「………でもこれって…エールを囮にするって事だよな…?」

 

 びくびくと不安気な表情を浮かべるウソップとチョッパーの指摘に、流石にエレノアも顔を歪める。彼女自身、この作戦には納得していなかった。

 

「そうすんのが合理的……っつーのはわかるよエレノアちゃん。だが………君自身は本当にそれでいいのか?」

「…私だってやりたかないよ。でも…今のあの子と一緒に戦うのは無理だよ」

 

 フー、と煙草の煙を燻らせ、エールだけでなくエレノア自身の事も案じながらサンジが尋ねる。

 エレノアは険しい表情で首を横に振り、キッと戦場を見やった。

 

「あの子にとっては…世界の全てが敵なんだ。どれだけ私達が『敵じゃない』って伝えたところで…きっと…誰の言葉も届かない」

 

 視線の先で、エールは凄まじい咆哮をあげながら暴れ続ける。

 大勢に囲まれ、刃をその身に受け、それでもなお一歩たりとも退かずに「敵」に立ち向かい続ける。

 

 一度、手を差し伸べた。だが、彼女はその手を拒絶した。

 目の前の激戦場、白い氷の氷柱が無数に生えた世界は、まさに彼女の心そのものといえる。

 

「だったら………こっちも勝手にやらせてもらう外にないよ」

「私達に出来るのは………あの子の戦いを無駄にしないこと、そうよね?」

「そういう事‼︎」

 

 ロビンの言葉に、半ばヤケクソのようにエレノアは吠える。

 そして、一味の中で最も納得していないであろう男に向けて、釘を刺すように声を放った。

 

「わかった⁉︎ ルフィ‼︎ ……………ルフィ?」

 

 有無を言わさぬ強い口調で言い放ち、エレノアは勢いよく振り向く。

 

 だが、そこにルフィはいなかった。

 いやそうに顔を歪めて不貞腐れていると思い込んでいた彼女は、ぽっかりと空いた空間に目を瞬かせる。

 

「ん? あれ⁇ アイツどこに―――」

「あ、エレノアさん。ルフィさんならあちらに…………」

 

 ぎょっと目を剥き、当たりを見渡すエレノアにブルックが遠慮がちに声をかけ、ちょいちょいと指で指す。

 視線を向ければ、白く凍りついた世界を踏み砕き、破片を土埃のように巻き上げながら遠くなっていく船長の背中が視界に映った。

 

「〝ゴムゴムの〟ォ!!!」

 

 どどどどど…‼と凄まじい勢いで駆け、雄叫びを上げるルフィ。

 ぐいん、と右腕を振りかぶり、遥か後方に伸ばしながら彼は暴れ回るエールの元へ向かう。

 

 近付いてくる青年に、騎士を叩き潰したエールが気付き、ぎょろりと鋭い目を向けた直後。

 

徹甲弾(フルメタルジャケット)〟!!!

 

 ぎゅんぎゅんとゴムの力で縮み、速度と破壊力を増した右拳が、光沢を放つ漆黒を帯びる。そして―――

 

 ドゴォン!!!

 

 麦わら帽子の青年の放った一撃は、騎士達の包囲も、氷の氷柱の檻も全てを薙ぎ払い。

 紫の鎧を纏った少女の顔面に炸裂し、凄まじい轟音を立てて彼女を殴り飛ばしてしまった。

 

「えェ〜〜!!?」

「ちょ…‼︎ ルフィ!!?」

「何やっとんじゃあんたはァ〜〜!!!」

 

 まったく予想だにしない展開に、ルフィを除く全員が目を剥き叫んだ。

 

 がしゃん、と宙に浮き、地面に倒れ込むエール。

 重く堅い自身が殴り飛ばされた事実に、一瞬理解が追い付かなかったのか、エールは呆然と頬に手を当てて黙り込む。

 

 しかしすぐに、目の前に立ちはだかる青年を睨みつけた。

 

「何すんだィ…!!! 小童が……!!!

「お前こそ……‼︎ いい加減にしろよ…!!!」

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